遅咲きのプロゲーマー~W杯優勝GK、36歳からeスポーツへ~   作:タイラー・カイマー

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第14話 炎上

【炎上】

 

 SNSなどで、ある人物や組織の言動に対する批判や非難が急速に広がること。

 eスポーツでは、試合中の言動や配信、SNSでの発言などが原因となることもある。

 

*

 

 BUSTERとのSummer Split開幕戦に0-2で敗れた翌日。

 

 ARCANA事務所の会議室には、選手6人と和田、そして片桐が集められていた。

 

 室内のモニターで、短い動画が再生されている。

 

 ――最初に映ったのは、試合前のARCANAだった。

 

 5人が肩を組み、ARAKIが声を上げる。

 

ARAKI(動画)「絶対勝つぞ!」

4人(動画)「オーッ!」

 

 映像が切り替わる。

 

〈BUSTER 2-0 ARCANA〉

 

 試合結果が大きく表示され、そして次の瞬間。

 

Zark(動画)「クソッ!」

 

 Zarkが拳を1度だけ机へ落とす――

 

 そこで動画は終わった。

 

 画面が暗転する。

 

 数秒の沈黙。

 

 片桐が椅子の背にもたれ、深く息を吐いた。

 

片桐「面倒な事をしてくれたものです」

 

 昨夜の試合終了後、この短い動画がSNSへ投稿された。

 

 試合前の円陣から0-2という結果、そして敗戦直後にZarkが机へ拳を落とす瞬間だけをつないだ映像は、SJLを見ている者たちの間で少しずつ拡散されている。

 

 面白がる者だけではない。Zarkの振る舞いを問題視する声も出始めていた。

 

 事態を知った和田は、今後の対応を確認するため、急遽選手たちを事務所へ集めた。リーグの広報やスポンサー対応を担当する片桐がここにいるのも、そのためだった。

 

Zark「……そんな大事になってんすか」

片桐「いいえ。プチ炎上程度です。幸い、スポンサーからの問い合わせ等はまだありません」

片桐「しかし、こんなコメントもあります」

 

 片桐がモニターを操作する。

 

〈機材に当たるとかプロ失格〉

 

〈ARAKIの金魚の糞〉

 

〈汚いピンク髪〉

 

 最後の一文まで表示されたところで、何人かが微妙な顔をした。

 

Shadow「あまり関係ないコメントも混じっていますね……」

 

片桐「まあ、炎上の規模はともかく。私としてはARAKI選手加入をきっかけに、さらにSJLを盛り上げたいところ……」

片桐「そこに水を差すような事があれば困るのですよ」

Zark「…………サーセン」

 

 先ほどまで不満そうだったZarkも、今度は素直に頭を下げた。

 

ARAKI「こんなので炎上するのか? どうかしてるだろ」

片桐「あなたを基準に炎上を測るのはやめてください」

Lemon「確かに……札幌の時とかと比べれば、今回のはだいぶ小さいような」

Shadow「ああ……」

 

 Lemonの一言で、事情を知る者だけが妙に納得した顔をする。

 

ZERO「札幌? 北海道ですか?」

Pika「何デスか? ARAKIさんは札幌で何かしたのデスか?」

ARAKI「…………」

 

 ZEROとPikaだけではない。Zarkも何の話か分からないらしく、首を傾げている。

 

 どうやらARAKIのサッカー選手時代の話らしいが、ARCANAで本人がそれを語ったことは一度もなかった。

 

 その3人から視線を集めたARAKIは、何も答えず黙り込んだ。

 

和田「まあまあ。昔の話は、また別の機会にしましょう」

 

 和田が苦笑しながら話を本題へ戻す。

 

Shadow「しかし、この悪意ある切り抜き……近年のトレンドからすると、もう少し拡散していてもおかしくなさそうですが」

片桐「本格的に炎上が拡大する前に、沈静化を図ってくれた人物がいたのですよ」

 

 ARCANAの面々が顔を見合わせる。

 

