Persona4 : Side of the Puella Magica   作:四十九院暁美

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第32話

 八月三十日。

 私は花火を見るため、みんなと一緒に高台に来ていた。最初は河原で見るつもりだったのだけれど、雪子が良いところがあるからと、ここに案内してくれたのだ。

 

「お、ホントに人少ないな!」

 

 高台を見回して、花村くんが言う。穴場と言うだけあって、私たちの他には、少し離れたところに数えるほどしか人がいない。

 

「河原はごった返してたのに、よくこんな穴場見っけましたね」

 

「ううん、知ってたの。私、山側もよく通るし、お客さんに訊かれることもあるから」

 

 巽くんも感心した様子で言うと、雪子はそう返してから、少し心配そうに鳴上くんに訊く。

 

「菜々子ちゃん来られるかな。来る前に場所、電話しておいたけど……」

 

「叔父さんがなんとか帰ってくるって言ってたから、多分大丈夫だ」

 

 対して彼はそう答えた。大人が一緒なら、迷っても心配はないだろうと、私も思う。

 

「ねえ。花火、まだ?」

 

「うーん……あと、もうちょっとかな」

 

 花火が待ちきれないらしいマリーに、茜が苦笑交じりに言う。

 最初に会った時と比べて、マリーは随分と明るくなった気がする。きっと、私たちに心を開いてくれているのだろう。嬉しい限りだ。

 

「あれ、そういえばクマは?」

 

 そんなことを考えていたら、りせがふと思い出したように呟く。さっきからやけに静かだと思ったら、クマがいないからだったらしい。

 どうしたのかと首を傾げる彼女に対して、花村くんは肩を竦めながらクマがいない理由を話し始めた。

 

「片っ端から女の子ナンパした挙句、大谷誤爆してお持ち帰りされた。とっさに "クマ皮" 着て、着ぐるみ気取ってたけど、問答無用で抱えられてったぜ……」

 

「ちょ、それ放っといていいレベル!?」

 

「いーんだよ、日頃のバチが当たったんだ」

 

 これを聞いた千枝は思わず声を荒げるが、花村くんは心配するどころか、むしろ清々したと言った様子で返す。

 なんだか今日の彼は、やたらクマに冷たい気がする。何かあったのだろうか。

 

「なんか、今日はやけに冷たいのね」

 

 そのことを問うてみると、彼は苦い顔をして首を振る。

 

「今朝のアイツの所業を考えたらむしろ足りねー。もう二、三人、大谷おかわりさせてーぜ……」

 

「や、死ぬだろそれ。つーか何があったんすか」

 

 私に続いて巽くんが問うと、もう何とも言えない苦しげな顔で、花村くんは語り始めた。

 

「思い出したくもねー……アイツ、俺の部屋から余計なモン発掘して、花村家の朝食に持ってきやがったんだよ。 "ヨースケー、この本なーにー? " っつってさ。おかげで俺がどんな辱めを受けたと思う!?」

 

 思った以上にひどい理由だった。呆れて声も出ない。

 

「んな代物、持ってっからでしょーが」

 

「親いる前に持って来られるとか、想像しねぇだろ!」

 

 千枝の呆れたような声に、花村くんは憤りを隠さずに叫ぶ。

 

「それ、女の子いるトコで話す?」

 

「やめてほしいのだけど」

 

 さすがにこれ以上は聞くに堪えないし、話を広げると大惨事になりそうなので、りせと二人で止めに入る。

 

「……どういうこと?」

 

「へそくりってことじゃないの?」

 

「えぇ!? や、そ、それは……その……うぅ……」

 

 一方、私の背後では、マリーと雪子が茜にそんなことを訊いていた。ちらと後ろを見ると、茜が顔を真っ赤にしながらこちらに助けを求めている。どうしようかと迷ったが、このまま放っておくは良くないので、助け舟を出すことにした。

 

「男の人のへそくりよ」

 

「おとこのひとの……? どんなの?」

 

 マリーに追及された。

 ……言葉選びを間違ったかもしれない。しようがないから鳴上くんに丸投げしよう。

 

「さあ? 鳴上くんなら知ってるんじゃないかしら」

 

「え゛」

 

 と、その時。

 聞き覚えのある声が、どこからか響いてきた。

 

