転生先が殺し合いを約束された帝国の第三王子だった件 作:冷やかし中華
二日目の朝。
鍵はある。セドが持っている。夜のあいだ、誰も来なかった。
最初に外へ出たのはガロだった。寝起きの顔のまま、もう荷を担いでいる。
「行くぞ」
「どこ」
「石碑」
「場所分からない」
「探す!」
分かりやすい。迷う時間を惜しむのではなく、迷う前に動く。
◆
二つ目は午前に見つかった。見つけたのは第三組だった。
どうやって知らせるつもりなのかと思ったら、塔の外壁で白い布を三回振っている。
「三回」
ガロが数えて、呆れた顔をした。
「もう病気だな」
笑えるが、問題はそこではない。
「あいつら」
俺が布の位置を指す。
「内周にいる」
ガロが止まった。
「門、閉まってたろ」
「閉まってる」
昨日、見た。鉄の門。鍵穴なし。押しても引いても動かなかった。
「じゃあどうやって」
「越えたんだと思う」
高い壁。昨日、俺がやめると言った場所だ。
道があるなら先に道を見る。道は見た。なかった。なら、越える。順番が間に合っていないだけで、結論は同じところへ来る。
「越えるぞ」
ガロはもう手をかけていた。欠けを選ばず、腕の力だけで上がっていく。
俺は石の欠けを三つ選ぶ。簡単だ。
セドは少し離れた場所まで歩いて、そこから登り始めた。速くはない。でも、迷う動きが一つもない。
「そっち楽?」
上から聞くと、少し遅れて返ってきた。
「後で直してある」
「手がかりが多い。欠けの位置が揃ってる」
三回目だ。この人は石を見て、いつ直したかが分かる。壁は三日のうちに二度、俺たちの道になった。
そして、上。息を止めた。登りながら、片手が胸を押さえている。鍵だ。落ちたら予備はない。
「セド」
「分かってる」
右手が二回持ち替える。左手はずっと胸にあった。
降りる。三人、内周へ入る。
振り返ると壁は高い。三日目にも同じことをやることになる。その時、誰が鍵を持っているのかは、まだ分からない。
北東へ向かうと、九人が集まっていた。
石碑は同じだった。三かける三。傷。同じ字。読めない。
記録紙を新しく一枚。三枚の写しを順に当てる。三つ。三つ。三つ。写し取る。九つ揃う。
もう誰も手順を説明しない。覚えるのが早い集まりだ。
セドが右上から指を降ろす。
「チュウオウノトウヘ」
一拍おいて、読み替える。
「中央の塔へ」
「知ってる」
ガロが先に言った。地図に最初から書いてある。
「まだ行けとは、一言も言っていない」
ミナが短く否定する。知っていることと、指示されたことは別だ。
「一つ目」
バルドが数えはじめる。
「三日目の昼には」
「二つ目」
トアが受ける。
「中央の塔へ」
「三つ目」
ネイが記録紙の空きを見る。
「何だろうな」
情報は増えた。ゴールが近づいた。だから、近づいた分だけ考える。
まだ物理鍵を奪う意味は薄い。三つ目の情報が要る。今ここで誰かが関係を壊せば、九人全員が損をする。少なくとも、考える人間なら待つ。
そう思った。
◆
外れた。
昼、回廊。第一組が並んで歩く。ガロが前、セドが後ろ、俺が横。
角を曲がったところにネイがいた。
「何?」
ガロが先に声をかける。警戒の形になっていない。
「別に」
すれ違う。距離が近い。
その瞬間、ネイの手がガロの腰の荷袋へ伸びた。
「おい」
ガロが遅い。セドが速い。一歩で間合いへ入り、腕を取って捻る。ネイが床へ落ちた。
「いっ!」
速い。俺より、ではない。ただ、普通の中年がやる動きでもなかった。
押さえ込む時にセドの上着が開いた。内側で四角い金属が一瞬だけ光る。鍵だ。
向こうの回廊に、ミナがいた。別の方向から来ていて、こちらを見ていた。目の高さが変わる。
「……なるほど」
まずい。あの一瞬で、全部つながった。
「何が?」
ガロはまだネイを見ている。何が起きたか、半分も見えていない。
ミナはセドの胸のあたりから目を離さない。
「第一組の鍵は、あなたが持ってる」
ガロが振り返った。
「何で分かった」
「今見えた」
終わりだ。隠す意味がなくなった。
俺はネイを見る。この人は動いた。暗号がまだ終わっていないのに。
俺なら動かない。動く意味が薄いからだ。だから、他人も待つと勝手に思った。
また、同じことをやっている。
◆
