転生先が殺し合いを約束された帝国の第三王子だった件   作:冷やかし中華

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ハンター試験編です。
少し長くなります。


008_01_王子なので、ハンターになることにした

「国王陛下がお呼びです」

 

 そう言われた時、最初に思ったのは、どれだろう、だった。

 

 

     ◆

 

 

 心当たりなら、ある。

 ありすぎる。

 不可持民。特区。古い王家の記録。謝肉祭。祭孤児。処理施設。二線者。肉。

 最後の二つについては、まだ俺自身、分かったとは言い難い。分からないから調べた。

 調べるつもりはなかったのに、別のものを追えば、別の記録から顔を出した。

 一度閉じた箱が、別の棚を開けたら底で繋がっていた。そんな感じだった。

 それ以外にもある。役所へ資料を出させた。地方の古い記録を閲覧した。いくつかの施設を視察した。

 姉さんの事業へ回した予算の流れもあるし、国外の資料も取り寄せている。最近は、王宮の外へ出る回数も少し増えた。

 昨夜も遅かった。

 地方から取り寄せた綴りを三冊読んで、最後の一冊の途中でやめた。

 やめた理由は内容ではない。文字を追っているのに、頭が勝手に別のことを考え始めたからだ。

 そういう時は読むのをやめて、庭へ出る。

 《練》。限界の少し手前まで上げて、そのまま維持する。落とす。休む。

 《隠》。輪郭が滲まない限界まで薄くして、また戻す。

 《円》。半径を絞る。狭く、濃く。畳む。もう一度、《練》。

 何度かやると、そのうち何も考えられなくなる。考えられなくなってから寝る。

 鍛錬としては悪くない。目的としては、多分、少しずれている。

 今朝、身体が重かった。熱はない。はずだ。

 どれか。あるいは、全部かもしれない。

 

「いつ?」

「陛下がお待ちです」

 

 今らしい。

 

「分かった」

 

 立ち上がり、机の上に広げていた紙を閉じた。急いで隠すような真似はしない。急いで隠した、という情報が残るからだ。

 普通に閉じる。

 普通に立つ。

 普通に歩く。

 呼吸。

 変わらない。

 《纏》。

 変わらない。

 薄く、均一に、いつも通り。先生に何度直されたか分からない右肩も、今は厚くない。多分。

 

 

     ◆

 

 

 王の居室は、王子の区画から遠い。

 中庭を二つ抜けて、回廊を三つ渡って、階段を一つ上がる。

 途中で何人かとすれ違った。

 使用人が壁際へ寄って頭を下げる。衛兵が姿勢を正す。書類を抱えた文官が足を止めて道を空ける。

 全員、同じ角度で頭を下げる。

 誰も俺の顔を見ない。見ているのは第三王子だ。俺ではない。

 子供の頃はそれが不思議だった。今は、そういうものだと分かっている。

 分かっているのと、慣れているのは、少し違うが。

 回廊の窓から下を見ると、通用門のあたりに役所の車が停まっていた。

 国の役人だ。予算の綴りを運んでくる。会計年度の切れ目が近い。

 この国には議会があって、行政があって、司法がある。俺が生まれる少し前に、そういう形になったらしい。

 外から見れば、カキンは普通の国だ。

 王宮の中だけ、まだ別の暦で動いている。

 その二つは、この廊下一本で繋がっている。

 毎日、両側から人が来る。そして、両側が互いを見ないようにしている。

 俺は、その真ん中を歩いて父上に会いに行く。

 

 

     ◆

 

 

 国王の居室へ入るのは初めてではない。でも、好きな場所でもなかった。

 広い。

 豪華。必要以上に。

 天井が高い。柱が太い。床の石が一枚ごとに違う色をしている。どこかから運ばせたのだろう。

 窓は大きいのに、外がよく見えない位置に机が置いてある。

 王が王であることを、部屋そのものが主張している。俺たち王子の部屋も十分おかしいのだから、その上がある。

 人間、慣れるものだな。

 

