Persona4 : Side of the Puella Magica   作:四十九院暁美

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第22話

 一向がダンジョンの中を進むこと数分。

 デデッ、という奇妙な音を立てる扉を開けると、小部屋の隅に置かれた宝箱を守るようにシャドウが数体うろついている場面に出くわした。

 

「先手必勝ォ!」

 

「あ、ちょっと!?」

 

 それを見るなり杏子はほむらの制止も聞かずに飛び出し、3つの頭が縦に重なり合った不気味なシャドウを槍で真っ二つにすると、立て続けに近くを飛んでいた緑色の服を着ている小型の天使みたいなシャドウに後ろ回し蹴りを浴びせる。

 

「オラァ!」

 

 更に、彼女の右側面から襲ってきたトゲ付きの円形プレートに逆さ吊りにされたシャドウの攻撃を躱し、カウンターで前蹴りを叩き込む。堪らずシャドウが地面に倒れると、彼女は手に持った槍を頭上で振り回しながら飛び上がると、シャドウに凄まじいスピードの連続突きで蜂の巣にしてしまった。

 勢いのまま荒々しく地面に降り立った彼女は、油断なく先ほど蹴り飛ばした天使のようなシャドウを見る。瞬間、疾風が渦を巻いて吹き上がり、彼女をズタボロに引き裂か――なかった。

 

「オネンネしてなッ!」

 

 風が切り裂くよりも速く、彼女は右手の槍をシャドウの顔面に向けて突進する。常人には目視不可能な神速の踏み込みから繰り出された突きは、凄まじい衝撃音を放ちながらシャドウの頭を消し飛ばし、悲鳴を上げる間も与えず黒い塵へと返してしまった。

 一連の流れを見た特捜隊の面々は「やっぱり魔法少女ってスゴイ」と思った。ペルソナの物理魔法に匹敵する威力の攻撃に、音すらも置き去りにしかねない圧倒的なスピード。無駄のない洗練された槍さばきには感動すら覚えるほどだ。

 

「杏子……あんまり1人で突っ走らないで」

 

「大丈夫だって。いざとなったらほむらたちがフォローしてくれんだろ?」

 

 そう言って、にっと笑う杏子は槍を頭上で振り回すと石突を地面に叩きつける。それを見たほむらは呆れたように溜め息を吐くと、杏子に近付いて軽くチョップした。

 

「あたっ」

 

「お馬鹿。シャドウは魔獣とは根本的に違うのよ? ただ光線をばら撒く能無しじゃない、もっと危険な存在……お願いだからもっと慎重に、ね?」

 

「……悪かった」

 

 彼女の言い聞かせるような口調に、杏子はバツが悪そうにそう謝罪した。

 実際、杏子がシャドウという存在をナメてかかっていたのは確かで、形や大きさは違えど所詮は化け物、今まで倒してきた木っ端となんら変わりないと思っての行動だっただけに、少しばかり面を食らうと同時に反省する他なかったのである。

 この様子を見ていた千枝、雪子、クマの3人は「やっぱりほむらちゃんってお母さんっぽいな」と思ってしまったのだった。

 

「しっかし、こんなところに宝箱か。罠とかじゃないよな……」

 

 そんなことを呟きながら部屋に入った陽介は、宝箱に近付くとつま先で突っつく。

 RPGなどのダンジョン探索が主なゲームの場合、宝箱に罠が仕掛けられていることがある。お宝だと思って開けたらいつの間にか石の中に居たり、いきなり手足が生えて襲ってきたり、はては即死トラップまで仕掛けられていたりするのだがら、開けるのは中々心臓に悪い。

 

「大丈夫だろ。今までミミックみたいなシャドウとか居なかったし」

 

 そう言って悠は宝箱に近付くと、躊躇なくその蓋を開ける。

 

「これは……人形か?」

 

 中に入っていたのは、黒い人形の粘土じみた何かだった。

 ふと、悠はこの人形がペルソナの一つである "モコイ" に似ているような気がしたが、よくよく見たらそんなことはなかったのでほんのちょっぴりガッカリした。

 

「うわ何それキモチワル!」

 

