転生先が殺し合いを約束された帝国の第三王子だった件 作:冷やかし中華
ハルヴァへ着いた時、最初に思ったのは、寒い、だった。
◆
列車を降りる。夜。吐いた息が白い。
山が近いせいか、出発した街よりかなり気温が低かった。
「寒いね」
隣でクロロが言った。
「薄着だね」
「君も」
「俺は一枚多い」
「そう?」
「多分」
見比べる。よく分からなかった。
ホームにはそれなりに人がいる。普通の旅行客。駅員。迎えを待つ人。そして、多分、受験者。
汽車の中で見た顔が、かなり残っていた。
あの大男。細い女。長い布袋を背負った男。
途中からほとんど喋らなくなった連中。全員、同じ方向へ流れていく。
駅の出口。
「行く?」
クロロが聞いた。
「どこに?」
「みんなが行く方」
「行きたい?」
人が流れていく方向を、二人とも見ていない。
「別に」
「じゃあ、行かなくてもいいんじゃない?」
「うん」
二人で立ち止まった。流れだけが先へ行く。何人か、こちらを見た。すぐ逸らす。
汽車で見た大男は、迷わず人の後をついていった。腕は太い。歩き方も悪くない。
多分、殴り合いなら俺より強い場面もある。その人が、何も確かめずに流れへ乗る。布袋の男も同じだった。
逆に、痩せた女が一人、ホームの端で駅員に何か聞いていた。体格だけ見れば、この中で一番弱そうに見える。
強いことと、こういう試験が上手いことは、たぶん別だ。当たり前のようで、初めて目の前で見た。
「何かある?」
「あると思う」
「何?」
「分からない」
「オレも」
困った。意見が一致しているのに、何も進まない。
◆
ハルヴァ。ベルナード共和国北部。いくつもの鉄道が集まる街。駅を出ると、思っていたより大きかった。
石造りの建物。急な坂。どこを歩いても、正面か背後に山がある。
街灯は少なく、代わりに店の窓から光が漏れている。
夜なのに人が多い。乗り換えの街だからだろう。列車を待つ人間が、それだけで一つの経済になっている。
受験案内に書かれていたのは、この街へ来い、ということだけだった。
住所。なし。建物。なし。連絡先。なし。
今日の何時までに来い、という指定さえ曖昧だった。
不親切。ハンターらしいと言えば、そうなのかもしれない。
「とりあえず、情報かな」
「誰に聞く?」
「知らなそうな人」
クロロが少し笑った。
「君が知ってる人のこと、じゃなくて?」
「知ってそうな人に聞いたら、同じこと考えた受験者が全員聞いてるでしょ」
同じ結論に、別の道で辿り着いていた。
「なるほど」
「君は?」
「知ってるけど、教えたくなさそうな人」
「反対だね」
「そう?」
考え方が逆で、答えだけが同じになる。
「多分」
「じゃあ別々に聞こうか」
「その方がいい」
自然に分かれた。何で一緒に行動しているんだろう。そう思ったが、今さらだった。
◆
駅の裏手へ回る。荷物係の男が、台車に木箱を積んでいた。
手伝う。二つ。三つ。
「助かるよ」
「重いですね」
「今の時期はな」
「忙しいんですか」
「毎年こんなもんだ」
毎年。その言葉を拾う。
「宿、どこか空いてます?」
「南の方ならな」
「北は?」
「妙に混んでる」
宿の主人は、聞かれる前から面倒そうな顔をしていた。
「この時期に?」
「昨日から急にだ」
箱をもう一つ積む。
「若いのばっかり来るんだ。一人客で。荷物も少ない」
「観光ですか?」
「そんな顔してねえよ」
笑った。
「《山羊の角亭》だ。普段この時期は半分も埋まらんのに」
なるほど。
「ありがとうございます」
「おう」
それだけ。嘘をつく理由がない人間から、確認するつもりのない情報を取る。こういうのは、割と楽だ。
◆
十五分後。
「何かあった?」
「一つ」
「オレも」
駅前の屋台脇で合流する。
「そっちから」
クロロが言った。
「先に言わせる?」
