転生先が殺し合いを約束された帝国の第三王子だった件   作:冷やかし中華

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二


008_07_王子なので、ハンターになることにした

 二日目の朝。

 鍵はある。セドが持っている。夜のあいだ、誰も来なかった。

 最初に外へ出たのはガロだった。寝起きの顔のまま、もう荷を担いでいる。

 

「行くぞ」

「どこ」

「石碑」

「場所分からない」

「探す!」

 

 分かりやすい。迷う時間を惜しむのではなく、迷う前に動く。

 

 

     ◆

 

 

 二つ目は午前に見つかった。見つけたのは第三組だった。

 どうやって知らせるつもりなのかと思ったら、塔の外壁で白い布を三回振っている。

 

「三回」

 

 ガロが数えて、呆れた顔をした。

 

「もう病気だな」

 

 笑えるが、問題はそこではない。

 

「あいつら」

 

 俺が布の位置を指す。

 

「内周にいる」

 

 ガロが止まった。

 

「門、閉まってたろ」

「閉まってる」

 

 昨日、見た。鉄の門。鍵穴なし。押しても引いても動かなかった。

 

「じゃあどうやって」

「越えたんだと思う」

 

 高い壁。昨日、俺がやめると言った場所だ。

 道があるなら先に道を見る。道は見た。なかった。なら、越える。順番が間に合っていないだけで、結論は同じところへ来る。

 

「越えるぞ」

 

 ガロはもう手をかけていた。欠けを選ばず、腕の力だけで上がっていく。

 俺は石の欠けを三つ選ぶ。簡単だ。

 セドは少し離れた場所まで歩いて、そこから登り始めた。速くはない。でも、迷う動きが一つもない。

 

「そっち楽?」

 

 上から聞くと、少し遅れて返ってきた。

 

「後で直してある」

「手がかりが多い。欠けの位置が揃ってる」

 

 三回目だ。この人は石を見て、いつ直したかが分かる。壁は三日のうちに二度、俺たちの道になった。

 そして、上。息を止めた。登りながら、片手が胸を押さえている。鍵だ。落ちたら予備はない。

 

「セド」

「分かってる」

 

 右手が二回持ち替える。左手はずっと胸にあった。

 降りる。三人、内周へ入る。

 振り返ると壁は高い。三日目にも同じことをやることになる。その時、誰が鍵を持っているのかは、まだ分からない。

 北東へ向かうと、九人が集まっていた。

 石碑は同じだった。三かける三。傷。同じ字。読めない。

 記録紙を新しく一枚。三枚の写しを順に当てる。三つ。三つ。三つ。写し取る。九つ揃う。

 もう誰も手順を説明しない。覚えるのが早い集まりだ。

 セドが右上から指を降ろす。

 

「チュウオウノトウヘ」

 

 一拍おいて、読み替える。

 

「中央の塔へ」

「知ってる」

 

 ガロが先に言った。地図に最初から書いてある。

 

「まだ行けとは、一言も言っていない」

 

 ミナが短く否定する。知っていることと、指示されたことは別だ。

 

「一つ目」

 

 バルドが数えはじめる。

 

「三日目の昼には」

「二つ目」

 

 トアが受ける。

 

「中央の塔へ」

「三つ目」

 

 ネイが記録紙の空きを見る。

 

「何だろうな」

 

 情報は増えた。ゴールが近づいた。だから、近づいた分だけ考える。

 まだ物理鍵を奪う意味は薄い。三つ目の情報が要る。今ここで誰かが関係を壊せば、九人全員が損をする。少なくとも、考える人間なら待つ。

 そう思った。

 

 

     ◆

 

 

 外れた。

 昼、回廊。第一組が並んで歩く。ガロが前、セドが後ろ、俺が横。

 角を曲がったところにネイがいた。

 

「何?」

 

 ガロが先に声をかける。警戒の形になっていない。

 

「別に」

 

 すれ違う。距離が近い。

 その瞬間、ネイの手がガロの腰の荷袋へ伸びた。

 

