遅咲きのプロゲーマー~W杯優勝GK、36歳からeスポーツへ~ 作:タイラー・カイマー
【プロリーグ】
プロ選手やチームが、シーズンを通して順位や優勝を争うリーグ。野球やサッカーだけでなく、eスポーツにも存在する。
*
対抗戦後の控室で、Shadowは、5人全員がARAKIのキャプテン就任に同意したと告げた。
ARAKIは、その顔を見た。
冗談を言っている様子はない。
Zark「まあ、しゃあないっすよ。Lemonさんも納得してるみたいだし」
ZERO「ぼくも異論はないです」
Pika「ワタシもありません」
どの顔にも、言い争う気配はなかった。
ARAKIが口を開きかけると、Lemonが顔を上げた。
Lemon「よろしくお願いします、キャプテン」
頭を下げられ、ARAKIは隣の和田を見た。
ARAKI「……何があった?」
和田「taka君が、皆に声をかけてくれましてな……『すみません』と。それから、選手たちと子どもたちでいろいろ話したそうですわ」
元はと言えば、あいつが撒いた火種だろうが……そう言いかけて、飲み込んだ。
Zark「こっちも、いつまでも怒ってらんないっすよ。息子さんにまで頭下げられたら」
ARAKI「……そうか」
ARAKIが腰を下ろすと、和田も隣へ座った。
和田は契約書を取り出し、テーブルへ置いた。
契約書に記されているのは、既存選手の過半数が認めた場合に特約が発効する、という条件だ。対抗戦に勝てば同意とみなすという取り決めは、口約束だった。
だが今は、5人全員が、自分の意思で認めている。
和田「では、改めて確認しておきますぞ。対抗戦も終わり、ここで皆さん全員の意思も確認できました。特約の発効条件は満たされています」
和田は、該当する箇所へ指を置いた。
和田「スタメン起用の確約。キャプテン就任。試合中のコール権。そして、チーム方針への一定の関与。この4点です」
ARAKI「はい」
和田「勿論Supportの先発は、ARAKIさんになります」
Lemonが頷いた。
隣のPikaも、その横顔を見てから和田へ目を戻す。
和田「ARAKIさん。あんたに、これだけ大きな権限を渡すんです」
和田は契約書から手を離し、ARAKIを見た。
和田「本当に、頼みますわ」
その顔に、笑みはなかった。
ARAKIも正面から見返し、頷いた。
ARAKI「ええ。引き受けます」
ARAKIは、5人へ向き直った。
ARAKI「なら、最初にはっきり言っておく。俺は、世界の頂点を獲りたい」
Zarkは、返しかけた相槌を止めた。
隣のLemonへ顔を向ける。Lemonも、ARAKIを見たまま動かなかった。
ZEROは黒縁眼鏡を指先で押し上げ、ARAKIを見た。
ZERO「……世界、ですか?」
ARAKI「ああ」
Zark「国内優勝、じゃなくて?」
ARAKI「それも必要だな」
Zarkは口を開けたまま、仲間たちを見回した。
誰も助け舟を出さない。
Zark「さすがにそれは現実的じゃないっすよ」
ARAKI「そうか?」
Zark「日本のチームなんて、世界じゃ全然勝ててないんすよ? そもそもオレたち、国内のプレーオフにすら出たことないし」
ARAKIは頷いた。
ARAKI「俺達も、世間からそう言われていたぞ」
Zark「……え?」
ARAKI「日本が世界一になるなんて、現実的じゃないとな……だが、実際に優勝した」
サッカーとSOLは違う。
だが、あの決勝でシュートを止め続けていた男に、不可能だと言い切る言葉は出てこなかった。
ARAKI「まあ、お前の言うことも正しい。世界へ出るには、まず国内で勝たなければならん」
ARAKIは和田へ顔を向けた。
ARAKI「一度、勝ち上がりの仕組みを確認させてください。目指す場所まで、何に勝てばいいのか」
Shadow「……あれだけ大きな目標を掲げておいて、そこはご存じないんですか?」
ARAKI「takaから聞いたのと、自分で少し調べた程度だ。細かいところはよく知らない」
Zark「……なんか、不安になってきたんすけど」
ARAKI「だから、今聞いている」
Zarkが言葉に詰まると、大柄なPikaが身を乗り出した。短い金髪が揺れる。
