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第一高校の校門を出た綾人は、夕暮れの街を友人たちと歩きながら、表面上はいつもと変わらない穏やかな時間を過ごしていた。隣ではエリカが剣術の話を続け、レオが時折そこへ口を挟み、美月が二人のやり取りに困ったような笑みを浮かべている。少し前を歩く達也と深雪の傍らでは、雫とほのかが翌日の授業について話していた。
その光景だけを見れば、ごく普通の高校生たちの下校風景だった。
しかし綾人の意識の一部は、先ほど呪腕のハサンから報告された不審な監視者へ向けられていた。
学校の周辺を観察していた人間。サーヴァントではなく、魔法師である可能性もあるという。もちろん、それだけでブランシュの関係者だと断定することはできない。第一高校は国立魔法大学の付属高校であり、将来有望な魔法師を多数抱えている。学校を監視する理由を持つ組織など、国内外にいくらでも存在するだろう。
だが、政府からブランシュに関する調査依頼が届いた直後という状況を考えれば、偶然として片付けるわけにもいかなかった。
『主殿』
呪腕の声が念話で届く。
『先ほどの監視者ですが、学校周辺から離脱いたしました。追跡は行っておりませぬ』
(了解。顔と特徴は?)
『記憶しております。必要であれば後ほどご報告を』
(頼む。それと、学校周辺に別の監視者がいないかだけ確認してくれ)
『御意』
念話が途切れると、綾人は何事もなかったようにエリカへ視線を戻した。
「それで、何の話だっけ?」
「ちょっと、聞いてなかったの?」
「聞いてた聞いてた。剣の話だろ?」
「それだけじゃ何も聞いてないのと同じじゃない!」
エリカが頬を膨らませる。
「だから、今度の休みに時間があるかって聞いたのよ。前から約束してる勝負、そろそろ決着つけたいんだけど」
「休日か……」
綾人は少し考える。
本来なら問題ない。
しかし聖杯戦争に加えて、政府からブランシュの調査まで依頼されている。休日にどの程度自由な時間を確保できるか、現段階では判断できなかった。
「予定が入らなければいいよ」
「本当!?」
「ただし、普通の稽古だからな。変な魔法を使ったり、校舎を壊したりするのはなし」
「私を何だと思ってるのよ」
「勝負になると熱くなる剣術馬鹿」
「誰が剣術馬鹿よ!」
「違うのか?」
「……違わないけど!」
「認めるんだな」
レオが笑い出し、美月も思わず口元を押さえた。
少し前を歩いていた雫が振り返り、いつもの淡々とした口調で言った。
「綾人君、気をつけて」
「何に?」
「エリカ、負けず嫌いだから」
「雫まで!?」
「事実」
エリカが抗議する横で、ほのかが楽しそうに笑う。その様子を見ながら、綾人はほんの少しだけ肩の力を抜いた。
こういう時間があるからこそ、裏の仕事を学校へ持ち込みたくない。
魔法師の能力がどう評価されようと、政治団体がどんな理想を掲げようと、目の前の友人たちが危険に晒されていい理由にはならない。
ブランシュが第一高校へ何を仕掛けようとしているのかは、まだ分からない。
だからこそ、早めに調べる必要があった。
⸻
その日の夜、綾人は自宅の居間で八騎のサーヴァントを前にしていた。
食事を終えた後の室内には、玉藻前が淹れたお茶の香りが漂っている。アルトリアは姿勢よくソファに腰掛け、カルナは壁際で静かに話を待っていた。アキレウスは椅子の背もたれに腕を乗せ、頼光は綾人の隣を確保しようとしてメルトリリスと無言の牽制を続けている。
一方、ギルガメッシュは窓際の椅子で退屈そうに脚を組んでいた。
「それで、マスター」
アルトリアが口を開く。
「今夜は聖杯戦争に関する話でしょうか?」
「いや、今回は別件。政府から仕事が入った」
綾人が端末を操作すると、机の上に組織図が投影された。
中央に表示された名称を見て、玉藻前が首を傾げる。
「ブランシュ……ですか?」
「反魔法主義を掲げる政治団体だ。表向きは魔法師優遇に反対する運動をしているんだけど、裏では過激な活動にも関わってるらしい」
「政治団体が敵ということか?」
アキレウスが尋ねる。
「団体の構成員全員が敵ってわけじゃない。問題は非合法活動をしている連中だよ。今回はそいつらの動向調査と、必要なら拠点の制圧まで任されてる」
