転生先が殺し合いを約束された帝国の第三王子だった件 作:冷やかし中華
そっちを休載してから、約十年(九年五ヶ月)経ったので、もう時効やろ。
そんなわけで初投稿です。
ブラックホエール一号。
カキン帝国が新大陸進出のために建造した、全長およそ一・五キロの超大型輸送船。
二十万人もの人間を呑み込むその巨体は、船というより、海に浮かぶ都市に近かった。
「……でっか」
港湾施設の陰から見上げて、思わず感想が漏れる。
知識としては知っていたし、前世では紙の上から見たことだってある。それでも実物は別物だった。
首が痛くなるほど見上げても、なお視界へ収まりきらない。潮の匂いに、乾いた鉄と塗料、それから港特有の油の臭いが混じっている。
「これ造った奴、絶対途中で楽しくなってただろ……」
国家事業って怖い。我が祖国ながら、昔からこういうところだけは妙に思い切りがいい。
――我が祖国。
頭の中でその言葉を転がして、少しだけ笑った。
二か月と少し前までなら、その言葉には今とは違う重さがあった。
右手で顔を撫でる。額から右目を横切り、右頬へ。指先が三本の深い傷跡をなぞった。
一度は視力まで失った右目も、今は見えている。傷そのものも、本気で消そうと思えば手段はあった。それでも残した。
これは、俺自身が選んだものだから。
二か月と少し前。
俺は三十年以上持ち続けてきたものを、自分の手で捨てた。
王位への道。
王位継承権。
そして、王族という身分。
第三王子カイエン=ホイコーロは、もういない。
少なくとも、この国ではそういうことになっている。
「……せっかく自由になったのになあ」
誰かに傅かれなくていい。誰が自分をどう評価しているのか、いちいち考えなくていい。
誰につくか、誰を切るか。誰に利用され、誰を利用するか。そんなことを考えずに生きてもいい。
ようやく、ただのカイエンとして生きられる。
「……帰ろうかな」
踵を返した。
一歩。
二歩。
三歩。
そこで足が止まる。巨大な船を背にしたまま、数秒。
「……はぁ」
結局、振り返った。分かっていた。帰れるわけがない。
自分で捨てたはずのものへ、自分の足で戻ろうとしている。我ながら、何をやっているのだろう。
「しょうがない」
もう一度、ブラックホエール一号を見上げる。
「まずは、入口探すか」
◆
ブラックホエール一号へ向かう人間も物資も、陸側の施設からそのまま歩いて乗り込むわけではない。
王族や上客にはそれぞれの移送手段があり、一般客には一般客の流れがある。そして当然、二十万人分の生活を支える物資には、物資の流れがあった。
俺が目をつけたのはそっちだ。
港湾倉庫と積み替え施設が並ぶ一角。少し離れた沖に巨大な船体が見え、補給用の船や作業艇が忙しく往復している。
作業員用の上着と帽子は調達してある。本格的な変装まではしていない。
むしろ顔を隠しすぎる方が怪しい。
王宮にいた頃の俺には、この三本傷はなかった。それに第三王子カイエン=ホイコーロは、すでに急逝した人間だ。
死んだ王子によく似た、傷のある男。
普通なら、そこから「本人だ」という答えには飛ばない。
もちろん、昔から俺を直接知る王宮関係者と近距離で顔を合わせれば話は別だ。声も歩き方も、顔以外の癖まで知っている人間はいる。
だから、そういう相手とだけ会わなければいい。
「さて」
倉庫の陰から、人の流れを見る。ここで《円》を広げる気はなかった。
早く調べるだけなら、その方が楽だ。
ただし、念能力者が混じっている可能性のある港で、理由もなく広いオーラを撒く必要もない。気づかれれば、それだけで余計な警戒を生む。
それに、今見たいのは人の中身ではない。誰が、どこから来て、何を積み、どこへ戻るか。
目で足りる。
荷札。
端末。
作業員の上着についた区分章。
積み替えの順番。
警備兵が確認に来る時間。
補給艇が離れるまでの間隔。
一時間ほど見ているうちに、流れがいくつかに分かれていることが分かった。
そのうち一本だけ、荷物が重なる時間帯に人の確認が雑になる。長くはない。
数分。
十分だった。
