「――ダメだよ」
割り込むように、声が響いた。
「アンナは、遊びだって言ったけど、こんなの面白くない。それに――ルディが、笑ってない」
(……え?)
目の前に、割り込んでくる緑色の髪。栗色髪の「シルフ」から庇うように、その前へすっと立ち塞がる。
(……あれ?)
ルーデウスは、思わず目を瞬かせた。
(何だ、これ。何で――シルフが、二人いるんだ?)
見比べる。栗色の髪をした一人。そして、今、目の前に割り込んできた緑色の髪をしたもう一人。顔立ちは、どちらもあの「シルフ」によく似ている。
(いや、待て。待て待て待て)
混乱が頭の中を渦巻く。だが、二人はルーデウスの困惑になど気付いていないようだった。
「……別に、脅かしてねーだろ」
栗色髪の「シルフ」が、心底不思議そうな顔をする。
「ただ、範囲魔法がどんなもんか聞いただけだろ?」
首を傾げるその仕草は、あまりにも自然だった。自分が誰かを怯えさせている――そんな自覚は、欠片もないらしい。
対する緑髪の「シルフ」――いや、恐らくこちらが本物のシルフだ。彼女は少し困ったように視線を揺らした。
「それは、そうだけど……」
歯切れの悪い返事。
「……これじゃ、ルディをアンナと一緒に騙してるみたいだよ」
「あ?」
栗色髪が、心底意外そうな顔をした。
「そもそも、コイツが勝手にシルフィを連れ去ったんだろうが」
顎でルーデウスの方を指す。
「これぐらい、バチは当たんねーよ」
にやりと笑う。
「……それでも」
シルフィは引かなかった。
「ルディは、友達なんだ。二人でからかっているようで、嫌だよ。僕がわるかったんだ……」
俯きがちに続ける。
「ほんとは、その場で言えばよかったのに。モヒカンは悪い人達じゃないって、ただ、お弁当を持ってくれようとしただけだって。アンナにも、心配かけるのわかってたのに。でも」
顔を上げ、シルフィは続けた。
「友達できるかもって、嬉しくて、つい言い出せなくて……。それでも、遊ぶならみんなが笑えるのがいい。誰かをみんなで笑うのは……嫌だ」
そのまっすぐな瞳に、アンナは――まるで、長年探し続けていた宝物でも見つけたかのように、優しく笑った。そして、小さく息を吐く。
「……しょうがねーな」
肩をすくめた。
「つーか、モヒカンの報告聞いた時点で、大体、誰かは当たりついてたけどな。確認で来ただけだ。……一応な」
照れ隠しのようにそう付け加えると、アンナはぷいとそっぽを向いた。
◇
ルーデウスは二人の会話を聞き、ようやく理解した。
(……そういう、ことだったのか)
自分の早とちり。思い込みだけで突っ走った、あの行動。
あのシルフィと呼ばれる子が、シルフなのだろう。そして、シルフがいっていた双子の姉が、いま目の前にいるアンナだ。なぜ二人を同一の人物、シルフとして見ていたのかはわからない。取り敢えず、それは棚上げにする。
それよりも、いま重要なのは。
――目元がキリッとした、美人でさ。すごく優しくて、僕、大好きなんだ。
(この子が……この、見ただけで殺すことができる魔眼みたいな目の子が、アンナさん、なんですか……)
背筋に、冷たいものが走る。
(さっきから、首の後ろと心臓のあたりがキリキリしてるんですけど。これ、大丈夫ですよね……? 俺、まだ殺されてないですよね……?)
