Persona4 : Side of the Puella Magica   作:四十九院暁美

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第20話

 佐倉杏子が暁美ほむらの家に泊まると決まったその日、ほむらの両親は驚きと嬉しさで内心泣き出しそうになった。

 元々患っていた心臓の病が完治したほむらを見滝原から呼び戻してからと言うもの、彼女の沈み様は誰が見ても分かるくらいに凄まじくそのまま放っておけば死んでしまうのではないかという程で、見滝原に居たのであろう仲の良い友人と彼女を自分たちの都合で引き離してしまったのだと思い、二人は非常に心苦しい毎日を送っていた。しかし、最近になって立ち直ったのか、ここに来た当初や心臓の病で入院する以前と比べて随分と明るくなった上に毎日上機嫌で、友達も出来たからか前の様な部屋に篭って本を読んで過ごすなんて不健康極まる過ごし方もめっきり減って、二人はしきりに安心していたところだった。

 そんな時に、あのほむらが初めて友達を連れてきて、しかも一週間程家に泊まらせてやってくれないかとお願いしてきたのだ。これを聞いた時の二人の気持ちを何と言い表せば良いのか見当が付かないが、この世のありとあらゆる幸福を以ってしても叶わない至福だった事は確かである。

 

「母さん、幾ら何でもこれは多過ぎなんじゃ……」

 

「何言ってるのよ。ほむらが友達連れてきたんだもの、しっかりおもてなししなきゃダメでしょ?」

 

 故に、ほむらの母が張り切りすぎて、様々な料理を作ってしまうのも必然であった。食卓テーブルに並ぶ料理は、寿司やローストビーフ、豚の角煮と鳥の唐揚げなどなど……和洋中入り乱れ、箸の置き場も無いくらいに皿の数が多い。4人でも食べきれるかどうかという量だ。

 

「こ、これ全部食っていいのか?」

 

「ええ、もちろん」

 

「おお……おおおお!! スッゲー、さっすがほむらの母ちゃんだぜ!」

 

「ご飯のいっぱいお代わりもあるから、好きなだけ食べてちょうだいね!」

 

 杏子の言葉を受けて自信ありげにふんすと鼻を鳴らす母を見て、ほむらは仕方ないとでも言いたげに苦笑すると、隣に座る父に視線を移した。

 生真面目を絵に描いたように寡黙なほむらの父は、こんな時でも表情に変化が無い。微動だにせず、腕を組んでじっと座っているのみだ。

 そんなほむらの父だがその実、この態度は杏子対してどう接したら良いのかと酷く苦心していた為のものだった。元々かなりの口下手である彼は、ほむらと同年代の子供と話すのが殊更に苦手でどうしようもなく、若干の人見知りが入っているのも相まってほとほと困り果ててしまっていた。

 

「父さん」

 

 それを知ってか知らずか、ほむらが声をかける。

 

「何だ」

 

 白髪混じりの黒髪が僅かに揺れ、彼の視線が隣に座る娘に訊いた。

 

「……ううん、何でもない」

 

 すると、娘が嬉しそうに笑う。彼はその理由が少しも理解出来なかったが、何かあるのだと思ってそれ以上は言わなかった。

 

「しっかし、ほむらって全然おばさんと似てねーんだなぁ」

 

「そうなのよ! ほむらったらお父さんに似ちゃって……ほら、目元なんてそっくりでしょ?」

 

 視線を杏子とほむらの母に移すと、二人はいつの間にやら仲良くなっていた。

 ほむらとその父を見比べてはここが似てる、ここがそっくりだと騒いでいる二人の姿は姉妹か親子のそれである。

 

「昔っからお父さんっ子でねー」

 

「あー、確かにそれっぽい感じするかも」

 

「か、母さん。昔の話はもういいから」

 

「……そろそろ食べよう。料理が冷める」

 

 さっきから話題に挙げられて少し恥ずかしそうにする二人は、そう言って強制的に話を中断する。すると彼女たちは、こんなところまで似てるのか、と楽しそうに笑う。そうしてそんなことを二、三度繰り返した後、やっと食事を始めるのだった。

 

 テーブルに並ぶ料理は、杏子にとって馴染みのないものが多かったが、その所為かどれも非常に美味しいと思った。ほむらの友達だからと言ってやたらと構ってくるほむらの母も、時折こっちを見ながら黙々と箸を進めるほむらの父も、そして、アサガオのように朗らかな笑みを浮かべて自分の名前を呼ぶほむらも、何だか "家族" みたいで悪い気はしなかった。だからなのか、マミがここに居ないことが悔むと同時に、自分だけが味わっているのだという優越感じみた何かを自覚した。

