魔法科高校の大聖杯戦争   作:けーやん

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昨日は投稿出来なくてすみませんでした。
熊本で開催されたWANIMA主催の『1CHANCE FESTIVAL』に行ってました。
土日の二日間のうち自分は土曜日のみでしたが、色んなアーティストのライブが見れて楽しかったです。
特にB'zの稲葉さんのライブで『ONE OK ROCK』のTakaさんがサプライズで歌ってくれたのにはめちゃくちゃ驚きました。
それと稲葉さんの時だけ激しい豪雨になってて本人も気にしてたのは笑いました。

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放課後とファーストコンタクト

午後の授業が終わり、終礼を告げるチャイムが第一高校の校舎へ響き渡る。

 

今日一日だけを切り取って見れば、ごく普通の高校生活だったと言えるだろう。授業を受け、休み時間にはクラスメイトと言葉を交わし、昼食を食べ、午後の眠気と戦いながら再び授業を受ける。少なくとも表面上は、八人のマスターと六十四騎のサーヴァントが一つの聖杯を巡って動き始めているなどとは誰も思わない。

 

だからこそ綾人は、この時間を大切にしたかった。

 

戦いが始まれば、日常など簡単に失われる。そのことを、彼は普通の高校生よりも遥かによく知っていた。

 

「……よし」

 

下校準備が出来た綾人は席を立つ。

 

今日は美月を一人で帰すつもりはない。昨日の一件について第三陣営は監督役から警告を受けているため、すぐに同じ行動を繰り返す可能性は低いだろう。それでも「低い」と「ない」は違う。

 

呪腕にも周辺警戒を頼んである。あとは美月やエリカたちと一緒に下校すれば――。

 

「睦月君」

 

教室の入口から声がして、綾人の動きが止まった。そこに立っていたのは中条あずさだった。

 

「…………」

 

綾人は昨日の記憶が蘇る。玩具箱を見た瞬間、普段のおとなしい雰囲気を完全に消失させ、猛烈な勢いで質問を浴びせてきた先輩。

 

綾人は静かに美月に視線を向ける。

 

「柴田さん」

 

「はい?」

 

「先に逃げて」

 

「えっ?」

 

「どうして私を見て逃げる相談をするんですか!?」

 

あずさが慌てて教室へ入ってくる。周囲の生徒たちが何事かと振り返り、エリカは面白そうに笑った。

 

「お迎えみたいよ、睦月君」

 

「俺としては嬉しくないお迎えかな」

 

「ひどい!」

 

「中条先輩、昨日の勢いを思い出してください」

 

「今日はちゃんと落ち着いてます!」

 

「本当に?」

 

「本当です!」

 

あずさは力強く頷いた。その直後、視線が綾人の左手首へ落ちる。ブレスレット状態の玩具箱を見た瞬間、瞳が輝いた。

 

「それでCADなんだけど――」

 

「もう駄目そう」

 

「まだ何もしてないですよ!」

 

エリカがとうとう吹き出した。雫は静かに二人を見ており、ほのかは困ったように笑っている。深雪も口元へ手を添えながら微笑んでいたが、達也だけはあずさと同じように玩具箱へ視線を向けていた。

 

もっとも、此方は興奮というより純粋な技術者としての興味らしい。

 

「中条先輩。何か用ですか?」

 

「約束したじゃないですか。他の形態を見せてくれるって」

 

「約束したかな……」

 

「しました!」

 

「半ば強制的に頷かされた記憶ならあります」

 

「それは約束って言います」

 

「そうかな……」

 

綾人が助けを求めるように達也を見る。達也は静かに視線を逸らした。

 

「達也?」

 

「俺も興味がある」

 

「また裏切ったね」

 

「何の話だ」

 

淡々と返された。

 

「綾人さん」

 

深雪が柔らかく笑う。

 

「諦められた方がよろしいのでは?」

 

「深雪まで……」

 

「わ、私も少し見てみたいです」

 

ほのかまで小さく手を挙げる。

 

