転生先が殺し合いを約束された帝国の第三王子だった件 作:冷やかし中華
少し長くなります。
「国王陛下がお呼びです」
そう言われた時、最初に思ったのは、どれだろう、だった。
◆
心当たりなら、ある。
ありすぎる。
不可持民。特区。古い王家の記録。謝肉祭。祭孤児。処理施設。二線者。肉。
最後の二つについては、まだ俺自身、分かったとは言い難い。分からないから調べた。
調べるつもりはなかったのに、別のものを追えば、別の記録から顔を出した。
一度閉じた箱が、別の棚を開けたら底で繋がっていた。そんな感じだった。
それ以外にもある。役所へ資料を出させた。地方の古い記録を閲覧した。いくつかの施設を視察した。
姉さんの事業へ回した予算の流れもあるし、国外の資料も取り寄せている。最近は、王宮の外へ出る回数も少し増えた。
昨夜も遅かった。
地方から取り寄せた綴りを三冊読んで、最後の一冊の途中でやめた。
やめた理由は内容ではない。文字を追っているのに、頭が勝手に別のことを考え始めたからだ。
そういう時は読むのをやめて、庭へ出る。
《練》。限界の少し手前まで上げて、そのまま維持する。落とす。休む。
《隠》。輪郭が滲まない限界まで薄くして、また戻す。
《円》。半径を絞る。狭く、濃く。畳む。もう一度、《練》。
何度かやると、そのうち何も考えられなくなる。考えられなくなってから寝る。
鍛錬としては悪くない。目的としては、多分、少しずれている。
今朝、身体が重かった。熱はない。はずだ。
どれか。あるいは、全部かもしれない。
「いつ?」
「陛下がお待ちです」
今らしい。
「分かった」
立ち上がり、机の上に広げていた紙を閉じた。急いで隠すような真似はしない。急いで隠した、という情報が残るからだ。
普通に閉じる。
普通に立つ。
普通に歩く。
呼吸。
変わらない。
《纏》。
変わらない。
薄く、均一に、いつも通り。先生に何度直されたか分からない右肩も、今は厚くない。多分。
◆
王の居室は、王子の区画から遠い。
中庭を二つ抜けて、回廊を三つ渡って、階段を一つ上がる。
途中で何人かとすれ違った。
使用人が壁際へ寄って頭を下げる。衛兵が姿勢を正す。書類を抱えた文官が足を止めて道を空ける。
全員、同じ角度で頭を下げる。
誰も俺の顔を見ない。見ているのは第三王子だ。俺ではない。
子供の頃はそれが不思議だった。今は、そういうものだと分かっている。
分かっているのと、慣れているのは、少し違うが。
回廊の窓から下を見ると、通用門のあたりに役所の車が停まっていた。
国の役人だ。予算の綴りを運んでくる。会計年度の切れ目が近い。
この国には議会があって、行政があって、司法がある。俺が生まれる少し前に、そういう形になったらしい。
外から見れば、カキンは普通の国だ。
王宮の中だけ、まだ別の暦で動いている。
その二つは、この廊下一本で繋がっている。
毎日、両側から人が来る。そして、両側が互いを見ないようにしている。
俺は、その真ん中を歩いて父上に会いに行く。
◆
国王の居室へ入るのは初めてではない。でも、好きな場所でもなかった。
広い。
豪華。必要以上に。
天井が高い。柱が太い。床の石が一枚ごとに違う色をしている。どこかから運ばせたのだろう。
窓は大きいのに、外がよく見えない位置に机が置いてある。
王が王であることを、部屋そのものが主張している。俺たち王子の部屋も十分おかしいのだから、その上がある。
人間、慣れるものだな。
「第三王子カイエン殿下がお見えになりました」
「入るホ」
扉が開く。ナスビ=ホイコーロ。俺の父親であり、カキン国王。
そして、その後ろ。
いる。
今日も。
何度見ても、趣味が悪い。いや、本人がデザインしたわけではないのだろうから、趣味と言ったら可哀想かもしれない。
でも、やっぱり趣味が悪い。異形の念獣が、国王の背後へ張りつくように存在している。
見えていないふりをする。今まではそうしてきた。
「座るホイ」
「失礼します」
座る。父上は笑っていた。いつもの顔だ。
侍従が茶を置いて出ていく。俺の分と、父上の分。湯気の立ち方が違う。
温度が違うのか、置かれた時刻が違うのか。多分、後者だ。
俺が来る前から、この人はここに座っていた。
この人は大体笑っているから、分かりづらい。