Pika「いいデスネ!なんとかしまショウ」
ZERO「適当に乗らないでください……」
和田「まあまあ。そのあたりは、ワシから説明しましょう」
和田は立ち上がり、控室のホワイトボードへ向かった。
マーカーを取り、『
和田「まず、ウチが参加する国内プロリーグは、
その下に、『
和田「これから始まるのは、その夏季シーズンですな。参加するのは、ウチを含めて6チームです」
和田「まずは総当たりのリーグ戦。同じ相手と2回ずつ、各チーム10試合を戦います。試合形式は
ARAKI「BO3?」
和田「最大3戦で、先に2本取った方が勝ちの試合形式です。
和田はホワイトボードに、1位、2位、3位と書き並べた。
和田「その成績で上位3チームが、優勝を決めるプレーオフへ進みます」
ARAKI「半分は、そこで終わりか」
Shadow「はい。これまでの我々はそちら側でした」
ARAKIはホワイトボードへ目を戻した。
和田「2位と3位が準決勝を戦い、勝った方が1位と決勝です」
ARAKI「1位なら、決勝で直接待てると」
和田「その通り。準決勝と決勝は
ARAKI「より長期戦になるわけだな」
和田はさらにその先に、『世界大会』と書き加える。
和田「そして、優勝チームが日本代表として世界大会へ進みます」
ARAKI「分かりました。まず10試合で上位3つに入り、そこから勝ち抜く」
Pika「こう聞くと、簡単な気がしてきましたネ?」
ARAKI「そうだ、簡単だろ?」
ZERO「ちなみに、このチームは7季連続でプレーオフに出られていません」
ARAKI「……よし。次は相手の話を聞かせてくれ」
Lemon(絶対「よし」じゃないでしょ……)
和田はホワイトボードの空いたところに、『
和田「まずはWISH。下部リーグから入れ替え戦を勝ち上がってきた、新しいチームです」
Zark「
ARAKI「誰だ?」
Zark「女性のSupportです。配信とかイベントでも人気があって、アイドルみたいな感じっす」
ARAKI「ほう。詳しいな」
Zark「いや、有名なんで。普通に」
Lemon「重度のファンだって素直に言いなよ」
ARAKI「隠す方が余計恥ずかしいぞ」
Zark「あーうるさいうるさい!和田さん次!!」
和田は軽く笑い、その上に『
和田「続いてVOLTAGE。昨季4位で、5位だったウチの一つ上ですな」
Shadow「昨季車椅子の選手が加入したことで話題になりましたね」
ARAKI「そうなのか」
次に書かれたのは、『
和田「昨季3位のCROWN。ここからが、プレーオフに出たチームです」
和田のマーカーが止まった。
Lemonが視線を落とす。Zarkはその横顔をちらりと見て、口を開いた。
Zark「……とにかく、やりにくいんすよ。こっちが嫌がることを、的確にやってくるんで」
ZERO「……気付いたら選択肢が少なくなっているという感じです」
ARAKI「俺たちがプレーオフへ出るには、そこをなんとかしなければならんわけだ」
Zark「……そうっすね」
和田は頷き、『
和田「そして昨季2位、FANG。優勝候補の一角です」
Pika「Topの
ARAKI「そんなにか」
Zark「オレはBotから見てて、いつもかわいそうだなと思ってます」
Pika「思ってるだけじゃなくて助けてくださいヨ!!」
和田「……そのKIBA君が中心のチームです。王者を倒して、世界で勝つと公言しています」
ARAKI「なんというか、気持ちよさそうなチームだな」
最後に、和田は一番上へ『
和田「そして、昨季の優勝チーム。BUSTERです」
和田「このリーグが創設されてから、全て優勝しています」
ARAKI「……全て?それは興行として成立しているのか?」
Zark「ホントですよね。もっと言ってやってください」
Shadow「なんでそんな他人事なんですか……」
ARAKIは、並んだチーム名の一番上を見た。
ZERO「Jungleの
FROG――takaに見せてもらった初心者向け動画でSOLの基本を教え、ARAKIがこの世界に入るきっかけとなった男だ。
ARAKI「あのイケメン中国人プロか……」
Lemon(どういうあだ名?)
