ケイローンとの即席の訓練が終わった頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
「……疲れた」
帰宅した綾人が玄関を開けて最初に漏らしたのは、そんな一言だった。魔法を使ったわけでも、命懸けの戦闘をしたわけでもない。それでも身体には心地よい疲労が残っており、特にケイローンから何度も指摘された重心移動や攻防の切り替えは、意識すればするほど普段使っていなかった筋肉へ負担を掛けているのが分かる。
その隣ではアキレウスが妙に上機嫌だった。
「いやぁ、やっぱ先生は変わってなかったな!」
「俺は今日だけで先生って存在がちょっと怖くなったけどね」
「何言ってんだ。良い稽古だっただろ?」
「それは否定しない」
悔しいが、得たものは多かった。ケイローンは綾人が扱う複数の武術を否定するのではなく、それらをより効率的に繋ぐ方法を指摘してきた。技そのものではなく、どの瞬間にどの選択肢を身体へ任せるべきか。あれは独学や実戦だけでは気づくまでに時間が掛かっただろう。
もっとも、途中から完全に教師の顔になったケイローンが次々と課題を追加してきたことについては、一言くらい文句を言いたいところだったが。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
居間へ入った途端、玉藻前の明るい声が飛んできた。
「随分と遅かったですねぇ。玉藻は愛するご主人様の帰りを今か今かと――」
そこで玉藻の目が細くなる。
綾人の制服のシャツやズボンに残った土埃。明らかに運動した後の疲労。
「……何処の誰と何をしてきたんです?」
「言い方が怖いなぁ」
「綾人」
今度は頼光だった。
笑顔である。だが、その背後に妙な圧を感じる。
「まさか、母の知らない所で危険な目に遭っていたのではありませんよね?」
「遭ってない。今日は本当に大丈夫だよ」
「では、その服の汚れは?」
「ちょっと投げられただけ」
「誰にです?」
「質問の圧が強いかな」
ソファではメルトリリスが脚を組み、呆れたようにこちらを見ていた。
「何よその格好。私達に黙って誰かと戦ってきたわけ?」
「戦ったと言うより、稽古?」
「誰と?」
「ケイローン」
一瞬、部屋が静かになった。
アルトリアがゆっくり顔を上げる。カルナも綾人へ視線を向け、玉藻前と頼光の表情が揃って止まった。
メルトは眉を寄せた。
そして――。
「……誰です?」
尋ねる頼光に綾人が瞬きする。
「あれ?そこから?」
「ギリシャ神話の大賢者だ」
カルナが淡々と補足する。
「数多くの英雄を育てたケンタウロス。アキレウスの師でもある」
「そうそう」
アキレウスが嬉しそうに頷く。
「俺の先生だ」
アルトリアの表情が僅かに険しくなった。
「待ってください。なぜ、そのケイローンがこの聖杯戦争に?」
「第四陣営のアーチャーだった」
今度こそ空気が変わった。
先ほどまでの家庭的な雰囲気が消え、サーヴァント達の表情に警戒が宿った。
「詳しく聞かせてください」
アルトリアの声は落ち着いていた。
綾人も頷き、鞄を置いて席についた。少し遅れて、霊体化していた呪腕のハサンも姿を現す。
「呪腕さんもお願い」
「承知いたしました、主殿」
これで第一陣営の八騎が揃った。
しかし、ただ一人。ギルガメッシュだけはソファへ深く腰掛け、いかにも退屈そうな顔をしている。
「それで?」
メルトが促した。
綾人は昨日から今日までの流れを順番に説明していく。
陽奈との情報交換を遠方から観察していた何者か。呪腕とエルキドゥがその存在を察知した事。追跡しなかった事。
そして今日、その観察者本人が接触してきたこと。
「そして、向こうから真名を明かしたと?」
アルトリアが確認する。
「うん。第四陣営のアーチャー、ケイローンだって」
「随分と思い切った事をしますね」
「俺も驚いた」
