Persona4 : Side of the Puella Magica 作:四十九院暁美
長いテスト期間に、終わりを告げるチャイムが鳴り響く。やっと終わった、そんな声が教室のみならず、学校中から聞こえ始める。テストの開放感というのは、誰にとっても素晴らしいものだ。無論、私にとっても。
さて、テストは存外簡単だった。放課後に図書館で勉強した甲斐があるというものだ。あの2人も、赤点を取ってなければ良いが……。
「終わったー……くぁー、ちょー眠ィ」
花村くんが、ぐぐっと大きく伸びをしながらあくびをする。どうやら一夜漬けしたらしい。睡眠不足は思考を鈍らせると言うが、彼は大丈夫だったのだろうか。
「ね、英語の問3、塾語に書き換えのやつはは?」
「えっと…… "used to" にした」
一方、千枝と雪子は答え合わせに余念が無い。今は英語答え合わせをしているようだ。
「ま、また間違った……」
が、残念ながら千枝の答えは悉く外れている。このままいけば、もうそろそろで赤点ラインだ。
……彼女の勉強も見てあげれば良かったかも知れない。
「鳴上、テストどうだったよ。暁美に見てもらったんだろ?」
「ああ、バッチリだ」
花村くんの問いに、鳴上くんが物凄く良い笑顔でサムズアップをしながら答えた。土曜日に彼と行った勉強会が功を奏したらしい。私もいつもよりペンの進みが早かったし、誰かと教え合うという勉強方法としては存外に効果的なようだ。
「英語とはいったい……うごごご……!」
「里中、一生日本暮らしだな。和を満喫しろ、和を」
「にゃー! もう、いちいちムカつく!」
頭を抱える千枝に対して、花村くんが茶々を入れる。すると、彼女は「むきー!」みたいな声を出して彼を睨む。
英語は、得手不得手が顕著に出やすい科目だし、まあ仕方ないだろう。私もあまり英語が得意ではないから、人のことはあまりとやかく言えない。
「うーっス」
「お疲れさま……じゃないや、こんにちはー」
そんなことを思っていると、教室の後ろから巽くんとりせがやってきた。その顔は晴れ晴れとしている。こちらも、勉強会が功を奏したようだ。
「お、なんか自信ありげな感じじゃん」
「ま、先輩らに教えてもらったんで」
「こんくらい余裕だよねー」
2人が私と鳴上くんに視線を向けて答えると、花村くんは感心したような声をもらすと「俺も2人に教えてもらえばよかったなー」と呟いた。
何か買い被られているような気がする。私は別に勉強が得意な方じゃなくて、ただちょっと勉強のコツを知っているだけなのだが。
「ほむら先輩は?」
「いつも通りかしら」
「そうなんだ! さっすがほむら先輩だなぁ……」
りせが可愛らしく問いかけてきたので、私がそれに何でもない風にそう答えると、彼女は僅かながら尊敬の念が篭った声色で言う。
……やっぱり、買い被られてる気がする。
「そういや、事件の方はどうなってんスか?」
「そうだな。久々に "特捜本部" に行っとくか」
巽くんに訊かれると、花村くんはそう提案する。久々に、特捜本部に集まることになった。
さて。人の少ないジュネスのフードコートに集まった私たちは、各々適当にジュースを買ってから適当な席に着いて、事件についての話を始めた。
「なんかちょっと、気が抜けたね。あたしたちにか解決できないんだ、みたいに気負ってたからさ」
「まだ分かんねーよ。逮捕された訳じゃねえ」
「情報待ち……ってとこスかね」
今のところ、犯人に関する情報は何ひとつ出ていない。直斗の話では未成年らしいから、それはもう仕方のないことだろう。
「ったく、容疑者挙がったはいいけど、どこ行ったんだか……こっちはもう、クタクタだっての……」
