もうひとつのファンステージ〜Episode of 川原木乃香〜 作:君脇玲
二月。
ファンステージ原町中央店。
「木乃香ちゃん。」
「はい?」
開店前。
メダルコーナーを確認していた川原に、大沼が声を掛けた。
「今日はメダルゲームのエラー対応、少し覚えてみよっか。」
「メダルですか?」
「うん。簡単なやつからね。」
川原はメダルゲームを見る。
入社してから、何度もこのコーナーには入っている。
お客さんから呼ばれたこともある。
簡単な案内ならできるようになった。
しかし、機械の中となると話は別だった。
「お願いします!」
「じゃあ早速問題です。」
大沼が一台のメダルゲームを指差す。
「機械でエラーが出ました。最初に何を確認するでしょう?」
「えっ。」
いきなり問題を出された。
川原は少し考える。
機械で何かが起きたとき。
前に日村から教えてもらった。
何でもすぐに触ればいいわけではない。
まず、何が起きているのか。
「……画面ですか?」
「正解!」
大沼が笑う。
「まずエラー表示を確認するの。」
「はい!」
「エラーによって対応が違うからね。何が起きてるか分からないまま開けても仕方ないでしょ?」
「確かに……。」
大沼は画面を指差した。
「これはメダル切れ。」
「メダル切れ。」
川原は復唱する。
「こっちは比較的簡単だから、やってみよっか。」
「はい!」
大沼に教えてもらいながら、川原は機械を開ける。
普段、お客さんとして遊んでいるだけでは見ることのない内部。
「うわ……。」
思わず声が漏れた。
「どうしたの?」
「いや、こんな感じになってるんだなって。」
「最初はそうなるよね。」
大沼が笑う。
「じゃあ、ここ見て。」
「はい。」
「メダルが減ってるでしょ?」
「本当だ。」
「ここに補充して。」
川原は教えられた通りにメダルを補充する。
「できました。」
「じゃあ閉めて、エラー解除してみよっか。」
「はい。」
操作する。
画面からエラー表示が消えた。
そして機械が動き始める。
「おお……!」
川原が思わず笑う。
「直りました!」
「直ったね。」
大沼も笑った。
自分が何かをしたことで、止まっていた機械が再び動く。
少しだけ嬉しかった。
「じゃあ次。」
「もう次ですか?」
「まだまだあるよー。」
「頑張ります!」
川原のメダルゲーム研修が始まった。
⸻
「これは?」
「メダル詰まりです。」
「じゃあ、どこ確認する?」
「えっと……ここですか?」
「そうそう。」
大沼の横で、川原は一つずつエラー対応を覚えていく。
最初は大沼が全部説明していた。
しかし二回目からは違った。
「木乃香ちゃん、これは?」
「メダル切れです。」
「どうする?」
「ここを開けて……。」
川原が自分で操作する。
「それで?」
「メダルを補充して、閉めてからエラー解除。」
「正解!」
「やった。」
三回目。
「これは?」
「メダル詰まり。」
「どこ?」
「ここです。」
「じゃあやってみて。」
「はい!」
少しずつ、大沼が手を出さなくなっていく。
川原自身は、それに気づいていなかった。
気づけば説明される前に画面を確認していた。
気づけば必要な場所を開けていた。
そして気づけば。
「できました。」
「うん。」
大沼は隣で見ているだけになっていた。
「じゃあ、簡単なエラーなら一人でもいけそうだね。」
「一人で?」
川原が少し不安そうな顔をする。
「大丈夫。分からなかったら呼んで。」
その言葉を聞いて、川原はうなずいた。
「はい。」
最初から全部できる必要はない。
分からなければ呼べばいい。
それは入社してから、何度も教えてもらったことだった。
⸻
午後。
『メダルコーナー、スタッフお願いします。』
インカムが鳴った。
川原はすぐに返事をする。
「川原、向かいます。」
メダルコーナーへ向かうと、一人のお客さんが機械の前で待っていた。
「お待たせいたしました。」
「これ、メダルが出てこないんだけど。」
「確認いたします。」
川原は画面を見る。
エラー表示。
(これ……。)
午前中に見た。
川原は表示を確認してから、お客さんへ説明する。
「ただいま確認いたしますので、少々お待ちください。」
機械を開ける。
確認する。
原因を探す。
(あった。)
メダルが詰まっている。
