転生先が殺し合いを約束された帝国の第三王子だった件 作:冷やかし中華
三日目。第三試験。
「二人一組」
七十二人がざわつく。会場は古い鉱山だった。入口、三つ。
「抽選で組を決める」
箱。引く。二十一。
「二十一番」
声に出す。
「二十一」
後ろ。振り返る。クロロ。
「あ」
「あ」
お互い、それだけだった。
三十六組。同じ札を引く確率は、計算するまでもなく低い。汽車で向かいに座ったのも偶然だった。
偶然が二回続くと、人はそれを縁だと言う。俺はそういう言い方をあまり信じていない。
クロロも、多分そうだ。だから何も言わなかった。
◆
試験内容。
坑道内に置かれた赤い札。三十枚。三十六組。一組につき一枚。
つまり、最低でも六組は落ちる。奪取、可。妨害、可。
故意に相手を殺した場合、その組ごと失格。さらに試験官側の妨害要員。
制限時間、三時間。二人揃って帰る。
「楽だね」
坑道へ入って、クロロが言った。
「何が?」
「いちいち説明しなくていいところ」
「同じこと考えてた」
「本当?」
「多分」
暗い。ランプ、二つ。地図、なし。
「どうする?」
「札探す」
「そのままだね」
「他にある?」
選択肢を並べるだけ並べて、どれも採らない。
「奪う」
「まだ早い」
同じ答えを、同じ速さで出した。
「オレもそう思う」
「じゃあ何で言ったの」
「確認」
俺の台詞。取られた。
◆
二十分。札、なし。人、三組。
一組は避けた。一組は尾行。もう一組、正面。
「札持ってるか?」
「ない」
答える。
「嘘だろ」
「何で?」
「二人とも、余裕そうな顔してるから」
知らないよ。
「じゃあ、持ってることにしておこうか」
クロロが言った。
「何?」
「どうぞ」
俺を見る。
「何で俺?」
「前」
見る。二人。武器。一人、棍棒。一人、短剣。
「君の方が早い」
「君でもいいでしょ」
「見たい」
あ。この子。まだ、俺がどのくらい動けるのか、全部は見てない。
「後ろお願い」
「うん」
尾行、まだいる。なるほど。
来る。
棍棒。
避ける。
手首。
取る。
回す。
投げる。
短剣。右。踏み込む。腹。拳。
止める。
寸前。オーラ。少し。
相手の顔が固まった。
「降参?」
「……する!」
「はい」
終わり。後ろを見る。クロロ。何もしていない。
「尾行は?」
「帰った」
「何したの?」
「見せた」
「何を?」
抜いてもいない。見せただけで帰ったという。
「ナイフ」
「持ってた?」
「うん」
「知らなかった」
「見せてなかったから」
当然みたいに言う。
「そっちも」
クロロが言う。
「全部見せてないね」
「君もね」
「うん」
会話、終わり。倒れた二人に札はなかった。
「時間使った」
「三分」
「もったいない」
三分を惜しむ割に、見たがる。
「さっき君が、見たいって言ったんだけど」
「見たかったから」
「満足?」
「まだ」
三分で得たものは、尾行者の数と、引き際の速さだ。
「欲張りだな」
「君もでしょう?」
否定できなかった。
四十分。
「右。二人」
クロロ。
「三人」
「三?」
「奥」
「見えない」
足音が三つ。間隔が揃っていない。
「音」
「なるほど」
一人止まった。
「罠?」
「多分」
「行く?」
「行かない」
「オレも」
左へ。三十歩ほど進んだところで、俺は足を止めた。
理由は、特にない。嫌な感じがした。それだけ。
横を見る。クロロも止まっていた。
三秒。どちらも動かない。どちらも喋らない。
「……戻る?」
「うん」
別の道へ。しばらく歩いてから、クロロが聞いた。
「何で止まったの?」
「君も止まったじゃん」
「オレは、君が止まったのを見たから」
「俺は、君が止まりそうな気がしたから」
沈黙。二人とも黙った。
「どっち?」
「分からない」
本当に分からなかった。俺が先に嫌な感じを拾ったのか。
クロロの気配が変わったのを拾って、それを自分の勘だと思ったのか。多分、向こうも同じことを考えている。
「気持ち悪いね」
クロロが言った。
「同感」
「でも、便利」
「そこも同感」
