転生先が殺し合いを約束された帝国の第三王子だった件   作:冷やかし中華

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三


008_06_王子なので、ハンターになることにした

 最終試験。

 そう聞いて安心したか、と聞かれれば、していない。

 

 

     ◆

 

 

 九人。

 二週間前は三百九十四人いた。今は長い机を囲んでも、空いている椅子の方が多く見える。

 俺が戻った時には、クロロはもう座っていた。少し離れた席で、目が合って、それだけだった。

 さっき頑張ってとは言った。もう十分だろう。

 他にも見覚えのある顔がある。第二試験で大岩を選んだ男。ハルヴァの駅で人の流れへ乗らず、一人で駅員に聞いていた痩せた女。長い布袋を背負った男。地下会場で地図を広げていた年嵩の男。前掛けをつけていた料理人。俺より年下に見える少年。

 そして、最初から最後まで、どこにでもいそうに見えた中年の男。

 顔は覚えている。名前は、まだほとんど知らない。十四日もそばにいたのに、一度も聞こうと思わなかった。

 

「揃ったの」

 

 ネテロが机の向こうで茶を飲んでいる。さっきまで一対一で話していた人間と、同じに見えない。

 いや、同じなんだろう。こっちが一人で見るのと、九人で見るのとが違うだけだ。

 

 

     ◆

 

 

「では、最終試験じゃ」

 

 湯飲みが置かれる音で、部屋の雑音が一度に消えた。

 

「期間は三日」

 

 三日。短い、と思った。同じことを思った人間が何人かいたらしく、椅子のあたりで息の音が変わる。

 

「九人を、三人ずつ。三つの組に分ける」

 

 また三だ。この老人が数を適当に置くとは思えない。

 

「第一組」

 

 手元の紙へ目を落とす。読み上げる声は、名簿を読む声以上の重さを持っていない。

 

「三百四十一番。カイ」

「はい」

「百七番。ガロ」

「おう」

 

 返事が大きい。横を見ると、第二試験からずっと近くにいた大男だった。

 ガロ。そういう名前だったのか。向こうも俺を見て、そこで何かに気づいた顔をする。

 

「今、初めて知った顔したな」

「初めて知った」

「二週間一緒にいたんだぞ」

「番号は知ってた」

 

 番号の方が覚えやすい。本当にそう思っていた。

 

「名前聞けよ!」

「今聞いた」

「そういう意味じゃねえ!」

「ほっほ」

 

 笑われた。この老人に笑われるのは、試験官に笑われるより嫌だ。

 

「百九十八番。セド」

「はい」

 

 あの、どこにでもいそうに見えた中年の男が答えた。声まで普通で、高さにも速さにも引っかかりがない。

 覚えようとして、覚える手がかりが一つも見つからなかった。

 

「第二組」

 

 残りの六人の背が、わずかに揃う。

 

「三百四十二番。クロロ」

「はい」

「二百八十九番。ミナ」

「はい」

 

 駅で一人だけ流れに乗らなかった女だった。返事の長さがクロロと同じで、どちらも余分を一音も足さない。

 

「二百十二番。ドルク」

「ああ」

 

 布袋の男が顎だけで答える。この三日、この人の声を何度聞くことになるのか、まだ見当がつかない。

 

「八十三番。バルド」

「はい」

 

 地下会場で地図を広げていた年嵩の男。立ち方が落ち着いている。

 

「三百六十番。ネイ」

「はい」

 

 俺より年下に見える少年が、声だけ急いで返した。

 

「五十四番。トア」

「どうも」

 

 前掛けの料理人。試験の返事とは思えない軽さだった。

 九人が三つに割れた。クロロは第二組で、俺は第一組。目が合うと、今度はほんの少し向こうの口元が動いた。

 やっぱり分けたな、と思う。

 面接で、気になる人間と戦いたくない人間を聞かれた。俺はどちらにもクロロを挙げた。

 クロロが何を答えたかは知らない。ただ、この老人が何も考えずに組を作ったとは思えない。

 

「抽選じゃないんですね」

 

 最初に口を開いたのはミナだった。訊き方が平らで、答えを期待していないようにも聞こえる。

 

「うむ」

「理由は?」

「教えん」

 

 理由を言わないことが、そのまま答えになっている。

 

「不満かの?」

「いいえ」

「ならよかろ」

 

 それで終わった。ミナは食い下がらない。引き出せるものがあるかどうかを、たぶん訊く前に見積もっている。

 

 

     ◆

 

 

「各組には、開始地点で鍵を一本渡す」

 

 鍵はまだ見せない。

 