 懐かしいような、寂しいような、嬉しいような、悲しいような、好きだったような、嫌いだったような……とにかくいろんな感情が入り乱れて、心に極彩色の渦が出来ていく。満ち足りているのにどこか足りない、手が届きそうで届かないもどかしさが、杏子の心に芽生える。いつだったかこれと似たようなことを思った気がして、少し胸が苦しくなった。

 

 ――ここに居るのに、ここに居ない。

 

 疎外感、とでも言うべきか。そういうものを、杏子は感じている。

 他人の夢の中に入り込んだみたいに、傍観者になってその映像をただ眺めているだけの感覚が、心にささくれを作っていく。

 

 ――どうして、何故。

 

 いくら自問してみても、その答えは見つからない。楽しいのに、嬉しいのに、どうしてもそれが杏子の邪魔をして、心から楽しむことが出来なかった。

 

 

 

 次の日の午後。

 八十神高校の校門で、杏子はほむらが来るのを待っていた。

 今のところほむらの姿は見えず、学校から出てくる生徒たちが杏子を訝しげな目で見るとひそひそと話をしたり、何故か学校に戻っていくのみである。この田舎ではかなり目立つ都会的な服装の杏子は、どうしても注目を集めてしまうのだ。

 しばらくして、学生たちが杏子を遠巻きに見て何やら話をする中、ほむらは慌てた様子でやって来るなりこう言った。

 

「どうしてここに居るのよ!?」

 

 そんなほむらとは対照的に、杏子はのほほんとした様子で答える。

 

「……暇だったから?」

 

 杏子は起きてからしばらくの間、八十稲羽の町を回ったりしていたのだが、15時を過ぎた頃には全部見終わってやることが無くなってしまった。ほむらから連絡が来るまで河川敷か高台で昼寝でもしようかと思ったが、どうにも眠くならなかったので仕方なく校門前でほむらを待つことにしたのだ。

 

「いくら暇だからって、わざわざこっちに来て待たなくてもいいじゃない。私が連絡するまで、家で大人しくしてなさいよ」

 

「いやいや、せっかく外出てんのに家に帰るのはねえだろう」

 

 会話をしている間にも、周りではひそひそと何事かが話されている。内容はおおむね、2人がどういう関係なのかについてだ。

 

「あ、いたいた」

 

「どうしたんだよ暁美、いきなり走り出し……て?」

 

 2人が言い合っていると、詩野茜と鳴上悠たちがぞろぞろとやって来た。校門前の騒ぎを聞いて突然走り出したほむらを追ってきたらしい。

 

「うわ、背ぇたっか!?」

 

 杏子を見た千枝が、身長の高さに驚いて声を上げた。杏子の身長は、女性にしてはかなり高い。男性の身長に置き換えれば、おおよそ185〜190cm前半と言ったところか。千枝が驚くのも、無理はないのである。

 

「ほむらちゃんの友達?」

 

「……ええ、私の友達よ。その、昔住んでた見滝原って街の……ね」

 

 茜がほむらに問うと、彼女はどこか観念したような声色で答える。

 それを聞いた彼らは杏子を見て、あまりにも方向性が違っているのに友達なのか、と僅かばかりに驚いた。どう見てもインドア派なほむらと遊びなれた感じのする杏子が友達とは、少々信じ難いと思ったのだ。

 

「こいつらは?」

 

「私の友達よ。ここに引越して来てからできたの」

 

 杏子も彼らを見てそう思ったのか、ほむらに同じことを訊く。それに対して、ほむらもまたさっきと同じような答えを返した。

 すると、杏子が信じられないとでも言いたげにほむらに訊き返す。

 

「友達……? お前、友達作れたの? コミュ障なのに?」

 

「右ストレートでぶっ飛ばしてあげるわ、杏子」

 

「うお、ちょ、グーパンはやめろ! せめて平手、平手で!」

 

 物凄くイラッとした表情でほむらが拳を振るうと、杏子は慌てて謝りながらそれを躱して悠たちに話しかける。

 

「っ、とと……あ、そういやアンタらなんて名前な……のわあ!?」

 

「動かないで、パンチが外れるから」

 

「だからグーパンやめろって! ホント悪かったから!」

 

