Persona4 : Side of the Puella Magica   作:四十九院暁美

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第6話

 6月14日の放課後。

 私は彼らと共に、ジュネスの家電売り場にいた。なんでも今日は私のペルソナ能力を試す為、テレビの中で実戦を行うらしい。

 鳴上悠が辺りを見回して誰もいないことを確認すると、大型の液晶テレビに右手を突っ込みテレビの中へと入っていく。完全に中に入ると次いで花村陽介、更に巽完二と続けてテレビの中に入っていった。

 彼ら全員がテレビの中に入ったのを確認した私は、以前と同じく右手をテレビ画面に突っ込む。腕から伝わる形容し難い半固形の様な感触に不快感を覚えつつも、右腕、左腕、上半身と順々に身体を入れていく。腰まで入れると、テレビの縁に足をかけて一気に下半身もテレビの中に入れる。またあの白黒世界を落ち続けて数秒、不意に足元に光が射したかと思えば足に衝撃が走ると共に、また霧の世界が姿を現した。

 制服のポケットからメガネを取り出して掛けると、辺りを覆っていた霧は無くなりスタジオセットの様な広場が姿を現した。広場の中央付近には旧型の赤いテレビが3台、縦に積み上げられていてここから外の世界へ出る事が出来る。だが、どうにも入り口が狭い。どうにかならないものだろうか。

 

「センセイ、キター!」

 

 彼らの姿を見つけたクマが、嬉しそうな声をあげて駆け寄ってくる。私も軽く腕を伸ばしながら近付くと、何かを思い出したらしいクマが話を始めた。

 

「あ、そだ! ほむちゃんがいた学校に、またシャドウの強い気配を感じるクマ」

 

 どうやら私が落ちた場所――見滝原中学校に強い力を持ったシャドウが現れたらしい。クマの口ぶりからして、過去にもそういう事があったように思える。

 

「よし。じゃあ、早速退治しに行こう。クマ、場所は分かるか?」

 

 鳴上悠はクマにそう訊くと、クマは申し訳なさそうに答える。

 

「忘れちゃった……で、でもでも! ほむちゃんならきっと……」

 

 見滝原中学校の場所を忘れてしまったクマは、私に視線を送り助けを求めてきた。だが、残念な事に私は行きも帰りも気絶していた為、どこにあるか憶えていない。

 

「知らないけれど」

 

「……どうすんのよ、クマくん」

 

「あわわわ……」

 

 私の言葉を聞いた里中千枝が溜め息と共にそう呟いた直後、私は体育館の壁に魔力でマーキングしていた事を思い出した。あのマーキングから発されている私の魔力を辿っていけば、見滝原中学校に行けるだろう。

 正直あの場所に行くのはあまり気分が乗らないが、彼らに身勝手な我儘で迷惑を掛けるのは私が良しとするところではない。ここは彼らにきちんと言うべきだ。

 

「……あの場所には魔力でマーキングを施していたから、その魔力を辿れば行けると思う」

 

 私が言うと、彼らは驚きと称賛の声をあげる。これ程嬉しくない称賛は生まれて初めてだ。

 溜め息と共に、ソウルジェムをブレスレットに変化させて魔力の探知を始める。しばらくすると、ソウルジェムが紫色の光線を見滝原中学校があると思われる方角に放った。距離は分からないが、そう遠くはない筈だ。

 

「さっすが、魔法少女だな」

 

 花村陽介は感心した様に言うが、やはり嬉しくない。

 

「行くなら早く準備してちょうだい」

 

 私が催促すると彼らは頷き、広場の端に置いてあった得物をそれぞれ装備する。

 鳴上悠は刀、花村陽介は苦無を2本、天城雪子は扇子、巽完二はパイプ椅子が得物のようだ。里中千枝はローファーを履き替えただけで特に何も装備していないが、もしかしたらあのローファーには何か仕掛けが施されているのかもしれない。

 彼らが準備を終えたのを確認した私は、ソウルジェムから発せられる光を辿って歩き始めようとした直後、視界の端にきつね色の何かがいる事に気が付いた。何かと思って見てみると、そこには赤い前掛けをつけた1匹のキツネがいた。何故こんな場所にキツネがいるのだろう。いや、そもそもあれは本当にキツネなのだろうか。

 

「ん? どうかしたのか?」

 

