Persona4 : Side of the Puella Magica   作:四十九院暁美

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私情で更新が遅れました。申し訳ありません。
それと、些細な変更ですがりせのほむらに対する呼び方を"先輩"から"ほむら先輩"にしました。


第26話

 8月1日。

 リビングで杏子と一緒に、父さんがたまに読んでいるバイクの専門誌を眺めていると、母さんが突然、庭でバーベキューをしようと言った。杏子が八十稲羽に滞在するのも今日で最後。明日の昼頃にはここを発ってしまうから、送別会みたいなことをしたかったんだと思う。

 私は最初、マミの就活が終わったら、多分またこっちに来るのだから、そういうのは必要ないんじゃないかと思った。けど、バーベキューなんてものはテレビで見たことがあるだけで、やったことがなかったことに気が付いて、でもバーベキューをやりたいなんて素直に言うのはなんだか子供みたいでちょっと恥ずかしかったから、――杏子にファザコンだとか言われそうだが――父さんが賛成しているのならそれも良いかな、なんて言い訳がましいことを考えて、父さんに問いかけてみることにした。

 

「……父さんは、どうするの?」

 

 その時、父さんは何も言わずにいつも使ってる湯呑みに、白湯とさして変わらない出涸らしの茶――独身の頃からずっと倹約家らしい父さんは、使った茶葉を乾かして、もう一度お茶を淹れるのに使う癖があった――を淹れて啜っていたけれど、母さんの提案に賛成するような雰囲気でゆっくりと頷いて、静かに答えてくれた。

 

「……食材、買ってこないとな」

 

 なんの材料かは言わなくてもわかったから、私は「じゃあ、ジュネスに行かないとね」と返して立ち上がると、自室に戻って外出用の服に着替えることにした。

 そういえば、おつかいを頼まれたのは初めてかもしれない。これが私にとって初めてのお使いなのか。そう考えると、なんだかちょっと嬉しいような、恥ずかしいような、悲しいような、何だかよく分からない複雑な気分になる。

 身支度を終えてリビングに戻ると、母さんから買ってきて欲しいもののリストとお金を渡された。ざっと見てもそこそこの数があって、全部揃えると私一人で運ぶのは少し厳しいかもしれない量だった。これは、杏子についてきてもらった方が良さそうだ。

 

「よっしゃ、重いもんは任せとけ」

 

 声をかけると、杏子は二つ返事で了承してくれた。まるで声がかかることを予想していたような、妙に力強い声だった。

 しかし、最近は杏子に助けられてばかりな気がする。後で、お礼にフードコートで何か奢ることにしよう。

 私はそう考えながら、杏子とともに家を出た。

 

 

 

 しばらく歩いてジュネスに着くと、私たちはいの一番にフードコートへ向かった。杏子がふと思いついたように、どうせならみんなも誘って馬鹿騒ぎしよう、と言い出したので、まずは花村くんとクマのところへ行こうと思ったのだ。

 

「ふへー、外はやっぱアッチーなー」

 

 自動ドアをくぐってフードコートに出ると、杏子が快晴の空を見上げながらぼやいた。

 確かに、今日は日差しが強いせいか、かなり暑い。室内はクーラーが効いていたから、温度差で余計にそう感じるのだろう。

 

「それじゃあ、さっさと花村くんたちを見つけて中に戻りましょう」

 

 私は、太陽に向かって悪態を吐く杏子にそう言って、白い丸テーブルと椅子が並べられた広場へと向かった。なんとなく、そこに行けば見つかる気がしたのだ。ある種の確信を抱きながら広場の入り口に立つと、やはりと言うべきか、少し奥まった席に目を引く集団がいるのをすぐ視界に捉えた。

 特捜隊……いや、事件はもう解決したのだから、この呼び方はもう相応しくないかもしれない。けれど、それ以外の呼び方は思いつかないし、思いついたとしても、きっとしっくりこないだろう。やっぱり、彼らの呼び方は特捜隊のままが良い。

 

「あ! ホムチャン!」

 

 私が彼らに近付くとクマがいの一番に気が付いて、それから少し遅れてみんなも私を見るなり驚いたような声を上げる。

 随分とおかしな反応だ。もしかしたら、私の話でもしていたのかもしれない。いや、うぬぼれすぎか。

 そんなことを考えながら、みんなにどうしてそんなに驚いているのか訊こうと近付くと、席に見覚えのある少女が座っているのが見えた。

 特徴的な群青色の帽子……見間違えるはずもない、マリーだ。

 

