転生先が殺し合いを約束された帝国の第三王子だった件 作:冷やかし中華
カミーラの私設兵にフォーカスしてますが、オリ主の私設兵も元不可持民で構成されます。
が、原作カミーラの私設兵は、カミーラ自身が念能力について指導しているような気がするんだけど、どうやって教えたんだろう…
カミーラは、自分の兵が弱いことが気に入らなかった。
もちろん、弱いと言っても、普通の人間よりは強い。
身体を鍛えている。武器も使える。命令にも従う。
中には、兵として十分に使える者もいる。
でも。
「弱いわ」
カミーラは言った。言われた兵たちは、誰も何も返さなかった。
当然だった。第二王子の私設兵として志願した者たちだ。
以前なら入れなかった場所へ、自分たちの意思で来た。
その主であるカミーラが弱いと言うなら、弱い。
少なくとも、口に出して否定する者はいない。
カミーラは、それも少し気に入らなかった。
「本当に弱いと思わないの?」
一番近くにいた男が、困った顔をした。
「殿下の御前では、我々など――」
「カミィの話じゃないわよ」
遮る。
「あなたたちの話」
「……はい」
「強いの?」
男は答えなかった。また少し腹が立つ。
カミーラは、自分の手を見る。《纏》。それはもうできる。
《絶》も。嫌いだけれど、やっている。カイエンがやれと言うからではない。
カミィが必要だと思ったからやっている。そこは大事だった。
最近は、もっと強くオーラを出すことも覚えた。身体へ集める。
見るために目へ集める。最初は面倒だった。今も面倒だ。
何度も同じことをやる意味が分からない。
できるのだから、次へ行けばいい。
そう言うたびに、カイエンは嫌な顔をする。
「できるのと、いつでもできるのは違うよ」
意味が分からない。できるなら、できるでしょう。
でも、カイエンは毎日やる。だからカミーラも、時々やる。
時々で十分だと思っている。それでも、カミーラは自分の兵たちを見る。
王の民。その中でも、王のために武器を持つ者。
王が命じれば戦う。王が命じれば殺す。必要なら、死ぬ。
それなのに。
「弱いまま死ぬなんて、勿体ないでしょう」
兵たちの顔が上がった。
「一人でも多く倒してから死になさい」
沈黙。
「何?」
「……いえ」
「何なのよ」
兵が目を伏せた。
「殿下らしい、と」
「当然でしょう」
褒められたのだと思った。
◆
だから、教えることにした。
「座りなさい」
「はい」
「目を閉じて」
「はい」
十人が同じ姿勢で座っている。全員、言われた通りに動く。
「息を吸って、吐いて」
「はい」
「身体の中にあるものを探しなさい」
全員が黙る。カミーラは待った。それなりに待った。
「どう?」
「……何も」
「あなたは?」
「申し訳ございません」
謝る。この兵たちは、何かあるとまず謝る。
「謝らなくていいわ。あるかないかを聞いてるの」
「……分かりません」
カミーラは眉を寄せた。難しいことは言っていないはずだった。
自分の時は、そうやってできた。目を閉じて、息をして、内側を探す。
そうしたら、あった。それだけだ。
「もう一回」
「はい」
できない。
次の日も。その次の日も。
一週間経った。誰も、何も感じなかった。
◆
「一ヶ月よ」
カミーラは言った。誰も返事をしない。
「一ヶ月やって、誰も開かないの?」
「申し訳ございません」
「だから謝らないで!」
怒鳴った。怒鳴ってから、少し後悔した。この人たちは、毎日来ている。
言われた通り座っている。言われた通り目を閉じている。
怠けているわけではない。それは分かる。分かるのに、腹が立つ。
何に腹が立っているのかも、よく分からない。
◆
「カイエン!!」
「うわ」
庭。朝。
カイエンが振り向いた。《流》をやっていたらしい。
腹の周りのオーラが薄くなって、右腕へ寄る。戻る。
「何」
「来なさい」
「どこに?」
「いいから」
「今、修行中なんだけど」
腕を引く。抵抗はされなかった。
「カミィも修行してるの!」