全員が集まる。ネイは座ったまま、捻られた腕を擦っていた。
「ガロが持ってると思った」
隠さない。言い訳をしないところは、年齢より大人だった。
「何で俺だよ」
「強そうだから」
「ほら」
俺が横から言う。昨日、同じ理由で俺に預けようとした男がいた。
「何がほらだ!」
「最初、ガロも同じこと言ってたんだよ」
「今それ関係ねえ!」
セドが静かに割り込む。責める声になっていない。
「何で取ろうとしたんだ。理由があるなら聞く」
「一本より二本持ってる方が強いだろ」
ネイが睨み返す。理屈を持ってきている。
「二本持てば、最後のやつと交渉できる」
筋は通っている。この子は馬鹿ではない。
「保証は?」
ミナが条件の方から崩しに入る。
「何が」
「二本持ったあなたに、最後の一本の人が鍵を渡す保証」
「交渉する」
「相手から見たら」
一度止めて、言葉を選び直した。
「三本全部取られる可能性が一番高い相手になる」
ネイが止まる。
クロロが横から一言だけ足した。
「全員から、一番見つけやすい敵になるね」
それだけ。ネイが舌打ちする。
「でも二本あれば」
「強いよ」
クロロは否定しない。否定しないまま、条件だけ付ける。
「信用されれば」
ネイが黙った。
そう。間違いではない。条件が多いだけだ。
「で」
ガロが立ち上がる。
「どうすんだ」
「何が?」
「こいつ」
顎でネイを示す。
「約束破った」
「取れてない」
ネイが食い下がる。
「取ろうとしただろ!」
「証拠」
「おっさんに押さえられてるだろ!」
「結果」
「てめえ!」
「ガロ」
止める。ここで殴れば、残るのは殴った事実だけだ。
「今殴って」
「殴らねえよ」
「動けなくして」
「それも」
「何が得?」
言ってしまった。ガロがこっちを見る。怒っている。向いている先が、ネイから俺へ移った。
「得とかじゃねえだろ」
「?」
「約束破られたら、腹立つだろ」
止まる。言い返す言葉が、一つも用意できていなかった。
「腹立ってる?」
「俺はな!」
ガロが火のない場所で火を出す。隠す気がないから、こちらも避けられない。
「お前、腹立たねえの?」
即、答えが出ない。困る。
困るのは分かる。第一組の鍵を知られた。原因はネイだ。
でも、今、俺の頭の中にあるのは、第三組を敵に回す損と、第二組から警戒される損と、時間と戦力の計算だった。全部、損得だ。
「……分からない」
「何でだよ!」
「まだ考えてる」
「そういうとこだぞ!」
何が、とは聞かない。聞いたら、もっと怒られる。
「俺は」
セドがネイの腕を離した。
「もういい」
ネイが立って、距離を取る。信じていない顔だ。
「いいのかよ」
ガロの方がまだ収まらない。
「鍵は取られてない。それだけは先に言っておく」
「でも」
「今、ネイを潰す」
セドが損の形を並べはじめる。並べ方が、昨日、石碑の順番を説明した時と同じだった。
「第三組が二人になる」
「なるな」
「その二人は、俺たちを敵だと思う」
「思う」
「第二組も、第一組は人を減らす組だと思うかもしれない」
ミナが頷く。
「思うわね」
「得?」
セドが聞いたのは、俺が言ったのと同じ言葉だった。
ガロが口を曲げる。
「……しねえ」
「じゃあ」
終わり。
セドは怒っていない。少なくとも、外には出さない。
俺はセドを見る。さっき、速かった。鍵が露見した。そのことをどう考えているのかが分からない。見ているのに、分からない。
◆
別れる。歩き出すと、クロロが横へ並んだ。
「あの人」
「誰?」
「ガロ」
「何?」
「便利だね」
「人に便利って言うなよ」
便利、で何が悪いのか分からない顔をしている。
「どうして?」
「何となく」
「何をするか、先に分かるでしょう?」
見る。悪意のない顔だった。だから余計に始末が悪い。
「ガロ?」
「うん」
「……まあ」
約束したら守る。怒ったら怒る。疑ったら顔に出る。何をするかは、確かに分かる。
「それ」
クロロが言い直す。
「信用しやすいってことじゃない?」
信用。同じものを指しているのに、言葉を替えると別のものに見える。
「君の言い方だと嫌だな」
「意味は同じだよ」
「多分ね」
少し悔しい。でも、そうだ。
読める人間というのは、それだけで強い。強いというのは、味方としても、敵としても、ということだ。
◆
