外道転生 - 極悪ノ華 -   作:猫太鼓

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ルーデウス・グレイラット ②

 

 弁当を届け終えた二人は、村外れの丘――大樹の生い茂る、あの場所へ戻ってきていた。

 

 夏の日差しは、容赦がない。じりじりと肌を焼くような陽光から逃れるように、二人は大樹の木陰へ潜り込む。

 

 しばらく、他愛もない話で盛り上がっていた、その合間。

 

 ルーデウスは、ふと、気になっていたことを、口にした。

 

「なあ、シルフ」

 

「ん?」

 

「なんで、時々『僕』とか『俺』とか、言い方変わるんだ?」

 

「……あー」

 

「別に、俺と話す時に敬語とかいらねぇぞ。友達なんだから」

 

 木陰に差し込む光が、緑の髪を淡く透かしていた。

 

 しかし、その返事をした瞬間――ちらりと差し込んだ木漏れ日の角度のせいだろうか。ほんの一瞬、その髪の色が、栗色に見えた。

 

「あー、別に敬語とかじゃなくてよ」

 

 栗色髪の「シルフ」が、あっけらかんと答える。

 

「多分、緊張してたんじゃねぇの」

 

「そんなことより」

 

 にやり、と口の端が上がる。

 

「魔法、見せてくれよ」

 

 ◇

 

 その一言に、ルーデウスの胸が、小さく高鳴った。

 

(……見せたい)

 

 正直なところ、自分の魔法の腕には、それなりの自信がある。

 

 友達に披露して、驚かせたい。羨ましがられたい。子どもらしい、素直な欲求だった。

 

 だが。

 

(パウロに、言われてるんだよな……)

 

 父パウロには、常々釘を刺されていた。

 

 ――魔法が使えて、強くなったからって、それを鼻にかけるんじゃねぇぞ。

 

 モヒカンたちを蹴散らした、あの時の魔法は、特別だ。友達を助けるため。それだけの、正当な理由があった。

 

 だから、普段からひけらかすようなことは、してはいけない。

 

 そう、自分に言い聞かせている。

 

 緑髪の「シルフ」が、頬を染めながら、小さく言った。

 

「あの時は……ありがとうね」

 

「お、おう」

 

 照れくさそうな、その様子に、ルーデウスも思わず頭を掻く。

 

(……可愛いなこいつ、男だけど)

 

 そんな失礼な感想を、少しの間、胸の内で転がす。

 

 夏の風が、木々の葉を、さわさわと揺らしていった。

 

 蝉の声が、遠くから、絶え間なく響いてくる。

 

 その、何でもない静けさが、なんとなく、心地よかった。

 

 ◇

 

「――だから、いいだろ」

 

 再び、栗色髪の「シルフ」が、身を乗り出してきた。

 

「今、俺達しか、いねぇんだ」

 

「バレやしねぇよ」

 

「もし、バレても」

 

 にやりと笑う。

 

「俺からも、おっさんに謝ってやるから」

 

(……おっさん?)

 

 一瞬、誰のことを言っているのか分からず、ルーデウスは首を傾げた。

 

(パウロの、こと、か?)

 

 だが、それよりも。

 

 友人の熱心な催促に、心が揺れていた。

 

(……せっかく、初めてできた友達なんだしな)

 

(ちょっとくらい、いいか)

 

 父の忠告と、友への見栄。

 

 その天秤は、あっさりと、後者へ傾いた。

 

「……しょうがねぇな」

 

 にやりと笑い、ルーデウスは立ち上がる。

 

「じゃあ、ちょっとだけだぞ」

 

 木陰から一歩、日向へ踏み出す。

 

 夏の強い日差しが、その小さな背中を照らした。

 

 ◇

 

 そういえば。

 

 さっき、少しだけ気になったことがあった。

 

 魔法を見せてくれと頼まれる、直前。

 

「シルフ」が、ほんの一瞬、視線を横にむけ、口の中だけで何かをぼそぼそと呟いていた。

 