「へえ」
その言い方も、顔も、気に入らない。
「何その顔!」
「いや。偉いなって」
「当然でしょう」
偉い、と言われたのに、素直に受け取れなかった。
「じゃあ俺いらなくない?」
「いる!」
腕を掴む。
「姉さん、ちょっと」
「来なさい!」
「分かった。分かったから」
「二回言わない!」
少し気分がよかった。
◆
「開かない」
カミーラは言った。カイエンは、並んだ兵を見た。
「何が?」
「精孔」
「全員?」
言い切った。言い切れば、そうなると思っていた。
「全員」
「どれくらいやったの?」
「一ヶ月」
カイエンが止まった。
「姉さん」
「何?」
「一ヶ月で何人開くと思ってたの?」
「全員」
全員に決まっている。そう答えて、何がおかしいのか分からなかった。
「……なるほど」
「何よ」
「いや」
「その顔やめなさい」
「姉さん、自分は何日だった?」
カミーラは口を開いて、閉じた。正確には覚えていない。
やったり、やらなかったりしていたからだ。
ただ、一ヶ月毎日やったことは、たぶん一度もない。
「……忘れたわ」
「俺は三日」
「知ってるわよ」
三日で開いた。だから三日が普通だと思っていた。
「三日は、おかしいんだって」
「何が?」
「先生に聞いた話だと、普通なら何ヶ月もかかる。人によっては一年以上」
「一年!?」
一年。カミーラが鍛錬を続けた最長記録より、ずっと長い。
「毎日、何時間もやって、それでも」
「そんなの誰がやるのよ」
「俺たちがやったんだよ」
カミーラは黙った。兵たちも黙っていた。
誰も、一年という言葉に驚いていなかった。
驚いていたのは、カミーラだけだった。
◆
「じゃあ、早く開ける方法はないの?」
その日の夕方。カミーラは聞いた。
「あるよ」
「あるじゃない」
「念能力者が、外からオーラを浴びせる」
「やりなさい」
即答された。こういう時のカイエンは、何を言っても引かない。
「嫌だ」
「何で?」
「失敗したら壊れる」
「壊れないようにやりなさい」
「そういう話じゃない」
カイエンは首を振った。
「浴びせる側が加減を間違えたら、相手が死ぬ」
死ぬ、という言葉を、こんなに軽い声で言う。
「カイエンが間違えるの?」
「間違えないつもりだよ。でも、受ける側の身体は全員違う」
「じゃあ強い人からやればいいでしょう」
「誰が強いか、まだ分からない」
カミーラは、それが少し気に入らなかった。
できる方法があるのに、やらない。
それは、できないのと同じではないのか。
「一人でも死んだら?」
カミーラは答えなかった。答える必要を感じなかった、と言った方が近い。
「姉さん、その人の代わりに誰か連れてくる?」
「連れてくるわ」
「じゃあ、死んだ人は?」
答えなかった。答えたくなかった。
「時間がかかるだけだよ」
カイエンが言った。
「かかるだけなら、かければいい」
「遅い」
遅い。それだけは譲れない。
「うん」
「最悪」
「うん」
腹が立った。
◆
次の日から、カイエンが来た。正式に頼んでいない。でも、来た。
最初にやったのは、修行ではなかった。
「やってみてもらえますか」
「はい、殿下」
兵が目を閉じる。呼吸。しばらく。
カイエンが見ている。カミーラも見ている。何も起きない。
「一回やめてください」
「はい」
「今、どこが疲れてます?」
兵が少し戸惑った。
「肩が」
「両方?」
「右が、少し」
肩が痛いなど、誰も言い出さなかった。
「昨日も?」
「はい」
何を聞いているのか、カミーラには分からなかった。
「武器は?」
「槍を」
「利き手は右?」
「はい」
肩のあたりを、一度も触らずに言った。
「じゃあ今日は座るのやめます」
「は?」
カミーラが言った。兵も同じ顔をした。
「何で?」
「肩が疲れてるから」
「それだけ?」
それだけで修行をやめさせる。カミーラなら、やらせる。
「それだけ」
「修行でしょう?」
「だから」
カイエンは次へ行った。
「あなた、走るの得意ですか」
