転生先が殺し合いを約束された帝国の第三王子だった件   作:冷やかし中華

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四


008_05_王子なので、ハンターになることにした

 三日目。第三試験。

 

「二人一組」

 

 七十二人がざわつく。会場は古い鉱山だった。入口、三つ。

 

「抽選で組を決める」

 

 箱。引く。二十一。

 

「二十一番」

 

 声に出す。

 

「二十一」

 

 後ろ。振り返る。クロロ。

 

「あ」

「あ」

 

 お互い、それだけだった。

 三十六組。同じ札を引く確率は、計算するまでもなく低い。汽車で向かいに座ったのも偶然だった。

 偶然が二回続くと、人はそれを縁だと言う。俺はそういう言い方をあまり信じていない。

 クロロも、多分そうだ。だから何も言わなかった。

 

 

     ◆

 

 

 試験内容。

 坑道内に置かれた赤い札。三十枚。三十六組。一組につき一枚。

 つまり、最低でも六組は落ちる。奪取、可。妨害、可。

 故意に相手を殺した場合、その組ごと失格。さらに試験官側の妨害要員。

 制限時間、三時間。二人揃って帰る。

 

「楽だね」

 

 坑道へ入って、クロロが言った。

 

「何が?」

「いちいち説明しなくていいところ」

「同じこと考えてた」

「本当?」

「多分」

 

 暗い。ランプ、二つ。地図、なし。

 

「どうする?」

「札探す」

「そのままだね」

「他にある?」

 

 選択肢を並べるだけ並べて、どれも採らない。

 

「奪う」

「まだ早い」

 

 同じ答えを、同じ速さで出した。

 

「オレもそう思う」

「じゃあ何で言ったの」

「確認」

 

 俺の台詞。取られた。

 

 

     ◆

 

 

 二十分。札、なし。人、三組。

 一組は避けた。一組は尾行。もう一組、正面。

 

「札持ってるか?」

「ない」

 

 答える。

 

「嘘だろ」

「何で?」

「二人とも、余裕そうな顔してるから」

 

 知らないよ。

 

「じゃあ、持ってることにしておこうか」

 

 クロロが言った。

 

「何?」

「どうぞ」

 

 俺を見る。

 

「何で俺?」

「前」

 

 見る。二人。武器。一人、棍棒。一人、短剣。

 

「君の方が早い」

「君でもいいでしょ」

「見たい」

 

 あ。この子。まだ、俺がどのくらい動けるのか、全部は見てない。

 

「後ろお願い」

「うん」

 

 尾行、まだいる。なるほど。

 来る。

 棍棒。

 避ける。

 手首。

 取る。

 回す。

 投げる。

 短剣。右。踏み込む。腹。拳。

 止める。

 寸前。オーラ。少し。

 相手の顔が固まった。

 

「降参?」

「……する!」

「はい」

 

 終わり。後ろを見る。クロロ。何もしていない。

 

「尾行は?」

「帰った」

「何したの?」

「見せた」

「何を?」

 

 抜いてもいない。見せただけで帰ったという。

 

「ナイフ」

「持ってた?」

「うん」

「知らなかった」

「見せてなかったから」

 

 当然みたいに言う。

 

「そっちも」

 

 クロロが言う。

 

「全部見せてないね」

「君もね」

「うん」

 

 会話、終わり。倒れた二人に札はなかった。

 

「時間使った」

「三分」

「もったいない」

 

 三分を惜しむ割に、見たがる。

 

「さっき君が、見たいって言ったんだけど」

「見たかったから」

「満足?」

「まだ」

 

 三分で得たものは、尾行者の数と、引き際の速さだ。

 

「欲張りだな」

「君もでしょう?」

 

 否定できなかった。

 

 

 四十分。

 

「右。二人」

 

 クロロ。

 

「三人」

「三?」

「奥」

「見えない」

 

 足音が三つ。間隔が揃っていない。

 

「音」

「なるほど」

 

 一人止まった。

 

