もうひとつのファンステージ〜Episode of 川原木乃香〜   作:君脇玲

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頼れる存在

十二月。

 

クリスマス商戦真っ只中。

 

ファンステージ原町中央店は、開店前からいつもとは少し違っていた。

 

スタッフが慌ただしく店内を行き来し、景品を補充し、売場を確認している。

 

川原木乃香も、大沼の後ろについて準備を進めていた。

 

「木乃香ちゃん、そっちの景品お願い!」

 

「はい!」

 

返事だけは、初日よりずっと早くなった。

 

入ったばかりの頃は、何をするにも大沼の顔を見ていた。

 

今では、教えてもらった仕事なら少しずつ一人でできるようになっている。

 

それでも。

 

「おつかれさまぁ〜ず!」

 

事務所に茂田の元気な声が響く。

 

「今日は土曜日! しかもクリスマス前だから、かなり混むよ!」

 

「みんな、よろしくね!」

 

「はい!」

 

スタッフ全員が返事をする。

 

川原も声を合わせながら、少し緊張していた。

 

土曜日。

 

クリスマス前。

 

昨日までとは違う忙しさになるらしい。

 

大沼が川原を見る。

 

「大丈夫?」

 

「はい!」

 

川原は答えてから、少し考えた。

 

「……たぶん。」

 

大沼が笑う。

 

「分からなくなったら呼んでね。」

 

「はい!」

 

その言葉を聞いて、川原も笑った。

 

まだ一人で全部できるわけではない。

 

でも、今日は今日で頑張ればいい。

 

そう思いながらインカムを装着した。

 

⸻

 

開店から一時間。

 

川原は早くも、茂田が言っていた意味を理解していた。

 

忙しい。

 

とにかく忙しい。

 

店内には多くのお客さんが行き交い、あちらこちらからスタッフを呼ぶ声が聞こえてくる。

 

インカムも鳴りっぱなしだった。

 

『琉くん、景品補充お願い!』

 

『はい!』

 

『浜谷くん、メダル詰まり対応!』

 

『向かいます!』

 

『イベント応援お願い!』

 

『分かりました!』

 

川原は景品を抱えながら、そのやり取りを聞いていた。

 

(浜谷さん、ずっと呼ばれてる……。)

 

同い年。

 

数日前までは、そのことばかりが印象に残っていた。

 

けれど仕事中の浜谷を見ていると、やっぱり自分とは違う。

 

呼ばれればすぐに返事をして、次の場所へ向かっていく。

 

その姿を見ている暇もなく、今度は川原自身がお客さんから声を掛けられた。

 

「すみません。」

 

「はい! お待たせしました。」

 

返事をして向かう。

 

ここまでは、もうできる。

 

「この景品なんですけど、もう少し取りやすくならないですか?」

 

「こちらですね。」

 

川原はクレーンゲームの中を見る。

 

景品の位置。

 

アーム。

 

それから、お客さんがどのくらい遊んでいるのか。

 

前に大沼が接客しているところを見た。

 

自分でも何度か対応した。

 

けれど。

 

(……これは、どうすればいいんだろう。)

 

景品を動かしていいのか。

 

動かすなら、どこまでなのか。

 

自分の判断だけで対応するには、まだ不安がある。

 

少し離れた場所を見る。

 

大沼は別のお客さんを接客していた。

 

高崎も対応中。

 

誰か。

 

川原が周囲を見たところで、景品補充を終えた浜谷が歩いてくるのが見えた。

 

一瞬だけ迷う。

 

ちょっと前までなら、大沼を探していたかもしれない。

 

でも今は違う。

 

大沼だけが、教えてくれる先輩ではない。

 

「少々お待ちください。」

 

お客さんへ頭を下げると、川原は浜谷のところへ向かった。

 

「浜谷さん。」

 

浜谷が振り返る。

 

「どうしました?」

 

「お客様から景品について質問を受けたんですが……。」

 

川原は少し申し訳なさそうに続ける。

 

「私だけではうまく説明できなくて。」

 

「少し見ていただいてもいいですか?」

 

「いっすよ!」

 

その返事を聞いて、川原は少し安心した。

 

⸻

 

「こちらの景品なんですが……。」

 

