遅咲きのプロゲーマー~W杯優勝GK、36歳からeスポーツへ~ 作:タイラー・カイマー
※試合中、Champion名には担当Roleをルビで補足しています。
【レーン戦】
試合序盤、それぞれの持ち場で相手と向き合い、有利を競う攻防のこと。ただし、自分の持ち場で勝ったからといって、試合に勝てるとは限らない。
*
ARAKIと小学生4人が、ARCANAのプロ選手5人に挑む対抗戦。
少年サッカーのコーチを務める高知の隣へ腰を下ろし、声を落とす。
上田父「すみません。もう始まっちゃいました?」
高知「まだロード中です。間に合いましたよ」
上田父「よかった……。高知さん、このゲーム、分かります?」
高知「少しなら。お父さんは?」
上田父「私はさっぱり。息子がやっているのを、横から見たことがあるくらいで」
高知「今日は、じっくり見られますね」
上田の父が笑うと、高知はスクリーンを指した。
高知「息子さんは、あの『Ueda』という名前で出ていますよ。大きな剣を持ったキャラクターです」
上田父「ああ、あれですか。名字、そのままですね」
高知も笑った。その時、スクリーンが切り替わった。
高知「お、始まりますよ」
*
2人が画面へ顔を向けると、両陣営の本拠地に、5体ずつのChampionが降り立った。
HARU「さあ、いよいよゲームが始まりました! NAGIさん、このゲームの勝利条件は、ズバリ何でしょうか?」
NAGI「相手の陣地、その最奥にある本拠地の核――
画面が戦場を見渡すように動く。本拠地へ続く道には、いくつもの塔が並んでいた。
NAGI「Towerは、近づいてきた敵を自動で攻撃する防衛拠点です。これを手前から壊して、進む道を開いていきます」
HARU「相手の選手だけでなく、この塔も突破しなければならないんですね!」
Championたちが動き出した。
上と中央のLaneへ1体ずつ。下のLaneへは2体が並び、残る1体は道の間に広がる森へ向かう。
HARU「両チーム、それぞれの持ち場へ散っていきます!」
NAGI「スポーツと同じように、担当するポジションがあるんです」
Uedaの操る大剣の戦士、
高知「息子さんの相手は、あのワニの戦士ですね」
上田父「なるほど」
やがて、両陣営の本拠地から、小さな兵士たちが列をなして現れた。兵士たちも3本のLaneへ分かれ、敵陣へ向かって進んでいく。
HARU「続いて、小さな兵士たちが現れました!」
NAGI「
カメラは上側のLane、Topへ。兵士たちを挟み、Uedaの
HARU「さあ、兵士たちがぶつかり、レーン戦が始まりました!」
NAGI「それぞれの道で、相手と向き合いながら自分を育て、有利を競う序盤の攻防ですね」
兵士が倒れ、獲得したGoldの数字が浮かぶ。
HARU「ただ、互いを直接攻撃するより、Minionを狙っていますね?」
NAGI「敵のMinionを倒すと、
HARU「RPGと同じですね。レベルを上げ、装備を揃えて強くなる」
大剣の戦士は足を止め、相手との距離を取り直す。
NAGI「ただ、稼ぐことに夢中になると、相手に攻撃されてしまいます。Minionを倒すか、相手の体力を削るか。そこにも駆け引きがあります」
HARU「そうして相手より強くなり、防衛拠点を突破して、本拠地を壊す!」
NAGI「それが、このゲームの大きな流れです」
上田の父は頷いた。
画面の中では、大剣の戦士が兵士たちとともに戦っている。その向こうに立つ塔まで、道は続いていた。
画面が下側のLane、Botへ移った。
大盾を構えた大男は、ARAKIの
向かい合うのは、Zarkの
Zarkが弱った兵士を狙うたび、takaが横から銃弾を撃ち込む。
反撃しようとすれば、takaはすぐに距離を取った。Lemonが前へ出ても、ARAKIが大盾で進路を塞ぐ。
ARAKI「もう少し前、出られるぞ」
taka「うん」
親子がさらに前へ出る。相手が下がると、takaは追わずに兵士を倒し、獲得したGoldの数字が浮かぶ。
HARU「Bot Lane、押しているのはARAKI・taka組です!」
兵士を倒しに出れば撃たれ、下がれば目の前で兵士を失う。その繰り返しで、Zarkは少しずつ自陣の塔へ追い込まれていた。
NAGI「この親子は、普段から一緒に組んでいるChallengerの2人です。前へ出る時も、引く時も、動きが揃っていますね」
Zarkは照準を動かしながら、口を開いた。
Zark「普通……に押されてないっすか、オレたち」
Lemon「分かってるよ」
Zark「いや、小学生っすよ!?」
Lemon「ランクに年齢は書いてないでしょ!」
返しながらも、Lemonは大盾の向こうへ近づけずにいた。
その後ろで、takaがまた1体、兵士を倒す。
