遅咲きのプロゲーマー~W杯優勝GK、36歳からeスポーツへ~ 作:タイラー・カイマー
【宣材写真】
「宣伝材料用写真」を略した言葉。eスポーツでは選手やチームを紹介するため、公式サイトや試合告知、配信画面、SNSなどに使用される。
*
ゲーミングハウスを大掃除した翌日。
ARAKIたちは、広告代理店の片桐が手配した都内のレンタルスタジオに来ていた。
Summer Splitの開幕を前に、毎シーズン行われているSJLの公式宣材撮影。
この日は6チームが時間をずらし、順番に撮影を行うことになっている。
そのトップバッターがARCANAだった。
和田「いつもと同じように全チームがここで撮るのですかな?」
片桐「ええ。ARCANAが終わり次第、次のチームが入ります」
6人はユニフォームへ着替え、順番に撮影の準備へ入った。
髪を整えられ、顔には照明によるテカリを抑える程度の薄いメイクが施される。
ZEROは黒縁眼鏡を一度外し、慣れない様子でじっと椅子に座っていた。
ZERO「毎回思うのですが、メイクまで必要なのですか?」
片桐「必要です。カメラは皆さんが思っているより正直ですから」
ZERO「それは、このあと証明されそうですね」
Zark「なんで撮る前から不吉なんすか」
その隣では、Lemonが長い黒髪を整えられていた。
スタイリスト「綺麗な髪ですね〜。整え甲斐があります」
Lemon「ボク、こういうの苦手なんですよね……」
スタイリスト「フフ、男の人は、そうですよね」
Lemon「ゲームと同じで座ってるだけなのにキンチョーします」
スタイリスト「あと少しですよ、頑張って!」
そんなLemonとは対照的に、ARAKIだけは妙に手慣れていた。
椅子へ座れば言われる前に顔を向け、立ち位置を指定されれば自然に身体の角度を作る。
カメラを向けられても表情が固まらない。
サッカー選手だった頃、何度となく繰り返してきた仕事だった。
Lemon「……慣れてますね」
ARAKI「まあな。散々やったからな」
準備を終えると、6人揃っての集合写真から撮影が始まった。
同じユニフォーム。
同じ背景。
同じ照明。
カメラマンの指示に合わせて立ち、何度かシャッターが切られる。
ひと通り撮り終えると、片桐と撮影スタッフが確認用のモニターへ集まった。
数枚めくる。
片桐が眉をひそめた。
カメラマンも、画面を見ながら何やら小声で話している。
Zark「……なんかダメだったんすか?」
片桐「もう一度撮りましょう」
Zark「え?」
今度は、先ほどより細かな指示が飛んだ。
カメラマン「Zark選手、もう少し顎を引いてください。そうです。肩の力を抜いて――」
顎を引く。
肩を下げる。
背中を起こし、身体の位置を整える。
言われた通りに直した瞬間は、先ほどより明らかに良くなった。
片桐「そうです。そのままで」
再びシャッターが切られる。
だが。
カメラマン「Zark選手、顎が戻っています。肩も!」
Zark「えっ。こう……っすか?」
無理に姿勢を戻したZarkの身体が、微妙に震え始めた。
Zark「うわ、なんか変な筋肉がツりそーっす!」
ARAKI「おいおい……」
隣ではZEROも、指示された姿勢のまま固まっている。
ZERO「あー……死の近づく体勢ですね……」
ARAKI「ZEROまで何を言ってるんだ」
ほかの面々も似たり寄ったりだった。
姿勢を直せても、しばらくすると元へ戻る。
維持しようとすれば身体へ余計な力が入り、今度は表情が
片桐は何度も撮り直した写真を確認すると、モニターから目を離した。
片桐「……今日はここまでにしましょう。他のチームの撮影時間もありますので」
和田「何やら反応が芳しくありませんな」
片桐「ARCANAは再撮影にします。撮影予備日が数日後にありますので、そこで」
和田「昨季までそんな事はありませんでしたが……急になぜ?」
片桐「見てください」
そこで初めて、モニターが6人へ向けられた。
画面には、同じユニフォームを着たARCANAの6人が並んでいる。
だが――どうにも、一つのチームに見えない。
姿勢。目線。表情。立ち方。
一つひとつを見れば致命的な失敗ではない。
それでも6人を並べた瞬間、ARAKIだけが明らかに浮いていた。
片桐「タイトルは、『荒木将とその辺のゲームオタク5人』」