「違ったら面白いから」
「同じだったら?」
「もっと面白い」
変な子だな。
「駅の荷物係に聞いた。今夜、北側の宿が妙に混んでるって」
「宿?」
「《山羊の角亭》。普段この時期は半分くらい空いてるのに、昨日から若い一人客ばかり来るらしい」
「それで?」
「だから多分、違う」
クロロが笑った。
「同じだ」
「何が?」
「オレが聞いたのは、靴磨きの人だった」
「へえ」
同じ店の名前が、別の口から出た。
「《山羊の角亭》へ行く客ばかり道を聞いてくるって」
「じゃあ、やっぱり」
「違うと思う」
視線を交わす。有名すぎる。
案内もないはずなのに、ハンター試験の受験者らしい人間が同じ宿へ集まる。そんなに分かりやすいなら、会場を隠す意味がない。
「でも」
俺は駅の出口を見る。
「行ってもいいかも」
「どうして?」
「間違ってる場所に、人が集まる理由を見たい」
「オレも」
やっぱり。楽だな。説明が少なくて済む。
◆
《山羊の角亭》には、受験者らしき人間が六十人以上いた。宿ではある。ただ、一階の食堂が妙だった。
「受付はこちらでーす!」
明るい声。若い女。机。紙。
「ハンター試験を受験される方はこちらへお願いしまーす!」
分かりやすい。分かりやすすぎる。受験者たちが列を作る。
「どうする?」
「並ばない」
「うん」
「何で?」
「君が並ばないから」
理由としては雑だが、外れてもいない。
「それ理由?」
「半分」
「残りは?」
「あの人」
受付の女。
「手」
見る。綺麗だ。
「何かある?」
「あの人、紙を触る時だけ右手を使う」
「右利きなんじゃない?」
「食器は左で持ってた」
いつ見た。いや。さっきか。
女の横。湯気の出るカップ。確かに、取っ手が左側に向いている。
「それで?」
「何か隠してる」
「大雑把だな」
「君は?」
こちらも大雑把だった。
「靴」
「靴?」
「新しい」
「それが?」
クロロは女の足元を見たままだった。
「宿の従業員なのに、厨房と食堂を歩いて汚れてない」
「あの受付、今日から働いてるかもしれない」
「かもね」
「他は?」
「机の下」
クロロが言う。
「右足だけ、ずっと出口へ向いてる」
見る。本当だ。
「逃げる準備?」
「それか、追う準備」
「なるほど」
少なくとも、普通の宿の受付ではない。
「じゃあ」
俺は言った。
「並んでみる?」
クロロが一瞬こちらを見る。
「どうして?」
「偽物だって分かったから」
少し考えて、笑った。
「いいね」
◆
「お名前は?」
「カイ」
「ご年齢」
「十七」
今のところ。まだ十八ではない。
「出身地」
「答えないと駄目ですか?」
受付の女が笑う。
「必須項目ですよ」
「じゃあ、やめます」
「え?」
「受験」
列から外れる。
「ちょっ――」
女の目が動いた。後ろからクロロも続く。
「オレも」
「待ってください!」
止まらない。宿を出る。
十歩。二十歩。
「来る?」
クロロが聞く。
「来ると思う」
三十歩。
「そこの二人」
来た。振り返る。
さっきの受付の女。上着を羽織っている。足が速い。
「何です?」
「受験を辞めるなら、登録を取り消さないと」
「登録してませんよ」
「名前を書いたでしょう」
書いた覚えはある。登録だとは思っていなかった。
「カイだけ」
「十分です」
「何に?」
女が止まった。笑う。
「ついてきなさい」
「どこへ?」
「知りたいんでしょう?」
「何を?」
「それを聞いたら失格」
クロロが俺を見る。
「行く?」
「今度は行こうか」
「うん」
女が歩き出す。俺たちはついていく。
宿にいた受験者は、誰も来なかった。六十人以上いた。一人も来なかった。
振り返る。窓の明かり。列。まだ並んでいる。
あの人たちは、明日の朝まで待つのだろうか。
◆
本当の受付は、駅の貨物区画にあった。地下。倉庫の奥。