「全部で三本」

 

 指が三本立つ。

 

「試験場は、この山にある古い砦じゃ」

「三日目の日没までに中央の《合格室》へ辿り着け」

 

 日没。期限だけが、今のところ唯一はっきりしている。

 

「合格室を開けるには、三本の鍵が要る」

 

 そこまでは分かりやすい。三組、三本、三人。同じ計算を、誰かが俺より先に終えていた。

 

「そして」

 

 茶を一口飲む間が、やけに長い。

 

「この最終試験で、合格できるのは――三人じゃ」

「なるほど」

 

 ガロの納得が早い。

 

「じゃあ、三人で三本集めた組が勝ちってことだな」

 

 湯飲みが置かれる。

 

「ワシは、そう言ったかの」

 

 疑問符のついていない訊き方だった。

 

「……え?」

 

 ガロの言葉が途中で止まる。

 俺も頭の中で、さっきの説明をもう一度並べ直した。三人ずつ、三組、一本ずつ、三本、合格できるのは三人。

 同じ組の三人が、とは一度も言っていない。

 

 

     ◆

 

 

「質問」

 

 手を挙げたのはバルドだった。年嵩の落ち着きで、確認から入る。

 

「どうぞ」

「鍵は奪っていいんですか。奪われた側は、どうなります」

「構わん」

「譲渡」

 

 ミナが単語だけで割り込む。条件を一つずつ潰す訊き方だ。

 

「自由」

「交換は?」

「自由」

「別の組と行動しても構わないんですか」

 

 セドの声は相変わらず普通で、何を狙って訊いたのかが読めない。

 

「好きにせい」

 

 ガロの眉が寄っていく。

 

「じゃあ、組って何なんだよ」

「最初に分けた三人じゃ」

「いや。だから」

「何じゃ?」

「……」

 

 言葉が出てこない。ネテロは少し楽しそうだった。

 

「殺すのは」

 

 低い声が後ろから来た。ドルクが初めてまともに喋った。

 

「故意に殺した者は失格じゃ」

「気絶」

「自由」

「拘束」

「自由」

「三日間縛ってても?」

「死なせなければの」

 

 何でもあり、ではない。ただ、禁じられている範囲が思っていたよりずっと狭い。

 

「鍵」

 

 ネイが身を乗り出す。

 

「壊したら?」

「壊れるのう」

「予備は?」

「ない」

 

 空気が一段冷える。

 

「じゃあ」

 

 ネイは止まらない。損のある形を先に探す癖があるらしい。

 

「一本壊れたら、三人受かれない?」

 

 髭を撫でる手がゆっくりになる。

 

「ありえるのう」

 

 今度は、誰もすぐには喋らなかった。

 

「待て」

 

 ガロが身体ごと前へ出る。

 

「合格者、三人なんだろ?」

「合格できるのは三人じゃ」

「同じじゃねえのか」

「同じかの」

 

 違う。最大で三人と、必ず三人は同じではない。

 

「一人が」

 

 クロロの声は静かで、場の温度を変えないまま入ってくる。

 

「三本とも持っても?」

「構わん」

「一人だけ合格することも?」

 

 ネテロが笑った。

 

「ありえるのう」

 

 何かが落ちた。たぶん、全員の中に同じものが落ちた。

 さっきまでは三つの組を見ていた。第一、第二、第三。今は、俺以外の八人が、それぞれ別の選択肢に見える。

 人数は変わっていない。九人は最初から九人だった。

 

「ほかに聞きたいことは?」

 

 茶を飲む音だけがする。誰もすぐには言わない。

 

「ないのう」

 

 勝手に決めた。

 

「よし」

 

 立ち上がる動作に、年齢の重さが一つもない。

 

「始めるかの」

 

 全部答えたようで、何も保証していない。

 

 

     ◆

 

 

 三組は別々の扉へ通された。ここで初めて、他の六人が見えなくなる。

 第一組。俺とガロとセド。

 石の廊下が長い。抜けると外で、風が来る。山の空気はもう冷たい。

 十四日。移動して、試験して、寝て、また移動して。身体はまだ動く。ただ、疲れていないわけではない。

 前を歩くガロが大きく口を開けた。

 

「眠い?」

「別に」

「今したよ」

「口開けただけだ」

「それをあくびって」

「細けえ!」

 

 セドが後ろで笑う。笑い方まで普通で、どこの職場にもいそうな音だった。

 

 

     ◆

 

 

 開始地点は小部屋だった。机の上の箱を開けると、鍵が一本入っている。

 

「でか」

 