「おい」

 

 ガロが遅い。セドが速い。一歩で間合いへ入り、腕を取って捻る。ネイが床へ落ちた。

 

「いっ!」

 

 速い。俺より、ではない。ただ、普通の中年がやる動きでもなかった。

 押さえ込む時にセドの上着が開いた。内側で四角い金属が一瞬だけ光る。鍵だ。

 向こうの回廊に、ミナがいた。別の方向から来ていて、こちらを見ていた。目の高さが変わる。

 

「……なるほど」

 

 まずい。あの一瞬で、全部つながった。

 

「何が?」

 

 ガロはまだネイを見ている。何が起きたか、半分も見えていない。

 ミナはセドの胸のあたりから目を離さない。

 

「第一組の鍵は、あなたが持ってる」

 

 ガロが振り返った。

 

「何で分かった」

「今見えた」

 

 終わりだ。隠す意味がなくなった。

 俺はネイを見る。この人は動いた。暗号がまだ終わっていないのに。

 俺なら動かない。動く意味が薄いからだ。だから、他人も待つと勝手に思った。

 また、同じことをやっている。

 

 

     ◆

 

 

 全員が集まる。ネイは座ったまま、捻られた腕を擦っていた。

 

「ガロが持ってると思った」

 

 隠さない。言い訳をしないところは、年齢より大人だった。

 

「何で俺だよ」

「強そうだから」

「ほら」

 

 俺が横から言う。昨日、同じ理由で俺に預けようとした男がいた。

 

「何がほらだ!」

「最初、ガロも同じこと言ってたんだよ」

「今それ関係ねえ!」

 

 セドが静かに割り込む。責める声になっていない。

 

「何で取ろうとしたんだ。理由があるなら聞く」

「一本より二本持ってる方が強いだろ」

 

 ネイが睨み返す。理屈を持ってきている。

 

「二本持てば、最後のやつと交渉できる」

 

 筋は通っている。この子は馬鹿ではない。

 

「保証は?」

 

 ミナが条件の方から崩しに入る。

 

「何が」

「二本持ったあなたに、最後の一本の人が鍵を渡す保証」

「交渉する」

「相手から見たら」

 

 一度止めて、言葉を選び直した。

 

「三本全部取られる可能性が一番高い相手になる」

 

 ネイが止まる。

 クロロが横から一言だけ足した。

 

「全員から、一番見つけやすい敵になるね」

 

 それだけ。ネイが舌打ちする。

 

「でも二本あれば」

「強いよ」

 

 クロロは否定しない。否定しないまま、条件だけ付ける。

 

「信用されれば」

 

 ネイが黙った。

 そう。間違いではない。条件が多いだけだ。

 

「で」

 

 ガロが立ち上がる。

 

「どうすんだ」

「何が?」

「こいつ」

 

 顎でネイを示す。

 

「約束破った」

「取れてない」

 

 ネイが食い下がる。

 

「取ろうとしただろ!」

「証拠」

「おっさんに押さえられてるだろ!」

「結果」

「てめえ!」

「ガロ」

 

 止める。ここで殴れば、残るのは殴った事実だけだ。

 

「今殴って」

「殴らねえよ」

「動けなくして」

「それも」

「何が得?」

 

 言ってしまった。ガロがこっちを見る。怒っている。向いている先が、ネイから俺へ移った。

 

「得とかじゃねえだろ」

「?」

「約束破られたら、腹立つだろ」

 

 止まる。言い返す言葉が、一つも用意できていなかった。

 

「腹立ってる?」

「俺はな!」

 

 ガロが火のない場所で火を出す。隠す気がないから、こちらも避けられない。

 

「お前、腹立たねえの?」

 

 即、答えが出ない。困る。

 困るのは分かる。第一組の鍵を知られた。原因はネイだ。

 でも、今、俺の頭の中にあるのは、第三組を敵に回す損と、第二組から警戒される損と、時間と戦力の計算だった。全部、損得だ。

 