「念能力者だからって、何でも念でやる必要ないんだよな」
誰に言うでもなく呟く。問題は、見つけた入口へどう紛れるかだった。
時間まで待つ。荷役が重なる。人が増える。
大型コンテナが視界を遮る。作業員が端末へ目を落とす。フォークリフトが通路を横切る。
そこで動いた。走らない。焦っている人間ほど目立つ。《絶》も、必要なところだけ使う。
精孔を閉じて気配を絶てば透明になれるわけではない。見られれば見つかるし、カメラに映れば残る。
だから、見られない位置を選ぶ。人間は、見たいものを見る。
使用人は王子を見る。軍人は脅威を見る。商人は利益を見る。そして警備員は、不審者を探す。
なら、不審者らしくなければいい。
「おい!」
心臓が跳ねた。
「そこの荷物! 三番じゃない、四番だ!」
「あ、すみません!」
少し離れたところで、作業員が慌てて台車の向きを変える。
俺はその横を、そのまま歩いた。声を掛けられたわけではない。
分かっていても、一瞬反応した自分がちょっと悔しい。補給艇へ入る。
積み込まれた物資の陰へ入り込み、外から見えない位置で身体を落ち着けた。
しばらくして、金属を伝う振動が変わる。船が動き始めた。
「……ほんとに行くんだな」
小さく呟く。今さらだ。自分でもそう思う。補給艇はやがて巨船へ接舷した。
荷役が始まる。今度は、降ろされる物資の流れへ混じる。二度、止まった。
一度は人員確認。
もう一度は、予定より早く警備兵が戻ってきた時。どちらも問題になる前に避けた。
箱と人の流れを使い、第五層側の貨物区画へ入る。
金属の壁越しに、低い機関音が腹の底へ響いていた。足の裏から伝わる細かな振動が、この巨体が本当に動いていることを教えてくる。
人の流れが一度薄くなったところで、ようやく足を止めた。
「……乗った」
本当に。
乗ってしまった。
「密航成功」
誰も褒めてくれないので、自分で言った。
◆
貨物区画から少し外れ、人目の少ない通路脇へ入る。
壁際には資材用の棚。反対側には保守用らしい扉。作業員が通る音は聞こえるが、今すぐこちらへ来る気配はない。
まず目で確認する。人はいない。カメラの向きも外れている。
そこで初めて、呼吸を整えた。
――《円》。
オーラが身体を中心として広がっていく。
地面。
壁。
通路。
荷物。
配管。
階段。
人間。
触れたものの形と動きが、視覚とは違う感覚として一気に流れ込んでくる。
まずは半径百五十メートルほど。もっと広げることはできる。
ただ、広さを取れば外周ほど輪郭は粗くなる。今ほしいのは記録更新じゃない。
この巨船の中で、どこへ行けるのか。そのための情報だった。
「……多いな」
分かっていた。二十万人近く乗る船だ。
分かっていても、実際に《円》の内側へ大量の人間が入る感覚は別だった。
一人ひとりを識別する気はない。
性別。
体格。
念能力者かどうか。誰なのか。そんなものを片っ端から拾い始めれば、頭がどうにかなる。
見るのは人数と密度、空間の形、人の流れ、警備の偏り。
必要なものだけ残して、他は切る。この船は、高さだけでも八百メートル近い。
半径百五十メートルを取っても、その五分の一にも届かない。
第一層。
第二層。
王族や上客がいる上層は、遥か外だ。
「姉さん……」
どこにいるかは分からない。無事なのか、今、何をしているのか。それも分からない。
分かっているのは、この船に乗っているということだけだ。
俺が持っている、《円》以外の情報から。
「まあ、最初から全部見ようとする方がおかしいか」
見る範囲を変える。
上へ繋がりそうな階段。
人の出入りが妙に少ない通路。
警備が重なる場所。
候補を一つ。
さらに一つ。
最後に、近くの経路だけを残す。
《円》を縮めた。
百五十。
そこから一気に絞る。
数十。
さらに。
十数メートル。範囲を捨てた分だけ、近くの輪郭が鮮明になる。
扉の厚み。
壁の向こうを歩く人間。
階段の幅。
靴底が床へ触れる細かな動きまで拾える。
数分。
その狭い範囲だけに意識を寄せた。もう少し――
「――何探してる?」
「――ッ!」
背後側。
