外道転生 - 極悪ノ華 -   作:猫太鼓

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前門のエリス、後門のギレーヌ

 

 アンナは、今日何度目かも分からない、ため息をついた。

 

 理由は、二つある。

 

 ◇

 

 一つは、一昨日の――ブエナ村解放宣言の、後始末だった。

 

 あの後、家に帰ると、既に、サミーおばさんの噂話は、村中に広まっていた。

 

 いつものモヒカン達の馬鹿騒ぎを知る村人たちは、テンション高めの雪合戦を、サミーおばさんが勘違いしたのだろうと、笑って済ませてくれた。

 

 だが――一部の村人は、わざわざ、アンナの家まで、事情を聞きに来た。

 

 ◇

 

(……何でだよ)

 

 アンナは、内心、小さく、ため息をつく。

 

 アンナが、直接言われるのは、構わない。ボスと呼ばれている以上、それくらいは――当然、自分で尻を拭う覚悟は、あった。

 

 だが。

 

 家にまで、人が来て。

 

 親父や、お袋が、頭を下げて、謝っている。

 

 その光景を、見るのは、何より、堪えた。

 

 ◇

 

「……ごめん」

 

 アンナは、二人に、頭を下げた。

 

 声が、思ったより、小さくなる。

 

 その瞬間。

 

「何言ってんだ」

 

 ロールズが、笑いながら、アンナの頭に、手を乗せた。

 

 くしゃり、と。乱暴に、けれど、優しく、撫でる。

 

「おまえが、モヒカンの連中、庇うのと」

 

「おんなじだろ」

 

「家族なんだから、な」

 

 隣で、クレアも、柔らかく微笑んでいた。

 

「気にしなくていいのよ」

 

「アンナ達がかける苦労なんて」

 

「全然、大変じゃないんだから」

 

 ◇

 

 その言葉に。

 

 アンナの胸の奥が、きゅっと、締め付けられた。

 

(……何で)

 

(何で、そんな顔、できるんだよ)

 

 申し訳なさと、それ以上の、温かいもの。

 

 二つが、ないまぜになって、胸の中で、行き場を失う。

 

 結局、アンナには――。

 

「……ごめん」

 

 もう一度、そう言って、頭を下げることしか、できなかった。

 

 下げた頭の先で、雪が、静かに、溶けていった。

 

 ◇

 

 一昨日の馬鹿騒ぎの、謝罪として。

 

 アンナは今日、モヒカン達と、村の家々の雪かきをして回っていた。

 

 黙々と、スコップを動かし続ける。

 

 村人への謝罪は、この雪かきで、ひとまず果たしているつもりだった。

 

 だが――本当の不安は、そこではない。

 

 あの馬鹿騒ぎが、どこまで伝わっているか。

 

 ボレアス家の耳に、入っていないとも、限らない。

 

 一つ目の理由は、まだ、消えてはいなかった。

 

 ――ふと、手が、止まった。

 

 ため息の、もう一つの理由。

 

 目の前に。

 

 等身大よりも、一回り大きい。

 

 雪像が、立っていた。

 

 細部まで、丁寧に再現されている。

 

 流石に、あの鋭い目つきまでは、再現しきれなかったのか。

 本物と比べると、幾分、柔らかい顔立ちになっている。

 

 それでも――誰が見ても、一目で分かる。

 

 アンナの、姿だった。

 

 ◇

 

 そして。

 

 その雪像は、ここだけでは、なかった。

 

 見渡せば、村の、各家々の玄関前に。

 

 同じ、アンナの雪像が、律儀に、並んで立っている。

 

(……おい)

 

 アンナは、思わず、眉間を押さえた。

 

(誰が作ったんだよ、これ)

 

 考えるまでもなかった。

 

「ルーデウスがいうには」

 

「魔除け、らしいですよ」

 

 振り返ると、モヒカンAが、すまし顔で、そう告げた。

 

 なぜか、それを聞いた村人たちは、一様に、納得したように頷いていた。

 

「へえ、魔除けねぇ」

 

「それなら、仕方ないわねぇ」

 

 ――何がどう「それなら」なのか。

 

 アンナには、まるで、理解できなかった。

 

「で、そのルーデウスは、どこにいんだよ」

 

「そういえば、みませんね」

 

(まあ、害がねぇなら、放っとくか)

 

 そう結論付けると、再び、スコップを握り直し、雪かきを、続けた。

 

