遅咲きのプロゲーマー~W杯優勝GK、36歳からeスポーツへ~ 作:タイラー・カイマー
【
試合で使うキャラクターを選び、使用禁止にするキャラクターを指定すること。
相手の得意を封じ、味方の組み合わせを整える。試合が始まる前から、駆け引きは始まっている。
*
土曜日の昼間。東京都中野にある民間施設、
SOLの国内プロリーグが、試合開催日に借りている会場である。段差のある客席は200席ほど。正面のステージには大型スクリーンがあり、その下には、5人ずつが並んで座る選手ブースが向かい合っている。
大型スクリーンには、今日の催しの名前が映し出されていた。
〈ARAKI選手 ARCANA加入記念〉
〈親子で楽しむSOL観戦体験会〉
表向きは、招待された子どもと保護者たちだけを迎えた、完全非公開の記念戦。ARAKIのプロゲーマー転向を記念した、eスポーツ周知イベントということになっている。
その客席に、これから試合へ出る小学生4人が並んで座っていた。
真中「やべえ。本当にここでやるんだ」
森川「画面で見たことある。あの席」
上田「……あそこに座るの、ぼくたち?」
taka「………」
4人の視線が、正面の選手ブースへ集まる。
小柄な
ゲームの中では、真中が〈
takaと同じ少年サッカーチームに所属する、特に仲のよい友人たちである。サッカーの練習が終わった後や休日には、SOLでも集まって遊んでいた。
そこへ混じるようになったのが、当時、無職だったARAKIだ。息子の友達と一緒に、何度も遊んでいた。
いつもの5人で、今日はプロと戦う。
Ueda「もっと、普通の部屋でやると思ってた」
MORIMORI「ぼくも」
monaka「タカのパパすげえ!」
4人のそばに座っていた、少年サッカーチームのコーチ、
高知「せっかくの機会だ。楽しんでこいよ」
Ueda「緊張するわぁ〜」
高知「なんとかなるなる」
monaka「適当じゃん」
3人が笑う。
高知はUedaへ顔を向け、軽く笑みを浮かべた。
高知「ウエ、お前は特に頑張れよ。タカのパパに色々教えてもらってるだろ?」
Ueda「サッカーなら、そうだけどさあ……」
Uedaは、少年サッカーではゴールキーパーを務めている。休日には、ARAKIからその技術を教わることもあった。
Ueda「そういえば、タカのパパは?」
taka「関係者に挨拶してくるって。後で選手席で合流だって」
monaka「やっぱあそこに座れるんだな。ワクワクするな〜」
monakaが選手ブースを指さす。
takaは頷いたが、視線は正面に向けたままだった。
高知「タカ。どうした?」
taka「……いや。みんな、来てくれてありがとう」
monaka「急にどうしたんだよ」
taka「コーチも。練習、休みにしてもらっちゃって」
今日は、この4人が揃ってサッカーの練習を休むことになった。
それならばと、高知はその日の練習自体を休みにし、希望する子どもたちと保護者を連れて、応援に来ていた。
高知「それはこっちで決めたことだから、気にしなくていい」
taka「でも、おれがパパの契約で、いろいろ言ったからさ」
Ueda「チームのリーダーにしてくれってやつ?」
高知「だが、試合に持ち込んだのはお父さんの判断だろう? お前が気に病む必要はないんじゃないか?」
taka「そうだけど。でも、おれが発端だからさあ……」
この勝負でARAKIのチームが勝てば、彼がARCANAを率いることを、既存選手たちが認める。
契約の細かな文言までは知らなくても、その概要は、3人も、それぞれの保護者も、高知も聞いていた。
参加を頼みに来たのは、ARAKIだけではない。takaも父親と一緒に頭を下げ、友人たちと、その親たちへ協力を求めていた。
MORIMORI「ま、何はどうあれタカのパパの力にはなりてーし、頑張るよ」
monaka「タカのパパはやっぱキャプテンでいて欲しいよな!」
Uedaは不安そうに選手席を見た。
