外道転生 - 極悪ノ華 -   作:猫太鼓

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ルーデウス・グレイラット ③

 

「――ダメだよ」

 

 割り込むように、声が響いた。

 

「アンナは、遊びだって言ったけど、こんなの面白くない。それに――ルディが、笑ってない」

 

(……え?)

 

 目の前に、割り込んでくる緑色の髪。栗色髪の「シルフ」から庇うように、その前へすっと立ち塞がる。

 

(……あれ?)

 

 ルーデウスは、思わず目を瞬かせた。

 

(何だ、これ。何で――シルフが、二人いるんだ?)

 

 見比べる。栗色の髪をした一人。そして、今、目の前に割り込んできた緑色の髪をしたもう一人。顔立ちは、どちらもあの「シルフ」によく似ている。

 

(いや、待て。待て待て待て)

 

 混乱が頭の中を渦巻く。だが、二人はルーデウスの困惑になど気付いていないようだった。

 

「……別に、脅かしてねーだろ」

 

 栗色髪の「シルフ」が、心底不思議そうな顔をする。

 

「ただ、範囲魔法がどんなもんか聞いただけだろ?」

 

 首を傾げるその仕草は、あまりにも自然だった。自分が誰かを怯えさせている――そんな自覚は、欠片もないらしい。

 

 対する緑髪の「シルフ」――いや、恐らくこちらが本物のシルフだ。彼女は少し困ったように視線を揺らした。

 

「それは、そうだけど……」

 

 歯切れの悪い返事。

 

「……これじゃ、ルディをアンナと一緒に騙してるみたいだよ」

 

「あ?」

 

 栗色髪が、心底意外そうな顔をした。

 

「そもそも、コイツが勝手にシルフィを連れ去ったんだろうが」

 

 顎でルーデウスの方を指す。

 

「これぐらい、バチは当たんねーよ」

 

 にやりと笑う。

 

「……それでも」

 

 シルフィは引かなかった。

 

「ルディは、友達なんだ。二人でからかっているようで、嫌だよ。僕がわるかったんだ……」

 

 俯きがちに続ける。

 

「ほんとは、その場で言えばよかったのに。モヒカンは悪い人達じゃないって、ただ、お弁当を持ってくれようとしただけだって。アンナにも、心配かけるのわかってたのに。でも」

 

 顔を上げ、シルフィは続けた。

 

「友達できるかもって、嬉しくて、つい言い出せなくて……。それでも、遊ぶならみんなが笑えるのがいい。誰かをみんなで笑うのは……嫌だ」

 

 そのまっすぐな瞳に、アンナは――まるで、長年探し続けていた宝物でも見つけたかのように、優しく笑った。そして、小さく息を吐く。

 

「……しょうがねーな」

 

 肩をすくめた。

 

「つーか、モヒカンの報告聞いた時点で、大体、誰かは当たりついてたけどな。確認で来ただけだ。……一応な」

 

 照れ隠しのようにそう付け加えると、アンナはぷいとそっぽを向いた。

 

 ◇

 

 ルーデウスは二人の会話を聞き、ようやく理解した。

 

(……そういう、ことだったのか)

 

 自分の早とちり。思い込みだけで突っ走った、あの行動。

 

 あのシルフィと呼ばれる子が、シルフなのだろう。そして、シルフがいっていた双子の姉が、いま目の前にいるアンナだ。なぜ二人を同一の人物、シルフとして見ていたのかはわからない。取り敢えず、それは棚上げにする。

 

 それよりも、いま重要なのは。

 

 ――目元がキリッとした、美人でさ。すごく優しくて、僕、大好きなんだ。

 

(この子が……この、見ただけで殺すことができる魔眼みたいな目の子が、アンナさん、なんですか……)

 

 背筋に、冷たいものが走る。

 

(さっきから、首の後ろと心臓のあたりがキリキリしてるんですけど。これ、大丈夫ですよね……? 俺、まだ殺されてないですよね……?)

 

 震える手で、そっと自分の首筋を確かめた。

 

 ◇

 

「あのね」

 

 シルフィが、少し緊張した面持ちでルーデウスへ向き直る。

 

「いま聞いていて、だいたいの事情はわかっちゃったかもしれないけど」

 

「……うん」

 

 ルーデウスは頷いた。

 

「僕の名前、本当は、シルフィエットっていうんだ。ちゃんと訂正しなくて、ごめんなさい」

 

 ぺこりと頭を下げる。

 

「そして、こっちが双子の姉の、アンナなんだ」

 

 アンナが、じろりとルーデウスを見た。その一瞥だけで、喉の奥がきゅっと縮む。

 

(……ひっ)

 

 ルーデウスは、思わず息を飲んだ。

 

「……それで」

 

 シルフィは、俯きがちに言葉を続けた。

 

「結果として、僕、アンナと一緒にルディのことからかってたみたいになっちゃって、ごめんなさい。それでも……友達でいたい」

 

 その精一杯の謝罪と、消え入りそうな願いに。

 

 ――だが。

 

「シルフ。いや、シルフィは、俺の友達だ。何があろうとも」

 

 ルーデウスはその言葉に被せるように口を開いた。言いながら、シルフィの手をぎゅっと握る。そして、アンナへ向き直り、にっと笑った。

 

「俺達、親友なんですよ」

 