 ◇

 

 しばらく、黙々と、雪かきに精を出す、アンナたち。

 

「この目つき、なまいきね!」

 

 不意に、アンナの背後から、子供の声が、響いた。

 

「あんたも、そう思うでしょ」

 

 アンナが、何だ、と振り返る。

 

 そこには。

 

 吊り上がった、気の強そうな目。

 癖のある髪が、冬の日差しに揺れている。

 こぼれた絵の具のような、鮮烈な赤。

 

 ――第一印象は、苛烈。

 

 その少女と、傍らに控える、獣族の女が、立っていた。

 

 二人の視線の先には。

 

 ルーデウスが丁寧に作った、アンナの雪像。

 

(……だれだ、コイツら)

 

 アンナは、内心、首を傾げた。

 

 次の瞬間。

 

 赤髪の少女が、無造作に、足を振り上げた。

 

 どすん、と。

 

 鈍い音と共に、雪像が、呆気なく、崩れ落ちる。

 

 細部まで、丁寧に作り込まれていた、あの雪像が。

 

 ただの、雪の塊に戻った。

 

「あんたに、言ってんのよ!?」

 

 赤髪の少女が、アンナを睨みつけ、声を荒げる。

 

 だが。

 

 その、言葉の途中で――ふと、動きが止まった。

 

 アンナの、目と。

 

 視線が、合ったから。

 

(……なに、コイツ)

 

 一瞬、怯んだような。

 

 それでいて、怯んだことすら、認めまいとするような。

 

 複雑な、間。

 

「なんだ?」

 

 アンナは、首を傾げた。

 

 その、問いが、終わるか終わらないかの、瞬間。

 

 ――ぶん、と。

 

 風を切る、鋭い音。

 

 赤髪の少女が、拳を、振り抜いていた。

 

 ◇

 

 避けた、わけではない。

 

 考えるより先に、身体が、僅かに、軸をずらしていた。

 

 長年、染み付いた、反射。

 

 その拳は――アンナの頬を、紙一重で、掠めて通り過ぎた。

 

「なんだよ、いきなり」

 

 アンナは、空を切った拳と、その持ち主を、交互に見た。

 

 苛立ちも、驚きも、特にない。ただ、純粋な、疑問だけがあった。

 

 その、反応に。

 

 赤髪の少女の、眦が、更に、つり上がる。

 

「エリス」

 

 拳を構えたまま。

 

「エリス・ボレアス・グレイラットよ!」

 

 憤怒を、隠しもせず。

 

 高らかに、その名を、名乗った。

 

 ◇

 

 ボレアス。

 

 その名を聞いて――アンナは、思わず、空を仰いだ。

 

(……もう一昨日の話、バレてんのか)

 

 ボレアス家、というのが、はったりである可能性も、ないではない。

 

 だが。

 

(いや、まず、本当だろうな)

 

 視線を、獣族の女へと、向ける。

 

 あの、気配の消し方。立ち姿の、隙のなさ。

 

(あの女、普通じゃねぇ)

 

(おっさん以上……ってのは、確定だな)

 

 いきなり殴りかかってきた小娘が、あんな護衛を連れている時点で。

 

 ただの、子供の八つ当たりとは、思えない。

 

(……詰んでんな)

 

 負ければ――村に、罰が、下る。

 

 勝っても――今度は、報復の軍が、送られてくるだけだ。

 

( どっちに転んでも、村が割を食う)

 

 それでも――退く、という選択肢は。

 

 アンナの中には、端から、なかった。

 

 ◇

 

「ギレーヌ」

 

 エリスが、声を上げた。

 

「私が、やるわ!」

 

「わかった」

 

 短い、応答。

 

 獣族の女――ギレーヌは、ただ、一歩、下がった。

 

 見守る、構え。

 

 ◇

 

(……ちょうどいい)

 

 アンナは、わざと。

 

 エリスの、二発目の拳を、受けるように――その勢いのまま、後方へ、転がり込んだ。

 

 転がった先は、ギレーヌの足元。

 

 その、刹那。

 

 アンナの指先が、ギレーヌの足に――触れようと、伸びる。

 

 だが。

 

 すっ、と。

 

 足が、ずれた。

 

(……偶然か?)