「マスターはその直後に俺の名前を出したけどな!」
アキレウスが笑う。綾人は少し申し訳ない表情をする。
「そこは忘れてくれ」
「無理だろ」
「それで?アキレウスを呼んだ結果、先生と教え子が再会したと」
メルトが呆れたように整理する。
「うん」
「そのまま敵陣営のアーチャーから稽古まで受けた?」
「……うん」
「馬鹿なの?」
「言われると思った」
メルトは額を押さえた。
「敵よ?敵陣営なのよ?」
「まだ敵対はしてない」
「そういう問題じゃないでしょう」
「だが、ケイローンならば理解出来ない行動ではありません」
アルトリアが静かに言うと、メルトが振り返る。
「どう言う意味、セイバー?」
「彼は多くの英雄を育てた賢者です。資質ある者へ教えを与えるという行為そのものは、彼の性質から大きく外れてはいないのでしょう」
「敵を強くするのに?」
「そこまで含めて彼自身の価値観なのかもしれません」
アルトリア自身、王であると同時に剣を振るう者でもある。敵味方という枠だけでは測れない戦士の関係が存在することは理解していた。
もっとも、だからといって警戒を解くつもりはない。
「綾人」
「うん」
「彼のマスターについては?」
「聞いてない。第四陣営の方針についても、まだ具体的には話してない」
「賢明です」
アルトリアは頷いた。次にカルナも口を開く。
「少なくとも、真名を明かして対話を選んだという事実は判断材料になる。だが、それ以上でも以下でもない」
「そうだね。俺もそう思ってる」
ケイローン個人を信頼出来る事と、第四陣営全体を信頼できることは別だ。そのマスターが何を願い、どんな目的で聖杯戦争へ参加しているのかも分からない。
「だが先生のマスターなら、いきなり話も聞かず襲って来るような奴じゃないと思うぜ」
アキレウスが言う。
「根拠は?」
メルトが尋ねる。
「あの先生が仕えてる」
シンプルな即答にメルトが頭を抱える。
「この男、本当にそれだけで信用してるわ……」
「十分だろ?」
「十分じゃないわよ」
綾人は苦笑しつつ、アキレウスの気持ちも分からなくはなかった。
アキレウスにとってケイローンは、単なる師ではない。自分を育てた人物。その人格も判断も誰より知っている。
だからこそ、ケイローンが一定の敬意をもって接しているマスターなら、少なくとも無差別に人を殺すような人物ではないと考えているのだろう。
「綾人」
不意に、それまで黙っていたギルガメッシュが口を開いた。
「はい、王様」
「その弓兵は何と言った」
「俺と話したかったって。第二陣営との接触も見てたみたいだけど、内容まで把握してたわけじゃない。こっちが話の通じる相手か確認したかったらしい」
「ふん」
ギルガメッシュは目を細める。
「ならば好きにさせよ」
「良いの?」
「貴様が話す価値ありと判断したのであればな。ただし――」
赤い瞳が鋭さを増す。
「我らの情報まで安売りするな。そこの韋駄天の真名を晒した失態だけで十分であろう」
「…………はい。気をつけます」
「当然だ」
ギルガメッシュは興味を失ったように目を閉じる。
一方で玉藻前は何やら考え込んでいた。
「つまり第四陣営とは、今後お話し合いになる可能性があると?」
「多分ね」
「第二陣営とも限定的な情報交換を始めたばかりですし……」
「だからこそ、焦って同盟を増やす気はないよ」
綾人ははっきり答えた。陽奈との関係ですら、正式な同盟ではない。
不透明な監督役。民間人への危険。聖杯戦争そのものの異常。そうした情報だけを共有する限定的な協力関係だ。第四陣営とも同じ形になるとは限らない。
「まずマスター本人と話してからだね」
綾人はそう結論づけた。
まだ顔も知らない第四陣営のマスター。ケイローンを見る限り、少なくとも対話の余地はある。だが人間はサーヴァントとは違う。
どれだけ優れた英霊を従えていようと、それだけでマスターの人格まで保証されるわけではない。