錆びた扉を三つ。さらに古い貨物用の昇降機で下へ。
最後の扉が開いた時。
「……多いな」
思わず声が出た。
人。人。人。
広い地下空間が埋まっている。三百。いや、もっと。
「今ので三百八十六人」
受付の女が言った。
「数えてるんですか?」
「仕事ですから」
なるほど。
その後も少し増えた。締め切られた時点で、三百九十四人。これが、今年、試験官まで辿り着いた受験者の数だった。
王宮で数字として聞く三百九十四人と、目の前にいる三百九十四人は、かなり違う。
声。匂い。体格。視線。武器。全部ある。
二十歳くらいの男が壁に寄りかかって寝ている。その隣で、四十過ぎに見える男が地図を広げている。
女が一人、荷物も持たずに立っている。
傷。義手。刺青。高そうな靴。破れた靴。
武器を三つ吊るした男がいる。本を読んでいる学者風の男がいる。前掛けをつけたままの、料理人にしか見えない男もいた。
老人が二人。俺より年下に見えるのが四、五人。
どう見ても堅気ではない顔が、まとまって壁際にいる。
その隣で、どこにでもいそうな中年が水を飲んでいる。何をしに来たのか、想像もつかない。
王宮では、部屋にいる人間の役割が最初から決まっていた。ここには、それがない。
この中から、何人残るんだろう。顔を見る。
半分くらいは、緊張していない。残り半分のうち、いくらかは緊張を隠そうとしている。隠せている人間は、そう多くない。
壁際に、荷物を三つも積んだ男がいた。準備がいい、というより、何を捨てるべきか決めていないのだと思う。
その隣に、手ぶらの女がいる。どちらが正しいのかは、まだ分からない。
分からないと思ったところで、ふと気づいた。俺は今、この人たちを見ている。
王宮の廊下で使用人を見ていなかった頃とは、違う目で。先生に言われてから、まだ何年も経っていない。
「受験者名」
「カイ」
「本名?」
半分は本名だ。
「試験に必要ですか?」
「資格発行時には必要」
「じゃあ、合格したら」
女が笑う。
「三百四十一番」
札。受け取る。
「次」
「クロロ」
「本名?」
「今はそれで」
「三百四十二番」
連番。クロロが札を見る。
「近いね」
「一緒に来たからね」
「そうじゃなくて」
「番号?」
三百四十一と三百四十二。
「うん」
「俺もそういう意味で言った」
「ああ」
本当に頭がいいのか、時々分からなくなる。
◆
「ここから先が、本試験です」
案内役が言った。
誰かが。
「まだ始まってなかったのかよ」
と呟いた。
「会場に来られない方を、試験官へ会わせる必要はありませんから」
正論。嫌な正論だ。
「では」
奥の扉。開く。
「第一試験へどうぞ」
◆
第一試験は単純だった。
「この山を越えてください」
以上。本当にそれだけ。
三百九十四人。スタート地点。山。反対側の谷。制限時間、日没まで。道、なし。
「質問は?」
髭の試験官が聞く。誰も手を挙げない。
「では、開始」
走る。皆、走った。俺も。
「……普通だな」
横から声。クロロ。
「聞こえた?」
「うん」
「君もそう思った?」
「今のところ」
確認だけして、答え合わせはしない。
「じゃあ、先行くね」
「うん」
クロロが速度を上げる。俺も。別方向へ行く。
◆
山は普通ではなかった。
崖。沼。野生動物。崩れる岩場。途中から霧。道がないというより、道に見えるものの半分くらいが危ない。
最初の一時間で、三人が引き返していくのを見た。もう一人は沼へ落ちた。自力で上がってきたが、そこから先へは進まなかった。
それでも、難しいかと言われると、俺にはそれほどでもない。
岩を登る。
降りる。
走る。
跳ぶ。
必要な時だけオーラを脚へ回す。大きく見せない。隠すためでもない。必要以上に出す意味がないから。
途中、大きな岩場を回り込んだところで一度振り返った。さっきまで後ろにいた十数人が、いなくなっていた。