 ガロが先に声を出した。

 普通の鍵ではない。長さは二十センチくらいで、柄が太く、先端に鍵山がある。持ち手は四角い金属板だった。

 板には妙な窓が三つ抜けている。丸ではなく、それぞれ別の方向へ細く欠けていて、形が一つも揃っていない。

 

「誰持つ?」

 

 ガロが俺を見る。預ける先を自分で考えるより、強い方へ渡したい顔だ。

 

「お前でいいだろ」

「何で?」

「強いから」

「君の方が強そう」

「そういう話じゃねえ」

「どういう話?」

「取られねえやつが持つ」

 

 それなら俺でもガロでもいい。だから、少し考えた。奪う側から見て、一番手を伸ばしたくなるのは誰か。

 

「セド」

「俺?」

「うん」

「何でおっさん?」

 

 ガロが不満を隠さない。

 

「一番、持ってなさそうだから」

 

 ガロが止まる。セドはこちらを見て、否定も肯定もしない。

 

「隠す?」

「できれば」

「いいよ」

 

 上着の内側へ鍵が収まる。少し角が出たが、布をずらすと見えなくなった。頼まれた時間より、受け取るまでの間が短い。

 

「これ」

 

 ガロが自分の腰のあたりを指す。

 

「誰が持ってるか、他の組には言わない方がいいよな」

「多分」

 

 隠すのは物の場所ではなく、視線の行き先だ。そこまで言うと長くなるので、言わなかった。

 

「じゃあ俺が持ってる顔しとく」

「どんな顔?」

「こう」

 

 胸を張ってみせる。囮を買って出たつもりで、やっていることは囮ではない。

 

「普段と違う?」

「おっさんまで!」

 

 笑う。少し楽になる。

 三人は、今は普通に同じ組に見えた。

 

 

     ◆

 

 

 砦は古い。外周、中周、内周の三重で、地図には九つの区画と、中央の塔が描かれている。

 

「三ばっかりだな」

 

 ガロが地図を逆さに持ったまま言う。

 

「気づいた?」

「さすがに!」

「多分、わざと」

「会長が?」

「他に誰が」

 

 風が来る。石壁の角はどこも欠けていて、山の夜はかなり冷えそうだった。

 水と食料は三日分、それぞれにある。砦の中にも井戸が一つ、地図に載っている。寝床の記載はない。探せということだろう。

 

 

     ◆

 

 

「中央行く?」

「まず」

 

 最短で向かう。内周の壁は高く、鉄の門は閉まっていた。押しても引いても動かず、鍵穴そのものがない。

 壁は登れる。俺なら多分。ガロも届く。セドは分からない。

 

「越える?」

「やめる」

「何で?」

「道があるなら、先に道を見る」

「越えられるのに?」

「越えられるから」

「?」

 

 第一試験の山を思い出す。登れるから登っていた。あれで何が減ったのかは、あとで数えて分かった。

 できる、と、やる、は同じじゃない。

 

「また意味分かんねえこと言ってる」

「よく言われる」

「誰に?」

「先生」

「怖いやつ?」

「怖い」

 

 間違っていない。

 

 

     ◆

 

 

 外周を歩く。古い倉庫は空で、井戸の水は飲めた。

 セドが壁へ手を当てて、そこで足を止めた。

 

「ここだけ、新しいな。手が入ってる」

「何が?」

 

 同じ石に見える。色も、積み方も。

 

「目地だ。石と石の間の詰め物が、ここだけ違う」

 

 指が石と石の隙間をたどる。

 

「こっちは後から積み直してる。たぶん一度崩れたんだろう」

「分かるの?」

「少し」

「何で?」

「そういうの好きだから」

 

 それだけだった。ガロが聞いても、答えは増えない。

 西へ歩く。壁際に四角い石が一つ据えてあって、またセドが先に止まった。

 

「これ」

 

 

     ◆

 

 

 三かける三の九つの升が切ってある。ただ、文字ではない。

 各マスの中で細い傷が何本も交差して、重なって、掠れて、もう何を彫ったのか分からなくなっていた。落書きにも見える。

 

「何だこれ」

 

 ガロの指が先に伸びる。

 

「触らない方が」

「もう触った」

「早い」

「壊れねえよ」

 

 多分、壊れない。ただ試験だ。何があるか分からない。

 九つの升と、交差した線。鍵の持ち手を思い出す。

 

「貸して」

 

 セドが上着へ手をやって、途中で止めた。

 

「ここで出す?」

「周り」

 

 見る。人はいない。気配も、少なくとも拾えない。

 

「出していいと思う」

 

