転生先が殺し合いを約束された帝国の第三王子だった件   作:冷やかし中華

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五


008_04_王子なので、ハンターになることにした

 ハルヴァへ着いた時、最初に思ったのは、寒い、だった。

 

 

     ◆

 

 

 列車を降りる。夜。吐いた息が白い。

 山が近いせいか、出発した街よりかなり気温が低かった。

 

「寒いね」

 

 隣でクロロが言った。

 

「薄着だね」

「君も」

「俺は一枚多い」

「そう?」

「多分」

 

 見比べる。よく分からなかった。

 ホームにはそれなりに人がいる。普通の旅行客。駅員。迎えを待つ人。そして、多分、受験者。

 汽車の中で見た顔が、かなり残っていた。

 あの大男。細い女。長い布袋を背負った男。

 途中からほとんど喋らなくなった連中。全員、同じ方向へ流れていく。

 駅の出口。

 

「行く?」

 

 クロロが聞いた。

 

「どこに?」

「みんなが行く方」

「行きたい?」

 

 人が流れていく方向を、二人とも見ていない。

 

「別に」

「じゃあ、行かなくてもいいんじゃない?」

「うん」

 

 二人で立ち止まった。流れだけが先へ行く。何人か、こちらを見た。すぐ逸らす。

 汽車で見た大男は、迷わず人の後をついていった。腕は太い。歩き方も悪くない。

 多分、殴り合いなら俺より強い場面もある。その人が、何も確かめずに流れへ乗る。布袋の男も同じだった。

 逆に、痩せた女が一人、ホームの端で駅員に何か聞いていた。体格だけ見れば、この中で一番弱そうに見える。

 強いことと、こういう試験が上手いことは、たぶん別だ。当たり前のようで、初めて目の前で見た。

 

「何かある?」

「あると思う」

「何?」

「分からない」

「オレも」

 

 困った。意見が一致しているのに、何も進まない。

 

 

     ◆

 

 

 ハルヴァ。ベルナード共和国北部。いくつもの鉄道が集まる街。駅を出ると、思っていたより大きかった。

 石造りの建物。急な坂。どこを歩いても、正面か背後に山がある。

 街灯は少なく、代わりに店の窓から光が漏れている。

 夜なのに人が多い。乗り換えの街だからだろう。列車を待つ人間が、それだけで一つの経済になっている。

 受験案内に書かれていたのは、この街へ来い、ということだけだった。

 住所。なし。建物。なし。連絡先。なし。

 今日の何時までに来い、という指定さえ曖昧だった。

 不親切。ハンターらしいと言えば、そうなのかもしれない。

 

「とりあえず、情報かな」

「誰に聞く?」

「知らなそうな人」

 

 クロロが少し笑った。

 

「君が知ってる人のこと、じゃなくて?」

「知ってそうな人に聞いたら、同じこと考えた受験者が全員聞いてるでしょ」

 

 同じ結論に、別の道で辿り着いていた。

 

「なるほど」

「君は?」

「知ってるけど、教えたくなさそうな人」

「反対だね」

「そう?」

 

 考え方が逆で、答えだけが同じになる。

 

「多分」

「じゃあ別々に聞こうか」

「その方がいい」

 

 自然に分かれた。何で一緒に行動しているんだろう。そう思ったが、今さらだった。

 

 

     ◆

 

 

 駅の裏手へ回る。荷物係の男が、台車に木箱を積んでいた。

 手伝う。二つ。三つ。

 

「助かるよ」

「重いですね」

「今の時期はな」

「忙しいんですか」

「毎年こんなもんだ」

 

 毎年。その言葉を拾う。

 

「宿、どこか空いてます?」

「南の方ならな」

「北は?」

「妙に混んでる」

 

 宿の主人は、聞かれる前から面倒そうな顔をしていた。

 

「この時期に?」

「昨日から急にだ」

 

 箱をもう一つ積む。

 

「若いのばっかり来るんだ。一人客で。荷物も少ない」

「観光ですか?」

「そんな顔してねえよ」

 

 笑った。

 

「《山羊の角亭》だ。普段この時期は半分も埋まらんのに」

 

 なるほど。

 

「ありがとうございます」

「おう」

 

 それだけ。嘘をつく理由がない人間から、確認するつもりのない情報を取る。こういうのは、割と楽だ。

 

 

     ◆

 

 

 十五分後。

 

「何かあった?」

「一つ」

「オレも」

 

 駅前の屋台脇で合流する。

 

