Persona4 : Side of the Puella Magica   作:四十九院暁美

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第37話

 暗闇の中に3人の私が目の前に立っている。

 

 メガネをかけたお下げ髪の私。

 頭にいつものリボンを巻いた私。

 悪魔のように悪辣とした姿をした私。

 

 こんな自分は、記憶にない。

 

 ――違う。お前は、忘れているだけだ。

 

 声が言う。

 そうだ。私は、記憶の底に封じ込めていただけなんだ。でもどうして、私は、私の姿を忘れていたのだろう。疑問が鎌首をもたげた時、悪魔の私が一歩前に出て、私の額に触れる。

 そして、私の意識は――反転した。

 

 

 ◇

 

 

 神名あすみが暁美ほむらに行った、トラウマの掘り起こしは、どうやら功を奏したらしい。予想外であったのは“暁美ほむらの魂が分裂してた”ことだったが、稚拙な幻惑魔法での封印などあすみの精神魔法の前では意味をなさない。

 分裂した魂は無理やり統合され、限界を超えた心身のことごとくを破壊していく。ソウルジェムの濁りも加速度的に進む。あとはちょうど良いところで、心地の良い夢でも見せてやればいい。

 

「これで私の、サヨナラ勝ちってね」

 

 勝ちを確信して、悪辣に笑う。

 

 直後。

 

 景色が回転した。

 状況を理解するのに数秒を有し、地面に追突した時点ではたと何をされたのか気がつく。反撃を食らったのだ。

 しかし、予想外の一撃ではあったものの、威力はまったく貧弱極まる。すぐに立ち上がって相手を見据えた。

 

「ああ……やっと……やっと、時が来た……」

 

 彼女に反撃の一手を加えた“赤い目”のほむら。彼女から漏れた呟きは、暗澹とした憎悪が宿っていた。さっきまでの年頃の少女らしい声とは違い、幾千年の時を過ごした羅刹のような声だ。

 馬鹿なと顔を上げれば、そこには暗黒の鬼の如き者立っていた。

 

「誰だよ……お前……」

 

「誰、ですって? ク、ハハ……おかしなことを訊くのね? 私は、私。そう、暁美ほむらよ?」

 

 ゾッとする冷たい笑みを浮かべる。魔法少女に変身してもいないと言うのに、彼女は死を纏っている。死を背負っている。これは、まさしく――

 

「悪魔……」

 

 愉悦に満ち溢れた表情で、彼女は哄笑する。この世すべてを塵芥とし、再び理に封じ込まれた彼女を救うため、まずは目の前にいる愚か者を誅さねばならぬ。魔法少女に変身したほむらは、ブレード状に形成した矢の切っ先をあすみに向けた。

 

「貴女には感謝しているわ。あの忌々しい封印をこじ開けて、どう外に出ようと迷っていたけれど……お陰で、余計な力を使わずに済んだ。お返しに、気持ち良く逝かせてあげ……くっ……出て、来るな……忌々しい、私が!」

 

 しかし。

 突如として、ほむらは頭を抱えて苦しみ始めた。不完全な魂が、身体の主導権を争っているのだ。呆けていたあすみは、これ好機と跳ね起きて鉄球を振るう。果たして、顔面に追突したそれはほむらを大きく吹き飛ばした。

 

「アハッ、チャーンス!」」

 

 跳躍。

 地面を転がったほむらに、再び鉄球を振り下ろす。今度は左手の盾で防がれたが関係はない。殺す気で、ただひたすら叩きつける。何度も、何度も、何度も。

 しかし。

 

「私を……遮るなッ」

 

 腹部の衝撃が走ると同時に、あすみは大きく吹き飛ばされた。

 空中で体勢を整えて着地し、一呼吸おく。精神魔法の準備はできている。あとは発動のタイミングを計るだけ。

 ニタニタと勝ちを確信して笑う。そもそもが負けようがない戦いだった。少々のアクシデントが続いているが、おおむね想定通りにことは進んでいる。あとはうまくこの町から追い出して 、軽く仕留めてやればいい。そう、もはや詰みなのだ。暁美ほむらは。