迷ったのか。落ちたのか。別の道を選んだのか。
分からない。
少し先で、体格のいい男が座り込んでいた。息は上がっていない。脚も無事に見える。
ただ、目の前が崖だった。登ってきた道を戻るには、時間が足りない。選ぶところを間違えたのだと思う。
その少し後で、痩せた男に抜かれた。駅で駅員に何か聞いていた、あの女ではない。別の男だ。
走り方は速くない。でも、迷わない。沢の音を聞いて、進む方向を変えていた。
水が流れる方へ下れば、いつか谷へ出る。当たり前だ。
当たり前なのに、俺は岩を登って上から確かめていた。登れるから、登っていた。
強いから残るわけでも、ないのか。そう思った。
霧が濃くなる。視界が悪い。こういう時は、目より足の裏の方が正確だ。
斜面の角度。
土の湿り。
石の据わり。
昔、庭を走らされていた頃に散々やった。あの時は意味が分からなかった。今は分かる。
途中。
「おい!」
声。崖下。一人。男が足を岩に挟まれていた。
「助けてくれ!」
止まる。岩。
大きい。でも、持てる。
「足、動きます?」
「多分」
「じゃあ、抜いて」
「悪い!」
岩を持ち上げる。男が足を抜く。
「歩けます?」
「ああ」
「なら」
行く。
「待て!」
「何?」
「一緒に――」
「時間ないですよ」
走る。一分くらい使った。
まあ、問題ない。日没よりずっと早く着いた。
◆
合格。百六十三人。
「……減ったな」
思わず言った。半分以上いなくなっている。
谷の広場に集められた人間を見る。朝はここに三百九十四人いた。同じ場所とは思えないくらい、空いていた。
柵の外に、担架が二つ置かれていた。中身は見なかった。死んだのかどうかも聞かなかった。
聞けば、多分、教えてくれる。試験官はそういうことを隠さないタイプに見えた。
聞かなかったのは、俺が今それを知っても、何もできないからだ。
いや。違うな。知りたくなかっただけかもしれない。
クロロは俺より先にいた。
「遅いね」
「一人助けてた」
「必要だった?」
その聞き方。
「何が?」
「その人」
「必要かどうかで助ける相手決めるの?」
クロロが少し考えた。
「決めないの?」
「今回は、たまたま時間があったから」
「じゃあ、時間がなかったら?」
「多分、見捨てる」
「そう」
何だ、その顔。
「何?」
「別に」
「今、何か分かったみたいな顔した」
「した?」
顔に出たつもりはない。
「した」
「じゃあ、したのかも」
答えになっていない。
「君って」
クロロが言う。
「思ったより普通だね」
「失礼だな」
「褒めてる」
「どこが?」
「分からない」
分からないのに言ったのか。
◆
二日目。第二試験。
場所は山の反対側にある古い採石場だった。切り出された岩が階段のように積み上がっている。
崩れた斜面。放置された台車。白い粉が風で舞う。
「一人につき一個」
試験官が言う。
女。帽子。大きいサングラス。小さい。
「この採石場から、自分で一つ選んで持ってきなさい」
石。山ほどある。
「制限時間は一時間」
誰かが手を挙げる。
「どんな石でも?」
「ええ」
「価値は?」
「自分で決めなさい」
条件を聞くたびに、条件が減っていく。
「大きさは?」
「自由」
「持って帰れない大きさでも、ですか?」
「持って帰れないなら、持って来られないでしょうね」
声。聞き覚え。ものすごく、ある。
女がサングラスを少し下げた。目が合う。
いや。
「では、開始」
百六十三人が動く。俺だけ一瞬遅れた。
「三百四十一番」
「はい」
「開始って言ったわよ」
「先生?」
一年ぶりに見る顔が、試験官の制服を着ている。
「受験番号」
「いや。先生ですよね?」
「三百四十一番」
「……はい」
「開始」
「はい」
走る。後ろで誰かが笑った。絶対、覚えておこう。
◆