そんな話をしていると、どこからか聞き覚えのある声が私の耳に入ってきた。声が聞こえた方向を見ると、だらしなくスーツを着ている青年が浮かない顔で店のメニューを見ている。名前は確か、足立だったか。
「ん? ……おわっと!? き、君たち聞いてた?」
彼は私たちの存在に気が付くと、焦った様子でそう訊く。
「ええ、まあ」
それに対して、鳴上くんが冷静にそんな答えを返すと、彼は誤魔化すように笑いながらまくし立てた。
「事件は解決に向かってるから! 犯人捕まるのも時間の問題だから、安心したまえ、うん。無駄差別に人を攫って殺人、なんて絶対許されないからさ! これでもキバってるよ?」
しかし、彼の風貌からはとてもそう見えない。せめてネクタイを締め直すとか、それぐらいした方が良いのではないだろうか。
「も、もう行かないと!」
全員の呆れたような視線を受けた彼は、そう言い残してそそくさと去っていった。
「なんか、頼りになんねーな……」
花村くんが、全員の心に声を代弁する。
本当、あんなんで大丈夫なのだろうか。警察全部があんなのではないだろうが、それでも少し心配になってきそうだ。
「……けど、流石に警察の手配中じゃ、俺たちの出る幕は無いか……」
「そうっスね……」
花村くんの言葉に巽くんが同意すると、空気が少しばかり重たくなる。
なんとも歯痒い状況だ。早々に犯人が捕まってくれるのを、ただ祈るしか無いというのは。あの刑事の所為で余計にそう思ってしまう。
「そ、そうだ! テストで分かんないとこあったんだけど」
重たい空気を察して、りせが元気よく話題を振った。
「 "銀鏡反応に使われ、40%溶液がホルマリンとして知られる、化学式HCHOとは何か" ……だったかなぁ。でさ、 "HCHO" って何?」
「HCHO……ホルムアルデヒドだな確か」
「そうなんだ、私 "酢酸" にしちゃった。……って、そっか。お酢なワケ無いよね」
鳴上くんが質問に答えると、りせは納得した後に自分の解答がおかしかった事に今更気が付いた。
酢酸の化学式はCH3COOHだし、そもそも酢酸を40%溶液にしたところでやっぱり酢酸なのだが、彼女はテスト独特な雰囲気の所為でそこに気が付けなかったらしい。
「ね、完二もこの問題出たでしょ?」
「うっせー。つか、完二って呼ぶな」
そう訊かれた巽くんは、酷く面倒くさそうに言う。その反応が不満だったのか、彼女はむっと唇を尖らせる。
「完二、なんか私には冷たくない? 先輩たちには鼻血出してんのに」
「は、鼻血って……オメっ、それどっから!?」
りせが知らない筈の林間学校の話を知っている事に驚き、巽くんが叫ぶ。
「ま、まあまあ。そうだ、勉強なら雪子に聞いたら?」
すると、千枝が誤魔化すような言い方で無理やり話題を逸らした。
あの様子から察するに、林間学校の事を話したのは千枝だろう。
「せっかくなら、異性の先輩に訊きたいでしょ?」
なんでもない風に答えると、りせは鳴上くんに視線を向けて切なげな表情を浮かべながら言った。
「鳴上先輩……私のこと、迷惑ですか……?」
「え!? い、いや……」
これには、鳴上くんもタジタジだ。流石アイドル、平然とやってのける。
しかし、あの勉強会で親交が深まったのは良いが、仲良くなり過ぎるのはちょっと気まずいと言うか、気を使うと言うか……。とにかく、なんだか少し変な感じになりそうだから、出来れば止めてほしい。
「あ、そう言えばクマくんはどうしてんのかな?」
「あ、そっか。連絡すんの忘れてた。ほれ、あそこ」
不意に、千枝があれ以来姿を見ていないクマの所在を訊くと、花村くんが思い出したかのように言って、フードコートに設置された小さめの広場に顔を向ける。
彼の視線を追って見ると、なんとそこには子供たちに風船を配るクマの姿があった。
「住み込みで働かせることにしました。マスコット」