震える手で、そっと自分の首筋を確かめた。
◇
「あのね」
シルフィが、少し緊張した面持ちでルーデウスへ向き直る。
「いま聞いていて、だいたいの事情はわかっちゃったかもしれないけど」
「……うん」
ルーデウスは頷いた。
「僕の名前、本当は、シルフィエットっていうんだ。ちゃんと訂正しなくて、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる。
「そして、こっちが双子の姉の、アンナなんだ」
アンナが、じろりとルーデウスを見た。その一瞥だけで、喉の奥がきゅっと縮む。
(……ひっ)
ルーデウスは、思わず息を飲んだ。
「……それで」
シルフィは、俯きがちに言葉を続けた。
「結果として、僕、アンナと一緒にルディのことからかってたみたいになっちゃって、ごめんなさい。それでも……友達でいたい」
その精一杯の謝罪と、消え入りそうな願いに。
――だが。
「シルフ。いや、シルフィは、俺の友達だ。何があろうとも」
ルーデウスはその言葉に被せるように口を開いた。言いながら、シルフィの手をぎゅっと握る。そして、アンナへ向き直り、にっと笑った。
「俺達、親友なんですよ」
――もちろん、これはただの友情表明ではない。シルフィと固い絆で結ばれていることを、この場でアンナへ強く示す。それによって、自分の身を守る。れっきとした、生存戦略だった。
「――親友」
その一言に、シルフィの頬がぽっと赤く染まった。
「う、うん。うん……!」
何度も、こくこくと頷く。そのあまりにも嬉しそうな様子を見て、アンナははぁ、と一つため息をついた。
「……シルフィが喜んでるみたいだから、今回は許してやるよ」
そして、じろり、ともう一度ルーデウスを見据える。
「けどな、ラッキースケベとか期待すんなよ」
◇
「……え」
その一言に、ルーデウスの頭が一瞬止まった。
(ラッキースケベ……? それって、つまり)
「もしかして――女?」
思わず、声が漏れる。
「うん」
シルフィがあっさりと頷いた。
「……」
その事実が、じわじわと頭の中に染み渡っていく。
(女の子。女の子だった……! 初めての、友達が――)
込み上げてくる、隠しきれない喜び。口元がひとりでに緩みかけた、その瞬間。
「――そんときゃ」
低く、地を這うような声。
「潰すぞ」
ぴしり、とルーデウスの表情が凍りついた。にっこりと笑っているのに、その目の奥は欠片も笑っていない。
「……」
「……」
指一本、動かせない。先ほどまでの浮かれた気分は、瞬時にどこかへ消え失せていた。夏の日差しの下、ルーデウスはただ、石像のように固まり続けていた。
◇
ルーデウスは、アンナに深々と頭を下げた。
「……すみませんでした。俺の勘違いで迷惑をかけて。それに、あのモヒカンの方々にも……謝りたいです」
アンナは、呆れたように額に手を当てる。
「……いや。モヒカンだぞ? べつに、謝んなくていいだろ」
「……え」
予想外の返答に、ルーデウスは思わず聞き返す。アンナは腕を組み、至って真剣な顔でこう続けた。
「モヒカンになっていいモヒカンは、モヒカンにされてもいいモヒカンだけだ」
「――早口ことば!?」
ルーデウスは驚愕した。アンナはその反応を見て、分かりづらかったかと少し考える素振りを見せた。
「まあ、要するに」
仕切り直すように口を開く。
「あんな悪党面が、こんなに可愛いシルフィと一緒にいたんだ。何かある前に、モヒカン殴るだろ。安心しろ、ルーデウス。おまえは、何も間違ってない」
その堂々とした断言に、ルーデウスにはなぜかアンナに向かって飛んでくるブーメランの幻影が見えた。
「誰だって、そうする。俺も、そうする」
アンナは腕を組んだまま、きっぱりと頷いた。その一言に、迷いはひとつもなかった。
ルーデウスが増えていくブーメランを見ていると、隣でシルフィが小さく笑う。
「アンナって、たまに、変なこと言うんだよ」
苦笑い混じりの、いつものフォロー。だが、ルーデウスは内心で静かに思う。
(いうほど、たまにか……?)
さっきから、ずっとこの調子だ。むしろ、変じゃない発言のほうが少ない気がする。
初めての友達と、そのどこか調子っぱずれな姉。二人が笑いあう姿を見ていたら、なぜだか口が先に動いていた。
「俺のとっておき、見せてやるよ」
◇
ルーデウスのとっておきは、二人には衝撃だった。きょとんとした顔のまま、時間が止まったように動かない。
「……」
「……」
しばしの沈黙。やがて、シルフィが弾かれたように声をあげた。
「ルディ、すごい!」
続いて、アンナも感嘆混じりに声を震わせる。
「……まさか、時間に干渉してんのか?」
普段のどこか投げやりな喋り方とは違う、素直な驚き。その反応に、ルーデウスは思わず気分が良くなった。
「練習すれば、二人にもできるよ。俺が教えてやる」
そう言った途端、二人の目が同時に輝いた。
それから、大樹の木陰に三人並んで座り込み、ルーデウスの指導のもと、練習が始まった。何をやっているのかは、当人たちにしか分からない。けれど、真剣そのものの顔で、三人は繰り返す。
「……あ」
アンナが、何かを掴んだような顔で声を漏らした。
「いま、俺、できたよな!?」
「僕も……できた気がする!」
満面の笑みで、こちらを見上げるシルフィ。ルーデウスはその光景を満足げに眺めた。
「じゃあ、三人で合わせるぞ」
◇
そして、日が暮れるまで。三人は、大樹の木陰で、
「「「あれ……声が……」」」
「「「 遅れて」」」
「「「 聞こえてくるよ」」」
夏の夕暮れ、蜩の声に混じって。三つのそろった声が、いつまでも丘の上に響いていた。
楽しかった。友達と集まり、同じ話題で笑って遊ぶ。ただ、それだけの何気ない一日だった。