 

 もう一度、確かめる。

 

 続く、エリスの三発目を、紙一重で避けながら、よろけたように、ギレーヌへ、手を伸ばす。

 

 今度も。

 

 やはり、かわされた。

 

(……あー、ダメだ)

 

(警戒、されてるわ)

 

 アンナは、小さく、息を吐いた。

 

 流石に、おっさん以上の実力だ。

 

 ◇

 

 ならば。

 

 アンナは、エリスの――大振りな、右フックに。

 

 その軌道に、身を合わせた。

 

 拳の勢いを、そのまま、逃がさず、利用する。

 

 くるり、と。

 

 エリスの身体が、宙に浮いた。

 

 投げられたと、気付く間もなく。

 

 地面に落ちると同時に――その、右腕が、きっちりと、極められていた。

 

「いちおう、言っとくが」

 

 アンナは、淡々と、告げた。

 

「俺も、この村の奴らも」

 

「ボレアス家に、逆らう気はねぇんだが?」

 

 地面に組み伏せられた、エリス。

 

 その様子を。

 

 ギレーヌは――ただ、黙って、見つめていた。

 

 ◇

 

「――もう、いいか?」

 

 静かに、ギレーヌが、問いかけた。

 

「まだよ!」

 

 極められた腕の痛みなど、知らぬとばかりに。

 

 エリスは、身体を捻り――無理やりに、アンナの目を突こうと、左手をのばす。

 

(……おいおい)

 

 アンナは、半ば呆れながらも、どこか、感心していた。

 

(どんなお嬢様だよ。腕、折れるぞ)

 

 だが、本人に、その自覚は、まるでない。

 

 アンナは、仕方なく――エリスの身体を、ギレーヌの方へ、軽く突き飛ばした。

 

 ◇

 

「……もう、いいか?」

 

 受け止めたエリスへ、ギレーヌが、もう一度、同じ問いを、投げかける。

 

「まだよ!」

 

 返ってきた答えも、先ほどと、まったく同じだった。

 

 ギレーヌは、小さく、息を吐く。

 

 そのまま、エリスの――脱臼した右肩に、無造作に手をかけると。

 

 ごきり、と。

 

 容赦なく、入れ直した。

 

「さあ、続きね!」

 

 エリスは、痛みなど、おくびにも出さず。

 

 獰猛な笑みを浮かべ、再び、突っ込んだ。

 

 だが――その、矛先。

 

 しがみつくように、組みついた相手は。

 

 アンナでは、なかった。

 

 ◇

 

「……は?」

 

 ギレーヌの、表情が、固まる。

 

 驚愕。

 

 当のエリスでさえ、自分が、何をしているのか、理解できていない顔をしていた。

 

「よそみ、してんなよ」

 

 アンナが、笑った。

 

「二人がかりで、悪ィな」

 

「やっと――アンタに、触れたぜ」

 

 ギレーヌの、腹部。

 

 そこには、アンナの人差し指が、深々と、突き刺さっていた。

 

 ◇

 

 地を揺らすような、歓声が湧いた。

 

「ボスの勝ちだ――!」

 

 モヒカンたちが、拳を突き上げ、歓喜に沸き立つ。

 

 アンナは、その騒ぎを、ちらりと一瞥しただけで。

 

「……静かにしてろ」

 

 低く、一言。

 

 それだけで、場が、水を打ったように、静まり返った。

 

 ◇

 

 アンナは、視線を戻す。

 

 秘孔を突かれ、その場に、縫い止められたように動けなくなった、ギレーヌとエリス。

 

 身動きが取れないはずなのに。

 

 ギレーヌの顔には、わずかに汗が浮かんでいるものの、不思議と、落ち着きがあった。

 

 対して、エリスは。

 

 アンナを、喰い殺さんばかりに、睨みつけている。

 

 ――だが、その瞳の奥には。

 

 隠しきれない、動揺の色が、揺れていた。

 

 ◇

 

「アンタらが、誤解すんのもわかるよ」

 

 アンナが、静かに、語り始めた。

 

「あの悪党面見りゃ」

 

「そりゃ、悪いこと企んでんなって、思うわな」

 

 モヒカンたちの方へ、軽く、顎をしゃくる。

 

「でもな」

 

 続ける声は、淡々としていた。

 

「アイツらは、馬鹿騒ぎはするけどよ」

 

「誰かが泣くようなこたぁ、しねぇよ」

 

 アンナの視線が、ゆっくりと、村の方へと、動いた。

 

「村のみんなも、そうだ」

 

「小さな村だから」

 

「多少、不便なことはあっても」

 