 心中で戸惑っていると、鳴上悠が声をかけてきた。

 

「……あれは?」

 

「え? ああ、あのキツネか。俺の知り合いだ」

 

 私がキツネを指差して訊くと、彼はあっけらかんと言った。キツネの知り合いとはなんとも夢のある話だが、その知り合いがこんなところまでついてくるとは信じ難い。

 胡乱げに鳴上悠を見つめていると、狐が私の足元に寄ってきた。かと思えばその場に座り、私を見上げて何事かを訴えてくる。撫でてほしいのだろうか。おそるおそるキツネの頭に触れてみるが、キツネは抵抗しない。そのままゆっくりと頭を撫でてやると、気持ち良さそうに眼を細め喉を鳴らす。意外にも毛が柔らかく、中々に触り心地が良い。

 

「う、うらやましいクマ……。クマもほむちゃんに撫でてほしいクマー!」

 

 キツネを撫でていると、クマが私に駆け寄り頭を差し出す。クマの頭も撫でてやると、恍惚とした声をあげて喜びだした。しばらく2匹を撫でていると、不意に彼らが私を何か珍しいものを見る様な眼で見ている事に気が付いた。

 

「これくらいで良いかしら。そろそろ学校に行きましょう」

 

 いつまでも撫でていたいところだが、そろそろ学校に向かわないと時間が無くなってしまう。私が撫でるのを止めてクマとキツネに告げると、キツネはすぐに私の元から去りクマも名残惜しそうではあるが後ろに下がっていく。

 

「それじゃあ、私について来て」

 

 彼らにそう言うと、私はソウルジェムの光を頼りに歩き出した。彼らの視線には気が付かなかった事にしよう。

 

 

 

 見滝原中学校、校門前。

 出来ればここには入りたくないものだが、そうもいかない。私はこの場所でペルソナ能力の訓練を行わなければならない。どれだけ嫌でも、入らざるおえないのだ。どうせなら別の場所にしてほしいと思わないでもないが、仕方のない事だ。なんとか割り切るとしよう。

 

「みんな、準備は良いな」

 

 鳴上悠は刀を鞘から抜き取りメンバーに呼び掛けると、彼らは力強く返事をした。気合充分、と言ったところか。

 

「暁美さんは?」

 

「……問題ないわ」

 

「よし。行こう!」

 

 溜め息を抑えて私が答えると、彼らは笑顔で頷き学校内へ入っていく。全く、憂鬱だ。

 見滝原中学校に足を踏み入れた私は、その再現度の高さに面を食らった。等間隔に並んだ全面ガラス張りの教室、室内に設置された小さく収納出来る机と椅子に電子化された黒板に至るまで、全てが本物と同じ。通路を塞ぐ様に積み上げられたノートパソコンの型すらも同じ物とは、流石は私が創り出した場所と言うべきだろうか。無駄に広い廊下も完備しているとは恐れ入った。

 

「それじゃあ、暁美さん。まずはペルソナを出してみよう。花村、手本を」

 

「え、俺?」

 

 花村陽介が驚いて訊き返すと、鳴上悠は1度だけ彼を横目で見た後に少し間をおいて再び言う。

 

「……花村、手本を」

 

「いや、分かったから2度も言うな」

 

 鳴上悠にツッコミを入れると、花村陽介は前に進み出る。自然と周りの視線が集まり、気が付けば全員が彼に注目していた。

 

「こ、この中やるのは流石にハズいな……」

 

 そんな呟きと共に私に向き直ると、彼は難しい顔をして言葉を選びながら説明を始める。

 

「あー、そうだな……まず説明からか。ペルソナを出す時はなんつーかこう、ペルソナ出すぞーって頭ん中に思い浮かべて……いや、ペルソナをイメージしてか? えーと、とにかく――」

 

「花村先輩、むちゃくちゃじゃないスか」

 

「花村、もうちょい分かりやすく」

 

「花村くん、もうちょっと具体的に」

 

「花村、もっと丁寧に」

 

「まったくヨースケはダメダメクマねー」

 

「う、うっせー! 俺は今暁美さんに説明してんだからお前らは口出しすんな! つーかなんでそんな息合ってんだお前ら!?」

 

 仲が良いのは分かるが、この中で待たされている身としては中々に辛いものがある。さっさと続きを話してもらいたい。

 