雫も頷いた。

 

「私も」

 

「……うわー、味方がいない」

 

綾人が肩を落とすと、美月がおずおずと口を開いた。

 

「わ、私は無理に見せなくてもいいと思いますよ?」

 

「柴田さん……」

 

「ただ……私もちょっと興味はあります」

 

「えぇ?」

 

最後の希望も消えた。

 

「じゃあ決まりですね!」

 

あずさが嬉しそうに言う。

 

「何が決まったんですか」

 

「CAD調整室へ行きましょう!」

 

「決定権が俺にない……それより中条先輩は生徒会の仕事して下さい」

 

そうぼやきながらも、綾人は本気で嫌がっているわけではなかった。

 

玩具箱の全機能を公開するつもりはない。魔術的な機構、固有時制御との連携、擬似聖杯から供給される魔力を利用した特殊運用など、絶対に見せられない部分はいくつもある。

 

だがCADとしての基礎設計部分なら問題ないと思う。

 

それに――達也がいる。

 

綾人自身、シルバー・ホーンを扱う達也が自分の玩具箱をどう評価するのか、少し興味があった。

 

「分かりました。ただし分解や詳細を解析するのは禁止です」

 

「ええっ!?」

 

「何で残念そうなんですか」

 

          ◇

 

第一高校のCAD調整室。

 

本来は授業や実習で使用する設備だが、生徒会役員であるあずさが正式な使用手続きを取ったため、放課後の利用許可は問題なく下りた。

 

ただし、いつの間にか人数が増えていた。

 

綾人。達也。深雪。あずさ。雫。ほのか。美月。エリカ。レオ。

 

さらに話を聞きつけた真由美と摩利まで現れている。

 

「……何で七草先輩と渡辺先輩までいるんですか」

 

「面白そうだから」

 

真由美は笑顔で即答した。

 

「私は昨日負けた相手の武器を知っておきたい」

 

摩利も当然のように答える。

 

「まさか、再戦する気ですか?」

 

「当然だ」

 

「勘弁してくださいよ」

 

「断る」

 

妙に力強い返答に綾人は溜息を吐きながら左手首を持ち上げた。

 

「じゃあ、まず確認ですけど、玩具箱には見せられない部分もあります」

 

あずさの表情が少し真面目になる。

 

「機密?」

 

「そんなところです。基本構造と変形機構くらいなら説明出来ますけど、制御系の一部は勘弁してください」

 

「知られたらマズい事でもあるの?」

 

エリカは眉を上げる。

 

「あるよ。もし知ってしまったら、此処にいる全員が国の偉い人に目を付けられると思う」

 

「アンタ一体何者よ!」

 

「入学したての普通の高校一年」

 

「国の偉い人とパイプ持ってる奴を『普通』とはいわねぇだろ」

 

「はは、それもそうだね」

 

驚愕するエリカとレオに綾人は面白がる様に笑う中、達也が頷く。

 

「自作CADならブラックボックスがあるのは当然だ」

 

「助かる」

 

「ただし公開できる範囲は詳しく聞きたい」

 

「達也も結局そっち側か」

 

「技術者として当然だ」

 

淡々と言い切られ、綾人は苦笑した。

 

「じゃあ、起動」

 

ブレスレットへサイオンが流れる。細かな機械音とともに外装が展開し、複数の部品が腕から離れて再配置される。床へ落ちることなく、制御された各パーツが空中で結合し、やがて一振りの巨大な片刃剣が形成された。

 

第一形態『両手剣』。

 

あずさの瞳が一瞬で輝いた。

 

「すごい……!」

 

エリカも目を細める。CADそのものの技術より、彼女が見ているのは武器としての完成度だった。

 

「結構大きいわね」

 

「両手剣だからね」

 

「重さは?」

 

「それなりかな。ただ、重心位置を調整出来る様にしてある」

 

綾人は片手で大剣を軽く持ち上げ素振りしながら説明する。

 