今の《円》の縁、そのすぐ外から声が飛んだ。
反射的に《円》を畳み、振り返りながら身体が戦闘へ切り替わる。そして、止まった。
十数メートル先。
こちらの感覚へ一歩も踏み込まない位置に、黒髪の男が立っている。
《絶》。
オーラを閉じたまま。
見慣れた顔。
「はぁぁぁぁ……」
胸を押さえながら、全身から力を抜く。
「なんだ、クロロかあ。びっくりした」
心臓がまだ少し速い。改めて距離を見る。
「……いつからいた?」
「お前の《円》が縮んでから」
「最悪」
「何が?」
「そこまで見てたなら声かけろよ」
「今かけた」
「そういう意味じゃない」
クロロの口元が、ほんの少しだけ動く。
「気づくと思った」
「円の外にいる奴をどうやって感知しろっていうんだよ」
「カイなら何かするかと思った」
「無茶言うな」
だが、と思う。百五十メートルを取っていた時、クロロはまだ近くにいなかった。
だから絞った後、外側への警戒を少し落とした。そこへこいつが来た。
《円》が破られたわけではない。
単に、俺が見ていない場所から近づかれた。
「……趣味悪いぞ」
「褒め言葉?」
「違う」
少し考えてから、改めて男を見る。
「クロロ」
「何?」
「今は――団長?」
一拍だけ空ける。
「それとも、クロロ=ルシルフル?」
クロロは俺の顔を見返した。ほんのわずかな間を置いて、
「今はクロロだ」
そう答えた。
「そっか」
なら、話は早い。
「ちょうどいい。ちょっと後ろ見てて」
「……オレに身辺警護を頼んでるのか?」
「今からもう一回絞る。外側見てて」
「円を広げればいい」
「細かいところが潰れるだろ」
「なるほど」
「今のでよーく分かった。見てないところは見えない」
「当たり前だな」
「誰のせいで確認したと思ってるんだよ」
クロロは答えない。
「頼める?」
「オレに?」
「今はクロロなんだろ?」
クロロは少しだけ俺を見る。
「ああ」
「じゃ、頼んだ」
再び《円》を広げる。今度は最初から広さを取りすぎない。
必要な区画だけ拾い、候補が見えたところでまた絞る。後ろにはクロロがいる。
外側へ割いていた意識を、少しだけ中へ戻せる。それで十分だった。
数分後。
「……よし」
《円》を畳み、肩を回す。首の後ろが汗で冷えていた。
「終わったか?」
「今いる場所から分かる範囲はね」
「何を探してた?」
「上へ行けそうな道。人の流れと警備」
「王族区画まで?」
「届くわけないだろ。ここ第五層だぞ」
壁を指で軽く叩く。
「この船、でかすぎるんだよ。俺の《円》が広いとか狭いとか、それ以前の問題」
「珍しく弱音だな」
「事実確認」
息を整える。
「で。クロロは?」
「何が?」
「何でここにいる」
「船に乗るため」
「もう乗ってるじゃん」
「成功した」
「俺もさっき同じこと言った」
思わず笑う。
「一人で?」
「ああ」
「そう」
方法は聞かない。たぶん、聞いたところで全部は言わない。俺も同じだ。
クロロがこちらまで歩いてくる。そこで、視線が止まった。
俺の顔。
正確には、右目の辺りへ。
「その傷は?」
「ああ、これ?」
そういえば、こいつに会うのは傷をつけてから初めてだった。
額から右目、頬へと走る三本傷を指先でなぞる。
「少し前に、オヤジと喧嘩してね」
「父親と?」
「うん」
嘘は言っていない。一般的な意味での親子喧嘩とは、だいぶ違った気もするけれど。
「この船にもいるよ」
クロロの目がわずかに細くなる。
「そうか」
「俺も俺で、いろいろ決着つけなくちゃいけないのさ」
クロロは何も言わない。もう一度、傷を見る。
旅団にいた頃、俺がどんな戦い方をしていたか、こいつは知っている。
直接の戦闘で、ここまで深い傷を残したことは、少なくともクロロが知る限りほとんどない。
だから今、たぶん盛大な勘違いをしている。
訂正する理由もないけど。
「敵か?」
やっぱりそっちに行ったか。
「どうかな」
本当に分からない。俺はもう継承戦から降りた。あの人の言うところの、盤上から。
だからといって、盤の外から手を突っ込んでゲームそのものを壊そうとしたら、あの人は俺をどう見る?
