Persona4 : Side of the Puella Magica 作:四十九院暁美
杏子が話した "改変前の記憶を取り戻す以前の私" については、よく憶えている。けれど、なんで魔法少女になったかだけは憶えていない。この部分だけ、記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっている。
――私は、何の為に魔法少女になったのだろうか?
友達が欲しかったのか、強い心が欲しかったのか、弱い自分から変わりたかったのか、自分の存在意義が知りたかったのか。
いくら考えたところで、一向に答えは出ない。私は一体、何がしたかったのだろうか……?
23時58分。
カーテンの隙間から外を覗けば、どこか嫌な雰囲気の雨が降っている。そして、視線を室内に戻せば、ソファでは杏子がだらしない格好でどこからか持って来た雑誌を読んでいた。
「杏子」
私が呼びかけると、彼女は雑誌から目を離して、目の前の私を見上げる。いつもは私が見上げる側だからか、この視線は中々新鮮だった。
「貴女は、マヨナカテレビは知ってる?」
「マヨナカテレビ……?」
私が訊くと、杏子は怪訝な顔をして言葉を繰り返す。
まあ、予想通りの反応だ。彼女がここに来たのはほんの数日前、知らなくても無理はないだろう。
「雨の日の午前0時。消えたテレビの前に立つと、運命の人が見える……という都市伝説よ」
「……それがなんだよ?」
私がマヨナカテレビの概要を話すと、杏子の雰囲気が僅かに変化した。私が言わんとしている何かに気が付いたのだろう。
「ところで、今この町では大きな事件が起こってるわね。連続殺人、しかも詳しい死因は先日殺された諸岡以外不明……」
「ふーん……ナルホドね。ほむらの言いたいことはなんとなく分かったぜ」
察したように笑みを浮かべた杏子は、ソファから立ち上がるとテレビの前に立つ。私もその横に立って時刻を確認すると、ちょうど午前0時を指していた。
ざざざっ、という不快なノイズと共に、消えていた筈のテレビに明かりが点く。杏子の顔が、驚愕に染まる。マヨナカテレビが、始まった。
「……おおっ!?」
同時にノイズが止み鮮明な映像が流れると、杏子が驚いて声を上げた。
まず目に付いたのは、画面中央にいる不気味な笑みを浮かべて佇む、まるで生気が感じられない少年だ。見た所、このひたすらに暗い雰囲気を放つ少年は、どうにも被害者のシャドウという風ではない。
『みんな、僕のこと見てるつもりなんだろ? 僕のこと知ってるつもりなんだろ? ……それなら、捕まえてごらんよ』
少年はボソボソと抑揚のない声でそう言った。
"捕まえてごらん" 。
この言葉が意味するのは、一つしかない。おそらくこの少年が、直斗の言っていた "容疑者の少年" だろう。まさかテレビの中に入っていたとは……警察がいくら探しても見つからない訳だ。
「お、おいほむら、こいつぁ……?」
考えごとをしていると、杏子が困惑した様子で私を見る。
「これが、マヨナカテレビよ」
それに対してそう答えると、杏子は眉間の皺を深くしてテレビに視線を戻した。
それから少ししてマヨナカテレビが終わると、彼女はテレビの画面に触れて何かを確認するような仕草をする。おそらく魔力を使って、マヨナカテレビが他の魔法少女によって引き起こされた現象ではないかを調べているのだろう。
「どういうことだオイ……魔力も何の感じねえ、テレビに細工もされてねえ……ウソだろ……!?」
両手でがっしりとテレビの縁を掴んで、杏子が信じられないといった様子で静かに呟く。
気持ちは分からなくもない。私だって、初めて見た時は驚いた。まあ、彼女ほど取り乱したりはしなかったが……そもそも何でこんなに取り乱しているのだろうか。
そう思っていると、彼女が声を荒げた。
「あんなのがあたしの運命の相手とか冗談じゃねーぞ!」
「いやそこじゃないでしょ」
思わずツッコミを入れると、杏子は少し満足げな顔をした後、一転して真面目な表情を浮かべる。
「今映ったのは何モンだ? つーか何なんだ?」
そう言えば、杏子にはマヨナカテレビの見方というか、説明をザックリとしか話していなかった。私は彼女に向き直ると、テレビの縁を指で叩きながらマヨナカテレビについて説明した。
