遅咲きのプロゲーマー~W杯優勝GK、36歳からeスポーツへ~ 作:タイラー・カイマー
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Map上に設置し、周囲の視界を確保する道具。敵のWardを破壊すれば、その場所の情報を相手から奪うこともできる。
*
ARCANAのレギュラーシーズン第2戦。WISHとのGame1。
大型スクリーンでは、Ban & Pickが進んでいた。
客席の一角で、Uedaは父親と並んでステージを見つめていた。
以前の非公開対抗戦で、チームARAKIのTopとして勝利に貢献した少年である。
Ueda「まさか、お父さんから観に行こうって言うとは思わなかった」
上田父「前の対抗戦、面白かったからな。今度は公式戦も見てみたくて」
Ueda「ルール、まだ全然分かってないじゃん」
上田父「前よりは分かるよ。少しは」
父親はそう答えながら、客席を見回した。
先ほどの選手入場から、会場の熱はまだ冷めていない。あちこちで揺れるコーラルピンクのタオルやボードには、Lilyの名前が入っている。
上田父「……すごい人気だな」
Ueda「Lily、配信でも人気あるからね」
父親の視線が、ステージのARAKIへ移った。
上田父「……荒木さんの方が、すごい人なのにな」
ワールドカップで日本を初優勝へ導いた、国民的英雄。サッカーの試合なら、あの人が誰よりも大きな歓声を浴びるはずだった。
Ueda「でも、ここSOLの試合だよ」
上田父「……そうか。そうだよな」
父親は、少し困ったように笑った。
Ueda「僕はARCANA応援するけどね」
上田父「私もだよ」
その時、大型スクリーンの最後の枠が埋まった。
HARU「さあ、両チームのPickが出揃いました!」
大型スクリーンへ、両チームの編成が表示された。
〈ARCANA〉
Pika/Top/レネクト
ZERO/Jungle/セジャニ
Shadow/Mid/オリアネ
Zark/ADC/ジンク
ARAKI/Support/ブラウン
〈WISH〉
Knox/Top/オルン
Mantis/Jungle/J9
Ciel/Mid/ヴィクト
Kite/ADC/エズレール
Lily/Support/セラカ
NAGI「Lily選手のセラカは、味方を回復して支えるSupportです。エズレールと組んだWISHのBotは、かなり守備を重視した組み合わせですね」
HARU「対するARCANAは、開幕戦と同じ5体です!」
画面が切り替わる。
HARU「Game1、スタートです!」
*
試合が始まって、まだ数分。
Botでは、早くも差が表れた。
Lilyの操る回復僧侶・
それでも、牽制のために兵士の列の横へ出る。
ARAKI「今だ」
Zark「うっす!」
ARAKIが操るのは、大盾を構えた大男・
冷気砲が
逃げる先へ、銃弾が容赦なく突き刺さる。
HARU「FIRST BLOOD! ZarkがLilyを倒しました!」
その姿がふっと消え、Tower側へ現れる。Lilyが倒れた時には、既に追撃の届かない位置にいた。
NAGI「Lily選手、少し迂闊な位置取りでしたね。体力が減っているのに、味方ADCから離れてしまいました。ARAKI選手は、その隙を見逃しませんでした」
HARU「一方、Kite選手は逃げ切りましたね」
NAGI「
Zarkが兵士を敵のTowerへ押し込む。
その間に、ARAKIはLaneを離れ、川へ向かった。
HARU「ARAKI、ここでWISH側の森へ入っていきます。深い位置にWardを置きますね」
客席で、上田父がスクリーンを指した。
上田父「荒木さん、何をしているんだ? 味方から離れてしまったけど」
Ueda「Wardを置きに行ってるんだよ。周りが見えるようになる道具。監視カメラみたいな」
上田父「……ああ、そういえば観戦画面では全てが見えるんだったな」
Ueda「そう。でも、プレイヤーは味方やWardの周りしか見えないんだよね」
父親は、画面に映る森を見た。
木々の間を、ARAKIが進み、森の奥へWardを置く。
上田父「なるほど。奥の方に置けば、もっと早く敵に気づけるのか」
Ueda「そうそう。相手を倒せたから、その分タカのパパが奥へ行けたんだ」
父親は頷き、Botへ戻っていくARAKIを目で追った。
*
WISHの選手席で、Lilyはモニターを見つめていた。
あれほど簡単に捕まるとは思わなかった。逃げようとした時には、もう遅かった。
Lily「ごめん。前に出すぎた」
Kite「気にすんな」
Lilyは小さく頷いたが、マウスを握る手から力が抜けなかった。
JungleのMantisが口を開く。
誰も、Lilyを咎めなかった。
Mantisの操る、槍を持った王子・
一方のShadowはMapへ目をやった。
敵Jungleは、しばらく姿を見せていない。
ARAKIが森の奥に置いたWardにも、映っていない。