息子か。
元王子か。それとも、王位継承戦を妨害する敵か。
「分からないね」
守護霊獣の全容も分かっていない。
正直なところ、今はあまり直接顔を合わせたくなかった。
「珍しいな」
「何が?」
「お前が誰かとの接触を避けるのは」
「俺だって避けたい相手くらいいるよ」
まして、相手があの親父なら。
「まあ、クロロも気をつけなよ」
「何を?」
「国宝」
クロロの目が、ほんのわずかに変わる。
「狙ってるんだろ?」
「どうしてそう思う?」
「クロロがカキンの国家事業へ密航して、観光だけって方が不自然だろ」
肩を竦める。
「盗賊が国家の宝船に乗って、何も盗らない方が変じゃない?」
「それだけ?」
「十分じゃない?」
「単純だな」
「分かりやすいって言って」
それでも否定はしない。
「とにかく。国宝を狙うなら、あの人は間違いなく最大の障害になる」
「お前の父親が?」
「うん」
クロロは少し黙った。今、頭の中で何を繋げているのか、なんとなく想像はつく。
でも放っておく。こいつも俺も、必要な情報は自分で集める主義だ。
「それなら、一つ頼みがある」
「……嫌な予感するなあ」
「さっきの警護の代わりだと思えばいい」
「友達甲斐ないなあ」
「個人的に頼んだのはお前だろ」
「そうだけどさ」
確かに、言った。
「内容は?」
「探してほしいものが二つある」
「この船で?」
「ああ」
クロロは一度だけ間を置く。
「急ぐのはヒソカだ」
空気が、ほんの少し変わった。声量も表情も変わらない。
それでも、さっきまでとは違った。
「ヒソカ?」
「ああ」
「ヒソカ=モロウ?」
「他に誰がいる」
「いや、いないけど」
あいつも乗るのか。確認するように見ると、クロロは目をそらさない。
「乗っている可能性が高い」
「へえ」
クロロがいるなら、あいつが来ても不思議ではない。
「見つけたら?」
「場所だけ教えてくれ」
「それだけ?」
「ああ」
「捕まえなくていい?」
「必要ない」
「戦わなくても?」
「手を出すな」
即答だった。そこで引っかかって、改めてクロロを見る。
「……何。まだあいつと遊ぶつもり?」
「遊び?」
「ちょっと前に天空闘技場でやり合っただろ」
「ああ」
そこは知っている。
そもそもヒソカは、俺と入れ替わる形で四番の席へ座った男だ。団長へ異様な興味を持っていたことも、後になって知った。
いつか本当に殺し合うんじゃないかとは思っていたし、実際にそうなったと聞いた時は少し驚いた。
「それで?」
クロロは答えない。沈黙は短い。でも、さっきまでの軽口がそこだけ切れた。
「クロロ」
「何?」
「ヒソカと何かあった?」
「以前、戦った」
「それは知ってるって」
「なら、それで十分だ」
なるほど。
こいつ、何か隠してるな。
「相変わらず隠し事多いな、お前」
「お前に言われたくない」
「俺はいつも通りだよ」
「オレもだ」
思わず笑った。
「じゃ、お互い様ってことで」
「ああ」
それ以上は聞かない。クロロが話さないなら、今は話すつもりがないということだ。
俺だって同じことを何度もしてきた。
「もう一つは?」
「カキン王家の宝」
「やっぱり国宝じゃん」
「否定はしてない」
「盗賊だねえ」
「元だろ」
「俺はね」
クロロは何も言わなかった。
「一応言っとくけど」
先に釘を刺す。
「俺、もう蜘蛛じゃないからね」
「ああ」
「旅団へ戻れって話なら断るよ」
「戻れとは言ってない」
クロロは即答した。
「命令でもない。オレ個人から頼んでる」
「目的は旅団と同じでも?」