「久しいホイな」
「そうですね」
「忙しいホ」
「それなりに」
世間話から入る時ほど、用件は重い。
「王子ともなれば忙しいのは良いことだホイ」
「暇よりは」
「そうか」
壁の時計が鳴った。ここへ入ってから、まだ二分も経っていない。
雑談ではない。少なくとも、この人が俺一人をわざわざ呼び出して、最近忙しい? だけで終わるとは思っていない。
待つ。先に口を開く必要はない。父上が俺を見る。
顔。目。肩。多分、オーラも。
この人がどれくらい念を使えるのか、俺には分からない。ただ、見えているものは見えているのだろう。
この人の前に座る王子は、俺で何人目だろう。
兄さんも姉さんも、この部屋のこの椅子で、同じように見られたはずだ。
どんな顔をして出てきたのかは、聞いたことがない。
「カイエン」
「はい」
「何故呼ばれたか」
来た。
「一番心当たりがあるのは、お前だと思うのだホイ」
「さあ」
笑う。
「何のことでしょうか」
父上の目が、少し細くなった。俺は何もしない。
呼吸、そのまま。膝の上の手、そのまま。
視線、逸らさない。
《纏》、変えない。
何のことでしょう。
それだけだ。本当に何のことか確定できないのだから、嘘でもない。
「心当たりがないホ」
「呼び出されるようなことでしたら、いくつかあります」
「いくつもあるホイ」
「王子なので」
「便利な言葉だホイ」
「便利ですよ」
父上は笑った。俺も笑った。しばらく、何も言わない。
茶に手をつけない。父上もつけない。二つの湯気が、同じ速さで細くなっていく。
先に痺れを切らすつもりはない。どうせ時間なら、向こうの方が高い。
◆
「不可持民の件は」
話題を父上が変えた。
「上手くやったホイ」
あ。それ、本題じゃないな。
「ありがとうございます」
「カミーラも、随分と熱を入れているようだホイ」
「姉さんの事業ですから、名前も成果も姉さんのものです」
「始めたのは、お前だと聞いているホイ」
「調べ始めたのは俺です。続けているのは姉さんです」
「同じではないホ?」
同じにしたくないから、分けて言っている。
「今、動かしているのは姉さんです」
「お前も関わっている」
「手伝うことはあります」
「随分と軽い言い方だホイ」
「重く言った方がいいですか?」
「いや」
父上はまた笑った。
「面白いホイ」
「何がです?」
「功績は欲しくないホ?」
「別に」
「王子が?」
「王子だからですよ」
言ってから、最近これ多いな、と思った。まあ、便利だから仕方ない。
この言葉は、先生の前では封じられていた。使うたびに脛を蹴られたからだ。
王宮へ戻ったら、また普通に使っている。便利なものは、結局、戻ってくる。
「姉さんが王になるなら、姉さんの名前で残った方がいい」
父上の目が止まった。ほんの少し。
「カミーラを王にするつもりだホイ?」
聞き方は軽い。でも、答え方を間違えると面倒そうだ。
「姉さんがなりたいなら」
「カイエンは違うホイ?」
「今のところ、特には。なりたい人がいるなら、その方が早い」
嘘ではない。全部でもない。
「王になりたくない王子」
「珍しいですか?」
「珍しいホイな」
「そうですか」
「だが、その言葉は他所では口にしない方がいいホイ」
「父上の前では?」
「ワシは今、聞いているだけだホイ」
ナスビが椅子へ深く座った。
「王になりたいかどうかと、王になる資質があるかどうかは、別の話だホイ」
「それは」
少し考える。
「そうでしょうね」
「否定しないホイ?」
「俺に王の資質があるとは言ってませんよ」
「ワシもまだ言ってないホイ」
嫌な会話だな。お互いに、言っていないことの方が多い。
◆
でも、不可持民の件ではない。ここじゃない。
俺は父上を見る。
その後ろ。
念獣。
ずっといる。隠す気も、多分ない。見えない相手には、隠す必要もないからだ。
形は、生き物のようで生き物ではない。輪郭が一定しない。
背中側の何かがずっと動いているのに、位置だけは変わらない。
見ていると、こちらの目の焦点が合わなくなる。
だから普段は見ない。見ないと決めておけば、見えていても処理しなくて済む。
なら、一枚だけ出していいか。
「てっきり、後ろのそれで俺を消すのか」
一拍。