「……分からない」

「何でだよ!」

「まだ考えてる」

「そういうとこだぞ!」

 

 何が、とは聞かない。聞いたら、もっと怒られる。

 

「俺は」

 

 セドがネイの腕を離した。

 

「もういい」

 

 ネイが立って、距離を取る。信じていない顔だ。

 

「いいのかよ」

 

 ガロの方がまだ収まらない。

 

「鍵は取られてない。それだけは先に言っておく」

「でも」

「今、ネイを潰す」

 

 セドが損の形を並べはじめる。並べ方が、昨日、石碑の順番を説明した時と同じだった。

 

「第三組が二人になる」

「なるな」

「その二人は、俺たちを敵だと思う」

「思う」

「第二組も、第一組は人を減らす組だと思うかもしれない」

 

 ミナが頷く。

 

「思うわね」

「得?」

 

 セドが聞いたのは、俺が言ったのと同じ言葉だった。

 ガロが口を曲げる。

 

「……しねえ」

「じゃあ」

 

 終わり。

 セドは怒っていない。少なくとも、外には出さない。

 俺はセドを見る。さっき、速かった。鍵が露見した。そのことをどう考えているのかが分からない。見ているのに、分からない。

 

 

     ◆

 

 

 別れる。歩き出すと、クロロが横へ並んだ。

 

「あの人」

「誰?」

「ガロ」

「何?」

「便利だね」

「人に便利って言うなよ」

 

 便利、で何が悪いのか分からない顔をしている。

 

「どうして?」

「何となく」

「何をするか、先に分かるでしょう?」

 

 見る。悪意のない顔だった。だから余計に始末が悪い。

 

「ガロ?」

「うん」

「……まあ」

 

 約束したら守る。怒ったら怒る。疑ったら顔に出る。何をするかは、確かに分かる。

 

「それ」

 

 クロロが言い直す。

 

「信用しやすいってことじゃない?」

 

 信用。同じものを指しているのに、言葉を替えると別のものに見える。

 

「君の言い方だと嫌だな」

「意味は同じだよ」

「多分ね」

 

 少し悔しい。でも、そうだ。

 読める人間というのは、それだけで強い。強いというのは、味方としても、敵としても、ということだ。

 

 

     ◆

 

 

 三つ目は夕方、トアが見つけた。内周の東。九人が集まる。

 昨日とは空気が違う。セドが鍵持ちだと全員が知っている。

 第二組と第三組の誰が持っているかは、俺はまだ知らない。聞かない。保証がないし、知る必要も、まだない。

 記録紙。三枚を順に当てる。写す。九つ揃う。

 九人が待っている。一人が喋るのを待っている。

 セドが右上から指を降ろす。

 

「サンマイノフダアリ」

 

 一拍。

 

「三枚の札あり」

 

 三枚。札。合格者。三人。

 数が一つ増えるたびに、同じ数へ戻っていく。

 

「やっぱ三人じゃねえか」

「三枚あるだけよ。三人とは書いてない」

 

 ミナが言葉の端だけ直す。

 

「同じじゃ」

「ない」

 

 ガロが黙った。昨日なら食い下がっていた。今日は、違いが見えている。

 

 

     ◆

 

 

 三つを繋ぐ。

 三日目の昼には。中央の塔へ。三枚の札あり。

 

「明日」

 

 バルドが地図の中央へ指を置く。

 

「昼」

 

 そこまでは分かった。分かった先が、まだ何もない。

 

「提案がある。聞くだけ聞いてほしい」

 

 また、バルド。全員を見てから話す癖がある。

 

「九人で扉を開ける。三本の鍵を持ち寄って」

「うん」

 

 ガロが先に頷く。中身を聞く前に頷くのも、もう三回目だ。

 

「中の三枚は」

 

 一拍。

 

「籤で決める」

 

 ネイが立ち上がりかけた。

 

「は?」

「全員、三分の一だ。誰も優遇しない」

「公平」

 

 トアが言葉だけ置く。

 

「ではある」

 

 俺も、そこは否定しない。

 ミナが首を少し振った。

 