自分の目で見て、言葉を交わして、それから判断する。
「それで良いでしょう」
アルトリアが頷いた。
「ただし、接触の際は必ず護衛を」
「分かってる」
「私が同行します」
「いや、まだ会うって決まってないから」
「決まった場合です」
「セイバーばかりずるいわ」
メルトが割り込む。
「私が行く」
「メルト?」
「何よ」
「何で?」
「……貴方が知らない女のマスター相手に変なこと言わないか監視する為よ」
「まだ相手が女って決まってないよ」
「それもそうね」
メルトが一瞬納得した。綾人は気づかなかったが、玉藻前はじっとメルトを見ている。
頼光も見ている。メルトが二人の視線に気づいた。
「何よ」
「いえ?」
「別に何も?」
「その顔やめなさい!」
綾人は首を傾げる。アキレウスが笑い、カルナは何も言わず、呪腕は静かに視線を逸らした。
こうして第一陣営にも第四陣営との接触が正式に共有された。
ケイローン。アキレウスのかつての師。そして、未だ姿を見せない第四陣営のマスター。
聖杯戦争の盤面は、少しずつ動き始めていた。
◇
翌日。
第一高校では、聖杯戦争とはまったく別の意味で戦場が形成されていた。
部活動勧誘期間。入学直後の新入生を一人でも多く確保しようとする各部活にとって、この時期は一年間の命運を左右すると言っても過言ではない。運動部も文化部も校内のあちこちへ勧誘員を配置し、新入生を見つけては声を掛ける。
当然、熱が入りすぎる者も出てくる。
「何で俺が此処にいるんだろう」
そして、風紀委員会の腕章をつけた綾人は、廊下を歩きながら呟いた。
隣を歩いていた渡辺摩利が笑う。
「諦めろ。この期間中は人手がいる」
「俺、風紀委員じゃないんですけど」
「だから手伝いだ」
「戦力になれるかは分かりませんよ」
「実際助かっているぞ」
悪びれる様子がない摩利に綾人は小さく溜息を吐いた。
少し前の模擬戦。摩利との近接戦闘で勝って以来、彼女からの勧誘は露骨になっていた。今日も正式な風紀委員ではない綾人へ、「部活勧誘期間だけでいい」と半ば強引に協力を頼んできたのである。
断ろうと思えば断れた。だが実際に人手が足りないと聞けば、綾人の性格上、完全に無視することも出来なかった。
「睦月」
「はい?」
「似合っているぞ、その腕章」
「勧誘の為に褒めても無駄ですよ」
「ちっ」
「今、舌打ちしました?」
「気のせいだ」
「風紀委員長がそれで良いんですか」
そんな会話を交わしながら廊下を曲がる。すぐ前では別の風紀委員たちも巡回している。
達也もその中にいた。
「お兄様」
少し離れた場所から深雪が声を掛ける。その隣には雫とほのかもいた。
達也が振り返る。
「深雪」
深雪は嬉しそうに微笑んだ後、隣にいる綾人を見る。
「綾人君もお疲れ様です」
「ありがとう。まだ正式な委員でもないのに働いてるけどね」
「ふふっ。渡辺先輩に気に入られてしまったのですね」
「人聞きが悪いな、司波」
摩利が言う。
「私は純粋に睦月の能力を評価しているだけだ」
「それを気に入ってるって言うんじゃないですか?」
綾人の指摘に、雫が小さく頷く。
「私もそう思う」
「雫まで」
「綾人君なら風紀委員に向いてると思うよ」
ほのかも笑った。
「二人とも、余計な援護をしないでね」
「でも綾人君、人助け断れないから」
ほのかが何気なく言った言葉に、綾人の動きが僅かに止まる。二年前の記憶を知った今、その言葉には以前とは違う意味がある。
ほのか自身も口にしてから気づいたのか、少しだけ頬を赤くした。
「……あ、その」
「それを言われると否定出来ないかな」
綾人は苦笑する。雫も静かに綾人を見ていた。
二年前。名前すら告げず、自分たちを助けて消えた少年。その少年が今は同じ学校にいて、こうして普通に話している。改めて考えれば不思議なことだった。
「綾人君」
雫が呼ぶ。
「ん?」
「無理しすぎないで」
「巡回で?」
「……全部」