「おう、全員集合! って感じだな」

 

 私が彼女を見つけたのとほぼ同時に、私の後ろから杏子の声が飛ぶ。

 

「あー! キョウチャン!」

 

 一番最初に反応したのは、やっぱりクマだった。

 

「杏子ちゃんも一緒なんだ」

 

「……誰?」

 

 続けて雪子が言うと、その言葉にマリーが疑問げな顔で反応を示す。そういえば、彼女は杏子に会ったことがなかったはずだ。鳴上くんに教えられてないかぎりは、名前すら知らないだろう。

 

「杏子、マリーよ」

 

「んー? ああ。佐倉杏子だ。よろしく」

 

 私が彼女を紹介すると、杏子が微妙に気の抜けた自己紹介をする。マリーは何かを考えるようにじっと杏子の顔を見つめた後に、小さな声で「……よろしく」と言った。

 様子から察するに、杏子を警戒しているようだ。まあ、初対面だから仕方がない。

 

「それにしても、みんな集まってどうしたの?」

 

「なんか、集まってきた」

 

 私の問いかけに、鳴上くんはそう答えた。

 

「ええ……? なんかって何よ」

 

「いや、なんつーの? なんとなーくフードコート行ったら、全員集まっちゃった的な?」

 

 意味が分からずに再度問いかけると、今度は花村くんが曖昧な表情で答える。

 つまるところ、偶然に偶然が重なってこうなったらしい。私を含め、特捜隊全員がジュネスのフードコートに行こうと思うなんて、いったいどんな確率だろうか。まったく、偶然とは恐ろしいものである。

 そんなことを思っていると、杏子がからからと笑いながら私の肩に手を乗せて言った。

 

「ま、理由なんてどうでもいいじゃん。んなことより、ほら、な?」

 

「……わ、私が言うの?」

 

「お前が言うの」

 

 私は、目の前にいる彼らを見た。全員、杏子の言葉を聞いて興味深そうにこちらを見ている。

 彼ら全員に面と向かって言うのは、ちょっと難易度が高い。ただ遊びに誘うだけなら苦労しないのだが、自分の家のイベントに彼らを誘うのは、こう……もの凄く気恥ずかしいと言うか、なんだか妙にくすぐったい気がして、言いにくい。

 

「ほ、本当に私が言わないとダメなの?」

 

「だーめ。お前の友達なんだから、お前が誘わないと。それにさ……」

 

 彼女はそこで言葉を切ると、私の耳にそっと口を寄せて、囁く。

 

「そっちの方が、"おじさんたち"、喜ぶと思うけどなー……」

 

「う……ぐくっ」

 

 悔しいが、さすが杏子だ。私の弱点を突くのが上手い。そんなことを言われたら、父さんと母さんがそれで喜ぶなら、とその気になってしまう。いや、確実に喜ぶだろう。杏子の時でさえあんなに喜んでいたのだ。私がこんなにたくさんの友達を連れてきたら、父さんも母さんも泣き笑いしながら諸手を挙げて歓迎してくれるに違いない。……泣き笑いは、少し言い過ぎだったか。

 と、そこまで考えて――こんなことを考えている時点で、私は杏子の思惑にがっちりと嵌っているのだろう――、ちょっとだけ尻込みしながらも彼らに本題を切り出した。

 

「えっと……今日、家でバーベキューするんだけど……良ければ、来ない?」

 

「え、いいの? 俺たち行っちゃって」

 

「むしろ来てほしいっつーか、なぁ?」

 

「え? え、ええ……そう、ね」

 

 花村くんの問いに杏子が答え、そんなことを言う。何か作為的なものを感じながら、それに対して言葉を返した。

 よく分からないが、あの意地の悪そうな笑みは良からぬことを考えているに違いない。私はちょっとだけ、警戒しておくことにした。

 

「そういうことなら、お邪魔しちゃおっかなー」

 

「ハイハイ! クマも、ホムチャンのおウチ行きたーい!」

 

 嬉しいことに、みんなの反応は非常に良好。マリーも、突然の提案に少し戸惑ってはいたが、鳴上くんに説得されたらしく「……じゃあ、行ってみようかな」と少し恥ずかしそうに言っていた。