 とりあえず人形を手にとって持ち上げると、千枝がその人形の微妙な気持ち悪さに声を上げる。悠はそれを無視して人形を検分するが、僅かに得体の知れない力を感じる以外には特に変わった部分はなく、今は何の役に立ちそうにない。

 

「それ、どうするの?」

 

「……天城、いるか?」

 

「え、いらない」

 

 正直、この人形が何に使えるか分からない以上、持っていても無駄な荷物になるだけだが、せっかく拾ったのだから捨てるのもどこか勿体無い。

 

「暁美、持っててくれないか?」

 

「いいけど……これ、必要あるの?」

 

「さあ……?」

 

 仕方ないので人形をほむらに預け、部屋に何もないことを確認すると先を急ぐのだった。

 

 

 

 〔わあっはっはっはっ ! くさった ミカンの ぶんざいで ワシに はむかうとは いい どきょうだ !〕

 

 上の階に移動すると、どこからか諸岡の声が響き、次いで〔ミツオは いしきを うしなった ……〕というテキストが空中に現れる。

 まったくもって意味不明な状況に、特捜隊の面々は驚いて困惑した。しかし、今は先に進むしかない。彼らは気を取り直すと、更に奥へと進んでいく。

 

「行き止まり……?」

 

 次の階層に上がるとまたもテキストが現れたが、一行はそれを無視して探索する。ところがこのフロア、十字路の先が全て行き止まりになっていて、RPGにありがちな面倒臭い謎解き要素を予感させる作りだった。

 

「とりあえず、手分けしてもう一度探ってみようぜ」

 

 陽介の言葉を受けて、一行は適当に散らばっていく。

 右側に進んだ悠、ほむら、杏子の3人は、目の前にあるライオンの噴水を注意深く観察するが、やはり変わった部分は見られない。

 

「この噴水が怪しいな」

 

「確かに、何かありそうね」

 

「ま、とりあえず調べてみっか」

 

 杏子が噴水の縁に触れた瞬間、突如視界が白一色に染まる。気が付けば、目の前にはさっきと同じ十字路が広がっていた。

 

「あり?」

 

「これは!?」

 

「……別の場所に飛ばされたようね」

 

 どうやらあの噴水に触れると、別の場所に飛ばされてしまうらしい。3人が辺りを見回していると、どこからかりせの声が響く。

 

『先輩、みんな、大丈夫!?』

 

「ああ、大丈夫だ。そっちは?」

 

『大丈夫。でも、みんなバラバラに飛ばされちゃったから……』

 

 悠がりせに応答すると、彼女はほっと溜め息を吐いた後に不安そうな声色で答えた。

 

「……みんな、 "カエレール" は持ってるか?」

 

『え? う、うん』

 

「なら、このまま先に進んでみよう。多分、3つのうちどれかが正解のルートとか、そんな感じだろうから。正解のルートを見つけたら一度戻って、みんなでそっちに行こう」

 

『……分かった。みんな、気を付けてね!』

 

 僅かに考えた後、りせは最後にそう言うと通信を切り、悠たちも顔を見合わせると奥へと進んで行く。

  "カエレール" はかつて悠が使ったトラエストという魔法と同じ効果を持つアイテムで、四六商店にも売っている物だ。どういう原理でこの効果が発動しているのかよく分からないが、便利なことには変わりないのでたまにお世話になっている。

 

「ま、ゲームじゃ定番だよなぁ、別れ道」

 

「面倒な仕掛けね……」

 

「けど、謎解きよりはマシだな」

 

 そんな会話をしながら進むこと数分、気が付けば今までとは違う光景の場所に立っていた。どうやらここが終点らしい。

 鬼が出るか蛇が出るか、細心の注意を注意を払いながら更に奥へ進んで行くと、3人はあのジャギジャギした木製っぽい扉があるのを見つけた。

 

「行くぞ……!」

 

 悠が先陣を切って扉を開け、一気に突入する。しかし中には何もなく、部屋の中はがらんどうだった。

 

「ハズレ、か。やれやれだぜ」

 

 意気込んで損をした。そんな声色で杏子が呟いたその時、全身に冷水を浴びせられたような、酷い悪寒が3人の身体に走った。殆ど反射的に背後を見ると、そこには……。

 