「そして、その活動が主殿の通う学校へ及んでいる可能性がある、と」
呪腕が静かに言った。
綾人は頷く。
「そういうこと」
アルトリアは投影された資料へ目を向けた。
「魔法師への反発そのものは理解できなくもありません。特別な力を持つ者と持たない者の間に不満が生まれることは、どの時代にもありました」
「うん。俺も反対意見を持つこと自体は悪いと思ってない」
綾人は端末を置いた。
「ただ、不満を利用して人を傷つけたり、学校の生徒を危険に巻き込んだりするなら話は別だ」
「当然です」
アルトリアが頷く。
「理念を掲げることと、その理念のために他者を害することは同じではありません」
「ふん。雑種どもの掲げる平等とやらか」
ギルガメッシュが鼻を鳴らした。
「何を等しくしようというのだ。生まれも才も異なる者を、言葉一つで同じものにできるとでも思っているのか」
「王様、政治討論はまた今度で」
「貴様が話題を持ち込んだのであろう」
「それはそうなんだけど」
綾人が苦笑すると、メルトが呆れたように脚を組み直した。
「それで? 私たちに何をさせたいわけ?」
「今のところ直接戦ってもらうつもりはない。聖杯戦争と無関係な組織にサーヴァントの存在を知られるのは避けたいからね」
「なら、監視?」
「必要な範囲だけ。呪腕さんには学校周辺の不審者を確認してもらってる」
「承知しております、主殿」
「他のみんなは基本的に今まで通りでいい。ただ、ブランシュと聖杯戦争が偶然同じ場所で動く可能性もあるから、そこだけ注意してほしい」
カルナが静かに口を開いた。
「一つ確認したい。今回の組織が聖杯戦争の存在を知っている可能性はあるのか?」
「今のところ、それを示す情報はない」
「ならば別々の事象として扱うべきだな。無理に関連づければ判断を誤る」
「俺もそう思う」
綾人は頷いた。
その言葉を聞き、アルトリアも納得したように目を伏せる。
聖杯戦争とブランシュ事件。
どちらも第一高校の周辺で進行しているとはいえ、現時点で両者を結びつける証拠は存在しない。警戒は必要だが、存在しない関係を勝手に作り出すべきではなかった。
「それにしても」
アキレウスが笑う。
「マスター、随分忙しいな。昼間は学校で喧嘩を止めて、夜は政府の仕事か」
「本当にね。高校生ってもっと暇だと思ってた」
「暇な高校生が八騎も英霊を召喚するものですか」
メルトが即座に突っ込む。
「それは俺の意思じゃないだろ」
「でも巻き込まれたからには最後まで付き合うんでしょう?」
「まあね」
綾人は肩を竦めた。
その答えに、メルトは一瞬だけ表情を緩めたものの、すぐに顔を背けた。
「……そういうところ、相変わらずね」
一方、頼光は別の点が気になっていたらしい。
「綾人」
「何?」
「政府のお仕事へ向かわれる際は、どうか無理をなさらないでくださいね。危険な相手なら、私がまとめて――」
「母さん、今回は情報収集が先だから」
「まあ」
頼光が嬉しそうに微笑む。
「今、母さんと」
「そこだけ拾わないで」
「ふふふ……!」
「マスター」
アルトリアが真面目な顔で言う。
「それよりも、今後の予定を整理した方がよいでしょう。第四陣営からの接触も控えています」
「ああ、そっちもあったな……」
綾人は天井を仰いだ。
ケイローンとの接触。
第四陣営のマスターとの会談。
陽奈との限定的な情報交換。
監督役への疑念。
そしてブランシュ。
「……俺、分身できないかな」
「できたら便利でしょうね」
玉藻前が微笑む。
「でも主様が何人になっても、玉藻は全員分のお世話をいたしますよ?」
「それはそれで怖いな」
そんなやり取りに、アキレウスが声を上げて笑った。
しかし、綾人の意識は既に翌日の学校へ向かっていた。
ブランシュが利用しようとしているもの。
一科生と二科生の対立。
それは単なる噂ではない。
綾人自身、入学初日から何度も目にしている問題だった。
そして今回の騒動で、その歪みが思っていた以上に深いことも分かっている。
⸻
翌日の第一高校は、剣道部と剣術部の乱闘の話題で持ち切りだった。
「聞いたか? 桐原先輩たち、風紀委員に取り押さえられたんだって」
「しかも一年生が止めたらしいぞ」