お客さんは景品の位置を指差していた。

 

浜谷はすぐには触らず、一度プレイ状況を確認する。

 

川原はその隣に立って、浜谷の動きを見ていた。

 

「アーム届かない位置にいっちゃってますね!」

 

浜谷がお客さんへ説明する。

 

「今、アームの届く位置へ動かしますね!」

 

景品を少し前へ寄せる。

 

「これで狙いやすくなると思います。」

 

「ありがとうございます!」

 

お客さんが笑顔でゲームを再開する。

 

川原も、ほっと胸をなで下ろした。

 

同時に、今の接客を頭の中でもう一度振り返る。

 

いきなり景品を動かすのではなく、まず状況を見る。

 

それから説明する。

 

お客さんに何をするのか伝えてから、景品を動かす。

 

自分が一人で対応していたら、そこまで落ち着いてできただろうか。

 

「ありがとうございました。」

 

川原は浜谷へ頭を下げる。

 

そして、素直に思ったことを口にした。

 

「やっぱり説明の仕方が上手ですね。」

 

浜谷は少し照れたように笑った。

 

「僕も最初は全然できませんでした。」

 

「先輩たちに何度も助けてもらって覚えたんです。」

 

「だから遠慮なく聞いてください。」

 

「ありがとうございます。」

 

川原は深く頭を下げた。

 

同い年。

 

まだ二人きりになれば、少しぎこちない。

 

それでも。

 

(浜谷さんも、最初からできたわけじゃないんだ。)

 

それが少し意外だった。

 

今の川原から見れば、浜谷は聞けば答えてくれる先輩だった。

 

そんな浜谷にも、自分と同じように何も分からなかった時期があったらしい。

 

そう思うと、不思議と気持ちが軽くなった。

 

⸻

 

休憩時間。

 

川原は椅子に座った瞬間、大きく息を吐いた。

 

「疲れた……。」

 

思わず本音が漏れる。

 

初日とは違う疲れだった。

 

今日は立ち止まっている暇すらほとんどない。

 

そんな川原のところへ、大沼が缶コーヒーを片手にやってきた。

 

「木乃香ちゃん、どう?」

 

「少し慣れてきた?」

 

「はい!」

 

川原は答えたものの、すぐに苦笑する。

 

「でも、まだ覚えることが多くて……。」

 

「大丈夫!」

 

大沼はいつもの笑顔で答える。

 

「最初はみんなそうだから。」

 

その言葉にも、少しずつ実感が持てるようになってきた。

 

「琉くんも最初はインカムが鳴るたびに慌ててたもんね。」

 

川原が目を丸くする。

 

「えぇ!」

 

思わず浜谷を見る。

 

高崎が笑った。

 

「懐かしい!」

 

「インカム持つだけで緊張してたよね。」

 

「そうでしたね……。」

 

浜谷が苦笑いを浮かべる。

 

川原は少し驚いていた。

 

今朝からインカムで何度も呼ばれ、そのたびに返事をして走り回っていた浜谷。

 

その人が、インカムを持つだけで緊張していた。

 

「今じゃ想像つかないけど。」

 

相馬も優しく笑う。

 

「本当。」

 

「今はすっかり頼れるスタッフだもん。」

 

浜谷は照れくさそうに頭をかいた。

 

川原はその様子を見ながら、何も言わずに少し笑った。

 

頼れるスタッフ。

 

さっき、自分も浜谷を頼った。

 

でも浜谷だって、最初は誰かを頼っていた。

 

だったら。

 

今、自分が大沼や浜谷を頼ることは、恥ずかしいことではないのかもしれない。

 

教えてもらって。

 

覚えて。

 

いつか、自分でできるようになればいい。

 

川原はそう思いながら、休憩を終えた。

 

⸻

 

午後になると、店内はさらに混雑した。

 

クレーンゲームの効果音。

 

メダルゲームの音。

 

子どもたちの笑い声。

 

インカムから飛び交うスタッフの声。

 

川原も休む暇なく店内を動いていた。

 

「すみません!」

 

またお客さんから呼ばれる。

 

「はい! お待たせしました。」

 

川原はすぐに向かった。

 

「この景品なんですけど、こっちに動かせますか?」

 