 ――もちろん、これはただの友情表明ではない。シルフィと固い絆で結ばれていることを、この場でアンナへ強く示す。それによって、自分の身を守る。れっきとした、生存戦略だった。

 

「――親友」

 

 その一言に、シルフィの頬がぽっと赤く染まった。

 

「う、うん。うん……!」

 

 何度も、こくこくと頷く。そのあまりにも嬉しそうな様子を見て、アンナははぁ、と一つため息をついた。

 

「……シルフィが喜んでるみたいだから、今回は許してやるよ」

 

 そして、じろり、ともう一度ルーデウスを見据える。

 

「けどな、ラッキースケベとか期待すんなよ」

 

 ◇

 

「……え」

 

 その一言に、ルーデウスの頭が一瞬止まった。

 

(ラッキースケベ……? それって、つまり)

 

「もしかして――女?」

 

 思わず、声が漏れる。

 

「うん」

 

 シルフィがあっさりと頷いた。

 

「……」

 

 その事実が、じわじわと頭の中に染み渡っていく。

 

(女の子。女の子だった……! 初めての、友達が――)

 

 込み上げてくる、隠しきれない喜び。口元がひとりでに緩みかけた、その瞬間。

 

「――そんときゃ」

 

 低く、地を這うような声。

 

「潰すぞ」

 

 ぴしり、とルーデウスの表情が凍りついた。にっこりと笑っているのに、その目の奥は欠片も笑っていない。

 

「……」

 

「……」

 

 指一本、動かせない。先ほどまでの浮かれた気分は、瞬時にどこかへ消え失せていた。夏の日差しの下、ルーデウスはただ、石像のように固まり続けていた。

 

 ◇

 

 ルーデウスは、アンナに深々と頭を下げた。

 

「……すみませんでした。俺の勘違いで迷惑をかけて。それに、あのモヒカンの方々にも……謝りたいです」

 

 アンナは、呆れたように額に手を当てる。

 

「……いや。モヒカンだぞ? べつに、謝んなくていいだろ」

 

「……え」

 

 予想外の返答に、ルーデウスは思わず聞き返す。アンナは腕を組み、至って真剣な顔でこう続けた。

 

「モヒカンになっていいモヒカンは、モヒカンにされてもいいモヒカンだけだ」

 

「――早口ことば!?」

 

 ルーデウスは驚愕した。アンナはその反応を見て、分かりづらかったかと少し考える素振りを見せた。

 

「まあ、要するに」

 

 仕切り直すように口を開く。

 

「あんな悪党面が、こんなに可愛いシルフィと一緒にいたんだ。何かある前に、モヒカン殴るだろ。安心しろ、ルーデウス。おまえは、何も間違ってない」

 

 その堂々とした断言に、ルーデウスにはなぜかアンナに向かって飛んでくるブーメランの幻影が見えた。

 

「誰だって、そうする。俺も、そうする」

 

 アンナは腕を組んだまま、きっぱりと頷いた。その一言に、迷いはひとつもなかった。

 

 ルーデウスが増えていくブーメランを見ていると、隣でシルフィが小さく笑う。

 

「アンナって、たまに、変なこと言うんだよ」

 

 苦笑い混じりの、いつものフォロー。だが、ルーデウスは内心で静かに思う。

 

(いうほど、たまにか……?)

 

 さっきから、ずっとこの調子だ。むしろ、変じゃない発言のほうが少ない気がする。

 

 初めての友達と、そのどこか調子っぱずれな姉。二人が笑いあう姿を見ていたら、なぜだか口が先に動いていた。

 

「俺のとっておき、見せてやるよ」

 

 ◇

 

 ルーデウスのとっておきは、二人には衝撃だった。きょとんとした顔のまま、時間が止まったように動かない。

 

「……」

 

「……」

 

 しばしの沈黙。やがて、シルフィが弾かれたように声をあげた。

 

「ルディ、すごい!」

 

 続いて、アンナも感嘆混じりに声を震わせる。

 

「……まさか、時間に干渉してんのか?」

 

 普段のどこか投げやりな喋り方とは違う、素直な驚き。その反応に、ルーデウスは思わず気分が良くなった。

 

「練習すれば、二人にもできるよ。俺が教えてやる」

 

 そう言った途端、二人の目が同時に輝いた。

 

 それから、大樹の木陰に三人並んで座り込み、ルーデウスの指導のもと、練習が始まった。何をやっているのかは、当人たちにしか分からない。けれど、真剣そのものの顔で、三人は繰り返す。

 

「……あ」

 

 アンナが、何かを掴んだような顔で声を漏らした。

 

「いま、俺、できたよな!?」

 

「僕も……できた気がする!」

 

 満面の笑みで、こちらを見上げるシルフィ。ルーデウスはその光景を満足げに眺めた。

 

「じゃあ、三人で合わせるぞ」

 

 ◇

 

 そして、日が暮れるまで。三人は、大樹の木陰で、いまは失われた伝説(ハイ・エンシェント・マジック)を詠唱するのだった。

 

「「「あれ……声が……」」」

 

「「「 遅れて」」」

 

「「「  聞こえてくるよ」」」

 

 夏の夕暮れ、蜩の声に混じって。三つのそろった声が、いつまでも丘の上に響いていた。

 

 楽しかった。友達と集まり、同じ話題で笑って遊ぶ。ただ、それだけの何気ない一日だった。

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