「司波って二科生だろ? 何であんなことができるんだ?」
「睦月も凄かったらしいな。剣術部の先輩を素手で何人も倒したとか」
廊下でも教室でも、そんな会話が聞こえてくる。
綾人は自分の席で頬杖をつきながら、心底面倒そうに溜息を吐いた。
「……噂って怖いな」
「自業自得でしょ」
隣に立つエリカが笑う。
「俺、喧嘩止めただけなんだけど」
「その止め方が普通じゃなかったんでしょ」
「エリカだってできるだろ」
「できるかどうかと、実際にやるかは別よ」
そこへレオがやって来た。
「なあ綾人、聞いたぞ。剣術部の連中を一人で十人くらい倒したって」
「増えてる」
「え?」
「昨日は数人だったのに、もう十人になってる」
「じゃあ本当は?」
「数えてない」
「やっぱりすげえな!」
「何でそうなる」
エリカが笑い、レオも笑う。
そんな二人を見ながら、綾人はふと教室の外へ目を向けた。
廊下の向こう。
二科生の生徒たちが何人か集まり、真剣な表情で話している。
断片的に聞こえる言葉。
一科生。
差別。
待遇。
平等。
綾人の表情が僅かに変わった。
――やっぱり、広がってるな。
政府から渡された資料に記載されていたエガリテの活動方針。
不満を持つ魔法科高校の生徒へ接触し、学校制度に対する反発を強める。
その影響がどこまで及んでいるのかは分からない。
だが、少なくとも学校内部に不満が蓄積しているのは事実だった。
「綾人君」
ほのかの声で意識が戻る。
「ん?」
「何か気になることでもあった?」
「いや、昨日の騒ぎのことを考えてただけ」
「そうなんだ……」
ほのかは少し心配そうに微笑んだ。
「大変だったよね」
「まあ、ちょっとね」
「でも、怪我がなくて良かった」
「ありがとう」
その横で雫が静かに言う。
「綾人君」
「何?」
「また無理してる?」
「……雫って時々、妙に鋭いよな」
「答えになってない」
「今は大丈夫」
「今は?」
「言葉尻を捕まえないでくれ」
雫はしばらく綾人を見つめた後、小さく頷いた。
「ならいい」
それ以上追及しない。
その気遣いが、綾人にはありがたかった。
やがて授業開始の予鈴が鳴り、生徒たちが席へ戻っていく。綾人も教科書を開いたが、頭の片隅では政府からの依頼について考え続けていた。
その日の昼休み、事態は一歩進むことになる。
生徒会室へ向かう途中、綾人は廊下の先で見覚えのある女子生徒を見つけた。
長い髪。
落ち着いた佇まい。
剣道部の壬生紗耶香だった。
彼女は誰かを待っているらしく、廊下の壁際で静かに立っていた。
綾人は足を止める。
「壬生先輩?」
声を掛けると、紗耶香が振り返った。
「あ……あなたは」
「睦月綾人です。昨日、乱闘を止めた時に少しだけ」
「ええ、覚えているわ」
紗耶香は少し気まずそうに目を伏せた。
「昨日は……迷惑を掛けたわね」
「俺は大丈夫ですよ。それより、怪我はありませんでした?」
「え?」
「昨日、止める時に少し強引に腕を取ったので」
紗耶香は驚いたように綾人を見た。
乱闘を起こした自分を責めるでもなく、最初に怪我の有無を確認する。
その態度が予想外だったのだろう。
「……大丈夫よ」
「それなら良かった」
綾人は自然に笑った。
「ただ、次からはできれば風紀委員の仕事を増やさない方向でお願いします」
「ふふっ……そうね」
紗耶香の表情が僅かに和らぐ。
しかし、それも長くは続かなかった。
「睦月君」
「はい」
「あなた、一科生よね」
「そうですけど」
「……二科生のこと、どう思っているの?」
唐突な質問だった。
だが綾人は驚かなかった。
むしろ、いつか聞かれるかもしれないと思っていた。
「どうって……同じ学校の生徒ですけど」
「そういう意味じゃなくて」
紗耶香は少し言い淀んだ。
「一科生と二科生の間には、明らかな扱いの違いがあるでしょう?」
「ありますね」
綾人はあっさり認めた。
「それをおかしいと思わない?」
「制度の話なら、改善する余地はあると思いますよ」
紗耶香が顔を上げる。
綾人は続けた。
「実技指導の体制が違うのは、教師の数や学校の予算も関係してるんでしょう。でも、だからって生徒同士で優劣を決めつけていい理由にはならない」
「……!」