 真顔で拳を振り回すほむらと、苦笑いしながらそれを躱す杏子。

 奇妙な光景に、悠たちのみならず周りの生徒たちも面を食らった。

 普段の大人びたクールビューティーとは全く違う、年相応の子供らしい反応をするほむらの姿は、何とも珍しく感じてしまう。新鮮な魅力と言うか、ギャップ萌えと言うか、とにかく、そういうものが今のほむらにはあった。

 

「おうっ!? ちょ、マジやめろって! ほら、見られてるぞ!」

 

 杏子に指摘されてそれに気が付いたほむらは、ハッとして周りを見渡し、顔を赤らめると右手で顔を覆ってしまう。それを見て杏子は「助かった」と安堵の溜め息を吐き出し、改めて悠たちに訊いた。

 

「あ、なあなあ、アンタら名前なんつーんだ? あたしは佐倉杏子だ。杏子でいいぞ」

 

 悠たちは若干戸惑いつつも、それぞれ自己紹介をした。

 すべて聴き終えた杏子は、ニカっと笑うと顔を俯けるほむらの肩をバシバシと叩きながら彼らに言う。

 

「おう、よろしく。ウチのほむらが世話になってんな」

 

「……痛いわ、杏子」

 

「肩が? 心が?」

 

「……どっちもよ」

 

 ほむらは杏子の問いに、蚊の鳴くような声で答える。どうやら、さっきのアレを大勢の見られたのが相当恥ずかしかったらしい。

 

「と、とりあえず移動しようぜ。場所は……ジュネスでいいか」

 

 そんなほむらを気遣ってなのか、陽介の提案によってジュネスに移動することになった。

 

 

 さて、ジュネスに移動した一行はクマと合流すると、各々適当に飲み物なり食べ物なりを買ったりした後、杏子についてほむらから話を聞くことにした。

 

「オイほむら、この着ぐるみはなんなんだ?」

 

「ジュネスのマスコット……に、なる予定のクマよ」

 

「クマ? へえ……触ってもいい系?」

 

「モチのロンクマ!」

 

「うおあ!? 喋んのかよ!!」

 

 その際、杏子とクマの間でこのような会話があったのだが、この話はあまり関係ないので詳しくは割愛させてもらう。

 さて、一行はいつもの場所に陣取ると、早速ほむらが口を開いいた。

 

「何から話せば良いのかしら……?」

 

「えっと、じゃあ……佐倉さんと仲良くなった時のことが聞きたいな」

 

 右手を頬に当てて考えるほむらに、茜が杏子を見ながら提案する。するとほむらは、少し考えて妙に意地の悪い笑みを浮かべると杏子に言った。

 

「……そうね、それからにしましょうか。杏子、お願い」

 

「ハア? なんであたしが」

 

「私、コミュ障だから話すの苦手なの」

 

「……お前って結構根に持つタイプだよな」

 

 杏子は呆れ顏でそんなことを呟いた後、二人の出会いについて話を始めようとした。

 

「しっかし、ほむらと仲良くねえ……。あー、そうだな……」

 

 しかし、彼らがどこまで知っているのか分からない杏子は、すぐに言い淀んでしまう。

 因みに、彼らの中でほむらが魔法少女であると知らない者は "いない" 。茜は、ほむらが全面的に信頼している数少ない一般人だ。知っていても何ら不思議ではない。

 だが、どのタイミングでほむらが茜に自身のことをうち明けたのか、それをここで語るのは無粋である。読者諸君の想像にお任せするとしよう。

 

『おい、ほむら。コイツらは知ってるのか?』

 

『ええ、知ってるわよ?』

 

『しばくぞお前……』

 

 困り果てた杏子が、悠たちが魔法少女のことを知っているのかとほむらにテレパシーで訊くと、彼女は当然だとでも言いたげな口調で答える。

 何とも意地の悪い。

 軽く溜め息を吐いて、杏子は首筋に右手を当てると話を始めた。

 

「えっと……お前ら、知ってるんだよな? なら、それも含めて話すからな」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 あれ、そういやこれどっから話せば……ん? ほむらと初めて会った時から話せばいいのか? かなり長くなるぞ? あと結構重いぞ? ……そっか、分かった。んじゃ、そっから話すとすっかね。

 

 一番最初、あたしは縄張りを巡ってほむら、さやか、マミの三人と争っていた。

 ああ、さやかとマミってのはほむらの仲間だ。さやかはもう居ないけど、マミは今も元気に就活してるよ。あと、その頃のほむらはこんなんじゃなかったぜ。おさげ頭にメガネ着けて、見るからに弱っちい……あ? 話進めろって? 別に話したって減るもんねーだろ。

 そうだ減るといやお前、前と比べて全然成長してないよな。むしろ減ってんじゃ……落ち着け、まずはその飲みかけのペットボトルを置け、話ができねえだろ。あたしは別に何が成長してないかは言ってない、視線も身体じゃなくて顔に向かってた。つまりアンタの胸に関しては一言も言ってない、OK?