 少なくとも、自分が何かしたという顔をしている者はいない。

 

Pika「この中にはいなさそうデスガ……」

片桐「ええ。お見せしましょう」

 

 片桐が再びモニターを操作した。

 

 ――画面に映ったのは、昨夜の試合を終えたばかりのFROGだった。

 

 自身の配信で試合を振り返っているらしい。画面の脇を流れるコメントの中には、ARCANAやZarkを嘲笑するものも混じっている。

 

 その1つを拾ったFROGが、少しだけ表情を変えた。

 

FROG(動画)「Zark選手は、試合後にちゃんと僕たちへ挨拶しましたよ。そこまで見てください」

FROG(動画)「机を叩いたのは、よくなかったかもしれません。でも、あの数秒だけで態度の悪い選手にするのは違います」

 

 流れていたコメントの勢いが、わずかに鈍る。

 

FROG(動画)「円陣を笑うのもやめましょう。本気で勝ちに来た相手に勝ったから、僕たちの勝ちにも価値があります」

 

 そこまで真面目な顔で言い切ると、FROGは一拍置いた。

 

FROG(動画)「はい、この話は終わり! 閉廷! 以上! みんな解散!」

 

 途端に、コメント欄が別の意味で荒れ始める。

 

 FROGはもうZarkの話には触れず、何事もなかったように試合映像へ戻っていった――

 

 動画が止まる。

 

 会議室に、何とも言えない沈黙が落ちた。

 

Zark「……オレ、敵に火消ししてもらってんじゃん」

Pika「試合の後まで1手早いデスネ……」

ZERO「上手い!」

Shadow「自虐に乗らないでください」

 

 わずかに空気が緩む。

 

片桐「ともかく、FROG選手の発言以降、拡散の勢いは落ちています」

片桐「こちらから改めて声明を出せば、収まりかけている話をもう1度広げることにもなりかねません」

和田「では、ARCANAからは何も出さない?」

片桐「現時点では、それが良いでしょう」

 

 片桐は頷き、今度はZarkへ視線を向けた。

 

片桐「あなたも、この件については何も書かないでください。反論も謝罪も、今は必要ありません」

Zark「……何も?」

片桐「ええ。腹が立っても我慢してください」

 

Zark「オレ、そんな信用ないっすか?」

片桐「ありません」

Zark「即答!?」

 

 片桐は取り合わず、ARAKIへ顔を向ける。

 

片桐「ARAKIさん。見張っておいてくださいよ」

ARAKI「俺が?」

片桐「主将でしょう」

 

Lemon「あまり適任じゃない分野な気が……」

ARAKI「任せろ」

Shadow「急に不安が増しましたよ」

 

片桐「それから和田さん。スポンサー、リーグ、メディア――どこからでも、この件について問い合わせがあればすぐに共有してください」

和田「分かりました」

 

 片桐は一通り確認すると、手元の資料を閉じた。

 

片桐「では、現状は静観。何か変化があれば、その時に対応します」

 

 それが、今回の騒ぎに対するARCANAの方針となった。

 

 大きな処分も、公式声明もない。

 

 Zarkが余計なことを書かず、外から何か連絡があれば共有する。

 

 それだけだった。

 

和田「では、この件はここまでにしましょう。今日は急に集まってもらってすみませんでしたな」

 

 椅子が引かれ、選手たちが立ち上がる。

 

Pika「では帰って練習デスネ!」

ZERO「予定より少し遅れました」

Shadow「戻れば取り返せる程度でしょう」

Zark「…………」

 

 それぞれが会議室を出ていく中、Zarkも無言でスマートフォンをポケットへしまった。

 

 表情は、いつもとそう変わらない。

 

 そのまま、5人と一緒にゲーミングハウスへ戻っていった。

 

*

 

 ゲーミングハウスへ戻ると、ARCANAは予定より少し遅れて練習を始めた。

 

 BUSTER戦で見つかった課題は多い。

 