 言い出す前はなんだか気恥ずかしかったが、言ってしまえばなんてことはない。みんなの喜ぶ様子を見ていると、誘ってよかった、そう思えてくる。嬉しくて笑ってしまうくらいだ。

 盛り上がるみんなを眺めていると、ふと菜々子ちゃんのことを思い出したので、もし、今日は堂島さんが家に帰ってこないなら菜々子ちゃんも誘うことにして、私は鳴上くんに問いかけた。

 

「そういえば、鳴上くん、今日は家に堂島さんは帰ってくるの?」

 

「お、あのめんこいのも誘うのか?」

 

 私は鳴上くんに問いかけると、杏子が声を上げる。すると、みんなも次々と「菜々子ちゃんも誘おうよ」と声を上げ始めた。

 それを見て、鳴上くんは酷く驚いた顔をした後、喜色でできた満面の笑みをその顔に湛えて礼を言った。ちょっと人数が多くなったが、まあ、これくらいなら大丈夫だろう。

 さて、立ち話も程々にしてフードコートを後にすると、私たちはジュネスの食品売り場へ向かった。買う物は、肉に野菜と飲み物を数種類。みんなが手分けして集めてくれるとのこと。肉はお肉マイスター (自称) の千枝が、野菜も鳴上くんが新鮮なものを選んでくれて、飲み物も雪子とりせが取ってきてくれるそうだ。しかも、花村くんが特売の品も教えてくれる上、荷物も巽くんとクマが、杏子と手分けして持ってくれると言うのだから、なんだか申し訳なくなってくる。

 

「ごめんなさいね、手伝ってもらって」

 

 そう思って私が謝ると、千枝と花村くんが笑顔でこう答えた。

 

「いいっていいって。招待してもらうんだから、これくらい手伝うのは当然っしょ!」

 

「仲間なんだから、遠慮すんなって!」

 

 面と向かってそんなことを言われた私は、嬉しさと恥ずかしさで顔が熱を帯びていくのを感じて、思わず顔を背けてしまう。まったく、よくもそんなストレートにものを言えるものである。

 

 しばらくして必要なものを全て揃え、会計を終えるとすぐにジュネスを出て菜々子ちゃんに会うため鳴上くんの家へ足を進めた。

 その道すがら、私は茜と直斗の2人を呼ぶため二人にメールを送った。が、残念ながら直斗から返信はこなかった。仕事が忙しいのかもしれない。後でまた連絡を入れてみよう。

 

「ぃよっし、着いたぞ……っと」

 

 携帯の液晶を見つめていると、杏子が少し疲れたような声を上げる。いつの間にか、鳴上くんの家に着いていたらしい。

 

「ただいま、菜々子」

 

「おかえり、お兄ちゃん!」

 

 鳴上くんが玄関の引き戸を開けながら声を張ると、家の奥から可愛らしい声が返ってきて、それから少し遅れて菜々子ちゃんが姿を現した。

 私は、みんなが来てくれた嬉しさと、食材をたくさん持っていることへの疑問が入り混じった表情をしている。

 

「菜々子ちゃん、これから私の家でバーベキューするんだけど、一緒にくる?」

 

 私が彼女にそっと目線を合わせて問いかけると、はたして、彼女は目を見開くと遠慮がちに顔を伏せ、上目遣いで訊き返してきた。

 

「……菜々子も、一緒に行っていいの?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

 私が問いに答えてそっと笑いかけると、彼女はひまわりのような明るい笑みと共に大きく頷き、嬉しさを全身から滲ませる。

 なんとも可愛らしい、この笑顔を見ているだけで幸せになれそうだった。

 

 菜々子ちゃんを加えた私たちは、少し急ぎ足で談笑しながら家路を急いだ。あまり悠長に歩いていると、食材が悪くなってしまうかもしれない。そうなっては、二重の意味でいただけないからだ。

 

「ただいま」

 

「だだいまー」

 

 家に着くと、まだ声を出さないでほしいとみんなに断りを入れてから――杏子が思いついたイタズラのようなものだ――玄関のドアを開け、それとほぼ同時に2人揃って帰宅の挨拶をする。少し遅れて、家の奥からパタパタとスリッパの鳴る音が響いてきた。母さんが、私たちの声を聞きつけたのだろう。心なしか、足音に喜色が混じっているような気がする。

 

「おかえりなさ……あら?」

 

 随分と嬉しそうな表情で玄関にやってきた母さんは、まず私たちに満面の笑みで声をかけ、次いで、私の背後にいるみんなを見止めてピタリと動きを止める。

 