「達也だって二科生ですけど、魔法理論は俺より詳しい部分もありますし、実戦でも相当優秀です。逆に一科生だから何でもできるってわけでもない。結局、その人が何をできるかは見てみないと分からないでしょう」
紗耶香は黙って聞いていた。
「だから俺は、一科生か二科生かだけで人を判断する気はありません」
それは綾人にとって、特別な主張ではなかった。
魔法師殺しとして多くの魔法師と戦ってきた彼にとって、学校内の区分だけで相手の実力を測るなど、危険な思い込みでしかない。
「……そう」
紗耶香は小さく呟いた。
「あなたみたいな一科生もいるのね」
「結構いますよ。少なくとも俺の周りには」
「そうかもしれないわね」
その時、廊下の向こうから声が掛かった。
「壬生先輩」
達也だった。
綾人が振り返る。
「達也」
「綾人。ここにいたのか」
「偶然会ってさ」
達也は紗耶香へ視線を向けた。
「お待たせしました」
「いいえ、私も今来たところよ」
そのやり取りで、綾人は二人が待ち合わせていたことを察した。
「じゃあ俺は行くよ。生徒会室に用事があるから」
「ええ」
紗耶香が頷く。
「睦月君」
「はい?」
「さっきの話、ありがとう」
「どういたしまして」
綾人は軽く手を上げ、その場を離れた。
しかし、角を曲がったところで僅かに歩調を緩める。
――壬生紗耶香。
剣道部の生徒。
二科生。
桐原との衝突の中心人物。
そして、制度への強い不満を抱いている。
それだけでブランシュの関係者と決めつけることはできない。
だが政府の資料にあったエガリテの勧誘対象と、条件が重なっているのも事実だった。
「……達也と何を話すんだろうな」
綾人は小さく呟いた。
もちろん、盗み聞きするつもりはない。
達也には達也の事情がある。
壬生にも壬生の事情がある。
ただし、もし二人がブランシュの問題へ関わることになれば、その時は自分も無関係ではいられない。
綾人は再び歩き出した。
⸻
同じ日の放課後。
第一高校から少し離れた場所にある雑居ビルの一室で、数人の男女が集まっていた。
室内には端末が並び、壁面の大型モニターには第一高校の校舎配置図が表示されている。
その前に立つ男が、低い声で尋ねた。
「学校内部の協力者は?」
「予定通りです。エガリテの活動に理解を示す生徒も増えています」
「風紀委員会の動きは?」
「剣道部と剣術部の乱闘以降、警戒が強まっています。ただ、こちらの活動との直接的な関連は掴まれていないはずです」
男は頷いた。
「生徒会は?」
「七草真由美が会長です。十師族の七草家の人間ですから、当然警戒が必要でしょう」
「十文字克人もいる。正面から動けば厄介だ」
「はい」
別の構成員が端末を操作した。
モニターへ数人の生徒の写真が表示される。
司波達也。
司波深雪。
壬生紗耶香。
そして――。
睦月綾人。
「この一年生は?」
男が尋ねる。
「睦月綾人。一年A組の一科生です。先日の乱闘では剣術部員を複数制圧したとの報告があります」
「一科生か」
「はい。風紀委員ではありませんが、渡辺摩利に協力しているようです」
「厄介そうだな」
「ただし、魔法技能については詳細不明です。近接戦闘能力が高いことは確認されていますが、今回の件へ直接関与している様子はありません」
男は写真を数秒眺めた後、興味を失ったように視線を逸らした。
「監視対象には加えておけ。だが、今は司波達也の方が重要だ」
「了解しました」
写真が切り替わる。
司波達也。
男はその顔を見つめた。
「二科生でありながら、風紀委員として一科生を制圧するほどの実力を持つ。制度への不満を訴えるには、都合のいい存在だ」
「本人が協力するとは限りませんが」
「協力しなくても構わん。彼の存在そのものが、学校の制度に矛盾があるという証拠になる」
男は薄く笑った。
「不満を持つ者には、不満を言葉にする場所を与えればいい。あとは彼ら自身が動く」
その言葉に、周囲の構成員たちが頷く。
しかし彼らはまだ知らない。
自分たちが単なる一科生の戦闘能力者として認識している睦月綾人が、既に政府からブランシュの調査を命じられていることを。
そして、魔法師を相手にした非公開任務で数々の実績を持つ『魔法師殺し』本人であることも。
⸻
その夜。
綾人は再び裏稼業用の拠点を訪れていた。