「おぇぷ……」

 

「クマさん!?」

 

 雪子が驚いて声を上げる。声がした方を見れば、ボロ雑巾ような姿のクマがいた。

 

「恐るべしクマ……自慢の毛並みがズタボロクマァ……」

 

「予想以上だな……」

 

 無残な姿である。あんなに憤っていた花村くんも、この凄惨な姿には同情を隠せないらしい。さっきよりも優しめの口調で、クマに話しかけた。

 

「てか、そのカッコ目立つから、さっさと脱いで来いって」

 

「この中、生まれたままの姿だから……今朝見たヨースケの本とおなじだね!」

 

「サラッとトラウマ掘り起こすな!」

 

 しかし、あまりにも酷いクマの応答に、再び声を荒げてクマに詰め寄った。まあ、あれは怒られても仕方ないだろう。

 ……というか、クマも花村くんも、そろそろこの話を広げるのはやめてほしい。聞きたくないのだが、そんなこと。

 

「いた! お兄ちゃん!」

 

 私が溜め息を吐くのとほぼ同時に、菜々子ちゃんの声が背後から飛んでくる。

 振り向くと、浴衣姿の菜々子ちゃんがこっちに駆け寄ってきていて、その奥には堂島さんの姿も見えた。

 

「菜々子ちゃーん! そっか、堂島さん間に合ったんだ!」

 

「うん! お父さん、早く帰ってきてくれた!」

 

 千枝が嬉しそうな声を上げると、彼女は満面の笑みで頷いた。花火が始まる前に来れて良かった。

 

「良かったな、菜々子」

 

「うん!」

 

 鳴上くんが声をかけると、菜々子ちゃんは一層嬉しそうに笑みを深めて、彼の側にぴったりとつく。こうしてみると、本当の兄弟のようだ。

 

「悪かったな、気ぃもませちまって。書類の残りもあったが、足立に渡してきた」

 

 堂島さんはこっちに来ると、そう言って菜々子ちゃんの頭をワシワシと撫でた。仕事の残りを相棒に任せてきたらしい。

 

「ハァーイ、お嬢さん。よかったら、ボクと愛の花火を打ち上げてみなーい?」

 

 三人の様子を眺めていると、不意にクマの声が耳を打つ。

 見れば、いつの間にはクマ皮を脱ぎ捨て、いつもの服装をしたクマの姿があった。

 さっきの話があったせいか、妙にアレな言葉に聞こえてしまう。いや、クマのことだから、実際アレなのかもしれない。……止めた方が良いのだろうか。

 

「どーやんのー!」

 

「えっとねー!」

 

 あ、これ絶対アレなやつだ。

 

「やめなさいクマ! それ以上言ったらオシオキよ、良いわね?」

 

「ハ、ハイデス!」

 

 私が鋭い声で注意すると、クマは怯えたような返事をした。

 まったく、油断するとすぐこうだ。花村くんにはもう少しクマの教育……いや、躾けを頑張ってもらいたいものだ。

 

「あいのはなび? 普通の花火じゃないの?」

 

「へぁ!? い、いやーそれはそのね……マリーちゃんには、早いかなー……アハハ……ぁ、えと……た、タスケテほむらちゃん!」

 

「……花村くんが知ってるみたいよ」

 

「おまっ!? こっちに振んなよ! 向こうに振れ!」

 

「え?」

 

「ちょ、やめてよ!」

 

「指差すなバカ! ってか、そういうのは鳴上くんの役目でしょ!」

 

「……で、誰に訊けば良いの?」

 

「マリー。その疑問は、そっとしておこう」

 

 そんな風に、みんなでくだらない話をしていると、不意に巽くんが言う。

 

「なんか下が騒がしっすね」

 

「そろそろ始まるのかな?」

 

「ほんと!?」

 

 雪子がそう呟くと、菜々子ちゃんは期待した様子で空を見上げる。私たちもそれにつられて空を見ると、光が尾を引いて夜空を駆け上がり、大輪の花を咲かせた。

 我知らず、感嘆の息が漏れる。

 花火なんてうるさいだけだと思っていたけれど、ああ、こんなにも綺麗なものだったのか。綺麗で、儚げで、想像していたよりもずっと……ずっと、素敵だ。

 