「……それで、ペルソナを出すにはどうすれば良いの?」

 

「おおう、めっちゃ冷静……」

 

 私の言葉に微妙な表情を浮かべると、彼は再び説明を始める。出来れば、そんな驚いた様な呆れた様な曖昧な顔で私を見ないでほしいのだが。

 

「えーっと、だな……。取り敢えず俺がペルソナ出して見せっから、暁美さんはマネしてペルソナを出してみてくれ」

 

 そう言って中腰で構えを取り右手に持った苦無を逆手に持ち変える。そしてそれと同時に、青白く光る1枚のカードが彼の眼の前にどこからともなく現れた。

 

「っ!?」

 

 突然の事に思わず驚きで声をあげてしまった私を見て、彼はまるで悪戯が成功した子供の様な顔をすると高らかに叫びながら右腕を大きく振り上げ、光るカードを苦無で叩き斬る。

 

「こい、ジライヤァ!」

 

 甲高い音と共にカードが砕け散ると青い炎が彼の足元から吹き上がり、背後には赤いマフラーが特徴的な人型のどこかで見た事のあるネズミのキャラクターに似たシルエットのペルソナが出現した。

 

「ま、こんな感じだな」

 

 格好を戻した彼は、腰に手を当てて得意げに言う。

 こんな感じと言われても、どこか微妙に理解出来ない。ペルソナを出すには気合が大事、という事だろうか。それならば、なんとも杏子が得意そうな分野だ。

 

「次は暁美さんの番だ。頑張れ」

 

 なんとも言えない微妙な顔をしていると、鳴上悠が私に向けてエールを送ってきた。何をどう頑張れというのだろうか。そもそもあの様子だと、ペルソナを召喚するのに頑張るも何もないと思うのだが。

 取り敢えず花村陽介と入れ替わりで前へ進み出ると、私は眼を瞑って意識をペルソナに集中してみる事にした。すると間もなくして、耳鳴りの様な音と共に声が脳裏に響く。

 

『我は汝、汝は我……。汝、己が双眸見開きて……今こそ発せよ!』

 

 その瞬間、私の中で何かが弾けた。

 

「来なさい、ツルヒメ!」

 

  "カッ" と眼を見開くと、あのカードが現れる。ペルソナの名を叫びながら左手の手刀でカードを叩き割ると、ガラスが割れた様な音と共に足元から熱を帯びた風が巻き上がり、噴き出す青い炎が渦を巻いて徐々に形取っていく。

 私のペルソナ――ツルヒメが、その姿を現した。

 

「これが……ペルソナ……」

 

 改めて見れば、やはりまどかによく似ている。自分の中でのまどかという存在の大きさを、改めて感じた。

 

「おっし、上手くいったな」

 

 私がペルソナを召喚したのを見た花村陽介は満足げにそう言う。よく見れば、彼の後ろに控えている彼のペルソナであるジライヤも同じ様に頷いていた。その姿はコミカルで、中々に可愛らしい。

 

「よし、次はペルソナを使った攻撃の練習だ」

 

 鳴上悠はそう言って進み出ると、辺りを見回して近くを球体に口がついた気色の悪い何かを指差した。

 

「あのシャドウを練習台にしよう。暁美さん、今からシャドウと戦う。俺たちがサポートをするから、暁美さんはペルソナを使ってあのシャドウを倒してみてくれ」

 

 そう言うや否や鳴上悠は、ポケットから取り出した何か(おそらくドライアイス)をシャドウに投げつけた。すると、こちらに気が付いたシャドウがこれまた気色の悪い鳴き声と共に振り向き、襲い掛かってきた。

 

「さあ、実戦だ!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 球体に大きな口が付いたシャドウ "アブルリー" 。フランス語で "大言壮語" の意味を持つその言葉は、このシャドウの姿に相応しい名だろう。

 さて、そのアブルリーと対峙した暁美ほむらは、自身のペルソナであるツルヒメ共に臨戦態勢をとる。肩にかかった髪を払うと、ほむら強気な笑みを浮かべて自身のペルソナに何事かを語りかけた。その瞬間、アブルリーがほむらに向けて猛スピードで突進する。口からはみ出た舌で、ほむらを攻撃する気だ。

 ほむらはそれを右側に飛ぶ事で躱すと同時に、魔法少女へ変身するモーションをとってツルヒメに言う。

 

