外道転生 - 極悪ノ華 -   作:猫太鼓

7 / 16
記念日

 

 穏やかな朝だった。

 

 ロールズは弓を背負い、狩人用の外套を羽織って森へ向かう。

 

「今日は森の奥まで行ってくる。魔物の痕跡があれば、戻りが遅くなるかもしれん」

 

「気を付けてね。最近はホーンラビットだけじゃなく、森狼も見かけるって聞いたわ」

 

 クレアが心配そうに送り出す。

 

「大丈夫さ」

 

 ロールズは笑い、家を後にした。

 

 ◇

 

 シルフィは昼食を食べ終え、クレアに抱かれて眠っていた。栗色の髪を揺らすアンナは、その様子をじっと見つめる。

 

(今なら、親父はいない。シルフィも昼寝。お袋も、しばらく手は離せねぇ。ちょうどいい)

 

 音もなく、玄関を抜ける。北斗神拳は暗殺拳。歩法と気配の消し方は、生まれ変わっても魂が覚えている。コツは、気配を完全に消すのではなく、他の気配に紛れ込ませることだ。

 

 庭先へ出ると、冬の日差しが静かに肩へ降り注いだ。アンナは家の影へ入る。ここなら家の中からも見えず、道からも死角になる。小さな身体で腕を組み、考え込んだ。

 

(北斗羅漢撃)

 

 夢で見た、リュウケン。あの悲しい目。そして、最後の言葉。

 

 ――辿り着くことが、問題ではない。

 

 ――それを、目指すことが大事だ。

 

 胸の奥で、その言葉が何度も反響する。

 

(なら、考えてみるか。真の羅漢撃ってやつを)

 

 アンナは地面へ小枝で文字を書く。一。二。三。四。

 

(まず、一つ。北斗二千年の歴史で、完成者はいない。なら、何故奥義として存在する?)

 

 型がある。呼吸法もある。伝授法もある。つまり――完全な与太話ではない。

 

(可能性、その一。完成した奴は、いた。だが、歴史に名を残さなかった)

 

 なくはない。北斗は暗殺拳。英雄として語られる必要など、ない。

 

(二。精神修練そのものが、目的)

 

 技を完成させるためではなく、心を磨くための修行。それなら、リュウケンの態度も理解できる。

 

(三。北斗神拳じゃなく、他流派に完成者がいた)

 

 北斗神拳は数え切れない拳法を吸収しながら(パクって)発展してきた。元となった流派にはいたが、北斗神拳伝承者に使えた奴がいなかった。

 

 そして――アンナは、四つ目を書いた。

 

(四。頭のおかしい奴が『俺の考えた最強奥義』とか言い出した説)

 

 ……

 

 しばらく、黙る。

 

(頼む。四だけは、やめてくれ)

 

 空を見上げ、小さくため息を吐いた。

 

 ◇

 

 ふと、一つの拳法を思い出す。

 

(……羅漢。そういや、もう一つあったな)

 

 羅漢仁王拳。前世。拳王となったラオウが、拳法家狩りをしていた頃。巨大な男が、捕らえられた。デビルリバース。あまりにも巨大で、カサンドラには収容できず、別施設へ送られた怪物。その伝承拳が――羅漢仁王拳。

 

 ラオウは、奥義書を一瞥しただけで興味を失った。

 

「くだらん」

 

 そう言って、捨て置いた。だから――ジャギは、こっそり盗み読んだ。

 

(北斗羅漢撃。羅漢仁王拳。名前だけなのか。何か、繋がりがあるのか)

 

 北斗神拳は、戦いの中で進化してきた拳。敵の技を見て、奪い、吸収し、己のものへ変えてきた。

 

(なら、比べてみる価値はある)

 

 アンナは静かに構える。右掌を開き、内側へ捻り込むように前へ。左拳を、頬の横へ。仁王像を思わせる威容。――ただし、一歳児でなければ。

 

(しまらねぇな)

 

 自分でも、少しだけ思う。だが、集中する。闘気を巡らせる。さらに、魔力。二つの力を、重ねる。

 

 本来、この世界では、魔法は詠唱か魔法陣で発動される。しかし、アンナは詠唱も魔法陣も知らなかった。少し余裕がある家には、魔法を覚える為の魔術教本がある。しかし、アンナの家にはそれはなく、両親の知る魔法は、仲間に教えてもらった生活魔法だった。

 

 ならどうする。

 

本能(心)のままに、型に闘気と魔力を落とし込む。構えから、技へ。掌が、震える。周囲の空気が、集まり始める。風が、渦を巻く。枯葉が、舞い上がる。圧縮。収束。

 

 奥義。風殺金剛拳。

 

「――ッ!」

 

 小さな身体から、放たれた一撃。見えない風の塊が、一直線に飛ぶ。

 

 ドォンッ!!