「第三王子カイエン殿下がお見えになりました」

「入るホ」

 

 扉が開く。ナスビ=ホイコーロ。俺の父親であり、カキン国王。

 そして、その後ろ。

 いる。

 今日も。

 何度見ても、趣味が悪い。いや、本人がデザインしたわけではないのだろうから、趣味と言ったら可哀想かもしれない。

 でも、やっぱり趣味が悪い。異形の念獣が、国王の背後へ張りつくように存在している。

 見えていないふりをする。今まではそうしてきた。

 

「座るホイ」

「失礼します」

 

 座る。父上は笑っていた。いつもの顔だ。

 侍従が茶を置いて出ていく。俺の分と、父上の分。湯気の立ち方が違う。

 温度が違うのか、置かれた時刻が違うのか。多分、後者だ。

 俺が来る前から、この人はここに座っていた。

 この人は大体笑っているから、分かりづらい。

 

「久しいホイな」

「そうですね」

「忙しいホ」

「それなりに」

 

 世間話から入る時ほど、用件は重い。

 

「王子ともなれば忙しいのは良いことだホイ」

「暇よりは」

「そうか」

 

 壁の時計が鳴った。ここへ入ってから、まだ二分も経っていない。

 雑談ではない。少なくとも、この人が俺一人をわざわざ呼び出して、最近忙しい? だけで終わるとは思っていない。

 待つ。先に口を開く必要はない。父上が俺を見る。

 顔。目。肩。多分、オーラも。

 この人がどれくらい念を使えるのか、俺には分からない。ただ、見えているものは見えているのだろう。

 この人の前に座る王子は、俺で何人目だろう。

 兄さんも姉さんも、この部屋のこの椅子で、同じように見られたはずだ。

 どんな顔をして出てきたのかは、聞いたことがない。

 

「カイエン」

「はい」

「何故呼ばれたか」

 

 来た。

 

「一番心当たりがあるのは、お前だと思うのだホイ」

「さあ」

 

 笑う。

 

「何のことでしょうか」

 

 父上の目が、少し細くなった。俺は何もしない。

 呼吸、そのまま。膝の上の手、そのまま。

 視線、逸らさない。

 《纏》、変えない。

 何のことでしょう。

 それだけだ。本当に何のことか確定できないのだから、嘘でもない。

 

「心当たりがないホ」

「呼び出されるようなことでしたら、いくつかあります」

「いくつもあるホイ」

「王子なので」

「便利な言葉だホイ」

「便利ですよ」

 

 父上は笑った。俺も笑った。しばらく、何も言わない。

 茶に手をつけない。父上もつけない。二つの湯気が、同じ速さで細くなっていく。

 先に痺れを切らすつもりはない。どうせ時間なら、向こうの方が高い。

 

 

     ◆

 

 

「不可持民の件は」

 

 話題を父上が変えた。

 

「上手くやったホイ」

 

 あ。それ、本題じゃないな。

 

「ありがとうございます」

「カミーラも、随分と熱を入れているようだホイ」

「姉さんの事業ですから、名前も成果も姉さんのものです」

「始めたのは、お前だと聞いているホイ」

「調べ始めたのは俺です。続けているのは姉さんです」

「同じではないホ?」

 

 同じにしたくないから、分けて言っている。

 

「今、動かしているのは姉さんです」

「お前も関わっている」

「手伝うことはあります」

「随分と軽い言い方だホイ」

「重く言った方がいいですか?」

「いや」

 

 父上はまた笑った。

 

「面白いホイ」

「何がです?」

「功績は欲しくないホ?」

「別に」

「王子が?」

「王子だからですよ」

 

 言ってから、最近これ多いな、と思った。まあ、便利だから仕方ない。

 この言葉は、先生の前では封じられていた。使うたびに脛を蹴られたからだ。

 王宮へ戻ったら、また普通に使っている。便利なものは、結局、戻ってくる。

 

