外道転生 - 極悪ノ華 -   作:猫太鼓

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ルーデウス・グレイラット ③

 

「――ダメだよ」

 

 割り込むように、声が響いた。

 

「アンナは、遊びだって言ったけど、こんなの面白くない。それに――」

 

「ルディが、笑ってない」

 

(……え?)

 

 目の前に、割り込んでくる、緑色の髪。

 

 栗色髪の「シルフ」から、庇うように。その前へ、すっと立ち塞がる。

 

(……あれ?)

 

 ルーデウスは、思わず、目を瞬かせた。

 

(何だ、これ)

 

(何で――シルフが、二人いるんだ?)

 

 見比べる。

 

 栗色の髪をした、一人。

 

 そして、今、目の前に割り込んできた、緑色の髪をした、もう一人。

 

 顔立ちは、どちらも、あの「シルフ」に、よく似ている。

 

(いや、待て)

 

(待て待て待て)

 

 混乱が、頭の中を渦巻く。

 

 だが、二人は、ルーデウスの困惑になど、気付いていないようだった。

 

 ◇

 

「……別に、脅かしてねーだろ」

 

 栗色髪の「シルフ」が、心底、不思議そうな顔をする。

 

「ただ、範囲魔法が、どんなもんか」

 

「聞いただけだろ?」

 

 首を傾げる、その仕草は、あまりにも自然だった。

 

 自分が、誰かを怯えさせている――そんな自覚は、欠片もないらしい。

 

 対する、緑髪の「シルフ」――いや、恐らく、こちらが、本物のシルフだ。

 

 彼女は、少し困ったように、視線を揺らした。

 

「それは、そうだけど……」

 

 歯切れの悪い、返事。

 

「……これじゃ、ルディを」

 

 俯きながら、声を絞り出す。

 

「アンナと一緒に、ルディを騙してるみたいだよ」

 

「あ?」

 

 栗色髪が、心底、意外そうな顔をした。

 

「そもそも、コイツが」

 

 顎で、ルーデウスの方を指す。

 

「勝手に、シルフィを連れ去ったんだろうが」

 

「これぐらい」

 

 にやりと、笑う。

 

「バチは、当たんねーよ」

 

 ◇

 

「……それでも」

 

 シルフィは、引かなかった。

 

「ルディは、友達なんだ」

 

「二人で、からかっているようで、嫌だよ」

 

「僕が、わるかったんだ……」

 

 俯きがちに、続ける。

 

「ほんとは、その場で言えばよかったのに」

 

「モヒカンは、悪い人達じゃないって」

 

「ただ、お弁当を持ってくれようとしただけだって」

 

「アンナにも、心配かけるの……わかってたのに」

 

「でも」

 

 顔を上げ、シルフィは続けた。

 

「友達、できるかもって、嬉しくて」

 

「つい、言い出せなくて……」

 

「それでも、遊ぶなら」

 

「みんなが、笑えるのがいい」

 

「誰かを、みんなで笑うのは……嫌だ」

 

 その、まっすぐな瞳に。

 

 アンナは――まるで、長年探し続けていた宝物でも見つけたかのように。

 

 優しく、笑った。

 

 そして、小さく息を吐く。

 

「……しょうがねーな」

 

 肩をすくめた。

 

「つーか」

 

 続けて、なんでもないことのように、言葉を継ぐ。

 

「モヒカンの報告、聞いた時点で」

 

「大体、誰かは当たり、ついてたけどな」

 

「確認で、来ただけだ」

 

「……一応な」

 

 照れ隠しのように、そう付け加えると。

 

 アンナは、ぷいと、そっぽを向いた。

 

 ◇

 

 ルーデウスは二人の会話を聞き、ようやく理解した。

 

(……そういう、ことだったのか)

 

 自分の、早とちり。

 

 思い込みだけで、突っ走った、あの行動。

 

 あの、シルフィと呼ばれる子が、シルフなのだろう。そして、シルフがいっていた双子の姉が、いま目の前にいる、アンナだ。

 

 なぜ、二人を同一の人物、シルフとして見ていたのかはわからない。取り敢えず、それは棚上げにする。

 

 それよりも、いま重要なのは。

 

 ――目元がキリッとした、美人でさ。すごく優しくて、僕、大好きなんだ。

 

(この子が……)

 

(この、見ただけで、殺すことができる魔眼みたいな目の子が)

 

(アンナさん、なんですか……)

 

 背筋に、冷たいものが走る。

 

(さっきから、首の後ろと、心臓のあたりが)

 

(キリキリしてるんですけど)

 

(これ、大丈夫ですよね……?)