「魔法を併用しない状態でも扱えるように設計してる。強化魔法前提の武器にすると、何かの理由で魔法が使えなくなった時に困るから」

 

摩利がその言葉に反応した。

 

「魔法が使えない状況まで想定しているのか」

 

「魔法師だからって、いつでも魔法が使える保証はありませんから」

 

何気ない言葉だった。だが達也と摩利には、その発想が実戦経験から来ていることが分かった。

 

綾人は常に「最悪」を想定している。魔法が使えない。CADが破損する。奇襲される。数で負ける。そうした状況でも生き残るために、装備を作っている。

 

十四歳で武装組織の施設へ単独潜入したという話を聞いた後では、その設計思想にも妙な説得力があった。

 

「じゃあ、次」

 

両手剣が分解される。パーツが再配置され、今度は左右それぞれの手へ一振りずつの剣が収まった。

 

第二形態『双剣』。

 

「これが双剣」

 

綾人は二本を軽く構える。

 

「それから」

 

柄の接続機構を合わせる。小さな駆動音。二振りの剣が一本の長い武器へ変わる。

 

双剣は両端に刃を持つ双刃剣に変わった。

 

「こういう使い方も出来る」

 

「別形態?」

 

あずさが尋ねる。

 

「いえ、第二形態の派生です。だから形態数には数えてません」

 

「なるほど……!」

 

あずさは端末へ猛烈な勢いで手にした端末に記録している。

 

綾人は少しあずさから距離を置く。

 

「第三形態」

 

再変形。双剣が分解され、長い柄を中心として部品が結合する。

 

第三形態『槍』。

 

それを見た摩利が目を細めた。

 

「お前、槍も使えるのか?」

 

「一応です」

 

「一応、で済む腕じゃないだろう」

 

「それじゃあ、それなりに」

 

「その言い方は信用しない事にした」

 

昨日の敗北で学習されていた。

 

続いて第四形態。パーツが広がり、綾人の左腕を覆う大型の盾へ変形する。

 

「へぇ!盾か」

 

レオが感心したように言う。

 

「防御専門?」

 

「基本はな。殴ったり出来るけど」

 

綾人は軽く答える。本当はこの形態で、十分な魔力を注げば『熾天覆う七つの円環』を模した多層防御を展開できる。

 

しかし、それは現代魔法だけでは説明できない。今此処で見せるつもりはなかった。

 

「第五形態は昨日使ったから省略。籠手と具足」

 

「省略しないで下さい!」

 

あずさが即座に抗議した。

 

「昨日見たじゃないですか」

 

「ちゃんと静止状態で見てませんよ!」

 

「観察目的がおかしくなってません?」

 

結局押し切られ、第五形態も展開する。

 

籠手と具足。昨日の模擬戦を思い出した摩利の表情が僅かに引き締まった。

 

これを使って、自分は完全に間合いを支配された。悔しいは未だ残っている。だが同時に、もう一度戦いたいという気持ちも強かった。

 

次は同じようには負けない。少なくとも昨日よりは対応してみせる。

 

そんな摩利の心情を知らず、綾人は第六形態へ移る。籠手と具足が収束し、一丁の拳銃へ変わった。

 

「拳銃型……」

 

達也が初めて一歩前へ出た。

 

「特化型CADとして使うのか?」

 

「基本的には。ただし玩具箱の場合、これ自体が完全な特化型ってわけじゃない。変形前の共通中枢を残してるから」

 

「汎用型の柔軟性を維持しながら、特化型に近い操作性を確保しているのか」

 

「そういう設計」

 

達也の目が僅かに鋭くなる。

 

「普通なら処理系が肥大化する」

 

「するな」

 

「どう解決した?」

 

綾人は笑った。

 

「そこから先は秘密」

 

「そうか」

 

達也は追及しなかった。だが内心では、ますます興味が強くなっていた。単なる機械設計だけでは説明しきれない。

 

玩具箱の変形速度。形態ごとの起動式処理。共通中枢。

 

どれを取っても高校一年生が個人で完成させた装置としては異常だ。

 

――なら睦月は、何処からこの技術を得た?