和田「む……確かに……」
Pika「そこは否定してくださいヨ!」
片桐「昨季までは、被写体として低レベルな5人だからチーム全体として成立していたのです」
Shadow「もう少しこう、表現に手心はないのですか?」
片桐「そこへ、ARAKI選手というオーラを放つスターが加入したことで、全体が成立しなくなりました」
Zark「フツーにショックなんすけど……」
ARAKIも改めて写真を見る。
確かに、自分だけ別の宣材写真から切り抜いて貼り付けたようにも見えた。
ARAKI「こういうのを『チー牛』と言うのだろう?」
Pika「アーッ!? その単語はこの業界では禁句ですヨ!? 禁句!!」
ZERO「当てましょう。takaさんから覚えましたね」
ARAKI「正解だ」
ZERO「やっぱり!」
Pika「納得しないでくださいヨ!」
片桐「チー牛かどうかは、ともかく……」
そして、改めて5人を見る。
片桐「少なくとも次回は、『ARAKIとその仲間達』くらいにはしてください」
Zark「まだARAKIさんが主役じゃないすか!」
Lemon「誰が主役でもいいから、次で終わらせようよ……」
片桐「このまま掲載すれば、5人だけでなく、ARAKI選手の価値まで落としかねませんのでね」
和田「申し訳ありませんな……」
片桐「謝罪より、次は使える写真をお願いしますよ」
今度は、誰も軽口を返さなかった。
*
一行は撮影の件を若干引きずりながらゲーミングハウスへ戻った。
17時からの休憩までには、まだ時間がある。そこで、予定していた短いスクリムを行うことになった。
ARAKI「Lemon、今日はお前がSupportだ」
Lemon「分かりました」
ARAKI「俺は後ろから見ている。あと、今日はLemonのコールに合わせろ」
Pika「了解デス!」
Lemon「え、ボクが決めるんですか?」
ARAKI「そうだ。俺が出ない時の想定もしておきたい。今日はお前がまとめろ」
Lemon「分かりました。……キンチョーするなあ……」
短いスクリムを一通り終えると、5人はそのままレビューへ入った。
Lemon「うーん……全体的に、ARAKIさんみたいにスパッとは決められなかったな」
Pika「その辺りもレビューで相談デスネ!」
そんな話をしている5人の前で、ARAKIがモニターを操作する。
ARAKI「さて、ご苦労だった。早速だが、今日はこのことについて話そう」
画面が切り替わった。
映し出されたのは試合映像ではない。
ゲーム中の5人を、横から撮った写真だった。
Lemon「ちょ、え? どういうことですか?」
ARAKI「今日の議題は、ゲーム中の姿勢の悪さについてだ」
Pika「ホワッツ!?」
ARAKI「今のスクリムは、姿勢を見るために俺が抜けた」
Lemon「え!? ちょ、ボクのコールの話とかは!?」
ARAKI「しない」
Pika「ワ〜オ……」
ZERO「Lemonさん、実験台でしたね」
Lemon「お前も撮られてるからね??」
ZERO「実験台にはなってないのでノーダメージです」
Lemon「ボクだけ損したみたいな感じ出すのやめて」
うなだれるLemonを横目に、Shadowが写真を見ながら口を開いた。
Shadow「……もしかして、宣材写真のためですか?」
ARAKI「違う」
ARAKIは即答した。
ARAKI「問題は、これを放置しているとゲームも弱くなるってことだ」
Zark「んなワケないでしょ」
ARAKI「じゃあ、とりあえず全員立て。今からそれを証明してやる」
Zark「えぇ……?」
渋々、5人が椅子から立ち上がる。
ARAKIはまず、首や肩、胸まわりを軽く動かし、続いて手首と前腕を伸ばすよう指示した。
最初こそ面倒そうに真似していた5人だったが――。
Zark「あ゛〜……これ、気持ちいいっすね……」
ZERO「単なる
Zarkを筆頭に快感の声が漏れてくる。
Shadow「年寄りの集会みたいになっていますね……」
ARAKI「……それだけ普段から固まってるってことだ」
そのまま終わるかと思いきや、ARAKIは床へ手を向けた。
ARAKI「ついでだ。もう少し動かすぞ」
Zark「まだやるんすか!?」
続いて始めたのは、器具を使わない簡単なトレーニングだった。