「そっちから」

 

 クロロが言った。

 

「先に言わせる?」

「違ったら面白いから」

「同じだったら?」

「もっと面白い」

 

 変な子だな。

 

「駅の荷物係に聞いた。今夜、北側の宿が妙に混んでるって」

「宿?」

「《山羊の角亭》。普段この時期は半分くらい空いてるのに、昨日から若い一人客ばかり来るらしい」

「それで?」

「だから多分、違う」

 

 クロロが笑った。

 

「同じだ」

「何が?」

「オレが聞いたのは、靴磨きの人だった」

「へえ」

 

 同じ店の名前が、別の口から出た。

 

「《山羊の角亭》へ行く客ばかり道を聞いてくるって」

「じゃあ、やっぱり」

「違うと思う」

 

 視線を交わす。有名すぎる。

 案内もないはずなのに、ハンター試験の受験者らしい人間が同じ宿へ集まる。そんなに分かりやすいなら、会場を隠す意味がない。

 

「でも」

 

 俺は駅の出口を見る。

 

「行ってもいいかも」

「どうして?」

「間違ってる場所に、人が集まる理由を見たい」

「オレも」

 

 やっぱり。楽だな。説明が少なくて済む。

 

 

     ◆

 

 

 《山羊の角亭》には、受験者らしき人間が六十人以上いた。宿ではある。ただ、一階の食堂が妙だった。

 

「受付はこちらでーす!」

 

 明るい声。若い女。机。紙。

 

「ハンター試験を受験される方はこちらへお願いしまーす!」

 

 分かりやすい。分かりやすすぎる。受験者たちが列を作る。

 

「どうする?」

「並ばない」

「うん」

「何で?」

「君が並ばないから」

 

 理由としては雑だが、外れてもいない。

 

「それ理由?」

「半分」

「残りは?」

「あの人」

 

 受付の女。

 

「手」

 

 見る。綺麗だ。

 

「何かある?」

「あの人、紙を触る時だけ右手を使う」

「右利きなんじゃない?」

「食器は左で持ってた」

 

 いつ見た。いや。さっきか。

 女の横。湯気の出るカップ。確かに、取っ手が左側に向いている。

 

「それで?」

「何か隠してる」

「大雑把だな」

「君は?」

 

 こちらも大雑把だった。

 

「靴」

「靴?」

「新しい」

「それが?」

 

 クロロは女の足元を見たままだった。

 

「宿の従業員なのに、厨房と食堂を歩いて汚れてない」

「あの受付、今日から働いてるかもしれない」

「かもね」

「他は?」

「机の下」

 

 クロロが言う。

 

「右足だけ、ずっと出口へ向いてる」

 

 見る。本当だ。

 

「逃げる準備?」

「それか、追う準備」

「なるほど」

 

 少なくとも、普通の宿の受付ではない。

 

「じゃあ」

 

 俺は言った。

 

「並んでみる?」

 

 クロロが一瞬こちらを見る。

 

「どうして?」

「偽物だって分かったから」

 

 少し考えて、笑った。

 

「いいね」

 

 

     ◆

 

 

「お名前は?」

「カイ」

「ご年齢」

「十七」

 

 今のところ。まだ十八ではない。

 

「出身地」

「答えないと駄目ですか?」

 

 受付の女が笑う。

 

「必須項目ですよ」

「じゃあ、やめます」

「え?」

「受験」

 

 列から外れる。

 

「ちょっ――」

 

 女の目が動いた。後ろからクロロも続く。

 

「オレも」

「待ってください!」

 

 止まらない。宿を出る。

 十歩。二十歩。

 

「来る?」

 

 クロロが聞く。

 

「来ると思う」

 

 三十歩。

 

「そこの二人」

 

 来た。振り返る。

 さっきの受付の女。上着を羽織っている。足が速い。

 

「何です?」

「受験を辞めるなら、登録を取り消さないと」

「登録してませんよ」

「名前を書いたでしょう」

 

 書いた覚えはある。登録だとは思っていなかった。

 

「カイだけ」

「十分です」

「何に?」

 

 女が止まった。笑う。

 

「ついてきなさい」

「どこへ?」

「知りたいんでしょう?」

「何を?」

「それを聞いたら失格」

 

 クロロが俺を見る。

 

「行く?」

「今度は行こうか」

「うん」

 