「公平でも」

「何?」

 

 バルドが聞き返す。

 

「結果を守らせるものが、どこにもない」

 

 静かになる。

 

「籤に外れた六人が、当たった三人へ札を渡す保証は?」

「全員の前でやる。隠れてやったら意味がない」

「だから?」

「違反したら止める」

「誰が」

 

 ミナの問いが短くなっていく。詰めている時の癖だ。

 

「外れた六人が?」

 

 バルドが止まった。

 クロロが笑う。

 

「うん」

 

 まず、肯定から入る。

 

「公平だよ」

 

 それからバルドを見た。

 

「外れた六人が、当たった三人を守る理由が、どこにもないだけで」

 

 床を抜くみたいな言い方だった。誰もすぐには反論できない。

 公平と、守られる、は同じではない。

 籤に外れる。その瞬間、自分の合格確率はゼロになる。目の前に札が三枚ある。なら、奪う理由が増える。

 最後だ。ゴールが近い。近いほど、裏切る価値が上がる。嫌な仕組みだと思う。

 

「だったら」

 

 ガロが苛立つ。

 

「どうすんだよ」

「約束を破っても」

 

 口が先に出た。

 

「得しない形にできれば」

「例えば?」

 

 バルドが即座に聞く。

 

「……まだ」

「おい」

「考えてる」

 

 鍵。交換。持ち合い。人質。

 でも、組は変えていい。なら、第一、第二、第三という単位の上に保証は作れない。

 

「もしかして」

 

 言ってみる。

 

「三人組って」

 

 九人が見る。

 

「最初の配置でしかないのかもしれない」

「じゃあ、何で分けたんだよ」

 

 ガロが聞く。

 

「見るため」

「何を?」

 

 クロロが俺を見た。先に答えを持っている顔だった。

 

「最初に渡された三人を」

 

 少し間が空く。

 

「どこまで仲間だと思うか」

「多分」

 

 俺が後ろを足す。

 セドは笑わない。ガロを見て、俺を見た。

 昨日、三人で火を囲んだ。同じ組だから、そうした。それが、どこまで意味があるか。

 

 

     ◆

 

 

 日没。暗号は全部解けた。

 最初の協定は、目的が終わった。誰も解除を宣言しない。でも、全員が分かっている。

 もう物理鍵を取っていい。最初から取ってよかった。ただ、待っていただけだ。

 

 

     ◆

 

 

 別れ際、クロロが名前を呼んだ。

 

「カイ」

「何?」

「君は最後まで第一組でいるつもり?」

「君は第二組?」

 

 聞き方が、こちらを試している。

 

「質問返した」

「同じでしょ」

「違うよ」

「じゃあ」

 

 考える。同じ形で返すなら、同じだけ踏み込まないといけない。

 

「最後までミナとドルクを通す?」

 

 クロロが少し黙った。

 

「分からない」

「俺も」

「そう」

 

 一歩離れる。それで終わるかと思った。

 

「でも」

「何?」

「一緒だと」

 

 クロロがこちらを見た。

 

「君が何を選ぶのか、見えなくなる」

 

 止まる。言われたことの意味が、少し遅れて届いた。

 

「何それ」

「そのまま」

「一緒じゃない方が見える?」

「多分」

「面倒だな」

「君もでしょう?」

 

 否定できない。

 

「じゃあ」

「うん」

 

 別れる。敵ではない。仲間でもない。少なくとも、約束はしていない。

 

 

     ◆

 

 

 第一組。夜。昨日の小屋へ戻る。

 ガロが壁に背を預けて座った。

 

「俺は」

 

 言う前に、一度だけ息を吸った。

 

「まだ第一組でいい」

「まだ?」

 

 セドが言葉の端を拾う。

 

「うるせえ」

「三人で三本取る」

「うん」

「三人で札持って帰る」

「できれば」

 

 俺が足した。昨日と同じ場所に、同じ言葉を置いた。

 

「そこ!」

 

 怒られる。

 