 

 イテェ!?

 

 ぐぬぬ……あー、えっと、まあ、そんな訳でほむらたちとは常にいがみ合ってたんだが、ある日こいつがあたしの縄張りにあるゲーセンにひょっこり現れてな。戦いに来たのかと思って身構えたら「貴女とお話がしたい」だなんて言い出してよ。ビックリし過ぎて、その日は何もせず追い返しちまったぜ。

 んで、次の日、あたしがゲーセンに行くと、またほむらが居た。昨日の今日だってのになんでこんな所に居んのかと呆れてたら、あたしを見つけると笑顔で駆け寄って来るなり「今日はお話してくれますよね?」とか吐かしやがってな。さすがにイラっときて、脅し文句たっぷりで追い返そうとしたんだ。そしたらこいつ、何て言ったと思う?「貴女はそんなことをするような、悪い人じゃない。何となくそんな気がします」だってさ。笑っちまうよな、たった二回か三回しか会ったことないあたしに、悪い人じゃない気がするだなんて。もちろん追い返したさ。そしたら今度は、誰も知らない筈のあたしの寝ぐらまで来やがった。なんで知ってるのか訊いたら「何となくここに居る気がした」とか言われてな。気味悪いったらなかったぜ。

 それからと言うもの、ほむらは来て、あたしが追っ払って、次の日になるとまたほむらが来て、今度は少しだけ話をしてから追っ払ってを繰り返しだ。仲間のマミやさやかと敵対してるってのにどういう訳かあたしによく会いに来ては追い払われて、次の日になればけろっとしてまた会いに来る。あたしにとっては、よく分からない変なヤツだった。あと、見た目の割には随分と根性があるヤツだとも思ってたな。

 そんなことを一週間も続けるうちに、いつの間にかそれが日常になっちまった。そんで気が付けば、ほむらに気を許している自分がいた。つっても、その時はまだほむらのことを人懐っこい犬か、人馴れした猫か何かくらいにしか思ってなかったな。懐かれるのは満更でもなかったし、おかしな話だけど、あたし自身もほむらに対してどこかシンパシーみたいなものを感じていたから、そうなるのも時間の問題だったのかもしれない。今思えば、あたしはこいつに……いや、何でもねえ。

 とにかく、その時からあたしはほむらを仲間と認識し始めてた。

 それで、だ。ちょっと話が飛ぶんだが、その後いろいろあってあたしはほむらたちと和解して、一緒にやっていくことになったんだ。

 でも、さやかだけは信用してくれなくてな。あたしが近くに行くと、敵意丸出しで睨んでくるし、ほむらに話しかけるとどこからかすっ飛んで来て、ほむらを庇うように立ちふさがる。それであたしがどっか行くと、すぐに何かされなかったかーって心配して、まるで過保護な姉みたいだったよ。

 後からマミに聞いたんだが、さやかはほむらを相当可愛がってたらしい。元々アイツは、面倒見が良い上に人一倍正義感の強いヤツだったから、見るからに根暗でひ弱そうなほむらのことをほっとけなかったんだろうな。自分が側について守ってやらなきゃって、そう思ってたんだろうぜ。実際、あの頃のほむらは力の使い方が下手でメチャメチャ弱かったし、ドジな上に鈍臭いし頭の回転も遅いしで、さやかがそうなるのも仕方ない感じだったけど。

 ま、でも一緒に過ごすうちに、だんだんさやかもあたしを信頼してくれるようになった。一緒にどっか出かけることも多くなったし、コンビ組むなんて当たり前。アイツとほむらとで一緒にバカやったり、それが原因でマミに怒られたりしてさ。毎日が楽しくて仕方なくて、ずっとこの日常が続けばいいとさえ思った。

 しっかし、神サマってのは残酷でな。やっと仲良くなれたと思った矢先に、さやかは逝っちまった。最期に「ほむらはもっと強くなれよ」とか「マミさんのケーキ食べたかった」とか「アンタのこと嫌いじゃなかった」とか、いろいろ言い残してこの世から消えちまったんだ。

 で、それからこいつはあの弱っちい姿からすっかり変わって、今みたいな可愛げのない姿になっていった。さやかに強くなれって言われて、相当努力したんだろうな。前とは比べてモンにならないくらい強くなって、正義の味方が板についてたよ。