「たーまやー!」

 

「クーマやー!」

 

「くーまやー!」

 

 千枝が楽しげな声を上げると、クマもそれに続いて声を上げる。すると、菜々子ちゃんもクマのマネをして、とびきり弾けた声で、夜空に声を張り上げた。

 

「違う違う! 覚えちゃダメー!」

 

 花村くんはそう言って、手でバッテンを作ると首を振る。

 

「クマ、調子に乗んな!」

 

「えー?」

 

「ったく、クマったやつだなー」

 

「シャレクマか!」

 

 楽しげな声が、私を包む。

 

「おお! これもスゲーぞ!」

 

「クーマやー!」

 

「くーまやー!」

 

 花火の数は増して、喧騒もひときわ大きくなる。それが、幸せだった。

 

「すごいねぇ! ほむらちゃん!」

 

「ええ……すごいわね」

 

 興奮した茜の言葉に答えると、私は彼女にそっと寄り添って、誰にも聞こえないように、そっと心の中でささやく

 世界が、私が、永遠に続きますように。

 

 

 

『以上をもちまして、納涼花火大会の演目は、全て終了となります。また来年のお越しを、地元一同、心よりお待ちしております。有難うございました』

 

 一つの大きな花火が夜空に溶けると、それから少しして、下の方から案内放送が聞こえてきた。花火大会も、もう終わりらしい。

 

「いっやー、見事見事! 余は満足じゃ」

 

 満ち足りた顔で、千枝が言う。

 私も満足だ、こんなに楽しい経験ができて。

 

「菜々子ちゃんも、楽しかった?」

 

「うん。……ねむい」

 

「ははは、だろうな。もういい時間だ、帰って寝るか。俺は菜々子と戻るぞ。お前たちも、あまり派手に夜更かしするなよ」

 

 雪子が問いかけると、菜々子ちゃんは目を擦りながら答える。それを見た堂島さんは、笑いながら菜々子を軽々と抱き上げた。

 さすが現職刑事だけあって力持ちだ。

 

「ナナチャン、バイバイクマ!」

 

「ばいばいくまー」

 

 菜々子ちゃんはクマの言葉に小さく腕を振って答えると、私たちにも同じように別れの挨拶をする。私たちも手を振り返すと、彼女は幸せそうな笑みを浮かべた。

 二人を見送ると、ポツリと、巽くんが呟く。

 

「花火は良かったっすけど、なんつーか……夏の終いって感じっすね」

 

「それを言わんでおくれよ……」

 

 彼の呟きで現実に引き戻されたのか、千枝が悲しそうにうなだれる。

 まだやってみたいことはたくさんあるのに、時間というのは、どうしてこう早く過ぎてしまうのか。難儀なものだ。

 

「私は、けっこう満足だけどな」

 

 一方、りせはあまり不満がないらしい。

 

「お仕事してると夏には秋のカッコしてて、季節感とかないんだもん。今年は、海に、花火でしょ? あと浴衣でお祭りに行ったし!」

 

 人気アイドルだった頃は、こんなことをする余裕なんてなかったらしい。確かに、あっちへこっちへ引っ張りダコで、プライベートもあまりないから、気の休まる余裕なんてこれっぽっちもないのかもしれない。彼女の思い出の一部になれた。そう思うと、なんだか不満もなくなっていく気がした。

 

「お祭りな……そういや杏子のヤツ、結局来るとか言って来なかったな」

 

 りせの言葉に反応して、花村くんがそういえばと呟く。

 ……そんな約束、していただろうか。

 記憶を掘り返してみる。何故だか霧がかかったみたいに記憶がおぼろげで、何もわからない。杏子が家に泊まっていたことは憶えているのだけれど、それ以外はダメだった。

 ……また。また杏子が出てきた。杏子がいったい何をしたというの。

 

「暁美は何か聞いてねーの?」

 

「……なかったわ。予定が合わなかったんだと思う、時期が時期だし」

 

「あー、そっか。マミって人、今就活中なんだっけ……難しいよねー」

 

 花村くんの問いに努めて平静な声色で答えると、千枝がそう言った。どうやら、私の不安は誰にもバレなかったらしい。

 