「ツルヒメ、初陣よ。派手にいきましょう」

 

 その言葉を受けたツルヒメは、和弓に紫色に光る矢を番えると弦を引く。限界まで引かれた弦がきりきりと鳴る中、ほむらの頭の中にツルヒメが使う事の出来る魔法――スキルの名前がいくつか浮かび上がる。その中からほむらはひとつ選ぶと、そのスキル名を呟いた。

 

「 "ミリオンシュート" 」

 

 瞬間、無数の紫光が空を裂いた。

 ツルヒメが放った光の矢が分裂して、驟雨の如くアブルリーに降り注ぐ。

  "ミリオンシュート" は選択した対象に、魔力で形成された無数の針を撃ち出す物理魔法だ。針ひとつひとつの殺傷力は低いが、それが雨の様に降り注ぐとなればその威力は侮れない。

 ミリオンシュートを受け、アブルリーは舌を振り回して涎を撒き散らしながら身悶える。身体中に針だらけになったその姿は、見ているだけでも非常に痛々しい。ほむらは飛び出した勢いのままガラスを蹴ってアブルリーの背後に回ると、それに呼応する様にツルヒメは再び光の矢を番えて弓を引く。

 

「トドメよ」

 

 ほむらが呟くと同時に、ツルヒメが矢を放つ。淀みなく放たれた矢は、アブルリーの背面についている仮面を見事に貫き、絶命させた。この間、僅か10秒である。

 

 ほむらの流れる様な美しい戦闘は、幾多の死線を潜り抜けた者のみが達する事の出来る、経験という名の絶対的なアドバンテージに裏打ちされた絶技だ。ありとあらゆる局面に対応し、手に入れて間もない新たな力でさえ直感で使いこなしてしまうそれは、人類が至る事の出来るある種の到達点とも言える。まあ、その力を完全に発揮するには相応の精神状態であることが条件だが。

 故に、特捜隊の面々がこの戦闘を見てただただ驚く事しか出来ないのは至極当然、仕方のないだろう。

 

「す、すっげー……なんだあれ……」

 

 陽介の呟きに、彼らは呆然と頷いた。仕方のない事だ、彼らとほむらでは戦闘経験が違い過ぎる。

 

「シャドウ……大したことないのね」

 

 アブルリーを秒殺したほむらは、ツルヒメと共に悠たちの元へ戻っていく。

 なんと呆気ない。ほむらはシャドウはもう少し強いものだと思っていたのだが、どうやら見当違いだったらしいくこの戦闘は全く歯応えのないものだった。

 

「それに、案外ペルソナを扱うのも簡単ね」

 

 かつん、と靴を鳴らして彼らの前で立ち止まり、ほむらは笑みを浮かべる。

 その姿はまさに歴戦の猛者、幾多の死線を越えた老練な戦士そのもの。これを見た特捜隊の面々は改めて思った。

 魔法少女ってスゴイ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 今まではペルソナという存在がどういうものなのかいまいち分からなかったが、この戦闘で理解する事が出来た。

 まず、ペルソナで攻撃を行うには体力を消費するか精神力を消費するかの2つがあり、体力を消費する攻撃が物理攻撃で精神力を消費するのが魔法攻撃になっている。体力の消費は少し疲れが身体に出る程度で、精神力の消費は攻撃魔法を使っていないから分からないが精神力を消費するのだから、おそらくソウルジェムに穢れが発生するだろう。多用は出来そうに無い。

 それに加えて驚いたのが、ペルソナは攻撃だけではなく補助も行う事が出来ると言う事だ。シャドウに攻撃しようした時に浮かんだ言葉の中には、体力を消費して発動するミリオンシュートの他に、精神力を消費して発動する対象を聖なる光で包み即死させる魔法 "ハマ" 、同じく精神力を消費して発動する対象の傷を癒す魔法 "ディア" 、そしてノーコストで体力の回復を少しだけ促進させる "小治癒促進" と自身の攻撃力を短時間だが上昇させる "攻撃の心得" というものがあった。攻撃魔法ではないが、体力や精神力を消費せずに回復を促たり短時間ながら自身の攻撃力をあげる自動発動の魔法は、戦闘で非常に有用だ。特にノーコストで発動するというのは、強敵との戦いで余計な体力や精神力に影響されない為、様々な場面で活躍が期待出来だろう。