嫌な会話だった。
一時間。
「上」
俺。クロロが止まる。天井。糸。
「鳴子?」
「多分」
「切る?」
「触らない」
「うん」
跨ぐ。
一時間十五分。
「これ」
クロロ。壁。三本の傷。
「何?」
「同じ傷が、さっきの分かれ道にもあった」
「道標?」
「誰かの」
同じ形の傷が、三本目の木にもある。
「試験官?」
「受験者かも」
「追う?」
同じ判断に、別々に辿り着いた。
「今は」
「追わない」
「うん」
一時間半。角を曲がったところで、正面から二人組と鉢合わせた。
向こうも驚いた顔をした。互いに武器を出さない。
三秒。
相手が下がった。こちらも下がる。そのまま別れた。
「追う?」
クロロが言った。
「何で?」
「あの二人、札を持ってるかもしれない」
「持ってなかったよ」
「見た?」
すれ違ったのは数秒だ。
「手ぶらだった。二人とも、袖も膨らんでない」
「隠せるでしょ」
「すれ違う時、隠す仕草をしてなかった」
「なるほど」
少し歩く。
「でも」
クロロが続けた。
「今のうちに潰しておけば、後が楽じゃない?」
「札持ってないのに?」
「これから持つかもしれないでしょう」
「じゃあ、その時考えれば」
「その時にはもう、こっちも疲れてる」
言っていることは、分かる。
「でも、潰すのは時間の無駄でしょ」
「そう?」
「札を取るのが試験だから。人を減らすのは試験じゃない」
言っていることは正しい。ただ、正しさの向きが違う。
「減らせば札は残る」
「残るね」
「じゃあ、同じじゃない?」
「同じじゃないよ」
クロロが俺を見た。少し。考えている顔。
「……分かった」
「納得した?」
「してない」
「え」
「でも、君がそう言うならそれでいい。今は」
今は。
その言い方は、俺もよく使う。だから分かる。納得していない時に使う言葉だ。
少し歩いてから、思った。
この子は、目の前にいる人間を「後で邪魔になるかどうか」で見ている。俺は、「今の目的に要るかどうか」で切っている。
似ている。でも、同じではない。
どちらが正しいのかは、分からない。試験としてなら、多分クロロの方が正しい。
実際、あの二人が後でどこかの組から札を奪って、その組が落ちる可能性はある。
俺が見逃したせいで、誰かが落ちるかもしれない。
そう考えて、そこで止めた。全部を数えていたら動けない。
先生に言われたことがある。
自分が転んだ時に巻き込まれる人間が一人じゃないなら、そこまで数えてから動け。
あれは、数えろという話だった。でも今日は、数えない方を選んだ。
どっちなんだ。歩きながら考えて、答えは出なかった。
◆
一時間四十一分。札を見つけた。
広い坑道。中央。箱。赤い札。
「分かりやすい」
「罠だね」
「だね」
見る。
上。左右。
後ろ。
床。人。
「四人」
クロロ。
「五人」
「また?」
「左奥」
「本当だ」
こちらが数えるより先に、位置まで言い当てる。
「二組?」
「一人余る」
「妨害要員」
「多分」
クロロは箱を見ていない。ずっと人の方を見ている。
「どうする?」
「取る?」
「誰が?」
「君」
役割を決めるのが早い。
「何で?」
「オレが人を見る」
「俺も見たい」
「じゃあ」
クロロが考える。
「同時にやろう。君が札、オレが人」
「どうやって?」
「君ならできるでしょう?」
嫌な信頼だな。
「失敗したら?」
「オレが取る」
「じゃあ行く」
踏み出す。
一歩。二歩。三。
来る。
右、二人。後ろ、一。上、網。
俺は札を取る。
身体を捻る。
棍棒。
避ける。
足。
払う。
上から網。クロロ。ナイフ。一閃。
裂ける。
「クロロ」
札を投げる。受け取る。
襲う側の視線が変わった。三人。クロロを見る。
「なるほど」
「何?」
「誰でも、札を持ってる方を狙うでしょう」
「普通じゃない?」
「だから」
札。投げ返される。
「え」
今度は俺。狙われる。
「遊んでる?」
「確認」
「今?」
「今」
来る。面倒。でも、分かる。
一人、札だけを狙う。二人、人を倒そうとする。残り、動かない。
「左奥」
「うん」