三つ目は夕方、トアが見つけた。内周の東。九人が集まる。
昨日とは空気が違う。セドが鍵持ちだと全員が知っている。
第二組と第三組の誰が持っているかは、俺はまだ知らない。聞かない。保証がないし、知る必要も、まだない。
記録紙。三枚を順に当てる。写す。九つ揃う。
九人が待っている。一人が喋るのを待っている。
セドが右上から指を降ろす。
「サンマイノフダアリ」
一拍。
「三枚の札あり」
三枚。札。合格者。三人。
数が一つ増えるたびに、同じ数へ戻っていく。
「やっぱ三人じゃねえか」
「三枚あるだけよ。三人とは書いてない」
ミナが言葉の端だけ直す。
「同じじゃ」
「ない」
ガロが黙った。昨日なら食い下がっていた。今日は、違いが見えている。
◆
三つを繋ぐ。
三日目の昼には。中央の塔へ。三枚の札あり。
「明日」
バルドが地図の中央へ指を置く。
「昼」
そこまでは分かった。分かった先が、まだ何もない。
「提案がある。聞くだけ聞いてほしい」
また、バルド。全員を見てから話す癖がある。
「九人で扉を開ける。三本の鍵を持ち寄って」
「うん」
ガロが先に頷く。中身を聞く前に頷くのも、もう三回目だ。
「中の三枚は」
一拍。
「籤で決める」
ネイが立ち上がりかけた。
「は?」
「全員、三分の一だ。誰も優遇しない」
「公平」
トアが言葉だけ置く。
「ではある」
俺も、そこは否定しない。
ミナが首を少し振った。
「公平でも」
「何?」
バルドが聞き返す。
「結果を守らせるものが、どこにもない」
静かになる。
「籤に外れた六人が、当たった三人へ札を渡す保証は?」
「全員の前でやる。隠れてやったら意味がない」
「だから?」
「違反したら止める」
「誰が」
ミナの問いが短くなっていく。詰めている時の癖だ。
「外れた六人が?」
バルドが止まった。
クロロが笑う。
「うん」
まず、肯定から入る。
「公平だよ」
それからバルドを見た。
「外れた六人が、当たった三人を守る理由が、どこにもないだけで」
床を抜くみたいな言い方だった。誰もすぐには反論できない。
公平と、守られる、は同じではない。
籤に外れる。その瞬間、自分の合格確率はゼロになる。目の前に札が三枚ある。なら、奪う理由が増える。
最後だ。ゴールが近い。近いほど、裏切る価値が上がる。嫌な仕組みだと思う。
「だったら」
ガロが苛立つ。
「どうすんだよ」
「約束を破っても」
口が先に出た。
「得しない形にできれば」
「例えば?」
バルドが即座に聞く。
「……まだ」
「おい」
「考えてる」
鍵。交換。持ち合い。人質。
でも、組は変えていい。なら、第一、第二、第三という単位の上に保証は作れない。
「もしかして」
言ってみる。
「三人組って」
九人が見る。
「最初の配置でしかないのかもしれない」
「じゃあ、何で分けたんだよ」
ガロが聞く。
「見るため」
「何を?」
クロロが俺を見た。先に答えを持っている顔だった。
「最初に渡された三人を」
少し間が空く。
「どこまで仲間だと思うか」
「多分」
俺が後ろを足す。
セドは笑わない。ガロを見て、俺を見た。
昨日、三人で火を囲んだ。同じ組だから、そうした。それが、どこまで意味があるか。
◆
日没。暗号は全部解けた。
最初の協定は、目的が終わった。誰も解除を宣言しない。でも、全員が分かっている。
もう物理鍵を取っていい。最初から取ってよかった。ただ、待っていただけだ。
◆
別れ際、クロロが名前を呼んだ。
「カイ」
「何?」
「君は最後まで第一組でいるつもり?」
「君は第二組?」
聞き方が、こちらを試している。
「質問返した」
「同じでしょ」
「違うよ」
「じゃあ」
考える。同じ形で返すなら、同じだけ踏み込まないといけない。
「最後までミナとドルクを通す?」
クロロが少し黙った。
「分からない」
「俺も」
「そう」
一歩離れる。それで終わるかと思った。
「でも」
「何?」
「一緒だと」
クロロがこちらを見た。
「君が何を選ぶのか、見えなくなる」
止まる。言われたことの意味が、少し遅れて届いた。
「何それ」
「そのまま」
「一緒じゃない方が見える?」
「多分」
「面倒だな」
「君もでしょう?」
否定できない。
「じゃあ」
「うん」
別れる。敵ではない。仲間でもない。少なくとも、約束はしていない。
