遅咲きのプロゲーマー~W杯優勝GK、36歳からeスポーツへ~ 作:タイラー・カイマー
※作中に登場する架空のゲーム「SOL」は、オンライン対戦ゲーム『
【プロゲーマー】
コンピューターゲームを競技としてプレイし、その競技活動によって報酬を得る選手である。プロチームに所属する選手は、仲間とともにリーグ戦や大会を戦い、勝利を目指す。
*
荒木「ゲームばっかりしてないで、宿題しろ」
貴之「パパも仕事してないじゃん」
荒木「……それとこれとは別だ」
2018年2月。
身長191センチ。広い肩と長い腕、大きな手を持つ、元サッカー日本代表のゴールキーパーである。
2006年のワールドカップで決勝トーナメントを全試合無失点で守り抜き、決勝のPK戦では相手のシュートを3本続けて止め、日本を初優勝へ導いた。
国民的英雄に祭り上げられ、今なお、日本スポーツ界の伝説として語られる男である。
しかし、約2年前に怪我で現役を引退。
それ以来、肩書は無職のままであるが、私生活では3人の子供を持つ父親だ。
そんな彼がいま注意していたのは、宿題もせず、PCでオンラインゲームばかりしている小学5年生の長男、
貴之「パパだって、おれが学校行ってる間もゲームばっかしてるし」
荒木「俺のは一人でやるゲームだ。いつでも止められる」
貴之「カンケーないでしょ。何人でやるかは」
荒木「宿題をしろ」
貴之は、ひとつため息をつく。
貴之「ていうか、おれ、チャレンジャーになったんだけど」
荒木「チャレンジャー?」
貴之「
荒木「SOL……」
『
荒木「ジャンルは、たしか……モ……モ……」
貴之「
荒木「もば」
荒木は家庭用ゲーム機のアクションやRPGなら、かなりやり込んできた。だが、PCのオンラインゲームは別物だ。MOBAと聞いても、何をするのかまるで浮かばない。
貴之「……そこから?」
荒木「で、そのチャレンジャーというのは、どのくらいなんだ」
貴之はマウスを動かし、SOLのランキング画面を開く。
貴之「今シーズン、日本でランクやってるのが約25万人。おれがなったチャレンジャーは、その上位50人」
荒木「……5000人に1人。上位0.02%か。すごいな」
貴之「そう。だから、すごいんだって」
荒木は画面から貴之へ目を移す。
ただPCで遊んでいたわけではない。そこには勝敗があり、順位があり、貴之は自分の力で勝ち上がっている。
荒木「それで、SOLはどんなゲームなんだ」
貴之「……知りたいの?」
荒木「0.02%だからな」
貴之「なんじゃそりゃ……じゃあ、これ」
貴之はランキング画面を閉じ、1本の動画を開く。
動画のタイトルには、『【初心者向け】
荒木「FROG?」
貴之「国内リーグでプレーしてる中国人のプロ。ストリーマーとしてもめちゃくちゃ人気で、おれ、この人がいちばん好き」
荒木「中国人が、日本でゲームのプロをしているのか」
貴之「外国人選手も普通にいるよ。FROGは日本語もめちゃくちゃうまいし」
外国人選手が日本のリーグに所属し、ゲームのプロとして競う。言葉の意味は分かっても、荒木にはまだ実感が湧かない。
貴之「この人の初心者向け動画が、いちばん分かりやすいんだ。とにかく見てみて」
貴之が再生ボタンを押す。
最初に映ったのは、ゲーム画面ではなくFROG本人。
きれいに整えた黒髪に、すっと通った鼻筋と涼しげな目元。俳優だと言われても納得しそうな、正統派のイケメン。
荒木(イケメン中国人プロか……)
FROG(動画)「どうも、FROGです。今日はSOLを5分で説明します。細かい話は5分に収まらないので、今日は全部捨てます。まあ、多少はね?」
FROGが笑顔で手を振ると、映像は会場へ切り替わる。
満員の観客席。会場を走る光。歓声の中を歩いていく選手たち。ステージの片側には5つの席が並び、ヘッドセットを着けた選手が、試合開始の合図を待っている。