「あー、むしろ着せたんスね。逆転の発想だ。てかアイツ……幸せそうでいいなぁ……」
「あっちに帰んのイヤって言うから、しょうがなくな」
呆れたような言い方で花村くんは言うが、その顔は随分と楽しそうだ。
「……ヒマだからからかってくッかな」
「あー、あたしもいく!」
「ふ……ふかふかに……触って、いっスかね?」
全員席から立ち上がると、クマに向かって手を振ったりしながら歩いていく。どうやらみんな、クマのところに行くらしい。
私も立ち上がって、みんなと一緒にクマのところに行こうとすると、不意にりせが私と鳴上くんを呼び止めた。何か話があるようだ。
「学校も慣れてきたし、これからはもっと色々、遊びに行きたいなって思ってるの。でね、私ほら、やたら人に知られてて一人じゃ不安だし……それに先輩たち、色んな事知ってそうだし……」
少し言いにくそうな感じで喋るりせを見て、私は鳴上くんと顔を見合わせると笑いながら言う。
「ええ、もちろんよ」
「なんなら、今から遊ぶか?」
「ホント? やった!」
私たちが誘うと、彼女は屈託の無い笑みを浮かべて大きく喜んだ。
遊ぶとなったら……明日、日曜になるか。遊びに行くなら、なるべく早い方が良い。ああ、その時は茜も誘ってみよう。その方が賑やかになるだろうし。
「じゃ、クマイジりに行きましょ」
りせは弾んだ声のまま悪戯っ子のような表情でウインクすると、私たちの間をすり抜けて行く。私たちもそれに続くと、みんなと一緒にクマをイジって遊ぶ事にした。
次の日。
りせと鳴上くんと遊ぼうかと思ったのだが、急な来客で行けなくなってしまった。2人には悪い事をしてしまったが、客が客なので仕方ない。
「貴女たち、どうして家に来たのよ」
「あー? んなの、ヒマだったからだよ」
「……僕は、別に」
私の前に設置されたソファに座る、杏子と直斗の2人がどことなく不機嫌な声色で言う。目の前の長テーブルには、3人分のコーヒーが並んでいる。
まさか、この2人がほぼ同時に来るとは思わなかった。直斗が来た理由は事件関係だろうと予想出来るが……杏子がわざわざ来た理由が分からない。暇だからと言っているが、それだけの為に見滝原からここまで相当離れているのにわざわざ来るとは考え難い気がするが、まあ彼女のことだ。思いつきでここに来たとしても不思議じゃない。
「マミはどうしたのよ」
「ちょっくら旅に出てくる、って書き置き残しといたからダイジョーブだろ」
「マミは今頃、その書き置きを床に叩きつけてるでしょうね」
まったく、毎度のことながら杏子の行き当たりバッタリな考えと行動にはほとほと呆れる。とはいえ、それが杏子の魅力でもあるのだが。
「……あんまりマミに心配かけないように」
「おう、善処する」
「貴女ねぇ……まあいいわ。それより、2人とも自己紹介がまだでしょ?」
「……そういやそうだったなァ」
私が促すと、2人は (というか杏子は) 思い出したかのような口振りで言う。
「……佐倉杏子」
「……白鐘直斗です」
杏子はだらしのない座り方のまま直斗に視線のみを向けて、それに対して直斗は訝しげな視線を杏子に向けて名乗る。
友好的、とは少々言い難い雰囲気だ。初対面の所為か、お互いに相手を警戒しているらしい。
「はいはい、仲良くしなさい。初対面だからっていうのは分かるけど、お願いだから居心地を悪くしないで」
私が溜め息混じりに言うと、杏子は渋々座り直す。少し厳しい顔をしていた直斗は、私が淹れたコーヒーを飲み干すと表情を僅かに緩めた。
「コーヒー、おかわりする?」
「……! え、ええ。まあ」
顔に出たのが恥ずかしいのか、直斗は目を背けて答える。その様子を見た私は、笑顔でアイスコーヒーの入ったポットを持つと直斗のコップに注いだ。
「なあ、ほむら」