また、ペルソナ発動中は身体能力にも大幅なブーストがかかるらしく、非常に身体が軽く感じる。ただ、その分感情が昂りやすくなるデメリットがあるらしく、戦っている最中はずっと脳がふわふわとした感覚に陥っていた。この点は注意が必要そうだ。

 

「こんな感じで良かったかしら?」

 

「あ、ああ。正直、想像以上だ」

 

 鳴上悠は、私の問いに呆然と頷いた。

 ペルソナとは詰まるところ私自身なのだから、これくらい動かせて当然だろう。多少動きに遅れが生じているが、これくらいなら誤差の範囲だ。慣れればそれも無くなる。

 満足げにツルヒメを見上げていると、天城雪子が感心した様に呟いた。

 

「魔法少女って、変身しなくても強いんだね」

 

「……え?」

 

  "変身しなくても" 。

 その言葉を聞いて、私は思わず左腕を見る。そこには戦闘前と変わらず、ブレスレットの形でソウルジェムが存在していた。

 おかしい。私はあのシャドウの突進を躱した時、確かに魔法少女の姿へ変身す為のモーションをとった筈だ。何故、魔法少女に変身していないのだろうか。

 

「暁美さん?」

 

 魔法少女に変身しようと試みるが、何故か変身できない。何度も何度も変身しようとソウルジェムに意識を集中するが、どう足掻いても魔法少女の姿にはならなかった。彼らに変身を見せた時は何も問題は無かったのに、何故こんな事になったのだろうか。

 魔法少女に変身出来なければ、例えペルソナの力があったとしても耐久力は人並みのままだ。このままでは、私は人より少しだけ身体能力が高い人間でしかなくなってしまう。それに、魔法少女の姿にならなければ私の得物である弓も出せない。ペルソナと離れて行動している時にシャドウと出会っても、私はシャドウに対して攻撃手段を持たないから攻撃をただただ躱し続ける他無くなってしまう。魔力で少しだけ身体能力を強化してるとはいえ、スタミナは無限ではない、躱している内にいつか必ずボロが出るだろう。戦いでは少しでも遅れをとればそれが致命傷になる。最悪は――。

 一体何が原因なのか。心中で焦る私の様子を見て何かを感じ取ったのか、里中千枝が心配そうな声で私に話しかけてきた。

 

「暁美さん? どうしたの?」

 

「いえ……」

 

 頭に片手を当てて首を振りながら、落ち着けと自分に言い聞かせる。

 本当に訳が分からない状況だが、焦っていては何も解決しない。落ち着け、物事を片側面だけで見るな、全体を通して客観的に見ろ。どうして魔法少女に変身できないのか、あらゆる視点から見て考えるんだ。

 頭の中にありとあらゆる事柄を思い浮かべ、関連がありそうなものをピックアップする。何か、何かあるはずだ。この異常事態を紐解く鍵が、ペルソナに目覚めてからこの数日の中に。

 

 ――シャドウは自分の見たくない、認めたくない部分が現実となって現れたもの。

 

 ――ペルソナは心を御する力、困難に立ち向かう為の心の鎧、意思の力。

 

 ――ペルソナとは新たに生まれた別の器、精神という第2の器である。

 

 ――ソウルジェムの形が変化したのは "これ事態がペルソナって器になった" から、って事か?

 

 ふと杏子が言っていた言葉を思い出して、私ははたと気が付く。

  "これ自体がペルソナって器になった" 。

 これだ。魔法少女に変身出来ない原因は、これで間違いない。

 ソウルジェムがペルソナという器になった事で、ソウルジェムに備わっていた機能のほぼ全てがペルソナに回ってしまっているのだろう。ペルソナを召喚する事が魔法少女に変身する事とイコールになってしまっているのだ。これでは変身出来ないのも当たり前、そしておそらく逆も然り。魔法少女に変身していては、ペルソナを出せないだろう。全く、よくよく考えてみれば簡単な事ではないか。こんな事すぐにでも予測出来た筈だというのにここまで取り乱してしまうとは、私もまだまだ未熟という事か。