「はい」
「どれくらい?」
聞く。また聞く。その次。
「あなたは?」
「剣を少々」
「少々ってどれくらい?」
「十年ほど」
十年。カミーラが念について修行してきた年数より長い。
「それ少々じゃないですよ」
次。
「怖いですか?」
「何が、でございましょう」
「念」
止まる。
「……少し」
「じゃあ今日は見るだけでいいです」
「カイエン」
「何?」
「何してるの?」
「見てる」
座ったまま、もう半刻も動いていない。
「何を?」
「この人たち」
「教えるんでしょう?」
「その前に」
カイエンが振り返った。
「姉さん、この人たちのことどれくらい知ってる?」
「カミィの兵よ」
「それは知ってる」
「なら何よ」
得意なことなど、聞いたことがなかった。
「何が得意か」
「戦うこと」
「全員?」
「兵でしょう?」
「姉さん」
その言い方。少し腹が立った。
◆
その日は、結局、誰も座らなかった。
走らせた。歩かせた。武器を持たせた。
持たせない者もいた。目を閉じさせた。音を聞かせた。
何人かには。
「殴ります」
と言って、本当に殴った。
「何してるのよ!」
「反応見てる」
「先に言いなさい!」
言われた覚えはない。たぶん、言われていた。
「言ったよ」
「そういう意味じゃない!」
兵たちは少しだけ笑った。カミーラが見ると、すぐ黙った。
それも、何となく気に入らない。
◆
三ヶ月目に、一人開いた。
「殿下」
「何」
「何か、あります」
「何か?」
兵の声が裏返った。
「分かりません。でも、さっきまでと違います」
カイエンが飛んでいった。カミーラより早かった。
それも面白くなかったが、後で考えることにした。
「動かないでください」
「はい」
「今、身体の周りに何かありますか」
「……はい」
兵の声が震えている。カイエンの声は変わらない。
「熱いですか」
「いえ」
「冷たい?」
「そうでもなく」
「じゃあ、あるだけですね」
「はい」
カイエンが少し笑った。
「開きました」
兵の顔が、ゆっくり変わった。周りの兵たちも見ていた。
誰も何も言わなかった。カミーラは、その様子を見ていた。
三ヶ月。自分は覚えていないが、たぶんもっと短かった。
カイエンは三日だった。この人は三ヶ月かかった。
なのに、この場にいる全員が、その三ヶ月を長いと思っていない。
むしろ。
「私もできるでしょうか」
誰かが言った。
「できるかもしれません」
カイエンが答えた。
「いつ?」
「分かりません」
「殿下でも?」
「分かりません。人によるので」
その返事に、誰も文句を言わなかった。カミーラなら、腹を立てている。
◆
半年経つ頃には、数人が《纏》を練習していた。全員ではない。
まだ何も感じない者もいる。その差が、カミーラには不思議だった。
同じ場所で、同じことを、同じだけやっている。なのに、違う。
「肩の力抜いて」
カイエンが言う。
「抜いております」
「抜けてないです」
抜く、という言葉で通じる相手と、通じない相手がいる。
「はい」
「もっと」
「はい」
抜けていない。カイエンが困った顔をした。珍しい。
「えっと」
「はい」
「力を、入れないでください」
「はい」
カイエンの説明が、珍しく下手だった。
「入れないというか、抜くというか」
「……はい」
全然だった。その時、横にいた別の兵が言った。
「腕じゃなくて、指から抜く感じです」
抜けた。カイエンが止まった。
「……今の方が分かりやすかったですか」
「はい」
三人くらいが同時に頷いた。カイエンが黙る。
「……そうか」
カミーラは、それを見ていた。カイエンが、誰かに教わっていた。
自分の兵に。それが何なのか、うまく言葉にできない。
ただ、少しだけ、変な感じがした。
◆
夕方。カイエンは紙を広げていた。
「これ」
「何?」
「分けた」
「何を?」
紙の上で、十人が三つの固まりに分かれていた。
「人」
「何で?」
「違うから」
「全員カミィの兵よ」