「できるなら、そうしたい」

「ならいい!」

 

 単純だ。でも、昨日から一つも変わっていない。変わっていないことが、この男の強さだと思う。

 

「セドは?」

 

 ガロが火の向こうへ投げる。

 

「何?」

「第一組」

 

 セドが少し考えた。

 

「今夜は」

「今夜!?」

 

 ガロが頭を抱える。

 

「お前ら何なんだよ!」

 

 セドが笑った。

 

「明日の朝も、そうかもしれない」

「言い方!」

 

 俺はセドを見る。鍵を持っている。全員に知られた。その状態で、ここへ戻ってきた。

 何で逃げない。今なら、まだ逃げられる。

 分からない。

 

 

     ◆

 

 

「見張り」

 

 ガロが火へ枝を一本足した。

 

「やるぞ」

「うん」

「最初俺」

 

 自分から一番眠い順を取る。眠いのが嫌なのではなく、最初に座るのが好きなのだと思う。

 

「次カイ」

「最後」

 

 セドが手を挙げた。

 

「俺」

 

 俺が見る。最後は朝に近い。朝に近いということは、ここで何かが起きるなら最後に起きる。

 

「鍵持ってるのに?」

「持ってるから」

「最後の見張りが一番危なくない?」

「朝に近い」

「だから?」

 

 セドが軽く笑う。

 

「逃げるなら、最後の見張りが一番便利だろ」

「おい!」

「冗談」

「笑えねえ!」

 

 俺も笑わなかった。セドはそれを見て、何も言わなかった。

 

 

     ◆

 

 

 ガロが見張り。俺は寝る。二時間で起こされた。

 

「何もなし」

「うん」

 

 交代する。ガロはすぐ寝た。寝息が大きい。寝顔まで分かりやすい。

 クロロが言った言葉が戻ってくる。何をするか分かるから。

 音がした。外だ。立つ。扉の隙間から覗く。暗い。風。

 石が一つ転がっている。さっきまであった場所を、覚えていない。

 見る。誰もいない。気配も、ない、と思う。

 二歩出る。寒い。何も動かない。風だけだ。

 戻って座る。ガロの寝息は変わらない。

 石が落ちた。それだけだ。古い砦で、石なんていくらでも落ちる。そう思うことにした。

 セドを見る。寝ている。鍵は服の内側にあるはずだ。

 何をするか、分からない。でも、同じ組だから今まで一緒にいた。鍵を任せた。俺たちが選んだ。それを正しいと思っていた。

 いや、今も、間違いだったとは思っていない。ただ、理由を考える。

 セドならどうする。全員に鍵持ちを知られた。俺とガロが一緒にいれば強い。だから守られる。

 逆から見る。ここを見れば、鍵があると分かる。なら、離れる方が安全だ。

 そこまで考えて、俺は止まる。

 いや、待て。それなら、何で今ここにいる。

 考える。セドは寝ている。起こす理由はない。明日聞けばいい。

 そう思った。

 

 

     ◆

 

 

 二時間。

 

「セド」

「ん」

 

 すぐ目が開いた。眠りの浅い人の起き方だった。

 

「交代」

「何かあった?」

「何も」

「そう」

 

 起きる。上着の内側へ手が触れる。確かめる動きが、昨日より短い。

 

「じゃあ寝る」

「おやすみ」

 

 横になる。目を閉じる。眠る。

 近くにいる人間を、ちゃんと見ているつもりだった。

 

 

     ◆

 

 

 朝。目が開く。光が薄い。寒い。静か。静か、すぎる。

 起きる。

 

「ガロ」

「ん……」

「起きて」

「何だ」

「セド」

「?」

 

 見張りの席が空いている。扉が少し開いて、外から風が入っていた。誰もいない。

 セドの荷物がない。

 

「便所?」

 

 ガロが寝たまま言う。

 

「荷物持って?」

 

 止まる。顔が変わる。眠気が一度に落ちた。

 

「鍵」

 

 言葉が追いつく前に、ガロが完全に起きていた。

 昨日まで上着の内側にあった第一組の鍵。ない。

 