 相手が動いてから判断するのではなく、その先に起こり得る展開を5人全員で考える。

 

 昨日の敗戦を無駄にしないためにも、練習時間はいくらあっても足りなかった。

 

 ――だが。

 

ARAKI「Zark、下がれ!」

Zark「……あ、はい!」

 

 一瞬、反応が遅れた。

 

 致命的というほどではない。

 

 それでも、普段のZarkならもっと早く声が返ってくる。

 

 次の局面でも同じだった。

 

 視線はモニターへ向いている。操作もしている。だが、どこかいつもの鋭さがない。

 

 短い休憩に入れば、真っ先に手を伸ばすのはスマートフォンだった。

 

 画面には、自分のプレイヤーIDを検索した結果が並んでいる。

 

〈FROGが言ってる通り、あの数秒だけで叩くのは違うだろ〉

 

〈でも机叩いたのは事実じゃん。プロなら負けた時こそ態度ちゃんとしろよ〉

 

〈次はプレーで返してくれ〉

 

〈Zarkずっと応援してるけど、昨日のはちょっと残念だった〉

 

 擁護する声もある。

 

 それでも、「ちょっと残念だった」の一文でZarkの指が止まった。

 

 画面を閉じても、次の休憩になればまた開く。

 

 数試合を終えたところで、ARAKIは椅子から立ち上がった。

 

ARAKI「……少し形を変えるか」

Zark「え?」

 

 ARAKIはLemonへ顔を向けた。

 

ARAKI「Lemon。次、ADCに入ってくれ」

Lemon「ボクが?」

ARAKI「ああ。元はADCだったんだろ?」

Lemon「そうですけど……」

 

ARAKI「俺とBotで組む形も広げておこう」

Lemon「確かにそうですね、分かりました」

 

 ARAKIがZarkを見る。

 

Zark「…………」

 

 いつものZarkなら、何か一言くらい返したかもしれない。

 

 だが今日は、素直に席を立った。

 

Zark「……うす」

 

 LemonがADCの席へ移り、ARAKIはその隣へ座る。

 

 初めて組むBotの形を試している間、Zarkは後ろから画面を眺めていた。

 

 時折、ポケットへ手を伸ばしかけては、やめる。

 

 やがて時計が17時を回った。

 

ARAKI「一旦、飯にしよう」

 

*

 

 ARCANAの夕食は、以前からPikaが作ることが多かった。

 

 大きな中華鍋を振るい、5人分、今ではARAKIを含めた6人分をまとめて作る。味について文句を言う者はいない。

 

 ただ、Pikaが作れない日は、買ってきたもので済ませることもあった。

 

 栄養を意識するようになってからは、そうした日をARAKIの料理で補うようになった。この日も、食卓には彼の料理が並んでいた。

 

 アスリート向けの栄養バランスを保ちつつ、味付けや献立を変えて食べ飽きないよう工夫されている。

 

Pika「ARAKIさんのゴハン、やはり美味しいデスネ!」

Lemon「Pikaの中華が続いたところに、こういうのが来るとまたいいんですよね」

Pika「ワタシの料理、飽きたのデスカ!?」

Lemon「そういう意味じゃないって!」

 

 2人のやり取りに、Shadowが溜息をつきながら口を開く。

 

Shadow「織り交ぜられる事で互いの魅力がより引き出される、と言いたいのですよね」

Pika「それならヨシ!」

 

 いつものように会話が続く。

 

 その中で、Zarkだけがほとんど口を開かなかった。

 

 箸は動いているが、食べる速度が明らかに遅い。

 

 ARAKIは向かいからその様子を見ていた。

 

ARAKI「Zark」

Zark「……はい?」

ARAKI「お前、気にしすぎだぞ」

 

Zark「…………」

 

 Zarkはしばらく黙っていた。

 

 それから、皿へ視線を落としたまま聞いた。

 

Zark「……takaは、なんて言ってました?」

 

 ARAKIは少しだけ考えてから答える。

 