 

疑問は浮かぶが、しかし口にはしない。自分にも、他人へ説明できない技術がある。それを理解しているからこそ、達也は綾人の境界線を尊重した。

 

第七形態。拳銃が分解され、三本の棍が鎖状の接続部で繋がる。

 

「三節棍」

 

エリカの目が輝いた。

 

「また扱いづらそうな武器を」

 

「慣れると面白いよ」

 

「貸して」

 

「嫌だよ。室内で振り回したら怒られる」

 

「ケチ」

 

「安全管理」

 

さらに綾人が機構を固定すると、三本の棍が一直線に連結される。

 

「固定すれば長棍。これも第七形態の派生」

 

「双剣と同じ考え方か」

 

達也が言う。

 

「ああ。一つの基本形態から戦況に応じて運用を変える」

 

第八形態。

 

三節棍が変形し、湾曲した巨大な刃を持つ大鎌になる。

 

ほのかが思わず声を漏らした。

 

「す、すごい……」

 

「見た目が一気に怖くなったわね」

 

エリカもさすがに少し驚いている。

 

綾人は大鎌を肩へ担いだ。

 

「対多数戦とか、相手の武器を引っ掛けたりする時に使いやすいかな」

 

「死神みたい」

 

雫が淡々と言う。

 

「確かにね。威圧感を出す為でもあるかな」

 

そして最後。

 

「第九形態」

 

大鎌が分解される。湾曲したパーツが再配置され、中央部へグリップが形成される。

 

完成したのは弓。

 

「遠距離狙撃用」

 

達也が弓を見る。

 

「矢は?」

 

「状況次第。実体矢も使えるし――」

 

綾人はそこで言葉を切った。魔力による矢の生成は魔術領域に踏み込む。

 

「特殊な射撃用術式も使える」

 

達也は綾人が説明を濁したことに気づいた。

 

だが、やはり何も言わない。

 

「以上。九形態」

 

綾人が弓を掲げる。

 

「両手剣、双剣、槍、盾、籠手・具足、拳銃、三節棍、大鎌、弓。双刃剣は第二形態、長棍は第七形態の派生。これでちゃんと九つ」

 

「…………」

 

あずさが黙っている。そんな彼女を綾人は警戒した。

 

「中条先輩?」

 

「……凄い」

 

「はい」

 

「凄いですよ、これ!」

 

やはり爆発した。

 

「一つのCADで九種類の運用思想を成立させてるだけでも大変なのに、形態ごとに重心まで変えて、それなのに共通中枢を維持して、しかも変形時間が殆ど――」

 

「中条先輩、落ち着いて」

 

「無理です!」

 

「知ってました」

 

真由美が楽しそうに笑う。

 

その一方で、エリカは玩具箱ではなく綾人自身を見ていた。

 

九種類。それだけの武器を作ったということは、それだけの武器を扱えるということでもある。

 

昨日は摩利を格闘で圧倒した。だがエリカが見たいのはそこではない。

 

「睦月君」

 

「ん?」

 

「やっぱり今度、剣で勝負しなさい」

 

「まだ言うの?」

 

「寧ろ今ので余計にやりたくなった」

 

その瞳は真剣だった。千葉家の剣士として、純粋に剣を極めようとする一人の武術家として。綾人がどこまで強いのか知りたい。

 

「……それじゃあ、そのうちに手合わせしようか」

 

「絶対よ」

 

「はいはい」

 

軽く返しながらも、綾人はエリカの真剣さを理解していた。だからこそ「嫌だ」とは言わなかった。

 

いつか安全な条件を整えたうえでなら、応じてもいいと思っている。

 

『主殿』

 

その時、呪腕の声が意識へ届いた。

 

綾人の表情は変わらない。

 

(どうした、呪腕さん)

 

『周辺に異常はございませぬ。柴田美月殿を狙う気配も、昨日の監視者らしき気配も確認できません』

 

(了解。ありがとう)

 

『されど主殿』

 

(ん?)