「……あの野郎」

 

 立つ。

 

「待って」

「待てるか!」

「どこへ行ったか」

「探す!」

「どうやって?」

「探すんだよ!」

 

 外。地面が硬い。足跡は少ない。北。途中の古い石畳で消えた。

 二時間。最大でそれだけの差がある。

 セドは最後の見張りで、自分で出た。鍵を持って。荷物を持って。誰かに奪われたのではない。

 俺とガロが鍵を任せると選んだ人間が、自分の意思で持っていった。

 

「カイ」

 

 ガロの声が低い。怒鳴る時より低い。

 

「昨日」

「何?」

「三人で行くって言ったよな」

「君が」

「お前も、そうしたいって言った!」

「うん」

「じゃあ」

 

 荷物を担ぐ。

 

「探すぞ」

「……」

「三人で行くんだろ」

 

 ガロはまだそこに立っている。見えない三人目を、当たり前みたいに数えている。

 俺はセドを見ていた、つもりだった。速い。冷静。建物を読む。人を読む。今は、という言葉まで拾った。

 でも、一番近くにいた人間が何を選ぶか、読めなかった。

 風。石畳。足跡は、もうない。

 三日目の昼には。中央の塔へ。三枚の札あり。

 九人が同じ言葉を持っている。紙は三組で持ち寄った。升は全員の前で埋めた。でも、あの形を音にしたのは一人だけだった。

 疑う理由はない。昨日は、そう思った。

 三日目の朝。第一組は、もう三人ではなかった。

 

 

     ◆

 

 

「探すぞ」

 

 ガロがもう一度言う。同じ言葉を繰り返すのは、迷いではなく、押しているのだと思う。

 

「三人で行くんだろ」

 

 俺は外を見る。足跡は北。石畳の途中で消えている。

 鍵が必要。セドが必要。碑文を読める人が必要。それと。

 

「……」

「何だよ」

「多分」

「何が?」

「今は」

 

 言葉を探す。昨日は見つからなかったものに、今は名前が付いている。

 

「腹立ってる」

 

 ガロが止まった。

 

「は?」

「昨日聞いたでしょ」

 

 約束を破られたら腹立つだろ。お前、腹立たないの。

 

「……お前」

「何」

「遅えよ!」

「そう?」

 

 昨日の時点では、確かに分かっていなかった。

 

「昨日言え!」

「昨日は、これが何なのか分からなかった」

「今分かったのかよ!」

「少し」

「おっさんみてえなこと言うな!」

 

 走る。ガロの口が少し上がっている。何で嬉しそうなんだ。

 北。古い石畳。足跡はない。

 でも、セドが昨日、何を見ていたか。壁。目地。削り方。後から直した場所。その辺、全部。

 

「カイ」

 

 ガロが急に止まった。

 

「ここ」

「何?」

「昨日」

 

 壁を指す。指し方が、昨日セドがやったのと同じ角度だった。

 

「おっさんが言ってたやつだ」

 

 近づく。石の色が少し違う。目地が新しい。

 

「後から直したとこは、こうなってるって」

 

 言っていた。

 場所ではない。見方だ。この三日で、ガロは人の目を一つ借りた。

 

「覚えてたの?」

「何だよその言い方」

「別に」

「俺だって覚えるわ!」

 

 壁の脇に細い隙間があった。蔦が枯れている。手が入る。引くと土が落ちて、奥が暗い。通路だ。

 

「……あった」

「ほら!」

「ガロが見つけたね」

「俺が見つけた!」

 

 二回言った。嬉しそうだ。

 保守路。多分、昔は水を流していた。石が湿っている。苔。匂い。冷たい。天井が低い。

 

「狭え」

「君が大きい」

「壁が狭い!」

 

 進む。足跡がある。一人。新しい。セド。間違いない。

 走らない。暗いし、滑る。

 十分ほどで抜けた。内周の北側。塔が近い。その下の古い排水口。石の上に、座っている人がいた。

 セドだ。

 