 鍵を受け取る。四角い持ち手は、石碑の升の大きさに近い。

 

「これ」

 

 ガロが板と石を見比べる。

 

「重ねる?」

「多分」

 

 石の端に小さな窪みがあった。鍵板の角の突起をそこへ合わせて置くと、かち、と嵌まる。

 三つの窓から線が見える。さっきはただの傷だった。

 今は余計な線が板の下へ全部隠れて、窓の中に輪郭のはっきりした形が一つずつ残っている。

 字だと思う。でも。

 

「読めねえ」

 

 ガロが先に降参した。俺も読めない。

 知らない形だ。仮名ではなく、絵でもない。三つ並んでいるのに、一つも入ってこない。

 セドは黙っている。さっきから一言も出さない。

 

「セド?」

 

 顔が石のすぐ上にあった。覗き込む角度が、素人のそれではない。

 

「……古い字だな。見たことのある系統だ」

「読めるの?」

「少し」

 

 また、少し。この人の「少し」は、今のところ全部当たっている。

 

「どのくらい」

「音は」

「音?」

「何て読むかは分かる。音だけなら、全部拾える」

 

 右上の窓を指す。

 

「ミ」

 

 真ん中。

 

「ノ」

 

 左下。

 

「ハ」

 

 ミ。ノ。ハ。

 意味は分からない。ただ、さっきまではただの傷だった。それが今は三つの音になっている。最後の一段をやったのは、この人一人だ。

 

「何だそれ」

「古い書き方だ。今の字の、二つ前くらいの」

 

 セドの説明は短い。

 

「碑文でよく使う。墓と、境を示す石に多い」

「よく?」

「遺跡で」

 

 ああ。そういうことか。

 

「読める人」

 

 俺が聞く。ここが一番知りたい。

 

「多い?」

 

 セドが少し考えた。考える時間を惜しまない人だ。

 

「少ないと思う。読めるやつに会ったのは、十年で三人だ」

 

 それだけ。

 つまり、この三日間、この升を音に変えられるのはこの人だけかもしれない。

 

「あと」

 

 セドが続ける。

 

「これ、右上から読むんだと思う」

「上から?」

「縦」

「何で分かんだよ」

 

 ガロが納得しない。セドは升の縁を指した。

 

「彫り始めが深い」

「は?」

「鑿は、入れる最初が一番強く入る」

 

 言われて見る。右上の線の入り口が、他よりわずかに深い。次はその下。同じ。順番が見える。

 言われるまで、見えなかった。見ていたのに、見えなかった。

 

「おっさん」

「何でそんなん知ってんだよ」

「好きだから」

 

 二回目。同じ答えで押し切る。

 

「じゃあ」

 

 ガロが数を数える。

 

「これ一枚で三つ」

「うん」

「三本で九」

「多分」

「他の二本、取る?」

 

 早い。鍵を奪う方へ、もう頭が向いている。

 

「取らなくてもいい」

「何で?」

「形」

 

 紙を出して鍵を置き、輪郭を写す。三つの窓の位置、形、細かい切り欠きまで、炭で擦って写し取る。

 

「紙を切れば」

 

 セドが手元を見ながら言う。

 

「同じ遮蔽を作れる。鍵がなくても、窓の形さえ写せれば足りる」

「うん」

「鍵そのものじゃなくて」

「情報だけ」

 

 ガロの顔が嫌そうになった。

 

「ずるくない?」

「何が?」

「鍵なのに」

「扉は紙じゃ開かない」

「そうだけど」

 

 物と情報が同じところに入っている。でも、同じではない。面白い、と思ってしまった。

 多分、ネテロはそこも見ている。

 

 

     ◆

 

 

 もう一つ気づく。

 鍵を外すと傷が戻る。当たり前だ。板が余計な線を隠していた。だから板がないと読めない。

 なら三枚重ねたらどうなる。やってみるまでもなかった。

 板は三枚、窓は三つずつ、場所は全部違う。一枚目の窓を二枚目の板が塞ぎ、二枚目の窓を三枚目の板が塞ぐ。全部覆われる。

 つまり、この石の上で九つが同時に並ぶことはない。

 

「どうした」

 

 セドが手を止めてこちらを見た。

 

「重ねられない」

「うん」

 

 この人は、もう分かっていた。分かったうえで、俺が辿り着くのを待っていた。

 

「一枚ずつ当てて」

 

 俺が続ける。

 

「見えた形を、別の紙に写す」

「それしかないな。手間は増えるが、ほかに道がない」

「石の上には、九つ揃わないんだ」

「揃わない」

 