 女が歩き出す。俺たちはついていく。

 宿にいた受験者は、誰も来なかった。六十人以上いた。一人も来なかった。

 振り返る。窓の明かり。列。まだ並んでいる。

 あの人たちは、明日の朝まで待つのだろうか。

 

 

     ◆

 

 

 本当の受付は、駅の貨物区画にあった。地下。倉庫の奥。

 錆びた扉を三つ。さらに古い貨物用の昇降機で下へ。

 最後の扉が開いた時。

 

「……多いな」

 

 思わず声が出た。

 人。人。人。

 広い地下空間が埋まっている。三百。いや、もっと。

 

「今ので三百八十六人」

 

 受付の女が言った。

 

「数えてるんですか?」

「仕事ですから」

 

 なるほど。

 その後も少し増えた。締め切られた時点で、三百九十四人。これが、今年、試験官まで辿り着いた受験者の数だった。

 王宮で数字として聞く三百九十四人と、目の前にいる三百九十四人は、かなり違う。

 声。匂い。体格。視線。武器。全部ある。

 二十歳くらいの男が壁に寄りかかって寝ている。その隣で、四十過ぎに見える男が地図を広げている。

 女が一人、荷物も持たずに立っている。

 傷。義手。刺青。高そうな靴。破れた靴。

 武器を三つ吊るした男がいる。本を読んでいる学者風の男がいる。前掛けをつけたままの、料理人にしか見えない男もいた。

 老人が二人。俺より年下に見えるのが四、五人。

 どう見ても堅気ではない顔が、まとまって壁際にいる。

 その隣で、どこにでもいそうな中年が水を飲んでいる。何をしに来たのか、想像もつかない。

 王宮では、部屋にいる人間の役割が最初から決まっていた。ここには、それがない。

 この中から、何人残るんだろう。顔を見る。

 半分くらいは、緊張していない。残り半分のうち、いくらかは緊張を隠そうとしている。隠せている人間は、そう多くない。

 壁際に、荷物を三つも積んだ男がいた。準備がいい、というより、何を捨てるべきか決めていないのだと思う。

 その隣に、手ぶらの女がいる。どちらが正しいのかは、まだ分からない。

 分からないと思ったところで、ふと気づいた。俺は今、この人たちを見ている。

 王宮の廊下で使用人を見ていなかった頃とは、違う目で。先生に言われてから、まだ何年も経っていない。

 

「受験者名」

「カイ」

「本名?」

 

 半分は本名だ。

 

「試験に必要ですか?」

「資格発行時には必要」

「じゃあ、合格したら」

 

 女が笑う。

 

「三百四十一番」

 

 札。受け取る。

 

「次」

「クロロ」

「本名?」

「今はそれで」

「三百四十二番」

 

 連番。クロロが札を見る。

 

「近いね」

「一緒に来たからね」

「そうじゃなくて」

「番号?」

 

 三百四十一と三百四十二。

 

「うん」

「俺もそういう意味で言った」

「ああ」

 

 本当に頭がいいのか、時々分からなくなる。

 

 

     ◆

 

 

「ここから先が、本試験です」

 

 案内役が言った。

 誰かが。

 

「まだ始まってなかったのかよ」

 

 と呟いた。

 

「会場に来られない方を、試験官へ会わせる必要はありませんから」

 

 正論。嫌な正論だ。

 

「では」

 

 奥の扉。開く。

 

「第一試験へどうぞ」

 

 

     ◆

 

 

 第一試験は単純だった。

 

「この山を越えてください」

 

 以上。本当にそれだけ。

 三百九十四人。スタート地点。山。反対側の谷。制限時間、日没まで。道、なし。

 

「質問は?」

 

 髭の試験官が聞く。誰も手を挙げない。

 

「では、開始」

 

 走る。皆、走った。俺も。

 

「……普通だな」

 

 横から声。クロロ。

 

「聞こえた?」

「うん」

「君もそう思った?」

「今のところ」

 

 確認だけして、答え合わせはしない。

 

「じゃあ、先行くね」

「うん」

 

 クロロが速度を上げる。俺も。別方向へ行く。

 

 

     ◆

 

 