「試験官側」
「オレもそう思う」
立ち方が違う。受験者はああいう足の置き方をしない。
「じゃあ」
「無視」
「了解」
札をポケットへ。走る。クロロ、ついてくる。
追われる。三人。
「出口」
「分かる?」
「さっきの傷」
「あ」
三本線。
「これ、受験者が付けた印じゃない」
「多分ね」
「使える?」
他人の道標を、そのまま借りる。
「使える」
「じゃあ右」
「うん」
◆
二時間十一分。出口。札、ある。二人、いる。
「二十一組」
試験官。
「通過」
「終わり?」
「終わりだ」
拍子抜けするほど、あっさりしていた。
「本当に?」
「出ろ」
「はい」
外。
座る。
水。飲む。クロロも隣へ。
「どうだった?」
「何が?」
「確認」
「ああ」
クロロが俺を見る。
「使える」
「汽車でも聞いた」
「あの時より」
「上がった?」
汽車で会った時から、半月も経っていない。
「かなり」
「それはどうも」
「君は?」
「楽だった」
「試験?」
「君と組むの」
クロロが少し黙る。
「それは」
笑った。
「褒め言葉?」
「俺には」
「じゃあ、ありがとう」
汽車の時、逆だった。
「でも」
クロロが続ける。
「君、変だね」
「君に言われたくない」
「オレのどこが?」
「全部」
同じやり取りを、今日二度やっている。
「大雑把だ」
「君もさっき、俺に同じこと言った」
「そうだった?」
「覚えてないの?」
「覚えてるよ」
笑っている。この子、楽しんでいる。試験を。多分、俺を。
少し。それが嫌ではなかった。
◆
第三試験を通過したのは、二十八人だった。
三百九十四人。百六十三人。七十二人。二十八人。
数字だけなら、減った。それだけ。
でも、最初の地下室にいた人間の顔を思い出す。武器を三つ吊るしていた男。本を読んでいた学者風。前掛けの料理人。
今、食堂にいるのは二十八人。前掛けの人はいた。あとの二人はいない。
先生の声が、少しだけ頭に戻った。
『自分ができることを、他人も同じくらいできると思う方』
山はそれほど難しくなかった。石も。坑道も。俺には。
でも、三百六十六人はもういない。そう考えると、普通、という言葉を少し使いづらくなった。
◆
四日目と五日目は、ほとんど移動に使われた。試験官は何も説明しなかった。
列車。車。また列車。
窓が開いている時間の方が短かった。どこを走っているのかも分からない。
二十八人が、ただ運ばれていく。誰も文句を言わなかった。言っても何も変わらないと、この四日で全員が学んでいた。
六日目。朝。
俺たちはまた列車へ乗せられた。今度は窓が閉められていた。
半日。着いた先は知らない町。
渡されたものは一枚の写真。裏に、名前が一つ。それだけ。
「五日以内に探せ」
第四試験。
写真の人物を見つけ、本人しか答えられない質問を一つ作り、答えを持ち帰る。
捕まえる必要はない。連れてくる必要もない。ただ。
「
そう言われた。また、その言葉だった。
試験官は、狩るとは言わなかった。ハント、と読んだ。先生も、あの時そう言っていた気がする。
この人たちの言葉なのだと思う。俺はまだ、そう読めない。
五日。人を探した。
知らない町。地図、なし。写真は古い。名前は偽名だった。
最初に聞いた店では嘘を教えられた。
二日目。港の男に金を払った。銀貨。三枚。
男は場所を教えてくれた。行った。いなかった。その建物は五年前に潰れていた。
三日目。
同じ手を使うのをやめた。朝から市場にいた老人に、飯を奢った。
安い店。二人分で、さっきの銀貨より安い。
話を聞く。三十分。写真の話は最後までしなかった。
帰り際に、一度だけ聞いた。老人は少し考えて、名前を一つ出した。当たりだった。
歩きながら考える。
金が使えないわけじゃない。金しか使わないのが駄目なんだ。
王宮では、それで大体片づいた。人を動かす。予算をつける。担当を変える。
全部、俺の名前と国の金でやった。
今日は、飯を一回奢った。それだけで、向こうが喋りたくなった。
当たり前のことに、十八年かかった。
いや。まだ十七だった。