「マヨナカテレビは、次に事件の被害者になるであろう人間が映し出される映像で、シルエットの場合と今みたいなハッキリした映像の場合があるの。シルエットはまだ被害にあってないけど狙われてる状態、ハッキリ移ったら既に被害にあってる状態よ」
「被害……ってーと、テレビの中に落とされるだっけか。確か、ペルソナやらシャドウやらが出てくる場所だよな……ん? なんで犯人が中に入るんだ?」
杏子にそう聞かれた私は、腕を組んで犯人がテレビの中に入った理由をつらつらと考えてみた。
犯人がテレビの中に入った理由は、やはり警察から逃れるためだろう。テレビの中に入れた人間が、何故か現実世界でのうのうと生きている。このことから考えるに、入ったとしても何かしらの脱出手段があること予想した犯人が、自らテレビの中に飛び込んだとしてもおかしくはない。むしろ、理に適ってるとまで言えるだろう。
「……警察の目から逃れるため、でしょうね。諸岡だけは、外で殺したから」
「証拠残ってバレちゃったって訳ね、なーる」
私の説明に杏子は頷き、少し考えた後に言う。
「なあ、ほむら。あたしは何ができる」
最後に疑問符を浮かべたような口調だったが、その言葉には並々ならぬ強制力のようなものがあるように思えた。
彼女の発言を予想していた私は、一瞬の間をおいてこう答えた。
「明日になれば、幾らでもやることは出てくるわ」
「……そいつは楽しみだ」
そう呟いた杏子は、悪どい笑みを浮かべながら黒いテレビの画面を睨む。
……明日からまた、忙しくなりそうだ。
次の日、暑さのせいか人が殆どいないジュネスのフードコートに集まった私たち特捜隊は、昨日のマヨナカテレビについて話し合っていた。りせとクマはテレビの中で犯人の居場所を探っているため、この場には居ない。
「昨日映ったのは、言動からして犯人だと思うわ」
「やっぱりそう思った?」
「ただの勘なんだけど、繋がるんだよね」
私が発言に雪子と千枝がそれに同意すると、鳴上くんと花村くんも頷いて話を始める。
「白鐘の話通りなら、容疑者は "高校生の少年" で、諸岡の件でアシがつき指名手配中」
「そんなタイミングで昨日のテレビ、オマケに "捕まえてごらん" なんて挑発的だ。犯人で決まりだろ」
2人の話が終わると、テーブルを挟んで私の正面に座る巽くんが、疑問げな顔で視線を動かし始めるのが見えた。おおかた、どうしてマヨナカテレビに映ったのが犯人だと分かるのか疑問に思っているのだろう。
そう考えていると、彼が少し間の抜けた声で言った。
「あーと……そんで?」
どうやら予想が当たったらしい。別に当たって欲しいものでもなかったが。
私は、眉間に皺を寄せている彼に "昨日テレビに映った人物が犯人だと言える理由" について、適当なたとえ話で説明した。
「そうね……仮に、昨日テレビに映った少年をAとしましょうか。こほん……。
Aはある日、偶然にもテレビの中に別の世界があることを知った。何かよく分からないが興味が湧いたAは、ふとテレビの中に人が入るとどうなるのか疑問に思い、ちょうどよく天城屋旅館に泊まっていた女子アナを使って実験することにした。女子アナをテレビに入れてから数日後、死体となって民家のアンテナに吊るされているところを発見される。面白がったAは、次々と人をテレビに放り込んでいくことにした。しかし、ある時を境にテレビの中に人を入れても死ななくなり、あまつさえ友人と一緒に出歩いているのを目撃するようになる。もうテレビに入れても人を殺せないと悟ったAは、仕方ないから自らの手で諸岡を自分の手で殺した。ところが、それが原因でアシがついてしまい、警察に追われる身となってしまう。指名手配されたAには、どこにも逃げ場がない。追い詰められた彼はどうするかと考えた末に……」
「……あ! もしかして逃げるために自分から "あっち" に入ったってことスか?」
ここまで話すと彼も合点がいったらしく、「暁美先輩流石っスね!」と言いながらしきりに頷き始めた。
話している途中、ここまで話しても分からなかったらどうしようかと思っていたが、ちゃんと分かってくれたようで安心だ。
「あの子……逃げ込んだ後はどうするつもりなんだろう……」
ふと、雪子がそんなことを呟く。千枝が疑問が疑問の声を上げると、彼女は続けて言った。
「だって、クマさんがここに居るってことは、あの子、出られないんじゃ……」
「まさか……ヤケんなって、じ、自殺しちゃう気とか……?」
「いや、そんなんじゃないな」