 山は普通ではなかった。

 崖。沼。野生動物。崩れる岩場。途中から霧。道がないというより、道に見えるものの半分くらいが危ない。

 最初の一時間で、三人が引き返していくのを見た。もう一人は沼へ落ちた。自力で上がってきたが、そこから先へは進まなかった。

 それでも、難しいかと言われると、俺にはそれほどでもない。

 岩を登る。

 降りる。

 走る。

 跳ぶ。

 必要な時だけオーラを脚へ回す。大きく見せない。隠すためでもない。必要以上に出す意味がないから。

 途中、大きな岩場を回り込んだところで一度振り返った。さっきまで後ろにいた十数人が、いなくなっていた。

 迷ったのか。落ちたのか。別の道を選んだのか。

 分からない。

 少し先で、体格のいい男が座り込んでいた。息は上がっていない。脚も無事に見える。

 ただ、目の前が崖だった。登ってきた道を戻るには、時間が足りない。選ぶところを間違えたのだと思う。

 その少し後で、痩せた男に抜かれた。駅で駅員に何か聞いていた、あの女ではない。別の男だ。

 走り方は速くない。でも、迷わない。沢の音を聞いて、進む方向を変えていた。

 水が流れる方へ下れば、いつか谷へ出る。当たり前だ。

 当たり前なのに、俺は岩を登って上から確かめていた。登れるから、登っていた。

 強いから残るわけでも、ないのか。そう思った。

 霧が濃くなる。視界が悪い。こういう時は、目より足の裏の方が正確だ。

 斜面の角度。

 土の湿り。

 石の据わり。

 昔、庭を走らされていた頃に散々やった。あの時は意味が分からなかった。今は分かる。

 途中。

 

「おい!」

 

 声。崖下。一人。男が足を岩に挟まれていた。

 

「助けてくれ!」

 

 止まる。岩。

 大きい。でも、持てる。

 

「足、動きます?」

「多分」

「じゃあ、抜いて」

「悪い!」

 

 岩を持ち上げる。男が足を抜く。

 

「歩けます?」

「ああ」

「なら」

 

 行く。

 

「待て!」

「何?」

「一緒に――」

「時間ないですよ」

 

 走る。一分くらい使った。

 まあ、問題ない。日没よりずっと早く着いた。

 

 

     ◆

 

 

 合格。百六十三人。

 

「……減ったな」

 

 思わず言った。半分以上いなくなっている。

 谷の広場に集められた人間を見る。朝はここに三百九十四人いた。同じ場所とは思えないくらい、空いていた。

 柵の外に、担架が二つ置かれていた。中身は見なかった。死んだのかどうかも聞かなかった。

 聞けば、多分、教えてくれる。試験官はそういうことを隠さないタイプに見えた。

 聞かなかったのは、俺が今それを知っても、何もできないからだ。

 いや。違うな。知りたくなかっただけかもしれない。

 クロロは俺より先にいた。

 

「遅いね」

「一人助けてた」

「必要だった?」

 

 その聞き方。

 

「何が?」

「その人」

「必要かどうかで助ける相手決めるの?」

 

 クロロが少し考えた。

 

「決めないの?」

「今回は、たまたま時間があったから」

「じゃあ、時間がなかったら?」

「多分、見捨てる」

「そう」

 

 何だ、その顔。

 

「何?」

「別に」

「今、何か分かったみたいな顔した」

「した?」

 

 顔に出たつもりはない。

 

「した」

「じゃあ、したのかも」

 

 答えになっていない。

 

「君って」

 

 クロロが言う。

 

「思ったより普通だね」

「失礼だな」

「褒めてる」

「どこが?」

「分からない」

 

 分からないのに言ったのか。

 

 

     ◆

 

 

 二日目。第二試験。

 場所は山の反対側にある古い採石場だった。切り出された岩が階段のように積み上がっている。

 崩れた斜面。放置された台車。白い粉が風で舞う。

 

「一人につき一個」

 

 試験官が言う。

 女。帽子。大きいサングラス。小さい。

 

「この採石場から、自分で一つ選んで持ってきなさい」

 

 石。山ほどある。

 

「制限時間は一時間」

 

 誰かが手を挙げる。

 

「どんな石でも?」

「ええ」

「価値は?」

「自分で決めなさい」

 

 条件を聞くたびに、条件が減っていく。

 

「大きさは?」

「自由」

「持って帰れない大きさでも、ですか?」

「持って帰れないなら、持って来られないでしょうね」

 

 声。聞き覚え。ものすごく、ある。

 女がサングラスを少し下げた。目が合う。

 いや。

 

「では、開始」

 

 百六十三人が動く。俺だけ一瞬遅れた。

 

「三百四十一番」

「はい」

「開始って言ったわよ」

「先生?」

 

 一年ぶりに見る顔が、試験官の制服を着ている。

 

「受験番号」

「いや。先生ですよね?」

「三百四十一番」

「……はい」

「開始」

「はい」

 