筋力増強というよりは、身体を支えるための短い体幹運動。
どれも、限界まで追い込むようなものではない。
しかし、使い慣れない筋肉を稼働させたせいか5人は予想以上に苦悶する。
Zark「ア゛ァァッ……」
ZERO「筋肉の終焉がカウントダウンしています」
Lemon「何その表現……これ、もしかして毎日続ける感じですか?」
ARAKI「ああ。使えてない筋肉を目覚めさせるためのトレーニングだ。しばらくは続けてもらうぞ」
Zark「ひ〜〜……」
ひと通り身体を動かし終えると、ARAKIは先ほどの写真をもう一度指した。
ARAKI「姿勢が悪いと、首が固まる。肩が上がる。手首へ余計な力が入る。顔が近づいて目も疲れる」
そして、5人を見る。
ARAKI「悪い姿勢でプレイするのは、常時
Zark「でも、他のプロも大体こんな姿勢じゃないすか?」
ARAKI「それなら、ウチが改善すればそれだけでリードを取れるだろう」
Zark「リード?」
ARAKI「ああ。ゲームの練習を増やさずにな」
Pika「お得ですネ……しかも健康のオマケ付き!」
ARAKI「そういうことだ」
ARAKIは練習席へ目を向けた。
ARAKI「あとは、椅子の高さと肘の位置、モニターの高さや距離を見直すぞ」
それぞれが普段使っている席へ戻り、自分の身体に合わせて調整していく。
全員の調整を終えた頃には、ちょうど17時が近づいていた。
*
17時になり、6人は休憩へ入った。
キッチンへ向かう面々を見ながら、ARAKIは昨日の大掃除を思い出す。
大量に積まれていた弁当容器が、少し気になっていた。
ARAKI「そういえば、夕食はいつもどうしてるんだ? 弁当か?」
Shadow「そういう時もありますが、Pikaさんがまとめて作ってくれることが多いですね」
Pika「今日は炒飯を作りますヨ! ARAKIさんも食べますカ?」
ARAKI「そうなのか。せっかくだから頂こうかな」
Zark「Pikaさんの作るメシ、マジでウメェっすよ!」
ARAKI「好評なんだな」
ZERO「はい。Pikaさんの中華鍋がなければ、ARCANAは解散しています」
ARAKI「そんなにか……」
ほどなくして、キッチンから香ばしい匂いが漂い始めた。
大きな中華鍋を振るPikaの手つきは、思いのほか慣れている。
やがて6人分の炒飯が、次々とテーブルへ並べられた。
Pika「お待たせしましタァ!」
Zark「いただきまーす!」
ARAKIも一口食べる。
ARAKI「……美味い!」
Pika「ハハ! 嬉しいですネ!」
評判どおりだった。
食事中の会話も弾み、山盛りだった炒飯は見る見るうちになくなっていく。
全員が食べ終えたところで、ARAKIは立ち上がった。
ARAKI「さて……」
Zark「ん?」
ARAKIが冷蔵庫から取り出したのは、帰り道に買っておいた人数分のサラダチキン。それをテーブルに並べる。
Zark「……なんすかそれ?」
ARAKI「さて……PFCって知ってるか?」
Zark「無視っすか?」
Shadow「
ARAKI「そう。いわゆる三大栄養素だな」
Zark「………」
ARAKIは食べ終えた皿を指した。
ARAKI「別に、Pikaの飯が悪いって話じゃない。むしろ美味かった」
Pika「ありがとうございます!」
ARAKI「ただ、栄養バランスを意識すれば……身体の調子は良くなる」
Lemon「……つまりゲームを練習せず、またリードが取れる……」
ARAKI「その通り。こういう共同生活だと、毎食いくつもおかずを用意するのは難しいだろ」
ZERO「ラーメン、カレー、弁当……そういう食事が続けば、栄養も偏りやすいです」
キッチンを見つめながらPikaが口を開く。
Pika「ワタシも少し意識して、献立を考えてみマス!」
ARAKI「無理しない範囲でな。どうもお前の料理は士気に直結してるみたいだから、下手にいじるのも考えものだぞ」
Zark「そうだぞ!」
Shadow「誰目線の発言なんですか、それは……」
ARAKI「……話を戻そう。だから、足りない栄養を補うために、一品足す。今日は、これだ」
そう言って、サラダチキンを一つ手に取る。
Zark「ちょ、それマッチョしか食わない奴じゃないすか」
Lemon「凄い偏見」
ARAKI「足りないタンパク質をとるならまずコレだ。手軽に食べられるぞ」