電話からそれなりに日が経っている。だから、先生がここにいること自体は何もおかしくない。
おかしくない。ないけど。
「言えよ……」
試験官をやるなら、一言くらい。いや。言う義務はない。
ないけど。知ってただろ。俺が受けるの。
――待て。順番が逆だ。
俺が受けると言ったのは、あの電話だった。先生は宝石の暗号を五分で解いて、すぐ折り返してきた。
あの時点では、試験官の話は一言も出なかった。出さなかったのか。それとも、なかったのか。
協会が試験官を決めるのは、いつだ。知らない。
ただ、先生がここにいること自体は、不思議ではない。問題は、俺が受けると知っていたことだ。
「……性格悪いな」
言い方が悪かった。性格が悪いのは、前から知っている。問題は、その悪さがこっちを向いている時だ。
もし、俺が受けると知ってから引き受けたのなら。それは、わざわざ試験官になってまで俺を見に来たということになる。
偶然ならいい。偶然だと思っておこう。
そう思ったところで、思い出した。
あの電話の最後。
じゃあ、行ってらっしゃい。
あの人は、そう言った。見送る側の言い方だった。
周りを見る。百六十三人が、同じ採石場に散らばっている。選び方が、面白いくらい分かれていた。
とにかく大きいものを探す者。光る面を必死に探して、太陽へかざしている者。
軽くて運びやすいものだけを見ている者。最初に足元にあった石を拾って、もう戻っていく者。
そして、一番多いのが、迷っている者だった。持っては置き、置いては拾う。時間だけが減っていく。
石を見る。
八つ。九つ。十。足元。壁。切り出された残骸。価値。
何をもって価値とするか。
宝石。希少鉱物。大きさ。重さ。
試験官は先生だ。なら、単純な目利きではない。俺が石を見られるかくらい、先生はもう知っている。
一年間、宝石の話は嫌というほど聞かされた。
産地。硬度。色。
どこで買うと損をするか。どういう顔をする商人が嘘をつくか。全部教わった。覚えている。
だから、そこは試されない。では、何を見る?
嫌だな。先生の試験。
◆
三十分。石は決めた。
掌に乗る程度。
白っぽい。
表面は汚い。
中に薄い青。
磨けば多分、かなり綺麗になる。値段も悪くない。
選んだ理由はもう一つある。持って帰れるからだ。当たり前のことだが、今日はそこが本題な気がした。
戻る。途中。
「くそ!」
声。見る。
第一試験でも見た大男。
でかい石を両腕で抱えている。動かない。
「何してるの?」
「見りゃ分かるだろ!」
「持てないの?」
「持てる!」
持ててない。
「残り二十五分くらいだと思うけど」
「分かってる!」
石。多分、三百キロ近い。
「小さいのに変えれば?」
「これが一番高い!」
「何で分かるの?」
「光ってる!」
大雑把。
「手伝う?」
「いいのか!?」
「禁止されてないし」
自分の石をポケットへ入れる。
「端持って」
「おう!」
二人で持つ。重い。でも、いける。
◆
「三百四十一番」
「はい」
「それ、アンタの?」
先生が大岩を見る。
「違います」
「じゃあ何で持ってるの?」
「手伝ってます」
「誰の試験?」
言いながら、自分で間違いに気づいた。
「俺の?」
「疑問形にすんな」
怒られた。大男が気まずそうに立っている。
「百七番」
「はい!」
「その石を選んだのは?」
「俺です!」
質問が一つずつ詰めてくる。
「持てなかったのは?」
「俺です!」
「で?」
「……手伝ってもらいました」
「そう」
先生が俺を見る。
「三百四十一番。自分のは?」
「これ」
出す。先生が受け取る。
一秒。
「合格」
「早い」
「そこは知ってるもの」
石を見た時間より、こちらを見ていた時間の方が長い。
「やっぱり」
「何が?」
「そこ見てないんだろうなって」
先生は石を掌で一度だけ弾ませて、ポケットへ落とした。