「何かしら」
コーヒーを注ぎ終えたのとほぼ同時に、杏子が声をかけてきた。私が首を傾げると、彼女は直斗を親指で指しながら言う。
「お前って、こういうのが好みなのか?」
「……はぁ?」
思わず怪訝な声を上げてしまった。どうしたらそんな突飛な考えに行き着くのだろうか。意味が分からない。
「……杏子」
「オイ何だその哀れむような視線は」
ああ、そうか。きっと長旅で疲れているんだろう。それもそうだ、見滝原から八十稲羽までは直線距離でも相当時間がかかる。疲れて思考が鈍ったりしてもおかしくない。
「あ、あの……?」
「ごめんなさい直斗。杏子は疲れた所為で、ちょっとおかしくなってるのよ」
「んなワケねーだろ!」
どうしたら良いのか困っている直斗に私がそう話すと、杏子はすかさず叫んだ。なら、何が原因でそんな考えに至ったのだろう。と眉を顰めた私に、彼女は居心地が悪そうな顔をすると右手で首筋を触る。
「いや、お前があんな顔してんの見たことなかったから……さ。もしかしたら、って思ってよ」
「顔?」
右手で顔を触ってみるが、特に変わりはない。いつも通りだ。となると……はて、私は一体どんな顔をしていたのか。
「自分で気が付かなかったのか?」
ぺたぺたと顔を触る私を見て、杏子は呆れたように目を細める。どうやら、自分では分からなかったが、かなり変な顔をしていたらしい。
どんな顔をしていたのかと心配する私を余所に、彼女は再びだらしなくソファに座り直して言った。
「母親みてーな顔してたぜ」
「は、母親?」
慈愛に満ちた表情、という意味だろうか。それならせめてお姉さんとか、もうちょっと低い年齢に……ん? そう言えば前もこんな事あったような……デジャヴだ。
「……それで?」
「随分と変わったな、って話さ。いやーしっかしビックリだぜ、まさかあんなだったほむらがこんなになってるなんてなぁ」
「あんなって何よ、あんなって」
「お、言っていいのか? 寂しいからっていっつもマミと一緒に寝てた事とか」
「ちょっと!?」
杏子がとんでもない事を口走り、私は思わず声を荒げた。すると、彼女は意地の悪い笑みを浮かべて、話の内容がよく分からず驚いた顔で私たちを見ている直斗の肩に腕を回すと、わざわざ私に聞こえるように大声で話し始める。
「実はコイツ、メチャ寂しがり屋でさー。前なんかあたしに――」
「何言おうとしてるのよ!」
前のめりになりながら慌てて話に割り込むと、杏子は手をひらひらさせながら笑う。
「いいじゃんちょっとくらい。どーせいつか知られるんだしさ」
「杏子、いつかは今じゃないわ……」
もしあんな事を知られたら、恥ずかしくて直斗とは顔を合わせられなくなりそうだ。下手したら外に出れなくなるかもしれない。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、杏子は直斗に再び話しかける。どうやら、彼女なりに直斗と仲良くしようとしているようだ。
「つーか、さっきから黙ってっけど、どうしたんだよお前」
「いや、その」
「あー、アレだ。ほむらのキャラが違い過ぎてビビったんだろ?」
「い、いえ……」
「やめなさい、直斗が困ってるでしょ」
まったく、しばらく会わない間に何でここまで軟派な感じになっているのやら。バイト先の所為なのか、元々そういうタイプの人間だったからなのか。どちらにせよ、マミの真面目さを見習ってほしいものだ。
眉を顰めて怒る私を見てひとしきり笑った杏子は、ふと思いついたかのように直斗に訊いた。
「あ、そういやお前はどうなんだよ」
「な、何がですか?」
「ぶっちゃけ狙ってんの? ほむらの事」
「え……ええ!?」
「ちょっと杏子、貴女やっぱり疲れてるのよ」
「だから、違うっつーの」