「みんなで助け合や、何とかなる」

 

 一拍、置く。

 

「ここでの生活に、不満は――ねぇよ」

 

 その声には、紛れもなく、本物の情が、滲んでいた。

 

「それでも」

 

 アンナは、軽く、肩をすくめた。

 

「こんな騒ぎに、なっちまった」

 

「アンタらにも、めんつがあんのは、わかる」

 

 ――だから。

 

 アンナは、そう言うと。

 

 ゆっくりと、右手を、持ち上げた。

 

 その手は――目で見てわかるほどに、闘気で、輝いていた。

 

 ギレーヌが、訝しげに、その手を見つめる。

 

 エリスの目に、隠しきれない、怯えが過ぎった。

 

「ただで帰れ、なんて言わねーよ」

 

 アンナは、にやりと、笑った。

 

「コイツらをまとめてんのは、俺だ」

 

「――みやげに、持ってけよ」

 

 言い終えると同時に。

 

 アンナは、右手で――自分の首を、一息に、切り裂いた。

 

 ◇

 

 ただ、捕まるのも、負けて死ぬのもだめだ。自分が勝ち、圧倒的に優位な状態での自死。それによって、村に反乱の意思なしと証明する。アンナは、そう考えた。

 

「……親父、お袋」

 

 薄れていく、意識の中。

 

 アンナは、静かに、呟いた。

 

「迷惑かけてばっかで……ごめんな」

 

「なんも、返せなかったよ」

 

 視界が、滲む。

 

 色が、少しずつ、薄れていく。

 

 それでも、言葉だけは、まだ、紡げた。

 

「シルフィ……」

 

 口元が、わずかに、緩む。

 

「ダメな、ねーちゃんで……ごめんな」

 

「俺、馬鹿だからさ」

 

「こんな、やりかたしか……思いつかなかったんだわ」

 

「みんな」

 

 声が、かすれる。

 

「こんな俺に……優しく、してくれて」

 

「笑いかけて、くれて」

 

「……ありがとな」

 

 ◇

 

(優しいみんなは)

 

(きっと、泣くんだろうな)

 

(それでも)

 

(いつか――笑って、俺のこと、話せるようになってくれよ)

 

(わがまま、言って……ごめんな)

 

 ◇

 

 意識が、朦朧とする。

 

 遠くで、誰かが、泣き叫んでいる。

 

 ――シルフィ、だ。

 

 その声だけは、やけに、はっきりと、耳に届いた。

 

(……あれ)

 

(顔、腫れてんな、誰だコイツ)

 

 ぼやけた視界の端に、見覚えのない、泣き顔がある。

 

(……ああ、ルーデウスか)

 

(そんな顔すんなよ)

 

 そして。

 

 もうひとつ。

 

 汚い泣き顔が、いくつも、視界に滲んでいた。

 

(……モヒカンはいらねーよ)

 

(走馬灯に、モヒカンはいらねーよ)

 

 そこで。

 

 アンナの意識は――。

 

 ◇

 

 最初に感じたのは、温かさだった。

 

 首のあたりに、じんわりと、陽だまりのような熱が、広がっている。

 

 次に、声。

 

「アンナ! アンナ! アンナぁ……!」

 

 耳元で、何度も、名前を呼ばれている。

 

 しゃくり上げて、引きつって、それでも、止まらない声。

 

 アンナは、重い瞼を、ゆっくりと、持ち上げた。

 

 ◇

 

 視界いっぱいに、緑色の髪が、広がっていた。

 

 涙で、ぐしゃぐしゃになった、シルフィの顔。

 

 その掌から、淡い、翠色の光が、アンナの首へと、注がれている。

 

 少し離れた場所では、顔をパンパンに腫らしたルーデウスが、青ざめた顔で、同じように手を翳していた。

 

 額には、玉のような汗。

 

 唇は、紫に近い色をしている。

 

 二人とも、魔力が、ほとんど底を、突きかけているのだろう。

 

(……ああ)

 

(助かったのか、俺)

 

 結果から言えば。

 

 アンナは、助かった。

 

 ルーデウスと、シルフィの、回復魔法のおかげだった。

 

 ◇

 

「……ばか」

 

 アンナの意識が戻ったのに気付いた瞬間。

 

 シルフィは、魔法を止めるのも忘れて、アンナの胸に、顔を埋めた。

 

「ばか、ばか、ばかぁ……!」

 