「そうよ」
「一応聞きますけど」
「何」
「正解の石はあったんですか」
「ないわよ」
あっさりだった。
「自分で選んだものを、自分で持ってくる。アタシが言ったのはそれだけ」
「石の話じゃなかった」
「石の話でもあるわよ。アンタが選んだのは悪くない」
「じゃあ」
「でも、そこは減点も加点もしてない」
先生が大岩を指す。
「そっちも」
「そっち?」
「何分使った?」
「十分くらい」
「十一分四十秒」
全員分、測っていたらしい。
「測ってたんですか」
「試験官だからね」
「間に合いましたけど」
「そうね」
先生が笑う。嫌な笑い方。
「だからアンタは合格」
「じゃあいいじゃないですか」
「またやってるって言ってんの」
「何を?」
「できるからって、やる」
止まる。
「百七番が頼んだ?」
「手伝う? って聞いたのは俺です」
「でしょうね」
「でも困ってた」
「困ってたわね」
認めた上で、まだ何か言うつもりだ。
「じゃあ」
「助けるなって言ってない」
先生の声が少し変わる。
「アンタが手を出した瞬間、あの子は自分の選択の結果を考えるのをやめたでしょう」
見る。大男。大岩。確かに。あの時。
小さい石に変えるか。
捨てるか。
何とか運ぶか。
考えていた。俺が、運べると言った。そこで終わった。
「手伝うのが悪いんじゃない」
先生が言う。
「他人の試験まで
胸の奥へ刺さった。
狩る。その言葉を、先生が選んだ。助ける、でも、手を出す、でもなく。
一年間、この人に狩るという言い方をされた覚えはない。念の修行では使わない言葉だ。
ここで使う言葉として、選んだのだと思う。それが試験官の言い方なのか、先生の言い方なのかは分からなかった。
「自分の分は?」
「持ってきました」
「なら合格」
「百七番は?」
助けた側が合格で、助けられた側が落ちる。
「今のままなら不合格」
「え」
大男が固まる。
「何でだ!」
「自分で持ってきてないから」
「でも!」
「一人につき一個、自分で選んで持ってきなさい、って言ったでしょう」
条件は最初に全部言われていた。
「あ」
「選ぶところまでしか自分でやってない」
大男が大岩を見る。先生が時計を見る。
「まだ十三分あるわよ」
「え?」
「戻って別の選んで、自分で持ってきたら?」
大男の目が見開く。
「いいのか!?」
「早く行け!!」
「はい!!」
走った。砂煙が上がる。その背中を、先生が腕を組んで見ていた。
「優しいですね」
「アンタよりはね」
「そういう意味じゃ」
「三百四十一番」
「はい」
「邪魔」
「はい」
離れる。十歩。
「あと」
「はい?」
「先生って呼ぶな!」
「じゃあ何て」
「試験官!」
「はい、先生」
石が飛んできた。避けた。危ない。
◆
第二試験。
通過者、七十二人。百七番も残った。
残り九秒。拳くらいの石を持って帰ってきた。先生は、合格、と言った。
大男は少し泣いた。その後、俺を見る。
「ありがとな」
「俺、何もしてないよ」
「いや」
男は少し考えて。
「最初はしてくれた」
「そうだね」
「でも、あれじゃ駄目だった」
「そうみたい」
落ちた人間の顔を、ちゃんと見ている。
「次は自分でやる」
「うん」
男が離れていく。俺は自分の石を掌の上で転がした。
白っぽくて、汚くて、中に薄い青が入っている。磨けば綺麗になる。磨かなければ、ただの石だ。
当たり前のことだった。
遠くで、先生がこっちを見ていた。多分、聞こえている。
念能力者。怖い。
目が合ったと思ったら、もう次の受験者を見ていた。こちらのことは、それで終わりらしい。
◆
他人の試験まで狩るな。
言われた言葉だけが、妙に残った。
俺は、一人でどこまでできるか知りたくて、ここまで来た。
なのに。
一人でできることが増えるほど、やっていいことまで増えるわけではないらしい。