遅咲きのプロゲーマー~W杯優勝GK、36歳からeスポーツへ~   作:タイラー・カイマー

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第3話 ロスター

 

【ロスター】

 

チームに登録された選手の構成を指す言葉である。eスポーツでは、各ポジションの選手と控え選手を含む登録メンバーで、シーズンを戦い抜くことになる。

 

*

 

 面談後、ARAKIは明美と契約書を確認し、ARCANA(アルカナ)と選手契約を結んだ。スタメンの確約やキャプテン就任など、takaが求めた条件も、既存選手の過半数がARAKIを認めた場合に発効する特約として残された。ただし、既存選手5人は、その特約が契約書にあることをまだ知らない。

 

 今日は、和田が新戦力を連れてきて、顔合わせをするらしい。ARCANAのゲーミングハウスでは、2人の選手がリビングでその到着を待っていた。

 

 そのリビングには、若い男5人が暮らしているだけあって、あちこちに私物が散らばっている。

 

 ソファに座っていたピンク髪の若者――ARCANAのADC、Zark(ザーク)が、向かいに座る相手へ顔を向けた。

 

Zark「で、今日来るのって、あのDuoの2人なんすよね?」

 

 中性的な顔立ちの青年――現在Supportを務めるLemon(レモン)は、少し間を置いて答えた。

 

Lemon「和田さんは、顔合わせだと言ってたけど……」

Zark「2人とも来るなら、そりゃ心強いっすけど……ADCのオレとしては複雑っすね。Lemonさんは?」

Lemon「Replayを見た感じ、あのSupportが強いのは認めるけどね……どんな人なのかな。ちょっと緊張するなあ……」

 

 その言葉に重なるように、玄関の鍵が開く音がした。

 

 2人はそろって、玄関へ顔を向けた。

 

 玄関の扉が開き、上機嫌な和田がリビングへ入ってきた。その後ろには、2人が思わず見上げるほど大きな男が立っていた。

 

Zark(デケェ!)

 

和田「お待たせしました。……相変わらず散らかってますなあ」

Zark「和田さん、なんか顔うさんくさいっすよ」

和田「ワシの顔はいつもこうです」

 

 Zarkは大男の後ろへ目をやった。玄関には、もう誰もいない。

 

 和田もリビングを見回した。

 

和田「ほかの3人は?」

Zark「今、呼びます」

 

 Zarkは家の奥へ向かって声を張った。

 

Zark「来ましたよー!」

 

 すぐに3人分の足音が近づき、残る選手たちがリビングへ集まってきた。全員が揃ったことを確かめ、和田は隣の男を手で示した。

 

和田「では、紹介します。新しくARCANAへ加入する、ARAKIさんです」

 

 男は5人へ向かって頭を下げた。

 

ARAKI「荒木将です。プレイヤーIDはARAKI。ポジションはSupportです。よろしくお願いします」

 

 その名を聞いた瞬間、3人の中にいた短い黒髪の男――Shadow(シャドウ)が固まった。

 

Shadow「……荒木、将?」

ARAKI「はい」

Shadow「いや、待ってください。荒木将って……あの、荒木将ですか。日本代表の」

ARAKI「はい」

 

 LemonもARAKIの顔をまじまじと見た。

 

Lemon「え、ちょっと待って。本当に? あのW杯優勝のGK?」

 

 ダークアッシュブラウンの髪に黒縁眼鏡をかけた小柄な青年――ZERO(ゼロ)が、ARAKIを見上げた。

 

ZERO「親から聞いたことがあるような……」

 

 その隣にいた大柄な青年――Pika(ピカ)も、ARAKIの顔をじっと見ていた。

 

Pika「どこかで聞いた名前ですねぇ〜……」

Lemon「やっぱり本物だ……」

Zark「……え? 誰っすか?」

Shadow「今、Lemonさんが説明しましたよね」

Zark「いや、単語は聞こえたんすけど、全然実感が湧かないっつーか……」

 

 ARAKIは、困惑した5人を静かに見渡した。

 

ARAKI「サッカーではそういう経歴もありますが、この場では新人です。このゲームでは、皆さんの方が先輩です」

Zark「いや、ていうか……ADCは? あのDuo、もう1人いたじゃないすか」

ARAKI「ADCの方は、私の息子です。小学生なので、まだ契約はできません。申し訳ない」

Zark「小学生……? オレ、小学生のReplayを見て焦ってたんすか!?」

Shadow「焦ってたんですか」

 

 問い返され、Zarkは気まずそうに目をそらした。

 