FROG(動画)「SOLは、家のPCで始められるオンラインゲームです」
映像が切り替わり、巨大なスクリーンの下で両チームの選手が向かい合う。
FROG(動画)「でも、そこで勝ち続ければ――この舞台まで、道は続いています」
荒木「今のも、このゲームなのか」
貴之「SOLの世界大会だね」
荒木「日本のチームも出るのか」
貴之「出るよ。国内リーグの優勝チームがね」
荒木が見ているのは、派手な照明ではなく、試合を待つ選手たちの顔。
あの顔なら知っている。大一番を前に、意識が競技だけへ研ぎ澄まされていく顔だ。
明るい音とともに、映像はゲームの説明へ切り替わる。
FROG(動画)「SOLは、MOBAと呼ばれるジャンルのゲームです。正式には『Multiplayer Online Battle Arena』。これもうわかんねぇな……こんなのは覚えなくて大丈夫です」
荒木「ほらな」
貴之「何が?」
画面に、SOLの試合で使われる
FROG(動画)「SOLは、5人対5人で戦うゲームです。目的は簡単。相手の陣地のいちばん奥にある本拠地を、先に壊せば勝ちです」
Mapの上側、中央、下側を通る道が、順番に光る。
FROG(動画)「敵味方の本拠地をつなぐ道は3本。上側の
続いて、3本のLaneの間に広がる森が光り、〈
FROG(動画)「Laneの間には、様々なモンスターが棲みつくJungleと呼ばれる森があります。SOLでは、3本のLaneとJungleを5人で分担して戦います」
画面に、姿の異なる5体のキャラクターが並ぶ。
FROG(動画)「プレイヤーがゲームの中で操作するキャラクターを
荒木「スポーツみたいにポジションがあるのか」
貴之「うん。このゲームでは
画面上部のLaneに、〈Top〉の文字が現れる。
FROG(動画)「Topは、上のLaneを主に1人で担当します。タフな前衛や、1対1に強いChampionが選ばれやすいRoleです」
荒木「マッチョのポジションだな」
貴之「まあ、大体そうだね……」
次に、森の中を1体のChampionが走り出す。
FROG(動画)「Jungleには担当するLaneは、ないです。森を回りながらMapの各所へ助けに行く遊撃役で、機動力に優れるChampionが選ばれやすいRoleです」
荒木「たくさん走るから大変そうだな」
貴之「なんでキャラクター目線?」
中央のLaneが光り、〈Mid〉と表示される。
FROG(動画)「Midは、中央のLaneを担当します。魔法使いや忍者のような、敵を一気に倒すChampionが選ばれやすく、試合でも目立ちやすい花形Roleです」
荒木「これがいちばん分かりやすいな。カッコいい」
貴之「やっぱり花形が好きなんじゃん」
今度は下側のLane――Botへ、2体のChampionが並ぶ。
FROG(動画)「Botでは、
後方から攻撃を続けるChampionに、〈ADC〉の文字が重なる。
FROG(動画)「ADCは、弓や銃で遠くから攻撃するRoleです。序盤は弱いですが、成長するとチームの主力火力になります」
貴之「これがおれがやってるポジションね」
荒木「弓で0.02%か」
貴之「まあ、大体そうだね……」
貴之が呆れた顔をする間にも、動画は進む。画面では、別のChampionが敵の動きを止め、傷ついたADCを守っている。
FROG(動画)「Supportは、その名の通り味方を支援するRoleです。回復や防御が得意なChampionが選ばれやすいです」
荒木「Supportは、ずいぶん地味だな」
貴之「大事なRoleだよ」
荒木「カッコよくないなあ……」
貴之「やってもないのに決めないでよ」
画面には、姿も能力も異なるChampionが次々と並ぶ。
FROG(動画)「5体のChampionをどう組み合わせるかで、チームの戦い方は変わります」
