遅咲きのプロゲーマー~W杯優勝GK、36歳からeスポーツへ~ 作:タイラー・カイマー
【スポンサー】
企業などがチームや選手に資金、製品、設備などを提供し、その活動を支える存在である。eスポーツでもサッカーなどと同様に、チームは支援の見返りとして企業名やロゴを掲げ、広告や宣伝に協力する。
*
ARCANAのメインスポンサー、東都アクセス通信。その本社1階のロビーで、広告代理店の男がARAKIへ1枚の名刺を差し出した。
名刺には、クロスライン・エージェンシー、eスポーツ戦略局プロデューサー、
ARAKIは名刺から顔を上げた。濃い茶色の髪は強くうねり、太い眉と彫りの深い目、頬から顎までを覆う髭が、細身の体には不釣り合いなほど暑苦しい顔を作っていた。
ARAKI(髭と天パの広告代理店……)
片桐は、SOLの国内プロリーグが設立された当初から、PRやスポンサー施策に関わってきた外部プロデューサーである。
和田とほかの5人には顔なじみだが、ARAKIとは今日が初対面だった。
片桐「片桐です。荒木さんとは、初めましてですね」
ARAKI「荒木です。よろしくお願いします」
ARAKIが名刺を受け取ると、片桐は和田と5人へ軽く会釈した。
片桐「皆さん、ご無沙汰しています」
Lemonは長い黒髪を耳にかけ、中性的な整った顔を片桐へ向けた。
Lemon「スポンサーへの挨拶に広告代理店まで来るの、普通はないですよね」
片桐「普通は来ません。これほどの大物が我々の業界へ来てくださったのですから、今回は当然です」
Zarkは露骨に顔をしかめ、ピンク髪の毛先を指で弄った。
Shadowは、取引先に応じる会社員のように、穏やかな笑みを浮かべた。
Shadow「相変わらずですね、片桐さん」
片桐「ありがとうございます」
Shadow「褒めてませんよ」
片桐は笑みを崩さないまま、一同を会議室へ促した。
案内された会議室の正面には、東都アクセス通信の社名と、その略称である
東都アクセス通信は、法人向けの通信回線やマンションWi-Fi、駅や商業施設の公衆Wi-Fiなどを手がける中堅の通信会社である。全国に名を知られた大手ではないが、ARCANAの創設当初からチームを支えてきたメインスポンサーだった。
全員が席に着くと、ARCANAとの窓口を務める東都側の広報部長が、一同を見渡した。
担当者「オンラインを舞台に戦う皆さんを、ARCANAがリーグへ参入した頃から応援してきました。今季も、よろしくお願いいたします」
和田「こちらこそ、これまでのご支援に感謝しております。今季はこの6人で、ご期待に応える結果をお見せします」
和田が頭を下げ、5人とARAKIもそれに倣った。
顔を上げた担当者は、改めてARAKIを見た。その表情から、用意していた挨拶の続きが消えた。
担当者「それにしても……本当に荒木将さんなんですね」
椅子から腰を浮かせそうな勢いで、身を乗り出す。
担当者「あのW杯の……。私も試合を観ていました。まさか荒木さんに、弊社のロゴをつけていただける日が来るとは」
ARAKI「昔の話です。今は新人ですよ」
担当者「そこがまた、すごいじゃないですか。36歳で、今度はプロゲーマーに挑戦されるなんて」
ARCANAへ向けられていたはずの挨拶は、いつの間にかARAKIへの質問に変わっていた。
片桐が、待っていたように口を挟む。
片桐「元W杯優勝GKが、36歳で異競技へ転向。日本サーバー上位で、息子さんもチャレンジャー。親子でDuoを組んでいる」
指を折ることもなく、淀みなく並べていく。
片桐「リーグを知らない人にも、1文で説明できます。素材としては、かなり強いですね」
ARAKI「素材、ですか」
片桐「失礼。広告上の表現です」
ARAKI「まあ、TACOMさんのためになるなら、なんでもいいですが」
片桐「素晴らしい選手意識です」
白々しい褒め言葉をよそに、担当者の笑みがこぼれる。