「 ⋯⋯」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

 ルーデウスが聞くと、「シルフ」は、ハッとしたように顔を上げた。

 

「な、なんでもない!」

 

 慌てたように、首を振る。

 

(……変な奴だな)

 

 とはいえ、深く気にするようなことでもない。

 

(友達、初めてだったって言ってたし)

 

(もしかして、一人でいる時の癖なのかもな)

 

 一人二役で会話をする、いわゆる「イマジナリーフレンド」というやつだ。

 

(……まあ、いいか。誰にでも、癖の一つや二つはあるもんな)

 

 そんな、実に的外れな結論に落ち着くと、ルーデウスは気持ちを切り替えた。

 

 両手を、前へ突き出す。

 

(さて――どの魔法を、見せてやろうかな)

 

 友の期待に応えるべく、ルーデウスは、小さく息を吸い込んだ。

 

 

 

 さて、と。

 

 ルーデウスは、周囲を見回した。

 

(的、探すか)

 

 適当な標的を、選ばなくてはならない。

 

(……大樹に打ち込むのは、流石にまずいよな)

 

 この村の丘に、悠然と根を張るあの大樹。何百年、いや何千年生きているのか分からない、あの存在感のある老木へ魔法をぶつけるのは、さすがに気が引けた。

 

 見渡すと、少し離れた場所に、程よい大きさの岩があった。

 

(あれで、いいか)

 

「よし」

 

 ルーデウスは、両手をその岩へ向けて構える。

 

「さっき、見せた奴だ」

 

 そう言うと、無詠唱で魔力を練り上げ、放った。

 

 ぼしゅっ。

 

 軽い音とともに、泥玉が飛び、岩の表面で、ぱしゃりと弾ける。

 

「おー!」

 

 シルフが、感心したような声を上げた。

 

「……ま、まあな」

 

 ルーデウスは、少しだけ照れくさそうに、鼻の下をこする。

 

 友人からの、素直な賞賛。それは、思っていた以上に、心地よいものだった。

 

 一瞬、達成感のようなものが、胸の中を満たす。

 

 前世では、誰かに何かを褒められる、ということ自体、あまり経験がなかった。

 

 そのせいだろうか。こそばゆいような、誇らしいような、不思議な感覚が、いつまでも胸の奥に残っていた。

 

(……もっと、見せたくなってきたな)

 

 調子に乗るように、ルーデウスは連続して泥玉を練り上げ、放ち始めた。

 

 ぼしゅっ。ぼしゅっ。ぼしゅっ。

 

 一つ、また一つと、岩肌へ次々に命中していく。

 

 ◇

 

 しばらく、その連射を眺めていたシルフが、ふと尋ねた。

 

「それ、何発、撃てるんだ?」

 

「……あー」

 

 放つ手を止めず、ルーデウスは、少し考えるように目を細めた。

 

「百から先は、数えるの、やめた」

 

「かっけーッ」

 

 素直な、賞賛の声。

 

 その、飾り気のない反応に、ルーデウスの頬が、また少し緩む。

 

(……いいな、友達に褒められるの)

 

 だが。

 

 いつまでも褒められっぱなしというのも、なんだか落ち着かない。

 

 ルーデウスは、照れ隠しのように、話題を切り返すことにした。

 

「シルフも、すごいよ」

 

「え? 僕?」

 

「さっきから、声が重なって聞こえるんだ」

 

 真面目な顔で、そう言う。

 

「まるで、いっこく堂みたいだ」

 

 ◇

 

 シルフは、きょとんとした顔で、首を傾げた。

 

「いっこく、どう?」

 

「……あ、知らないか」

 

(……パペマペの方が、よかったかな)

 

 ルーデウスは、これがジェネレーションギャップかと、頭を掻く。

 

「なんでもない。気にすんな」

 

 誤魔化すように、そう言って、ルーデウスは肩をすくめた。

 

 夏の陽射しの下、岩肌には、無数の泥の跡が、まるで勲章のように残されていた。

 

 その光景を、しばらく二人で、なんとなく眺める。

 

 会話の途切れた、ほんの数秒。

 