Ueda「……自信ないけど、なんとかなるかな? ぼく、シルバーだよ」
taka「……なんとかする」
monaka「頼むぜ、ストライカー!」
takaはmonakaを見た後、小さく決意する。
taka「……うん!」
その後ろでは、試合に出ないサッカー仲間たちが、落ち着かない様子で客席を見回していた。
SOLを遊んだことのある子もいれば、動画で見たことしかない子もいる。takaたちが何のゲームをするのか、まだよく分かっていない子もいた。
保護者たちも、子どもに指さされたスクリーンを見上げたり、これから使う席を確かめたりしている。友達がプロの会場で何かをする。その晴れ姿を見に来た、発表会のような空気だった。
楽しそうな声を背中に聞きながら、takaは正面へ向き直った。
takaは握っていた手をほどき、膝の上へ置き直した。
客席の一角で、FROGの帽子をかぶった少年が、会場をきょろきょろと見回していた。
少年「ねえ、FROGはどこ?」
友達「FROGって誰?」
少年「一番有名なプロ。動画、めっちゃ面白いんだよ」
友達「今日来るの?」
少年「……来ないの?」
ちょうどその脇の通路を、選手席へ向かうARCANAの5人が歩いていた。
少年は、揃いのユニフォームへ目を向けた。
少年「あ、タカのお父さんが入るチームだ」
Zarkの口元が引きつった。子どもたちのそばを通り過ぎてから、声を落とす。
Zark「……オレたちの名前、誰も知らない感じっすか」
ZERO「FROGの動画だけ見ている子もいるでしょう」
Zark「いや、まあ、そうなんでしょうけど」
Pikaが隣のLemonを見る。Lemonは小さく肩をすくめた。
Lemon「今日は覚えて帰ってもらおうよ」
Shadow「そうですね。まずは、試合で」
Zarkは正面の選手席を見た。
Zark「……勝ちますよ。絶対」
客席の最後列で、ARAKIの妻・明美は小さく息を吐いた。
隣には、5歳の長女、
明美の膝の上では、2歳の次男、
前方には、貴之と友人たち。その周りには、予定を合わせて来てくれた保護者や、応援の子どもたちがいる。
夫が勝負へ戻ったことは嬉しい。息子も、友達と一緒に大きな舞台へ立つ。
それにしても、ずいぶん大事になったものだ。
明美(こんな大事にしたんだから、必ず勝ってもらわないとね)
まだ誰も座っていない選手席へ、明美は視線を向けた。
*
実況解説席では、2人の男が手元の資料を確かめていた。
片桐に伴われたARAKIと和田が近づくと、2人は席を立った。
片桐「今日ご協力くださる、実況解説のお二人です。あ、事情は説明済みですよ」
HARU「初めまして。実況を担当します、
NAGI「解説の
ARAKI「荒木です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
HARUは細身で、眼鏡の奥にある顔も縦に長い。短く整えた髪と広い額。シャツにベストを重ね、鮮やかなネクタイを締めている。
一方のNAGIは、丸眼鏡に重めの前髪。暗い色の服装も相まって、隣の男よりずいぶん若く見えた。
ARAKI(骸骨の実況と童顔の解説か……)
頭に浮かんだ言葉は、そのまま胸の内に収めた。
ARAKI「本日は、こちらの内輪揉めにお付き合いいただくことになり、申し訳ないです」
ARAKIが頭を下げると、片桐が付け加えた。
片桐「お二人には、料金の方もかなり融通していただいています」
ARAKI「そこまでしていただいてるのですか……なぜ?」
顔を上げたARAKIに、HARUが笑みを向ける。
HARU「まさか、荒木狂犬伝説を目の前で見られるとは思わなくてね……。新たな歴史の誕生に立ち会えるんですから、こちらこそ感謝ですよ!」
NAGI「何を言ってるんですか……」
HARU「NAGIさんも、久々に〈荒木狂犬集〉を見返したって言ってたじゃないですか」
NAGI「いや、それは……」