 

『昨日の監視者について、一つ』

 

綾人は玩具箱をブレスレットへ戻しながら耳を傾ける。

 

『あの者は、拙者が存在を察した後も僅かな時間その場に留まっておりました』

 

(気づかれたのを分かってた?)

 

『おそらく』

 

綾人の目が僅かに細くなる。

 

(逃げ遅れたわけじゃない、と)

 

『はい。こちらがどのように動くかを見定めていたものと』

 

綾人は黙った。やはり、昨日感じた「試されていた」という感覚は間違っていなかったらしい。

 

(相当な手練れだよね)

 

『御意。アサシンとは異なる気配でしたが、斥候としても一流かと』

 

(また来ると思う?)

 

『私ならば』

 

呪腕は静かに答える。

 

『必要な情報を得たのであれば、次は異なる手段を用います』

 

(だよな)

 

綾人は小さく息を吐いた。

 

姿の見えない相手で、しかも百貌とは違う。戦闘を仕掛けず、ただ観察し、こちらの判断まで測っていた存在。現時点では敵か味方かは分からない。だが少なくとも、油断して良い相手ではなかった。

 

          ◇

 

同じ頃。

 

第四陣営の拠点。外から見れば何の変哲もない建物の一室で、ケイローンは静かに椅子へ腰掛けていた。

 

目の前には第四陣営のマスター。そして室内には、まだ姿を見せていない同陣営のサーヴァントたちの気配も存在している。

 

「以上が、昨日確認できた情報です」

 

報告を終えたケイローンは淡々としていた。第一陣営と第二陣営が接触している。敵対関係には見えない。何らかの情報共有、あるいは協力関係を構築した可能性が高い。

 

そして第一陣営のマスター、睦月綾人。

 

第四陣営のマスターはしばらく黙って考え込んだ。

 

「アーチャーから見て、睦月綾人は強い?」

 

「戦闘を直接確認したわけではありません」

 

ケイローンは慎重に答える。

 

「ゆえに戦闘能力を断定することは避けるべきでしょう。ただし、警戒に値する人物であることは間違いありません」

 

「理由は?」

 

「判断が速く、同時に慎重だからです」

 

ケイローンは昨日の綾人を思い出す。こちらの監視に気づいたが追わなかった。相手が誰なのか分からない状況で、自分の能力を証明するためだけに追跡するような真似をしなかった。

 

戦士には勇気が必要だ。だが勇気と無謀は違う。英雄を数多く育ててきたケイローンだからこそ、その違いをよく知っている。

 

「強いだけの相手であれば、対策は比較的容易です。能力を分析し、それを上回る手段を用意すればよい。しかし、自分の手札を隠しながら相手の手札を探る者は厄介です」

 

「先生みたいな言い方するね」

 

「実際、昔は教師でしたので」

 

ケイローンは僅かに笑った。

 

「ただ――」

 

その表情が再び引き締まる。

 

「一つ、気になる点があります」

 

「何?」

 

「彼は昨日、私の存在を察知した後も、恐怖より先に『目的』を考えていたように見えました」

 

「目的?」

 

「なぜ監視しているのか。なぜ攻撃してこないのか。なぜ存在を完全には隠さないのか。そうしたことを考えていたのでしょう」

 

ケイローンは指を組む。

 

「おそらく彼は、戦い慣れているだけではありません。人間との戦いに慣れている」

 

怪物を倒す。魔獣を討つ。そうした経験とは違う。

 

相手も考える。騙す。罠を張る。逃げる。交渉する。

 

そうした「人間同士の戦い」を経験してきた者特有の慎重さを、ケイローンは綾人から感じ取っていた。

 

「彼、まだ十五歳だったよね?」

 

「資料上は」

 

「……何をしてきたらそうなるんだろうね」

 

「それを調べることも、今後の課題でしょう」

 