「ただいま、母さん。友達を、連れてきたんだけれど……結構たくさん」

 

 恥ずかしさと嬉しさが混じった声で私がそう告げると、母さんはハッと気が付いて私とみんなを交互に見比べると「あらー……」と声を上げた。茫然自失、といった様子である。

 ちょっと、連れてくる人数が多すぎたかもしれない。驚き過ぎて、思考が停止してるみたいだ。

 

「うわ、ほむら先輩のお母さんキレー……」

 

「なんか、すごく良い人そうな感じだね」

 

 背後からそんなヒソヒソ話が聞こえてくる。なんだか、ちょっと誇らしい気分になった。

 ……そんなことより、まず母さんを回復させないと。

 

「母さん?」

 

「おーい、おばさーん?」

 

 杏子と二人で声をかけると、母さんはハッと気が付いて、心の底から湧き出た喜びが溢れ出てきたように段々と笑顔になっていく。

 

「こんなにたくさん……ほむらったらいつの間に……もう、お母さん嬉しいわぁ!」

 

 そして、ついに堪えきれなくなったのか、私を抱きしめることで喜びを爆発させた。急に抱きつかれたものだから、何も反応できず母さんのなすがままになってしまう。

 

「ちょ、か、母さ……っ」

 

 衝撃から復帰すると、私は慌てて母さんを引き剥がそうと躍起になったが、剝がせない。みんなの目の前で、こんな状態をいつまでも晒すわけにはいかないのだが、何故だか剥がすことができなかった。

 こんなことになるとは、まったくの予想外……ではないが、やっぱりみんなの前で抱きしめられるのはちょっと恥ずかしい。できることなら、早く離れてほしいところである。杏子も横で笑ってないで助けてほしい。

 

「何をしてるんだ?」

 

 母さんをなんとか剥がそうと苦心していると、父さんの困惑した声が響いた。

 

「と、父さん。友達、連れてきたんだけど……母さんが……」

 

 母さんの肩越しに、助けを求めた。父さんならこの状況をなんとかしてくれるかもしれない。

 父さんは私の後ろにいるみんなを見ると僅かに目を見開き、それから目尻を少しだけ緩めて静かに口を開く。

 

「そうか……こんなに、たくさんか……。母さん、そろそろ離れてやりなさい」

 

 それだけ言い終わると、父さんはすぐに振り向いて奥へと戻ってしまった。少しだけ、声が震えていたような気がする。

 父さんに言われて、母さんはパッと離れると「ごめんなさいね」と嬉しさを隠しきれない表情で私に謝って、外に出るとみんなを庭に案内した。しかし、さほど広くない家の庭にこの人数を収めるのは無理があった。結局、庭に出るのはバーベキュー用のコンロなどを準備する男子だけで、女子は家の中に入ることになった。

 バーベキューの準備が終わるまで、少しばかり暇がある。直斗にもう一回、今度はメールではなく電話で連絡を入れてみよう。メールというのは、マナーモードにしていると案外気が付かないものだが、電話ならさすがに気がつくだろう。しかし、これで応えてくれなかったら、探偵業の方が忙しいということだ。残念だが、諦める他ない。さて、どうだろうか。

 母さんが菜々子ちゃんと話しているのを一瞥してからリビングを出て、玄関に行くと、携帯を取り出し直斗の番号を選んで電話をかける。それから二回ほどコールが鳴った時に、杏子が後ろから声をかけてきた。

 

「お? 誰に電話してんだ?」

 

「直斗よ」

 

「直斗? ……あ、あのチビッコか。あいつの呼ぶのか」

 

「ええ。あの子も呼ぼうと思ってね」

 

 と、そんな話をしている最中、コールが途切れて直斗の声が右耳の鼓膜を揺らした。

 

『どうかしましたか、ほむらさん』

 

 相変わらずのクールさだ、なんてこと思いながら口を開いた。その瞬間。

 

「あ、ちょっと?!」

 

 突如、杏子が後ろから私の携帯を取り上げるなり、妙に切羽詰まった口調で話し始めた。

 

「ほむらん家が大変なんだ! 早く来てくれ!」

 

「ええ……?」

 

「なんでって、なんでもだよ! いいから、早くしろ! 間に合わなくなっても知らねーぞ!」

 