「それとも。親子の縁でも切られるのかと思ってました」
笑ったまま、父上が黙った。後ろの念獣は動かない。
いや、もともと気持ち悪いくらい動いている部分はある。でも、俺の言葉へ反応したかは分からない。
父上はしばらく俺を見ていた。
「見えるホ?」
「何がです?」
「ワシの後ろにあると言ったものだホイ」
「父上には見えないんですか?」
「さてな」
父上は声を立てて笑った。
「なるほど」
何が、なるほどなのかは聞かない。俺は見えている。それだけ伝えた。
守護霊獣という名前を知っているとは言っていない。継承戦と関係があるとも、壺、王子、その先、何ひとつ口にはしない。
「安心するといいホ」
「安心?」
「これでお前を消すことはできないホイ」
「できない?」
「そういうモノだホイ。ワシが望んだからといって、何でも好きにさせられるものではない」
「へえ」
知らなかった。いや、似たような制約がある可能性は考えていた。でも、父上本人の口から聞けたのは大きい。
できないことがある、というのは、そのモノに条件があるということだ。
条件があるなら、いつか誰かが数えられる。
今日は数えない。
顔には出さない。
「親子の縁の方は?」
聞く。父上がまた笑った。
「そちらは、また別のお話だホイ」
「そうですか」
覚えておこう。何となく、嫌な言葉だから。
「それにしても」
「はい」
「お前を少し、見誤っていたホイな」
見誤っていた、を本人の前で言う。
「褒められてます?」
「好きに受け取るといいホイ」
「じゃあ褒め言葉にしておきます」
「そうするホイ」
何を見誤っていたのか、聞かない。頭がいい、とは多分違う。
俺が何をしてきたかを知らないわけではないだろう。不可持民の件も、もっと前の仕事も、報告くらいは上がっている。
なら多分、今、何も渡さなかったこと。そっちだ。
そして向こうも、何も渡していない。
謝肉祭。
言わない。
祭孤児。
言わない。
処理施設も、二線者も、肉も、一つも言わない。
つまり、俺がどこまで知っているかは、まだ分からない。
◆
「それで」
聞く。
「俺をどうしますか。呼ばれた理由が、まだ分かっていません」
「どうもしないホ」
すぐだった。
「……何も?」
「何もだホイ」
「調べるな、とか」
「言わないホ」
一つずつ投げて、全部避けられている。
「資料を返せ、とか」
「ワシの資料を盗んだホイ?」
「いいえ」
「なら、返すものもないホイな」
「外へ出るな、とか」
「言わないホ」
変だ。もっと何かあると思っていた。
警告。制限。
せめて釘くらい。
何もないというのは、こちらの手札が読めていないということでもあるし、読んだ上で不要だと判断したということでもある。
どちらかは、分からない。
「やりたいようにやるホ」
「いいんですか?」
「お前の目で見て。お前の頭で考えて。お前がやりたいようにやればいいのだホイ」
優しい言葉だ。言葉だけなら。だからこそ、全然優しく聞こえない。
「その結果も?」
「当然、カイエンのものだホイ」
ナスビは笑う。
「それもカイエン、お前自身が背負うものホイ」
ああ、そういうことか。自由ではない。これは多分、観察だ。続きを見られている。
俺がどこまで行くのか。
何を見るのか。見たものをどうするのか。
止めるより、泳がせた方が分かる。俺ならそうする。嫌だな。似てるところがある。
止められた方が楽だった、と一瞬思って、その考えを畳んだ。
止めてもらいたいなら、最初から許可など取りに来ない。
◆
「王は」
父上が不意に言った。
「目の前の一人だけを見てはいられないホイ」
俺は少し黙った。
「だから」
聞く。
「見なくていい人がいる?」
「逆だホイ」
即答だった。
「全部を見るから。その中から選ばなければならないのだホイ」
胸の奥に引っかかった。聞いたことのある言葉ではない。でも、知っている。
一つを選ぶということ。
選ばなかったものが、できる。
去年、俺は一つ選んだ。調べないことを選んだ。
選ばなかった方は、今もどこかに残っている。名前も、数も、分からないまま。
この人はそれを毎年、何十回もやっているのだろう。
慣れるものなのか。慣れたら、それはもう別のものだ。
「一人を救うために国を捨てる王は、王の器ではないホ」