「姉さんが王になるなら、姉さんの名前で残った方がいい」

 

 父上の目が止まった。ほんの少し。

 

「カミーラを王にするつもりだホイ?」

 

 聞き方は軽い。でも、答え方を間違えると面倒そうだ。

 

「姉さんがなりたいなら」

「カイエンは違うホイ?」

「今のところ、特には。なりたい人がいるなら、その方が早い」

 

 嘘ではない。全部でもない。

 

「王になりたくない王子」

「珍しいですか?」

「珍しいホイな」

「そうですか」

「だが、その言葉は他所では口にしない方がいいホイ」

「父上の前では?」

「ワシは今、聞いているだけだホイ」

 

ナスビが椅子へ深く座った。

 

「王になりたいかどうかと、王になる資質があるかどうかは、別の話だホイ」

「それは」

 

 少し考える。

 

「そうでしょうね」

「否定しないホイ?」

「俺に王の資質があるとは言ってませんよ」

「ワシもまだ言ってないホイ」

 

 嫌な会話だな。お互いに、言っていないことの方が多い。

 

 

     ◆

 

 

 でも、不可持民の件ではない。ここじゃない。

 俺は父上を見る。

 その後ろ。

 念獣。

 ずっといる。隠す気も、多分ない。見えない相手には、隠す必要もないからだ。

 形は、生き物のようで生き物ではない。輪郭が一定しない。

 背中側の何かがずっと動いているのに、位置だけは変わらない。

 見ていると、こちらの目の焦点が合わなくなる。

 だから普段は見ない。見ないと決めておけば、見えていても処理しなくて済む。

 なら、一枚だけ出していいか。

 

「てっきり、後ろのそれで俺を消すのか」

 

 一拍。

 

「それとも。親子の縁でも切られるのかと思ってました」

 

 笑ったまま、父上が黙った。後ろの念獣は動かない。

 いや、もともと気持ち悪いくらい動いている部分はある。でも、俺の言葉へ反応したかは分からない。

 父上はしばらく俺を見ていた。

 

「見えるホ?」

「何がです?」

「ワシの後ろにあると言ったものだホイ」

「父上には見えないんですか?」

「さてな」

 

 父上は声を立てて笑った。

 

「なるほど」

 

 何が、なるほどなのかは聞かない。俺は見えている。それだけ伝えた。

 守護霊獣という名前を知っているとは言っていない。継承戦と関係があるとも、壺、王子、その先、何ひとつ口にはしない。

 

「安心するといいホ」

「安心?」

「これでお前を消すことはできないホイ」

「できない?」

「そういうモノだホイ。ワシが望んだからといって、何でも好きにさせられるものではない」

「へえ」

 

 知らなかった。いや、似たような制約がある可能性は考えていた。でも、父上本人の口から聞けたのは大きい。

 できないことがある、というのは、そのモノに条件があるということだ。

 条件があるなら、いつか誰かが数えられる。

 今日は数えない。

 顔には出さない。

 

「親子の縁の方は?」

 

 聞く。父上がまた笑った。

 

「そちらは、また別のお話だホイ」

「そうですか」

 

 覚えておこう。何となく、嫌な言葉だから。

 

「それにしても」

「はい」

「お前を少し、見誤っていたホイな」

 

 見誤っていた、を本人の前で言う。

 

「褒められてます?」

「好きに受け取るといいホイ」

「じゃあ褒め言葉にしておきます」

「そうするホイ」

 

 何を見誤っていたのか、聞かない。頭がいい、とは多分違う。

 俺が何をしてきたかを知らないわけではないだろう。不可持民の件も、もっと前の仕事も、報告くらいは上がっている。

 なら多分、今、何も渡さなかったこと。そっちだ。

 そして向こうも、何も渡していない。

 謝肉祭。

 言わない。

 祭孤児。

 言わない。

 処理施設も、二線者も、肉も、一つも言わない。

 つまり、俺がどこまで知っているかは、まだ分からない。

 

 