 ただの悪ふざけ (?) にしては、少々度がすぎる。直斗がこれを信じるわけないだろうが、それでもいらない心配をかけてしまうのは明白だ。後であの子に詫びを入れなければ。

 それにしても、こんなことをしてくれた杏子から、ただ携帯を取り返すだけというのはなんだか癪だ。普段、結構な頻度でからかわれているし、仕返しの意味も込めて蹴りを入れておこう。

 

「やめなさい!」

 

 千枝直伝の強烈なキックを尻に叩きつけると、彼女は「オアッァオ!」という奇妙な悲鳴を上げて私の携帯を放り投げた。天井近くまで吹っ飛んだそれを難なくキャッチした私は、すかさず直斗に謝罪の言葉を述べる。

 

「ごめんなさいね、ちょっと杏子が……あら?」

 

 だが、携帯からは返事がない。どうやら通話が切れてしまったらしい。

 

「お、おまっ……蹴ることねーだろ!」

 

「貴女が勝手なことするからでしょう?」

 

 直斗にもう一度電話をかけようと携帯を操作していると、杏子が両手で尻を押さえながら情けない声で文句を言うが、対して私は冷ややかな口調で言葉を返し、直斗にリダイヤルした。しかし、6回ほどコールが鳴った後、聞こえてきたのは機械音声だった。何かあったのだろうか。仕方ないから、メールを入れておこう。

 

「いつまでやってるの。ほら、戻るわよ」

 

「ちょ、待てよほむら……結構痛かったんだけど……」

 

「貴女が悪いんだから、そのくらい我慢しなさい」

 

「ぐぬぬ……」

 

 尻を押さえてひょこひょこ歩く杏子を急かしつつリビングに戻ると、庭とつながっている大きな窓の近くにみんなが集まっているのが見えた。ちょうど準備ができたらしい。

 私は思わず笑みを浮かべると「楽しくなりそうね」と呟いて、その輪の中へと入っていった。

 

 

 

「ごめんね、ほむらちゃん、遅れちゃって」

 

 バーベキューを始めてから少ししてやってきた茜は、急いで用事を片付けてこっちに来たのだろう、玄関を開けるなりゼーゼー言いながら謝ってきた。

 自分で言うのはちょっと恥ずかしいが、随分と私のことを慕っている彼女のことだから、多分来るんだろうなと思っていたが、まさかこんなになるくらいに急いでくるとは予想外だ。

 

「そんな急いで……急に呼んじゃって、ごめんなさい」

 

 罪悪感を覚えた私が謝罪すると、茜は笑顔で首を振って言う。

 

「ううん、違うよ、ほむらちゃん。こういう時は、来てくれてありがとうって、言わないと」

 

「でも……」

 

「私は、謝られるより、そっちの方が嬉しいかなって!」

 

 そう言われては、謝罪より感謝を伝えなければ余計悪い気がする。……いや、この場合はそういう感情なんて関係ないのかもしれない。友達がわざわざ来てくれた。なら、感謝を伝えるのが礼儀なのだろう。

 

「そう……ね、わかったわ。来てくれてありがとう、茜」

 

「うん!」

 

 私が笑顔で礼を言うと、彼女はとびきりの笑顔で返してくれた。

 挨拶を交わし終えると、すぐに茜を家に上げて、タオルで彼女の汗を拭いてやる。こんなに汗を掻くまで急いで来てくれたのだから、これくらいはやらなければ。

 

「もう、こんなになるまで急がなくても良かったのに」

 

「ん……えへへ。だって、ほむらちゃんにお呼ばれしちゃったんだもん。急がないと時間がもったいないよ」

 

「……そう」

 

 彼女の素直な言葉に少し照れて、目を逸らしてしまう。よくもそんなストレートにものを言える。少し羨ましくなるくらいの素直さだ。私にもこれくらいの素直さがあれば、あの子を……。

 そう考えて、ふと疑問に思った。

 

 ――あの子って、いったい誰?