「罠?」

「多分」

「行く?」

「行かない」

「オレも」

 

 左へ。三十歩ほど進んだところで、俺は足を止めた。

 理由は、特にない。嫌な感じがした。それだけ。

 横を見る。クロロも止まっていた。

 三秒。どちらも動かない。どちらも喋らない。

 

「……戻る?」

「うん」

 

 別の道へ。しばらく歩いてから、クロロが聞いた。

 

「何で止まったの?」

「君も止まったじゃん」

「オレは、君が止まったのを見たから」

「俺は、君が止まりそうな気がしたから」

 

 沈黙。二人とも黙った。

 

「どっち?」

「分からない」

 

 本当に分からなかった。俺が先に嫌な感じを拾ったのか。

 クロロの気配が変わったのを拾って、それを自分の勘だと思ったのか。多分、向こうも同じことを考えている。

 

「気持ち悪いね」

 

 クロロが言った。

 

「同感」

「でも、便利」

「そこも同感」

 

 嫌な会話だった。

 

 

 一時間。

 

「上」

 

 俺。クロロが止まる。天井。糸。

 

「鳴子?」

「多分」

「切る?」

「触らない」

「うん」

 

 跨ぐ。

 

 

 一時間十五分。

 

「これ」

 

 クロロ。壁。三本の傷。

 

「何?」

「同じ傷が、さっきの分かれ道にもあった」

「道標?」

「誰かの」

 

 同じ形の傷が、三本目の木にもある。

 

「試験官?」

「受験者かも」

「追う?」

 

 同じ判断に、別々に辿り着いた。

 

「今は」

「追わない」

「うん」

 

 

 一時間半。角を曲がったところで、正面から二人組と鉢合わせた。

 向こうも驚いた顔をした。互いに武器を出さない。

 三秒。

 相手が下がった。こちらも下がる。そのまま別れた。

 

「追う?」

 

 クロロが言った。

 

「何で?」

「あの二人、札を持ってるかもしれない」

「持ってなかったよ」

「見た?」

 

 すれ違ったのは数秒だ。

 

「手ぶらだった。二人とも、袖も膨らんでない」

「隠せるでしょ」

「すれ違う時、隠す仕草をしてなかった」

「なるほど」

 

 少し歩く。

 

「でも」

 

 クロロが続けた。

 

「今のうちに潰しておけば、後が楽じゃない?」

「札持ってないのに?」

「これから持つかもしれないでしょう」

「じゃあ、その時考えれば」

「その時にはもう、こっちも疲れてる」

 

 言っていることは、分かる。

 

「でも、潰すのは時間の無駄でしょ」

「そう?」

「札を取るのが試験だから。人を減らすのは試験じゃない」

 

 言っていることは正しい。ただ、正しさの向きが違う。

 

「減らせば札は残る」

「残るね」

「じゃあ、同じじゃない?」

「同じじゃないよ」

 

 クロロが俺を見た。少し。考えている顔。

 

「……分かった」

「納得した?」

「してない」

「え」

「でも、君がそう言うならそれでいい。今は」

 

 今は。

 その言い方は、俺もよく使う。だから分かる。納得していない時に使う言葉だ。

 少し歩いてから、思った。

 この子は、目の前にいる人間を「後で邪魔になるかどうか」で見ている。俺は、「今の目的に要るかどうか」で切っている。

 似ている。でも、同じではない。

 どちらが正しいのかは、分からない。試験としてなら、多分クロロの方が正しい。

 実際、あの二人が後でどこかの組から札を奪って、その組が落ちる可能性はある。

 俺が見逃したせいで、誰かが落ちるかもしれない。

 そう考えて、そこで止めた。全部を数えていたら動けない。

 先生に言われたことがある。

 自分が転んだ時に巻き込まれる人間が一人じゃないなら、そこまで数えてから動け。

 あれは、数えろという話だった。でも今日は、数えない方を選んだ。

 どっちなんだ。歩きながら考えて、答えは出なかった。

 

