Persona4 : Side of the Puella Magica   作:四十九院暁美

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第36話

「ん〜っ♪ ヤバイ、うまいよコレ!」

 

 ラーメンを食べて、千枝が驚いた声で言う。

 りせの案内でやってきた駅前の麺屋“はがくれ”のラーメンは、こってりとしたスープと太めの麺が神懸かり的な調和を生み出していた。私の指の太さほどもある肉厚の大きなチャーシューは噛めば噛むほど味が滲み出て、半熟の卵はスープとの相性がバツグンだ。

 

「ここのラーメン、この辺で一番美味しいんだから。ドラマの時、よくロケ弁パスしてここに食べに来たし」

 

「うん、こんなに美味しいなら頷けるな」

 

「何杯でもいけそうね」

 

「暁美先輩が言うとシャレになんねえっスよ……」

 

 りせの言葉に頷いて鳴上くんは麺をすする。私も彼の言葉に頷いて、替え玉二杯目に手を付けた。

 これは今まで食べてきた中でも5本の指に入るほど美味なラーメンだと断言できる。一生コレだけ食べて……いや、月に一回くらいにしておこう。ウエストが大変なことになってしまう。

 

「ねえ……昨日って、夜どうしてたっけ……? 私、ほとんど記憶なくて……」

 

「そういえば、クラブ? に入ってから、ちょっと記憶が曖昧だよね……」

 

「少ししたら寝てたわよ、貴女たち。慣れない都会で、疲れていたのかもしれないわね」

 

 みんながラーメンに舌鼓を打つ中、雪子がひどく落胆した声で呟く。つられて茜も似たようなことを呟いたので、私はさらっとごまかしてあげた。2人はガーンという効果音がつきそうなほど落ち込んでいたが、多分包み隠さず話すと大変なことになるだろうから仕方がない。

 別に、私が鳴上くんに……いや、やめよう。思い出したら顔が熱くなってきた。

 

「ほむらちゃん、なんか顔赤くない? 大丈夫?」

 

「へっ!? あ、そ、そうね……ラーメンのせいで、ちょっと暑くなってきたのかも……オ、オホホ……」

 

「少し、本気を出してしまった」

 

「……?」

 

 茜に言われて、ぎこちない口調で答える。鳴上くんが何か言っていたが無視した。いまだに彼の顔はまともに見れない。

 まあ、そのうちなんとかなるだろう。っていうかなるって思いたい。とても切実に。

 

「それにしても……はぁー、変わんなないなあ、この味。炭水化物太るから、あんまり来れなかったけど、好きに食べられるなんて夢見たい!」

 

「ウッ」

 

 突き刺さった。

 薄々は思っていた……これ絶対カロリー高いんだろうな、と。お代わりしたらかなりマズイんだろうな、と。しかし、しかしだ。このあまりにも美味しいラーメンをお代わりしないのは無礼にあたる。だからそう、私は悪くない。ラーメンが美味しいのが悪いんだ。

 なんて。一人で悶々と、帰宅後に待ち受ける絶望に対する言い訳を考えていると、

 

「そういや、大丈夫なのか? 顔、モロ出しで来てるけどさ」

 

 花村くんがそんなことをりせに訊く。ずっと一緒に行動していたから忘れがちだが、休業中とは言え芸能人である彼女がなんの変装もなしにいるのは、やはりマズイのではないだろうか。

 これに対して、りせはどこか得意げというか、寂しげというか。複雑な表情で答えた。

 

「平気平気。ほら、そことか私のサイン飾ってあるけど、店員さんも気づいてないでしょ? こっちじゃ、そんなもんだって。しかも殆どノーメイクだし」

 

 彼女の視線を追うと、確かにカウンター上のスペースには、沢山の芸能人のサインに混じって、彼女のサインが飾られていた。

 なかなかおしゃれで可愛らしいサインだった。今度、私も書いてもらおうか。

 