 とはいえ、原因が分かったとしても問題が解決した訳ではない。ペルソナを使った戦闘を行うなら魔法少女には変身出来ないし、どこかで武器を調達しなければならない事に変わりはない。変身に関しては仕方ないと割り切るとして、武器に関しては魔力を通せば裁縫用の糸でさえ武器に出来るのがせめてもの救いだ。

 

「あ、暁美さーん? もしもーし?」

 

 制服のポケットにいつも入れている小さなソーイングセットから縫い糸を取り出して、おおよそ5m程度の長さで数本切り取ると魔力を流し込んで加工、更に魔力で糸を各指に接合する。たったそれだけで、魔力によって強化された縫い糸は鋭利かつ頑丈で私の意思に反応して自在に動かす事が出来る、紫色に煌めく変幻自在の武器となった。

 強度も攻撃範囲も不足しているが、牽制には充分だろう。後でもっと頑丈な糸状の物――ピアノ線やワイヤーをどこかで調達しなければ。

 

「……度し難いわね」

 

 誰にも聞こえないような、小さな声で呟く。これからの事を考えると、溜め息を吐きたい気分だ。

 取り敢えず彼らには、ペルソナ召喚中は魔法少女に変身出来ない事を伝えよう。

 

「暁美さん! 暁美さんってば!」

 

 気が付くと、里中千枝が結構な大きさの声で私に呼びかけていた。周りの事まで気が回らなかったか、幾ら何でも焦り過ぎだ。

 

「ああ、ごめんなさい。ちょっと問題が発生してね」

 

「も、問題?」

 

 私の言葉を聞いた里中千枝が、心配そうに訊いてきた。

 

「どうやら、ペルソナを出している間は魔法少女に変身出来ないみたいなのよ」

 

 私が彼女の問いに答えると、彼らは酷く驚いた声をあげる。

 

「大丈夫なのか?」

 

「ええ。でも、足を引っ張るつもりは無いから安心してちょうだい」

 

 鳴上悠の言葉に答えると同時に、右手の糸を彼らに見えるようにゆるゆると動かす。

 自分で作っておいてなんだが、糸が紫色に光っている所為かイソギンチャクの触手の様で微妙に気持ちが悪い。まあ、そのうち慣れるだろう。

 

「な、なんだそれ? もしかして、さっきの糸か……?」

 

 今度は花村陽介が問いかけてくる。私は頷きながら彼に向かって糸を伸ばすと、なるべく余裕がある笑みを浮かべて答えた。

 

「うぉっ!? なんだなんだ!? 」

 

「急拵えの粗末な武器だけれど、シャドウ相手にはこれで充分でしょう?」

 

「……凄いな、これは」

 

「もう何でもありっスね……」

 

「なんだか執事さんみたいだね、暁美さん」

 

「雪子……あの漫画まだ持ってたんだ……」

 

「ほむちゃん、かっこいいクマ……。クマ、惚れちゃいそう!」

 

 あんな戦闘をしてしまった手前、不安そうにしていては格好が付かない。戦闘が多少不安だが、マミのリボンを使った戦闘方法を真似れば良い。見よう見まねではあるが、ある程度戦えるだろう。

 

「さて、談笑はこれくらいにしてそろそろ先に進みましょう。まだ試したい事が山程あるのよ」

 

「……そうだな、先に進もう。戦闘は暁美さんにある程度任せるから、好きに動いてくれ」

 

「分かったわ」

 

「みんな準備は良いな……よし、それじゃあ行こう」

 

 鳴上悠は気合を入れ直すとメンバーに呼びかけ、全員で学校の奥へと歩みを進める。

 しかし、初戦闘でこんな問題が発生するとは、なんとも出鼻を挫かれた様な遣る瀬無い気分だ。それにここ最近の運の悪さには、不幸の神でも付いているのかと疑いたくなる。今度、神社でお祓いでもしてもらおう。

 そんなどうでもいい事を考えつつ、私は糸の具合を確かめながら彼らの後に付いて行った。

 

 

 学校内は並んだ教室と、積み上げられたノートパソコンによって迷路の様に入り組んだ複雑な構造になっていた。然程広くない通路を走り抜けながらこのノートパソコンの山を崩す事は出来ないのかと考えたが、どうもこれらは見てくれが同じというだけで本質は全く別物らしかった。

 道なりに進み続けて数分、突き当たりにあった何故か扉がひとつしかない教室に入ると、そこには最初に戦ったシャドウが複数体いた。

 