 セドが石碑を見る。

 

「揃うのは、俺たちが作った紙の上だけだ」

 

 そう。それと、もう一つ。

 紙は、その気になれば誰でも作れる。でも、音は、いまこの人からしか出てこない。

 

「この石碑」

 

 セドが石の下の方を指す。

 

「壁より古いな。この石が先に立ってたはずだ」

「また?」

「こっちを後から囲ったんだと思う。守るためか、隠すためかは分からない」

「何で分かる?」

「石の削り方が違う。道具が別の時代のものだ」

「……」

 

 ガロが俺を見た。助けを求める目だった。

 

「分かる?」

「分からない」

「よかった」

「何が?」

「俺だけ馬鹿じゃない」

「安心するとこ違うよ」

 

 セドが笑う。この三人で、今のところ一番よく笑っているのはこの人だ。

 

「遺跡とか好き?」

 

 俺が聞く。好きだからで二回押し切られた分を、少しだけ取り返したい。

 

「好きだね」

「ハンターになったら?」

「遺跡」

 

 迷いが一度もなかった。

 

「そういうのを狩りたい」

 

 狩る。その言い方だ。試験官も会長も、同じ言い方をした。

 石碑を。遺跡を。賞金首を。狩る。

 俺はまだ使わない。使えない、の方が多分正しい。

 

「へえ」

 

 ガロが横から覗き込む。

 

「おっさん、普通の会社員みたいなのに」

「失礼だな」

「褒めてる」

「それ、最近よく聞く」

 

 俺は黙る。同じことを別の人間から言われた顔を、少し前に見た。今は関係ない。

 

 

     ◆

 

 

 第二組と会ったのは、思ったより早かった。一日目の昼、中周へ続く回廊だ。

 向こうに三人。クロロ、ミナ、ドルク。向こうが止まり、こっちも止まる。距離は二十メートル。

 

「やる?」

 

 先に声を出したのはクロロだった。誘う言い方ではなく、確認する言い方だった。

 

「やりたい?」

「別に」

「俺も」

 

 ガロが二人の間で苛立つ。

 

「お前ら何なんだよ」

 

 ドルクの布袋が肩で少し動いた。笑ったらしい。声は出さない。

 

「前から?」

「汽車から」

 

 俺が答える。

 

「気持ち悪いな」

「言われた」

 

 クロロを見る。少し笑っている。言われ慣れているのは、たぶん向こうも同じだ。

 

「これ」

 

 紙を出す。鍵の写しを広げると、ミナの目が細くなった。

 

「何?」

「石碑」

 

 三かける三の升、傷、鍵、遮蔽、三つの音。順に説明する。

 ミナは途中から俺ではなく紙を見ている。クロロは一度も口を挟まない。ドルクは布袋を床へ置いた。

 

「そっちも見つけた?」

 

 聞くと、クロロが自分の鞄から紙を一枚出して石の上へ置いた。隠す素振りがない。

 

「似たのが出た。窓の位置は、そっちと全部違う」

 

 第二の鍵の写しだった。

 

「交換?」

 

 ミナが条件から入る。

 

「情報だけ」

「鍵は?」

「聞く?」

 

 俺が返す。訊いても確かめられないことを訊くのは、時間の使い方としては悪い。

 

「聞いても本当か分からない」

「そう」

 

 ミナが紙を持ち上げる。

 

「じゃあ、聞かない」

 

 早い。確かめられないものを、最初から勘定に入れない。この人はそういうやり方をする。

 

 

     ◆

 

 

 第一石碑へ戻る。第二組も一緒だ。

 紙を二枚切って窓を抜き、もう一枚、白い紙に三かける三の線を引く。記録用だ。

 

「何それ」

 

 ガロが紙を覗く。

 

「重ねられないから」

「あ?」

「一枚ずつ当てて、ここに写す」

 

 ミナが記録紙を見て、一拍だけ止まった。

 

「賢いわね」

「褒めた?」

「事実を言った」

 

 一枚目。第一組の写しを石碑に当てると、三つ浮く。

 セドが右上から順に読む。

 

「ミ」

 

 右上の升へ書く。

 

「ノ」

 

 真ん中。

 

「ハ」

 

 左下。外す。傷が戻る。

 二枚目。第二組の写しを当てる。三つ。さっきとは別の場所だ。

 

「メ」

「ニ」

「カ」

 

 書く。外す。

 記録紙は六つ埋まった。三つが空いている。

 セドが右上から指を下へ動かしながら、埋まった音だけを拾う。

 

「ミ」

 

 空。

 