「つーかバレないの、コイツの方が全然目ぇ引くからでしょ……まあ、着てきた以上、着て帰らすしかないケド……」

 

 そんな中、千枝は呆れた様子でクマを見る。隣を見れば、でかい着ぐるみがものすごい勢いでラーメンをかき込んでいた。

 こんな着ぐるみが店に入れば気になってしようがない。りせに気付けないのも無理はないか。それにしてもすごい食いっぷりだが、何杯目なのだろうか。さっきもお代わりしていた気がするのだが。

 

「中、湯気で蒸れてんだろ……」

 

「そもそも、どうやって着ぐるみを着たまま食べてるのよ」

 

 巽くんのツッコミに肩を竦めて、自分の丼に視線を戻す。

 すると、なんということか。

 

「……私の、丼が……ない……!?」

 

 カウンターテーブルしかなかった。これはいったいどういうことなんだと、辺りを見回して気付く。さっきからクマが食べているラーメン……もしや。

 そう思ってクマを睨むと、彼は「てへぺろ☆」とでも言いたげな表情を作って、自分の拳を頭にくっつけた。

 私は激怒した。必ずやこの邪智暴虐なクマいつか泣かしてやると誓った。食べ物の恨みは恐ろしいということを教えてやる。

 

「ってかそれ、何杯目だよ」

 

「クマ、数、わからない」

 

「うそつけ!ちょっと伝票見せろ、それ!」

 

 怒った声の花村くんに、クマは渋々と伝票を差し出す。ひったくるみたいにそれを受け取った彼は、伝票に書かれている数字を見て悲鳴みたいな声で叫んだ。

 

「1、2……じゅ、10杯!?」

 

「ホムチャンので11です。うっぷ」

 

「クマ……覚えときなさいよ」

 

「ま、まあまあ……」

 

 歯軋りしながらクマを睨むと、千枝に窘められてしまった。彼女は食べ物を横取りされたことがないからこの悲しみがわからないのだ。きっと目の前で肉丼を奪われれば、彼女も私と同じ悲しみを背負うに違いない。

 

「そろそろ集合時間ですね」

 

 ふと直斗が言う。腕時計を見れば、時計の針はもう随分なところまで進んでいた。出るにはちょどいい時間かもしれない。

 

「あー、もうそんなかぁ……旅行メンドくさーって思ってたけど、終わってみれば割と楽しかったかも」

 

「うう……最後の最後に寝ちゃったのは残念だったなあ……」

 

「また来ればいいさ。みんなで一緒にな」

 

 千枝と茜に、鳴上くんはそう返した。稲羽からはかなりの距離あるけれど、行けないほどではないから、卒業旅行でもう一度来ても良いかもしれない。もっとも、クラブは2度と行きたくないが。

 

「そうだ。駅で叔父さんと菜々子のお土産買わないと」

 

「じゃ、もう出ないとだな。おいクマ、行くぞ」

 

 鳴上くんと花村くんの言葉で、私たちは席を立って外へ出る。クマが食べすぎで動けないと騒いでいたが、助け舟は出さない。私のラーメンを横取りした罰だ。反省してもらおう。

 

 

        ◇

 

 

 修学旅行も終わって、次の日。河川敷に行くと、はたして暁美ほむらが佇んでいた。声をかけると、彼女はわずかに羞恥と憂いを含んだ声で答えた。

 

「あ……あら、鳴上くん。何か用かしら」

 

「ああ。前に言ってた“自分探し”ってのを、手伝おうと思って」

 

「……そうね。じゃあ、手伝ってもらおうかしら」

 

 こうして鳴上悠は一日、ほむらと一緒に過ごすこととなった。

 自分を探すと言っても、どこから探して行けば良いのだろうか。2人は頭をひねったすえ、まずは学校へ行って見ることにした。日曜日ゆえに校門は閉ざされていたが、思い出を振り返るにはここで充分だと彼女は言う。