担当者「サッカーファンにも届きそうですね。荒木さんの挑戦を追う映像で注目を集められるのでは?」
片桐「ええ。『荒木将がTACOMのロゴを胸に、プロゲーマーとして再始動』。見出しまで作れます」
ARAKI「やれやれ……まだ1試合もしていませんよ」
片桐「だからこそ、今は『挑戦』として出せます。結果が出る前にしか使えない言葉です」
担当者は感心したように何度も頷いていた。
競技についての質問は、一つも出なかった。今季はどのチームを倒したいのか。どんな戦い方を目指すのか。新しい6人で、どう勝つつもりなのか。
ZEROは黒縁眼鏡を指先で押し上げ、白いままのメモ用紙へ目を落とした。
Zarkは背もたれに体を預け、隠そうともしない渋面を浮かべている。
その空気を気にしたのか、短い金髪のPikaが大きな体をLemonの方へ傾ける。だが、Lemonは自分の胸にある〈TACOM〉のロゴを見つめたままだった。
スポンサー対応用の笑みを保つShadowも、ときおり若手へ気まずそうな視線を向けていた。
担当者「せっかくですから、ユニフォーム姿の写真も撮らせてください」
片桐「そうしましょう。まずは荒木さんと広報部長を前へ。和田さんはその隣でお願いします」
片桐は立ち上がると、残る5人へ手を向けた。
片桐「ほかの選手の皆さんは、後列へお願いします。荒木さんの胸のロゴが隠れないように」
Zarkの眉が跳ねた。
それでも誰も口には出さず、言われたとおりに並んだ。
片桐が位置を細かく直していく。ARAKIの胸にある〈TACOM〉だけが、誰にも遮られず、写真の中央へ出た。
シャッターが切られる。
同じユニフォームを着た6人の写真になるはずだった。
だが、レンズが見ていたのはARCANAではない。
荒木将だった。
*
スポンサー挨拶は成功に終わり、和田たちはほとんど言葉を交わさないまま、片桐を伴ってARCANAの事務所へ戻った。
全員が席に着いても、片桐だけは帰る様子を見せなかった。
ZERO「片桐さんも、まだ残るんですか?」
片桐「ええ。和田さんとARAKIさんから、少し残ってほしいと頼まれています」
ZEROの眉がわずかに動いたが、それ以上は尋ねなかった。
和田「今日は皆さん、お疲れさまでした。スポンサー挨拶としては、十分すぎる成果です」
Zark「成果って言っても、ほとんどARAKIさんの名前じゃないっすか」
和田「ARAKIさんへの注目は、そのままARCANAへの注目につながります」
Zark「でも、オレたちの名前は一度も呼ばれてないっすよね」
誰もZarkをたしなめなかった。
和田は一度、5人の顔を見回した。
和田「今季の体制について、皆さんに伝えておきたいことがあります」
5人の視線が集まる。
和田「ARAKIさんの選手契約には、競技上の特記条項が設けられています」
5人が知っていたのは、基本選手契約と、6人ロスターが成立していることまでだった。
和田「ARAKIさんの選手契約には、競技上の特記条項が設けられています」
5人が知っていたのは、基本選手契約と、6人ロスターが成立していることまでだった。
和田「ワシがARAKIさんに期待しているのは、知名度だけではありません。サッカーで頂点に立った経験を、ARCANAを強くするために活かしてもらいたいのです」
和田「そのためには、試合に出てもらうだけでなく、チームを動かす立場も任せる必要があると考えました」
和田は小さく息をついた。
和田「特約の内容は、ARAKIさんのスタメン起用の確約。キャプテンへの就任。試合中のコール権。それから、チーム方針への一定の関与です」
和田は、言葉の重さを測るように、一つずつ区切って並べていく。
和田「この4点を認める条項が、契約書に盛り込まれています」
空気が止まった。
驚かなかったのは、ARAKIと片桐だけだった。
最初に声を上げたのは、Zarkだった。身を乗り出した拍子に、椅子が床を擦る。
Zark「は!? ちょっと待ってくださいよ!」