「国を救うためなら、一人は捨てる?」
「必要なら」
やっぱり、そう答えるか。
「十人なら?」
「それも必要なら」
「百人」
「同じだホイ」
「一万人」
「数で答えが変わるなら、最初から王の判断ではないホ」
笑っている。でも、冗談ではない。この人は本当にそう思っている。
そして多分、正しい部分がある。
国という単位で人を数えれば、一人を助けるために百人が死ぬ選択は実際に存在する。
俺はその数え方を知っている。知っているから、嫌なのだ。
「怖いですね」
「そうホイ?」
「はい」
「お前も、そのうち分かるホイ」
「分かりたくないですね」
「それも好きにするといいホ」
少し嫌だった。何が、とは上手く言えない。ただ、この人の言っていることを全部間違いだと即座に切れなかった。
それが嫌だった。
だから、話を変えることにした。
◆
「では、俺からも一つ。お願いがあります」
頼む形を取るのは、たぶん十年ぶりだ。
「珍しいホイな」
「そうですか?」
「お前は頼むより、勝手に準備してから報告する方だホイ」
「そんなことないですよ」
「あるホ」
「……まあ」
否定しづらい。
「言ってみるホイ」
先を促されて間髪入れずに口を開いた。
「ハンター試験を受けたいです」
父上が、初めて少しだけ止まった。
止まった、と分かる程度には、この人はいつも動いている。
笑い方が一定なだけで、目も指も座り方も細かく変わる。それが止まった。
「……ハンターか」
「はい」
「理由を言うホイ」
「資格が欲しいので。王子の名前が使えない場所で、名乗れるものが要ります」
「王子に必要な資格ホイ?」
「王子にはいらないと思います」
ナスビは笑ったままだった。
「なら?」
「俺にはあると便利です」
「国外で動くため」
「それもあります」
「情報」
「それも」
問いが単語になった。
「金」
「困ってません」
「人脈」
「あるに越したことはないですね」
「王子では入れない場所へ入りたい」
「あります」
答える。全部、本当だ。だから困らない。
父上が一つずつ並べているのは、俺が何を欲しがっているのか、名前をつけるためだ。
名前がつけば、扱える。扱えれば、渡すか取り上げるかを選べる。
俺も同じことをする。姉さんの事業を動かす時、最初にやったのがそれだ。
やられる側へ回ると、思ったより気分が悪い。
「王子という立場では、見えないものがあるホ」
「あります」
「王子だから見えるものもあるホイ」
「はい」
両方は持てない、と言われると思っていた。
「両方欲しいのだホイ?」
「欲張りですか?」
「王子なら、そのくらいでいいホ」
少し笑う。
「第三王子ではないお前が、欲しいのだホイ」
それだけは、すぐに答えが出なかった。
俺。第三王子。カミーラの弟。ドゥアズルの息子。国王の息子。先生の弟子。
どれも俺だ。でも、どれでもない俺。それが欲しいのか。
欲しい、と言い切れない理由も分かっている。
第三王子でなくなった俺に何が残るのかを、俺自身が知らない。
知らないものを欲しがるのは、少し怖い。
「……そうかもしれません」
「分からないホイ」
「まだ」
「だから、確かめに行くと言ってるホイ」
「そのつもりです」
言う前に、行き先まで読まれている。
「それで、ハンター試験か」
「ちょうどいいかなと」
「随分と危ない確認方法だホイ」
「父上に言われたくないです」
「それもそうホイな」
父上が笑い、俺も少し笑った。その後、唐突に父上が指した。
「逃げるのだホイ」
笑いが消えそうになった。
消さない。
「何からです?」
「それをワシに聞くホイ?」
答えない。父上も具体的な言葉を出さない。
謝肉祭。祭孤児。処理施設。
何も言わない。でも、胸の奥へ何度も沈んだものがある。姉さんにすら言わなかったもの。
沈めたものは、沈めた場所に留まらない。別の棚を開けた時、底の方で繋がって出てくる。
もう一度そうなった時、俺はまた同じ選択ができるだろうか。
その自信がない。だから、少し離れたい。
これは父上には言わない。
「逃げるつもりはありません」
「では?」
少し考えた。
「離れてみたいんです」
「何から?」
「それを俺に聞きます?」
父上が目を細めた。仕返しには、なったかもしれない。
「少し」
続ける。
