遅咲きのプロゲーマー~W杯優勝GK、36歳からeスポーツへ~ 作:タイラー・カイマー
【ロスター】
チームに登録された選手の構成を指す言葉である。eスポーツでは、各ポジションの選手と控え選手を含む登録メンバーで、シーズンを戦い抜くことになる。
*
面談後、ARAKIは明美と契約書を確認し、
今日は、和田が新戦力を連れてきて、顔合わせをするらしい。ARCANAのゲーミングハウスでは、2人の選手がリビングでその到着を待っていた。
そのリビングには、若い男5人が暮らしているだけあって、あちこちに私物が散らばっている。
ソファに座っていたピンク髪の若者――ARCANAのADC、
Zark「で、今日来るのって、あのDuoの2人なんすよね?」
中性的な顔立ちの青年――現在Supportを務める
Lemon「和田さんは、顔合わせだと言ってたけど……」
Zark「2人とも来るなら、そりゃ心強いっすけど……ADCのオレとしては複雑っすね。Lemonさんは?」
Lemon「Replayを見た感じ、あのSupportが強いのは認めるけどね……どんな人なのかな。ちょっと緊張するなあ……」
その言葉に重なるように、玄関の鍵が開く音がした。
2人はそろって、玄関へ顔を向けた。
玄関の扉が開き、上機嫌な和田がリビングへ入ってきた。その後ろには、2人が思わず見上げるほど大きな男が立っていた。
Zark(デケェ!)
和田「お待たせしました。……相変わらず散らかってますなあ」
Zark「和田さん、なんか顔うさんくさいっすよ」
和田「ワシの顔はいつもこうです」
Zarkは大男の後ろへ目をやった。玄関には、もう誰もいない。
和田もリビングを見回した。
和田「ほかの3人は?」
Zark「今、呼びます」
Zarkは家の奥へ向かって声を張った。
Zark「来ましたよー!」
すぐに3人分の足音が近づき、残る選手たちがリビングへ集まってきた。全員が揃ったことを確かめ、和田は隣の男を手で示した。
和田「では、紹介します。新しくARCANAへ加入する、ARAKIさんです」
男は5人へ向かって頭を下げた。
ARAKI「荒木将です。プレイヤーIDはARAKI。ポジションはSupportです。よろしくお願いします」
その名を聞いた瞬間、3人の中にいた短い黒髪の男――
Shadow「……荒木、将?」
ARAKI「はい」
Shadow「いや、待ってください。荒木将って……あの、荒木将ですか。日本代表の」
ARAKI「はい」
LemonもARAKIの顔をまじまじと見た。
Lemon「え、ちょっと待って。本当に? あのW杯優勝のGK?」
ダークアッシュブラウンの髪に黒縁眼鏡をかけた小柄な青年――
ZERO「親から聞いたことがあるような……」
その隣にいた大柄な青年――
Pika「どこかで聞いた名前ですねぇ〜……」
Lemon「やっぱり本物だ……」
Zark「……え? 誰っすか?」
Shadow「今、Lemonさんが説明しましたよね」
Zark「いや、単語は聞こえたんすけど、全然実感が湧かないっつーか……」
ARAKIは、困惑した5人を静かに見渡した。
ARAKI「サッカーではそういう経歴もありますが、この場では新人です。このゲームでは、皆さんの方が先輩です」
Zark「いや、ていうか……ADCは? あのDuo、もう1人いたじゃないすか」
ARAKI「ADCの方は、私の息子です。小学生なので、まだ契約はできません。申し訳ない」
Zark「小学生……? オレ、小学生のReplayを見て焦ってたんすか!?」
Shadow「焦ってたんですか」
問い返され、Zarkは気まずそうに目をそらした。
Zark「ちょっとだけっすよ!」
ZERO「残念です……」
Pika「頼もしそうでしたよネ……」
Zark「追い打ちやめてくださいよ!!」