Zark「この前顔を合わせたばっかの人に、スタメンを確約して、キャプテンもコールも任せるんすか!?」
Zark「さっきは広告の背景で、今度は試合でも脇にどけってことですか!」
和田「Zark、まだ説明は――」
ZERO「Replayは見ました。強いことも分かっています」
普段は冷静なZEROが、和田の言葉を遮った。
ZERO「でも、強いことと、チームを任せることは別です」
ZERO「誰の声を聞くかは、練習して決めることです。契約書で先に決めることではありません!」
Pika「スタメンなら、Lemonの席はどうなるんデスか?」
Pikaの声も、次第に大きくなっていく。
Pika「Supportは空いている席じゃないデス。チームを支え続けてきたLemonがいるんですヨ!?」
Lemon「Pika、いいよ」
Pika「よくないデス!」
言葉は和田へ向けられていたが、視線はARAKIにも突き刺さっていた。ARAKIは口を挟まず、黙って受け止めている。
自分の席の話だった。本来なら、Lemonが真っ先に怒るべきだった。
それなのに、Zarkが怒っていた。ZEROが普段なら使わない強い声を出し、Pikaが自分のことのように食ってかかっていた。
ありがたい。そう思うより先に、胸が苦しくなった。
守られている。
自分だけが、何も言えずに。
Lemon「……ボクが、外れるかもしれないって話ですよね」
Lemonの問いに、和田はすぐには答えなかった。
沈黙の中、Shadowが口を開く。
Shadow「和田さん。確認させてください」
Shadow「その特記条項は、もう発効しているんですか?」
和田「基本選手契約と6人ロスターへの登録は、すでに成立しています」
和田「ですが、先ほどお伝えした競技特約は、まだ発効していません」
Zark「……まだ?」
和田「はい。この特約には、発効条件があります」
和田「既存メンバー5人のうち、3人以上がARAKIさんを認めた場合に限り、発効します」
張り詰めていた空気が、わずかに緩んだ。
Zark「なんだ。じゃあ、終わりじゃないすか」
ZERO「ぼくは認めません。チームでの実力も、連携も、まだ何も確認していません」
Pika「ワタシも絶対に認めないデス!」
Zark「オレもっす。これで3人。もう発効しないでしょ」
3人が反対すれば、条項は動かない。彼らにとって、それは発効条件ではなく、自分たちに与えられた拒否権だった。
ただ、Shadowだけは、ARAKIに焦りがないことと、片桐がまだ席を立つ気配を見せないことに気づいていた。
その視線に気づいたように、ARAKIが口を開いた。
ARAKI「このまま同意が得られるとは思っていない」
Zark「当たり前だろ」
ARAKI「だから、勝負で決める」
ZERO「勝負?」
ARAKI「俺が用意するチームと対戦してもらう。こちらが勝てば、3人以上が特約に同意したものとして扱ってほしい」
ARAKI「そちらが勝てば、特約は発効させない」
若手3人の顔から、先ほど浮かんだ安堵が消えた。
Zark「コネで上位プロでも集める気かよ!?」
ARAKI「違う。俺以外の4人は、小学生だ」
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
Zark「……は?」
ARAKI「ADCは息子のtaka。チャレンジャーだ。残り3人は息子の友人で、プラチナ、ゴールド、シルバー」
3人とも、上位2%のダイヤモンドにすら届かないランクである。
ZERO「息子さん以外は、プロを相手にすれば足元にも及びませんよ?」
Zark「そんなメンバーで、本気でやるつもりか?」
ARAKI「本気だ」
Pika「小学生を連れて……ワタシたちを何だと思ってるんデス!?」
ARAKI「万年5位のチームだ」
Zarkの顔から、わずかに残っていた余裕が消えた。
Zark「……ナメてんのか」
ARAKI「そうだ。ナメている」