 

     ◆

 

 

 一時間四十一分。札を見つけた。

 広い坑道。中央。箱。赤い札。

 

「分かりやすい」

「罠だね」

「だね」

 

 見る。

 上。左右。

 後ろ。

 床。人。

 

「四人」

 

 クロロ。

 

「五人」

「また?」

「左奥」

「本当だ」

 

 こちらが数えるより先に、位置まで言い当てる。

 

「二組?」

「一人余る」

「妨害要員」

「多分」

 

 クロロは箱を見ていない。ずっと人の方を見ている。

 

「どうする?」

「取る?」

「誰が?」

「君」

 

 役割を決めるのが早い。

 

「何で?」

「オレが人を見る」

「俺も見たい」

「じゃあ」

 

 クロロが考える。

 

「同時にやろう。君が札、オレが人」

「どうやって?」

「君ならできるでしょう?」

 

 嫌な信頼だな。

 

「失敗したら?」

「オレが取る」

「じゃあ行く」

 

 踏み出す。

 一歩。二歩。三。

 来る。

 右、二人。後ろ、一。上、網。

 俺は札を取る。

 身体を捻る。

 棍棒。

 避ける。

 足。

 払う。

 上から網。クロロ。ナイフ。一閃。

 裂ける。

 

「クロロ」

 

 札を投げる。受け取る。

 襲う側の視線が変わった。三人。クロロを見る。

 

「なるほど」

「何?」

「誰でも、札を持ってる方を狙うでしょう」

「普通じゃない?」

「だから」

 

 札。投げ返される。

 

「え」

 

 今度は俺。狙われる。

 

「遊んでる?」

「確認」

「今?」

「今」

 

 来る。面倒。でも、分かる。

 一人、札だけを狙う。二人、人を倒そうとする。残り、動かない。

 

「左奥」

「うん」

「試験官側」

「オレもそう思う」

 

 立ち方が違う。受験者はああいう足の置き方をしない。

 

「じゃあ」

「無視」

「了解」

 

 札をポケットへ。走る。クロロ、ついてくる。

 追われる。三人。

 

「出口」

「分かる?」

「さっきの傷」

「あ」

 

 三本線。

 

「これ、受験者が付けた印じゃない」

「多分ね」

「使える?」

 

 他人の道標を、そのまま借りる。

 

「使える」

「じゃあ右」

「うん」

 

 

     ◆

 

 

 二時間十一分。出口。札、ある。二人、いる。

 

「二十一組」

 

 試験官。

 

「通過」

「終わり?」

「終わりだ」

 

 拍子抜けするほど、あっさりしていた。

 

「本当に?」

「出ろ」

「はい」

 

 外。

 座る。

 水。飲む。クロロも隣へ。

 

「どうだった?」

「何が?」

「確認」

「ああ」

 

 クロロが俺を見る。

 

「使える」

「汽車でも聞いた」

「あの時より」

「上がった?」

 

 汽車で会った時から、半月も経っていない。

 

「かなり」

「それはどうも」

「君は?」

「楽だった」

「試験?」

「君と組むの」

 

 クロロが少し黙る。

 

「それは」

 

 笑った。

 

「褒め言葉?」

「俺には」

「じゃあ、ありがとう」

 

 汽車の時、逆だった。

 

「でも」

 

 クロロが続ける。

 

「君、変だね」

「君に言われたくない」

「オレのどこが?」

「全部」

 

 同じやり取りを、今日二度やっている。

 

「大雑把だ」

「君もさっき、俺に同じこと言った」

「そうだった?」

「覚えてないの?」

「覚えてるよ」

 

 笑っている。この子、楽しんでいる。試験を。多分、俺を。

 少し。それが嫌ではなかった。

 

 

     ◆

 

 