あまりにドストレートな質問に、直斗は顔を赤らめながら慌てた様子で私と杏子の顔を交互に見る。私も少し顔が熱くなった気がした。
しかし、本人が目の前に居るのに何でそんな事を訊けるのだろう。無神経にも程があると思うのだが。
「ぼ、僕は……別に、そんなんじゃ……!」
「はあ? いやゼッテー狙ってるだろ。秘密にすっから、ほんとの事言えよ」
「ね、狙ってませんって!」
「ほら、もう分かったでしょ? だからさっさと離れなさい」
「えー……」
「勝手に変な想像しないでほしいわね。……ただでさえ暑いのに、余計暑くなってきたじゃない」
まったく、確かに直斗を家に上げたが、それはあくまで客として上げただけで、別に私自身は何か思うところがあった訳じゃない。それに、会った瞬間私と同じタイプだとは思ったが、それだって別に直感でそう思っただけで特別な感情が絡んでいない。なんと言うか、こう、同族意識的な何かを感じただけだ。
脈アリだなんて、そんな筈がないことは確定的に明らかだ。
「納得いかねーぜ」
「納得しなくても良いわよ、そんなの」
杏子はどうも不満げな顔で呟く。それに対して私が強めの口調でそう返すと、彼女はどこか安心したような笑みを浮かべて直斗の肩から腕を離した。
「そう言えば、杏子はいつまでこっちに居る気?」
「んー、どうすっかな」
話題を変える為にそう訊くと、杏子は腕を組んで微妙な顔をする。
出来れば、彼女をペルソナに目覚めさせたいからあともう少し残っていてほしいところだが。
「……マミに訊いてみっかぁ。あ、携帯切ったまんまだった」
そう結論を出した杏子は、酷く面倒臭そうな顔をしてズボンのポケットから携帯を取り出す。その隙に私がさりげなく手招きすると、直斗はかなり疑問げな顔をしながら立ち上がって私の隣に座った。
「どうかしたんですか?」
「今、杏子の隣に居たら……ね」
私の言っている事の意味が分からず困惑する直斗をよそに、杏子はマミに電話をかけ始めた。携帯を耳に当ててから数秒後、彼女が口を開く。
「ようマミ、あのさ――」
『こんの……バカァァァ!!』
「おおう!?」
その瞬間、携帯から凄まじい怒声が響く。杏子の向かいに座っている私たちにすらよく聞こえる大音量で、スピーカーにしているのかと疑ってしまう。直斗もビックリして肩を跳ね上げてしまう程だ。
『佐倉さん、あのふざけた書き置きは何!?』
「あ、ああ、そいつはだな――」
『ちょっくら旅に出てくる、ってどういう事?! どこに行くかぐらい書いときなさい!!』
「分かった、分かったから落ち着けって」
『大体、バイトはどうしたのよ! 貴女今日バイトでしょ!? まさかサボった訳じゃないでしょうね?!』
「え゛……ハッ! い、いや大丈夫だ! ちゃんと連絡はした!」
『 "連絡はした" ? それどういう意味……?』
「あ、やっべ……」
こうなるだろうとは予想していたが、ここまで怒っているとは思わなかった。無断で出て行った事もそうだが、よほど杏子の書き置きが気に入らなかったらしい。まあ、彼女はかなりの心配性だから、こうなるのは仕方ないと言えば仕方ないか。
「あ、あの……?」
驚いた顔で私と杏子を交互に見る直斗に、私は苦笑しながら声の主について話した。
「電話の人は私の仲間、巴マミよ。普段は優しくて良い人なんだけど……今はちょっと、ね」
そう言って、改めて杏子を見る。
相変わらずマミの説教を受ける彼女は、既にかなりげんなりとした様子だ。こういうのを、自業自得と言うのだろう。罰としては、一ヶ月お菓子禁止が妥当なところか。
「オイ、ほむら。マミがお前に変われってよ」
そんな事を考えていると、酷く疲れた顔をした杏子が携帯を差し出しながら言う。私は携帯を受け取り耳に当てると、少しだけ弾んだ声色で呼びかけた。
