遅咲きのプロゲーマー~W杯優勝GK、36歳からeスポーツへ~ 作:タイラー・カイマー
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Good Gameの略。「よい試合だった」の意。
オンライン対戦ゲームでよく使われる、試合後に相手の健闘を称える挨拶。
*
大型スクリーンには、ARCANAとチームARAKIの名前、そして「1対1」のスコアが表示されていた。
選手席で、ARAKIが子どもたちへ顔を向ける。
ARAKI「よくやった。苦しいところで、誰も投げなかったな。みんなに任せてよかった」
monakaとMORIMORIが笑い、takaも頷いた。
Uedaは照れくさそうに笑い、仲間たちを見た。
Ueda「まだ、あと1回勝たなきゃね」
2本先取の対抗戦。ようやく並んだだけで、まだ勝負はついていない。
Uedaは椅子の背から体を起こすと、ARAKIへ顔を向けた。
Ueda「次も、同じ作戦?」
ARAKI「いや。次は普通にいく」
taka「え、大丈夫? それ」
隣から、takaが父の顔を覗き込む。
ARAKIは頷いた。
ARAKI「ああ。指示はその都度出す。それに応えてくれ」
monakaとMORIMORIも顔を上げた。ARAKIは4人を見渡す。
ARAKI「みんな、OKか?」
4人「OK!」
Uedaも頷き、画面へ向き直った。
向かいの選手席では、ARCANAの5人がまだしきりに何かを確認しながら話し合っていた。
やがて、決着戦を告げる音楽が会場に流れる。
*
Game3は、拍子抜けするほど一方的な試合となった。
Topを狙うか、狙わないか。
ARCANAの話し合いは、最後までそこから抜け出せなかったのだ。
Game1では、そこを攻めて勝った。Game2では、同じ狙いを逆手に取られて負けた。
もう一度攻めるべきか。警戒して、別の場所から崩すべきか。
結論が出ないまま、決着戦は始まった。
5人は、その場ごとの判断で動くことになった。
Pika「上、今なら仕掛けられますヨ」
Lemon「一応報告、
ZERO「Shadowさん、来れます?」
Shadow「見送りましょう。同じ罠かもしれない」
Zark「でも、警戒して上を捨てたら、向こうの思うつぼっすよ!?」
攻めるか、見送るか……判断はまとまらなかった。
その間に、チームARAKIでは短い声が交わされていく。
MORIMORI「
ARAKI「ウエ、下がれ。ナカはそのまま」
Ueda「OK!」
ARAKI「taka、押せ」
taka「了解!」
Uedaは、倒しかけた兵士を残して下がった。
その分のGoldは諦める。それでも、取りには戻らなかった。
Pikaが見つけた隙は、もう消えていた。
HARU「ARCANA、先ほどまでと違って、足並みが揃いません!」
NAGI「攻めるのか、引くのか。動き出すタイミングが、ばらばらになっていますね」
オーナーである和田は選手席を見つめたまま、片手でもう一方の袖口を握りしめていた。
5人は声を掛け合っている。それでも、動きは揃わない。それぞれの意見に理由があり、どれを優先するか決め切れない。
――意見が分かれた時、最後にどれを選ぶのか。
それを決める人間が、ARCANAにはいなかった。
一方、チームARAKIには、その役割を担う男がいた。
4人が状況を伝え、ARAKIが決める。
危険なら下がる。取れないものは捨てる。攻めると決めたら、全員で動く。
子どもたちが、急にプロより上手くなったわけではない。
それでも、誰かが攻めようとした時、別の誰かが引き始めることはなかった。
HARU「対するチームARAKIは、動きが揃っています!」
NAGI「前へ出る味方に、後ろもついてくる。これなら、taka選手も思い切って攻撃できます」
Topへの圧力が分散したことで、Uedaは前の2戦ほど崩されなかった。中央と森でも、無理な勝負を避けて持ちこたえる。
その間に、takaが育っていった。
やがて5人が集まると、集団戦が起こるたび、塔が削れる。ARCANAが態勢を整え直す前に、次の攻撃が始まる。
一度ついた差は、広がるばかりだった。
ARAKI「追うな。本拠地だ」
taka「うん!」
逃げる敵から、5人の攻撃が本拠地へ向き直る。
最後の塔が崩れ、takaがネクサスを削っていった。
そして、その体力が尽きた。
HARU「決着です! チームARAKI、2対1! ARCANAを破りました!」
上田の父は、思わず立ち上がった。
隣の高知と顔を見合わせる。高知が笑って頷くと、父親も笑い、選手席へ拍手を鳴らす。
客席の最後列では、明美も拍手をしていた。夫と息子を見つめながら、ようやく肩の力を抜く。
歓声の中、ARCANAの5人は、試合の終わった画面を見つめていた。
会場の照明が中央へ集まった。
HARU「それでは、勝利したチームARAKIから、ARAKI選手にお話を伺いましょう!」
