転生先が殺し合いを約束された帝国の第三王子だった件 作:冷やかし中華
つまり、ここからは、カミーラお姉さま成分が消えるということだ!
王宮の門を抜けてから駅までは、思っていたより時間がかかった。
乗合の馬車に一度、路面電車に二度乗り換えた。
王族用の車なら三十分で着く距離を、二時間かけて移動したことになる。
どれも初めて見る乗り物ではない。子供の頃、窓の外から何度も見ている。
ただ、乗るのは初めてだった。
運賃を先に払うのか降りる時に払うのかで一度迷った。
後ろに並んでいた男が黙って料金箱を指したので、それで分かった。
礼を言うと、男は少し驚いた顔をして、それから軽く手を上げた。
その、手を上げただけの動作が妙に頭へ残った。
王宮では、誰も俺へ「知らないこと」を教えない。
知らないという事実そのものが、第三王子の側の不備になるからだ。
ここでは違う。知らなければ、ただ知らない人間として扱われる。
悪くない。
◆
国外へ出るのは、初めてではない。
船も。飛行船も。列車も。
外国の街も、ホテルも、食事も、それなりに知っている。ただ。
「次の方」
「あ、はい」
切符を自分で買うのは、多分、初めてだった。
◆
駅は大きかった。天井が高くて、声が全部上へ逃げていく。
壁一面の時刻表を、係員が長い棒で一枚ずつ差し替えている。
列に並ぶ。前に七人。順番が来るまでの間に、窓口で何を聞かれるかを二度考えた。
「どちらまで?」
「ハルヴァ」
「片道?」
少し考える。
「片道で」
「二等?」
「はい」
窓口の男が顔を上げた。一瞬だけ、俺を見る。
別に何もない。若い一人旅。荷物一つ。それだけだ。
「十二万ジェニー」
払う。紙幣を数える手が、自分でも分かるくらい丁寧になった。切符を受け取る。
「三番線。十四時十分発」
「ありがとうございます」
終わり。簡単だった。あまりに普通で、少しだけ面白い。
今までなら、俺が駅へ着いた時点で切符は用意されていた。
というより、どの列車へ乗るかを俺が知らないことすらあった。
日程が先に決まり、車両が決まり、席が決まり、荷物が運ばれ、俺は指定された時間に移動する。
それが普通だった。
今は。
切符をなくしたら、普通に困る。
財布へ入れる。何となく、もう一度確認した。
ある。
「……よし」
何がよしなのか。最近、よく分からない。
◆
今年、ハンター試験を受ける人間に知らされているのは、そう多くなかった。
アイジエン大陸西部。ベルナード共和国。その北側にある鉄道都市、ハルヴァ。
指定された期日までに、その街へ来ること。以上。
本当の試験会場がハルヴァにあるとは書いていない。むしろ、多分、ない。
ハンター試験だ。試験会場へ行くところから試験です、と言われても驚かない。
先生に聞けば、その辺りも何か知っていたかもしれない。聞かなかった。
今回は。
それも自分でやる。
試験は年に一度しかない。今年を逃せば、次は一年後になる。
姉さんの事業が自分の足で動き始めて、俺の予定が一番空くのが今年だった。
来年は多分、もっと空かない。
だから今年にした。理由としては、そんなに立派なものではない。
受かれば、ハンターライセンスが出る。一枚きりで、なくしても再発行されない。
落ちた者は翌年また受けられる。受かった者は、二度と受けられない。
つまり、一度きりの試験だ。
王子の名前では取れないものは、世の中にそう多くない。これはその少ない一つだった。
◆
列車が来るまで、少し時間があった。駅の中を歩く。
売店。本屋。食堂。
荷物を抱えた家族。仕事帰りらしい男。窓の近くで眠っている老人。
泣いている子供。その子をどうにか黙らせようとしている母親。
売店の男が客と値段で揉めている。本屋の前では、買う気のなさそうな女が長いこと立ち読みをしている。
食堂の椅子へ鞄だけ置いて席を取り、そのまま戻ってこない男がいる。
誰も、俺を見ていない。当たり前のことなのに、少し落ち着かなかった。
普通だった。妙なくらい、普通。
その中で、食堂の前で足が止まった。肉を焼く匂いがした。
腹が減った。考えてみれば、昼を食べていない。
入る。
◆