 第三試験を通過したのは、二十八人だった。

 三百九十四人。百六十三人。七十二人。二十八人。

 数字だけなら、減った。それだけ。

 でも、最初の地下室にいた人間の顔を思い出す。武器を三つ吊るしていた男。本を読んでいた学者風。前掛けの料理人。

 今、食堂にいるのは二十八人。前掛けの人はいた。あとの二人はいない。

 先生の声が、少しだけ頭に戻った。

 

『自分ができることを、他人も同じくらいできると思う方』

 

 山はそれほど難しくなかった。石も。坑道も。俺には。

 でも、三百六十六人はもういない。そう考えると、普通、という言葉を少し使いづらくなった。

 

 

     ◆

 

 

 四日目と五日目は、ほとんど移動に使われた。試験官は何も説明しなかった。

 列車。車。また列車。

 窓が開いている時間の方が短かった。どこを走っているのかも分からない。

 二十八人が、ただ運ばれていく。誰も文句を言わなかった。言っても何も変わらないと、この四日で全員が学んでいた。

 六日目。朝。

 俺たちはまた列車へ乗せられた。今度は窓が閉められていた。

 半日。着いた先は知らない町。

 渡されたものは一枚の写真。裏に、名前が一つ。それだけ。

 

「五日以内に探せ」

 

 第四試験。

 写真の人物を見つけ、本人しか答えられない質問を一つ作り、答えを持ち帰る。

 捕まえる必要はない。連れてくる必要もない。ただ。

 

「ハントしろ(狩れ)」

 

 そう言われた。また、その言葉だった。

 試験官は、狩るとは言わなかった。ハント、と読んだ。先生も、あの時そう言っていた気がする。

 この人たちの言葉なのだと思う。俺はまだ、そう読めない。

 

 

 五日。人を探した。

 知らない町。地図、なし。写真は古い。名前は偽名だった。

 最初に聞いた店では嘘を教えられた。

 二日目。港の男に金を払った。銀貨。三枚。

 男は場所を教えてくれた。行った。いなかった。その建物は五年前に潰れていた。

 三日目。

 同じ手を使うのをやめた。朝から市場にいた老人に、飯を奢った。

 安い店。二人分で、さっきの銀貨より安い。

 話を聞く。三十分。写真の話は最後までしなかった。

 帰り際に、一度だけ聞いた。老人は少し考えて、名前を一つ出した。当たりだった。

 歩きながら考える。

 金が使えないわけじゃない。金しか使わないのが駄目なんだ。

 王宮では、それで大体片づいた。人を動かす。予算をつける。担当を変える。

 全部、俺の名前と国の金でやった。

 今日は、飯を一回奢った。それだけで、向こうが喋りたくなった。

 当たり前のことに、十八年かかった。

 いや。まだ十七だった。

 四日目、見つけた。五日目、戻った。与えられた五日を、丸ごと使った。

 戻った時には、もう十一日目に入っていた。

 

 

     ◆

 

 

 クロロは四日目の夜に戻っていた。

 

「早いね」

「君が遅い」

「今度は本当に」

「うん」

 

 種を明かす気はないらしい。

 

「どうやって?」

「教えたら、君、次に使うでしょう」

「使うね」

「だから教えない」

 

 言い方は軽いのに、断り方だけは丁寧だった。

 

「けち」

「君だって、教えないことあるでしょう?」

「俺は聞かれたら」

「全部は言わない」

 

 言い返せなかった。

 

「違う?」

「違わない」

 

 この子、段々、嫌なところを見るようになってきた。

 

 

 第四試験、通過、十三人。

 ここまでで十一日。最初の日から数えると、もう十日以上。

 王宮を出た日は、もっと前。思っていたより長い。

 でも、姉さんへ連絡する機会はまだなかった。

 試験中はできないかもしれない。そう言った。だから嘘にはならない。

 帰ったら怒られるかもしれない。それは別。

 

 

 十三人になった日の夜。試験官は。

 

「明日は移動日だ」

 

 と言った。

 

「次の試験は明後日から。今日は休め」

 

 宿。一人部屋。風呂。食事。寝る。

 久しぶりに、何も考えなくていい。そう思った。

 

 

     ◆

 

 

 朝。枕元。ない。受験札。

 財布、ある。荷物、ある。受験札だけ、ない。

 

「なるほど」

 

 起きる。廊下。騒がしい。

 

「俺の札がない!」

「誰だ!」

「試験官呼べ!」

 

 十三人。全員ではない。なくなった者。残っている者。いる。

 俺のは、ない。

 扉。窓。鍵。

 壊されていない。昨夜、誰かが入った。気づかなかった。

 いや、眠らされた?