「死んじゃうかと、思ったんだからね!」

 

「アンナの、ばかぁ……!」

 

 小さな拳が、ぽかぽかと、アンナの肩を、叩く。

 

 まるで、力が入っていない。

 

 叩くたびに、その手は、小刻みに、震えていた。

 

 アンナは。

 

 その震えが、胸に、痛いほど伝わってきて――。

 

(……ああ、くそ)

 

(そうだよな)

 

 俺だって。

 

 こんな顔、させたかったわけじゃ、ない。

 

 アンナは、ゆっくりと、手を持ち上げた。

 

 まだ、少し、ふるえる指で。

 

 シルフィの、柔らかな緑の髪を、そっと、撫でる。

 

「……ごめんな、シルフィ」

 

 掠れた声が、出た。

 

「だけどよ」

 

 一拍、置く。

 

「けじめ、とんねーとさ」

 

 シルフィは、答えなかった。

 

 ただ、アンナの服を、ぎゅうっと、握りしめた。

 

 ◇

 

「――いいけどよ」

 

 不意に、頭上から、聞き覚えのある声が、降ってきた。

 

「次からは、もうちっと、人の心臓に優しい『けじめ』にしてくれや」

 

 見上げると。

 

 いつの間に、そこにいたのか。

 

 パウロが、腕を組んで、立っていた。

 

 その表情は、呆れているようでもあり、ほっとしているようでもあり。

 

 どこか、苦笑いにも、見えた。

 

「……あ?」

 

 アンナは、眉を寄せた。

 

「おっさん。いつからいた」

 

「それはまあ、置いとけ」

 

 パウロは、ひらひらと、手を振る。

 

「それより――話は、ついてる」

 

「……あ?」

 

「うちのルーデウスが、やらかしたって、ことだろ」

 

 パウロは、気まずげに、後頭部を掻いた。

 

「悪かったな。ボレアス家には、俺から、頭下げといた」

 

「ギレーヌとは、馴染みでな」

 

「こっちで、話は通してある。村にお咎めは、ねぇよ」

 

 ◇

 

 その言葉を聞いて。

 

 アンナは、ちらりと、視線を、横に向けた。

 

 ルーデウスの、顔。

 

 ぱんぱんに腫れ上がった、頬。

 

 赤紫に染まった、目の周り。

 

(……ああ)

 

(そういう、ことか)

 

 アンナは、すべてを、理解した。

 

 あの腫れは、誰かに殴られたものだ。

 

 そして、その誰かは、考えるまでもなく。

 

(おっさんが、先に、やったんだな)

 

 ルーデウスは、アンナの視線に気付くと。

 

 腫れた顔のまま、へらりと、力なく笑った。

 

「……ごめん」

 

「その、お騒がせ……しました」

 

 ふにゃふにゃの声だった。

 

 それでも、手を翳すのは、やめていない。

 

 その姿に、アンナの胸の奥が、ほんの少しだけ、緩んだ。

 

 ◇

 

 だが。

 

 そこで、新たな疑問が、浮かんだ。

 

(――でもよ)

 

 アンナは、視線を、ゆっくりと、パウロへ戻す。

 

「なあ、おっさん」

 

「話が、ついてたんなら」

 

「なんで、あのガキ――お嬢様は」

 

「俺に、喧嘩、売ってきたんだ?」

 

「…………」

 

 パウロの、動きが、ぴたりと、止まった。

 

「あー」

 

「それなんだが」

 

 目が、泳ぐ。

 

 腕を、組み直す。

 

 視線は、空の彼方へ。

 

 あまりにも、わかりやすい、挙動不審だった。

 

「いや、なんだ」

 

「お嬢様がな」

 

「おまえのこと、見てみたいって言うから」

 

「連れてきた、んだが」

 

「…………ほう」

 

 アンナの、目が、細くなる。

 

 どこか、歯切れが悪い。

 

 アンナは、その一点を、逃さなかった。

 

「それだけか?」

 

「……いや」

 

「それだけ、って、わけじゃ」

 

「おっさん」

 

「……ああ、もう」

 

 パウロは、観念したように、肩を落とした。

 

「いや、だからな」

 

「前にな、俺が、おまえに、一杯食わされたって話を、したんだよ」

 

「そしたら、ギレーヌが、えらく、笑ってな」

 

「『あの、パウロが』ってな」

 

「で、売り言葉に、買い言葉で」

 

「『じゃあ、おまえも、やってみろ』と……」

 