「離れて。外から見たい」
「カキンを?」
「それもあります」
「自分を?」
また嫌なところを突く。
「……多分」
そこまで答えた。父上はしばらく俺を見ていた。何を、どこまで見ているのか分からない。
沈黙が長い。
この人の沈黙は、考えているのか、こちらに考えさせているのかが分からない。多分、両方だ。
「いいホ」
「いい?」
「行ってくるといい」
「許可を?」
欲しかった。それが自分でも意外だった。
「欲しかったホイ?」
「一応。王子なので」
「便利な言葉だホイな」
「でしょう?」
さっき、同じことを言われた。
二度目は、こちらから言った。同じ言葉でも、どちらが先に使ったかで意味が変わる。
父上はそれを分かって笑っている。
「ありがとうございます」
立って、扉へ向かいかける。
「カイエン」
「はい」
振り返る。父上はやっぱり笑っていた。
「あの女を呼んだのは」
「はい?」
「このときのための布石だったホイ?」
一瞬、何の話か分からなかった。
あの女。
小さい。
宝石。
厳しい。
筋肉。ああ。
「先生のことでしょうか?」
「ビスケット=クルーガー」
言葉が出なかった。そこまで繋げるのか。
十三歳。一年契約。念。国外のプロ。そして今、ハンター試験。
結果だけ並べたら、確かにそう見えるのかもしれない。でも。
十三歳の俺は、五年後に自分がこの部屋で試験の許可を取るとは考えていない。
考えていたら、もっと違う頼み方をしていた。
「……考えすぎですよ」
それだけ言った。父上はしばらく俺を見ていた。
「そうかホイ」
と笑った。多分、信じていない。今のは本当なのに。
「では、失礼します」
「ああ」
今度こそ扉へ向かう。
「カイエン」
「はい?」
また振り返る。
「出る前に、カミーラには話しておくホ」
止まった。
「姉さんに?」
「しばらく国を空けるのだホイ?」
「まあ」
「なら、行く前に伝えておいた方がいいホイ」
何で。そう思って、その次に気づいた。
あ。
忘れてた。
完全に。試験。国外。日程。偽名。移動経路。
色々考えた。姉さんに言う。そこだけ抜けていた。
「……言います」
「そうするホイ」
さっきまで何を言われても顔一つ変えなかったのに、今は多分、ひどい顔をしている。父上は少しだけ楽しそうに見えた。
何が楽しいのかは、聞かなかった。
◆
部屋を出る。扉が閉まる。廊下を歩く。
一歩。二歩。三歩。
誰も声をかけてこない。角を曲がってから、一度だけ右手を開いた。
背中に汗をかいているかどうかを、廊下の途中まで判断できなかった。
汗はかいていなかった。
「……よし」
声に出す。何がよしなのかは、よく分からない。ただ、一つ決まった。
ハンター試験。
受ける。
許可も取った。後は行くだけだ。
思っていたより、あっさり通った。それが少し気になる。
通らないと思っていたわけではない。ただ、この人が何も要求しなかったことが引っかかる。
交換条件も、期限も、報告の義務もない。やりたいようにやれ、結果はお前のものだ。
それだけで、俺を外へ出す。
出した先で俺が何を見るかを、この人はもう予想している気がする。
その前に、一人、知らせておく相手がいる。
いや、二人になった。
一人は相談ではない。もう決めたから、報告だけでいい。
ただ、普通に送ったら多分面白くない。それに、あの人は宝石の話ならいつでもと言っていた。
なら、宝石の話にしよう。
もう一人は。先に姉さんから片づけよう。
その姉さんの部屋の前を、一度、通り過ぎた。
中に人の気配がある。公務から戻ったばかりらしい。
扉を叩けばいい。それだけだ。
三歩行き過ぎたところで足が止まって、そのまま戻らなかった。
何をどう言うかを決めてから行っても、多分、結果は同じになる。
分かっているのに、決めてから行きたい。
俺は歩きながら、さっきまでとは別の意味で、少しだけ気が重くなっていた。
ナスビの口調を作品に落とすの死ぬほど大変だった。
見直しても、見直しても、果たしてこれでいいのだろうか、という違和感しかない。
セリフをJCから一つ一つ抜き出して、Excelにまとめて、AIで解析させると特定の傾向があることは確認できたんだけど、それを本文に落とせるかどうかは技量だからなあ。
なんで、こんなことやってんだろ。