呼びかけに、ARAKIはヘッドセットを外した。子どもたちへ笑みを向け、席を立つ。
マイクを受け取って客席へ向き直る頃には、その表情は落ち着いていた。
ヒーローインタビュー。
競技が変わっても、この場で求められることは変わらない。
HARU「まずは勝利、おめでとうございます! 今のお気持ちは?」
ARAKI「ありがとうございます。まずは、ほっとしています。相手は国内リーグで戦っているプロです。簡単に勝てるとは思っていませんでした」
NAGI「一番苦しい役割を背負ったのは、TopのUeda選手でした。Game1では集中的に狙われましたが、Game2では、その場所が逆転のきっかけになりましたね」
ARAKIは、選手席に残るUedaへ目を向け、言葉を紡ぐ。
ARAKI「はい。何度倒されても、役割を投げなかった。Game2の勝利を呼び込んだのは、間違いなく彼の粘りです」
大型スクリーンに、Uedaの顔が映った。
客席の仲間たちが声を上げ、拍手が広がる。Uedaは目を丸くしてから、照れくさそうに笑った。
父親は、その顔を見上げながら手を叩く。
ARAKIは、拍手が静まるのを待って続けた。
ARAKI「参加してくれた真中君、森川君、上田君。そして、参加を許可してくださったご家族の皆さんに、心から感謝しています」
ARAKI「少年サッカーチームの仲間とコーチの皆さんも、練習を休みにして応援に来てくれました。ありがとうございました」
ARAKI「この会場と機会を用意してくださった関係者の皆さん。実況と解説をしてくださったHARUさん、NAGIさんにも、お礼を申し上げます」
ARAKIは客席へ頭を下げた。
ARAKI「今日初めて、このゲームを見た人もいると思います。こういうプロの世界もあるのだと、覚えて帰ってもらえれば嬉しいです」
ARAKI「今日の試合を少しでも面白いと思ってくれたなら、ぜひ一度、自分でもSOLを遊んでみてください。見るのとは、また違った面白さがありますから」
再び、拍手が起こる。
FROGの帽子をかぶった少年も、その中で手を叩いていた。
片桐は、拍手を送る子どもたちと、その保護者を見渡した。
子どもたちが夢中になるものを、まず親にも見せる。
そして、まだ知らない子どもには、自分で遊んでもらう。
片桐(見るだけで終わらせず、次につなげる。……そこまで考えていますか)
片桐は髭を指先で撫でながら、ARAKIへ目を戻した。
片桐(世界で活躍してきただけあって、メディアの乗りこなしも見事ですね。勝ったうえに、競技そのものの宣伝まで)
口元に、笑みが浮かんだ。
片桐(これは、今後も働いてもらい甲斐がありそうです)
HARU「ありがとうございました! ARAKI選手でした!」
ARAKIは、客席へもう一度深く頭を下げた。
*
インタビューが終わっても、ARCANAの5人は選手席に残っていた。
外したヘッドセットが、机の上に置かれている。
小学生に負けた。
最後の試合に至っては、まともに競り合うことさえできなかった。
Zarkは背もたれに体を預け、天井を仰いだ。隣のLemonも、口を閉じたままだった。
マイクを返したARAKIが、こちらへ顔を向けた。
Zarkは姿勢を正した。Lemonも口を引き結ぶ。5人の視線が、ARAKIへ集まる。
何を言われるのか。
しかし、ARAKIは保護者たちの方へ歩いていった。
1人ずつ足を止め、頭を下げる。その後も高知や会場スタッフへ声をかけ、挨拶を続けていた。
ARAKIを目で追う5人の前へ、子どもたちが近づいてきた。
先頭のtakaが、おそるおそる口を開く。
taka「えっと……なんか、すみません」
Zarkは、一瞬返事に詰まった。
小学生に負けたうえに、小学生に気まで遣わせている。
Zark「いや、謝ることじゃないっす。こういう時は、
taka「……GG」
GG――よい試合だった。対戦相手を称える、短い挨拶だ。
Zarkは、子どもたちへ体を向けた。
Zark「ていうか、普通に強かった。小学生なの、マジで信じられないっす」
taka「ありがとう。おれ、今度からZarkの事も応援するよ」
Zark「……ボコボコにしておいて?」
taka「成長を見守る親みたいな感じで! 今度選手タオル買っておくね」
Pikaが思わず吹き出す。
Uedaも笑いかけたが、そのPikaと目が合うと、少し背筋を伸ばした。
Pika「アナタも、よく耐えましたネ」
Ueda「……ぼく?」
Pika「何度倒しても、最後まで役割を続けました。ワタシもZEROも、手加減してませんヨ」
Ueda「でも、めっちゃ死んだけど」
Pika「死んでも勝ちました。Topには、そういう試合もあります」
UedaはしばらくPikaを見つめてから、口元を緩める。
Ueda「そっか……」
後ろでMORIMORIとmonakaも嬉しそうに笑った。
Lemon「……いいチームだったよ。悔しいけど、本当に。GG」
taka「GG!」
takaが笑顔で応えた。
客席でも、子どもたちと保護者が試合の話を続けていた。