「げ、シャドウいる!」

 

 里中千枝が発した声でこちらに気が付いたシャドウたちが、ぐるりと振り向くと私たちに突進する。戦闘開始だ。

 

「ツルヒメ、ハマ」

 

 まずは先制。光属性の即死魔法であるハマを、近くのシャドウに放つ。シャドウを1体仕留めるついでに、ペルソナが魔法を使った場合ソウルジェムに穢れは発生するのか実験させてもらう事にしよう。

 地面に眩い光を放つ魔方陣が浮き上がり、そこから出現した護符がシャドウに張り付いて動きを封じる。光がシャドウを包んだその刹那、光が弾けてシャドウの存在そのものを消滅させた。

 

「距離を詰める!」

 

 鳴上悠はそう言うと駆け出して、近くのシャドウに刀を振り下ろすと同時にペルソナを召喚。小気味良い斬撃音と醜い悲鳴あがると同時に、彼のペルソナ (両刃の長剣と紅い鎧を身に付けた金髪の少年) が手に持った剣を大きく振りかぶる。

 

「 "シグルズ" !」

 

  その言葉を合図にペルソナが剣を振るうと、透き通る様な斬撃音と共にシャドウが両断される。おそろしいまでに美しいその断面は、振り下ろされた剣の切れ味がどれ程良いかを雄弁に語っていた。

 

「やるな相棒!」

 

 それを見た花村陽介は歓声をあげながら、シャドウを苦無と彼のペルソナであるジライヤで連続攻撃を行う。締めのアッパーでシャドウを打ち上げ、ジライヤが両手に持った手裏剣を投げつける。手裏剣を喰らったシャドウは、最期の断末魔すら出せずに黒い粒子となって消滅した。

 

「大したシャドウじゃなかったわね」

 

 そんな事を呟きつつソウルジェムの穢れを確認すると、戦闘前に見た時と同じ状態のままで穢れが全く発生していなかった。どうやら、精神力の消費は魔力の消費とイコールではないらしい。私が使える魔法よりも強力な上に魔力も消費しないペルソナの魔法が、テレビの中でしか使えないのが惜しまれる。

 

「おっし、次行こうぜ」

 

 辺りにシャドウがいない事を確認した花村陽介が呼びかける。各々適当な返事をすると、私たちはぞろぞろと部屋を出て行った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 道中にのさばるシャドウを倒しながら学校内を進んでいく事数分、彼らは遂に体育館と書かれた表札が付いた大きなドアの前についた。ここもほむらの記憶にある本物と同じだ。

 

「開けるぞ」

 

 鳴上悠が呟くと同時に、ドアノブが回される。甲高い音を立てて開いたドアの先にいたのは、顎から上の無い白い亡者の様なシャドウだった。魔法少女の敵である魔獣に酷使した姿をもつそのシャドウは、その場でじっと佇んでいて非常に気味が悪い。

 

「行くぞセンセイ!」

 

 クマが声をあげると同時に、彼らがシャドウへ突貫する。ほむらも少し遅れて、彼らの後ろからついていく。

 

「タケミカヅチィ!」

 

 まず先手を取ったは巽完二だ。完二は大きく飛び上がりながらペルソナを召喚すると同時に、シャドウの頭部付近にパイプ椅子を振り下ろした。

 

「喰らいやがれッ!」

 

 攻撃を受けて大きな衝撃音と共に後ろへ仰け反ったシャドウの胸ぐらを、タケミカヅチは片手で掴み上げるとそのまま地面に叩きつける。

 流れる様な、完璧なコンビネーションだ。

 

「ヒュー! 完二やるじゃん!」

 

 地面が砕ける音が響く中、花村陽介が飛び散った大き目の瓦礫を足場に大きく跳躍するとペルソナを召喚し、その大きな手に乗るとぐっと身を屈める。

 

「頼むぜジライヤ!」

 

 その言葉を受けたジライヤは頷くと、彼を凄まじい勢いで投げ飛ばす。

 

「おらァ!」

 

 投げ飛ばされた陽介は空中で回転すると、両足を揃えて銃弾の如き速さで蹴りを見舞う。蹴りを受けたシャドウが更に地面へめり込み、細かな瓦礫が舞い上がる。陽介はシャドウの身体を足場にして空中に飛び出すと再び回転、上下逆さまの状態で5本の苦無をシャドウに投げつける。