「つーか今日、あいつも誘ってやりゃよかったっスかね」

 

 私たちの話を聞いて、巽くんがそんなことをぼやく。

 

「あいつって?」

 

 茜が訊くと、彼は言葉を濁して視線を彷徨わせた。それで合点がいったのか、鳴上くんがポンと手を打って言う。

 

「ああ、白鐘のことか」

 

「あー、アイツな。まあ、そうかもなぁ」

 

 花村くんも納得したように頷き、考えるような仕草をとった。

 私は、不安を振り払うように思考する。

 確かに、巽くんの言う通り誘った方が良かったかもしれない。けれど、あの子を誘ったとしても来てくれたかは疑問だ。バーベキューの時は来てくれたが、あまり乗り気な様子ではなかったみたいだったし、騒がしいのは苦手なのかもしれない。まあ、そうでなくとも、警察に頼りにされる探偵なのだから、多忙で遊ぶどころではないのかもしれないが。

 

「来てくれたかは、微妙だけれどね」

 

 そんなことを考えながら呟くと、花村くんが同意する。

 

「そうだなぁ…… "花火行こうぜ" なんつっても、来るようなタイプじゃなさそうだしな」

 

「もうこっちにいないのかな? 行動力あるし、もしかしたら、もう遠くの街で別の事件に挑んでたりして」

 

「そ、そうすかね……」

 

 雪子がそんなことを言うと、巽くんはどこか悲しそうに俯いてしまう。

 

「そうだ、夏休みはまだ終わっちまうけどさ。冬休みはスキーとかどうよ。なんとかして白鐘のヤツ誘ってさ。ヘヘッ、きっと惚れ直しちまうぜ? 俺、スノボ得意なんだよねー!」

 

「惚れてないけど」

 

「……今から冬の話って、どんだけ気ぃ早えーんスか」

 

 巽くんの心中を察したのか、花村くんが明るい口調で提案すると、それで少しだけ楽になったのか、彼はマリーと一緒にツッコミを入れた。

 確かに、半年も先の話を今からするなんて気が早いけれど、早くて悪いことはあんまりないだろう。私は、穏やかに笑顔を作って、言った。

 

「でも、楽しみね」

 

「だよな! 周りあんだけ山なら、きっと近場にゲレンデあるだろ!」

 

「んなもん幾らでもあるっスよ。ちっと遠いけど、バイクありゃ余裕っしょ」

 

 花村くんがさも楽しそうに声を上げると、巽くんもまた楽しそうに答える。この様子だと、彼はもう大丈夫そうだ。

 

「その時は、茜ちゃんとマリーちゃんも一緒だよね?」

 

「もちろんだよ! ね、マリーちゃん!」

 

「……うん。楽しみにしてるっ」

 

 千枝の問いかけに、茜とマリーの二人も弾んだ声で返事をする。スキーには、今のメンバーに直斗も加えて行くことになりそうだ。

 

「おっしゃ! こりゃバシッと計画立てねえとな! つーわけで、どっか飯食いに行こうぜ」

 

「お、いいねぇ! もちろん肉ー!」

 

「ぷ、くくく……千枝、それ素材……」

 

 そんな会話をしながら、みんなと一緒に高台を後にする。半年後の冬休みに、思いを馳せながら。

 

 

 

 

 そして次の日、八月三十一日。

 花村くんに呼び出され、鳴上くんの家に集まった私たちは、菜々子ちゃんの実に嬉しそうな声を聞いていた。

 

「あのねっ、お父さんがスイカもらってね、だから、みんなよぼうって」

 

 呼ばれた理由は菜々子ちゃんが話した通り、みんなでスイカを食べよう、というもの。

 夏といえばスイカ。だが、私はそんなに好きじゃない。水っぽくて、食べた気がしないから。

 

「いっやー、スイカな! こん夏ぁオレ、なんだかんだで喰いそびれちまってたからなぁ。で、肝心のスイカは? 何処スか?」

 

「もう、完二。貰い物にがっつくな」

 

 楽しみすぎてか、巽くんがそんなことを言うと、りせは呆れた様子で彼を叱る。

 

「まず割ってからだろ」

 

 一方で、花村くんは何故かスイカ割りをする気満々らしい。

 