 

 少し離れた薪の束が、粉々に砕け散った。木片が、冬空へ舞い上がる。

 

 静寂。

 

 アンナは腕を下ろした。

 

(威力は、十分。闘気だけじゃねぇ。魔力を混ぜることで、圧縮率が上がる)

 

 少し、考える。

 

(……構え。高速の連撃と、空気を圧縮する手の動き。気を一気に収束させる。似てる。完全に別物だが、何か、繋がりはありそうだ)

 

 その時だった。

 

「ふぇぇぇぇぇぇぇん!」

 

 家の中から、泣き声。シルフィだった。続いて。

 

「アンナ!? シルフィ!?」

 

 クレアの、慌てた声。庭に響いた轟音で目を覚ましたシルフィが、隣にいるはずのアンナがいないことに気付き、不安で泣き出したのだ。

 

「アンナ!? どこ!?」

 

 クレアの声が震える。アンナは目を丸くした。

 

(しまった。考え事に、夢中になり過ぎた。お袋、完全にパニックじゃねぇか)

 

 急いで駆け出す。一歳児らしく、とてとてと。家へ飛び込むと、涙目になったシルフィがアンナを見つけた瞬間、ぱっと表情を輝かせた。

 

「あんな!」

 

 小さな両腕を広げて、飛びついてくる。

 

「……あぅ」

 

 アンナは自然に受け止める。シルフィは、安心したように胸へ顔を埋めた。クレアは大きく息を吐き、その場へしゃがみ込む。

 

「もう……心配したんだから」

 

 そう言って、アンナの頭を優しく撫でる。怒ることよりも、無事だったことへの安堵が勝っていた。アンナは小さく舌を出した。

 

「……てへ」

 

 その仕草に、クレアは苦笑し、シルフィもつられて笑った。穏やかな笑い声が、部屋に広がる。

 

 ――そこで。クレアの笑顔が、ぴたりと止まった。

 

「……え?」

 

 さっき、聞こえた言葉。胸の中で、何度も反芻する。

 

「あんな……?」

 

 ゆっくりと、シルフィへ視線を向ける。

 

「シルフィ……今……アンナって……言ったの?」

 

 シルフィは、きょとんとした顔でクレアを見つめる。アンナも、目を丸くしていた。

 

(……そういや、今、普通に名前呼んだよな……)

 

 さっきはクレアを安心させることばかり考えていて、まるで意識していなかった。今になってようやく、その事実が胸に飛び込んでくる。

 

(シルフィが……喋った)

 

 驚きで、思考が止まる。クレアは、震える両手でシルフィの肩にそっと触れた。

 

「シルフィ……もう一回……お願い」

 

 シルフィは首をかしげる。何を言えばいいのか、分からないらしい。クレアは、期待に胸を膨らませながら、自分の胸を指差した。

 

「お・か・あ・さ・ん」

 

 ゆっくり。一音ずつ。

 

「おかあさん」

 

 シルフィは、じっとクレアの口元を見る。そして、真似をするように、小さく口を開いた。

 

「……おか……」

 

 クレアが、ごくりと息を呑む。

 

「……あしゃん」

 

 一瞬の、静寂。次の瞬間。

 

「い、言えたぁっ!」

 

 クレアは思わず両拳を握り締め、小さくガッツポーズをした。

 

「やったぁ! ロールズにも、早く教えてあげなくちゃ!」

 

 満面の笑み。目尻には、涙まで浮かんでいる。嬉しそうに笑うクレアを見て、シルフィも何が嬉しいのか分からないまま、にこにこと笑った。その光景を見つめながら、アンナは静かに息を吐く。

 

(……よかった)

 

 ただ、それだけだった。シルフィが、笑っている。お袋が、笑っている。その笑顔を見ているだけで、不思議と胸の奥に張りついていた冷たい何かが、ほんの少しだけ溶けていく気がした。

 

 ◇

 

 ロールズは、背中の弓を担ぎなおしながら、大きく息を吐いた。

 

「ふぅ……」

 

 今日は、森の見回り当番だった。冷たい風に吹かれながら森を歩き続けた疲れは、正直、かなりのものだった。だが。

 

(まあ、家に帰れば全部吹き飛ぶ)

 

 ロールズは自然と笑みを浮かべる。少し前まで、家には重たい空気が流れていた。アンナは笑わず、それにつられるようにシルフィも笑わなくなり、クレアも毎日心配そうな顔をしていた。あの空気は、父親として本当に辛かった。だが、今は違う。また、四人で笑えるようになった。派手な出来事なんてない。豪華な暮らしでもない。それでも。

 

(これが、幸せなんだろうな)

 

 ロールズは家の扉の前に立ち、いつものように声を掛けた。

 

「ただいま」

 

 扉を開く。すると。

 

「おかえり!」

 

 クレアが笑顔で迎えた。その横には、アンナ。そして、シルフィ。二人とも、とてとてと小さな足で玄関まで来ている。家族総出の、お出迎えだった。その光景を見た瞬間、ロールズは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

 

(……ああ。帰ってきた。俺の帰る場所に)