雪子の言葉を受けて千枝が少し焦ったように呟くと、花村くんはそれを否定して続ける。
「犯人は少なくとも、テレビの中から出る方法があることを知ってる筈だ。この町に住んでるなら、天城たちがこっち戻ってきてんのに気付かない訳からな」
私はともかく、雪子や巽くんはこの町で、りせは全国的に名の知れた有名な人物だ。町を歩いていればそこそこ目立つし、田舎は情報の回りが早いから何かあればすぐに広まる。それに、犯人ならテレビに入れた後どうなったのかを気にしてテレビのニュースをチェックする筈だから、テレビに入れた筈の人間が死んでいないことに気が付かない、なんてことはあり得ないだろう。
「まあ、何にせよ。犯人を捕まえるチャンスなんだ。逃す訳にはいかないな」
花村くんの言葉を引き継ぐように、鳴上くんがそう言ってこちらに視線を向ける。それに対して、私たちがそれぞれ反応したその時、テレビの中で犯人の居場所を探っていたりせが戻ってきた。
「お、ナイスタイミング! どうだった?」
それに気が付いた千枝がりせに問いかけると、彼女は少し悔しそうな様子で首を振る。
「ダメ……情報少なすぎて、足取り掴めない。中に誰か居るのは間違いないんだけど……」
「そうか……クマは?」
「まだ張り切って捜してる」
答えを聞いた鳴上くんが、僅かに残念そうに呟いてから姿の見当たらないクマについて訊くと、彼女は呆れたように笑いながらそう返した。
「うっし! ならいつも通り、情報収集と行きますか!」
勢いよく立ち上がった花村くんが声高らかにそう言うと、私たちも同調するように立ち上がって声を上げた。
意気揚々と町に散らばっていく彼らの背中を見送りながら、家で待機している杏子にテレパシーで呼びかける。
『杏子』
『はいはーい、どうしたほむら?』
帰ってきたのは、何とも気の抜けた声だった。声色から察するに、することが何もなくて暇なのだろう。
『仕事よ。昨日、マヨナカテレビで見たあの少年の情報を集めてちょうだい』
『一応訊くけど、魔法使ってもいいのか?』
『ええ、存分に』
『リョーカイ。んじゃ、ぼちぼちやりますかね、っと!』
杏子はそう意気込むと、一方的にテレパシーを切ってしまった。
あと2つほど伝えたいことがあったのだが……まあ、いい。テレパシーを繋ぎ直すのも面倒だし、私も情報を集めることにしよう。取り敢えず最初は、町の図書館であの少年が通っていそうな学校のピックアップからだ。
そう意気込んだ矢先、誰かに背後から声をかけられた。
「あの、すみません」
「……はい?」
出鼻を挫かれた、と思いつつ振り返ると、そこには中学生くらいの女子が申し訳なさそうな表情を浮かべて立っていた。
白髪混じりのボブカット……ここら辺では見かけない子だ。最近越してきたのだろうか。
「ちょっと聞きたいんですけど、商店街にはどうやって行けば良いんですか?」
「ああ、それなら……」
ジュネスから商店街への道順を教えると、彼女は人懐っこい笑みを浮かべながら「ありがとうございます!」と元気よくお礼を言って、去っていった。
そういえば、昔読んだ推理小説で若白髪の原因は遺伝、栄養失調、ストレス等だと書かれていて、伏線か何かと思って読み進めたら推理に何の関係もないフェイクだったことがあった。あの時ほど「騙された」と思ったことはなかったな。
なんてどうでも良いことを思い出していると、頭の中に声が響いた。
『オイ、ほむら。情報ってどんな情報集めりゃ良いんだ?』
やはり、と言うべきか。杏子がそんなことを訊いてきた。私は溜め息を吐くと、取り敢えず件の少年だと分かるようなそれっぽい情報を集めて欲しいと彼女に伝えた。
『それっぽい情報ねえ……例えば?』
『そうね……出来れば写真とかが良いわ』
『写真? 昨日のアレを念写したヤツじゃダメなのか?』
『念写……その手があったわね』
杏子にそう言われて、私は思わず顔を顰めてしまう。
そういえば、自分で魔法を使うことをすっかり忘れていた。私としたことが、最近は魔獣の出現も殆ど少なくなり魔法を使う機会もめっきり減ってしまったから、そこまで頭が回らなかったらしい。まったく、自分に呆れてしまう。これでは何のための魔法少女なのか分からないではないか。
『でも、一応出来るだけ情報は集めておいて。多いに越したことはないから』
『分かった。んじゃ、また何かあったら連絡するわ』
そこで、杏子からのテレパシーは途切れた。