ケイローンはそこで一度言葉を切る。だが内心には、戦略的な警戒とは別の感情が生まれていた。

 

純粋な興味。教師としての興味だった。若くして多くの戦闘技術を身につけ、それでいて戦いそのものを好んでいるようには見えない少年。

 

どのような環境で育ち、何を学び、何を目指しているのか直接話してみたい。昨日も思ったことだった。そして今、その思いは少しだけ強くなっている。

 

「アーチャー」

 

「はい」

 

「もう一度、第一陣営を探ってみて」

 

ケイローンはすぐには返事をしなかった。

 

「同じ方法はお勧めしません」

 

「気づかれるから?」

 

「それもあります。しかし一度監視を察知された以上、同じ手段を繰り返せばこちらの能力を分析する材料を与えます」

 

「じゃあどうする?」

 

ケイローンは少し考える。やがて、一つの結論へ至った。

 

「接触してみるのも一つの手でしょう」

 

「……直接?」

 

「はい」

 

第四陣営のマスターが僅かに驚く。

 

「危なくない?」

 

「危険はあります」

 

ケイローンは否定しない。

 

「ですが昨日の観察から判断する限り、睦月綾人は問答無用で攻撃する人物ではありません。水原陽奈との接触もそれを裏付けています」

 

第一陣営と第二陣営が話し合えるのであれば、第四陣営にも同じ可能性はある。もちろん罠の可能性も考慮する。

 

「聖杯戦争だからといって、全ての陣営と必ず殺し合う必要はありません」

 

だが、ケイローンの声は静かだった。

 

「まず言葉を交わし、それでも相容れないのであれば戦えばよい。戦闘は目的ではなく、目的を達成するための一つの手段に過ぎません」

 

第四陣営のマスターはしばらく考え込む。やがて小さく息を吐いた。

 

「分かった。アーチャーに任せるね」

 

「承知しました」

 

ケイローンは静かに頭を下げた。

 

          ◇

 

夕方。

 

CAD調整室での騒ぎを終えた綾人は、美月たちと別れた後、一人で帰路についていた。正確には一人ではない。

 

『主殿』

 

「ん?」

 

人通りの少ない道へ入ったところで、呪腕のハサンが実体化する。初見なら間違いなく警戒する姿だが、綾人にとってはすっかり見慣れた。

 

「どうした、呪腕さん」

 

「柴田美月殿は無事、ご自宅へ入られました」

 

「ありがとう。助かった」

 

「いえ。主殿の命とあらば」

 

「命令ってほどじゃないけどな」

 

呪腕は何も言わない。だが綾人には、彼がこうした役目を決して軽んじていないことが分かっていた。

 

暗殺者にして山の翁。恐ろしい名を持つ英霊。それでも呪腕は、綾人が誰かを守ると決めた時に一度も異を唱えなかった。

 

「呪腕さん」

 

「は」

 

「昨日の百貌のことなんだけど」

 

「はい」

 

「同じハサンなんだよな」

 

「左様にございます」

 

「戦いにくかった?」

 

呪腕は少し黙った。

 

「……奇妙な感覚がなかったと言えば、嘘になりましょう」

 

綾人は黙って続きを待つ。

 

「我らは同じ名を継いだ者。されど同じ人間ではありませぬ。それぞれが異なる技を磨き、異なる方法で『山の翁』たらんとした者たち」

 

その声音には、敵意とも懐古とも違う複雑な響きがあった。

 

「百貌もまた、己が信じた暗殺者の形を極めた者。それゆえ、敵として相対するのであれば手加減は致しませぬ」

 

「そっか」

 

綾人はそれ以上聞かなかった。サーヴァントにも過去がある。自分がマスターだからといって、何でも聞いていいわけではない。

 

その距離感を、綾人は大切にしていた。

 

「主殿」

 

「ん?」

 

「お気遣い、感謝致します」

 

「何の事かな?」

 

「いえ」

 

仮面に隠れて表情は見えない。それでも僅かに声が柔らかくなった気がした。

 