『何がやれやれ、だ。カッコつけやがって……』

 

 杏子が、もう1人居た。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 予想通り、と言うべきか。やはりもう1人の杏子が出てきてしまった。しかし、こればかりはどうしようもない。

 

「……ほむら。こいつがお前の言ってた "認めたくない部分" ってヤツか?」

 

「ええ、そうよ」

 

 私は問いに答えると、杏子は油断なく自身の影を見据えた。

 杏子の影は、普段の彼女と違って非常に暗い雰囲気を放っていて、とにかく不気味だ。顔に貼り付けたような卑屈な笑みなど、見ていて寒気がする。

 

「ちっ、胸糞悪ぃ……」

 

 杏子が不機嫌そうに頭を掻きながら呟くと、杏子の影は溜め息を吐いてこちらを見る。

 纏わり付くような渇望と泥沼のように淀んだ嫉妬の視線に、意図せず半歩後退りしてしまう。

 杏子の影は再び溜め息を吐くと、酷くやさぐれた声で言う。

 

『お前は良いよなほむら……まだ家族が残ってて……』

 

「……!」

 

 杏子の影の言葉を聞いた杏子が、声にならない声を上げる。すぐ隣から今まで感じたことのない凄まじい怒気を感じて、私は思わず唾を飲み込んだ。

 その様子を見た彼女の影は、楽しそうにくつくつと笑いながら話を続ける。

 

『うらやましいなあ……あたしなんかどうせ……』

 

「やめろッ! 見苦しいこと言いやがって……!」

 

『何が "見苦しい" だ……強がっちゃって。ホントは、家族が羨ましいんだろ?』

 

「んな訳……!!」

 

『ほむらの家族と飯食ってる時に思ったよな? "家族みたいだ" って』

 

「っ ……だから何だってんだ!」

 

 杏子は自身の影に対して怒鳴ると、怒りが漏れ出したように唸りながら奥歯を噛み締める。それを見た影は、自嘲的な雰囲気を発しながらくたくたと笑い始めた。

 

『さやかのおかげで昔の自分とは決別できた、とか思ってるみたいだけど……実際、お前は "あの時" からなーんにも変わってないってことさ』

 

「な、んだとテメェ……!」

 

『失うのが怖くて怖くて仕方ないクセに、繋がりを求めてる……。無条件で自分を信頼してくれる都合のいい繋がりをな』

 

「あたしはそんなもの求めちゃいない!」

 

『嘘を吐くなっ! マミとほむらはその筆頭だろうが! 何もしなくてもあたしを助けてくれる、あたしを気遣ってくれる、あたしを好きでいてくれる!! だから失いたくないし、手放せない……自分の見えるところにマミを縛り付けておきたいし、さやかみたいに死なれたら嫌だからほむらの記憶を――』

 

「ッやめろ!!」

 

 影の言葉を遮るように、杏子が叫ぶ。

 かなりマズイ状況だ。ひとまず、彼女を落ち着かせなければ……。

 

「杏子、落ち着いて」

 

 私がそう言うと、彼女がこちらに顔を向ける。その顔は、色々な感情がごちゃ混ぜになったような形容し難い表情だった。

 

「ち、違う、あたしは……!」

 

『 いい加減認めろよ、なあ。あたしを好きになってくれないヤツなんて要らない、あたしの思い通りにならないモノは邪魔……そう言う風にしか考えられない、自分が可愛いだけの臆病者なんだよ、お前は!』

 

「この……ざっけんじゃねぇ! あたしは……あたしは!!」

 

 影の言葉に逆上してしまった杏子が、一歩前に踏み出して怒声を発する。

 私を幾度となく過去の暗闇から救い出そうとしてくれた杏子が、私と同じ暗闇で苦しみもがいている。

 そう思った瞬間、私はほとんど反射的に彼女の手を握って引き止めていた。

 

「っ、何を!」

 

 突然のことに杏子が声を上げる。けれど私は、それを無視して必死に叫んだ。

 

「自分に負けたら駄目よ、杏子! 私に言ってくれたでしょう? "弱い自分を否定するな" って、 "今まで築き上げてきた自分自身を信じてやれ" って……そう言ってたじゃない!」