 でも、こいつはいつも寂しそうだった。マミやあたしと話しても、みんなでケーキ食ってても、こいつは悲しそうにしてた。隣に居る筈の人が居ない、亡くなることで日常が変わっちまうってのは、相当辛いからな。

 そんなこいつを見てたら、ほっとけなくてな。何かにつけて側にいてやることにしたんだ。で、気が付いたらこんな感じになってた。

 

 ……ま、こんなとこだな。あー喋りすぎて疲れたぜ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 話を聞き終えた悠たちは、一様に俯いたまま沈黙した。予想はしていたが、やはりそう簡単に受け止められるものではない。人の死が絡んでいるなら尚更だ。

 

「そう、あんまり気にしなくていいわよ」

 

 ほむらがあっけらかんとそう言うが、沈黙が晴れることはない。困った様子で後頭部に手を当てる杏子は、ほむらと顔を見合わせると努めて明るい口調で悠たちに言った。

 

「その、あれだ。要約したら、ほむらが寂しいくせに強がってたからほっとけなかった、って話だ。こいつはホント強がりでさ、寂しがり屋のくせに弱いとこ見せたくないからって誰も頼んねーし、甘え下手だし、あと一人寝れな……」

 

「だからそれは関係ないでしょ!? いちいち引っ張り出さないでちょうだい!」

 

「どうどう……とまあこんな感じで、あたしたちはもう大丈夫だからさ。そんな気にされると逆にキツイっつーか、うげーってなんのよ。だから、えーっと……とにかく気にすんな!」

 

 悠たちはそれを聞いて、少し気持ちを切り替えることができた。

 二人の様子からして、さやかの死に関しては本当にもう気にしていないようだったし、何より本人たちがそういう雰囲気を嫌がっているのだから、こちらが気にしていては逆に失礼というものだろう。

 

「そうそう、暗いのは苦手だからな。笑顔でいこうぜ、笑顔で」

 

 杏子がそう言って笑顔を作ると、彼らの空気もさっきより明るいものになっていった。

 それから僅かに間をおいて、悠が口を開いた。

 

「そういえば、えっと……佐倉さんは……」

 

「固い固い。さんも敬語もいらねえって、同い年なんだから」

 

「お、同い歳ぃ!?」

 

 それに対して杏子は苦笑いでそう言うと、陽介が驚いて声を上げる。

 

「ええ?! じゃ、じゃあ学校は?」

 

「学校? んなの行ってねーよ」

 

 千枝が杏子に困惑した様子で訊くと、杏子はあっけらかんと答えたあとに言葉を付け足す。

 

「あ、アレ受かったぞアレ。ナントカ試験。だから、扱いは高卒だぜ?」

 

 何故か妙にドヤ顔でそう言う杏子に、悠たちは困惑と驚きを隠せない。

 今まで年上だと思っていた女性が同じ歳で、しかも学校には通っていないと言うのだ。そうなってしまうのも仕方のないことだろう。

 

「半端ねえ……」

 

「せ、先輩の友達って……」

 

「勘違いしないで、こんななのはこの子だけよ」

 

 完二とりせが呆然と呟くと、ほむらがそれに呆れた声色で答える。そして、それから一瞬の間をおいて、驚きと困惑からいち早く立ち直った雪子が杏子に声をかけた。

 

「え、えっと……じゃあ、杏子ちゃん……で、いいかのな?」

 

「おう、なんでもいいぞ」

 

「じゃあ、クマはキョウちゃんって呼ぶクマ!」

 

「いや、なんでもいいとは言ったけどよ……そのあだ名はどうなんだ? 言いにくくね?」

 

 ここまで来ると、さっきの暗い雰囲気はすっかり霧散して、和気藹々とした雰囲気に様変わりしていた。

 その後もいろいろな話で盛り上がり、悠たちは杏子とほむらについて少しだけ深く知ることができたため、最初と比べて二人の印象がだいぶ違ったものに感じた。特にほむらは普段が普段なだけに、初対面のクールビューティーの時とはガラリと変わって、実はちょっと大人ぶってる女の子くらいにまで印象が変わるほどである。

 さて、話の最後に杏子の滞在日数を聞いた悠たちは、次の休日にみんなで集まろうという約束を杏子に持ちかける。もちろん杏子はそれを快諾。休日に彼らはまた集まることになったのだが、残念ながら遊ぶことは叶わなかった。

 

 次の日、7月25日。マヨナカテレビから、いやに鮮明な映像が流れたのだ。

 


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