     ◆

 

 

「それで」

 

 聞く。

 

「俺をどうしますか。呼ばれた理由が、まだ分かっていません」

「どうもしないホ」

 

 すぐだった。

 

「……何も?」

「何もだホイ」

「調べるな、とか」

「言わないホ」

 

 一つずつ投げて、全部避けられている。

 

「資料を返せ、とか」

「ワシの資料を盗んだホイ?」

「いいえ」

「なら、返すものもないホイな」

「外へ出るな、とか」

「言わないホ」

 

 変だ。もっと何かあると思っていた。

 警告。制限。

 せめて釘くらい。

 何もないというのは、こちらの手札が読めていないということでもあるし、読んだ上で不要だと判断したということでもある。

 どちらかは、分からない。

 

「やりたいようにやるホ」

「いいんですか?」

「お前の目で見て。お前の頭で考えて。お前がやりたいようにやればいいのだホイ」

 

 優しい言葉だ。言葉だけなら。だからこそ、全然優しく聞こえない。

 

「その結果も?」

「当然、カイエンのものだホイ」

 

 ナスビは笑う。

 

「それもカイエン、お前自身が背負うものホイ」

 

 ああ、そういうことか。自由ではない。これは多分、観察だ。続きを見られている。

 俺がどこまで行くのか。

 何を見るのか。見たものをどうするのか。

 止めるより、泳がせた方が分かる。俺ならそうする。嫌だな。似てるところがある。

 止められた方が楽だった、と一瞬思って、その考えを畳んだ。

 止めてもらいたいなら、最初から許可など取りに来ない。

 

 

     ◆

 

 

「王は」

 

 父上が不意に言った。

 

「目の前の一人だけを見てはいられないホイ」

 

 俺は少し黙った。

 

「だから」

 

 聞く。

 

「見なくていい人がいる?」

「逆だホイ」

 

 即答だった。

 

「全部を見るから。その中から選ばなければならないのだホイ」

 

 胸の奥に引っかかった。聞いたことのある言葉ではない。でも、知っている。

 一つを選ぶということ。

 選ばなかったものが、できる。

 去年、俺は一つ選んだ。調べないことを選んだ。

 選ばなかった方は、今もどこかに残っている。名前も、数も、分からないまま。

 この人はそれを毎年、何十回もやっているのだろう。

 慣れるものなのか。慣れたら、それはもう別のものだ。

 

「一人を救うために国を捨てる王は、王の器ではないホ」

「国を救うためなら、一人は捨てる?」

「必要なら」

 

 やっぱり、そう答えるか。

 

「十人なら?」

「それも必要なら」

「百人」

「同じだホイ」

「一万人」

「数で答えが変わるなら、最初から王の判断ではないホ」

 

 笑っている。でも、冗談ではない。この人は本当にそう思っている。

 そして多分、正しい部分がある。

 国という単位で人を数えれば、一人を助けるために百人が死ぬ選択は実際に存在する。

 俺はその数え方を知っている。知っているから、嫌なのだ。

 

「怖いですね」

「そうホイ?」

「はい」

「お前も、そのうち分かるホイ」

「分かりたくないですね」

「それも好きにするといいホ」

 

 少し嫌だった。何が、とは上手く言えない。ただ、この人の言っていることを全部間違いだと即座に切れなかった。

 それが嫌だった。

 だから、話を変えることにした。

 

 

     ◆

 

 

「では、俺からも一つ。お願いがあります」

 

 頼む形を取るのは、たぶん十年ぶりだ。

 

「珍しいホイな」

「そうですか?」

「お前は頼むより、勝手に準備してから報告する方だホイ」

「そんなことないですよ」

「あるホ」

「……まあ」

 

 否定しづらい。

 

「言ってみるホイ」

 

 先を促されて間髪入れずに口を開いた。

 

「ハンター試験を受けたいです」

 

 父上が、初めて少しだけ止まった。

 止まった、と分かる程度には、この人はいつも動いている。

 笑い方が一定なだけで、目も指も座り方も細かく変わる。それが止まった。

 