*
対抗戦の3日前。5人でARCANAの試合映像を見ていた時のことだった。
taka『Botは、おれたちなら普通に勝てると思うよ』
画面を見たままのtakaに、Uedaが顔を向けた。
Ueda『ホント? 相手、プロだよ?』
taka『うん。ADCはおれの方が普通に上手いし、Supportもパパの方が上手い』
ARAKIは息子を見た。
takaは真面目な顔をしている。
ARAKI『……そんなことがあるのか?』
taka『この人、前はADCで出てるんだよ』
takaが指したのは、Lemonの名前だった。
taka『Supportになったのは、前にいた人が移籍してから』
MORIMORI『じゃあ、本職じゃない可能性があるってこと?』
taka『うん。空いたところに入ったんだと思う』
ARAKIは画面へ目を戻した。
試合で何をしてくるかは見ていた。以前、どの役割を担っていた選手なのかまでは、調べていなかった。
ARAKI『よく見てるな』
taka『だって、おれたちの相手だし』
そう答えると、monakaが笑った。
monaka『じゃあ、Botは任せていいんだな?』
taka『うん!』
*
Lemon「Zark、帰ろう」
Zark「……まだ兵士、来てるっすよ」
Lemon「ここで倒されるよりはいいでしょ」
2体は塔の後ろへ下がり、足を止めた。やがて、その姿がLaneから消える。
NAGI「
taka「パパ、これ全部押し込もう」
ARAKI「ああ」
親子が敵の兵士を倒すと、味方の兵士たちが塔へ進んだ。迎え撃つ塔の攻撃に、1体、また1体と倒れていく。
NAGI「留守の間に塔が倒した兵士の分は、Zark選手のお金になりません。近くにいないので、経験値も受け取れないんです」
HARU「相手を倒さなくても、帰らせることで差をつけられるんですね!」
Zark「あー……もったいねえ」
Laneへ戻る途中で、また兵士が塔の攻撃に消えた。
LemonはMapへ目を移した。
Lemon(認めるよ。ARAKIさんも、takaくんも……ボクたちより上手い。でも、それだけじゃ、このゲームは勝てないよ)
*
中央では、monakaの
それでも、Botで優勢なARAKIとtakaが周囲に気を配り、2人を支えていた。
ARAKI「ナカ、川の方に出るなよ」
monaka「了解。ここで待ってる」
taka「モリ、そっち行けるよ」
MORIMORI「助かる!」
NAGI「MidとJungleはARCANAが優勢です。ただ、チームARAKIも無理には戦わず、持ちこたえていますね」
何度も兵士の列が入れ替わるうちに、Championたちのレベルも上がっていった。
だが、Topでの苦しい攻防は変わらない。
Uedaの
その一撃が兵士へ落ちる間に、Pikaの
巨大な刃が振るわれる。
Uedaも攻撃を返そうとしたが、ワニの戦士はもう離れていた。
Ueda「くっそ……」
兵士を倒そうとするたび、体力が減る。
相手を狙えば、届かない。
Uedaはマウスを握り直した。兵士の体力と、相手の位置。その両方を見ているつもりなのに、どうしても一拍遅れる。
その横の森を、重装の騎手が進んでいた。ZEROの
HARU「ここでZEROがTopへ向かいます!」
上田父「横から来てるぞ……? なぜ逃げないんだ!」
だが、
NAGI「ここで重要な補足です。私たち観戦者には見えていますが、Ueda選手には、
HARU「同じ画面を見ているわけではないんですね?」
NAGI「はい。観戦画面では両チームの動きが見えますが、選手が見られるのは、基本的に味方の周囲だけです。それ以外は霧に覆われ、そこにいる敵は見えません」
Uedaの画面では、Laneの横に広がる森は暗いままだった。
しかし、次の瞬間、
Ueda「来た、来た! 2人いる!」
慌てて、自陣の塔へ向かってクリックする。
その背後で、
ワニの戦士の体が怒りの砂嵐に包まれ、巨体と化して大剣の戦士を追い始めた。
上田父「おい、後ろ!」
高知「逃げろ……!」
大剣の戦士が走る。
塔まで、あと少し。
離れた場所から、
氷が全身を覆った。
走っていた姿勢のまま、大剣の戦士が止まる。
Ueda「動けない……!」
HARU「必殺技を重ねて、逃がしません!」
Uedaは塔の下をクリックし続けた。
だが、氷が砕けた時には、砂嵐をまとった巨体がすぐ後ろにいた。
巨大な刃が振り下ろされ、
画面に「FIRST BLOOD」の文字が浮かび、最初の死を告げる演出が現れる。
HARU「逃げ切れない! ARCANA、まずはUedaを倒しました!」
客席から「ああー……」と声が漏れる。
Uedaは動かなくなった自分のChampionを見つめた。
Ueda「……ごめん」