 走る。後ろで誰かが笑った。絶対、覚えておこう。

 

 

     ◆

 

 

 電話からそれなりに日が経っている。だから、先生がここにいること自体は何もおかしくない。

 おかしくない。ないけど。

 

「言えよ……」

 

 試験官をやるなら、一言くらい。いや。言う義務はない。

 ないけど。知ってただろ。俺が受けるの。

 ――待て。順番が逆だ。

 俺が受けると言ったのは、あの電話だった。先生は宝石の暗号を五分で解いて、すぐ折り返してきた。

 あの時点では、試験官の話は一言も出なかった。出さなかったのか。それとも、なかったのか。

 協会が試験官を決めるのは、いつだ。知らない。

 ただ、先生がここにいること自体は、不思議ではない。問題は、俺が受けると知っていたことだ。

 

「……性格悪いな」

 

 言い方が悪かった。性格が悪いのは、前から知っている。問題は、その悪さがこっちを向いている時だ。

 もし、俺が受けると知ってから引き受けたのなら。それは、わざわざ試験官になってまで俺を見に来たということになる。

 偶然ならいい。偶然だと思っておこう。

 そう思ったところで、思い出した。

 あの電話の最後。

 じゃあ、行ってらっしゃい。

 あの人は、そう言った。見送る側の言い方だった。

 周りを見る。百六十三人が、同じ採石場に散らばっている。選び方が、面白いくらい分かれていた。

 とにかく大きいものを探す者。光る面を必死に探して、太陽へかざしている者。

 軽くて運びやすいものだけを見ている者。最初に足元にあった石を拾って、もう戻っていく者。

 そして、一番多いのが、迷っている者だった。持っては置き、置いては拾う。時間だけが減っていく。

 石を見る。

 八つ。九つ。十。足元。壁。切り出された残骸。価値。

 何をもって価値とするか。

 宝石。希少鉱物。大きさ。重さ。

 試験官は先生だ。なら、単純な目利きではない。俺が石を見られるかくらい、先生はもう知っている。

 一年間、宝石の話は嫌というほど聞かされた。

 産地。硬度。色。

 どこで買うと損をするか。どういう顔をする商人が嘘をつくか。全部教わった。覚えている。

 だから、そこは試されない。では、何を見る?

 嫌だな。先生の試験。

 

 

     ◆

 

 

 三十分。石は決めた。

 掌に乗る程度。

 白っぽい。

 表面は汚い。

 中に薄い青。

 磨けば多分、かなり綺麗になる。値段も悪くない。

 選んだ理由はもう一つある。持って帰れるからだ。当たり前のことだが、今日はそこが本題な気がした。

 戻る。途中。

 

「くそ!」

 

 声。見る。

 第一試験でも見た大男。

 でかい石を両腕で抱えている。動かない。

 

「何してるの?」

「見りゃ分かるだろ!」

「持てないの?」

「持てる!」

 

 持ててない。

 

「残り二十五分くらいだと思うけど」

「分かってる!」

 

 石。多分、三百キロ近い。

 

「小さいのに変えれば?」

「これが一番高い!」

「何で分かるの?」

「光ってる!」

 

 大雑把。

 

「手伝う?」

「いいのか!?」

「禁止されてないし」

 

 自分の石をポケットへ入れる。

 

「端持って」

「おう!」

 

 二人で持つ。重い。でも、いける。

 

 

     ◆

 

 

「三百四十一番」

「はい」

「それ、アンタの?」

 

 先生が大岩を見る。

 

「違います」

「じゃあ何で持ってるの?」

「手伝ってます」

「誰の試験?」

 

 言いながら、自分で間違いに気づいた。

 

「俺の?」

「疑問形にすんな」

 

 怒られた。大男が気まずそうに立っている。

 

「百七番」

「はい!」

「その石を選んだのは?」

「俺です!」

 

 質問が一つずつ詰めてくる。

 

「持てなかったのは?」

「俺です!」

「で?」

「……手伝ってもらいました」

「そう」

 

 先生が俺を見る。

 

「三百四十一番。自分のは?」

「これ」

 

 出す。先生が受け取る。

 一秒。

 

「合格」

「早い」

「そこは知ってるもの」

 

 石を見た時間より、こちらを見ていた時間の方が長い。

 

「やっぱり」

「何が?」

「そこ見てないんだろうなって」

 

 先生は石を掌で一度だけ弾ませて、ポケットへ落とした。

 