ZERO「国内最強のプロです。こちらが動こうとした時には、もう先を取られています」
Zark「しかも、他も強いんすよ。FROGだけ何とかすればいいってチームでもなくて」
和田「資金力もありますからな。アナリストやマネージャーなど、選手を支えるスタッフも多く、練習環境まで整っています」
ARAKI「……コーチすらいない、ウチと違って、か」
ARAKIは腕を組んだ。和田がマーカーに蓋をする。
和田「そして、ウチの開幕戦の相手が、そのBUSTERです」
ARAKIは和田へ顔を向けた。
ARAKI「そうなのか」
………
Zark「……反応薄っ!今の説明聞いてました?」
ARAKI「聞いていた。どうせ2回当たるんだろう?順番は関係なくないか?」
Pika「確かに一理ありマス!」
Lemon「いやまあ……それはそうなんですけど」
Shadow「当たる順番の話はともかく……優勝するために、何か策はあるのでしょうか? そのための特約だと考えていますが」
ARAKIは腕をほどき、Shadowへ向き直った。
ARAKI「勿論ある……が、それを話す前に、やっておかなければならないことがある」
ARAKI「今日の対抗戦のレビューだ」
5人が揃って顔を曇らせた。
Zarkに至っては、露骨に口を曲げている。
Zark「……やらなきゃダメ?」
ARAKI「プロなら普通やるもんじゃないのか?」
Zark「う……」
和田はマーカーを置き、椅子へ戻った。
ARAKI「敗因はいくつもあるだろうが……特に、最後の試合だ。お前たち、Topを狙うかどうかで意見が割れていたんじゃないか?」
ZEROがPikaを見た。
Pikaも、隣へ顔を向けていた。
Shadow「……どうして、そう思ったんですか?」
ARAKI「2試合目までは、狙いがはっきりしていた。Topを崩すために、動きも揃っていた」
ARAKI「だが、最後は狙うのか、狙わないのか、動きが揃っていなかった」
Shadowは一度、仲間たちへ目を向けた。
Shadow「……その通りです」
ZERO「2試合目で対応されたので、同じように行っていいのか、迷いもありました」
ARAKI「最後は、誰が決めた?」
誰もすぐには答えなかった。
Lemon「……決め切れなかったんです。どちらにも理由があったので」
ARAKI「なるほどな」
ARAKIはテーブルへ両腕を置いた。
ARAKI「どちらが正しかったかは、後で考えればいい。だが、選ばないまま試合を進めるのが最も悪手だ」
ARAKI「意見が割れた時、誰がどう決めるのか。そこまで、試合前に整えておく必要がある」
ARAKI「そして、本来その役割を担うのは、コーチだ。だが、このチームにはコーチがいない。つまり……」
ARAKIは隣へ顔を向けた。
ARAKI「万年5位は和田さんの責任だ」
ARAKI「誰が最後に決めるかまで、選手同士に任せている。これは選手個人の問題ではなく、体制の問題だ」
自分たちの甘さを責められるものと身構えていた5人は、言葉を失った。
Zarkが目を見開き、和田を見る。他の4人も、つられてそちらを向いた。
和田「……ええ。おっしゃる通りです」
Shadow「ただ、経営に余裕がないことは、私も知っています。それに、この業界はコーチをできる人材自体が少ないんです」
ARAKI「勿論、理想だけで経営はできない。だが、その事情も含めて結果に責任を持つのが、オーナーだ。そうですよね?」
和田はテーブルの上で手を組んだ。
和田「……勝つための体制を整えなかったのは、ワシですな……」
ARAKI「なら、まずはそこを変えましょう。練習と試合の指揮は、俺に任せてください」
和田が顔を上げた。
ARAKIは、5人へ向き直った。
ARAKI「練習で何を直すか。試合で何を狙うか。お前たちの意見を聞き、最後は俺が決める」
ARAKI「そのために、あの特約を要求した」
Shadow「……最初から、そのつもりだったんですね」
ARAKI「ああ。ただし、お前たちにも考えてもらう。見えたことも、反対意見も言ってくれ」
Shadowが頷いた。