全員同じでなければ困る。数えられなくなる。
「そうじゃなくて」
紙。指。
「この人は身体がいい」
「でも開いてないわよ」
「今はね」
別。
「この人はオーラを感じるのが早い」
「弱いでしょう」
「身体が弱い」
「じゃあ駄目じゃない」
駄目、と言った自分の声が、少し早すぎた気がした。
「鍛えればいい」
「面倒」
「うん」
次。
「この人は?」
「怖がり」
「駄目」
「でも観察はすごくいい」
「何が?」
殴ったのか。聞いていない。
「俺が殴る前に三回避けた」
「四回目は?」
「当たった」
「駄目じゃない」
「姉さん」
カイエンが笑った。
「全部できる人を探してるわけじゃないよ」
「何で?」
「全部できる人なんて、そんなにいないから」
できる。それは本当だ。
「カミィはできるわ」
「うん」
「カイエンも」
「……うん」
「じゃあいるでしょう」
カイエンが黙った。
「何?」
「姉さん」
「何よ」
「俺たちを基準にしない方がいいかもしれない」
「何で?」
基準にしない、の意味が分からなかった。
「多分」
少し。
「おかしいから」
「誰が?」
「俺たち」
カミーラは眉を寄せた。
「一緒にしないで」
「そこ?」
「カミィは普通よ」
「そうだね」
「その返事何!」
腹が立った。
◆
それから、カイエンは全員へ同じことを言わなくなった。
「あなたは続けて」
「あなたは今日は終わり」
「何故でございますか」
「集中切れてるから」
まだできる、と言った兵の手が震えている。
「まだできます」
「できるのと、やった方がいいのは別」
カミーラは、その言葉を知っていた。聞いたことがある。何度も。
次。
「あなたは今日は走って」
「念の修行は?」
「なし」
兵が食い下がった。カイエンの前では、誰も引き下がらない。
「何故です」
「足が弱い」
「殿下」
「足」
「……はい」
次。
「あなたは走らなくていい」
「はい」
「座るだけ」
次。
「今日は武器」
「念は?」
「その武器の方が先」
次。
「あなたは」
止まる。
「何もなし」
「え」
「寝てください」
「殿下」
寝ろと言われて困る顔を、カミーラは初めて見た。
「寝る」
「ですが」
寝かせてどうするのか、分からない。
「姉さん」
「何よ」
「この人、昨日夜番だった」
「だから?」
夜番の表まで覚えている。
「寝かせる」
「修行は?」
「寝るのも修行」
「嘘」
「先生も言ってた」
それを出されると、少し弱い。
「……じゃあ寝なさい」
「は」
「早く!」
「はい!」
兵が走っていった。
「何で走るの」
「姉さんが怖いからじゃない?」
「失礼ね」
少しして、カミーラは言った。
「カイエン」
「何?」
「あなた、先生みたい」
カイエンが嫌そうな顔をした。
「やめて」
「本当だもの」
「やめてって」
「怒られてばっかりだったのにね」
「今それ言う?」
カミーラは笑った。言ってから、少し面白くなかった。
あの小さな女は、一年間ここにいた。毎日カイエンといた。
カミーラの知らないことを、たくさん教えていった。
そして今、カイエンはその真似をしている。
悪いことではない。悪いことではないのに、なぜか、胸の奥が少し重い。
◆
最初に《纏》が安定したのは、カミーラが一番早いと思っていた者ではなかった。
身体も特別強くない。武器も普通。
開いたのも、三ヶ月目ではなく、その後だった。
ただ、毎日、同じことをやった。言われた通り。
崩れたら戻る。できても戻る。また、やる。
「できたわね」
カミーラが言う。
「はい」
兵が嬉しそうにした。悪くない。
カミィの兵なのだから、できるようになるのは当然。
その横で。
「右肩」
カイエンが言った。兵が直す。
「まだ厚い」
また。
「今」
「はい」
「それ」
できた。兵がカイエンを見る。
「ありがとうございます、第三王子殿下」
「俺じゃなくて、あなたがやったんですよ」
カミーラは、少し面白くなかった。
◆
理由は分からない。カイエンが役に立っている。いいことだ。