別の道を通って、こちらへ来ているかもしれない。
すると、
Shadow「
Shadowの操る機械少女・
観客用の画面には、川の茂みに潜むMantisの
だが、
Mantis「チッ、勘づかれたか……」
HARU「Mantis、Midを狙っていましたが、仕掛けられません! Shadowが先に下がっています!」
NAGI「素晴らしい危機管理ですね。敵Jungleが見えない時間と、対面の動きを合わせて、危険を読んだようです」
取り逃した兵士が、倒れていく。そのGoldは得られない。
それでも、WISHにKillは渡さなかった。
その後も、WISHはMidを執拗に狙った。
Mantisが姿を消すたび、Shadowは視界の空白と対面の動きから推測する。危ない時は兵士を捨て、後退。
その間、BotではARAKIとZarkが、Lilyたちを押し込み続けていた。
*
しばらくすると、1体目のドラゴンを巡り、両チームが下側の川へ集まり始めた。
Pika「対面、下へ行きました。ワタシも兵士を押してから飛びマス」
ARAKI「了解。Pikaを待つぞ」
WISHのTop、
そして、Topの兵士を処理したPikaが、長距離移動の呪文・Teleportで合流する。
これで、5対5。
その時、Lilyの
ARAKI「
ZERO「はい!」
その先へ、ZEROの
HARU「必殺の氷結が命中!! またしてもLilyが捕まったぁ!」
Lily「ううっ……」
Lilyの指が、慌ただしくキーを叩く。
Pikaのワニ戦士・
Shadowの
HARU「ARCANA、ZarkがKillを獲得します!」
上田父「よし! これならドラゴンも取れるんじゃないか?」
Ueda「いけぇ!」
だが、WISHの4人は退かなかった。
Mantis「前の2人、取るぞ!」
戦場に、法螺貝の音が響く。Knoxの操る獣人の鍛冶屋・
川の奥から、巨大な獣の幻影が突進してくる。
そこへ、Mantisの
Pika「出られマセン!」
ARAKI「クソ、してやられた!」
HARU「WISHが反撃! ARCANAの前衛を完全に捕まえました!」
外側から、Kiteの
身動きを封じられた
HARU「Pika、そしてARAKIが倒されました! 残る3人のHPも削れていきます!」
不利を悟り、ARAKIは決断する。
ARAKI「全員下がれ! ドラゴンは渡す!」
ARAKIの号令で、残る3人が退避する。
上田父「ああっ、せっかく最初に1人倒したのに……」
NAGI「WISH、見事な連携で人数差を跳ね返しましたね」
WISHは追い続けず、ドラゴンへ向き直り、そのまま撃破する。
HARU「1体目のドラゴンはWISH! Lilyを失いながら、2Killとドラゴンを取り返しました!」
Kite「よし、取れた」
Lily「……よかった」
安堵はした。
けれど、ヘッドセットの向こうの明るい声に、自分も同じ調子で返すことはできなかった。
また、最初に倒れてしまった。
Lilyは、自分の操る
一方、ARCANAのVCには、短い沈黙が落ちた。
ZERO「
Pika「ワタシも、追いかけるのに移動スキルを使ってしまいました」
Shadow「次は使うスキルを絞りましょう」
ARAKI「ああ、そうしよう」
Pika「ラジャ!」
ARAKI「…………」
大型スクリーンに、ARAKIの顔が大きく映し出された。
上田父「荒木さん、眉間の皺が増えているな。そんなにまずいのか?」
隣を見ると、Uedaも同じように眉間へ皺を寄せていた。
上田父「……お前も、どうした?」
Ueda「いや……まだARCANAが不利になったわけじゃないよ。元々リードしてたし」
大型スクリーンが、再びゲームの画面へ切り替わる。
*
それから数分後。2体目のドラゴンを巡り、両チームが再び川へ集まった。
ARAKIたちの先に、Wardを置きにきたらしいLilyの
ARAKI「今度は手短に取るぞ!」
Pika「ラジャ!」
選手席で攻撃号令が飛ぶ一方、客席のUedaが、目を見開いた。
Ueda「まさか…………」
スクリーンでは、Lilyの
Lily「……」
また、自分だ。
マウスを握るLilyの指が、固く強張った。
瞬く間に
HARU「またZarkがLilyを倒した!」
NAGI「今回はARCANA、ULTを残せています。少ない手数で仕留めましたね」
その瞬間、横手の茂みから槍が伸びた。
Zark「あ……!?」
Mantisの
そこから突進し、
更に法螺貝が鳴り、Knoxの
ARAKI「Zarkを守れ!」
ZERO「止めます!」
HARU「WISH、今度はZarkを狙った! ARCANA、ULTを使って守ります!」
上田父「よし、逃げられた!」
Ueda「でも、前の2人が……!」
Pika「これはまずいデス……!」
Kiteの
HARU「ARCANA、前後に分かれてしまった! Knoxが退路へ回り込む!」