制服ではない。
動きやすい私服に着替え、腕には玩具箱を装着している。
専用端末へ接続すると、政府から新しい資料が届いていた。
《ブランシュ国内活動拠点に関する情報更新》
《第一高校内部のエガリテ関係者と、外部組織との通信経路を一部特定》
《現在、関係者の行動を継続監視中》
綾人は資料を読み進めた。
通信記録。
資金の流れ。
協力者と思われる人物。
そして第一高校の生徒へ接触している可能性がある外部関係者。
「……少しずつ見えてきたな」
画面を操作し、情報を整理する。
現時点で強制捜査へ踏み切るには証拠が足りない。
だが学校内部に存在するエガリテの活動と、ブランシュの外部組織が繋がっている可能性は高まっている。
問題は、その活動がどこまで進んでいるかだった。
綾人は別の資料を開く。
壬生紗耶香。
剣道部。
二科生。
学校制度への不満。
彼女の名前は政府資料の確定した協力者一覧には載っていない。
だが、今日の会話が気になっていた。
「……壬生先輩か」
綾人は椅子の背もたれへ身体を預ける。
彼女の言葉には確かに不満があった。
しかしそれは、学校制度に対して疑問を持つ生徒なら誰でも抱き得るものだ。
不満を持つことと、過激な組織へ協力することは違う。
そこを混同してはいけない。
「決めつけるのは早いな」
綾人は資料を閉じた。
その時だった。
専用端末が短い電子音を鳴らす。
新着情報。
政府の情報担当からだった。
《追加監視情報》
《第一高校に関するエガリテの活動が活発化》
《近く、校内で組織的な主張が行われる可能性あり》
綾人の目が細くなる。
「……校内で?」
画面には詳細な日時は記載されていない。
しかし、それが単なる勧誘活動に留まらない可能性は十分にあった。
生徒たちの不満を利用し、学校全体へ訴えかける。
そのためには何らかの舞台が必要になる。
集会。
演説。
あるいは――生徒会との対立。
綾人はゆっくり息を吐いた。
「そろそろ動くか」
政府からの依頼。
第一高校内部の不満。
壬生紗耶香と司波達也の接触。
ブランシュの活動。
それぞれ別々だった情報が、ようやく一つの方向へ集まり始めている。
その時、綾人の端末へ別の通知が届いた。
今度は政府の専用回線ではない。
聖杯戦争用に管理している連絡先。
水原陽奈からだった。
《綾人、少し気になる情報があるの。明日、時間を取れる?》
綾人は画面を見つめた。
「……今度はそっちか」
思わず苦笑する。
ブランシュの調査が進み始めたところへ、第二陣営からの連絡。
さらに第四陣営のマスターとの接触も控えている。
「本当に忙しいな、俺」
呟きながら返信する。
《分かった。明日の放課後なら少し時間を作れると思う。場所は後で決めよう》
送信。
その直後、陽奈から返事が届いた。
《ありがとう。詳しくは会ってから話すね》
綾人は端末を置き、窓の外へ目を向けた。
夜の街には、無数の明かりが灯っている。
そのどこかで、八人のマスターたちがそれぞれの願いを抱き、聖杯戦争へ参加している。
一方で、同じ街の別の場所では、ブランシュが第一高校を巻き込む計画を進めている。
二つの争い。
本来なら交わることのないはずの世界。
しかし、その両方に関わっている人間が一人だけ存在する。
睦月綾人。
第一高校一年A組。
八騎のサーヴァントを従える第一陣営のマスター。
そして政府の非公式協力員――『魔法師殺し』。
「……とりあえず」
綾人は立ち上がり、上着を手に取った。
「明日は普通に授業を受けたいな」
誰に聞かせるでもなく呟く。
しかし、そんな願いが簡単に叶うほど、彼を取り巻く状況は穏やかではなかった。
第一高校の内部では、既に新たな動きが始まっている。
壬生紗耶香が抱える不満。
それを利用しようとするエガリテ。
背後で糸を引くブランシュ。
そして、彼らの計画へ知らず知らずのうちに関わり始めている司波達也。
原作で描かれた事件へ繋がる歯車は、今まさに回り始めていた。
ただし、今回は一つだけ大きな違いがある。
ブランシュの存在を事前に把握し、政府の依頼によってその動向を追っている少年が、第一高校の内部にいるということだ。
その事実が事件の結末をどのように変えるのか。
まだ誰にも分からなかった。