カミィの兵が強くなる。もっといい。
それなのに。
兵たちは、だんだんカイエンを見るようになった。
「殿下」
「これでよろしいでしょうか」
「昨日より良いです」
「こちらは?」
三方向から同時に呼ばれている。
「ちょっと待って」
「第三王子殿下」
「はい」
「この場合は」
カイエン。カイエン。カイエン。
「うるさい!」
全員が止まった。カイエンも。
「何?」
「何でもない!」
「え」
「続けなさい!」
「はい」
誰に言ったのか、自分でもよく分からなかった。
◆
ある日、カイエンが一人の兵を呼んだ。最初に《纏》が安定した者。
「明日から」
「はい」
「三人見てください」
カミーラが振り向いた。
「何?」
兵も。
「私が、でございますか」
「はい」
「何で?」
カミーラが聞く。
「できるから。この人が一番、人の身体を見てる」
カイエンがやればいい。それ以外の答えを、カミーラは持っていない。
「カイエンがやればいいでしょう」
「俺、ずっと来られないし」
「来なさい」
「仕事あるよ」
「カミィの兵でしょう」
「姉さんの兵だよ」
同じことを言っているのに、同じではなかった。
「だから来なさい」
「何で俺が」
「教えてるじゃない!」
「今はね」
嫌な言い方。
「この人、もう基本なら見られる」
「カイエンの方が上手いでしょう」
「そりゃ俺の方が長いから」
「ならカイエンがやればいいじゃない!」
声が少し大きくなった。兵たちが見る。カミーラは、それにも腹が立った。
「姉さん」
「何よ」
「教えられる人を増やした方がいい」
「何で?」
「俺一人が十人見るより、この人が三人見て、その三人がまた誰か見られるようになった方が増えるから」
増える話をしているのに、カイエンが減る話に聞こえた。
「別に増えなくていいわ」
「兵、増やすんでしょ?」
「増やすけど」
「じゃあ必要でしょ。増える分だけ、教える人も要る」
「カイエンも必要よ!」
言ってから、少し変だった。カイエンも何も言わなかった。
「……何よ」
「いや」
「何?」
「分かった」
「何が?」
来る、と言った。言ったのに、安心しなかった。
「来られる時は来る」
「当然でしょう」
「でも、この人にも教えてもらう」
「何でよ!」
カイエンが引かない。珍しい。
「そこは譲らない」
「カイエン!」
「姉さん」
「何!」
「この人、向いてる」
カイエンは兵を見る。
「カイエンより?」
カミーラが聞いた。
「そこ比べる?」
「比べる」
「この人は、俺より経験はない」
「じゃあカイエン」
「でも」
カイエンが少し笑った。
「でも、俺より待てる」
カミーラが止まった。
「何それ」
「俺、開くまで三日だったから」
「カミィも早かったわ」
早かった。それは誇っていいはずだった。
「うん」
「この人は?」
「三ヶ月より後です。急がなかったから、開いた時に崩れなかった」
兵の顔が少し固まる。
「悪い意味じゃないですよ」
「……はい」
「できなかった時間が長いから、できない人がどこで困るか分かる」
カミーラは兵を見る。カイエンを見る。
「そんなの」
口にする。
「遅い方が得ってこと?」
「場合によっては」
「変なの」
「うん」
「カミィの方が才能あるのに」
「うん」
否定されない。それも気に入らない。
「カイエンも」
「うん」
「なのに?」
「教えるのは別かもしれない」
また、カミーラの知らないことを、カイエンが知った。
それが何故か、少し嫌だった。
◆
それから、カイエンはますます全部を見なくなった。
最初に三人。次に、その三人の中からまた一人。
身体を教える者。武器を見る者。《纏》を見る者。
カイエンが。
「この人はこっち」
と決める。でも、途中から、それすら。
「自分で決めていいですよ」
と言うようになった。
「何で?」
カミーラが聞く。
「俺が全部決めてたら、俺いなくなった時困るから」
また、それ。
「いなくならなければいいでしょう」