 

「ウゥ……どこまで邪魔をする……! 出て、くるなぁ!!」

 

 分裂した魂が反発しているのだろう。ほむら苦しげに、頭を掻き毟った。

 ちらとあすみが彼女のソウルジェムを見れば、随分と濁っていた。ちょど良い頃合いか。いや、まだだ。油断していたとはいえ、一撃をもらってしまった。仕返しをしてやらねば気が済まない。とはいえ、天はこの神名あすみに味方している。そう焦ることもないだろう。

 あすみは思わず舌なめずりをして、背後にある大型のテレビに寄りかかると、機嫌よくペラペラと話し始めた。

 

「おやおやおや〜? 随分苦しそうだねえ? どうしたのかにゃーほむらオネーサン。このままだとあすみのサヨナラ勝ちだよー? まっさか、これで終わりなんてことないよねー? かかって来いよ、オラ。いつまでそうやってんだ〜ほむらオネ〜チャ〜ン? まさかテメェじゃ歩くこともできましぇ〜ん、とか言わねえよなァ ?」

 

「ぐく……わ、たし……は……!」

 

「そういえば、茜オネーサンいたよネ。うーん。このままだと、このあすみちゃんが圧勝しちゃうし……そうだ! 君が負けたら、この街で起きてる事件みたいに、あの子ぶっ殺すってのはどうかな? アー、ヤッベェ我ながら天才だわ〜コレ! ヒヒヒ、ねえねえ?どうかにゃーほむらオネーサン? スッゲー良い条件だと思うんだけど!」

 

 その瞬間、ほむらの目つきが変わる。やはりあの一緒に逃げていた少女は、彼女にとって大事な存在らしい。

 

「あ、かね……には……!」

 

「ウンウン。指一本触れさせないって? ありきたりなセリフだなあ、もっと気の利いたこと言えないの?」

 

 下卑た笑い声をあげて、ジャラジャラと鎖を鳴らす。飛んできた鉄球が、ほむらの腹を砕いた。

 

「おっと、ごめんネ? つい手が滑っちゃった」

 

 トラックにでも跳ねられたみたいに、勢いよく吹き飛ばされたほむらを見下して、わざと靴音を鳴らすように歩く彼女は、嘯いてまた笑う。

 

「あーあ、なっさけないなあ。それでも魔法少女? って、そっか。“自分で自分のこと忘れてた”んだから、わかんないでちゅよねー、ごめんなちゃいねー? ガラクタさんにはむずかちかったでちゅよねー。……あらら、もしかしてもう虫の息ってやつ? もしもーし、生きてますかァ〜? 」

 

 血溜まりの中、うつ伏せで横たわる彼女は何も言わない彼女の頭を踏みつけて、あすみは唾を吐きかけた。

 

「オイオイ、もうオネンネかよ。ハァー、ちょー残念! もう少し骨あるかと思ったらトンだフヌケじゃん。人気の割に中身スッカスカなマンガって感じだよねー? ……オラオラ! どうしたどうした! マジにこんなんで終わったら笑えねえっつーの! おーい、出て来いよ、さっきの中二病ほむらちゃ〜ん。コッチのほむらオネーサンクッソ弱ぇから、もう1人のボク! みたいな感じで、こう、デーンデデデーデデーとか仰々しいBGMで……あー、やめだやめだ、壁と話してもツマンネェや。んー、でもぉ、このままだとあすみちゃん、暇しちゃうしぃ、退屈しちゃってマヂ最悪ぅ〜なんですけどぉ〜。もうほんと激おこプンプンしちゃうぞ! しょーがねーから茜オネーサンぶっ殺してこよっと。いい声で鳴きそうだよねー、ヒヒヒ♪」

 

「まも、る……私は、茜を……!」

 

 茜の名を聞いて、ほむらが必死な形相で手を伸ばした。

 瞬間、あすみは足元に魔力を感じて飛び引こうとする。

 だが、間に合わない。

 