「変わったわよ、マミ」
『暁美さん! 久しぶりね。全然電話出来なくてごめんなさいね』
「いいわよそんな、謝らなくて。そういえば、調子はどう?」
『バッチリよ。あとは9月の面接を残すのみ。11月までには結果が出るから、その時は真っ先に知らせるわね』
「ふふっ、楽しみにしてるわ」
『あ、そうだ! 近くにお友達居る? ほら、前に言ってた子たち。出来ればお話ししたいのだけど』
「友達、ね……ちょっと待ってて」
マミの言葉を受けて、私は横に座る直斗を見ると、携帯を差し出した。
「……?」
急に視線を向けられて僅かに姿勢を正し、次に携帯を差し出されたことに驚いた直斗は、困り顔で視線だけを上下に動かす。
どうでも良いが、困ったり驚いたりしっぱなしな直斗というのは、クールで油断ならない普段の態度からは想像も出来ない姿で、中々に新鮮だ。
「マミが、私の "友達" に電話を変わってほしいって」
「友……達……?」
信じられないとでも言いたげな表情を浮かべる直斗に、私は言った。
「あら、私たちって友達じゃなかったの?」
すると、直斗がまた驚いたような顔をした後、数秒の間をおいてからおそるおそる携帯を受け取って呼びかけた。
「えっと、もしもし……?」
『あら、貴女が暁美さんのお友達? お名前は?』
「し、白鐘直斗、です」
『白鐘さんね。私は巴マミ、よろしくね』
隣から聞こえてくる直斗とマミの会話を聞いて、この調子なら2人は仲良くなれそうだと私は思った。杏子も直斗の様子からそれを察したのか、にかっと笑いながら「グッジョブ!」と言わんばかりにサムズアップをする。彼女も、私と同じ事を思ったようだ。
それにしても、やはり直斗は人付き合いが苦手らしい。探偵という職業の所為もあるだろうが、それ以上に独りになる機会が多過ぎたのが原因だろう。私と同じ、自発的に周りは全て敵だと思い込んで、誰にも頼れずに意地を張ってしまうタイプだ。まったくもってそんな性格である。
……なるほど、こんなにも親近感が湧くのか分かった。道理で放っておけない訳だ。直斗の性質が昔の私に酷く似ているという、何とも嫌な偶然と言うか、冗談にしてはあまり笑えない理由からだなんて。尤も過ぎて、納得してしまったじゃないか。
「お、もういいのか?」
「はい、ありがとうございました」
そんな事をつらつらと考えていると、いつの間にか直斗とマミの会話が終わっていた。携帯をうけとった杏子は、マミと二言三言交わしてから通話を切ったので、私は杏子に滞在するのかどうかを訊いた。すると彼女は、勝ち誇ったような悪どい笑顔で答える。
「それで、いつまでこっちに居るの?」
「一週間、それ以上居たらダメだってよ。羨ましいんだろうなぁ、マミのやつ」
一週間。
それが、杏子が八十稲羽に滞在する期間らしい。短くもなく、かといって長くもない期間だと言える。となれば、スケジュールはなるべく無理のないように組む事にしよう。
「うっし、そろそろ行くわ。そろそろいい時間だし、宿も探さねえと」
「あ、僕も。お邪魔しました」
膝を叩いて立ち上がった杏子と姿勢よく立ち上がった直斗は、揃って玄関に向かって玄関に向かって歩いていく。私も2人に付いて行くと、玄関でまた少し話してから2人を見送った。
さて、とりあえずこれからの目標は、杏子をみんなに紹介する事、そしてペルソナに目覚めさせる事だ。私の知り合いだと言えば大丈夫だろうが、どうなるか少し心配ではある。後々問題が起きないよう、みんなには早めに紹介しておこう。
因みに、宿を探す言って出て行った杏子だったが、数時間後に戻ってきた。天城屋旅館に行ったは良いが、持ち合わせが無くて泊まれなかったらしい。仕様がないので私の家に泊める事にしたら、いたく喜んでくれた。何とも締まらない終わり方だ。