「カ」

 

 列を変える。

 

「メ」

「ノ」

 

 空。最後も空。

 

「ニ」

「ハ」

 

 指が止まる。

 

「ミ、カメノ、ニハ」

「何か分かりそうで分からねえ」

 

 ガロが頭を抱える。言いたいことは分かる。音の並びだけが先に来て、意味が追いつかない。

 

「ミッカメ」

 

 セドの声が、読む時の声から話す時の声へ戻った。

 

「え?」

「ここは『ミッカメ』だと思う」

「何で」

「二つ目に入る音が、一つしかない」

 

 言い切った。迷いの幅が狭い人の言い方だ。

 ミッカメ。三日目。ノ。の。ニハ。には。

 三日目の、□□、には。

 

「時刻だな」

 

 セドが升の空きを指す。

 

「この形の文なら、ここは時刻が入る」

「二つの音で表す時刻ってことか」

 

 ミナが先に数えた。

 

「三つ?」

 

 セドが少し考える。

 

「この手の碑文で使う二音の時刻なら」

 

 一拍おいて、指を三本立てた。

 

「俺が知ってるのは三つ」

「アサ」

「ヒル」

「ヨル」

 

 三。また三だ。

 

「ユウは」

 

 低い声が後ろから来る。ドルクが二度目に、まともに喋った。

 セドが止まる。

 

「……見たことはない。少なくとも碑文では」

「ないのか」

「俺が見てないだけだ」

 

 ドルクはそれきり黙った。でも、言葉は残った。この人の言う三つは、この人が見た三つだ。

 

「ヨルは消える」

 

 ミナが候補を一つ削る。

 

「何で」

 

 ガロが聞く。

 

「会長は、三日目の日没までと言った」

「あ」

「日没より後に何かしろと書いてある碑文は、この試験では成立しない」

 

 正しい。残りは二つ。朝と昼。

 

「昼だろ」

 

 ガロが即答した。

 

「なぜ?」

 

 ミナが即座に返す。

 

「え」

「なぜ昼だと思ったの」

 

 ガロが止まる。

 

「……何となく」

 

 誰も笑わなかった。俺も昼だと思っていた。根拠は何もない。

 九人を三人だと思ったのと同じことを、半日でもう一回やっている。

 

「どっちでもいいけど」

 

 クロロは記録紙から目を離さない。

 

「朝だと思ってる人が一人でもいたら」

 

 そこで顔を上げた。

 

「今夜から動くね」

 

 誰も答えない。

 朝と昼。半日違うだけだ。その半日で、最後の夜が今夜になったり、ならなかったりする。

 

「残り三つの場所は分かるけど」

 

 俺は記録紙の空きを指す。

 

「窓の形が分からない」

 

 ただ穴を開ければ余計な線が残る。字にならない。字にならなければ、セドにも音にできない。

 

「第三組」

 

 ミナが結論だけ置く。

 

「必要ね。残り三つは、あっちの鍵でしか出ない」

 

 クロロがこちらを見た。

 

「探そうか」

「一緒に?」

 

 ガロが聞く。

 

「別でもいい」

 

 俺が答える。並んで歩けば、速いが、見える範囲も同じになる。

 

「先に見つけた方が」

「渡す保証は?」

 

 ミナが即座に差し込む。

 

「ない」

「でしょうね」

「でも」

 

 クロロが一言だけ足した。

 

「今は、渡した方が得だよ」

 

 それだけで、説明はしない。

 ミナがクロロを見る。

 

「今は?」

「うん」

 

 この子も使う。今は、という言い方を。

 

 

     ◆

 

 

 第三組は午後、北側の半壊した食堂で見つけた。トアが火を使っている。

 

「何してるの?」

 

 ガロが先に中へ入る。警戒より匂いが勝ったらしい。

 

「昼」

 

 鍋がある。匂いは、正直いい。

 

「試験中だぞ」

「腹減るだろ」

「それはそう」

 

 ネイがこちらを睨んでいる。バルドは座ったまま動かない。

 

「何の用だ?」

 

 紙を見せる。バルドが受け取って、目だけ動かした。

 

「鍵の写しか。しかも第一と第二の両方だ」

「うん」

 

 ネイがすぐに身を乗り出した。

 

「見せる必要ない」

「ネイ」

「だってそうだろ。俺らだけ隠しとけば、こいつらは読めない」

 

 理屈は分かる。情報の優位は、手放したら戻らない。バルドが黙って考える。

 クロロが口を開いた。

 

「見せなくてもいいよ」

 

 ネイが少し意外そうな顔をする。

 