ARAKI「次もタオルを持っていくと言ってたぞ」

 

 Zarkが顔を上げた。

 

Zark「……マジっすか」

 

 その顔がわずかに緩む。

 

 だが、ARAKIは続けた。

 

ARAKI「まあ、机は叩くなよ、とも言ってたが」

 

Zark「…………」

 

 再び、Zarkの視線が皿へ落ちた。

 

ARAKI「あの程度でファンをやめる奴は、そう多くないんじゃないか?」

Shadow「ARAKIさんもサッカーの時、だいぶ言動に問題がありましたが、私はファンのままでしたからね」

ARAKI「……それはフォローしてるのか?」

Shadow「しているつもりです」

 

 Shadowの話を聞き、ZEROがハッと目を見開く。

 

ZERO「そういえば、今朝の札幌の話ですが――」

ARAKI「話を戻すぞ」

ZERO「まだ聞いていません」

ARAKI「戻すぞ」

Lemon(必死すぎでしょ……)

 

Lemon「でも……こうやって騒がれるのって、今までとは違いますよね」

Zark「違う?」

Lemon「前なら、机を1回叩いたくらいで、こんな動画まで作られてなかったでしょ」

 

 Zarkが黙る。

 

 それは、誰も否定できなかった。

 

Shadow「私たちが問題を起こさなかったというより、問題になるほど見られていなかったのかもしれませんね」

Lemon「ボクも、試合が終わった後まで見られてるなんて、今まで考えてもなかったな……」

Pika「注目されるようになったのは、良いことのはずなのに難しいデスネ」

 

 ZEROが箸を止め、ぽつりと言った。

 

ZERO「見てもらいたい。でも、見られたくないところまで見られる」

Lemon「普段の言動も、ってことか……」

 

 少し前まで、そんなところまで意識していなかった。

 

 勝っても負けても、ARCANAを追い続ける人は多くなかった。

 

 だが今は違う。

 

 ARAKIが加入し、ARCANAへ向けられる視線は増えた。

 

 客席には、Zarkのタオルを掲げるtakaもいた。

 

 そして、負けた瞬間の顔まで見られるようになった。

 

Zark「……でも、見てくれてる奴はいるんすよね」

 

 誰に聞くでもなく、Zarkが呟いた。

 

ARAKI「ああ」

 

 短く、それだけ答えた。

 

 Zarkはしばらく黙っていたが、やがてポケットからスマートフォンを取り出した。

 

Zark「……オレ、ちょっと何か言いたいっす」

ZERO「何をです?」

Zark「まだ応援してくれてる人に。なんか……ちゃんと自分から」

 

 批判してきた相手へ言い返したいわけではない。

 

 takaや、以前からARCANAを見続けてくれている人たちへ。

 

 自分の言葉で、何か返したかった。

 

ARAKI「いいんじゃないか」

Pika「でも、片桐さんは何も書かないように言ってましたヨ?」

ARAKI「別にいいだろ」

Lemon「絶対良くないでしょ」

 

 そこで、Shadowが口を開いた。

 

Shadow「でしたら、まず文面を考えて、それから和田さん経由で片桐さんへ相談すればいいのでは?」

ARAKI「よし、それで行くぞ」

Lemon(この人が乗り気だと不安になるなあ……)

Zark「あざっす! 出来たら、みんなにも見せますわ!」

 

*

 

 その後、和田の説得を受けて片桐も渋々了承し、Zarkのメッセージは投稿された。

 

〈先日は応援ありがとうございました。

 悔しさを抑えられず、試合後に机を叩いてしまいました。すみませんでした。

 次の試合、プレーで返します。

 これからも、応援してくれると嬉しいです。〉

 

 投稿を終えると、Zarkはスマートフォンを置き、いつもの席へ戻った。

 

 もう、画面の外ばかりを気にしてはいない。

 

 彼が見据えるのは、次の試合。

 

 SJL Summer Split、第2戦。

 

 ――ARCANA vs WISH。

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