Zark「いや……それよか前に、どれが足りないとか分からないっすよ! なんか計算とかするんすか? オレ、できないっす!」
Lemon(嫌がりすぎだろコイツ)
ARAKI「栄養記録アプリを使え」
Zark「アプリ?」
ARAKI「食った物を入れれば、大体のバランスは出る。とりあえず、今日食ったものを入れてみろ」
Zark「はぁ……」
Zarkは渋々スマートフォンを取り出し、アプリをインストールした。
試しに今日一日で口にした物を入力していく。
しばらくして、画面に表示されたバランスを見たZarkが黙った。
Zark「…………」
Pika「ワオ……」
ARAKI「どうだ?」
Zark「……明日から頑張ろ」
そう言って、テーブルに置かれていたサラダチキンを手に取り、黙々とかじり始めた。
ARAKI「大体でいいからな、本当に。100点を狙ったらキリがない」
Zark「はぁ〜い……」
Shadow「私も入力してみましたが……やはりタンパク質が不足していますね」
Shadowが自分の画面を見ながら呟く。
Shadow「プロテイン、ARCANAの経費で買えませんかね」
ARAKI「和田さんに打診してみよう。成績のためだとな」
ZERO「バナナ、いちご、メロン……色々な味があるんですね」
Zark「それなら続けられるかも!」
Lemon「単純だなぁ……」
*
それから数日。
ARCANAの生活には、小さな変化が増えていった。
朝食後には、ARAKIから教わった軽い体幹トレーニングを数分。
スクリムの合間には一度立ち、肩や手首を動かす。
座り方が崩れれば、自分で気づいて戻す。
和田の了承を得て、プロテインもチーム経費で常備された。各自、食事で不足するタンパク質を補っている。
Zarkも、食事のたびにスマートフォンを開くことだけは続けている。
Zark「入力するのだけは慣れてきましたわ」
ZERO「Zarkさんがこんな律儀に……信じられません」
Zark「オレをなんだと思ってたんすか」
身体を整える一方で、開幕戦への準備も進んでいた。
相手は、国内絶対王者BUSTER。
Lemonたちが集めた映像をもとに対策を練り、ARAKIが方針をまとめる。
スクリムで試しては修正し、来たる開幕戦へ向けて準備を重ねていった。
ある日の夜。
スクリムを終えたZarkが、肩を軽く回した。
Zark「あれ?」
ARAKI「どうした?」
Zark「前より、肩が楽な気がするっす」
疲れていないわけではない。
姿勢が治ったわけでもない。
ただ、崩れた時に自分で気づき、座り直す回数は明らかに増えていた。
ARAKI「もう違いが分かるのか。若いな」
Zark「急に何歳目線すか」
ARAKI「気づけるようになっただけでも十分だ。続けろよ」
Zark「うぃっす!」
まだ始めたばかりだった。
それでも、開幕戦へ向けた準備は少しずつ6人の中に積み上がっていた。
*
そして、宣材撮影の予備日。
ARCANAの6人は、再びカメラの前に立った。
数日で身体が変わったわけではない。
それでも、姿勢を意識し、食事を見直した。生活も少し整い、顔色も前よりいい。
カメラマン「はい、そのまま。目線、こちらへお願いします」
6人は、少しだけ胸を張る。
その小さな自信は、表情にも表れていた。
シャッターが切られる。
ほどなく、モニターに新しい写真が映し出された。
和田「おお……」
ARAKIが目立たなくなったわけではない。
世界の舞台で何度も撮られてきた男なのだから、それは変わらない。
だが、その横にいる5人も、もう言われた場所へ立っているだけには見えなかった。
和田「なんと言うか……プロっぽくなりましたな」
Zark「マジっすか!」
和田「男前に……モテそうですなあ」
Zark「ウヒョー!!」
ARAKI「チー牛の中で?」
Zark「オイィ!?」
片桐「使えますね」
全員の視線が片桐へ向いた。
Shadow「今、褒めました?」
片桐「『ARAKIとその仲間達』くらいにはなりました」
Lemon「まあ……5人のゲームオタクよりはマシかな」
誰も、文句を言わなかった。
完成した写真の横へ、開幕戦の対戦表示が重なる。
〈SUMMER SPLIT OPENING MATCH〉
〈ARCANA vs BUSTER〉