短い言葉だった。しかし綾人には意味が伝わった。
「うん。分かった」
雫はそれ以上言わない。深雪もまた、僅かに柔らかな表情を浮かべていた。
三年前、自分を救ってくれた時も同じだった。綾人は自分が傷つく可能性より、誰かを助けることを先に考える。
それが彼の長所だと深雪は思っている。
同時に、少しだけ怖い。
いつか自分では手の届かないところで、同じことをしてしまうのではないか。そんな思いが胸の奥にある。
だが、それを口に出すことは出来なかった。今の自分に、彼を縛る権利などないのだから。
「睦月」
摩利の声が飛ぶ。
「行くぞ」
「はい」
綾人が歩き出す。
その背中を深雪たちが見送った。
◇
「一年生! 剣道部どうだ!」
「こっち魔法競技部! 見学だけでも!」
「新入生ですよね!? うちの部なら――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
校舎を出た途端、騒がしさが一段階増した。綾人は思わず目を細める。
「凄いですね」
「毎年こうだ」
摩利が平然と言う。
「これでも規制している方だぞ」
「え?これで?」
「去年はもっと酷かったからな」
「第一高校って魔法以外のところでも元気なんですね」
校庭や部室棟周辺には、勧誘のために集まった上級生と新入生が入り乱れている。
勿論、大半は普通の勧誘だ。しかし、少し度が過ぎてる一面もあった。
「だから! 一回見るだけで良いから!」
「い、いえ、私は――」
少し離れた場所で声が上がった。
二年生らしき男子生徒が一年生の腕を掴んでいる。
摩利の表情が変わった。
「睦月」
「はい」
二人が同時に動く。
「少し良いですか?」
綾人の声に男子生徒が振り返った。
「何だよ」
「勧誘は自由ですけど、嫌がってる相手を掴むのは勧誘じゃないでしょう」
「別に無理矢理じゃ――」
「じゃあ手を離してください」
綾人の声は穏やか。威圧しているわけでもない。だが妙に逆らいづらい。
男子生徒は綾人の腕章を見る。
「風紀委員かよ」
「今日は手伝いです」
「何だそれ」
「俺もそう思います」
後ろで摩利が額を押さえた。
「お前は余計な一言を入れないと気が済まないのか」
「空気を柔らかくしようかと」
「今は必要ない」
「了解です」
男子生徒も毒気を抜かれたのか、渋々一年生の腕を離した。
「悪かったよ」
「分かってくれれば大丈夫です」
綾人はそれ以上責めない。男子生徒が去った後、一年生が頭を下げる。
「あ、ありがとうございます」
「怪我してないかな?」
「はい」
「なら良かった。無理な勧誘されたら近くの風紀委員に言えばいいから」
「はい!」
一年生が去っていく。一連の光景に摩利が横から綾人を見る。
「……やはり向いているな」
「何がですか?」
「風紀委員だ」
「すみません。聞こえませんでした」
「聞こえているだろう」
二人は再び巡回を始めた。その後も小さなトラブルはいくつかあった。
勧誘場所を巡る部活同士の口論。通路を塞いで注意される上級生。実演に熱が入りすぎて魔法を使おうとする生徒。その度に風紀委員が介入する。
綾人も摩利の指示を受けながら動いた。
「睦月君!」
後ろから聞き慣れた声。
振り返れば、エリカがいた。その隣にはレオと美月。
「エリカ。レオと柴田さんも」
「何よその腕章」
「捕まった」
「誰に?」
綾人は無言で摩利を指差した。
「人聞きの悪い言い方をするな」
摩利の声が飛ぶ。エリカは笑う。
「やっぱり渡辺先輩、綾人を風紀委員に入れる気満々じゃない」
「本人が頑なでな」
「だって面倒そうだし」
「お前は!」
美月が困ったように笑う。
「でも、睦月君なら似合ってます」
「柴田さんまで……」
綾人は肩を落とす。美月は笑いながらも、その視線を綾人の少し後ろへ向けた。
そこには誰もいない。少なくとも普通の生徒には。
『主殿』
呪腕の念話が届く。
(どうした?)