ARAKI「大丈夫だ。まだ負けたわけじゃない」
上田父「これ、もう終わりですか?」
高知「いえ、しばらくすると本拠地で復活します。まだ続けられますよ」
上田の父が、小さく息を吐いた。
NAGI「見えない場所から近づいて、2対1を作る。今のような奇襲を、
*
復活してLaneへ戻ると、またZEROが来た。
Ueda「また!?」
ARAKI「ウエ、兵士は捨てていい。早めに下がれ」
次は早めに下がった。
だが、帰り道には、もう
挟み撃ちにされ、3度目。
「惜しい」「逃げろ」と声を上げていた客席が、静かになっていた。
客席には、プロが同じ小学生を何度も倒している光景だけが映っていた。
上田父「……また、うちの子か」
高知は返事をしかけ、口を閉じた。
選手席では、Uedaが画面を見たまま、唇を結んでいる。
その横顔を見ていると、出場が決まった日の会話がよみがえった。
Ueda『ぼく、ゲームは上手くないけどさ。タカのパパの力になりたいんだ』
上田父『そうか。いつもキーパーを教えてもらってるもんな』
Ueda『うん。だから、今度はぼくが頑張る』
そう言って笑った息子に、頑張ってこいと返したのだった。
今、その口元に笑みはない。
上田の父の手に、力が入った。
HARU「ARCANA、TopのTowerを破壊! さらにPika、ZEROが森へ入っていきます!」
2体は、そのまま上の道を進まなかった。
塔の脇から、チームARAKIの森へ向かう。
MORIMORI「こっちまで来た……!」
MORIMORIが引き返す。
先ほどまで回れていた自陣の森に、敵がいる。
上田の父は、選手席からスクリーンへ目を戻した。
上田父「うちの子、そんなに下手なんですかね……」
高知は、少し言葉を選んだ。
高知「息子さんはシルバーランクだと聞いています。上から数えて、全体の7割くらいの位置ですね」
上田父「7割……」
高知「荒木さんと貴之くんは、上位0.02%です。相手も、その最上位層と戦っているプロですから」
上田の父は黙った。
高知「その相手が、2人で来るんです。息子さんには、相当厳しい勝負ですよ」
上田父(たかがゲームだ。つらい思いをしてまで、続けなくていい……でも、お前は力になりたくて、あそこに座ってるんだよな……)
画面の中では、monakaの
monaka「モリ、待って。そっち行く!」
だが、その間にも中央の兵士は倒されていく。
Shadowの操る機械少女・
HARU「今度は中央です! ShadowがTowerを攻撃しています!」
monakaが戻る。
すると、森に残されたMORIMORIが下がる。
助けに動けば、別の場所が空く。
空いた場所へ、ARCANAが入ってくる。
ARAKI「taka、中央へ行くぞ」
taka「……うん!」
Botで前へ出ていた親子も、引き返した。
その背後で、ZarkとLemonが兵士を押し返し始める。
もう、下の道だけで勝っていればいい状況ではなかった。
NAGI「ARCANAは、差を作りやすいTopに戦力を集めました。そこで得た優位を森へ、中央へと広げ、親子をBotから動かしたんです」
上田の父は、息子の顔を見た。
上田父(自分のせいだって、思ってないか。こんなに不利になってるのは、自分のせいだって……)
その後も、5人はARAKIの指示で守る場所を変え、抵抗を続けた。
takaが銃を撃ち、3人も必死に持ち場へ戻る。
それでも、間に合わない。
守りに着く前に、塔が折れる。
敵を追い返した時には、別の道から兵士が来ている。
Topから始まった崩れ、その連鎖はおさまらなかった。
*
最後の塔が崩れた。
だが、ARCANAの選手たちは足を止めなかった。兵士とともに押し寄せ、本拠地の核であるNexusへ攻撃を重ねていく。
Nexusの体力が尽きた。
HARU「第1試合、勝者はARCANA! まずは1本先取です!」
決着を告げる画面へ切り替わる。
Uedaは、マウスから手を離した。
客席から、まばらな拍手が起こった。
プロが、同じ小学生を何度も狙い撃ちして勝った。勝つための作戦だと説明されても、大人気ないと感じる気持ちまでは消えない。
拍手はほどなく途切れた。上田の父は、手を膝に置いたままだった。
NAGI「チームARAKIは恐らく、ほかの場所で耐え、実力の突出したtaka選手を育てて勝つ狙いだったのでしょう」
HARU「実際、Botでは押していましたね」
NAGI「はい。ただ、その強さが勝利につながる前に、ARCANAがほかを崩し切りました」
上田の父は、息子を見ていた。
息子の隣でARAKIがヘッドセットを外し、子どもたちへ話しかける。
上田父(お前は今、何を思っている?)
父親には、何を話しているのか聞こえなかった。