 

(俺、まだ殺されて、ないですよね……?)

 

 震える手で、そっと自分の首筋を確かめた。

 

 ◇

 

「あの、ね」

 

 シルフィが、少し緊張した面持ちで、ルーデウスへ向き直る。

 

「いま、聞いていて」

 

「だいたいの事情は、わかっちゃったかもしれないけど」

 

「……うん」

 

 ルーデウスは、頷いた。

 

「僕の、名前」

 

「本当は、シルフィエット、っていうんだ」

 

「ちゃんと、訂正しなくて、ごめんなさい」

 

 ぺこりと、頭を下げる。

 

「そして、こっちが」

 

「双子の姉の、アンナなんだ」

 

 アンナが、じろりと、ルーデウスを見た。

 

 その一瞥だけで、喉の奥が、きゅっと縮む。

 

(……ひっ)

 

 ルーデウスは、思わず、息を飲んだ。

 

 ◇

 

「……それで」

 

 シルフィは、俯きがちに、言葉を続けた。

 

「結果として、僕、アンナと一緒に」

 

「ルディのこと、からかってたみたいになっちゃって」

 

「ごめんなさい」

 

「それでも……友達で、いたい」

 

 その、精一杯の謝罪と、消え入りそうな願いに。

 

 ――だが。

 

「シルフ」

 

 ルーデウスは、その言葉に被せるように、口を開いた。

 

「いや、シルフィは」

 

「俺の、友達だ」

 

「何があろうとも」

 

 言いながら、シルフィの手を、ぎゅっと握る。

 

 そして、アンナへ向き直り、にっと笑った。

 

「俺達、親友なんですよ」

 

 ◇

 

 ――もちろん、これは、ただの友情表明ではない。

 

 シルフィと固い絆で結ばれていることを、この場で、アンナへ強く示す。

 

 それによって、自分の身を守る。

 

 れっきとした、生存戦略だった。

 

 ◇

 

「――親友」

 

 その一言に。

 

 シルフィの頬が、ぽっと赤く染まった。

 

「う、うん」

 

「うん……!」

 

 何度も、こくこくと頷く。

 

 その、あまりにも嬉しそうな様子を見て。

 

 アンナは、はぁ、と一つ、ため息をついた。

 

「……シルフィが喜んでるみたいだから」

 

「今回は、許してやるよ」

 

 そして、じろり、と。

 

 もう一度、ルーデウスを見据える。

 

「けどな」

 

「ラッキースケベとか」

 

「期待すんなよ」

 

 ◇

 

「……え」

 

 その一言に、ルーデウスの頭が、一瞬、止まった。

 

(ラッキースケベ……?)

 

(それって、つまり)

 

「もしかして――女?」

 

 思わず、声が漏れる。

 

「うん」

 

 シルフィが、あっさりと頷いた。

 

「……」

 

 その事実が、じわじわと、頭の中に染み渡っていく。

 

(女の子)

 

(女の子だった……!)

 

(初めての、友達が――)

 

 込み上げてくる、隠しきれない喜び。

 

 口元が、ひとりでに緩みかけた、その瞬間。

 

「――そんときゃ」

 

 低く、地を這うような声。

 

「潰すぞ」

 

 ◇

 

 ぴしり、と。

 

 ルーデウスの表情が、凍りついた。

 

 にっこりと、笑っているのに。

 

 その目の奥は、欠片も笑っていない。

 

「……」

 

「……」

 

 指一本、動かせない。

 

 先ほどまでの浮かれた気分は、瞬時にどこかへ消え失せていた。

 

 夏の日差しの下、ルーデウスはただ、石像のように、固まり続けていた。 

 