 

「――まさか、ほむら……っ」

 

 杏子は驚いて、どこか呆然とした様子で私の名前を呼んだ後、喜んでいるとも悔しがってるとも見れる曖昧な表情を浮かべる。それが何を意味しているのか私には分からなかったが、彼女がある程度の落ち着きを取り戻したことは感じた。

 

「まったく、嫌になるぜ……」

 

 彼女は溜め息を吐きながらそう呟き、改めて自身の影と向き合う。

 

「確かにあたしは……繋がりが欲しくて、そのクセ拒否られて傷つくのが怖いから、悪ぶって人を遠ざけてるような臆病者だ。前は、そんな自分が大嫌いだったよ。……けど、マミにほむら……さやかと出会って気付いたんだ。臆病なのは、悪いことじゃない。誰だって人と関わるのは怖いものなんだ。拒絶されたり、裏切られたり……失ったりするのが怖いのは、みんな同じなんだって。……分かってた筈なんだけどなぁ、まったく……あたしとしたことが、すっかり忘れてたよ」

 

 不意に、杏子がこちらに顔を向ける。さっきとは違って、とても穏やかな表情だった。

 彼女は私に笑いかけると、そっと手を解き、自身の影に歩み寄る。そして、ゆっくりと影に右手を差し出して言った。

 

 

「アンタは、あたしだ。臆病で、みっともなくて、不器用なあたし自身だ。悪かったな……ずっと無視したりして。ほら、仲直りしようぜ、あたし!」

 

 杏子の影は頷き、差し出された手を握って笑みを作ると、影が眩い光に包まれてその姿を変える。

 その姿は、宝石のように青い輝きを放つ青い鎧を身に纏い、穢れのない真っ白なマントをはためかせ、悠然と佇む女性の騎士だった。靡く金髪の一房が青いのは、さやかの面影によるものだろうか。

 

『我は汝……汝は我……我は汝の心の海より出でし者……我は神託の担い手、ジャンヌ・ダルク! 汝が行く末に祝福があらんことを!』

 

 杏子のペルソナ――ジャンヌ・ダルクは勇壮な声でそう名乗りをあげると、マントを翻して1枚のカードとなって杏子の身体に吸い込まれるようにして消えていった。

 それからしばらくして、ふと杏子が口を開く。

 

「ほむら……世話、かけたな」

 

「いいわよ、別に」

 

 私がそれに答えると、彼女は振り向いてふっと笑うと、いつもの調子で言った。

 

「さ、こんなクソゲーさっさとクリアして、みんなでパァーっと遊ぼうぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

「なんか、キュゥべえが言ってたのと違ったなぁ……腑抜けって感じ?」

 

 商店街の一角にある惣菜店 "惣菜大学" 。店先に設置された簡素なテーブルと椅子に座り、この店の名物であるビフテキ串を食べる白髪混じりのボブカットの少女――神名あすみはそんなことを呟いた。

 現地の調査を終えた彼女は現在、暁美ほむらを生け捕りにするための策を練っている。相手は歴戦の猛者だ、真正面からやりあっていたらいくらグリーフシードがあっても足りない。自身の魔法の特性を活かすためにも、策を巡らすのは非常に重要だ。戦術的アドバンテージを取れるなら、人質を使った脅しを使ってもよいだろう。

 

「……人質、ねえ」

 

 あすみは、少し人質は使えるかどうか考えてみた。

 もし人質を使うのなら、なるべく暁美ほむらと近い存在が好ましい。それを調べるためには、最低でも1週間かかる。更にそこから、ターゲットの行動範囲、行動時間の把握。かかる期間は1〜2週間、万全を期すなら1ヶ月かかるかどうか。魔法を使うならこの限りではないが、グリーフシードはなるべく温存しておきたい。

 

「……あと1ヶ月くらい様子見かな」

 

 考えた結果、あすみはとりあえず1ヶ月前後を暁美ほむらの身辺調査、及び人質候補の行動把握に当てることに決めると、ビフテキが刺さっていた竹串をゴミ箱に投げ捨てながら呟いた。

 

「ま、最後はあたしのサヨナラ勝ちってね」


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