そんな呪腕を見て綾人は笑う。

 

「それじゃあ、俺達も帰るか」

 

「御意」

 

二人が再び歩き出そうとした――その時だった。

 

呪腕が止まった。綾人も同時に止まる。

 

空気が変わった。殺気ではない。敵意もない。

 

だが確かに存在する。誰かがいる。

 

「……呪腕さん」

 

「はい」

 

呪腕の身体から気配が消えていく。いつでも綾人を守れるように。綾人は左手首の玩具箱へ指を添えた。

 

「昨日と同じ?」

 

数秒、呪腕が答える。

 

「――はい」

 

綾人の瞳が細め、警戒を強める。

 

「その必要はありません」

 

穏やかな声が響いた。夕暮れに染まる道の先。そこに、一人の男が立っていた。

 

武器は構えていない。両手も見える位置にある。戦意がないことを意図的に示している。

 

それでも綾人は理解した。

 

強い。立っているだけで分かる。

 

隙がない。昨日の視線のその正体が目の前の人物だと直感で気付いた。

 

「初めまして」

 

男は穏やかに告げた。

 

「第一陣営のマスター、睦月綾人」

 

綾人の指が玩具箱から離れない。

 

「……俺の名前まで知ってるのか」

 

「ええ。多少調べさせていただきました」

 

呪腕の姿は見えない。しかし綾人の死角を守る位置にいる。

 

「昨日、学校を見てたのは?」

 

「私です」

 

あっさり認めた。綾人は逆に面食らう。

 

「随分素直だな」

 

「ここで虚偽を述べても意味はないでしょう」

 

「それもそうか」

 

綾人は僅かに肩の力を抜く。完全には解かない。

 

だが戦闘態勢にも入らない。目の前の男もそれを見ていた。互いに相手を観察する。

 

数秒後、男が先に口を開いた。

 

「改めて名乗りましょう」

 

その声音は教師が生徒へ語りかけるように穏やかで、それでいて戦士としての揺るぎない芯があった。

 

「第四陣営、アーチャー」

 

僅かな間。

 

「真名をケイローンと申します」

 

綾人の目が見開かれた。ギリシャ神話に名を残す大賢者。アキレウスをはじめ、多くの英雄を育てた不死の賢者。その名を知らない筈がない。

 

「……マジか」

 

思わず素が出た。

 

『主殿』

 

その瞬間、呪腕が警告する。

 

『――綾人』

 

それと同時に別の声、霊体化していたメルトリリスも反応している。

 

だが綾人は玩具箱を起動しなかった。目の前の大賢者にも、攻撃する意思はない。

 

少なくとも今は。

 

「ケイローン……」

 

「はい」

 

「アキレウスの先生の?」

 

ケイローンが僅かに目を細めた。

 

「……ほう」

 

その反応を見た綾人は思った。

 

あ、しまった。

 

自分の陣営にアキレウスがいることを直接言ったわけではない。しかしケイローンの伝承を知っていることは示した。

 

一方。ケイローンもまた、綾人の反応を見ていた。

 

驚愕と警戒。そして「アキレウス」という名前。その名を真っ先に出した理由は偶然か。

 

それとも――。

 

「なるほど」

 

ケイローンが小さく微笑む。綾人は嫌な予感がした。

 

「何がです?」

 

「いえ。此方の話です」

 

「その言い方、絶対何か気づいてる人の言い方なんだけど」

 

「さて、どうでしょう」

 

「……この先生、厄介そうだな」

 

思わず漏れた呟きに、ケイローンは少しだけ楽しそうに笑った。お互いにまだ剣も弓も交えていない。

 

それでも第一陣営と第四陣営。睦月綾人と大賢者ケイローン。

 

二つの陣営による最初の接触は、夕暮れの静かな道で始まった。

 

そして綾人はまだ知らない。

 

この出会いが、自分の陣営にいる一人の大英雄を巻き込み――少々騒がしく、そして意外な形で第四陣営との距離を縮めることになることを。




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