HARU「このオファーをもらったときも、私より早くOKを返してましたよね?」
NAGI「いや、違……。見返したのは事実ですけど、それと引き受けた理由は別ですからね」
和田「理由はともかく、感謝しきれませんな……。お二人とも、本日はよろしくお願いいたします」
以前から顔を合わせている和田に、2人も改めて頭を下げる。
片桐「まあ、せっかく国民的英雄が面白いことをしてくれたのでね。それに乗じて、以前からの課題だった保護者層への試験企画……お二人は、そこに興味を示してくれたのですよ」
ARAKI(抜け目ないな、この髭野郎は……)
HARU「オンラインゲームに難色を示す割合が多い層ですからね。そこでどんな仕事ができるのか、試せる機会はそうありませんから」
NAGI「僕の言ったこと、パクってますよね、それ」
ARAKIは2人のやり取りに笑みをこぼすと、改まった表情になった。
ARAKI「いずれにせよ、我々は全力で試合をします。今日来てくれたみんなが楽しんでくれるよう、お力添えください」
HARU「もちろんです」
NAGI「こちらこそ。楽しみにしています」
ARAKIがもう一度頭を下げたところで、片桐が時計を確かめた。
片桐「では、そろそろ時間です。息子さんたちと合流しましょう」
ARAKI「はい。では、後ほど」
2人に見送られ、ARAKIは選手ブースへ向かった。
ARAKIが選手ブースへ着くと、4人は椅子の後ろに集まっていた。
taka「パパ」
その声に、向かいのブースからZarkが顔を上げた。視線が子どもたちを順にたどり、ARAKIのところで止まる。
ZEROも、Pikaもこちらを見ていた。誰も笑っていない。
Uedaが、言いかけた言葉を飲み込んだ。
ARAKIは向かいの視線を受け止めてから、4人へ顔を戻した。
ARAKI「待たせたな。準備は?」
MORIMORI「できてる」
Ueda「たぶん……」
monaka「そこは、できてるって言えよ」
taka「大丈夫かなあ……」
ARAKIの口元が緩む。Zarkは表情を変えないまま、正面へ向き直った。
会場に音楽が流れ、スクリーンがリーグのロゴと選手たちの映像へ切り替わる。客席の話し声が静まった。
HARU「皆さん、お待たせしました! ARAKI選手のARCANA加入記念、親子で楽しむSOL観戦体験会へようこそ!」
先ほどまで隣で話していた男の声が、会場いっぱいに響く。
HARU「実況は私、HARU。解説はNAGIさんです」
NAGI「よろしくお願いします」
HARU「今日は、eスポーツを会場で観る楽しさを感じていただければと思います。いいプレイには拍手を、選手にはぜひ声援をお願いします!」
NAGI「初めて見る方にも、何が起きたのか、どこがすごかったのかをお伝えしていきます。気軽に楽しんでください」
客席から拍手が起こった。
HARU「それでは、両チームの選手をご紹介しましょう!」
スクリーンにARCANAのロゴが現れた。
Pika、ZERO、Shadow、Zark、Lemon。HARUが名前を読み上げるたび、カメラがそれぞれの選手を映す。
HARU「対するは、チームARAKI! Ueda選手、MORIMORI選手、monaka選手!」
画面に小学生たちの顔とPlayer IDが並んだ。
monaka「おお、俺だ」
MORIMORI「今、カメラ見ないと」
Ueda「どれ?」
顔を上げたUedaがスクリーンに映り、客席の仲間たちが手を振る。monakaはすぐに手を振り返し、Uedaも胸の前で小さく手を上げた。
HARU「そして、taka選手、ARAKI選手! こちらの親子は、2人ともチャレンジャーです!」
NAGI「SOLのランクで、最も上の階級ですね」
takaとARAKIが、客席へ一礼する。
HARU「試合は最大3戦。先に2勝したチームの勝利となります!」
スタッフが準備を促すと、椅子を引きかけた4人をARAKIが手招きした。
