「――ダメだよ」
割り込むように、声が響いた。
「アンナは、遊びだって言ったけど、こんなの面白くない。それに――」
「ルディが、笑ってない」
(……え?)
目の前に、割り込んでくる、緑色の髪。
栗色髪の「シルフ」から、庇うように。その前へ、すっと立ち塞がる。
(……あれ?)
ルーデウスは、思わず、目を瞬かせた。
(何だ、これ)
(何で――シルフが、二人いるんだ?)
見比べる。
栗色の髪をした、一人。
そして、今、目の前に割り込んできた、緑色の髪をした、もう一人。
顔立ちは、どちらも、あの「シルフ」に、よく似ている。
(いや、待て)
(待て待て待て)
混乱が、頭の中を渦巻く。
だが、二人は、ルーデウスの困惑になど、気付いていないようだった。
◇
「……別に、脅かしてねーだろ」
栗色髪の「シルフ」が、心底、不思議そうな顔をする。
「ただ、範囲魔法が、どんなもんか」
「聞いただけだろ?」
首を傾げる、その仕草は、あまりにも自然だった。
自分が、誰かを怯えさせている――そんな自覚は、欠片もないらしい。
対する、緑髪の「シルフ」――いや、恐らく、こちらが、本物のシルフだ。
彼女は、少し困ったように、視線を揺らした。
「それは、そうだけど……」
歯切れの悪い、返事。
「……これじゃ、ルディを」
俯きながら、声を絞り出す。
「アンナと一緒に、ルディを騙してるみたいだよ」
「あ?」
栗色髪が、心底、意外そうな顔をした。
「そもそも、コイツが」
顎で、ルーデウスの方を指す。
「勝手に、シルフィを連れ去ったんだろうが」
「これぐらい」
にやりと、笑う。
「バチは、当たんねーよ」
◇
「……それでも」
シルフィは、引かなかった。
「ルディは、友達なんだ」
「二人で、からかっているようで、嫌だよ」
「僕が、わるかったんだ……」
俯きがちに、続ける。
「ほんとは、その場で言えばよかったのに」
「モヒカンは、悪い人達じゃないって」
「ただ、お弁当を持ってくれようとしただけだって」
「アンナにも、心配かけるの……わかってたのに」
「でも」
顔を上げ、シルフィは続けた。
「友達、できるかもって、嬉しくて」
「つい、言い出せなくて……」
「それでも、遊ぶなら」
「みんなが、笑えるのがいい」
「誰かを、みんなで笑うのは……嫌だ」
その、まっすぐな瞳に。
アンナは――まるで、長年探し続けていた宝物でも見つけたかのように。
優しく、笑った。
そして、小さく息を吐く。
「……しょうがねーな」
肩をすくめた。
「つーか」
続けて、なんでもないことのように、言葉を継ぐ。
「モヒカンの報告、聞いた時点で」
「大体、誰かは当たり、ついてたけどな」
「確認で、来ただけだ」
「……一応な」
照れ隠しのように、そう付け加えると。
アンナは、ぷいと、そっぽを向いた。
◇
ルーデウスは二人の会話を聞き、ようやく理解した。
(……そういう、ことだったのか)
自分の、早とちり。
思い込みだけで、突っ走った、あの行動。
あの、シルフィと呼ばれる子が、シルフなのだろう。そして、シルフがいっていた双子の姉が、いま目の前にいる、アンナだ。
なぜ、二人を同一の人物、シルフとして見ていたのかはわからない。取り敢えず、それは棚上げにする。
それよりも、いま重要なのは。
――目元がキリッとした、美人でさ。すごく優しくて、僕、大好きなんだ。
(この子が……)
(この、見ただけで、殺すことができる魔眼みたいな目の子が)
(アンナさん、なんですか……)
背筋に、冷たいものが走る。
(さっきから、首の後ろと、心臓のあたりが)
(キリキリしてるんですけど)
(これ、大丈夫ですよね……?)
(俺、まだ殺されて、ないですよね……?)
震える手で、そっと自分の首筋を確かめた。
◇
「あの、ね」
シルフィが、少し緊張した面持ちで、ルーデウスへ向き直る。
「いま、聞いていて」
「だいたいの事情は、わかっちゃったかもしれないけど」
「……うん」
ルーデウスは、頷いた。
「僕の、名前」
「本当は、シルフィエット、っていうんだ」
「ちゃんと、訂正しなくて、ごめんなさい」
ぺこりと、頭を下げる。
「そして、こっちが」
「双子の姉の、アンナなんだ」
アンナが、じろりと、ルーデウスを見た。
その一瞥だけで、喉の奥が、きゅっと縮む。
(……ひっ)
ルーデウスは、思わず、息を飲んだ。
◇
「……それで」
シルフィは、俯きがちに、言葉を続けた。
「結果として、僕、アンナと一緒に」
「ルディのこと、からかってたみたいになっちゃって」
「ごめんなさい」
「それでも……友達で、いたい」
その、精一杯の謝罪と、消え入りそうな願いに。
――だが。
「シルフ」
ルーデウスは、その言葉に被せるように、口を開いた。
「いや、シルフィは」
「俺の、友達だ」
「何があろうとも」
言いながら、シルフィの手を、ぎゅっと握る。
そして、アンナへ向き直り、にっと笑った。
「俺達、親友なんですよ」
◇
――もちろん、これは、ただの友情表明ではない。
シルフィと固い絆で結ばれていることを、この場で、アンナへ強く示す。
それによって、自分の身を守る。
れっきとした、生存戦略だった。
◇
「――親友」
その一言に。
シルフィの頬が、ぽっと赤く染まった。
「う、うん」
「うん……!」
何度も、こくこくと頷く。
その、あまりにも嬉しそうな様子を見て。
アンナは、はぁ、と一つ、ため息をついた。
「……シルフィが喜んでるみたいだから」
「今回は、許してやるよ」
そして、じろり、と。
もう一度、ルーデウスを見据える。
「けどな」
「ラッキースケベとか」
「期待すんなよ」
◇
「……え」
その一言に、ルーデウスの頭が、一瞬、止まった。
(ラッキースケベ……?)