ARAKI「万年5位のチームなら、俺と息子がいれば勝てる」
ZERO「これはただの侮辱です!」
Pika「このチームを、勝手に5位のままだと決めつけるな!」
ARAKI「結果が万年5位だろ? 何年も何年も……そして、この先も変わりはしない」
スポンサー先でおとなしく座っていた広告の主役は、もういなかった。
そこにいたのは、5人へ刃を向ける勝負師だった。
片桐「いいですね」
場違いなほど弾んだ声に、5人の視線が集まった。
片桐「ようやく、私を残した理由が分かりました。勝負の場を用意させるためですね、ARAKIさん」
ARAKI「いい会場を頼みたい」
片桐は腕を組み、ARAKIの顔をしばらく眺めた。
片桐「リーグ公式の企画として?」
ARAKI「非公開だ。配信も記事化もなし。観客には息子の友人たち……そして、子どもたちの保護者も呼ぶ」
片桐「おかしいですね。それでは、私には何のメリットもありません。子どもの社会科見学に付き合えと?」
ARAKI「いい試金石になるはずだ。このチームが本当に『売れる』のか、目の前で確かめられる。絶好の機会だろう?」
片桐は答えず、値踏みするように5人を見渡した。
ARAKI「それに、未来のeスポーツファンを増やす手伝いもしてやる。この業界には……まだ伸びしろがあるはずだからな」
片桐「……悪くない口説き文句です。世界の荒木の名に免じて、今回は乗って差し上げましょう」
2人だけで交渉をまとめると、片桐はすぐさま会場の段取りを考え始めた。
置き去りにされた5人の怒りは、今度は和田へ向かった。
Zark「和田さん! こんなの認めるんすか!?」
Pika「小学生との試合で、Lemonの席を決めるんデスか!?」
和田「認めます」
迷いのない返答だった。
和田「ARAKIさんが勝てば、それでチームは変わります。君たちが奮起して勝てば、それでもチームは変わります」
和田「ワシは、本気で上位が欲しいのですわ。もう、5位を守るためにチームを続ける気はありません」
その言葉を受け止め、Shadowが静かに息を吐いた。
Shadow「……やるしかありませんね」
Zark「Shadowさん!?」
Shadow「勘違いしないでください。私も納得していませんし、腹も立っています」
Shadow「ですが、この人は片桐さんを残し、私たちが断れない形を作った。ここで断れば、私たちは逃げたことになります……あろうことか、小学生相手に」
一瞬、反論の声が止まった。
ZERO「小学生相手に、逃げる……」
Pika「Lemonが理不尽に控えになるかもしれないんですヨ!?」
Shadow「分かっています」
Zark「分かってて言うんすか!?」
Shadow「分かっているから言うんです。Lemonさんを守りたいなら、勝てばいいんです。簡単な話です」
最後の一言だけは、いつもの静かな声ではなかった。
Pika「……勝てば、解決ですネ」
ZERO「勝てば、特約は発効しません」
Zark「だったら、ボコボコにすればいいんすよね」
向けられた敵意を、ARAKIは正面から受け止めた。
ARAKI「やってみろ」
Zark「絶対、後悔させますよ」
Pika「今言ったこと、全部覚えておいてくだサイ!」
ZERO「プロが勝つ。それが当然の結果です」
ARAKI「楽しみにしている」
Lemon「…………」
自分の席を守るために、仲間たちが勝つと言っている。
嬉しかった。それ以上に、苦しかった。
自分も戦うはずなのに、いつの間にか、みんなが自分のために戦うような空気になっていた。
Lemonは膝の上で、ただ拳を握った。
「ありがとう」も、「大丈夫」も、どちらも言えなかった。
こうして、ARCANAの既存メンバー5人と、小学生4人を率いるARAKIとの対抗戦が決まった。
会場は片桐が用意する施設。保護者同伴、完全非公開。
怒りと打算の混沌の中、ARCANAの命運を決める戦いが、動き始めていた――