「こちらですね。」

 

川原は景品を見る。

 

朝と似た質問。

 

一瞬、浜谷を探そうとした。

 

しかし。

 

(待って。)

 

川原はもう一度景品を見る。

 

さっき浜谷が何をしていたか。

 

まず状況を確認した。

 

お客さんへ説明した。

 

そして必要な範囲で対応した。

 

全部を一人でできるかは分からない。

 

でも。

 

(これなら……。)

 

川原はお客さんがどのように遊んでいたのかを確認する。

 

そして、自分が分かる範囲で丁寧に説明した。

 

まだ言葉は少しぎこちない。

 

途中で一度、これでいいのか不安にもなった。

 

それでも焦らず、今の自分にできることを一つずつやった。

 

「ありがとうございます。」

 

お客さんが笑顔になる。

 

「いえ。ごゆっくりお楽しみください。」

 

川原が頭を下げる。

 

できた。

 

誰も呼ばなかった。

 

大沼も。

 

浜谷も。

 

自分一人で、最後まで接客できた。

 

そう思ったところで、少し離れた場所に浜谷が立っていることに気づいた。

 

「あ。」

 

どうやら自分の様子を見に来てくれたらしい。

 

川原は少しだけ笑った。

 

「あ、大丈夫でした。」

 

「ありがとうございます。」

 

浜谷もうなずく。

 

「何かあればすぐ呼んでください!」

 

「すぐ駆けつけますから!」

 

「はい!」

 

川原は返事をする。

 

そのまま次の仕事へ向かいながら、少しだけ嬉しくなった。

 

朝は浜谷を呼んだ。

 

午後は呼ばなくてもできた。

 

たったそれだけ。

 

それでも今の川原には、大きな一歩だった。

 

⸻

 

閉店後。

 

「みんな、お疲れさまぁ〜ず!」

 

茂田の声に、スタッフから安堵の息が漏れる。

 

「今日も忙しかったね!」

 

「疲れました……。」

 

川原も小さく呟く。

 

大沼が隣で笑った。

 

「今日は頑張ったね。」

 

「ありがとうございます。」

 

そんな二人の少し離れたところで、茂田が浜谷へ声を掛けていた。

 

「琉くん。」

 

「今日は木乃香ちゃんのフォロー、ありがと。」

 

「いえ。」

 

「僕も先輩たちに教えてもらったので。」

 

茂田は満足そうにうなずく。

 

「そうやって教えてもらったことを、次の人に伝えていく。」

 

「それがお店ってものだから。」

 

川原は、その言葉を聞いていた。

 

教えてもらったことを、次の人へ伝えていく。

 

今の自分には、まだ教えてもらうことの方が圧倒的に多い。

 

大沼に。

 

浜谷に。

 

ほかの先輩たちに。

 

今日だけでも、何度も助けてもらった。

 

それでも午後には、一人でできた接客が一つ増えた。

 

昨日より今日。

 

今日より、きっと明日。

 

少しずつできることを増やしていけばいい。

 

帰る支度をしながら、川原は浜谷を見る。

 

同い年なのに、自分よりずっと先を歩いている先輩。

 

昨日までは、そのことが少し不思議だった。

 

今は違う。

 

川原にとって浜谷琉は――。

 

困ったときに聞けば、ちゃんと答えてくれる。

 

失敗しても、最初からできたわけじゃないと笑ってくれる。

 

そして、自分が一人でできるときには、少し離れたところから見ていてくれる。

 

そんな、頼れる存在だった。

 

「浜谷さん。」

 

「はい?」

 

「今日はありがとうございました。」

 

「いえ。お疲れさまでした。しかし、疲れましたね!」

 

まだ二人とも敬語。

 

まだ少しぎこちない。

 

それでも川原は、初日より自然に笑っていた。

 

「お疲れさまでした。」

 

ファンステージ原町中央店。

 

新人・川原木乃香。

 

できることは、まだ少ない。

 

頼ってばかりの日々も、まだ始まったばかり。

 

それでもいつか。

 

自分も誰かにとって、頼れる存在になれるのだろうか。

 

そんなことを少しだけ考えながら、川原はクリスマス前の勤務を終えた。

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