「は?」

「オレたちは二本分ある」

 

 紙を二枚、軽く持ち上げる。

 

「君たちは一本分」

「だから?」

「このまま別れてもいい」

 

 そこで笑った。

 

「オレたちは、二本分で次を考えるから」

 

 それだけ。脅していない。脅していないのに、こちらが損をする形だけが残る。

 バルドがクロロを見た。

 

「脅しかよ」

「違うよ」

 

 クロロの声は変わらない。

 

「選べるって言ってる」

 

 トアが鍋を混ぜながら言う。

 

「俺は交換でいいと思うけど」

「何で」

「こっちだけ一枚で残る方が嫌」

 

 ネイが黙る。実利で返されると、言い返す足場がない。

 バルドが膝を叩いて立った。

 

「同感だ」

 

 紙を出す。第三の写しだった。

 クロロは勝った顔を何もしない。ただ受け取る。相手が自分で選んだように見える。多分、そう見えるように置いただけだ。

 

 

     ◆

 

 

 第一石碑。九人。

 三枚目。第三組の写しを当てると、三つ浮いた。

 バルドが覗き込んで、眉を寄せる。

 

「……この系統か」

「読めるの?」

 

 トアが鍋を置いて近づく。

 

「読めん」

 

 バルドの否定は早い。

 

「見たことがあるだけだ。読めるのとは違う」

「どこで」

「古い墓で見た。若い頃に、一度だけ」

 

 少し黙った。その数秒に何が入っているのかは、聞かない。

 

「右から読む様式だったはずだ。少なくとも、俺が見たものは」

 

 セドが顔を上げた。

 

「俺もそう思う。右の列から下へ、だ」

 

 二人の目が合う。それだけだった。

 字の系統と読む向き。そこまでは二人が同じことを言った。中身は、まだ一人だ。

 記録紙の九つが埋まる。セドが右上から指を下へ動かす。

 

「ミ」

「ッ」

「カ」

 

 列を変える。

 

「メ」

「ノ」

「ヒ」

 

 最後。

 

「ル」

「ニ」

「ハ」

 

 指が止まる。息を一つ置く。

 

「ミッカメノヒルニハ」

 

 読み直す。

 

「三日目の昼には」

 

 それだけ。続きはない。

 ヒル。昼。さっきは二つあった。それが一つになった。

 バルドが息を吐く。

 

「昼か」

「ほら見ろ」

 

 ガロが胸を張る。

 

「俺、当てただろ」

「当たっただけ」

 

 ミナは一音も譲らない。

 

「うるせえな!」

「石碑」

 

 トアが指を三本立てる。

 

「三つ?」

「絶対三つだろ」

 

 ガロが即断する。この三日で、この男が一番早く覚えたのは数だ。

 バルドがそれを見て、少し笑った。

 

「何だよ」

「いや」

 

 笑いを隠さない。

 

「成長したなと思って」

「お前、俺の何知ってんだよ!」

 

 トアが笑う。ネイの口も少し緩んだ。

 九人。初めて、普通に同じ試験を受けている人間に見えた。その瞬間だけ。

 そのあとで、少し考えた。

 いま、九人が同じことを知っている。紙は三組で持ち寄った。升も目の前で埋めた。でも、その形を音にしたのは一人だ。確かめる方法はない。

 ……別に、疑う理由もない。そう思った。

 バルドが立ったまま、全員へ向き直る。

 

「石碑を全部読むまで」

 

 九人を順に見る。

 

「物理鍵には手を出さない」

 

 ネイが真っ先に噛みつく。

 

「何で?」

「三本の情報が要る。一本でも欠けたら、升が埋まらない」

「写しはもうある」

「他の石碑でも同じとは限らない。様式が違えば読めない」

 

 ミナが条件の穴を突く。

 

「約束を破ったら?」

「全員を敵に回すことになる。ここにいる八人を」

「それを気にしない人なら?」

 

 バルドが止まった。

 

「……強制はできない」

「そうね」

「だから提案だ。従わなくても責めない」

 

 正直だ。守らせる手を持っていないことを、先に自分で言う。

 ガロが手を挙げた。

 

「俺はいい」

 

 早い。中身を聞く前に決めている。

 

「三つ読むまでだな」

「そう」

「なら手出さねえ」

 

 ネイが舌を鳴らす。

 

「簡単に言うなよ」

「約束だろ」

「破るかもしれない」

「お前はな」

「何だと」

「やめろ」

 

 トアが鍋を差し出した。

 

「食う?」

 

 何で、その流れで。

 

「食う」

 