ARAKI「決まったら、全員で動きを揃えてくれ。判断を間違えた責任は俺が持つ。どんなことが起ころうとも、後から誰かに押しつけたりはしない」
Zark「……でも、それだけで勝てますかね」
ARAKI「何が気になる?」
Zark「プロでもない小学生のtakaに、オレは格の違いを見せつけられた……判断を揃える前に、個人で負けてたらダメじゃないっすか」
ARAKI「そのことは、特に問題ない」
Zark「えっ……」
ARAKI「息子が化け物だっただけだ。そういう時もある。第一、チームで勝てばいいのだから、個人技の優劣は気にしすぎることはない。実際サッカーではそれで勝てた」
Zark「そっか……そうかも!」
Shadow(お互い適当すぎませんかね……)
ARAKI「それはともかく、Lemon。お前に聞きたい」
Lemon「はい?」
ARAKI「takaから聞いたんだが、お前はどのRoleもできるそうだな」
Lemonは少し目を見開いた。
Lemon「……調べていたんですか?」
ARAKI「去年まではADC。他Roleでの出場やランクの履歴も見て、何でもこなせるようだとtakaが言っていた」
Shadow(自分で調べる気ないんですかね、この人……)
Pika「そうなんですヨ! Lemonは全Roleをまんべんなくこなせますヨ!」
通常は、自分の適性に合ったメインRoleを決め、そこを磨いていくものだ。
だが、Lemonは一つのRoleばかりをプレーしていると、なんとなく気持ちが悪かった。だから、全てのRoleに触れながら、このゲームを続けてきた。
将来、何かに役立てようと思っていたわけではない。
ARAKI「味方が何をしてほしいか、何をされると困るか。自分でやったことがあれば、分かることも多いだろう」
Lemon「まあ……多少は」
ARAKI「その経験を借りたい。練習のレビューも、対戦相手の分析も、一緒にやってくれないか」
Lemonはすぐには答えなかった。
Lemon「……コーチになる、ということですか?」
ARAKI「試合にも出てもらう」
Lemon「でも、Supportはあなたが」
ARAKI「ああ。当分は俺が先発だ。だが、試合の間には選手を交代できるんだろう?」
和田「ええ。GameとGameの間なら可能です」
ARAKI「なら、相手や作戦に合わせて、お前を出す形も作れる……早速練習で試したい事も沢山あるぞ」
Lemonが、椅子に座り直した。
Lemon「ボクが出る前提で、作戦を考えるんですか?」
ARAKIは、正面からLemonを見た。
ARAKI「お前には、チームの戦術を増やす6人目になってほしい」
Lemonは、自分の手元へ目を落とした。
少しの間を置いて、顔を上げる。
Lemon「……やります。分析も、レビューも。6人目として、試合も」
ARAKI「助かる」
隣から、PikaがLemonの肩を軽く叩いた。
Pika「重要なポジションですネ!」
Lemon「そうだね。誰かさんの無茶な動きも、見直さないと」
Pika「ワタシだけじゃないですヨ!?」
ARAKI「では次は……」
扉がノックされた。
警備員「失礼します。そろそろ、お部屋からのご退出をお願いします」
ARAKI「ああ、すみません。もうそんな時間か」
和田「今日はお開きですな」
和田が契約書をしまい、選手たちも荷物を手に取った。
Shadowがホワイトボードを消す間に、ARAKIはスマートフォンを取り出す。
ARAKI「すまないが、俺は先に行かせてもらう」
和田「構いませんぞ。何か用が?」
ARAKI「家族と回転寿司だ」
Pika「それは大事ですネ」
明美へ話が終わったと連絡し、返信を確かめてスマートフォンをしまった。
ARAKI「では、和田さん。今日はありがとうございました」
和田「こちらこそ。ご家族にも、よろしくお伝えください」
廊下へ出ると、ARAKIは5人へ振り返った。
ARAKI「じゃあ、次の練習でな」
Lemon「はい。また」
ARAKIは片手を上げ、出口へ歩いていった。
Lemonは、ARAKIが去った出口を見た。
この会場に入る時には考えもしなかった。小学生に負けた日の帰りに、次の練習を楽しみにしている。
帰ったら、まず何から試そうか。