「そういう意味じゃないよ」
「どういう意味よ」
「毎日ここにいるわけじゃないってこと」
「来ればいい」
本当は、来られないことくらい知っている。
「姉さん」
「何」
「俺にも仕事ある」
「減らしなさい」
減らせばいい。減らせない理由を、カミーラは聞いたことがなかった。
「無茶言うなあ」
「カミィの兵よ」
「知ってる」
「なら」
「だから」
カイエンは兵たちを見る。
「姉さんの兵だけで回るようにした方がいい」
正しい。多分、正しい。それが余計に腹立たしかった。
◆
カミーラは、少しずつ強くなった。
《纏》、《絶》、《練》、《凝》。
まだ、カイエンほど細かくはない。でも、量なら負けている気はしない。
「雑」
「何よ!」
「多いけど雑」
「多いならいいでしょう!」
量なら誰にも負けない。それだけは分かっている。
「駄目」
「何で!」
言い方が短くなる時は、本気だった。
「漏れてる」
「漏れてない!」
「漏れてる」
「どこ!」
「左肩」
見る。少し漏れている。
「……今直したわ」
「うん」
「できたでしょう」
「うん」
「じゃあ次」
「もう一回」
「何でよ!!」
兵たちが笑いを堪えた。カミーラが見る。全員、顔を逸らした。
「見たわよ」
「何も」
「笑ったでしょう」
「滅相もございません」
兵の肩が揺れている。
「カイエン!」
「何で俺!?」
「何とかしなさい!」
「どうしろっていうの!」
うるさい。
でも、悪くなかった。
◆
カミーラの兵は、まだ強くなかった。少し強くなっただけ。
念を覚えた者も、ほんの一部。覚えられない者もいる。遅い者も。
途中で別の訓練へ移った者も。カミーラは最初、それが気に入らなかった。
今も少し気に入らない。
でも、ある男は念より剣の方が強く、ある女は身体は弱いけれど人の変化を見るのが上手い。
何度やっても遅い者もいて、その代わり、誰よりやめない。
カイエンは、そういうものを一つずつ見ていた。
カミーラには、最初、全部が弱いに見えていた。
カイエンには違って見えていたらしい。それも少し面白くない。
そして、少しだけ誇らしい。
カミィの弟なのだから、それくらいできて当然。そう思う。
なのに、兵たちが。
「第三王子殿下」
と呼ぶたび、胸の奥へ小さなものが沈む。一つ。また一つ。
何なのか、カミーラにはまだ分からなかった。
◆
最近、カイエンには時々、変な時があった。他の誰も気づいていない。
多分、カミーラだけだった。いつも通り笑う。いつも通り話す。
食事もする。修行もする。仕事の話もする。
でも、ほんの少しだけ、止まる。
紙を読む指が、止まる。
誰かが何気なく口にした地名に、返事が一拍遅れる。
王宮の古い記録を読んでいる時、見たことのない言葉が並んでいた。
謝肉祭。祭孤児。処理施設。二線者。肉。
意味は知らない。言葉そのものは、カミーラにはどうでもよかった。
でも、カイエンにはどうでもよくない。それだけは分かった。
「カイエン」
「何?」
「それ何?」
カイエンが紙を伏せた。
「仕事」
「見れば分かるわよ」
「じゃあ聞かなくていいじゃん」
「そういう意味じゃない!」
カイエンが笑う。いつもの笑い方だった。だから、余計に腹が立った。
「何を調べてるの?」
「まだ調べてないよ」
「嘘」
カイエンが止まった。本当に、少しだけ。
「何で?」
「カイエンだから」
「答えになってない」
「なってるわよ」
カミーラには分かる。
カイエンは、困っている時と、考えている時と、隠している時で、少しだけ違う。
どこが、と聞かれても分からない。昔からそうだった。
二人で庭を走っていた頃から、カイエンが何かを言わない時の顔だけは、なぜか見分けがついた。
でも、分かるのはそこまでだ。何を言わないのかは、分からない。
「カミィに言えないこと?」
「そういうわけじゃない」
「じゃあ言いなさい」
「まだ言うことがないんだよ」
ない、と言う時のカイエンは、目を逸らさない。だから厄介だった。