四日目、見つけた。五日目、戻った。与えられた五日を、丸ごと使った。
戻った時には、もう十一日目に入っていた。
◆
クロロは四日目の夜に戻っていた。
「早いね」
「君が遅い」
「今度は本当に」
「うん」
種を明かす気はないらしい。
「どうやって?」
「教えたら、君、次に使うでしょう」
「使うね」
「だから教えない」
言い方は軽いのに、断り方だけは丁寧だった。
「けち」
「君だって、教えないことあるでしょう?」
「俺は聞かれたら」
「全部は言わない」
言い返せなかった。
「違う?」
「違わない」
この子、段々、嫌なところを見るようになってきた。
第四試験、通過、十三人。
ここまでで十一日。最初の日から数えると、もう十日以上。
王宮を出た日は、もっと前。思っていたより長い。
でも、姉さんへ連絡する機会はまだなかった。
試験中はできないかもしれない。そう言った。だから嘘にはならない。
帰ったら怒られるかもしれない。それは別。
十三人になった日の夜。試験官は。
「明日は移動日だ」
と言った。
「次の試験は明後日から。今日は休め」
宿。一人部屋。風呂。食事。寝る。
久しぶりに、何も考えなくていい。そう思った。
◆
朝。枕元。ない。受験札。
財布、ある。荷物、ある。受験札だけ、ない。
「なるほど」
起きる。廊下。騒がしい。
「俺の札がない!」
「誰だ!」
「試験官呼べ!」
十三人。全員ではない。なくなった者。残っている者。いる。
俺のは、ない。
扉。窓。鍵。
壊されていない。昨夜、誰かが入った。気づかなかった。
いや、眠らされた?
匂い。食事。分からない。少し笑ってしまった。
王宮にいた頃は、寝ている時でもここまで無防備にはならなかった。誰かが部屋へ入れば起きた。起きるようにしていた。
なのに、休めと言われたら、本当に休んだ。この二週間で、そうなった。
悪いことではない、と思う。思うが、札は取られている。
先生なら笑うな。
「移動は十時」
廊下の端。試験官。
「受験札のない者は列車に乗せない」
「試験じゃねえって言っただろ!」
「言ってない」
「休めって!」
「休めとは言った」
嫌だ。この協会。
明示されなかった第五試験。札を取り戻す。時間、三時間。
俺の札は厨房の床下にあった。見つけたのは一時間十二分。クロロはそれより早かった。
「どこにあった?」
「煙突」
「何で?」
「昨日、屋根を歩いてた人がいた」
「見てたの?」
「音だけ」
またそれ。
「君は?」
「厨房」
「どうして?」
「朝、一人だけ料理人の靴が変わってた」
クロロが少し笑った。
「似てきた?」
「誰と?」
「オレ」
似ている、と言われて即答で否定した自分に、少し驚く。
「嫌だ」
「何で?」
「何となく」
理由はある。言わないだけだ。
「失礼だね」
「褒めてる」
「そう?」
「多分」
◆
十時。車へ乗れたのは九人。四人、消えた。
三百九十四人。九人。
そこで初めて実感した。残った、ではなく、ここまで来た、という感じがした。
車の中を見る。大男がいる。長い布袋の男もいる。汽車で手の甲をずっと擦っていた男は、いない。
第一試験で岩に挟まれていた男も、いない。
どこで消えたのかは知らない。名前も知らない。
挟まれていた男の顔だけは、はっきり覚えている。悪い、と言った時の顔だ。
名前を聞かなかった。聞く必要がなかったから。
聞いていたら、何か変わったかというと、多分、何も変わらない。それでも、いたことは覚えている。
自分が強いから、だけではない。
運。判断。相性。見落とし。他人。
いろいろ。
全部で、九人。
◆
そこからまた、移動だった。十二日目の午後に車を降り、名前も聞かされない宿で一泊。
十三日目は丸一日、別の車で運ばれた。誰も試験の話をしなかった。
九人しかいないのに、誰も口を開かない。
試験開始から十四日目。俺たちは山間の施設へ移された。そこで初めて。
「次が最終試験です」
と言われた。誰も喜ばなかった。多分、皆、同じことを考えている。
本当に? また嘘じゃない?