Zark「ちょっとだけっすよ!」

ZERO「残念です……」

Pika「頼もしそうでしたよネ……」

Zark「追い打ちやめてくださいよ!!」

 

 Zarkは口を尖らせたまま、ARAKIを見上げた。

 

Zark「でも、ARAKIさん……プロゲーマーとしては、だいぶ歳いってません?」

Lemon「おい、失礼だぞ」

ARAKI「事実です」

Zark「認めるんすか」

ARAKI「はい。この業界では、かなり遅いと思っています」

Zark「3か月でチャレンジャーって、和田さんから聞いたんすけど……やっぱマジなんすか?」

ARAKI「はい」

 

 あっさり肯定され、Zarkは言葉を失った。

 

ARAKI「遅れてきた分、より一層努力しますよ」

 

 新たな驚きで場が静まったところへ、和田が割って入った。

 

和田「まあまあ。ARAKIさんへの質問はそのくらいにして、今度は皆さんの番ですぞ」

 

 和田に促され、最初に口を開いたのはShadowだった。

 

Shadow「Shadow(シャドウ)です。本名は岩瀬(いわせ)修司(しゅうじ)。Midを担当しています。よろしくお願いします」

 

 Shadowは27歳。落ち着いた話し方も、短い黒髪と飾り気のない服装も、プロゲーマーより会社員に見える。

 

ARAKI(Midはサラリーマンにしか見えないな……)

 

 続いて、先ほどから最もよく喋っている若者が手を上げた。

 

Zark「Zark(ザーク)っす。本名は井端(いばた)レオ。ADCです。オレとBotで組むかもですよね? よろしくお願いします」

 

 19歳。鮮やかなピンク髪にピアスとネックレス。服装も含め、5人の中で最も派手だった。

 

ARAKI(ADCは、ピンク髪のチャラ男)

 

 続いて黒縁眼鏡の青年が、軽く頭を下げた。

 

ZERO「ZERO(ゼロ)です。本名はイ・ギュミン。韓国出身で、Jungleです。よろしくお願いします」

 

 20歳。小柄で細く、わずかに背を丸めている。言葉も必要なことだけを短くまとめていた。

 

ARAKI(Jungleは、眼鏡の細い韓国人……)

 

 その隣で、大柄な青年が明るく笑った。

 

Pika「Pika(ピカ)デス。本名は陳(チェン)偉(ウェイ)。中国出身で、Topです。よろしくお願いしますヨ!」

 

 22歳。短いブリーチ金髪に薄色のサングラスをかけ、細い金のネックレスを下げている。半袖の袖口からは、黒い入れ墨がわずかに覗いていた。ARAKIほどではないが、5人の中では抜きん出て大きい。

 

ARAKI(Topは、中国マフィアみたいな大男……)

 

 ARAKIは、Pikaと、その隣にいるZEROを見比べた。

 

ARAKI「お二人とも、日本語がお上手ですね」

Pika「ワタシは子供の頃、日本に住んでましたからネ! ZEROは今、日本語学校に通ってますヨ」

ZERO「……まだ勉強中です」

 

ARAKI(あのイケメン中国人プロといい、このリーグの外国人選手は、日本語でやり取りできる奴ばかりということか……)

 

 そして最後の1人が、ARAKIへ向き直った。

 

Lemon「Lemon(レモン)です。本名は平井(ひらい)海(かい)。今はSupportをやっています。よろしくお願いします」

 

 23歳。長い黒髪に小柄で細い体つき。中性的な整った顔立ちは、5人の中でもひときわ目を引いた。

 

ARAKI(Supportは、アイドル並みの美青年……)

 

 だが、ARAKIが気になったのは、その容姿よりも最後に告げられたポジションだった。

 

ARAKI「Supportですか」

Lemon「はい」

ARAKI「では、スタメン争いになりますね」

Lemon「……そうですね」

 

 ARAKIに他意はなかった。同じポジションを争う以上、当然のことを口にしただけである。だが、その一言で場の空気がわずかに止まった。

 

 その沈黙に区切りをつけるように、和田が口を開いた。

 

和田「ゴホン……今シーズンは、この6人をARCANAのロスターとして登録しますぞ」

 

 4人の視線が、ARAKIとLemonの間を行き来する。Lemonだけは、わずかに目を伏せた。

 

和田「今日は顔合わせまでにしましょう。チームとしての次の予定は、明後日、メインスポンサーへのご挨拶です。全員、ユニフォームで参加してください」

Zark「ほんとに紹介だけなんすね」

 

 和田は、隣に立つARAKIへ目を向けた。

 