 

 何か、大切な人だったことは憶えている。でも、それが誰だったか思い出せない。前にも似たような状態になったことがある気がしなくもないが、いつそうなったんだったかもわからない。

 なんとか思い出そうとしたが、まるでダメだった。何も見えない、何もわからない。まるで記憶に霧がかかってるみたいに、ひどく曖昧になってしまう。まるで、それだけがすっぽりと頭から抜け落ちてしまったみたいだ。はて、私はこんなに物覚えが悪い方だっただろうか。

 

「ほむらちゃん?」

 

 不意に響いた茜の声が、耳を穿つ。考えに耽っていたせいか、手が止まっていたらしい。

 

「何でもないわ」

 

 私は努めて平静な声で答えると、タオルを洗濯機に投げ入れた。

 しかし、どうしても忘れてしまった誰かが気になる。単にド忘れしただけの可能性もあるが、それにしては消失感が強い。何か作為的と言うか、明らかに誰かから干渉を受けているような……いや、こんなことを考えるのはよそう。疑いだしたらキリがない。

 

「さ、みんなのところへ行きましょう」

 

 半ば無理やり自分を納得させて、私はキョトンとする茜にそう声をかけるとみんなのところへ行こうと一歩踏み出した。

 それとほぼ同時にチャイムが鳴る。来客のようだが、もしや直斗だろうか。

 

「誰かな?」

 

「誰かしらね」

 

 二人でそんなことを言いながら、玄関へ行き、ドアを開ける。

 そこには、予想通り直斗がいた。

 

「あ……ほむらさん……えと」

 

 直斗は私の姿を見るなり帽子のつばを片手で押さえ、顔を伏せると少々上擦った声で私の名を呼んだ。

 

「来て、くれたのね……ありがとう」

 

「は、はい……その……」

 

 挨拶をすると、やはり落ち着かない様子でぎこちない返事をする。もしかしたら、電話のことを気にしているのかもしれない。そう思った私は、直斗に笑いかけながら話をした。

 

「あの電話なら気にしないで。杏子がちょっとバカやろうとしただけだから」

 

「え、ええ。それは、メールで……」

 

「いらない心配をかけたわね。さ、上がってちょうだい」

 

「……おじゃまします」

 

 私が家に上がるように言うと、直斗は帽子のつばから手を離し、遠慮がちに玄関に足を踏み入れる。その際に見えた顔は、心なしか、わずかに赤かった気がした。

 そういえば、さっきから茜が声を発していない。初めて会った人だから声をかけるタイミングを探しているのか、それとも、何か別の気掛かりがあるのか。どちらにしろ、このままというのは良くないだろう。

 そう考えていると、茜がおずおずと私にこう訊いてきた。

 

「ね、ねえ、ほむらちゃん。なんか、仲良さそうだけど……誰、なのかな?」

 

「探偵の直斗よ」

 

「た、探偵……?」

 

「直斗、私の友達の茜よ」

 

「え? あ、はい。よろしく、お願いします」

 

「よ、よろしく……」

 

 なんだかぎこちない挨拶だ。まあ、二人とも初めて会ったのだからこんな感じになってしまうのも仕方ないことだ。私だって、初めて会った人間にはこんな感じになる。まあ、バーベキューに加わればそのうち打ち解けるだろうから、心配はいらないだろう。

 友達が揃ったことで、自分でもわかるくらいにご機嫌になった私は、笑顔で二人の手を取ると――この時の二人は戸惑った様子だった。多分、私が手を握ったからだと思う――みんながいるリビングへと向かった。

 

「その肉もらったぁ!」

 

「だあ゛ー!? おま、何盗ってんだ! 俺が育てた肉だぞ!?」

 

「甘いっスよ花村! こういうのは、早いもん勝ちなんスから!」

 

「追加の野菜も焼けたぞー、とってやるから食いたいモン言ってくれー」

 

「えっと……しいたけ!」

 

「ねえ……肉、食べたいんだけど」

 

「マリー、野菜も食べるんだ。いいな?」

 

「それで、ほむらったら嬉しくなって、お父さんに抱きついちゃってねー」

 

「ほむらちゃん、お父さんっ子だったんだー……なんか意外かも」

 

「でも、言われてみると、ほむら先輩ってなんかそんな感じする……年上とか好きそうな」

 

「ホムチャンのお父さんだから、ホム父さんクマ?」

 

「ホム父さん……?」

 

 リビングはとても賑やかだ。母さんのせいで、私が年上好きにされかけているが……気にしないでおく。

 

「ふふっ、みんな楽しそうね。さ、私たちも行きましょう」

 

「あ、あの……そろそろ手を……」

 

「ほむらちゃん、もしかしてテンション高い……?」

 