Zarkは口を尖らせたまま、ARAKIを見上げた。
Zark「でも、ARAKIさん……プロゲーマーとしては、だいぶ歳いってません?」
Lemon「おい、失礼だぞ」
ARAKI「事実です」
Zark「認めるんすか」
ARAKI「はい。この業界では、かなり遅いと思っています」
Zark「3か月でチャレンジャーって、和田さんから聞いたんすけど……やっぱマジなんすか?」
ARAKI「はい」
あっさり肯定され、Zarkは言葉を失った。
ARAKI「遅れてきた分、より一層努力しますよ」
新たな驚きで場が静まったところへ、和田が割って入った。
和田「まあまあ。ARAKIさんへの質問はそのくらいにして、今度は皆さんの番ですぞ」
和田に促され、最初に口を開いたのはShadowだった。
Shadow「
Shadowは27歳。落ち着いた話し方も、短い黒髪と飾り気のない服装も、プロゲーマーより会社員に見える。
ARAKI(Midはサラリーマンにしか見えないな……)
続いて、先ほどから最もよく喋っている若者が手を上げた。
Zark「
19歳。鮮やかなピンク髪にピアスとネックレス。服装も含め、5人の中で最も派手だった。
ARAKI(ADCは、ピンク髪のチャラ男)
続いて黒縁眼鏡の青年が、軽く頭を下げた。
ZERO「
20歳。小柄で細く、わずかに背を丸めている。言葉も必要なことだけを短くまとめていた。
ARAKI(Jungleは、眼鏡の細い韓国人……)
その隣で、大柄な青年が明るく笑った。
Pika「
22歳。短いブリーチ金髪に薄色のサングラスをかけ、細い金のネックレスを下げている。半袖の袖口からは、黒い入れ墨がわずかに覗いていた。ARAKIほどではないが、5人の中では抜きん出て大きい。
ARAKI(Topは、中国マフィアみたいな大男……)
ARAKIは、Pikaと、その隣にいるZEROを見比べた。
ARAKI「お二人とも、日本語がお上手ですね」
Pika「ワタシは子供の頃、日本に住んでましたからネ! ZEROは今、日本語学校に通ってますヨ」
ZERO「……まだ勉強中です」
ARAKI(あのイケメン中国人プロといい、このリーグの外国人選手は、日本語でやり取りできる奴ばかりということか……)
そして最後の1人が、ARAKIへ向き直った。
Lemon「
23歳。長い黒髪に小柄で細い体つき。中性的な整った顔立ちは、5人の中でもひときわ目を引いた。
ARAKI(Supportは、アイドル並みの美青年……)
だが、ARAKIが気になったのは、その容姿よりも最後に告げられたポジションだった。
ARAKI「Supportですか」
Lemon「はい」
ARAKI「では、スタメン争いになりますね」
Lemon「……そうですね」
ARAKIに他意はなかった。同じポジションを争う以上、当然のことを口にしただけである。だが、その一言で場の空気がわずかに止まった。
その沈黙に区切りをつけるように、和田が口を開いた。
和田「ゴホン……今シーズンは、この6人をARCANAのロスターとして登録しますぞ」
4人の視線が、ARAKIとLemonの間を行き来する。Lemonだけは、わずかに目を伏せた。
和田「今日は顔合わせまでにしましょう。チームとしての次の予定は、明後日、メインスポンサーへのご挨拶です。全員、ユニフォームで参加してください」
Zark「ほんとに紹介だけなんすね」
和田は、隣に立つARAKIへ目を向けた。
和田「実は、ARAKIさんの契約上の活動開始日が明後日でしてな……」
ARAKI「育児のこともあり、家族との調整に少し時間をいただきました。申し訳ない」
Shadow「それなら仕方ありませんね」
和田「とにかく、まずは互いの顔と名前を覚えてくだされ。集合時間と場所は、改めて連絡します」