 

     ◆

 

 

「おっさん!」

 

 ガロが早い。セドが顔を上げる。驚いた顔を一つもしない。

 

「おはよう」

「おはようじゃねえ!」

「朝だから」

「そういう話じゃねえ!」

 

 セドが立つ。荷物は横に置いてある。鍵は上着の内側にあった。

 ガロがその胸を見る。

 

「持ってんのか」

「持ってる」

「返せ!」

「何に?」

 

 組という言葉を、ガロだけが重く使う。

 

「第一組に!」

「第一組って、誰?」

「俺とカイとお前だろ!」

「今も?」

「お前が抜けたんだろうが!」

 

 セドが黙る。否定の余地を探している黙り方ではない。

 

「抜けた」

「認めた!」

「うん」

「裏切っただろ!」

 

 セドの首が傾いた。

 

「何を?」

 

 ガロが止まる。

 

「……何をって」

「三日間一緒にいるって」

 

 セドが言葉を返す。詰めるのではなく、置くだけだ。

 

「俺、言った?」

「そういう問題じゃねえ!」

 

 そう。多分、そこだ。

 

「ルールでは」

 

 俺が言う。二人が見る。

 

「裏切ってない」

「カイ!」

「会長は組を変えていいって言った」

「ほら」

「ほらじゃねえ!」

「でも」

 

 続ける。ここで終わらせるつもりはない。

 

「俺も腹立ってる」

 

 セドが今度はこちらを見た。興味を持った顔だった。

 

「何で?」

「分からない」

「おい!」

 

 ガロが怒鳴る。

 

「そこは分かれよ!」

「多分」

 

 考えながら話す。言いながら形になるものがある。

 

「昨日、一緒に寝て」

 

 火。食料。ガロがうるさかった。セドが笑っていた。

 

「鍵を預けて」

「うん」

「今日も一緒にいるんだと思ってた」

「約束してないのに、腹が立つのか?」

「うん」

「それで腹が立つ?」

「多分」

 

 セドの目が細くなる。

 

「変だね」

「人に言われたくない」

「それもそうか」

「納得すんな!」

 

 ガロが二人の間で吠える。

 でも、セドはさっきより少し笑っていなかった。

 

「何で出た」

 

 ガロが聞く。怒鳴らずに聞いたのは、今朝で初めてだった。

 

「鍵持ってるって、全員に知られたから」

 

 即答だった。

 

「昨日まで」

 

 セドが胸を軽く叩く。

 

「俺が持ってるって知られないことが、一番安全だった」

 

 分かる。昨日の俺も、同じ計算でこの人を選んだ。

 

「今は違う。知られたら、持ってる意味が変わる」

「俺らが守れるだろ」

「だから」

 

 セドが言い直す。

 

「カイくんとガロくんと一緒にいれば、鍵がそこにあるって分かる」

 

 ガロが止まった。

 

「……」

「一人で動いた方が、鍵の場所は分かりにくい」

「それで黙って?」

「起こしたら止めるだろ。止められたら出られない」

「止める!」

「だから」

「だからじゃねえ!」

 

 理屈が通っている。だから腹が立つ。そして、少し面白い。

 昨日は分からなかった感覚が、今は分かる。理屈が正しいから、余計に。

 

「碑文」

 

 聞く。ここは確かめておきたい。

 セドが顔を上げる。

 

「何?」

「昼?」

「うん」

「中央の塔?」

「そう読んだ」

「札三枚?」

「そう」

 

 一拍おいて、先に言われた。

 

「嘘はついてない」

「嘘って言ってない」

 

 セドが俺を見る。

 

「疑ってる」

「確認してる」

「似てるね」

「違う」

「そう」

 

 完全に確かめる方法は、ない。

 ただ、バルドが字の系統と読む向きまでは知っていた。セドは今、同じ答えを出した。多分、正しい。

 でも。昨日、バルドが同じ石碑の前にいた。字の系統。読む向き。そこまでは知っていた。その場で一言、聞けた。本当にそう読めますか。

 聞かなかった。できなかったのではない。しなかった。それだけだ。

 