 ◇

 

ルーデウスは、アンナに深々と、頭を下げた。

 

「……すみませんでした。俺の、勘違いで迷惑をかけて」

 

「それに、あのモヒカンの方々にも……謝りたいです」

 

 アンナは、呆れたように、額に手を当てる。

 

「……いや」

 

「モヒカンだぞ?べつに、いいだろ」

 

「謝んなくて」

 

「……え」

 

 予想外の返答に、ルーデウスは、思わず聞き返す。

 

 アンナは、腕を組み、至って真剣な顔で、こう続けた。

 

「モヒカンになっていいモヒカンは」

 

「モヒカンにされてもいい、モヒカンだけだ」

 

「――早口ことば!?」

 

 ルーデウスは、驚愕した。

 

 アンナは、その反応を見て、分かりづらかったかと、少し考える素振りを見せた。

 

 ◇

 

「まあ、要するに」

 

 仕切り直すように、口を開く。

 

「あんな悪党面が」

 

「こんなに可愛いシルフィと、一緒にいたんだ」

 

「何かある前に」

 

「モヒカン殴るだろ」

 

「安心しろ、ルーデウス」

 

「おまえは、何も間違ってない」

 

 その、堂々とした断言に。

 

 ルーデウスには、なぜかアンナに向かって飛んでくる、ブーメランの幻影が見えた。

 

 ◇

 

 アンナは、腕を組んだまま、きっぱりと頷いた。

 

「誰だって、そうする」
「俺も、そうする」

 

 その一言に、迷いはひとつもなかった。

 

 ルーデウスが増えていくブーメランを見ていると、隣で、シルフィが小さく笑う。

 

「アンナって、たまに、変なこと言うんだよ」

 

 苦笑い混じりの、いつものフォロー。
 だが、ルーデウスは、内心で静かに思う。
(いうほど、たまにか……?)

 

 さっきから、ずっとこの調子だ。むしろ、変じゃない発言のほうが少ない気がする。

 

 初めての友達と、その、どこか調子っぱずれな姉。
 二人が笑いあう姿を見ていたら、なぜだか、口が先に動いていた。

 

「俺のとっておき、見せてやるよ」

 

 ◇

 

 ルーデウスのとっておきは、二人には衝撃だった。 

 

 きょとん、とした顔のまま、時間が止まったように、動かない。

 

「……」
「……」

 

 しばしの沈黙。

 

 やがて、シルフィが、弾かれたように声をあげた。

 

「ルディ、すごい!」

 

 続いて、アンナも、感嘆混じりに声を震わせる。

 

「……まさか、時間に干渉してんのか?」

 

 普段の、どこか投げやりな喋り方とは違う、素直な驚き。
 その反応に、ルーデウスは、思わず気分が良くなった。

 

「練習すれば、二人にもできるよ」
「俺が、教えてやる」

 

 そう言った途端、二人の目が、同時に輝いた。

 

 ◇

 

 それから。
 大樹の木陰に、三人並んで座り込み、ルーデウスの指導のもと、練習が始まった。

 

 何をやっているのかは、当人たちにしか分からない。
 けれど、真剣そのものの顔で、三人は繰り返す。

 

「……あ」
 アンナが、何かを掴んだような顔で、声を漏らした。
「いま、俺、できたよな!?」

 

「僕も……できた気がする!」

 

 満面の笑みで、こちらを見上げるシルフィ。
 ルーデウスは、その光景を、満足げに眺めた。

 

「じゃあ、三人で合わせるぞ」

 

 ◇

 

 そして。
 日が暮れるまで。
 三人は、大樹の木陰で、いまは失われた伝説(ハイ・エンシェント・マジック)を詠唱するのだった。

 

「「「あれ……声が……」」」
「「「 遅れて」」」
「「「  聞こえてくるよ」」」

 

 夏の夕暮れ、蜩の声に混じって。
 三つの、そろった声が、いつまでも丘の上に響いていた。

 

 楽しかった。
 友達と集まり。
 同じ話題で、笑って遊ぶ。
 ただ、それだけの、何気ない一日だった。

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