 

「鳴上! 追撃頼んだぜ!」

 

「任せろ! "モスマン" !」

 

 陽介の言葉に鳴上悠は頷くと、ペルソナを召喚してジオンガを放つ。

 

  "モスマン" はアメリカで目撃されたというUMAで、その名が示す通り蛾の姿をした人型の生き物であるであるとされている。無論、未だにその存在は話の中以外では確認されていない。

 

 モスマンから放たれた雷撃はシャドウに直撃すると、陽介が放った苦無に導かれてシャドウの身体を駆け巡る。

 

「あたしに任せて!」

 

 電撃によって麻痺状態になったシャドウに、里中千枝がペルソナを召喚しながら肉薄する。

 

「でぇいや!」

 

 掬い上げる様な蹴りを放ちシャドウを大きく打ち上げると、千枝はトモエと共にシャドウを追って飛び上がった。

 

「いっけぇ! トモエ!」

 

 千枝のかけ声と共に、トモエがその手に持った薙刀を振り下ろす。激しい衝撃音と共にシャドウが地面に激しくキスを迫る。地面に叩きつけられ瓦礫と共にバウンドするシャドウを、赤い煌めきが包み込んだ。

 

「燃えなさい! コノハナサクヤ!」

 

 天城雪子のペルソナであるコノハナサクヤから放たれたアギラオによって、シャドウが文字通り爆発的に燃え上がる。

 

「今よ、ツルヒメ」

 

 鉄をも溶かす灼熱の炎で身悶えるシャドウに、空を裂きながら紫光の驟雨が降り注ぐ。ほむらのペルソナであるツルヒメから放たれたミリオンシュートによる追撃だ。

 

「やったか?」

 

「花村、それはフラグだ」

 

 シャドウを囲むように並ぶ彼らは、油断無く火の海を観察する。不気味なまでに沈黙を保つシャドウは、炎の中でぴくりとも動かない。

 

「……まさか」

 

 不意に何か気が付いたらしいほむらは、憎々しげな表情で呟く。そしてそれに呼応するかの様に、沈んでいたシャドウがゆっくりと起き上がる。いつの間にか炎が消えて露わになったその身体には、あれだけの猛攻を受けたにもにも関わらず傷ひとつ付いていない。

 

「げ、マジかよ」

 

 げんなりと呟く陽介を余所に、ほむらはその姿を見て声をあげた。

 

「呆れた。こんなところにまで出張ってくるなんて」

 

「暁美さん、あのシャドウを知ってるのか!?」

 

 その言葉に驚いて、悠がほむらに問いかける。するとほむらは悠の問いに酷く苛立った声で答えた。

 

「ええ、知ってる。何度も戦ってきた相手だもの」

 

「何度も……? まさか!?」

 

「ええ。そのまさかよ」

 

 ほむらの答えで察した悠は、再び驚きの声をあげた。

 何事かと視線を送る見る彼らに、ほむらはそのシャドウの名を告げた。

 

「あれは……魔獣よ」

 




暁美ほむら:Lv32
ペルソナ:ツルヒメ
アルカナ:調整
属性相性:光耐性、闇弱点
スキル:ミリオンシュート、ハマ、ディア、小治癒促進、攻撃の心得
nextスキル:アローシャワー (35)



シグルズ:Lv33
アルカナ:調整
出自:ヴォルスンガ・サガに登場する英雄。英雄ジークフリートとヒョルディースの息子でシンフィヨトリの異母兄弟である。父の形見の名剣グラムを振るい、さまざまな軍功を挙げたとされる。
旅の途中、炎の館で眠っていたブリュンヒルデを救い出し結婚を誓うも、ギーキュ王の宮廷で王妃グリームヒルドに忘れ薬を飲まされ、王女グズルーンと結婚する。その後、義兄グンナルをブリュンヒルデと結婚させる手伝いをして結婚させるが、グズルーンとブリュンヒルデが口論になった際にその事をばらされてしまい、約束が破られたのならばシグルズか自分かグンナルが死ななければならないと聞かされ、ブリュンヒルデを失う事を恐れたグンナルたちに殺されてしまった。後にシグルズが忘れ薬を飲まされていた事を知ったブリュンヒルデは、シグルズの後を追い、共に火葬されて最期を迎えた。

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