和田「実は、ARAKIさんの契約上の活動開始日が明後日でしてな……」

ARAKI「育児のこともあり、家族との調整に少し時間をいただきました。申し訳ない」

Shadow「それなら仕方ありませんね」

和田「とにかく、まずは互いの顔と名前を覚えてくだされ。集合時間と場所は、改めて連絡します」

 

 和田は話を締め、ARAKIを玄関へ促した。

 

ARAKI「では、明後日。よろしくお願いします」

 

 ARAKIが一礼し、和田とともにゲーミングハウスを出ていった。5人の返事は、きれいには重ならなかった。

 

 玄関の扉が閉まると、リビングには妙な沈黙が残った。

 

Zark「……情報量、多くないすか?」

ZERO「DuoのADCは小学生で契約できない。Supportは元W杯優勝GK。36歳。ゲーム歴3か月でチャレンジャー。ロスターは6人」

Pika「スポンサーは喜びそうですネ……」

 

 Lemonは、しばらく黙ったまま玄関の方を見ていた。

 

Lemon「……6人いても、試合に出るのは5人なんだよね」

Zark「いや、でもLemonさんが外れるって決まったわけじゃないっすよ」

Lemon「分かってるよ」

Pika「分かっている顔ではありませんネ」

Lemon「Pika、今日は刺す日?」

Pika「刺さる場所に立っているからですヨ」

 

 話している間にも、Zarkはスマートフォンを取り出し、検索欄へ〈荒木将〉と打ち込んでいた。

 

Zark「えーと……2006年W杯、決勝トーナメント全試合無失点。決勝のPK戦では、相手の最初の3本を連続で止めた……」

 

 Zarkは眉をひそめ、検索結果に並んだ映像の一つを再生した。

 

 スマートフォンの小さな画面で、若いARAKIが至近距離からのシュートを弾き、次々とPKを止めていく。映像が切り替わるたび、Zarkの顔から笑いが消えていった。

 

Zark「……は?」

Zark「これ、マジモンの化け物じゃないすか……」

Shadow「だから言ったでしょう」

Zark「説明が軽すぎるんすよ!」

 

 騒ぐZarkへ、Lemonが呆れた視線を向けた。

 

Lemon「逆に、なんで知らなかったんだよ」

Zark「世代じゃないし、スポーツもあんま興味なかったんすよ〜」

 

 興奮したまま関連動画を眺めていたZarkの指が、妙な題名の上で止まった。

 

Zark「〈荒木狂犬集〉……?」

 

 再生されたのは、現役時代のARAKIが見せた激しい言動をつないだ動画だった。守備陣へ声を荒らげる姿、審判へ猛然と抗議する姿、取材陣を前に一歩も引かない姿……そして何より目を引いたのは、メディアで物議を醸した数々の発言だった。

 

ARAKI(動画)「サッカーの天然芝を守るために、野球選手の膝を削るのか」

 

 それらが、大げさな字幕と効果音を添えて次々と流れていく。

 

 先ほどまで丁寧に頭を下げていた男と、同じ人物とは思えなかった。

 

Zark「……プレーだけじゃなくて、言動もすごい人なんすね」

Shadow「そういえば、試合以外でも世間を騒がせる人でしたね。先ほどは、だいぶ丸かったですが」

 

 ZEROは、画面の中のARAKIを見つめたまま眉を寄せた。

 

ZERO「ぼくはその頃、まだ韓国にいたので……少し不安です」

Zark「……オレ、あの人に『だいぶ歳いってる』って言っちゃった」

Pika「知らないというのは、強いですネ」

Zark「今さら怖くなってきたんすけど!」

 

 Zarkの叫びが収まるのを待って、ZEROが小さく首を傾げた。

 

ZERO「そもそも、サッカーの偉人がなぜプロゲーマーになっているのでしょう」

Pika「さぁ〜〜?」

Zark「そこも意味わかんねぇ〜〜」

 

 答えを知る者はいなかった。スマートフォンからは、〈荒木狂犬集〉の大げさな効果音だけが流れ続けていた。

 

 Shadowは小さく息を吐き、壁の時計を見上げた。

 

Shadow「……練習しますか? とりあえず」

 

 誰も立ち上がらなかった。

 

Zark「無理っすよ! 集中できるわけないでしょ!」

ZERO「集中できません」

Pika「今日は頭がパンクしてますヨ」

Lemon「……だよね」

 

 それでも、しばらくして5人はそれぞれの席へ向かった。

 

 しかし、その日の練習は、形だけ始まって、形だけ終わった。

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