午前中、大沼と一緒に対応したものと同じだった。
川原は慎重に詰まりを取り除く。
機械を閉める。
そしてエラーを解除した。
画面が通常の表示へ戻る。
機械も動き始めた。
「お待たせいたしました。」
「ありがとう。」
「いえ。ごゆっくりお楽しみください。」
川原は頭を下げた。
お客さんがゲームを再開する。
それを確認してから、川原は小さく息を吐いた。
できた。
最初から最後まで。
一人で。
振り返る。
少し離れたところに大沼がいた。
「大沼さん。」
「ん?」
「今、私一人でできました。」
「できたね!」
大沼が笑う。
川原も嬉しくなった。
「ちょっとだけ分かってきました。」
「ちょっとだけ?」
「まだちょっとだけです。」
「じゃあ、そのちょっとを増やしていこっか。」
「はい!」
川原は元気よく返事をした。
⸻
それからしばらくして。
再びインカムが鳴った。
『メダルコーナー、エラー出てます。』
「川原、行きます。」
今度は、ほとんど迷わなかった。
機械へ向かう。
画面を確認する。
「……ん?」
見たことのない表示だった。
川原はもう一度見る。
午前中に教えてもらったものではない。
メダル切れでもない。
メダル詰まりでもない。
(これは……。)
一瞬だけ機械を開けようとする。
しかし、手を止めた。
分からない。
だったら。
川原はインカムを入れる。
「大沼さん、メダルコーナーお願いできますか?」
『はーい!』
すぐに大沼がやってきた。
「どうした?」
「このエラーなんですけど、見たことなくて。」
大沼が画面を見る。
「ああ、これはまだ教えてなかったね。」
「やっぱり。」
「呼んで正解。」
大沼は機械を確認しながら説明する。
川原はその隣で、真剣に聞いていた。
「分からないまま触らなかったでしょ?」
「はい。」
「それでいいの。」
大沼は笑う。
「一人で全部できることだけが、仕事を覚えるってことじゃないからね。」
川原はその言葉を聞いて、少し考える。
午前中。
一つずつ教えてもらった。
午後。
初めて一人でエラーを解除できた。
そして今。
分からないエラーを見て、大沼を呼んだ。
できたこと。
できなかったこと。
どちらも今日覚えたことだった。
「これも覚えたら、次は一人でできますか?」
「もちろん。」
「じゃあ覚えます。」
「頼もしくなってきたねー。」
「まだ研修中ですけど。」
川原が自分の胸元を見る。
そこには、まだ研修中のバッヂがついている。
「そのうち取れるよ。」
大沼は何気なく言った。
「そのうち、ですか。」
川原もバッヂを見る。
入ったばかりの頃は、これがあることに安心していた。
新人だと分かってもらえる。
分からないことがあっても、まだ仕方がない。
そんな自分を守ってくれるような気がしていた。
今は少しだけ違う。
いつか、これがなくても働けるようになりたい。
そんなことを考えるようになっていた。
⸻
夕方。
川原はメダルコーナーを通りながら、今日触った機械を見る。
朝までなら、エラーが出れば誰かを呼んでいた。
今は簡単なものなら、自分で対応できる。
たった一日。
たった数種類。
それでも、できることが増えた。
そこへ山神が歩いてくる。
「おぅ。」
「お疲れさまです。」
「メダル、覚えたか。」
「はい!少しだけ。」
「おぅ。」
山神はそれだけ言って歩いていった。
川原は少し笑う。
もう山神の「おぅ」に戸惑うこともない。
大沼が後ろからやってくる。
「どうだった?メダルゲーム。」
川原は少し考えた。
覚えることは多い。
エラーの種類も多い。
まだ今日見ていないものも、きっとたくさんある。
「難しいですね。」
「難しい?」
「はい。」
川原はメダルゲームを見た。
そして笑った。
「でも、もっと覚えたいです。」
大沼も笑う。
「じゃあ、また教えるね。」
「お願いします!」
入社した頃。
川原にとって、店内にある機械は全部同じように見えていた。
今は違う。
少しずつ。
一歩一歩。
分かるものが増えている。
知らないことを、知っていく。
できなかったことが、できるようになる。
それが少し楽しいと思えるようになっていた。
ファンステージ原町中央店。
新人・川原木乃香。
研修中のバッヂは、まだ胸元にある。
それが外れる日は――。
もう少しだけ、先の話。