「のぁッ、なんだこの糸!? このっ、クソが!! テメェ、このアタシに何しやがった?!」

 

 絡みついた鋼線は、あすみを拘束して背後のテレビに縫い付けてしまう。強い魔力によって強化され、生半可な力ではビクともしない。脱出は不可能だった。

 獲物を前に舌なめずりするのは三流の行いである。とは、はたして誰の言葉であったか。彼女は油断によって、最大の危機に陥った。

 

「お、まえ……は……落ちろォォ!!」

 

 ほむらが突進する。捨て身の一撃かと身構えるあすみだったが、それが攻撃のためではないことに気がつく。何をする気だ。思考と同時に衝撃が走り、身体が後ろへ傾いた。

 馬鹿な。後ろにはテレビがあったはず。驚愕を顔に貼り付けたまま

 

「ほ、ほむら! テメェ……ッ!!」

 

 言い切る前に、あすみがテレビに飲まれる。

 

「ほ、ほむらちゃん……!」

 

 そしてほむらは、最後に聞こえた声にふっと笑みを浮かべて、テレビの中へ落ちていった。

 

 

 ◇

 

 

 就活生である巴マミは、桐条グループ本社での面接を終え、疲れ切った様子を隠しつつ待合室で一息ついていた。成績優秀である彼女は、一流企業であるこの桐条グループ本社へ就職しようとしているのである。

 高校進学の際にも面接はあったし、アルバイト採用でも面接を受けたことはあったが、やはり一流企業の面接というのは凄まじいの一言に尽きた。特に驚いたのは、面接の場に桐条グループの取締役である“桐条美鶴”がいたことである。心臓に悪いとはまさにこのこと。緊張が5割り増しである。

 

「ハァ……」

 

 安心した息が出る。

 令嬢直々の面接ではあったが、だからといって気圧されるほど柔なマミではない。それ以上の修羅場をいくつもくぐってきたし、今更この程度で尻込みしたりはしないのだ。とはいえ、やはり人生を左右すると思えば緊張はするものである。

 

「お疲れ様です。面接はいかがでしたか? あ、座ったままで結構です。私もお隣に失礼しますね」

 

 不意に声をかけられた。顔を上げると、そこには端正な顔立ちの、外国人らしい、金髪碧眼の女性がいた。

 

「あ、はい。ええと……」

 

 急に声をかけられたものだから、マミはどう答えれば良いか迷ってしまう。おそらくは本社で働く人間、失礼な物言いはできない。ひとまずは当たり障りのない言葉で答えると、彼女はふわりと笑って、

 

「そうですか。では、もしかしたら……貴女と働けるかもしれませんね?」

 

 月並みな言葉ではあったが、マミにとっては嬉しい一言だった。そうして少しの間、彼女と話していると、そういえばこの女性の名前を聞いていないことに気がついた。

 

「それで、ええと……」

 

「あ、すみません。名乗らずに……私は、巴マミです」

 

「ありがとうございます。私はアイギスです。それで、巴さん、貴女は――いえ、これは私が言うべきことではないでしょう」

 

 アイギスと名乗った女性は、何かを言おうとして口を閉ざす。マミは採用に関することなのだろうと考えて、深くは追求しない。

 と、その時。

 

「――!?」

 

 マミの全身を、恐ろしいほどの悪寒が貫いた。それは間違いなく、暁美ほむらという家族に何かが起こったという予感にならない。

 

「……巴さん?」

 

「すみませんアイギスさん。私、用事を思い出してしまったから、これで失礼させていただきます」

 

 それだけを告げてマミはその場を飛び出し、広い桐条グループの本社を駆ける。外に出ると、同時に聞き慣れたバイクの音が耳を穿つ。

 

「杏子!」

 

 名を叫ぶと、彼女は勢いよく目の前に停車してヘルメットを投げ渡した。彼女のもわかっているのだ。ほむらの身に何かが起こったことを。

 