「そうよ」

「一応聞きますけど」

「何」

「正解の石はあったんですか」

「ないわよ」

 

 あっさりだった。

 

「自分で選んだものを、自分で持ってくる。アタシが言ったのはそれだけ」

「石の話じゃなかった」

「石の話でもあるわよ。アンタが選んだのは悪くない」

「じゃあ」

「でも、そこは減点も加点もしてない」

 

 先生が大岩を指す。

 

「そっちも」

「そっち?」

「何分使った?」

「十分くらい」

「十一分四十秒」

 

 全員分、測っていたらしい。

 

「測ってたんですか」

「試験官だからね」

「間に合いましたけど」

「そうね」

 

 先生が笑う。嫌な笑い方。

 

「だからアンタは合格」

「じゃあいいじゃないですか」

「またやってるって言ってんの」

「何を?」

「できるからって、やる」

 

 止まる。

 

「百七番が頼んだ?」

「手伝う? って聞いたのは俺です」

「でしょうね」

「でも困ってた」

「困ってたわね」

 

 認めた上で、まだ何か言うつもりだ。

 

「じゃあ」

「助けるなって言ってない」

 

 先生の声が少し変わる。

 

「アンタが手を出した瞬間、あの子は自分の選択の結果を考えるのをやめたでしょう」

 

 見る。大男。大岩。確かに。あの時。

 小さい石に変えるか。

 捨てるか。

 何とか運ぶか。

 考えていた。俺が、運べると言った。そこで終わった。

 

「手伝うのが悪いんじゃない」

 

 先生が言う。

 

「他人の試験までハントする(狩る)なって言ってんの」

 

 胸の奥へ刺さった。

 狩る。その言葉を、先生が選んだ。助ける、でも、手を出す、でもなく。

 一年間、この人に狩るという言い方をされた覚えはない。念の修行では使わない言葉だ。

 ここで使う言葉として、選んだのだと思う。それが試験官の言い方なのか、先生の言い方なのかは分からなかった。

 

「自分の分は?」

「持ってきました」

「なら合格」

「百七番は?」

 

 助けた側が合格で、助けられた側が落ちる。

 

「今のままなら不合格」

「え」

 

 大男が固まる。

 

「何でだ!」

「自分で持ってきてないから」

「でも!」

「一人につき一個、自分で選んで持ってきなさい、って言ったでしょう」

 

 条件は最初に全部言われていた。

 

「あ」

「選ぶところまでしか自分でやってない」

 

 大男が大岩を見る。先生が時計を見る。

 

「まだ十三分あるわよ」

「え?」

「戻って別の選んで、自分で持ってきたら?」

 

 大男の目が見開く。

 

「いいのか!?」

「早く行け!!」

「はい!!」

 

 走った。砂煙が上がる。その背中を、先生が腕を組んで見ていた。

 

「優しいですね」

「アンタよりはね」

「そういう意味じゃ」

「三百四十一番」

「はい」

「邪魔」

「はい」

 

 離れる。十歩。

 

「あと」

「はい?」

「先生って呼ぶな!」

「じゃあ何て」

「試験官!」

「はい、先生」

 

 石が飛んできた。避けた。危ない。

 

 

     ◆

 

 

 第二試験。

 通過者、七十二人。百七番も残った。

 残り九秒。拳くらいの石を持って帰ってきた。先生は、合格、と言った。

 大男は少し泣いた。その後、俺を見る。

 

「ありがとな」

「俺、何もしてないよ」

「いや」

 

 男は少し考えて。

 

「最初はしてくれた」

「そうだね」

「でも、あれじゃ駄目だった」

「そうみたい」

 

 落ちた人間の顔を、ちゃんと見ている。

 

「次は自分でやる」

「うん」

 

 男が離れていく。俺は自分の石を掌の上で転がした。

 白っぽくて、汚くて、中に薄い青が入っている。磨けば綺麗になる。磨かなければ、ただの石だ。

 当たり前のことだった。

 遠くで、先生がこっちを見ていた。多分、聞こえている。

 念能力者。怖い。

 目が合ったと思ったら、もう次の受験者を見ていた。こちらのことは、それで終わりらしい。

 

 

     ◆

 

 

 他人の試験まで狩るな。

 言われた言葉だけが、妙に残った。

 俺は、一人でどこまでできるか知りたくて、ここまで来た。

 なのに。

 一人でできることが増えるほど、やっていいことまで増えるわけではないらしい。

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