「…………」

 

 アンナは、長い、長い、沈黙のあと。

 

 静かに、告げた。

 

「おっさんが、原因じゃねーか」

 

「ち、違う! たぶん、違う!」

 

「たぶん、か?」

 

「…………」

 

 ◇

 

 どうやら、パウロは。

 

 物陰から、ずっと、様子を窺っていたらしい。

 

 最初は、「ちょっと、じゃれ合う程度だろう」と、高を括っていたのだが。

 

 どう見ても、洒落で済まない空気になってきたので。

 

 慌てて、飛び出してきた、というわけだ。

 

 ――その時、すでに。

 

 アンナは自分の首を、切り裂いた後だった。

 

「……俺が、どんだけ、心臓止まりかけたと、思ってんだ」

 

 パウロが、ぼそりと、呟く。

 

「ホントによ」

 

 その声には、冗談めかした響きは、なかった。

 

 ◇

 

(……ったく)

 

 アンナは、ため息を、一つ、吐いた。

 

(親子揃って、人騒がせな)

 

 息子は、村の独立を、宣言し。

 

 親父は、悪ふざけの延長で、お嬢様を、けしかける。

 

 どちらも、笑えない。

 

 笑えない、のだが。

 

 その、どうしようもない、親子が。

 

 首に刺さった刃を、一番に心配してくれたのだと思うと――。

 

 怒る気に、なれなかった。

 

「まあ、いいじゃねーか」

 

 パウロが、わざとらしく、明るい声を出す。

 

「まるく、治まったんだしよ」

 

「終わりよければ、すべてよし、ってな!」

 

 誤魔化すように、くるりと、背を向ける。

 

 その視線の先には。

 

 少し離れた場所で、動かずに立ち尽くす、ギレーヌと、エリス。

 

 パウロは、ニヤリと、笑った。

 

「よう、ギレーヌ」

 

「いいザマだな、ええ?」

 

「おまえが、動けなくなってる姿なんて、初めて見るぜ」

 

「ざまぁねーな!」

 

 あからさまに、からかう声。

 

 アンナは、その背中に、静かに、告げた。

 

「……そのねーちゃん」

 

「動けるぞ」

 

「え?」

 

 パウロが、振り返った。

 

 その瞬間。

 

 ごっ、という、鈍く、重い音が、冬空に響いた。

 

 ギレーヌの拳が、パウロの顔面を、正確に、捉えていた。

 

 パウロの身体が、見事な放物線を、描いて飛んでいく。

 

 雪の上を、ごろごろと、転がって。

 

 ずぼっ、と、雪山に、頭から、突っ込んだ。

 

「…………」

 

 誰も、何も、言わなかった。

 

 ギレーヌは、拳を、ゆっくりと、下ろす。

 

 その横で、エリスが、ぽかんと、口を開けていた。

 

 アンナは。

 

 しばらく、その光景を、黙って眺めた後。

 

 ふっ、と、吹き出した。

 

「ははっ」

 

 そして、声を上げて、笑った。

 

「終わりよければ、すべてよし、だな」

 

 冬の空に、アンナの笑い声が、高く、響いた。

 

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総合評価:5342/評価:8.74/連載:44話/更新日時:2026年10月15日(木) 12:00 小説情報

パウロ転生 ー家族のために本気だすー(作者:パウロ大好きマン)(原作:無職転生)

家族を守るため、最後まで剣を振るい続けたパウロ・グレイラットは、魔物の猛攻から息子ルーデウスを庇い、その命を散らした。▼もっと強ければ。もっと、しっかりしていれば。▼後悔に塗れた最期に、パウロの胸に浮かんだのは、たった一つの願いだった。▼もし、やり直せるなら……


総合評価:1472/評価:8.59/連載:11話/更新日時:2026年10月19日(月) 07:00 小説情報

龍神転生〜再会してから本気出す〜(作者:ガチ無職)(原作:無職転生)

ヒトガミを倒した龍神…しかし、彼の時間が終わりを告げることはなかった。▼再び巻き戻る世界。ヒトガミを倒すために力を使い果たした龍神。▼彼は、かつての『仲間』──そして友である「ルーデウス・グレイラット」に再会するため、力を蓄えながら世界を歩む。▼再会した時に『本気』を出せるように。


総合評価:1213/評価:8.77/連載:8話/更新日時:2026年10月11日(日) 19:27 小説情報


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