 

 ◇

 

 

 一方で、特捜隊の面々もほむらに異変が起きたことを知った。

 茜の知らせを受けた悠の招集により、テレビの中に集まった彼らは、混乱を極めた様子である。

 

「魔法少女同士で戦うことがあるって言ってたけど……本当に……」

 

「なんでおんなじ仲間同士で……クソ……!」

 

「ほむらちゃん、大丈夫かな……」

 

 メンバーの戸惑いも最もだが、今は議論を後に回せなばらない。それほどまでに状況は切迫しているというのが、茜の報告を聞いた悠の意見であった。

 

「暁美さんは、かなり危険な状況らしい。りせ、頼めるか」

 

「まかせて、絶対に見つけてみせるから!」

 

 決意の言葉に呼応して、ペルソナのヒミコがほむらの捜索を始める。数分ほど経って、何かを探知したりせがほとんど悲鳴に近い声を上げた。

 

「ほむら、先輩……? 違う、でも……なに、これ……ほむら先輩……ッ!」

 

「なんだ!? 何があったってんだ!?」

 

 切羽詰まった口調で完二が問うと、落ち着きを取り戻した彼女はおそるおそると話し始める。

 

「反応が、4つあるの……ひとつは、襲ってきたっていう魔法少女なんだろうけど……でも、他の3つが全部、ほむら先輩で……」

 

「はあ!? ど、どういうことだよそれ!」

 

「ほ、ほむらちゃんが分身してるってこと!?」

 

「魔法を、使ってる……魔法ってこんな……黒くて、怖いものだったの……?」

 

「お、おい!マジに何があったんだよ!?」

 

 次々と呟くりせに、特捜隊の面々は焦りの色を濃くしていく。早くしなければ大事になってしまい、ほむらに最悪の自体が起こってしまうのではないかと。

 

「場所はわかったのか?」

 

「う、うん……でも、変なの。なんていうか……結界、みたいなのがあって。普通には入れないみたい……」

 

「普通には入れないって……んだよ、それ! 暁美のやつ、どうしちまったんだよ?!」

 

 陽介の悲痛な叫びがこだまする。この場の全員が抱いていた想いが、彼の言葉そのものであった。

 とにかくも、そうであるならば何の手立てもなしに向かうことはできない。そうでなくとも、誰もが正常な判断をできない状態だ。ここは一度外に出て頭を冷やし、次の日にまた来る方が賢明だろう。

 誰もが言い知れぬ感情を秘めたまま、この日はテレビの中から抜け出した。

 

 

 夜更け。遠くでバイクのエンジン音が聞こえる。

 電気もつけないまま、悠は自室で、夕方に受けた茜からの電話を思い出していた。

 あれは必死な声だった。ひとりの少女が出すような声ではない、あまりにも、悲痛な叫びだった。

 

『みんななら、ほむらちゃんを助けられるんでしょ? みんなは、私の知らないほむらちゃんを知ってるんでしょ? ……ねえ、鳴上くん……助けて……助けてよ! ほむらちゃんを助けてよ! 仲間なんでしょ!? 友達なんでしょ!? 後から来たくせに、ずっと一緒にいた私なんかより、ずっと仲良くしてたんでしょ!? なら助けてよ!! ……ほむらちゃんを……ほむらちゃんを、助けてよ……ッ! お願いだから……助けて……!』

 

 茜自身がずっと思っていたことなのだろう。考えてみれば、そうだ。一年前に出会ってからずっと一緒にいて、ほむらの冷たく凍りついた心を溶かそうとしていた茜が、急に出て来た特捜隊の面々にそれを横取りされ、あまつさえ自分より仲良くしているのを見て、何も思わないはずがない。あれは自分たちへの嫉妬と、叱責と、そして羨望の言葉だったのだ。

 

「必ず、助ける……!」

 

 部屋に置かれた小さなテレビ。その画面に映った自分に誓う。茜のために、絶対に暁美ほむらを救い出して見せると。

 

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