「塔」

 

 セドが塔の方へ目をやる。

 

「もう行った?」

「下までは」

「何かあった?」

「後から付けた機械がある。扉の脇に、新しいのが」

 

 石の色と合っていない。付けたのは最近だ。

 

「試験用?」

「多分」

「入った?」

「鍵が三本そろわないと動かないみたいだ」

 

 そりゃそうだ。

 

「他の奴ら」

 

 ガロが聞く。

 

「来るか?」

「来る」

 

 セドの返事に迷いがない。

 

「何で分かる」

「昼に塔」

「お前が読んだんだろ!」

「そうだった」

 

 ガロが頭を抱える。

 

「こいつ腹立つ!」

「知ってる」

「お前は笑うな!」

 

 笑ってない。多分。

 

 

     ◆

 

 

 塔へ向かう。三人。また並ぶ。

 第一組では、ない。少なくとも、前と同じ意味では。

 でも、三人で歩いている。変な感じだ。

 中央塔の下に、もう三人いた。クロロ。ミナ。ドルク。

 第二組。いや、今、その呼び方がどこまで意味を持つか。

 

「おはよう」

 

 クロロの挨拶が、昨日と同じ高さだった。

 

「おはよう」

 

 返す。

 ドルクが俺を見た。見られているのに、見返しにくい目だ。

 

「昨夜」

「何?」

「起きてたな」

 

 止まる。石が落ちた。あれだ。

 

「来た?」

「ああ」

「何しに」

「見に」

「何を」

 

 ドルクがセドの方へ目を移した。

 

「鍵」

 

 短い。

 

「縛るつもりだった?」

「できれば」

 

 やっぱり。会長への質問が、そのまま行動になっている。

 

「やめたのは」

 

 俺が聞く。

 

「俺が出たから?」

「面倒だった」

 

 それだけ。布袋を肩へ掛け直す。

 夜。石が落ちた。風。そう思うことにした。違った。

 見た。でも、見てない。三回目だ。多いな。

 

 

     ◆

 

 

「セド」

 

 ミナが先に名前を呼んだ。

 

「戻ったの?」

「戻ってねえ!」

 

 ガロが代わりに答える。

 

「ここにはいる」

 

 セドの返しが、また形を外す。

 

「そういうとこだぞ!」

 

 クロロが笑って、俺を見た。

 

「何?」

「別に」

「セドが出ていくって、思ってた?」

 

 聞く。クロロの目が少し動いた。

 

「出るかもしれない、とは思ってたよ」

「言わなかった」

「聞かれなかったから」

 

 来た、と思った。でも、クロロが続ける。

 

「それに」

「何?」

「言ったら、君、止めたでしょう?」

「多分」

「じゃあ」

 

 それだけ。悪びれない。でも、自慢もしない。

 本当に見たかっただけかもしれない。セドが何をするか。俺が何をするか。

 この子は、そういうところがある。

 第三組が遅れて来た。バルド。ネイ。トア。九人がまた揃う。

 

「おっさん」

 

 ネイがセドを見る。昨日押さえ込まれた腕を、まだ気にしている。

 

「逃げたんじゃなかったのか」

「移動した」

「同じだろ」

「違うと思う。抜けたのと、逃げたのは別だ」

「お前ら第一組、ほんとに面倒くせえな」

「お前に言われたくねえ!」

 

 ガロが噛みつく。昨日の分がまだ残っている。

 トアがあくびをした。鍋の匂いがしないのが珍しい。

 

「朝から元気だな」

「腹減ってんのか?」

「少し」

「飯あるぞ」

 

 ガロが自分の袋を開ける。昨日、三日分だと言われたばかりだ。

 

「くれるの?」

「ちょっとなら」

 

 何で仲いいんだ。

 そういえば、さっきガロは朝のことを全部喋っていた。保守路。場所。入口。

 誰に、何を、隠すか。考えたことが、多分、一度もない。

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