 ガロが早い。強い。

 協定は成立したことになった。

 バルドが全員を見回す。ネイは舌打ちをして、それでも頷いた。

 ミナが短く。

 

「いいわ」

「うん」

 

 クロロの返事も短い。

 俺も頷いた。

 ドルクは布袋を肩に掛けたまま立っている。何も言わない。

 バルドが次の話を始める。誰も聞かなかった。俺も聞かなかった。

 八人が同意して、一人が黙っている協定を、九人の協定と呼んだ。

 あの人が会長に何を聞いたか。三日間縛ってても、いいか、だった。

 

 

     ◆

 

 

 一日目の夕方、九人は別れる。

 第一組は寝られそうな小屋を見つけた。壁は三面、屋根は半分。風は完全には防げない。

 

「もっといいとこ探す?」

「暗くなる」

 

 セドが空を見ずに答える。

 

「ここでいい」

 

 壁へ手を当てる。もう癖なのだと思う。

 

「この辺は後で直してる。崩れにくい」

 

 二回目だ。建物を読む。

 

「本当に分かるんだ」

「少しだけ」

 

 火を小さくつけて食料を出す。ガロの分が明らかに多い。

 

「それ、三日分」

「分かってる」

「一日目」

「分かってる!」

「明後日」

「うるせえ!」

 

 セドが自分のを少し分ける。

 

「食う?」

「いいのか?」

「俺は少なくていい。歳取ると、そんなに食わなくなる」

「悪い」

 

 ガロが受け取る。ちゃんと礼を言う。

 単純だ。でも、こういうところは十四日間ずっと変わらない。

 

「ガロ」

「何だ」

「何ハンターになりたい?」

「賞金首」

 

 即答だった。

 

「分かりやすい」

「悪いか」

「悪くない」

「セドは?」

「遺跡」

「やっぱり」

 

 俺が言うと、ガロが覗き込んでくる。

 

「やっぱり?」

「壁ばっか見てるから」

「人より分かりやすい」

「それ、褒めてる?」

「多分」

「カイは?」

 

 来た。この質問は、この二週間で何度も来た。

 

「まだ」

「まだ?」

「決めてない」

「それで最終まで来たの?」

「うん」

「変なやつ」

 

 知ってる。言われたのは何人目だ。

 

「クロロは?」

 

 ガロが火の向こうから聞く。

 

「知らない」

「仲いいんだろ?」

「別に」

「汽車一緒。第三試験一緒。今日も紙交換」

「それは試験」

「十分だろ」

 

 セドが火を見ている。静かだ。喋らない時間の長さが、この人は気にならないらしい。

 

「カイくんとガロくんは」

 

 顔を上げないまま言う。

 

「二人で残るつもりでいるだろう」

「は?」

 

 ガロが先に声を出した。

 俺は少し止まる。否定が、すぐ出てこなかった。

 

「……三人です」

「うん」

 

 セドがこちらを見る。

 

「今は、ね」

 

 火がぱち、と音をした。

 今は。その言葉を、俺はよく使う。納得していない時と、決めきれない時だ。

 

「どういう意味?」

「別に」

 

 セドが笑う。

 

「三日あるから」

「答えになってない」

「カイくんも、そういう答え方するだろ」

 

 言い返せない。

 ガロが俺とセドを見比べて、匙を投げた。

 

「お前ら面倒くせえな」

「ガロは?」

 

 セドが話を移す。

 

「何が」

「最後まで第一組でいるつもりか?」

「当たり前だろ」

 

 即答だった。

 

「何で?」

「同じ組だから」

「会長は組を変えていいって」

「変えなくていいだろ」

 

 変える前提で話すこちらを、ガロは見ていない。

 

「状況が変わったら?」

「その時考える」

「変えるかも?」

「……」

 

 ガロが考える。長い。考えないまま答える男だと思っていたから、この沈黙は意外だった。

 

「約束したら変えねえ」

「まだ約束してない」

「じゃあする」

 

 俺を見る。

 

「何を?」

「三人で行く」

「どこまで?」

「最後まで!」

「合格も?」

「できるなら!」

 

 できるなら。そこだけ、ちゃんと残した。

 馬鹿ではない。約束を軽く見ない人間は、守れない約束を先に削る。

 

「俺は」

 

 少し考える。同じ言い方を返すのは、たぶん、ずるい。

 

「そうできたら、いいと思う」

「何だその言い方!」

「今は?」

 

 セドが笑う。俺は嫌な顔をしたと思う。

 

「……今は」

「またそれか!」

 

 夜は寒い。でも、少し笑った。

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