ビームと雷の嵐が重なり、
HARU「ZEROとShadowも続けてダウンだぁ!」
ARAKI「Zark、戻れ!」
追手の攻撃を受け、大盾を構えた巨体が地に伏した。
HARU「ARAKIも倒された! 残るはZarkだけです!」
WISHの4人は追撃を切り上げ、ドラゴンへ戻っていく。
NAGI「Zark選手を守る間に前衛が孤立し、陣形を戻せませんでしたね」
ドラゴンが倒れ、客席を歓声が満たす。
HARU「4Kill、そして2体目のドラゴンもWISHが獲得です!」
上田父「またLilyって子を先に倒したのに……」
Uedaは、スクリーンを見つめていた。
Ueda「……僕の時と同じだ」
上田父「……?」
上田の父は一瞬考える。そういえば、あの時も似たような展開だった。
上田父「まさか、あの対抗戦の時か?」
Ueda「うん。僕が狙われてる間に、みんなが技を重ねて勝つ……あの時は、僕が囮だった……」
今度はそれを、ARAKI自身が食らっている。選手席でも、あの対抗戦を思い出した者がいた。
Pika「コレ、あの時と同じじゃないデスカ!?」
灰色の画面を見つめたまま、ARAKIが頷いた。
ARAKI「ああ……ウエの時と同じだ。Lilyを囮にする作戦。厄介なのは、プロが緻密に組み立ててきたって事だな……」
Zark「じゃあ、狙うのやめたらいいんじゃないすか?」
ARAKI「いや。このGameでは、このまま狙うぞ」
ZERO「何故ですか? 罠だとわかっているはずです」
ARAKIはZEROの疑問に間髪入れず答える。
ARAKI「Lilyを狙ってZarkを育てる形で、今は動きが揃ってる。半端に変えて、5人の動きが一拍でもずれればそれこそ勝てなくなる」
ここ数日の練習で、5人は次の展開を思い描き、そのイメージを共有してきた。誰が仕掛け、誰が続くか。新しい狙いを土壇場で告げても、仕掛けた後の連携まで揃え直すのは難しい。
ZERO「それは確かにそうです」
ARAKI「それに、あのような分断の条件が毎回揃うとは限らん」
Shadow「一理あります。Zarkさんは育っています。勝ち目はありますね」
Zarkの
Pika「……Lilyさんをボコボコにしまショウ!」
ZERO「テンション上がってきました」
Zark「え〜〜……」
反射的に漏れた声に、ARAKIがギロリと目を向ける。
Zarkは慌ててモニターへ向き直った。
Zark「わ、わかってますよ、やりますやります!」
復活した4人が、再び持ち場へ向かった。
*
そこからは、Killが飛び交う乱打戦になった。
ARCANAがLilyを捕まえ、WISHが反撃する。
Lily「ごめん、また……!」
Mantis「後ろを切るぞ!」
だが、ARAKIの見立て通り、分断が決まらない時もあった。その時はZarkが撃ち続け、逆に敵を倒した。
ARAKI「Zark、そのまま撃て!」
Zark「押し返せるっす!」
Kite「下がれ! 無理に追うな!」
HARU「今度はZarkが取り返した! ARCANA、負けじと押し返す!」
Lilyは戦闘のたびに狙われ、Deathを重ねていく。
繰り返すうち、謝罪の声も小さくなった。
いつしか、口を閉じて画面を見つめる時間の方が長くなっていた。
互いの選手が倒れ、復活し、またぶつかる。
Zarkは育っていた。だが、WISHの攻撃役も、その前を守る前衛も、装備を揃えていた。
Zark「硬ェ!」
次第に、敵の前衛を撃ち倒すより先に、味方が崩れるようになり――
やがて、ARCANAの本拠地が崩れる音が響く。
HARU「Game1、勝ったのはWISH! ARCANAから先勝をもぎ取りました!」
NAGI「ARCANAも、Lily選手を狙って育ったZark選手の火力で取り返していました。ただ、2度のドラゴン戦で得たリードを、WISHが最後まで守り切りましたね」
Zarkは、机の上に置いた手を握った。
やがて、その指をゆっくり開く。
前の敗戦のように、机を叩くことはなかった。
Zark「……次、勝つ!」
ARAKI「ああ」
5人はヘッドセットを外し、席を立った。
ARAKIを先頭に、控室へ戻っていく。
*
観客「Lilyちゃーん!」
観客「やったぁ! 初勝利おめでとう!」
歓声が、選手席まで押し寄せていた。
ピンクのペンライトが揺れる。立ち上がり、両手を振る者もいる。
Lilyは、モニターに表示された自分の成績を見つめていた。
目を背けたくなるような凄惨な数字だ。
試合中、何度も「ごめん」と繰り返した。
味方は誰も責めず、そのたびに戦い続けてくれた。
最後まで、自分が役に立てたという実感は持てなかった。
客席から、また自分の名前が飛んできた。
観客「Lilyちゃん、こっち見てー!」
観客「最高だったよー!」
カメラが、こちらを向いていた。
勝った。
勝ったのだから、喜ばなければ。
Lilyは口角を上げ、客席へ小さく手を振った。
歓声は、さらに大きくなった。