FROG(動画)「あとは、負けながら覚えてください。僕もたくさん負けました。今も普通に負けます。しょうがないね」
荒木「5人でポジションを分担して、RPGのようにパーティーを組み、相手の本拠地を壊すゲームか」
貴之「そうそう。やっと分かった?」
荒木「この中国人の説明が良かった」
貴之「おれが前に説明したときは、聞いてなかっただけでしょ」
荒木が答えないまま、動画が終わる。
貴之「一緒にやろうよ」
荒木「デスクトップパソコンがない」
貴之「要求スペック高くないから、パパのノートパソコンでもできるよ。そもそも『虹色に光ってカッコいい』って、ゲーミングのやつ買ってるじゃん」
荒木は一瞬、言葉に詰まる。
荒木「……そもそも、対戦ゲームはやらない」
貴之「なんで?」
荒木「相手がいない方が気楽だろ」
貴之「負けるのが怖いの?」
荒木は、ゆっくりと貴之を見る。
荒木「……誰に言ってる」
貴之「じゃあ、やろう」
荒木「やってやる」
荒木は自分のノートPCを持ってくる。デスクトップPCの隣に置いて電源を入れると、キーボードが虹色に光る。
貴之「ほら、ゲーミング」
荒木「色は関係ないだろ」
貴之に言われるままSOLの公式サイトを開くと、アカウントの作成画面が表示される。
貴之「次はプレイヤー名。ゲームの中で使う名前ね」
荒木は入力欄に、迷わず『ARAKI』と打ち込む。
貴之「そのまんまじゃん。しかも全部大文字……」
荒木「分かりやすいだろ。お前は?」
貴之「taka。SOLではずっとこれでやってる」
荒木「お前も同じようなものだろ」
貴之「おれはいいの!」
登録が完了すると、画面にARAKIの名が表示される。隣のデスクトップPCには、すでにtakaの名。
そのままSOLをインストールすると、チュートリアルが始まる。
taka「まずは移動。画面に出てるとおりにやって」
ARAKI「動かしてる」
taka「違う。そっちじゃなくて、こっち」
ARAKI「同じようなものだろ」
taka「全然違うから!!」
そんな調子で、ARAKIはtakaに教わりながらチュートリアルを進めていく。
廊下を通りかかった荒木の妻、
夫がゲームをすること自体は珍しくない。けれど、いつも選ぶのは、一人で遊べるゲームばかり。息子に教わり、失敗し、言い返しながら先へ進んでいく姿は、いつもとは少し違って見える。
明美は声をかけず、小さく笑う。
引退してから止まったままだった夫の時間が、ほんの少しだけ動き出したような気がした。
*
対人戦を重ね、ランク戦に参加できるようになった頃、ARAKIは隣のtakaへ目を向ける。
ARAKI「そろそろ、お前も入れ」
taka「無理だよ」
ARAKI「なぜだ」
taka「ランクが離れすぎてるから。チャレンジャーと組めるのは、ダイヤモンドランクから。初心者狩りを防ぐための制度だね」
ARAKI「ダイヤモンドは上位何%だ?」
taka「2%」
ARAKI「2%まで一人で上がれということか……!?」
taka「まあ、別に無理しなくてもいいんじゃない?」
takaは何でもないことのように肩をすくめる。
ARAKI「……上がってやる」
ARAKIは、花形と呼ばれて気に入ったMidで、一人ランク戦へ挑み始める。
やがて、ARAKIはtakaの帰りを待たなくなる。
学校から帰ったtakaの目に、昼間の試合で埋まったARAKIの戦績が飛び込んでくる。ノートPCには試合を見返す
taka「学校行ってる間もやってたの?」
ARAKI「昨日の負け方を確かめただけだ」
taka「それ、もうハマってるじゃん」
ARAKI「練習だ」
競技が変わっても、負けた理由を放っておけないところは変わらない。
ほどなく、ARAKIはSOL用のデスクトップPCを買う。
taka「うわ、買ってる」
ARAKI「練習のためだ」
虹色に光る新たな相棒とともに、ARAKIは対戦を重ねる。Midを中心に、ほかのRoleでも経験を積んでいく。