九人が黙って座っている。
二週間前、地下にいた三百九十四人の中で、この九人が誰なのかを当てられた人間は、たぶん一人もいない。
俺にも当てられなかった。自分が残ることさえ、当てていたわけではない。
「その前に」
案内役が続ける。
「会長との個人面接を行います」
会長。ハンター協会。今、この時代。ということは。
「三百四十一番」
「はい」
「あなたからです」
早い。
「こちらへ」
案内される。扉。入る。
◆
老人。白い髭。細い身体。
座っている。見覚えがある。
ある。ありすぎる。
「ほっほ」
笑った。
「三百四十一番」
ネテロ。本人。老人だ。記憶の中でも老人だった。
なのに何故か若く見える。いや、比較対象がおかしい。
「座りなさい」
「失礼します」
座る。強い。分かる。でも、分からない。
先生は分かる。どこにどれだけあるか、なんとなく見える。
クロロも、隠していることは分かる。隠しているという事実が見える。
この人は、違う。
見ている。ちゃんと見ている。なのに、何も入ってこない。こちらの目が滑る。
大きい、という言い方も違う気がした。
「そんなに見られると照れるのう」
「あ」
「美男子じゃろ?」
「……はい」
「間があったぞ」
「すみません」
笑われた。
◆
「名前は?」
「カイ」
「本名?」
何回目だ。
「合格したら」
「ほっほ。そうか」
追及しない。
「ハンターになりたい理由は?」
「資格が欲しいからです」
「何に使う?」
「移動。情報。立ち入り。人脈」
ネテロは紙に何も書かなかった。
「金はいらん?」
「困ってないので」
「若いのに豪気じゃのう」
「そうですか?」
「それだけか?」
また、同じ質問。父上。姉さん。先生。ネテロ。四人目。
なのに、同じには聞こえない。
「……自分が」
口を開く。
「何ができるのか、知りたいです」
「ほう」
「肩書きがなくても。誰かに用意されなくても。一人でどこまで行けるのか」
「それでハンター試験?」
「ちょうどよかったので」
ネテロが目を細める。
「面白いのう」
「そうですか?」
「うむ」
何が、とは聞かない。
「では」
ネテロ。
「ハンターになったら、何を
止まる。また、その読み方だった。三度目だ。
先生。試験官。この人。三人とも、同じ言葉を同じように読む。
何を。犯罪者。宝。情報。珍しい食材。未知の場所。
それとも、国の中にある、見たくないもの。見てしまったもの。
分からない。
「まだ」
答える。
「決めてません」
「ほう?」
「だから、受けました」
ネテロがしばらく俺を見る。
「順番が逆ではないか?」
「そうかもしれません」
「普通は、欲しいものがあるからハンターになる」
「はい」
「お主は、何を欲しがる人間か知るためにハンターになる」
「……多分」
言われて初めて、自分の受けた理由がそういう形をしていると分かった。
「面倒じゃのう」
「よく言われます」
「誰に?」
「姉と先生に」
「ほっほっほ!」
何でそんなに笑う。
◆
「では、試験の話をしようかの」
ネテロが紙を見る。
「今回の受験者で。気になる者は?」
来た。
「気になる?」
「何でもよい」
九人。強い人はいる。
山で俺より速かった人。大男も。布袋の男も。まだ残っている。
でも。
「三百四十二番」
すぐ出た。
「クロロ?」
「はい」
「何故?」
「人を見るから」
ネテロが少し眉を上げた。
「お主もじゃろ?」
「そうですか?」
「違うか?」
「先生にも言われました」
老人の目が、少しだけ細くなった。
「ほう」
「見ろって」
「なら似た者同士か?」
「違うと思います」
「何が?」
考える。俺は人を見る。