 

「昔は、こんな学校に……いえ、こんな町に私の居場所はないと、そう思ってた。私がいるべき場所は、見滝原だけだって」

 

「それは……やっぱり、向こうに友達がいたからなのか?」

 

「そうね。杏子と、マミと……離れたくなかったの。あの2人は、家族みたいなものだったから……」

 

 ほむらは空を見上げる。つられて悠も空を見上げると、曇天の空が広がっていた。

 

「でも、貴方たちと関わって気付いた。たったひとつの関係ばかりに固執して、ちゃんと周りを見てなかったってことに……。感謝してる。ありがとう」

 

 ころころと笑ったほむらは、悠に向き合って礼を言う。まだ目指すべき場所は、まだわからないみたいだ。

 これ以上仲良くなるには、何かキッカケが必要なのかもしれない。

 

 

 ◇

 

 

 九月十二日の放課後。修学旅行が開けて、いつも以上に気だるい雰囲気が漂う学校を出た私は、茜と一緒に惣菜大学でビフテキ串を食べていた。

 ここの名物であるビフテキ串は、硬い肉を使っているせいかちょっと食べにくい。しかし、値段はその分安いからそれでイーブンといったところ。まあ味自体は問題ないから、特に問題でもないか。

 

「ぐぬぬ……かみっ、きれ、ぬい……ッ」

 

「そのまま食べればいいじゃない」

 

 ビフテキをなかなか噛みきれずに唸る茜は、普段の可愛らしい顔に反してすごい顔をしていた。肉の繊維と同じ方向に噛み切れば良いのに、おおよそ女の子がしてはいけない顔で必死に食らいついている。やっとこさ噛み切ると、勢いよく頭が跳ねてそのまま後ろに転びそうになるのだから、まったく危なっかしい。隣にいたから支えてあげられたが、向かいに座っていたらと思うと笑えない話だ。

 

「や、オネーサン」

 

 恥ずかしそうに、たはは、なんて笑う彼女を微笑ましく眺めていると、後ろから声をかけられた。

 聞いたことのない声だ。片眉を上げて振り向けば、そこには見覚えのある白髪の少女が立っていた。

 誰だろうか。そう思った直後、私の中の何かが警鐘を鳴らす。この少女に近付いてはいけない、この少女は危険だと。だが、不思議なことには、同時に彼女は益になる人物だとも頭の中で誰かが囁いている。

 わからない。

 彼女はいったい、何。

 

「あ、あすみちゃんだっけ。こんにちは」

 

「こんにちは、茜オネーサン」

 

 茜に人好きのする顔で返す“あすみ”と呼ばれた少女は、次いで、私に視線を向けて。

 

「そっちのオネーサンには、一度会ったことあったなあ。 ほら、覚えてるかな。商店街の道を教えてもらったよネ?」

 

「……ええ。そういえば、見覚えがあると思ったら」

 

 妙に絡みつく視線が、私の手に注がれる。正確には、指輪に向かっているようだ。無意識に手を隠しつつもあすみに何の用かと問いかけると、彼女はカラカラと笑った。

 

「オネーサンにさ、あの時のお礼してなかったから」

 

 それから、一瞬の間をおき。

 

「お礼を、しようと思って」

 

 禍々しい黒の輝きと共に、少女の姿は変質した。

 

 反応できたのは奇跡だった。

 

 私に向けて振るわれた鉄球を、茜と庇いながら後ろに倒れこんで躱す。跳ね飛ばされたテーブルや、椅子代わりのビールケースが転がった。

 何がどうなっているのかはわからないが、思考する時間も惜しい。今は茜を逃すのが先決だ。

 

「茜!」

 

 呆然とする彼女を横抱きにして抱え上げ、私は必死の形相で駆け出す。後ろを振り返りもせず、無我夢中で逃げ出した。

 背後から迫る彼女は、狂った哄笑を響かせながら、ギリギリで当たらない距離に鉄球を振り下ろし、いたぶり嬲るみたいに追い立てる。

 