狭い店だった。椅子が六つ。奥で鉄板が鳴っている。
先客が二人。片方は新聞を読み、もう片方は何も読まずに座っている。
空いている席へ座ると、女が水を置いた。注文は聞かれない。
壁の品書きは読めるが、料理が想像できない。隣の男の皿を見た。
「これ、何ですか?」
「知らないの?」
「初めて見ました」
「旅人かい」
「まあ」
店の女が笑った。
皿の上にあるのは、薄い生地へ肉と野菜を包んだものだった。表面に焼き目がついている。
「この辺じゃ普通だよ。ファルっていうの」
「ファル」
「一つでいい?」
「一つで」
三日前から同じ屋台に寄っている。
「さっきから、腹減ってる顔してるけどね」
「そう見えますか」
「毎日見てりゃ分かるよ」
当たっている。
王宮で、腹が減っているかどうかを顔で言い当てられたことは一度もない。聞かれたこともない。
時間になれば出てくるからだ。
「辛いの平気?」
「多分」
「多分で、人に飯を頼むもんじゃないよ」
言いながら、赤いソースをかけられた。食べる。
「どう?」
「辛いですね」
「だから言っただろ」
「美味しいです」
「そりゃよかった」
もう一口。辛い。かなり。でも、脂が強い肉と合う。香草も入っている。
女が鉄板の前へ戻り、別の客の分を焼き始めた。手が速い。
この人は毎日これを焼いている。何百回も、何千回も、同じものを。
その上で、辛いのが平気かどうかを、一応、聞く。
こういう食べ物。前にも。どこかで。食べたような。
違う。
もっと薄い皮。もっと安い肉。
紙に包まれていて。
駅ではなく。
夜。光る看板。誰かが隣で。――辛っ。
そう言って、水を飲んで、笑っていた。
名前は出てこない。声も、もう思い出せない。
ただ、笑い方の速さだけが残っている。何かを言い終わる前に笑い出す人だった。
一瞬だけ、昔の景色が浮かんだ。
日本。前の。
俺がいたところ。
顔は、もう、上手く思い出せない。誰と食べたのかも。
覚えているのは味と、値段と、その日が寒かったことだけだ。
人間の記憶は、随分と偏った残り方をする。
ただ。味だけが、少し残っていた。
「兄ちゃん?」
「あ」
「辛すぎた?」
「いえ」
首を振る。
「ちょっと、似たものを思い出して」
「へえ」
それだけだった。聞かれない。知らない人だから。
俺が誰だったのかも、今、誰なのかも、知らない。それが、思ったより楽だった。
王宮で誰かと話す時、相手は必ず先に俺の身分を知っている。
だから返ってくる言葉は、口から出る前に一度加工されている。
ここでは、皿の上のものが辛いか辛くないか。それだけが話題になる。
もう一口食べる。
姉さん。
これ。好きそうだな。
手が止まった。
『ケン』
「……先生」
嫌なところに残るな。何で、姉さんが何もいらないと言ったのか。まだ分からない。
ただ。本当に何もいらないなら、これを食べさせるくらいは。別に。物じゃない。
……いや。持って帰ったら物か。
食べ終わる頃、新聞の男が金を置いて出ていった。
女は皿を下げ、椅子を戻し、次の客が来るまでの数十秒だけ、壁際の丸椅子へ座った。
その、数十秒だけ座る時間が、王宮のどこにもない種類の時間に見えた。
「持ち帰りできます?」
「できるけど、ハルヴァまで持たないよ」
「ですよね」
帰るまで。考えよう。
◆
列車は、普通だった。少なくとも最初は。
二等車。向かい合わせの四人席。窓。網棚。少し硬い座席。
指定席ではない。適当に座る。窓際。荷物は足元。
発車する。街が流れていく。王族用の車両ではない。
隣の車両から赤ん坊の泣き声が聞こえる。斜め前では男が新聞を広げている。通路を売り子が歩いている。
「飲み物はいかがですかー」
買う。別に喉は渇いていなかった。買ってみたかった。
缶を開ける。甘い。甘すぎる。姉さんなら好きかもしれない。
また。考えている。今回は自分を見るために出てきたはずなんだけどな。
まあ。癖みたいなものか。
◆
最初の一時間は、本当に、何もなかった。
斜め前の男が新聞を畳んで、窓の外を見ている。三十分に一度、同じ間隔で時計を見る。
仕事で移動しているのだろう。
通路を挟んだ席では、女が子供の靴を脱がせていた。