さて、家に帰ってカメラを探すことにしよう。確か、リビングの押入れに入っていた筈だ。
数時間後、鳴上くんからの連絡を受けてジュネスのフードコートに集まった私たちは、私の持っているマヨナカテレビを念写した画像と、鳴上くんが持っている金髪の少年から貰ったらしい卒業アルバムの写真を見ていた。卒業アルバムの写真には "久保美津雄" と書かれている。
2つの画像に写る少年の顔は完全に一致していて、この事件の犯人であることはもはや疑いようがない。
「この子、ウチの店に来たことある……」
写真を見たりせが若干怯えた声で、少年について思い出したことを話す。
店番をしていたところ、突然 "暴走族、困るでしょ?" と話しかけてきて、延々と悪口を喋り続けていたらしい。また、その時のりせはまだこの町に来たばかりで心身共に疲れ切っていたため、乱雑な対応をしてしまったそうだ。
「私……それで攫われたのかな……?」
彼女がそう呟いた直後、花村くんがが何かに気が付いたように言った。
「ん? てことは、完二が狙われたのって……」
「あ……? や、俺ゾクじゃねえっつの! ハァ……あのクソ特番のトバッチリかよ」
巽くんが溜め息混じりに疲弊した声を上げると、それに合わせるように千枝がふと何かを思い出したらしく、目を見開いて叫んだ。
「あっ! 分かった、アイツだ! ほら、あん時の!」
雪子が疑問げな声を発すると、彼女は続けて鳴上くんに言った。
「4月の、ホラ! いきなり告ってきたじゃん!」
「4月……ああ、あの時か!」
そこで鳴上くんも思い出したのか、大きく頷いて写真を見た。会話から察するに、少年が雪子に告白して玉砕したということだろう。
そんな随分前の、しかもよくありそうなことをよく憶えているものだと私が感心すると、彼女は "話しかけてきたのは初めてだが雪子の周りによく居た" と話した。
なるほど、ストーカーだったという訳か。
「えーと……ごめん、誰?」
雪子はイマイチ思い出せていない様子だ。まあ、彼女ほどの美人ならそういう輩はウンザリするほど来るだろうし、憶えていないのも仕方ない。
「校門前でさ、いきなり "雪子" って」
「あー……そうだっけ?」
まだその時のことを思い出せていないらしい雪子は、微妙に気の抜けた答えを返した。
「ってか、フラれた腹いせに雪子攫ったってこと!?」
逆恨みによる犯行で親友が危険に晒された千枝が、眉間に皺を寄せて声を荒げた。
「暁美はなんか無いのか?」
次々と状況証拠が揃っていく中、花村くんが何かこの少年に関連した話は無いかと私に訊いた。
しかし、私はこの少年と会った記憶は無い。
「……茜なら、何か知ってるかもしれないわね」
「そっか……ま、そこら辺のことは犯人に直接聞くしかないか」
花村くんの少し残念そうな声を聞いて、申し訳ない気持ちになる。今度、茜に訊いてみることにしよう。
「よし、じゃあ行こうか」
大体の情報が出揃ったことで、鳴上くんが立ち上がりながらそう言った。
杏子のことを話すならここしかない。そう思った私は、次々と席から立ち上がる彼らに提案した。
「向こうに行く前に、ちょっといいかしら。今回の探索に、杏子を連れて行きたいのだけど……」
「え、杏子ちゃんを?」
雪子が提案を聞いて、驚いたように訊いてくる。私は頷くと、杏子を連れて行くメリットを彼らに話した。
「杏子は私と同じ魔法少女だから、戦力としては申し分ないわ。使える魔法も幻覚系統だから、精神に作用する状態異常なら彼女の魔法でなんとかなるし、連れて行っても損はないと思うの」
「け、けど……」
関係のない人を巻き込むのは気が引けるのか、千枝が少しばかり厳しい顔をする。
「杏子はベテランだから大丈夫よ。それに、もしあの子の影が出てきたら私が対処するわ。貴方たちに負担はかけないから」
ここまで言うと、彼らの表情が僅かに柔らかなった。あともう一押し、と言ったところか。
「ダメ……かしら?」
鳴上くんに、少しばかり申し訳なさそうな声色で訊くと、彼は数秒ほど何か考えてから頷く。
「……分かった。杏子も仲間に入れよう」
私は、提案が受け入れられたことに、胸を撫で下ろした。
やっと、杏子のペルソナを覚醒させることができる。これで、後はマミだけだ。
鳴上くんたちに杏子を呼ぶから先にテレビの中へ行っててほしいと伝えると、彼らはそれぞれ犯人逮捕に向けて気合いの入った声を発してから、ジュネスの家電売り場に向かった。