 匂い。食事。分からない。少し笑ってしまった。

 王宮にいた頃は、寝ている時でもここまで無防備にはならなかった。誰かが部屋へ入れば起きた。起きるようにしていた。

 なのに、休めと言われたら、本当に休んだ。この二週間で、そうなった。

 悪いことではない、と思う。思うが、札は取られている。

 先生なら笑うな。

 

「移動は十時」

 

 廊下の端。試験官。

 

「受験札のない者は列車に乗せない」

「試験じゃねえって言っただろ!」

「言ってない」

「休めって!」

「休めとは言った」

 

 嫌だ。この協会。

 

 

 明示されなかった第五試験。札を取り戻す。時間、三時間。

 俺の札は厨房の床下にあった。見つけたのは一時間十二分。クロロはそれより早かった。

 

「どこにあった?」

「煙突」

「何で?」

「昨日、屋根を歩いてた人がいた」

「見てたの?」

「音だけ」

 

 またそれ。

 

「君は?」

「厨房」

「どうして?」

「朝、一人だけ料理人の靴が変わってた」

 

 クロロが少し笑った。

 

「似てきた?」

「誰と?」

「オレ」

 

 似ている、と言われて即答で否定した自分に、少し驚く。

 

「嫌だ」

「何で?」

「何となく」

 

 理由はある。言わないだけだ。

 

「失礼だね」

「褒めてる」

「そう?」

「多分」

 

 

     ◆

 

 

 十時。車へ乗れたのは九人。四人、消えた。

 三百九十四人。九人。

 そこで初めて実感した。残った、ではなく、ここまで来た、という感じがした。

 車の中を見る。大男がいる。長い布袋の男もいる。汽車で手の甲をずっと擦っていた男は、いない。

 第一試験で岩に挟まれていた男も、いない。

 どこで消えたのかは知らない。名前も知らない。

 挟まれていた男の顔だけは、はっきり覚えている。悪い、と言った時の顔だ。

 名前を聞かなかった。聞く必要がなかったから。

 聞いていたら、何か変わったかというと、多分、何も変わらない。それでも、いたことは覚えている。

 自分が強いから、だけではない。

 運。判断。相性。見落とし。他人。

 いろいろ。

 全部で、九人。

 

 

     ◆

 

 

 そこからまた、移動だった。十二日目の午後に車を降り、名前も聞かされない宿で一泊。

 十三日目は丸一日、別の車で運ばれた。誰も試験の話をしなかった。

 九人しかいないのに、誰も口を開かない。

 試験開始から十四日目。俺たちは山間の施設へ移された。そこで初めて。

 

「次が最終試験です」

 

 と言われた。誰も喜ばなかった。多分、皆、同じことを考えている。

 本当に? また嘘じゃない?

 九人が黙って座っている。

 二週間前、地下にいた三百九十四人の中で、この九人が誰なのかを当てられた人間は、たぶん一人もいない。

 俺にも当てられなかった。自分が残ることさえ、当てていたわけではない。

 

「その前に」

 

 案内役が続ける。

 

「会長との個人面接を行います」

 

 会長。ハンター協会。今、この時代。ということは。

 

「三百四十一番」

「はい」

「あなたからです」

 

 早い。

 

「こちらへ」

 

 案内される。扉。入る。

 

 

     ◆

 

 

 老人。白い髭。細い身体。

 座っている。見覚えがある。

 ある。ありすぎる。

 

「ほっほ」

 

 笑った。

 

「三百四十一番」

 