ARAKI「その前に、集まれ」
monakaが笑った。takaが父親の隣へ入り、MORIMORIとUedaも続く。
机の後ろで、5人が輪になった。ARAKIが腰を屈めると、子どもたちの肩が寄る。
ARAKI「絶対に勝つぞ!」
4人「オーッ!」
声が会場に響いた。
向かいのブースで、Zarkがヘッドセットを持ったまま顔を上げる。
Zark「……意味ないだろ」
Pika「サッカーみたいですネ」
ZERO「ここはサッカーの場ではありません」
Lemonは、輪を解いた5人を見ていた。Uedaがmonakaに背中を叩かれ、先ほどより勢いよく椅子へ座る。
Lemon「……こっちも絆じゃ負けないさ」
Shadow「ええ……こちらも集中しましょう」
Lemonも頷き、正面へ向き直った。
ARAKIが席に着き、ヘッドセットを装着する。隣でtakaがマウスを握った。
*
スクリーンが切り替わった。キャラクターの顔がずらりと並び、左右には両チームの空欄。その上で、選択の残り時間が減り始める。
HARU「さて、いよいよ始まります! まずは使うキャラクターを決めていきます。SOLでは
顔の1つが小さな枠へ移り、斜線が重なった。
HARU「おっと、使用禁止の印が付きましたね。NAGIさん、これは?」
NAGI「この作業を
HARU「使いたいものより先に、使わせたくないものを選ぶんですね」
NAGI「はい。例えば、相手が得意なChampionを禁止すれば、別のもので戦わせることができます」
選ぶ番が相手側へ移り、別の顔にも斜線が付く。
最初の使用禁止を終えると、今度は大きな枠にChampionの姿が現れた。
HARU「こちらは、実際に使うものですね?」
NAGI「はい。使うChampionを選ぶことを、
ARAKIが何かを話し、takaが頷いた。向かいのブースでも、Shadowの言葉を受けてPikaがマウスを動かす。
HARU「両チーム、相談しながら選んでいますね」
NAGI「相手との相性に加えて、味方との組み合わせも考えます。攻撃が得意なものばかりでは、それを守る役が足りなくなることもありますからね」
HARU「試合本編の前から、もう勝負は始まっている、と」
NAGI「そうです。この使用禁止と選択の流れを、
再び使用禁止を挟み、残りのChampionが選ばれていく。
最後の選択が確定し、両チームの5体が出揃った。選手たちが調整を終えると、画面が切り替わる。
Championの姿に、使用する選手の名前と担当ロールが添えられていた。
〈ARCANA〉
Pika/Top/レネクト
ZERO/Jungle/セジャニ
Shadow/Mid/オリアネ
Zark/ADC/ルシオン
Lemon/Support/スレイシュ
〈チームARAKI〉
Ueda/Top/ガレム
MORIMORI/Jungle/マムム
monaka/Mid/エニー
taka/ADC/ジンク
ARAKI/Support/ブラウン
HARU「両チームの組み合わせが出揃いました! 使うキャラクターは、Pika選手がレネクト、ZERO選手がセジャニ……これは覚えるのが大変そうですが」
NAGI「今、全部覚えなくても大丈夫です。応援する選手が、どのキャラクターを動かしているか。まずはそこから見てください」
HARU「今日なら、お友達やARAKI選手ですね」
NAGI「はい。5人対5人で、色々なキャラクターが戦う。それを楽しんでいただければ。どんな技を使えるのかは、試合を見ながら説明していきます」
客席では、子どもたちが友人の名前を見つけ、隣の保護者へスクリーンを指さしていた。
Zarkは、その指が向かう先を見た。
Zark(……ここでも、オレたちはあの人の引き立て役かよ)
奥歯を噛み、正面の画面へ向き直る。
ARAKIが姿勢を正した。隣のtakaも、画面を見据えている。
HARU「それでは、対抗戦、第1試合の開始です!」