Persona4 : Side of the Puella Magica   作:四十九院暁美

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第34話

 九月六日。修学旅行初日。

 電車の窓から見える煌めく海と、青々とした空そして、並び建つビルの数々に、私は気分が高揚していくのを自覚した。

 冲奈市にも勝る大都市、辰巳ポートアイランド。世界に誇る桐条グループが管轄するというこの人工島で、私たちはこれから二日、過ごすことになる。その事実に心が踊らぬ人間は、おそらくこの八十神高校生の中にはいないだろう。

 

「うわあ……! 見て、千枝!」

 

「す、すっげー……冲奈より全然都会じゃん……」

 

 真後ろから聞こえる千枝と雪子の声は、背中合わせに座っていても、どんな顔をしているのか察することができるほど、驚愕と感嘆の色が濃い。私の目の前に座る茜のように、幼子のように目をキラキラと輝かせ、窓に張り付いてビル群を眺めているのだろう。

 まあ、三人とも稲羽生まれの稲羽育ちで、都会と言えば冲奈市くらいしか知らなかったのだから、当然といえば当然の反応か。

 

「見て見て、ほむらちゃん! アレ、アレ! ほら、なんかすっごく大きいよ!」

 

「アレって、どれのことよ」

 

 テンションが上がりすぎて上手く言葉が出てこないらしい茜に苦笑していると、不意に引率の柏木が声を上げた。どうやら、もう直ぐ駅に着くようだ。どんな二日になるのか、楽しみだ。

 

 

 

 

 電車を降りた私たちは交流学習なる妙なイベントのため、小中高一貫校である月光館学園へといていた。一貫校だけあって、その大きさは東京ドーム何個分とか言われても、納得してしまいそうなほどある。

 

「うはー、何だこれ……広過ぎじゃね、この学校……」

 

 花村くんがぼやくと、私たちはを含めた周りの生徒数人が同意して頷く。

 八十神高校もそこそこ大きかったが、これはもう異次元のレベルと言っても良い。

 

「えー、あー……次に、この学園都市と、学園の……」

 

 一方で、私たちの前にいる月光館学園の校長の話も長い。さすが都会の学校だ、何もかもスケールが違う。

 ……いや、校長は関係ないか。

 どこか惚けた思考のまま、月光館学園の校舎を眺めていると、ふと利発的な少女の声が私の耳を穿った。どうやらやっと、校長の話が終わったらしい。

 視線を前方に向けると、月光館学園の生徒らしい眼鏡をかけた知的そうな少女がいた。

 

「ようこそ、私立月光館学園へ。生徒会長を務めます、三年D組、伏見千尋です。よろしくお願いします」

 

「うお……あの子レベル高ェ!」

 

「た……確かに、カワイっスね……!」

 

「俺史上空前のメガネ美人だ……」

 

 伏見千尋の姿を見た男子三人が、驚いたような感動したような声を上げる。

 ……この場にクマがいなくて良かった。

 

「他校を招いての本格的な学校交流は、我が学園にとっても初めての試みです。他者を知る事は己を知る事であり、己を磨く第一歩である……と、私は考えます。この機会が、参加者一人一人の糧となるよう、私たちも精一杯、務めさせていただきたいと思います。よろしくお願いします」

 

 高校生とは思えないほど落ち着いた様子で、スピーチを完璧に終えた彼女が、ぺこりと頭をさげると、八十神高校の生徒たちからの拍手が降り注ぐ。

 

「やっばい、全てが負けてる……」と千枝が敗北感が滲んだ声で呟くと、雪子は「これが、都会……っ!」と異様な驚きを見せる。まったく、さすが都会と言う他ない。

 前置きが終わると、次はお勉強だ。各々が振り分けられたクラスで、特別授業を受けるのである。配られた日程表には、今日と明日の欄に自由時間の文字がなく、最終日にほんの僅か、時間にしておおよそ二時間だけだった。雪子の「頑張って修学しよ」という言葉が骨身に染みる次第である。

 ああ、まったく憂鬱だ……。

 

 さて。

 私たちが受けた授業は、なんとも妙なものだった。

 私たちを担当したのは、江戸川(!)という黒縁メガネをかけた男性教師だったのだけれど、この人は何故だかいきなり授業の内容を変えて、日本神話について話し始めたのだ。イザナギとイザナミの逸話、すなわち黄泉の国に関する伝説を。

 イザナギといえば、鳴上くんのペルソナの名前でもある。その名を耳にした途端、私は興味を惹かれてにわかに聞き入った。雪子や千枝も同じく、聞き入っていた。

 思ったのは、イザナギというペルソナがいるのならイザナミというペルソナもいるのではないか、ということだ。まだ目覚めていないだけで、この世のどこかには彼と対になる存在と言える存在が、いるのかもしれない。とすると、性別は女性になるだろうか。イザナミは女神なのだから、当然使用者も女になるはず。いや、もしかしたら男という可能性もあるけれど……あ、男はダメだ。男で対とか、すごくアブナイ気がする。

 なんて考えていると、ゆっくりとバスの速度が落ちていくのを感じた。駐車場に着いたらしい。柏木曰く、ここから歩いてホテルに向かうのだそうだ。

 どうしてホテルの駐車場に止まらないのだろうか……ものすごく嫌な予感がする。気のせいであることを祈ろう。

 バスを降りて荷物を受け取ると、柏木の先導の元、目的のホテルへと歩いていく。斜陽に彩られた都会の街中をしばらく行くと、最初は普通だったはずの街並みに、何やら怪しいネオン看板がチラホラと見え始めた。もう暗い時間だから、それらは余計なくらいに光り輝いて視界へと入り込み、何かマズイ雰囲気を私に伝えてくる。