 

 自然と、笑みがこぼれる。

 

「みんな揃って、どうした?」

 

 クレアは、どこかいたずらっぽく笑った。

 

「あなた、驚かないでね」

 

「ん? なんだ?」

 

 ロールズは首をかしげる。クレアは、嬉しさを隠しきれない笑顔で言った。

 

「今日ね、シルフィが、初めてしゃべったの」

 

 ロールズが目を瞬かせる。クレアは続けた。

 

「最初に呼んだのは――アンナ。それからね、お母さんって、呼んでくれたの」

 

 沈黙。一秒。二秒。三秒。ロールズの思考が、止まる。

 

「…………」

 

 そして。

 

 がくん。

 

 膝から、崩れ落ちた。

 

「あなた!?」

 

 クレアが慌てる。ロールズは、床へ両手をついたまま動かない。頭の中では、二つの感情が激しくぶつかり合っていた。

 

(シルフィが……しゃべった……!)

 

 嬉しい。嬉しくて、たまらない。でも。

 

(その場に……俺が、いなかった……)

 

 その事実が、胸へ突き刺さる。

 

「う……うぅぅ……」

 

 肩が震える。そして。

 

「あんまりだ…HEEEEYYYY」

 

 号泣した。アンナもシルフィも、ぽかんと見ている。ロールズは涙をぼろぼろ流しながら、床を叩いた。

 

「なんで俺はァァァ! 今日に限ってェェェ、見回り番を代わっちまったんだァァァ!」

 

 悲痛な叫びが、家中に響く。

 

 本来、今日の見回り当番は、ロールズではなかった。見回り仲間のパウロが、

 

「悪い、ちょっと用事があってさ」

 

 と頼み込んできたので、人の良いロールズが快く交代したのだ。それが、まさか。娘の初めての言葉の日になるとは。

 

「シルフィがァァァ! 初めてェェェ!」

 

 クレアは、額に手を当てながら、深く長いため息をついた。

 

「もう……大袈裟なんだから」

 

 呆れた声。だが、その口元は、隠しきれずに緩んでいる。床に突っ伏し、地団駄まで踏み始める父親。アンナは、その様子を横目に、内心で呟いた。

 

(……親父。そこまで落ち込むか)

 

 流石に少し可哀想になってきた。

 

 クレアは、そっとシルフィを抱き寄せる。耳元で、小さく囁いた。

 

「シルフィ、今度は、お父さんって言ってごらん?」

 

 シルフィは、ロールズを見る。まだ、涙でぐしゃぐしゃの父親を。そして。

 

「……お、と……しゃん」

 

 舌足らずな声。けれど、確かに。

 

「お父さん」

 

 だった。

 

 ロールズの動きが、ぴたりと止まる。ゆっくりと、顔を上げる。

 

「…………」

 

 一瞬後。

 

「シルフィぃぃぃ!」

 

 勢いよく立ち上がると、シルフィを優しく抱き上げた。

 

「ありがとうぉぉ!」

 

 満面の笑み。涙は、まだ止まらない。だが今度は、嬉し涙だった。そのままロールズの視線が、アンナへ向く。期待。ものすごく、期待している。クレアも、ちらりとアンナを見る。そして、小さく目配せした。

 

(お願い)

 

 そんな視線だった。アンナは、誰にも気付かれないよう、小さくため息をつく。

 

(……しょうがねぇな)

 

 照れくさい。だが――親父は、今日一日頑張ってきた。それくらいなら。小さく、口を開く。

 

「……おとう、さん」

 

 少し、たどたどしい声。けれど、ロールズには十分だった。

 

「アンナもぉぉぉぉ!」

 

 再び、感涙。その場で、泣き笑いになる。クレアは、手をぱちぱち叩きながら、どこか棒読み気味に言った。

 

「わぁー、アンナも、しゃべったー」

 

 ロールズは、涙を拭きながら何度もうなずく。

 

「うん! うん! 今日は、最高の日だ!」

 

 その様子を見ていたアンナは、少しだけ頬を赤くした。

 

(……)

 

 昼間。シルフィが「アンナ」としゃべった後、思わず。

 

「シルフィ」

 

 と、名前を呼んでしまった。

 

「……アンナも、しゃべった!」

 

 期待の目でアンナを見る、クレア。しかたないと、アンナは覚悟する。

 

「お袋」

 

「違うでしょ? お母さん」

 

 と、何度も訂正され。結局。

 

「……お、お母さん」

 

 と、言い直す羽目になった。その一部始終を思い出し、アンナは内心で頭を抱える。

 

 すると、クレアが、アンナへそっとウインクした。

 

(秘密ね)

 

 その優しい笑顔に、アンナも苦笑するしかなかった。

 

 窓の外では、冬の夜空に、一番星が輝き始めている。暖かな家の中には、四人の笑い声がいつまでも響いていた。

 

 この日また一つ、忘れられない家族の記念日が増えたのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。