「え、マジにやるわけ? 崩れたら食べられないじゃん」

 

「けど、けど、楽しそうじゃない?」

 

「菜々子もやりたい!」

 

 千枝はスイカ割りに否定的だが、雪子はそうでもないようで、菜々子ちゃんも乗り気だ。

 

「全力で振りかぶるクマ!! 飛び散る果汁、はじける笑顔、一夜の恋……あの日の甘酸っぱさ、それが青春っ!!」

 

 クマに至っては何か妙なポエムまで言い出している。

 スイカは別に甘酸っぱくない、というツッコミは、野暮なのだろうか。

 

「ええと……」

 

「気にしたら負けよ」

 

 どう反応したらよいのかと困っている茜に、私はにべもなくそう告げる。いちいちクマに付き合っていたら、そのうち疲れて倒れてしまう。適度に無視するのが一番だ。

 

「意味ワカラン……お前、そのなんでもウチの店内放送っぽく言うのやめろって」

 

 花村くんが呆れた様子で言う。それを聞いた私は、何か変なところで納得して、一人でポンと手を打った。どこであんな変な言葉を覚えてくるのかと思っていたが、まさかジュネスの店内放送だったとは、二重の意味で驚きである。

 ……ポエム流すって、どんな店内放送だ。

 

「それがせいしゅんっ!」

 

 菜々子ちゃんは、クマのジュネスの店内放送風ポエムが面白かったのか、立ち上がってクマの真似をした。役者が違うと、あの痛々しいポエムも、途端に可愛らしいものになってしまった。さすが、菜々子ちゃんである。

 そんな風に、適当に話をしながら騒いでいると、玄関の戸が開いて堂島さんの声が飛んできた。

 

「ただい……うぉっ、靴がすげえな。何人来てんだ?」

 

 これを聞いた菜々子ちゃんは、満面の笑みで「おかえりー!」と答えながら玄関に向かい、喜色の滲んだ口調で言う。

 

「あのね、スイカ割る!」

 

「割る!? あ、いや……実はな……」

 

 彼女の言葉に対して、堂島さんは驚いた後、ものすごく困ったように、何かを言い淀む。あの驚きようからして、多分、すでにスイカが切り分けられているのだろう。

 案の定、こっちに来た堂島さんの手には、切り分けられたスイカが入った器があって、隣の菜々子ちゃんはしょんぼりとしていた。

 こればっかりはしようがないのだが、スイカを割れなかったことがよっぽど心残りなのか、スイカを食べ始めても、菜々子ちゃんは拗ねたまんまだ。

 

「菜々子、機嫌直せ。みんな来てくれてるだろ。……悪かったって。まさか、割るって発想はなかったんだよ……」

 

 堂島さんが謝って、なんとか機嫌をなしてもらおうとしているものの、効果は全くと言って良いほど出ていない。

 私の方でも、なんとかできないかと考えていると、ふと千枝が元気な声で言った。

 

「ね、菜々子ちゃん。また今度やろうよ。今度は海で、ちゃんとさ!」

 

「さんせーい!」

 

「お、いいなそれ! あー……でも日取り的には来年だな……よっし、ちょっと早いけど、計画立てとっか!」

 

 同調するようにりせと花村くんも声を上げると、菜々子ちゃんは期待と少し不安が混じった様子で、私たちに尋ねる。

 

「らいねん……らいねんも、菜々子と遊んでくれる?」

 

 対して、私たちの答えは。

 

「あったりまえじゃん!」

 

「もちろんよ。ね、茜」

 

「うんうん、毎日遊んでも良いくらいだよね」

 

「クマは毎日遊べるクマよー!」

 

「お前は働けっつーの。けど、へへっ、来年は菜々子ちゃんも一緒に行こうぜ!」

 

「スイカ割り以外にも、たくさん遊ぼう」

 

「りせちーと約束! ね?」

 

「おうよ!」

 

「おうよー!」

 

 遊ぶ以外の答えなんて、あるわけない。みんな、菜々子ちゃんが大好きなんだから。

 

「良かったな、菜々子」

 

「うん! ありがとー!」

 

 穏やかにそう言った堂島さんと私たちに、菜々子ちゃんは、嬉しさがはじけたような笑顔を見せてくれた。


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