「ほ、ほむら……ちゃっ……」

 

「守るから……! 私が守るから……絶対に!」

 

 轟音と、砕けたアスファルトの破片が降り注ぐ中、腕の中で震える茜に、そして怯える自分自身に、私は叫んで言い聞かせながら。

 

 走って。

 

 走って。

 

 走り続けて。

 

 気が付けば町外れのよくわからないところへ来ていた。大量の家電製品が打ち捨てられたここは、廃材置き場だろうか。

 振り返れば誰もいない。だが油断は禁物だ。辺りに視線を彷徨わせながら、廃材と廃材の間に茜をそっと下ろして、少し咳き込みながら笑いかける。

 

「わ、わたしたち……どうなっちゃうの……」

 

「大丈夫。言ったでしょう、私が守るって」

 

「で、でも、こんなの……」

 

「心配しないで。貴女は、ただここで目を瞑っていればいいから」

 

「ほむらちゃんは……? ほむらちゃんはどうするの?」

 

 恐怖を押し殺した彼女に、私は何も答えず駆け出す。背後から聞こえる声は、極力無視して。

 

 あのあすみという少女は、明らかに私を狙っていた。ならば、私が囮になればいい。そうすれば茜を逃すことができる。

 あの子の目的はわからない。いや、そもそもあれはいったいなんだ。あれは本当に少女なのか。

 わからない……けれど。

 

「アハッ、ミッケ」

 

 声が降ってきた。

 とっさに横に躱す。凄まじい衝撃に煽られて、身体がわずかに浮いて強かに右肩を地面に打ち付けてしまう。

 痛みを堪えて顔を上げると、黒いゴスロリめいた衣装を身に纏い、右手に棘の空いた鉄球――確か、モーニングスターという名前の武器だったはずだ――を持った彼女が、不気味に立っていた。

 

「いやー、反応いいネ。さっすがベテラン魔法少女」

 

「魔法……少女……」

 

 土埃が舞う中、荒い息もそのままに、起き上がりながらも彼女の呟きを反芻する。

 魔法少女……聞き覚えがあった。でもどこで聞いたか思い出せない。ひどく頭が痛くなって、思考がグチャグチャになってしまうから。

 

「んー? なんか変だなー、オネーサン。まるで……ああ、そういう! ク、ヒヒ……ハハハッ! ホント面白いなあ! 最高だよオネーサン! ギャグのセンスあるよ、アハッ、ハハハハ!! あーおっかし! 身体を張ったねえ!」

 

 逃げる隙を伺っていると、あすみは急に気味悪く笑った。何かに気付いたみたいだが、しかし、いったい何に気がついたというのか。

 

 ――殺さなきゃ。

 

 ――邪魔する奴は、全員、殺さなきゃ。

 

 誰かの声が全身を揺さぶる。頭がザラザラする。心の奥底からドス黒い何かがせり上がっているみたいで、気持ちが悪い。これは、何。この感覚は、何。

 我知らず、膝を折ってしまう。逃げなければと思うほど、足が震えて全身から冷や汗が吹き出て、動けなくなっていく。これは、まるで――。

 

「はー、ひー、お腹痛い……! ふぅ、フゥ、けほっ! あー、一生分笑わせてもらったよ。じゃ、改めてお礼しなきゃだネ。ちょっと予定と違うけど、ま、いっか」

 

 ジャラジャラと鎖を鳴らして、あすみは歩み寄ってくる。地面に縫い付けられた足を必死に動かして、なんとか逃げようともがくけれど、ぎこちなく尻餅をつくだけで離れることができない。

 

 ダメだ。

 

 ダメだ。

 

 ダメだ。

 

 拒絶を心中で叫んでも、伸びる彼女の左手が私の頭に触れる。

 

 その瞬間、私の全ては、黒の染まった。

 


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