『柴田殿、また此方を見ておられます』
綾人は美月を見る。美月が気まずそうに視線を逸らす。
(見えてる?)
『おそらく』
(もう諦めて良いんじゃない?)
『……御意』
気配遮断というアサシン最大の武器を、一般人であるはずの少女に当然のように看破され続ける。
呪腕としても複雑なのだろう。もっとも美月は事情を知っているため、以前のような恐怖はない。
寧ろ自分を守るために呪腕が近くにいると理解している。その事が少し申し訳なくもあり、同時に安心でもあった。
「睦月君」
美月が小声で言う。
「今日も……?」
「うん。念の為にね」
「ありがとうございます」
「気にしなくて良いよ。俺が勝手にやってるだけだから」
その言葉に、美月は少しだけ困ったように笑った。
やはりこの人はそうなのだ。自分が巻き込まれた原因が聖杯戦争にある以上、守るのは当然だと思っている。
恩を着せるつもりなど最初からない。だからこそ、美月は余計に申し訳なく感じてしまう。
「それより三人とも、部活見て回ってるの?」
「まあね」
エリカが答える。
そして綾人を見て、にやりと笑った。
「剣術部とかどう?」
「嫌な予感しかしないなぁ」
「私との勝負の前に身体温めとく?」
「まだ覚えてたんだ」
「当たり前でしょ!」
「何の話だ?」
摩利が食いついた。綾人はしまったという顔をする。
エリカは嬉々として説明した。
「睦月君と私、今度剣で勝負するんですよ」
「ほう」
摩利の目が光った。
「面白そうだな」
「渡辺先輩」
「何だ?」
「仕事をしましょう」
「している」
「目が完全に観戦者ですよ」
レオが笑い、美月も小さく笑う。そんな何気ないやり取り。
学校。友人。部活動。風紀委員。
昨日まで神話の英雄たちと聖杯戦争について話し、ギリシャ神話の大賢者から格闘術の指導を受けていたとは思えないほど平凡な時間だった。
綾人は、こういう時間が嫌いではない。寧ろ、守りたいと思う。
聖杯戦争がどれほど大きくなろうと。マスター同士の争いが激しくなろうと。この学校に通う大多数の生徒には何の関係もない。巻き込ませるべきではない。
だからこそ第三陣営が美月へ接触した件を、綾人は重く見ていた。そして監督役も同じように判断した。
『一般人を巻き込むな』、か。
そのルール自体には賛成だ。問題は、監督役がなぜそれほどの権限を持っているのか。
二十四画の令呪から八画を直接奪える。それが事実なら、マスターと擬似聖杯のシステムへ深く干渉出来る事になる。
考えれば考えるほど分からない。
「睦月君?」
エリカの声で意識が戻る。
「何?」
「急に難しい顔してたけど」
「今日から忙しくなりそうだなぁって思ってただけだよ」
「絶対嘘でしょ」
即座に見抜かれた。
「鋭いな」
「付き合い何日目だと思ってんのよ」
「まだそんなに長くないけど」
綾人は笑った。
その時だった。遠くから大きな声が上がる。
「おい!」
続いて何かが倒れる音に摩利が即座に反応した。
「行くぞ!」
「はい!」
綾人と摩利が駆け出す。達也も別方向から同じ場所へ向かっていた。
部活勧誘期間。毎年大小様々なトラブルが起きる第一高校の放課後。
しかし今年は少し違う。
司波達也。そして、本来なら風紀委員ですらない睦月綾人。
二人の一年生が、風紀委員会の巡回へ加わっている。
その存在が、この後起きる騒動を例年とは大きく違う形へ変えていく事を、この時点ではまだ誰も知らなかった。
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