子供は靴下のまま座席へ立ち上がり、窓へ手をつく。母親が下ろす。また立つ。
三度目で諦めたらしく、そのままにした。
後ろの席から、ずっと同じ話が聞こえてくる。誰かの結婚の話らしい。
相手の職業と収入と実家の場所が、三回ずつ出てきた。
前の車両から売り子が戻ってくる。籠が軽くなっている。
誰も、何も起きないことを不満に思っていない。
王宮では、何も起きない時間には必ず意味があった。
誰かが何かを待っているか、誰かが何かを準備しているかのどちらかだ。
ここでは、何も起きない時間は、ただ何も起きていない。
窓の外で、畑が終わって森が始まった。
◆
三つ目の乗り換え駅で、列車が長く停まった。
二十分。理由は放送されない。
降りていいのかも分からなかったが、他の乗客が降りたので、俺も降りた。
ホームは寒い。売店が一つだけ開いていて、湯気の出るものを売っている。
買う。名前は聞かなかった。温かければ何でもよかった。
ホームの端では、駅員が凍った継ぎ目へ何かを撒いていた。
反対側の線路を、明かりを落とした貨物列車が音もなく通り過ぎていく。
柱に寄りかかって飲んでいると、少し離れたところで男が二人、話しているのが聞こえた。
どちらも若い。荷物が小さい。
「今年は何人来ると思う?」
「知らねえよ」
「去年は四百人も来なかったってさ」
隣の卓の会話が、全部こちらの情報になる。
「多いのか少ないのか分かんねえな」
「昔、一人しか受からなかった年があるらしいぜ」
「嘘だろ」
「ジンとかいう奴。十二になる前だったって」
「化物じゃねえか」
それだけだった。
二人はすぐ別の話へ移った。
ハンターだけが入れるゲームがあって、どこかの金持ちが莫大な懸賞金を出しているらしい、という話だ。
興味はある。
でも、今日は関係ない。
缶を捨てて、列車へ戻った。
◆
次の駅。乗客が少し入れ替わる。その次。また。
夕方になる。列車は西へ進んでいる。平地が減り、森が増えた。
そして、三つ目の大きな駅で、少し、空気が変わった。
乗ってきた男が、でかい。頭一つ、周囲より高い。荷物はない。腕に古い傷。
歩き方。重い。でも、床を鳴らさない。
一人。
その後ろ。女。細い。
さらにもう一人、長い布袋を背負った男がいた。棒。いや。槍か。
さらに二人。目を合わせない。でも、周囲を見ている。
その次の駅でも、増えた。普通の旅行客に混じって、妙なのが。
一人。二人。三人。
前掛けをつけたままの男が乗ってきた。仕事着のまま出てきたように見える。
本を持った年嵩の男。読んでいるというより、栞の位置を確かめてから閉じた。
俺より年下に見える少年が一人、通路側に座って、乗ってくる人間を全員見ている。
どこにでもいそうな中年が、窓際で目を閉じていた。荷物は膝の上。眠ってはいない。
体格だけではない。座り方。荷物の置き方。出口との距離。他人の手を見る癖。
腰を見る。
靴を見る。
窓を見る。
俺を見る。
目が合う。逸れる。
普通の旅行者が、少しずつ、減っている。
「なるほど」
小さく言う。近づいているらしい。ハルヴァへ。
あるいは。もう。始まっているのかもしれない。
◆
さらに一時間。車内は静かになった。
人が減ったわけではない。むしろ増えている。なのに、静かだ。
誰も余計な話をしない。普通の乗客だけが会話をしている。
妙な連中は、互いを見ている。
どいつが同じ目的か。
誰が危険か。
誰を無視していいか。
多分、それをやっている。俺も、似たようなことをしている。
自分の《纏》を一度、内側から確かめた。
薄い。均一。厚いところがない。呼吸を落としても変わらない。
先生に一年、そこだけを直され続けた。当時は何が違うのか分からなかった。
今は分かる。この車両に四十人いて、そのうち何人かは確実に俺を見ている。
見て、何も分からずに視線を外していく。
それが、そういうことだ。
先生に怒られそうだ。いや。これは見るべき場面だ。
多分。
◆
向かいの席は、途中から空いていた。隣も、空いている。
車両全体で見れば、まだ座れる場所はある。
だから。
「ここ、いいかな?」
声をかけられた時、少しだけ、不思議だった。