 きっと、今日という日は私にとって最高の一日になる。そんな確信を胸に、私は二人の手を握ったまま、勇んで輪の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 バーベキューの日から一夜明けた8月2日。今日は杏子が見滝原に帰る日だ。父さんと母さんは残念ながら仕事でいないが、見送りのために、特捜隊のみんなと茜、それに菜々子ちゃんも集まってくれた。

 

「なんか、仰々しいっつーか……こんな集まられると、行き辛いな」

 

 見送られる側の杏子は、少し戸惑っている。

 この人数に見送られるなんて、彼女にとってはそうそうない経験なのだから、当然の反応だろう。私だって、この人数に見送られるとなると戸惑うし、帰り辛いと思うはずだ。

 

「貴女はそれだけ、みんなから愛されてるってことよ」

 

「うわ、クセーこと言いやがって」

 

「でも嬉しいんでしょう?」

 

「……まあ」

 

 私の問いかけに、彼女は首筋に右手を当てて少し照れ臭そうに答えると、それを誤魔化すように続けて言った。

 

「あ、そだ。今度来る時はもう一人連れてくるからな」

 

「もう一人……って、誰だっけ?」

 

「ほら、ジュネスで話したろ。私の他に "マミ" ってやつがいるって」

 

「ああ、そういや言ってたな」

 

「マミ連れてくっからさ、そん時はよろしくな。こう言っちゃなんだが、アイツほむらと同じくらいコミュしょ……」

 

「ふんっ!」

 

「刺激が!?」

 

 コミュ障扱いされるのは私とマミが良しとするところではないので、この場にいないマミの分まで杏子にはキツイお仕置きをくれてやることにする。とはいえ、彼女もこのツッコミが入ることをわかっていてやってるから、少し手加減して120%の蹴りを100%くらいに弱めておく。

 

「わぉ……」

 

「ごっつい音だったな……」

 

「ほむら先輩、結構力強いよね……」

 

「いたそう……」

 

「そっとしておこう」

 

 声にならない声を上げて尻を押さえている杏子を見て、みんなが思い思いの感想を口にする。

 

「う、ぐく……ヘビィだぜ……」

 

 杏子はそんなことを呟くと、尻をさすりながら溜め息を吐く。おおかた、もうちょっと手加減してくれ、とでも思っているのだろう。

 

「自業自得でしょう? それより、そろそろ時間じゃないの」

 

「はいはいわかってるって」

 

 彼女は私の言葉にそんな返事をすると、姿勢を正してみんなに改めて別れの挨拶をする。

 

「んじゃ、あたしはもう行くからさ。ほむらのこと、よろしくな」

 

「モチのロンクマ! ホムチャンはクマたちにお任せ!」

 

「なんでお前が答えんだよ……」

 

「あっはは、頼もしいなぁクマ!」

 

 と、杏子はそこで私の頭に右手を置いて、わしゃわしゃと頭を撫でた。一瞬、なんだかふわっとした感覚に身体が包まれる。

 不思議な感覚だ。もしかして私は、頭を撫でられて嬉しいんでいるのだろうか。だとするのなら……まあ、悪くはないか。

 なんてことを思っていると、彼女はみんなにこう言った。

 

「こいつはなんでも一人で背負い込むからさ、なんかあったら無理やりにでも一緒に背負ってやってくれよ」

 

 その言葉に茜は頷くと、何やら必死な様子で答えた。

 

「う、うん、頑張る! 私、ほむらちゃんの支えになれるように、頑張る!」

 

「ほんと、頼むぜ?」

 

 すると、杏子は私の頭から手を離して、バイクに跨るとヘルメットを被り、エンジンを点けてアクセルを捻る。バイクが唸り声を上げて、マフラーから黒煙を吐きだした。

 多分、あれをやる気なんだろう。そう思った直後、彼女はもう一度、今度は大きくアクセルを捻り、バイクをその場で180度回転させた。

 

「うぉ!?」

 

「うひゃぁ!?」

 

 突然のことにみんなが驚き、目を見開く。予想通りの反応だ。杏子はきっと、ヘルメットの下でほくそ笑んでいるに違いない。

 

「じゃーなー! ほむらのこと、マジで頼むぜー!」

 

 エンジン音に負けないくらいの大声でそれだけ言うと、杏子は走り去っていった。

 

「ば、バイクが回った……?」

 

「な、なんだありゃ……」

 

 まったく彼女らしい、派手で爽快な別れ方だ。

 みんなが杏子のアクセルターンにざわめく中、私は彼女の小さく背中を見ながら一人、小さく笑った。

 


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