和田は話を締め、ARAKIを玄関へ促した。
ARAKI「では、明後日。よろしくお願いします」
ARAKIが一礼し、和田とともにゲーミングハウスを出ていった。5人の返事は、きれいには重ならなかった。
玄関の扉が閉まると、リビングには妙な沈黙が残った。
Zark「……情報量、多くないすか?」
ZERO「DuoのADCは小学生で契約できない。Supportは元W杯優勝GK。36歳。ゲーム歴3か月でチャレンジャー。ロスターは6人」
Pika「スポンサーは喜びそうですネ……」
Lemonは、しばらく黙ったまま玄関の方を見ていた。
Lemon「……6人いても、試合に出るのは5人なんだよね」
Zark「いや、でもLemonさんが外れるって決まったわけじゃないっすよ」
Lemon「分かってるよ」
Pika「分かっている顔ではありませんネ」
Lemon「Pika、今日は刺す日?」
Pika「刺さる場所に立っているからですヨ」
話している間にも、Zarkはスマートフォンを取り出し、検索欄へ〈荒木将〉と打ち込んでいた。
Zark「えーと……2006年W杯、決勝トーナメント全試合無失点。決勝のPK戦では、相手の最初の3本を連続で止めた……」
Zarkは眉をひそめ、検索結果に並んだ映像の一つを再生した。
スマートフォンの小さな画面で、若いARAKIが至近距離からのシュートを弾き、次々とPKを止めていく。映像が切り替わるたび、Zarkの顔から笑いが消えていった。
Zark「……は?」
Zark「これ、マジモンの化け物じゃないすか……」
Shadow「だから言ったでしょう」
Zark「説明が軽すぎるんすよ!」
騒ぐZarkへ、Lemonが呆れた視線を向けた。
Lemon「逆に、なんで知らなかったんだよ」
Zark「世代じゃないし、スポーツもあんま興味なかったんすよ〜」
興奮したまま関連動画を眺めていたZarkの指が、妙な題名の上で止まった。
Zark「〈荒木狂犬集〉……?」
再生されたのは、現役時代のARAKIが見せた激しい言動をつないだ動画だった。守備陣へ声を荒らげる姿、審判へ猛然と抗議する姿、取材陣を前に一歩も引かない姿……そして何より目を引いたのは、メディアで物議を醸した数々の発言だった。
ARAKI(動画)「サッカーの天然芝を守るために、野球選手の膝を削るのか」
それらが、大げさな字幕と効果音を添えて次々と流れていく。
先ほどまで丁寧に頭を下げていた男と、同じ人物とは思えなかった。
Zark「……プレーだけじゃなくて、言動もすごい人なんすね」
Shadow「そういえば、試合以外でも世間を騒がせる人でしたね。先ほどは、だいぶ丸かったですが」
ZEROは、画面の中のARAKIを見つめたまま眉を寄せた。
ZERO「ぼくはその頃、まだ韓国にいたので……少し不安です」
Zark「……オレ、あの人に『だいぶ歳いってる』って言っちゃった」
Pika「知らないというのは、強いですネ」
Zark「今さら怖くなってきたんすけど!」
Zarkの叫びが収まるのを待って、ZEROが小さく首を傾げた。
ZERO「そもそも、サッカーの偉人がなぜプロゲーマーになっているのでしょう」
Pika「さぁ〜〜?」
Zark「そこも意味わかんねぇ〜〜」
答えを知る者はいなかった。スマートフォンからは、〈荒木狂犬集〉の大げさな効果音だけが流れ続けていた。
Shadowは小さく息を吐き、壁の時計を見上げた。
Shadow「……練習しますか? とりあえず」
誰も立ち上がらなかった。
Zark「無理っすよ! 集中できるわけないでしょ!」
ZERO「集中できません」
Pika「今日は頭がパンクしてますヨ」
Lemon「……だよね」
それでも、しばらくして5人はそれぞれの席へ向かった。
しかし、その日の練習は、形だけ始まって、形だけ終わった。