顔を上げる。
少年。俺より。下。多分。三つくらい。
細い。黒い髪。額を隠していない。
荷物は小さい。服も、特別なものではない。
でも。
「……どうぞ」
「ありがとう」
座った。向かい。窓側。荷物を膝へ置く。それだけ。
俺も、窓へ視線を戻す。戻して、三秒くらいで、やめた。
窓に映る。少年が、こちらを見ていた。
いや。俺だけじゃない。
俺の後ろ。
通路。出入口。車両の端。窓。
その全部を、視線を大きく動かさず見ている。
この子。
人を見る。最初に思ったのは、それだった。
◆
強い。多分。ただ。変だ。
身体は出来ている。年齢にしては。
でも、先生に習ったような整い方ではない。立ち方も、座り方も、綺麗ではない。
なのに、無駄が少ない。教科書通りではないのに、実戦で困らない形になっている。
念。
使える。
多分。
《纏》はある。
でも。癖がある。完全に習って固めたというより、必要だから覚えた。そんな感じ。
なのに、動ける。何だこれ。
先生が見たら、面白がるか、怒るか。どっちだろう。
しばらく見ていて、もう一つ気づいた。
この子は、車内の人間を数えている。目で追うわけではない。
誰かが動くたび、一瞬だけそちらへ意識が向いて、すぐ戻る。
数えているというより、配置を更新している。
俺が人を見る時に見るのは、その人が何をできるかだ。
この子が見ているのは、その人をどこに置けるかだと思う。
似ている。でも、同じではない。
どちらが正しいという話ではないのだろう。
ただ、同じ列車で同じ人間を見ていて、持って帰るものが違う。
◆
「行かないの?」
不意に、少年が言った。
「どこに?」
「食堂車」
何人か立った。さっきまで妙に静かだった連中が、同じ方向へ動いている。
「君は?」
「まだ」
「俺も」
少年が、少し笑った。
「どうして?」
「混んでそうだから」
「嘘だね」
早いな。
「君は?」
「オレ?」
「何で行かないの?」
「まだ見てる」
やっぱり。
「俺も」
言う。少年の目が、少しだけ細くなった。
「何を?」
「色々」
「便利だね。その言葉」
「今日、三人目だ」
「何が?」
「いや」
何でもない。
◆
食堂車へ向かった連中のうち、二人が、戻ってきた。残りは戻らない。
少年が、そちらを見る。俺も見る。
戻った二人は、さっきより少し機嫌が悪い。一人は、左手の甲を擦っている。
何か押された。刻印? 違うか。見えない。
通路の向こうでは、乗務員が客と揉めていた。言葉が通じていないらしい。
少年がそちらを一度見て、視線を戻した。
「あれ、南の方の言い方だね」
「分かるの?」
「少し」
「何て言ってる?」
南の訛りだ。先生の課題で、半年かけて耳に入れた。
「切符を二枚買ったのに、一枚しか渡されてない、って」
「教えてあげないの?」
「うん」
助けると、こちらを覚えられる。
「何で?」
「今は、そっちに用がないだけだから」
正直だ。
少し嫌な正直さだった。
「どう思う?」
少年が聞いた。
「何が?」
「あっち」
進行方向。
「食堂車?」
「その先」
「行きたいなら行けば?」
「君は行かない?」
「君も行かないでしょ」
「どうしてそう思うの?」
少年は、しばらく俺を見た。
「君、さっきから正しい方を見てないから」
少し、面白かった。
「君もね」
「オレは見てるよ」
「出口を?」
「うん」
「でも、食堂車に人が動いた時、一回もそっち見なかった」
少年が、止まった。
「音で分かるから」
「俺も」
今度は、少年が少し笑った。
「じゃあ、さっきから何を見てたの?」
「見てたら」
窓の外を見る。
「知ってるって教えることになるから」
一拍。
「なるほど」
声が、少し楽しそうだった。
◆
「君」
「何?」
「使えるよね?」
来た。
「何が?」
少年が俺を見る。
「知らない?」
「さあ」
「嘘だね」
「そう?」
即座に見抜かれた。
「うん」
「気になる?」
「うん」
即答。少し、子供っぽい。
いや。実際、子供か。俺も他人のことは言えないが。
「何で?」
「分からないから」
「何が?」
「君」
また、即答だった。
「強いのは分かる」
声は小さい。周りには届かない。