 風の音と、蝉の声だけが、その静けさを埋めていった。

 

「他には、どんなのがあるんだ?」

 

 シルフが、興味津々といった様子で、身を乗り出してくる。

 

「んー、そうだな」

 

 ルーデウスは、少し考えてから、両手のひらを上に向けた。

 

 じわり、と。

 

 手のひらの上に、小さな水滴が集まり始める。

 

 やがて、それは湯気を立てながら、ふつふつと沸騰し始めた。

 

「お湯、出したり」

 

 見せびらかすように、小さく傾ける。ぽたぽたと、湯気の立つ滴が、地面へ落ちていった。

 

 続けて。

 

 今度は、地面へ手をかざす。

 

 じわり、じわりと。土の色が変わっていく。乾いた地面が、みるみる水分を含み、ぬかるみへと変わった。

 

「これで、地面の水分も、操れる」

 

 逆に。

 

 今度は、別の場所へ手をかざす。

 

 ぴしり、ぴしりと、乾いた音が響いた。

 

 先ほどまで湿っていた地面が、今度は水分を奪われ、ひび割れていく。

 

「……逆も、できる」

 

 ◇

 

 その様子を、じっと見つめていたシルフが、ふむ、と小さく頷いた。

 

「オムツだな」

 

 その言葉に、ルーデウスは、思わず目を丸くし、聞きかえす。

 

「……オムツ?」

 

「なんでもないよ!」

 

 ルーデウスは、あわあわと、顔を赤く染めるシルフを見て思う。

 

(男でも、かまわないんじゃ、ないか?)

 

 声が、聞こえた気がした。

 

「だがそれがいい」と。

 

 その、妙な間を、そのまま流す。

 

 追及するには、なんとなく気まずい空気だった。

 

 だが、シルフは、すぐに気を取り直したように、ふと目を細めた。

 

「でだ」

 

 声のトーンが、僅かに変わる。

 

「今までのは、単体攻撃魔法だけどよ」

 

 にい、と。

 

 口の端が、ゆっくりと持ち上がった。

 

「範囲魔法は、あるのか?」

 

 ◇

 

「……あるけど」

 

 ルーデウスは、少し言葉を濁した。

 

「おいそれと、使うわけにはいかねぇよ」

 

 村の中だ。周りには、家がある。人がいる。

 

 いくら威力が調整できるとはいえ、無闇に振るっていいものではない。

 

 そのくらいの分別は、さすがにルーデウスにも、あった。

 

「いいじゃねーか」

 

 だが、シルフは、あっさりとそう言って、笑った。

 

 ――その瞬間だった。

 

 ぞわり、と。

 

 背筋を、何かが這い上がる感覚。

 

(……え)

 

 理由は、分からない。

 

 目の前にいるのは、俺が助けた友人(シルフ)。

 

 栗色の髪。人懐こい笑み。何も、変わったところなど、ないはずだった。

 

 なのに。

 

 周りの音が、一瞬、消えた気がした。

 蜩の声も、風の音も、遠くに退いていく。

 まるで、この場に、シルフと自分の二人しか存在していないような。

 

 その笑みを見た瞬間――ルーデウスの本能が、これまでにないほどの警鐘を鳴らしていた。

 

(……何だ、これ)

 

 どっ、と。

 心臓が、早鐘を打つ。

 背中を、冷たい汗が伝う感覚。

 

(そんなはずない)

 

(こいつは、シルフだ。友達だ)

 

 理性が、必死に否定しようとする。

 

 だが。

 

 腹の底から突き上げてくる、原初的な恐怖は、理屈では、どうにもならなかった。

 足が、動かない。

 声も、出ない。

 ただ、目の前の笑みに、視線が縫い付けられている。

 

 まるで、格の違う何かに、値踏みされているような。

 

 まるで――喰われる寸前の、小動物になったような。

 

(……こいつ)

 

(誰だ?)

 

 そう、ルーデウスが思った、瞬間だった。

 

「――ダメだよ」

 

 割り込むように、声が響いた。





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