ある日、割り当てられたのは、地味だと馬鹿にしていたSupport。見慣れていたはずの景色が、その瞬間、一変する。
敵が味方へ襲いかかるより早く、その間へ割って入る。動きを封じられた敵を、逃げかけていた味方が振り返って仕留める。
攻撃を受けてから反応するのでは遅い。相手の狙いを読み、先にコースを消す。
それは、ゴール前に立っていた頃の感覚そのものだ。
その日の夕方、帰宅したtakaがARAKIの戦績を覗き込む。
taka「またSupportやってる」
ARAKI「この方が勝てる」
taka「Support、地味なんじゃなかった?」
ARAKI「……俺が使えば花形だ」
taka「都合良すぎでしょ」
次の試合もSupport。その次も。
そして、SOLを始めて2か月。貴之が小学6年生へ進級した頃、ARAKIの画面いっぱいにダイヤモンドの紋章が輝く。
ARAKI「ようやく2%だ」
taka「これで、やっとおれと
ARAKI「フッ。2か月で到達だ。さすがのお前より早いだろ?」
taka「さすが無職だね……」
ARAKI「……」
2人は並んだPCで、初めて同じチームに入る。
takaがADCとして踏み込めば、ARAKIがSupportとして敵を止める。ARAKIが「今だ」と告げれば、takaは迷わず攻撃へ転じる。
言葉は短い。それだけで十分だ。
勝利数とともに、〈ARAKIとtaka〉の名も高ランク帯で知られていく。
そして、SOLを始めてから約3か月。
試合終了と同時に、画面いっぱいにチャレンジャーの紋章が浮かび上がる。
taka「パパ、チャレンジャーじゃん」
ARAKIは、画面に浮かぶ紋章を見つめる。
ARAKI「これでお前と同じ0.02%か」
taka「おれの方が先」
ARAKI「……だが、俺は3か月で到達した」
taka「おれと組んだからでしょ」
ARAKI「……」
そのとき、2人の画面に、ほぼ同時にフレンド申請の通知が現れる。
申請元は〈
taka「……パパ、これ」
2人が申請を承認すると、同じ文面のメッセージが届く。
――――――――――
ARAKI様
taka様
突然のご連絡、失礼いたします。
国内プロリーグ所属チーム、ARCANA代表の
お二人のDuoでのプレイを拝見し、当チームでのプロ選手活動について、一度お話しさせていただきたくご連絡いたしました。
――――――――――
taka「パパ……これ、プロチームだよ」
ARAKI「俺じゃなくて、お前にだろ」
taka「両方に来てる。ほら、宛名」
ARAKIの視線が、〈プロ選手活動〉の文字で止まる。
――怪我でサッカーを辞めた。日常生活には戻れても、自分の意志で勝負を終えたわけではない。
引退後、コーチをはじめ、サッカーに関わる仕事の話は何度もあったが、すべて断ってきた。ピッチのそばに戻れば、もう選手としてそこに立てない現実を突きつけられる。
遊ぶゲームも、対戦相手のいない一人用のものばかりを選んだ。
仕事でも遊びでも、ARAKIは勝負を避けていたのだ。
だが、息子に誘われて始めたSOLでは、そんなことを考える暇もなかった。勝てば次へ。負ければ理由を探し、また次へ。
競技は違う。立つ場所も、芝のピッチからPCの前へ変わる。それでも、勝利を求めて戦う選手であることに変わりはない。
サッカー選手には戻れない。だが、36歳の今、プロ選手には戻れるかもしれない。
taka「ママ! ちょっと来て!」
呼ばれた明美が、メッセージを最後まで読み、ARAKIを見る。
明美「返事、するの?」
自分の答えは、もう決まっていた。
ARAKI「ああ。話を聞いてみたい」
taka「おれも!!」
目を輝かせるtakaに、ARAKIは眉を寄せる。
ARAKI「お前は……まず宿題をしろ」
taka「今それ関係ないでしょ!」
今度ばかりは、その通りだった。