誰が敵を引きつけ、誰が助けに来たのか。Game2で形勢がひっくり返った場面を、身振りを交えて話す子に、隣の親も頷いている。
Lemonは、その声たちへ顔を向けた。
ARCANAは負けた。
それでも、目の前の観客は楽しんでいた。
Lemon(ボクは、こんな単純なことを忘れていたのか)
Lemon(勝つことだけじゃない。目の前の人を楽しませることも、プロの仕事だった)
takaが姿勢を正して、口を開く。
taka「パパのこと、よろしくお願いします!」
深く頭を下げる。
Zarkも、今度は茶化さなかった。
そこへ、明美が下の子の陽菜と蒼太を連れて迎えに来た。
明美「初めまして。荒木の妻の明美です。いつも夫がお世話になっております」
Lemonは立ち上がり、他の4人も会釈を返す。
明美「今回は、こんな大事になってしまって……すみません」
Lemon「いえ。必要なことだったと思います」
Lemon「こちらこそ、見に来ていただいてありがとうございました。……今後とも、よろしくお願いします」
明美「こちらこそ、よろしくお願いします」
口にしてから、Lemonは少しだけ驚いた。
今後とも。もう、ARAKIがいるこれからのことを話していた。
高知が子どもたちへ帰り支度を促し、保護者も荷物をまとめ始める。
挨拶を終えたARAKIが戻ってくると、5歳の長女、陽菜が声を上げた。
陽菜「パパ!」
そばへ寄り、父の服を引く。
Lemonは、父の服を引く小さな手に目を留めた。
Lemon「ボクたちは先に戻ろうか」
Lemonが仲間たちへ目を向けると、4人も頷く。
5人は荷物を手に、控室へ向かった。
陽菜「もうゲームおしまい?」
ARAKI「ああ。おしまいだ」
陽菜「じゃあ、帰ろ」
ARAKIが答えるより先に、2歳の次男、蒼太も両手を伸ばした。
蒼太「だっこがいい!」
腰を屈め、抱き上げる。
蒼太は父の肩へ腕を回すと、そのままぴたりとくっついた。
明美「パパは、まだお話があるんだって」
陽菜「えー」
ARAKI「話が終わったら合流する。先にママと行っててくれ」
蒼太「やだ!!一緒いく」
蒼太は、父の服をぎゅっと握った。
ARAKI「……そう言うな。パパを困らせるなよ」
さっきまで4人を迷いなく動かしていた男が、今は服をつかむ小さな手に困っていた。
明美は笑い、蒼太の顔を覗き込む。
明美「お兄ちゃんも一緒だよ」
taka「車のゲームしにいくか?」
takaが隣へ来ると、蒼太が顔を向けた。その間に、ARAKIから明美の腕へ抱き移される。
明美「じゃあ、先に行ってるね」
ARAKI「ああ。終わったら連絡する。ありがとう」
陽菜が手を振り、ARAKIも手を振り返した。
家族と子どもたちが出口へ向かう。その声が遠ざかるまで、ARAKIは見送っていた。
*
客席が空になり、大型スクリーンも消えていた。
廊下からは、機材を運ぶ音が聞こえてくる。
撤収の段取りを見ていた片桐が、和田とARAKIへ顔を向けた。
ARAKI(この短期間でここまでの企画に仕上げるとは……この髭、侮れんな……)
片桐の所属するクロスライン・エージェンシーは、SOLプロリーグの広報を一手に担う広告代理店だ。スポンサー向けの企画や宣材の制作、メディアとの調整まで幅広く手がけている。
リーグ設立当初から関わる片桐は、各チームやスポンサーとのつながりも深い。リーグ内での影響力も大きく、今回の企画も、彼の働きかけがあって実現したものだった。
和田「本日は、本当にありがとうございました」
ARAKI「助かりました。ありがとうございます」
片桐「いえいえ。こちらも、十分に収穫がありましたので」
片桐は髭を指先で撫で、ARAKIへ笑みを向けた。
片桐「ところで、ARAKIさんの転向は、それなりに注目を集めています」
片桐「スポーツ紙やテレビ局からも取材依頼が来ていましてね。そちらもぜひ、ご協力をお願いします」
ARAKIは、一拍置いて頷く。
ARAKI「……お手柔らかに」
片桐は、今度は和田へ目を向ける。
片桐「和田さんも、これから忙しくなりますよ。取材の調整も、しっかりお願いします」
和田「……覚悟しておきますわ」
片桐「では、あとはよしなに。控室はあと1時間ほど使えます」
片桐は満足そうに会釈し、撤収作業の方へ戻っていった。
和田とARAKIは、5人が待つ控室へ向かった。
*
――控室の扉を開けると、5人が顔を上げた。
ARAKIはその顔を見渡し、口の端を上げる。
特約の発効を賭けた勝負には、勝った。
どんな反論が来るのだろうか。
何を言われても、引くつもりはなかった。
ARAKI「よう、負け犬ども」
誰も言い返さなかった。
代わりに、Shadowが落ち着いた声で口を開いた。
Shadow「特約の話なら、もう5人で済ませました。全員、反対する気はありません」
ARAKI「……は?」
Shadow「そのヒールみたいな態度も、もう取らなくて大丈夫ですよ」
用意していた言葉が、行き場を失った。