 ネテロ。本人。老人だ。記憶の中でも老人だった。

 なのに何故か若く見える。いや、比較対象がおかしい。

 

「座りなさい」

「失礼します」

 

 座る。強い。分かる。でも、分からない。

 先生は分かる。どこにどれだけあるか、なんとなく見える。

 クロロも、隠していることは分かる。隠しているという事実が見える。

 この人は、違う。

 見ている。ちゃんと見ている。なのに、何も入ってこない。こちらの目が滑る。

 大きい、という言い方も違う気がした。

 

「そんなに見られると照れるのう」

「あ」

「美男子じゃろ?」

「……はい」

「間があったぞ」

「すみません」

 

 笑われた。

 

 

     ◆

 

 

「名前は?」

「カイ」

「本名?」

 

 何回目だ。

 

「合格したら」

「ほっほ。そうか」

 

 追及しない。

 

「ハンターになりたい理由は?」

「資格が欲しいからです」

「何に使う?」

「移動。情報。立ち入り。人脈」

 

 ネテロは紙に何も書かなかった。

 

「金はいらん?」

「困ってないので」

「若いのに豪気じゃのう」

「そうですか?」

「それだけか?」

 

 また、同じ質問。父上。姉さん。先生。ネテロ。四人目。

 なのに、同じには聞こえない。

 

「……自分が」

 

 口を開く。

 

「何ができるのか、知りたいです」

「ほう」

「肩書きがなくても。誰かに用意されなくても。一人でどこまで行けるのか」

「それでハンター試験?」

「ちょうどよかったので」

 

 ネテロが目を細める。

 

「面白いのう」

「そうですか?」

「うむ」

 

 何が、とは聞かない。

 

「では」

 

 ネテロ。

 

「ハンターになったら、何をハントする(狩る)?」

 

 止まる。また、その読み方だった。三度目だ。

 先生。試験官。この人。三人とも、同じ言葉を同じように読む。

 何を。犯罪者。宝。情報。珍しい食材。未知の場所。

 それとも、国の中にある、見たくないもの。見てしまったもの。

 分からない。

 

「まだ」

 

 答える。

 

「決めてません」

「ほう?」

「だから、受けました」

 

 ネテロがしばらく俺を見る。

 

「順番が逆ではないか?」

「そうかもしれません」

「普通は、欲しいものがあるからハンターになる」

「はい」

「お主は、何を欲しがる人間か知るためにハンターになる」

「……多分」

 

 言われて初めて、自分の受けた理由がそういう形をしていると分かった。

 

「面倒じゃのう」

「よく言われます」

「誰に?」

「姉と先生に」

「ほっほっほ!」

 

 何でそんなに笑う。

 

 

     ◆

 

 

「では、試験の話をしようかの」

 

 ネテロが紙を見る。

 

「今回の受験者で。気になる者は?」

 

 来た。

 

「気になる?」

「何でもよい」

 

 九人。強い人はいる。

 山で俺より速かった人。大男も。布袋の男も。まだ残っている。

 でも。

 

「三百四十二番」

 

 すぐ出た。

 

「クロロ?」

「はい」

「何故?」

「人を見るから」

 

 ネテロが少し眉を上げた。

 

「お主もじゃろ?」

「そうですか?」

「違うか?」

「先生にも言われました」

 

 老人の目が、少しだけ細くなった。

 

「ほう」

「見ろって」

「なら似た者同士か?」

「違うと思います」

「何が?」

 

 考える。俺は人を見る。

 何ができるか。何を求めているか。何に困っているか。どうすれば上手くいくか。

 

「俺は」

 

 言う。

 

「助けるために見ることが多いと思います」

「うむ」

「クロロは」

 

 あの子。見る。

 出口。手。視線。癖。

 使えるか。

 何を隠しているか。

 

「使うために見る」

 

 ネテロの目が、ほんの少し変わった気がした。

 

「嫌いか?」

「別に」

「怖い?」

「少し」

 