「でも、それ以外があまり分からない」
「それは褒め言葉?」
「オレには」
「じゃあ、ありがとう」
少年が、俺の肩を見る。
腕。手。呼吸。多分。オーラも。
見ている。
俺は何もしない。いつも通り。
薄く。
均一。
厚くしない。
漏らさない。
消さない。
先生に何年も。いや。何年もではないか。あれから。ずっと。直してきたもの。
「絶じゃない」
「何が?」
「何でもない」
「便利だね。それ」
「今、君が使ったから」
「そうだった?」
少年が笑った。やっぱり、面白い。
◆
強い。そして、使える。
この先、何かあるなら、一人で全部を見るより、この少年がいた方が、多分、早い。
同時に、向こうも、似たようなことを考えている気がした。
でなければ、空いている席があるのに、わざわざここへ来ない。
「名前は?」
少年が聞いた。一瞬だけ、考える。
王宮を出る前に決めていた名前がある。
カイエン=ホイコーロ。この名前は、口に出した瞬間に国と家と順位までついてくる。
カキンの外でも、調べる気のある人間なら三日で辿り着く。
だから削った。残したのは頭の二文字だけだ。
本名を完全に捨てる必要はない。捨てると、逆に嘘をつく回数が増える。
嘘は、少ない方が保つ。
でも。第三王子カイエンへ繋がる形では使わない。
「カイ」
短く答える。
言ってみると、思ったより短かった。
この名前には何もついてこない。王子も、姉も、国も。
その分、何かを持って帰ろうとすれば、全部自分で持つことになる。
「君は?」
「クロロ」
指が、缶の上で、止まりかけた。止めない。
クロロ。黒い髪。年下。念。
人を見る。
額。
隠していない。
顔。違う。いや。若い。当然か。
記憶の中の男は、もっと大人だった。髪型も、雰囲気も、違う。
でも。名前。クロロ。
そういう名前の人間が、世界に一人しかいないわけではない。
本人だったとして。今。関係ある?
「カイ?」
呼ばれた。
「ああ」
「どうしたの?」
「珍しい名前だなって」
「君の方が?」
「そう?」
「本名?」
来るなあ。
「君は?」
「違う質問だね」
「同じだよ」
少年。クロロが、少しだけ笑った。
◆
列車が揺れる。外は、もう暗い。車内灯が窓へ映る。
俺。クロロ。
その後ろ。
何人もの、多分、受験者。
誰もまだ、受験番号を持っていない。試験官もいない。開始の合図もない。
それでも、車内の人間の半分は、もう誰かを候補から外している。
残す。落とす。分からない。
俺もやっている。王宮でやっていたことと、手順は変わらない。
変わったのは、ここでは俺も数えられている側だ、ということだけだ。
さっきまでの普通の列車とは、もう、全然違う場所に見えた。
「次」
クロロが言った。
「何?」
「ハルヴァ」
「そうだね」
窓の外の看板が、ゆっくり流れていく。
「降りる?」
「君は?」
「降りるよ」
「じゃあ俺も」
窓の外で、灯りの数が増え始めていた。
「オレが降りなかったら?」
「降りる」
「じゃあ聞く意味ないね」
「確認」
「何の?」
「君が使えるか」
言ってから、少し、しまったと思った。
クロロは、驚かなかった。むしろ、笑った。
「オレも」
短く言った。
「何が?」
「確認できた」
列車が、速度を落とし始める。遠くに、街の灯りが見えた。
窓に人の顔が映る。俺の顔と、その奥に立ち上がりかけた何人もの影。
誰も急がない。急ぐ必要がないことを、全員が知っている顔だ。
降りたところが会場だとは、誰も思っていない。
ハルヴァ。今年のハンター試験。
その、入口にすら、まだ着いていない。
なのに。もう一人、妙なのを見つけた。悪くない。
俺は荷物へ手を伸ばした。軽い。出る朝に減らしたまま、何も増えていない。
向かいでも、クロロが、同じように立ち上がった。
原作だとハンター専用サイトを閲覧していることは確認できるけど、ライセンスの取得時期は不明なんですよね。
もちろん専用サイトを閲覧できること=ライセンスの所持ではないので、本人が過去に受験したかどうかは不明ですが、まあ、そっちの線は薄いだろうということでペルソナを被りきれていないルシルフル君が登場です。