「あるでしょう」
「ない」
「ある!」
「姉さん」
「何よ!」
「今は、ない」
今は。その言い方が嫌だった。
「じゃあ、いつ?」
「分からない」
「何で?」
「分からないから」
「カイエン!」
名前を呼んでも、カイエンは困ったように笑うだけだった。
それが一番、腹が立った。
◆
それから、似たことが何度かあった。
外から届いた封書。古い地図。名前の消された名簿。
王宮では使わない形式の数字。カイエンは見て、しまう。
時々、誰かへ手紙を出す。時々、外へ行く。帰ってきても、何も言わない。
「どこ行ってたの?」
「仕事」
「何の?」
「色々」
色々。この半年で何度聞いたか分からない。
「色々って何よ」
「色々」
「カイエン!」
聞けば答える。でも、答えていない。そんな返事ばかりになった。
カミーラには、それが分かった。分かるから、余計に腹が立った。
兵たちは、カイエンに聞けば教えてもらえる。
《纏》のことも、身体のことも、武器のことも。できない理由まで。
カイエンは一人ずつ見て、待って、教える。
なのに。
カミーラが聞いていることだけ、教えない。
カミィの方が、ずっと前からカイエンを知っているのに。
生まれた時から、ずっと。
それなのに。
「……何なのよ」
誰にも聞こえない声で言った。
何が腹立たしいのか、カミーラにはまだ上手く言えなかった。
◆
「姉さん」
「何?」
「明日、来られない」
「何で?」
来られない日が、月に三日から六日になった。
「仕事」
「何の?」
「外」
「どこ?」
「まだ決まってない」
決まっていないのではない。言わないだけだった。
「なら断りなさい」
「何で」
「修行あるでしょう」
「もう俺いなくてもできるよ」
カミーラは黙った。また、それだった。
「誰が?」
「みんな」
「カミィは?」
「姉さんも」
自分も数に入っていた。
「カミィはできるわよ」
「うん」
「兵も?」
「基本なら」
「じゃあ」
言いかける。なら、いい。
カイエンがいなくても、カミィの兵なのだから、カミィがいる。
それでいい。そう言えばいい。
本当に聞きたいのは、そこではなかった。
何をしているのか。
何を知ったのか。
どうしてカミィに言わないのか。
どれも、口にすれば答えが返ってくる。
答えているのに、答えていない、あの返事が。
だから聞かない。
なのに。
「……いつ帰るの?」
違う言葉が出た。カイエンが少しだけ目を丸くした。
「夕方」
「遅い」
「日帰りだよ」
日帰りでも遅い。そういうことにした。
「遅い」
「じゃあ早く帰る」
「最初からそうしなさい」
「はい」
それで、少しだけ胸の奥が軽くなった。何でかは知らない。
知る必要もない。最近、カイエンが外へ出る仕事は少しずつ増えている。
王子なのだから当然だ。カミーラにも同じだけ仕事がある。
だから、当然。
当然なのに、数えている自分に気づいて、やめた。
カミィの兵は、もっと強くなる。カミィも、もっと強くなる。
カイエンは、必要なら来ればいい。
それだけ。
それだけなのに、カミーラは次の日、いつもより少し早く庭へ出た。
昨日のは、所詮、売り言葉に買い言葉で、正直大人気ない反応をしたと思ったけど、あのような失礼な対応をされてなお、黙っていることができなかった不明を恥じる所存です。
アレを見て無関係な方々にも不快な思いをさせてしまったかと思うと、本当に申し訳ない。(低評価がふえた…ふえた…)
ただ言い訳をさせてもらうと、感想欄に寄せられた内容に合わせただけで「タグ」も「あらすじ」も読まずに突っ込んできたクソガキに対して、聖人君子でいられるほど私の器は大きくない、ということでした。
で、思い出したのが過去に連載してたものを休載したときも同じような感じだったなあということ。そう考えると、人間の根というのはなかなか変えられないものだね。
校正待ちのストックはあると書いたけど、途中で止まったときは察してクレメンス…
はあ、つらい。