 答えてから、少しだけ嘘だったかもしれないと思った。

 

「なのに組んで楽だった」

「見てたんですか」

「試験じゃからのう」

「そうでした」

 

 忘れていた。

 

 

「では」

 

 ネテロ。

 

「一番戦いたくないのは?」

「先生」

「受験者で」

「駄目ですか」

「駄目じゃ」

 

 残念。

 

「じゃあ」

 

 考える。

 

「クロロ」

「気になる者も?」

「はい」

 

 質問が、だんだん内側へ入ってくる。

 

「何故戦いたくない?」

「面倒だから」

「強いから?」

「それも」

「それ以外は?」

「多分」

 

 少し考える。

 

「戦いながら、こっちを見るから」

 

 ネテロが、にや、と笑った。

 

「お主もじゃろ」

「……そうかもしれません」

「ほっほ」

 

 嫌だな、この試験。人に、自分のことを言わされる。

 

 

     ◆

 

 

「最後に」

 

 ネテロが言った。

 

「三百四十一番」

「はい」

「お主」

 

 笑う。

 

「ずいぶん上手に隠すのう」

 

 呼吸が止まりかける。

 止めない。

 

「何をです?」

「さて」

 

 返された。

 

「何じゃろうな?」

 

 嫌な老人。笑っている。

 何を見た。オーラ? 名前? 育ち? 全部?

 分からない。こちらは何も読めなかったのに、向こうは何か拾っている。

 その、分からないということが、一番嫌だ。

 

「最終試験で会おう」

「……はい」

「次」

 

 終わり。立つ。扉へ。

 

「三百四十一番」

「はい?」

「ハントする(狩る)もの」

「?」

「見つかるとよいのう」

 

 振り返る。ネテロはもう次の紙を見ていた。

 

「ありがとうございます」

 

 出る。

 

 

     ◆

 

 

 廊下。一人。歩く。途中で壁へ背中をつけた。

 

「……疲れた」

 

 身体ではない。

 山。採石場。廃坑。人探し。札探し。

 全部、今より楽だった。

 先生。クロロ。ネテロ。

 見る。

 見られる。

 何を狩る。まだ分からない。

 一つだけ、はっきりしたことがある。

 俺は、人を見るのが得意だと思っていた。先生に言われて、そのつもりでやってきた。

 でも、あの部屋では何も見えなかった。見ようとして、滑っただけだ。

 そして向こうは、こちらの何かを拾っていった。上には上がいる。当たり前のことだ。

 王宮では、その当たり前に会う機会がなかった。少なくとも、王宮にいた時より考える材料は増えた。

 

 

     ◆

 

 

「カイ」

 

 声。見る。クロロ。廊下の向こう。

 

「終わった?」

「今」

 

 扉の隙間から、廊下の光が細く伸びている。

 

「どうだった?」

「疲れた」

「珍しい」

「君は?」

「これから」

 

 入れ替わり。

 

「何聞かれた?」

「教えたら、君の答え変わるでしょ」

 

 クロロが止まる。笑う。

 

「そうだね」

「だから教えない」

「分かった」

 

 すれ違う。

 一歩。二歩。

 

「クロロ」

「何?」

 

 振り返る。

 

「頑張って」

 

 クロロが少しだけ変な顔をした。

 

「……何?」

「いや」

「何?」

「君、本当に普通だね」

「だから失礼だって」

「褒めてるよ」

 

 扉が開く。クロロが入る。閉まる。

 

 

     ◆

 

 

 三百九十四人。十四日。九人。

 残るのは、あと最終試験だけ。

 思っていたより長かった。思っていたより早かった。思っていたより面白かった。

 そして、思っていたよりずっと、人を見る試験だった。人に見られる試験だった。

 だから、少しだけ分かってきたこともある。

 何を狩りたいのかは、まだ分からない。

 でも、何でも一人で狩ればいいわけではない。それだけは、前より少し分かった気がする。

 次。最終試験。

 俺は壁から背を離した。

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