「……ハンターか」

「はい」

「理由を言うホイ」

「資格が欲しいので。王子の名前が使えない場所で、名乗れるものが要ります」

「王子に必要な資格ホイ?」

「王子にはいらないと思います」

 

 ナスビは笑ったままだった。

 

「なら?」

「俺にはあると便利です」

「国外で動くため」

「それもあります」

「情報」

「それも」

 

 問いが単語になった。

 

「金」

「困ってません」

「人脈」

「あるに越したことはないですね」

「王子では入れない場所へ入りたい」

「あります」

 

 答える。全部、本当だ。だから困らない。

 父上が一つずつ並べているのは、俺が何を欲しがっているのか、名前をつけるためだ。

 名前がつけば、扱える。扱えれば、渡すか取り上げるかを選べる。

 俺も同じことをする。姉さんの事業を動かす時、最初にやったのがそれだ。

 やられる側へ回ると、思ったより気分が悪い。

 

「王子という立場では、見えないものがあるホ」

「あります」

「王子だから見えるものもあるホイ」

「はい」

 

 両方は持てない、と言われると思っていた。

 

「両方欲しいのだホイ?」

「欲張りですか?」

「王子なら、そのくらいでいいホ」

 

 少し笑う。

 

「第三王子ではないお前が、欲しいのだホイ」

 

 それだけは、すぐに答えが出なかった。

 俺。第三王子。カミーラの弟。ドゥアズルの息子。国王の息子。先生の弟子。

 どれも俺だ。でも、どれでもない俺。それが欲しいのか。

 欲しい、と言い切れない理由も分かっている。

 第三王子でなくなった俺に何が残るのかを、俺自身が知らない。

 知らないものを欲しがるのは、少し怖い。

 

「……そうかもしれません」

「分からないホイ」

「まだ」

「だから、確かめに行くと言ってるホイ」

「そのつもりです」

 

 言う前に、行き先まで読まれている。

 

「それで、ハンター試験か」

「ちょうどいいかなと」

「随分と危ない確認方法だホイ」

「父上に言われたくないです」

「それもそうホイな」

 

 父上が笑い、俺も少し笑った。その後、唐突に父上が指した。

 

「逃げるのだホイ」

 

 笑いが消えそうになった。

 消さない。

 

「何からです?」

「それをワシに聞くホイ?」

 

 答えない。父上も具体的な言葉を出さない。

 謝肉祭。祭孤児。処理施設。

 何も言わない。でも、胸の奥へ何度も沈んだものがある。姉さんにすら言わなかったもの。

 沈めたものは、沈めた場所に留まらない。別の棚を開けた時、底の方で繋がって出てくる。

 もう一度そうなった時、俺はまた同じ選択ができるだろうか。

 その自信がない。だから、少し離れたい。

 これは父上には言わない。

 

「逃げるつもりはありません」

「では?」

 

 少し考えた。

 

「離れてみたいんです」

「何から?」

「それを俺に聞きます?」

 

 父上が目を細めた。仕返しには、なったかもしれない。

 

「少し」

 

 続ける。

 

「離れて。外から見たい」

「カキンを?」

「それもあります」

「自分を?」

 

 また嫌なところを突く。

 

「……多分」

 

 そこまで答えた。父上はしばらく俺を見ていた。何を、どこまで見ているのか分からない。

 沈黙が長い。

 この人の沈黙は、考えているのか、こちらに考えさせているのかが分からない。多分、両方だ。

 

「いいホ」

「いい?」

「行ってくるといい」

「許可を?」

 

 欲しかった。それが自分でも意外だった。

 

「欲しかったホイ?」

「一応。王子なので」

「便利な言葉だホイな」

「でしょう?」

 

 さっき、同じことを言われた。

 二度目は、こちらから言った。同じ言葉でも、どちらが先に使ったかで意味が変わる。

 父上はそれを分かって笑っている。

 