彼らが行ったのを確認すると、テレパシーを杏子に繋いで呼びかける。
『杏子、大至急ジュネスに来てちょうだい』
『何か分かったのか?』
『ええ。これから犯人を探しに行くから、貴女も来て』
『了解』
それからしばらくして杏子が来ると、私はすぐ家電売り場にある大型の液晶テレビの前に彼女を連れて行き、自分の右手を突っ込んだ。「おおうっ!?」という声が背後から聞こえたが、それを無視して彼女の右手を握ると話しかける。
「さ、行くわよ」
「え、ちょ、いきなり――」
ぐっと力を入れて身体をテレビに潜り込ませると、私たちは真っ逆さまにテレビの中の世界へと落ちていった。
落ち始めてから数秒、足に衝撃が走ったのを自覚した直後。
「どわっ、へぶぉ!?」
背後から奇妙な声が上がる。見れば、そこには潰れたカエルみたいな状態で倒れている杏子の姿があった。
そういえば杏子に、着地には気を付けるように言ってなかった気がする。……まあいいか。
「いってぇ……ほむらァ! こういうのは最初に言っとけよな!」
彼女は起き上がるなり、若干赤くなった鼻の頭を左手で押さえながら私には怒鳴った。
「ごめんなさい。今度は忘れないように手の甲にでも書いとくわ」
「油性ペンで、でっかく書いとけよ……!」
そんな会話をしながら、私はいつものようにメガネをかけると同時に、杏子のメガネがないことに気が付いた。
どうしようかと思っていると、彼女のソウルジェムが指輪から宝石に変化して一瞬だけ紅く光る。
「霧が濃くて何も見えねえな……っと。よし、だいぶ良くなった」
どうやら、魔力で視力を強化すればこの霧の中でも遠くまで見えるようだ。私が言うのもアレだが、魔法というのは本当に何でもあり過ぎて恐ろしい。
鳴上くんたちと合流すると、彼らは杏子と少しばかり話した後、私たちは顔を見合わせて頷きあうとりせが指差したと言う方角に向かって歩みを進める。
しきりに珍しがる杏子にこの世界の説明をしつつ進んでいくと、道が段々と妙に四角いと言うか、ジャギジャギした茶色の土っぽい何かに変わっていき、周りの風景もジャギジャギした木や草むらがポツポツと現れ始めた。
「何コレ、ゲーム?」
その風景を見た千枝が、そんな呟きをもらす。確かにこれはピコピコ……もとい、レトロゲームのような雰囲気である。
「捕まえてみろってくらいだから、所謂 "ゲーム感覚" ってことだろ」
花村くんがあたりを見回しながらウンザリした様子で言うのと同時に、ジャギジャギした茶色い城壁のようなものと、これまたジャギジャギした文字で書かれた〔→GAME START〕と〔CONTINUE〕の文字が私たちの前に現れた。
「わお。すげえクソゲー臭だな、こりゃ」
「ちっ、ムカつく野郎だぜ……ッ!」
ピコピコしたそれらを見て、杏子は呆れた声色で呟き、巽くんは怒りを露わにする。ゲーム感覚で人殺しとは、まったくもって度し難い。精神構造を疑わざるおえないレベルである。
「顔面クツ跡の刑にしてやる! 行こ!」
そう息巻いた千枝は、ジャギジャギとした城に入っていった。私たちも、それに続いて城……いや、ダンジョン (?) の中に入ると、ドット画で書かれた古城を思わせるような通路が広がっていた。
「うっし。んじゃ、いきますかねっと!」
目がおかしくなりそうなジャギジャギ感に若干げんなりとする私を余所に、杏子はソウルジェムを取り出して魔法少女へと変身する。私の変身で慣れたのか、鳴上くんたちはあまり驚かなかった。しかし何故か、巽くんは私が変身する度、妙に顔を赤くして目を逸らしている。
女性に耐性がないとはいえ、ここまで恥ずかしがるのは考えものだ。彼にはもう少し、女性に慣れてもらわなければ。
「ん!? なんだなんだ?」
そんなことを考えていると、不意に妙なリズムの音楽が流れ始め、空中にまたもジャギジャギした文字で書かれた〔>ぼうけんを はじめる〕と〔ぼうけんを やめる〕という文字が現れた。文字の左横にあるカーソルが何度か上下に動き、〔ぼうけんを はじめる〕を選ぶと今度は〔なまえを いれて ください〕という文字が現れ、その下に 〔ミツオ〕の3文字が浮かび上がる。
「ゲームスタートってか? どこまでもふざけた野郎だな」
杏子は吐き捨てるような口調で言うと、自身の得物である槍を召喚して空中の文字に切っ先を向けた。
「こんなクソゲー、速攻で終わらせてやるぜ」