(それって、つまり)
「もしかして――女?」
思わず、声が漏れる。
「うん」
シルフィが、あっさりと頷いた。
「……」
その事実が、じわじわと、頭の中に染み渡っていく。
(女の子)
(女の子だった……!)
(初めての、友達が――)
込み上げてくる、隠しきれない喜び。
口元が、ひとりでに緩みかけた、その瞬間。
「――そんときゃ」
低く、地を這うような声。
「潰すぞ」
◇
ぴしり、と。
ルーデウスの表情が、凍りついた。
にっこりと、笑っているのに。
その目の奥は、欠片も笑っていない。
「……」
「……」
指一本、動かせない。
先ほどまでの浮かれた気分は、瞬時にどこかへ消え失せていた。
夏の日差しの下、ルーデウスはただ、石像のように、固まり続けていた。
◇
ルーデウスは、アンナに深々と、頭を下げた。
「……すみませんでした。俺の、勘違いで迷惑をかけて」
「それに、あのモヒカンの方々にも……謝りたいです」
アンナは、呆れたように、額に手を当てる。
「……いや」
「モヒカンだぞ?べつに、いいだろ」
「謝んなくて」
「……え」
予想外の返答に、ルーデウスは、思わず聞き返す。
アンナは、腕を組み、至って真剣な顔で、こう続けた。
「モヒカンになっていいモヒカンは」
「モヒカンにされてもいい、モヒカンだけだ」
「――早口ことば!?」
ルーデウスは、驚愕した。
アンナは、その反応を見て、分かりづらかったかと、少し考える素振りを見せた。
◇
「まあ、要するに」
仕切り直すように、口を開く。
「あんな悪党面が」
「こんなに可愛いシルフィと、一緒にいたんだ」
「何かある前に」
「モヒカン殴るだろ」
「安心しろ、ルーデウス」
「おまえは、何も間違ってない」
その、堂々とした断言に。
ルーデウスには、なぜかアンナに向かって飛んでくる、ブーメランの幻影が見えた。
◇
アンナは、腕を組んだまま、きっぱりと頷いた。
「誰だって、そうする」 「俺も、そうする」
その一言に、迷いはひとつもなかった。
ルーデウスが増えていくブーメランを見ていると、隣で、シルフィが小さく笑う。
「アンナって、たまに、変なこと言うんだよ」
苦笑い混じりの、いつものフォロー。 だが、ルーデウスは、内心で静かに思う。 (いうほど、たまにか……?)
さっきから、ずっとこの調子だ。むしろ、変じゃない発言のほうが少ない気がする。
初めての友達と、その、どこか調子っぱずれな姉。 二人が笑いあう姿を見ていたら、なぜだか、口が先に動いていた。
「俺のとっておき、見せてやるよ」
◇
ルーデウスのとっておきは、二人には衝撃だった。
きょとん、とした顔のまま、時間が止まったように、動かない。
「……」 「……」
しばしの沈黙。
やがて、シルフィが、弾かれたように声をあげた。
「ルディ、すごい!」
続いて、アンナも、感嘆混じりに声を震わせる。
「……まさか、時間に干渉してんのか?」
普段の、どこか投げやりな喋り方とは違う、素直な驚き。 その反応に、ルーデウスは、思わず気分が良くなった。
「練習すれば、二人にもできるよ」 「俺が、教えてやる」
そう言った途端、二人の目が、同時に輝いた。
◇
それから。 大樹の木陰に、三人並んで座り込み、ルーデウスの指導のもと、練習が始まった。
何をやっているのかは、当人たちにしか分からない。 けれど、真剣そのものの顔で、三人は繰り返す。
「……あ」 アンナが、何かを掴んだような顔で、声を漏らした。 「いま、俺、できたよな!?」
「僕も……できた気がする!」
満面の笑みで、こちらを見上げるシルフィ。 ルーデウスは、その光景を、満足げに眺めた。
「じゃあ、三人で合わせるぞ」
◇
そして。
日が暮れるまで。
三人は、大樹の木陰で、
「「「あれ……声が……」」」 「「「 遅れて」」」 「「「 聞こえてくるよ」」」
夏の夕暮れ、蜩の声に混じって。 三つの、そろった声が、いつまでも丘の上に響いていた。
楽しかった。 友達と集まり。 同じ話題で、笑って遊ぶ。 ただ、それだけの、何気ない一日だった。