「ありがとうございます」

 

 立って、扉へ向かいかける。

 

「カイエン」

「はい」

 

 振り返る。父上はやっぱり笑っていた。

 

「あの女を呼んだのは」

「はい?」

「このときのための布石だったホイ?」

 

 一瞬、何の話か分からなかった。

 あの女。

 小さい。

 宝石。

 厳しい。

 筋肉。ああ。

 

「先生のことでしょうか?」

「ビスケット=クルーガー」

 

 言葉が出なかった。そこまで繋げるのか。

 十三歳。一年契約。念。国外のプロ。そして今、ハンター試験。

 結果だけ並べたら、確かにそう見えるのかもしれない。でも。

 十三歳の俺は、五年後に自分がこの部屋で試験の許可を取るとは考えていない。

 考えていたら、もっと違う頼み方をしていた。

 

「……考えすぎですよ」

 

 それだけ言った。父上はしばらく俺を見ていた。

 

「そうかホイ」

 

 と笑った。多分、信じていない。今のは本当なのに。

 

「では、失礼します」

「ああ」

 

 今度こそ扉へ向かう。

 

「カイエン」

「はい?」

 

 また振り返る。

 

「出る前に、カミーラには話しておくホ」

 

 止まった。

 

「姉さんに?」

「しばらく国を空けるのだホイ?」

「まあ」

「なら、行く前に伝えておいた方がいいホイ」

 

 何で。そう思って、その次に気づいた。

 あ。

 忘れてた。

 完全に。試験。国外。日程。偽名。移動経路。

 色々考えた。姉さんに言う。そこだけ抜けていた。

 

「……言います」

「そうするホイ」

 

 さっきまで何を言われても顔一つ変えなかったのに、今は多分、ひどい顔をしている。父上は少しだけ楽しそうに見えた。

 何が楽しいのかは、聞かなかった。

 

 

     ◆

 

 

 部屋を出る。扉が閉まる。廊下を歩く。

 一歩。二歩。三歩。

 誰も声をかけてこない。角を曲がってから、一度だけ右手を開いた。

 背中に汗をかいているかどうかを、廊下の途中まで判断できなかった。

 汗はかいていなかった。

 

「……よし」

 

 声に出す。何がよしなのかは、よく分からない。ただ、一つ決まった。

 ハンター試験。

 受ける。

 許可も取った。後は行くだけだ。

 思っていたより、あっさり通った。それが少し気になる。

 通らないと思っていたわけではない。ただ、この人が何も要求しなかったことが引っかかる。

 交換条件も、期限も、報告の義務もない。やりたいようにやれ、結果はお前のものだ。

 それだけで、俺を外へ出す。

 出した先で俺が何を見るかを、この人はもう予想している気がする。

 その前に、一人、知らせておく相手がいる。

 いや、二人になった。

 一人は相談ではない。もう決めたから、報告だけでいい。

 ただ、普通に送ったら多分面白くない。それに、あの人は宝石の話ならいつでもと言っていた。

 なら、宝石の話にしよう。

 もう一人は。先に姉さんから片づけよう。

 その姉さんの部屋の前を、一度、通り過ぎた。

 中に人の気配がある。公務から戻ったばかりらしい。

 扉を叩けばいい。それだけだ。

 三歩行き過ぎたところで足が止まって、そのまま戻らなかった。

 何をどう言うかを決めてから行っても、多分、結果は同じになる。

 分かっているのに、決めてから行きたい。

 俺は歩きながら、さっきまでとは別の意味で、少しだけ気が重くなっていた。




ナスビの口調を作品に落とすの死ぬほど大変だった。
見直しても、見直しても、果たしてこれでいいのだろうか、という違和感しかない。

セリフをJCから一つ一つ抜き出して、Excelにまとめて、AIで解析させると特定の傾向があることは確認できたんだけど、それを本文に落とせるかどうかは技量だからなあ。
なんで、こんなことやってんだろ。
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