「同じでも、お前を団員として使うつもりはない」
「なるほど」
それなら話は別だ。
「ヒソカの場所と、国宝について分かったこと」
「ああ」
「見つけたら連絡する。ただし、俺の用事優先」
「構わない」
「ヒソカにも手は出さない」
「それでいい」
「契約成立」
これで、さっき背中を守ってもらった分は返せるだろう。
「じゃあ、俺はそろそろ行くよ」
「ああ」
数歩離れたクロロへ、軽く手を上げる。
「生きてたら船の中でまた会おう」
「縁起の悪いこと言うな」
「お互い様だろ」
「そうかもしれない」
「じゃあね、クロロ」
「ああ」
そのままクロロの姿が、人の流れの向こうへ消えていく。
俺も歩き出す。さっき《円》で拾った下層の構造を、頭の中で組み直す。
上へ行けそうな経路。
人が多い場所。
避けた方がいい区画。
分かったことは少ない。それでも、ゼロではない。
王位継承戦。
俺を除く十四人の王子。
守護霊獣。
ハンター協会。
幻影旅団。
カキンマフィア。
そして、前世で読んだ、この先の物語。
「……いや」
足は止めない。
「もう、知ってる未来とも限らないか」
俺はこの世界で三十年以上生きた。
本来なら存在しなかった人間が、三十年以上だ。いろんな場所へ首を突っ込んで、人と会って、話して、助けて、邪魔して、戦ってきた。
その俺が今さら、
『原作ではこうだったから』
なんて理由で未来を決めつける方がおかしい。
「参考資料、くらいだな」
未来予知じゃない。なら、自分で見て、自分で考えて、自分で決める。
全員を助ける、なんて傲慢なことは言わない。俺にだって、無理なものは無理だ。救える人間と救えない人間が、きっと出てくる。
それでも。
「できることくらいは、やるか」
そして結局、一番放っておけないのは。
「……姉さん」
カミーラ=ホイコーロ。
カキン帝国第二王子。
そして、俺の双子の姉。
傲慢で、我儘で、癇癪持ち。
自分が世界の中心だと思っていて、他人が自分へ従うのも、欲しいものが手に入るのも、自分が王になるのも、全部当然だと信じている。
「ほんと、面倒くさい姉なんだから」
それでも、口元は自然と緩んでしまう。放っておけない。昔から、ずっとだ。
二か月と少し前、俺は王位継承権を捨てた。
自分の顔を自分で傷つけて、王子であることをやめた。
父親と喧嘩した――クロロにはそう言った。嘘は言っていない。
ただ、この傷をつけたのは親父じゃない。俺自身だ。
王になる可能性を、自分の手で切り捨てた。第三王子カイエン=ホイコーロは急逝した。
それで自由になった。
――はずだった。
なのに、自由になった俺が最初にやっていることは、姉を追いかけて王子たちの殺し合いへ密航することだった。
「……ほんと」
笑えてくる。
「何やってんだろうな、俺」
民のために王はいる。そう考えてきた。
王は職務で、国家を回すための機能だ。自分でなくていい。名前が残らなくてもいい。仕組みが残れば、それでいい。
だから王位を捨てたこと自体には、今でも後悔はない。
なのに。
姉さんがいる。それだけで、俺はここにいる。理屈の悪い話だ。
「まあ……今さらか」
返事はない。巨大な船体の奥から、低い機関音だけが響いていた。
俺が初めてカミーラ=ホイコーロに出会ったのは、三十年以上前。
俺と彼女がまだ、生まれたばかりの赤ん坊だった頃のことだ。
そして、あの日。
俺は自分が、とんでもない場所へ生まれ落ちたことを知った。
ウマ娘の方も同一名義(匿名になってない、匿名)で連載してます。そちらも途中で止めないように頑張ります。