 どういうことなの、と苦い顔をしながら歩いていると、柏木はとあるホテル (?) の前で立ち止まり、私たち生徒に言った。

 

「ここでぇす。シーサイドホテル "はまぐり" 。今日はここにお泊りよぉ」

 

 柏木が指したホテルは、確かに看板にはシーサイドホテルと書かれていた。

 しかし、外見は凄まじく妖しげで、正規のホテルというにはあまりにも違和感がある。周りを見渡すと、どう見てもアレな感じの建物ばかりで、その上に明らかにアレな店の看板もあり、この場所がどう見ても教育上よろしくない場所であることがわかった。柏木はこのホテルを選んだことについて、中々に良いチョイスだと自負しているらしい。

 アイツの頭の中はどうなっているのだろうか。と思ってしまうのも無理はない言動だ。実際頭がおかしいとしか言えない。きっとモロキンは、あの世で憤死していることだろう。かわいそうなモロキン……。

 なお、部屋割りは各自で決めろとのこと。やる気がないにもほどがある。

 

「ここ……怪しくないか?」

 

 花村くんが困惑した声を上げると、こと都会に関しては無知な千枝、雪子、茜、そして巽くんの四人が首をかしげた。

 

「そう?地元にこういうとこないから、わかんないや」

 

「ホテルって、みんなこんな感じじゃないの?」

 

「シーサイドホテル……あ、もしかして普通のホテルとは違うのかな?」

 

「つか、そもそも普通のホテルってどんなんスか」

 

 どう説明したら良いものか、そもそも説明して良いものなのか。微妙な顔をして片手で顔を覆っていると、りせが顔を赤らめながら恥ずかしそうに話し始める。

 

「ここはね、 "白河通り" って言って、その……」

 

 けれど、これを最後まで聞いたらギリギリアウトというか、とんでもない大騒ぎになりそうなので、私は慌ててりせの言葉を遮った。

 

「む、説明しなくても良いわよ、りせ。世の中には知らない方が良いこともあるから……」

 

 その直後である。

 

「ヌッフッフッフ……思ったより早い到着ですね……それに、なっかなかのホテルです……。ボクと会ったら、例えばヨースケとかはどんな顔をするでしょうね?」

 

 どこかで聞いたことのあるような、高校生で探偵の工藤何某めいた謎の声が、どこからか降ってきた。

 

「っ、殺気ッ!! 上か!?」

 

 花村くんが向かいのビルを見上げ、身構える。釣られて、私たちもビルを見る。

 そこには、ひとつの妙に丸っこい、見覚えのあるシルエットが、月明かりを受けながら立っていた。

 

「あれって……まさか……!」

 

 私が驚きの声を上げると、そのシルエットは「トウッ!」という掛け声とともに大きく飛び上がり、近くのゴミ捨て場に派手な音を立てて着地した。

 一瞬の静寂の後、暗がりから現れたのは。

 

「ふふんふーん……しゅびどぅびー」

 

 クマだった。

 まあ、声とシルエットでわかっていたけれど。しかし、何故こんなところにいるのだろうか。

 

「クマ!? テメ、なんでここに!?」

 

「クマの中の寂しんボーイが暴れたのさ!」

 

 巽くんが全員の気持ちを代弁する。対してクマは、どこかで憤った声でそう叫んだ。置いてかれたことがよほど悲しかったらしい。

 

「いったいどうやって来たの? なんかの "能力" ってこと!?」

 

「いえ、普通に電車です」

 

 千枝が驚いたような感心したような様子で問えば、彼は妙に冷静な口調で言う。曰く、ホームランバーを我慢して貯めていた貯金を使ったのだとか。

 欲しいものを我慢して貯金だなんてエライ。と思った私は、もう完全にクマの保護者枠として染まっているのだろう。悲しい。

 さて、問題はクマの扱いについてだが……。

 

「どうするよ、コレ……」

 

「お土産とか言って誤魔化す……?」

 

「このデカさじゃキツくね?」

 

「でも、他に言い訳できないわよ。この大きさじゃあ」

 

 花村くんとヒソヒソとクマの扱いを相談していると、ホテルから柏木が出てきた。

 

「ちょっとぉ、部屋割りでモメてるのぉ? ……あら、なぁにその大きなクマちゃん」

 

「お、お土産です」

 

 慌てて鳴上くんがそう言うと、柏木は納得したのか、何やら言い含めてホテルへと戻っていく。上手く誤魔化せたようだ。

 ああ、まったくなんでこうも厄介ごとは重なるのだろうか。心労でストレスがマッハだ。

 

「とりあえず、中に入りましょう……入りたくないけど」

 

「明日楽しみだねー」

 

「なんかもう、色々疲れたけどな……」

 

 銘々が好きなことを言いながら、ホテルへと入っていく。とりあえずクマは、鳴上くんたちの部屋に押し付けることになったが、はたして大丈夫なのだろうか。少しだけ心配になる。

 さて。

 明日は工場見学をサボって、ポートアイランドを観光だ。早めに寝ておくことにしよう……。

 


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