何ができるか。何を求めているか。何に困っているか。どうすれば上手くいくか。
「俺は」
言う。
「助けるために見ることが多いと思います」
「うむ」
「クロロは」
あの子。見る。
出口。手。視線。癖。
使えるか。
何を隠しているか。
「使うために見る」
ネテロの目が、ほんの少し変わった気がした。
「嫌いか?」
「別に」
「怖い?」
「少し」
答えてから、少しだけ嘘だったかもしれないと思った。
「なのに組んで楽だった」
「見てたんですか」
「試験じゃからのう」
「そうでした」
忘れていた。
「では」
ネテロ。
「一番戦いたくないのは?」
「先生」
「受験者で」
「駄目ですか」
「駄目じゃ」
残念。
「じゃあ」
考える。
「クロロ」
「気になる者も?」
「はい」
質問が、だんだん内側へ入ってくる。
「何故戦いたくない?」
「面倒だから」
「強いから?」
「それも」
「それ以外は?」
「多分」
少し考える。
「戦いながら、こっちを見るから」
ネテロが、にや、と笑った。
「お主もじゃろ」
「……そうかもしれません」
「ほっほ」
嫌だな、この試験。人に、自分のことを言わされる。
◆
「最後に」
ネテロが言った。
「三百四十一番」
「はい」
「お主」
笑う。
「ずいぶん上手に隠すのう」
呼吸が止まりかける。
止めない。
「何をです?」
「さて」
返された。
「何じゃろうな?」
嫌な老人。笑っている。
何を見た。オーラ? 名前? 育ち? 全部?
分からない。こちらは何も読めなかったのに、向こうは何か拾っている。
その、分からないということが、一番嫌だ。
「最終試験で会おう」
「……はい」
「次」
終わり。立つ。扉へ。
「三百四十一番」
「はい?」
「
「?」
「見つかるとよいのう」
振り返る。ネテロはもう次の紙を見ていた。
「ありがとうございます」
出る。
◆
廊下。一人。歩く。途中で壁へ背中をつけた。
「……疲れた」
身体ではない。
山。採石場。廃坑。人探し。札探し。
全部、今より楽だった。
先生。クロロ。ネテロ。
見る。
見られる。
何を狩る。まだ分からない。
一つだけ、はっきりしたことがある。
俺は、人を見るのが得意だと思っていた。先生に言われて、そのつもりでやってきた。
でも、あの部屋では何も見えなかった。見ようとして、滑っただけだ。
そして向こうは、こちらの何かを拾っていった。上には上がいる。当たり前のことだ。
王宮では、その当たり前に会う機会がなかった。少なくとも、王宮にいた時より考える材料は増えた。
◆
「カイ」
声。見る。クロロ。廊下の向こう。
「終わった?」
「今」
扉の隙間から、廊下の光が細く伸びている。
「どうだった?」
「疲れた」
「珍しい」
「君は?」
「これから」
入れ替わり。
「何聞かれた?」
「教えたら、君の答え変わるでしょ」
クロロが止まる。笑う。
「そうだね」
「だから教えない」
「分かった」
すれ違う。
一歩。二歩。
「クロロ」
「何?」
振り返る。
「頑張って」
クロロが少しだけ変な顔をした。
「……何?」
「いや」
「何?」
「君、本当に普通だね」
「だから失礼だって」
「褒めてるよ」
扉が開く。クロロが入る。閉まる。
◆
三百九十四人。十四日。九人。
残るのは、あと最終試験だけ。
思っていたより長かった。思っていたより早かった。思っていたより面白かった。
そして、思っていたよりずっと、人を見る試験だった。人に見られる試験だった。
だから、少しだけ分かってきたこともある。
何を狩りたいのかは、まだ分からない。
でも、何でも一人で狩ればいいわけではない。それだけは、前より少し分かった気がする。
次。最終試験。
俺は壁から背を離した。