◆
第一組。夜。昨日の小屋へ戻る。
ガロが壁に背を預けて座った。
「俺は」
言う前に、一度だけ息を吸った。
「まだ第一組でいい」
「まだ?」
セドが言葉の端を拾う。
「うるせえ」
「三人で三本取る」
「うん」
「三人で札持って帰る」
「できれば」
俺が足した。昨日と同じ場所に、同じ言葉を置いた。
「そこ!」
怒られる。
「できるなら、そうしたい」
「ならいい!」
単純だ。でも、昨日から一つも変わっていない。変わっていないことが、この男の強さだと思う。
「セドは?」
ガロが火の向こうへ投げる。
「何?」
「第一組」
セドが少し考えた。
「今夜は」
「今夜!?」
ガロが頭を抱える。
「お前ら何なんだよ!」
セドが笑った。
「明日の朝も、そうかもしれない」
「言い方!」
俺はセドを見る。鍵を持っている。全員に知られた。その状態で、ここへ戻ってきた。
何で逃げない。今なら、まだ逃げられる。
分からない。
◆
「見張り」
ガロが火へ枝を一本足した。
「やるぞ」
「うん」
「最初俺」
自分から一番眠い順を取る。眠いのが嫌なのではなく、最初に座るのが好きなのだと思う。
「次カイ」
「最後」
セドが手を挙げた。
「俺」
俺が見る。最後は朝に近い。朝に近いということは、ここで何かが起きるなら最後に起きる。
「鍵持ってるのに?」
「持ってるから」
「最後の見張りが一番危なくない?」
「朝に近い」
「だから?」
セドが軽く笑う。
「逃げるなら、最後の見張りが一番便利だろ」
「おい!」
「冗談」
「笑えねえ!」
俺も笑わなかった。セドはそれを見て、何も言わなかった。
◆
ガロが見張り。俺は寝る。二時間で起こされた。
「何もなし」
「うん」
交代する。ガロはすぐ寝た。寝息が大きい。寝顔まで分かりやすい。
クロロが言った言葉が戻ってくる。何をするか分かるから。
音がした。外だ。立つ。扉の隙間から覗く。暗い。風。
石が一つ転がっている。さっきまであった場所を、覚えていない。
見る。誰もいない。気配も、ない、と思う。
二歩出る。寒い。何も動かない。風だけだ。
戻って座る。ガロの寝息は変わらない。
石が落ちた。それだけだ。古い砦で、石なんていくらでも落ちる。そう思うことにした。
セドを見る。寝ている。鍵は服の内側にあるはずだ。
何をするか、分からない。でも、同じ組だから今まで一緒にいた。鍵を任せた。俺たちが選んだ。それを正しいと思っていた。
いや、今も、間違いだったとは思っていない。ただ、理由を考える。
セドならどうする。全員に鍵持ちを知られた。俺とガロが一緒にいれば強い。だから守られる。
逆から見る。ここを見れば、鍵があると分かる。なら、離れる方が安全だ。
そこまで考えて、俺は止まる。
いや、待て。それなら、何で今ここにいる。
考える。セドは寝ている。起こす理由はない。明日聞けばいい。
そう思った。
◆
二時間。
「セド」
「ん」
すぐ目が開いた。眠りの浅い人の起き方だった。
「交代」
「何かあった?」
「何も」
「そう」
起きる。上着の内側へ手が触れる。確かめる動きが、昨日より短い。
「じゃあ寝る」
「おやすみ」
横になる。目を閉じる。眠る。
近くにいる人間を、ちゃんと見ているつもりだった。
◆
朝。目が開く。光が薄い。寒い。静か。静か、すぎる。
起きる。
「ガロ」
「ん……」
「起きて」
「何だ」
「セド」
「?」
見張りの席が空いている。扉が少し開いて、外から風が入っていた。誰もいない。
セドの荷物がない。
「便所?」
ガロが寝たまま言う。
「荷物持って?」
止まる。顔が変わる。眠気が一度に落ちた。
「鍵」
言葉が追いつく前に、ガロが完全に起きていた。
昨日まで上着の内側にあった第一組の鍵。ない。
「……あの野郎」
立つ。
「待って」
「待てるか!」
「どこへ行ったか」
「探す!」
「どうやって?」
「探すんだよ!」
外。地面が硬い。足跡は少ない。北。途中の古い石畳で消えた。
二時間。最大でそれだけの差がある。
セドは最後の見張りで、自分で出た。鍵を持って。荷物を持って。誰かに奪われたのではない。
俺とガロが鍵を任せると選んだ人間が、自分の意思で持っていった。
「カイ」
ガロの声が低い。怒鳴る時より低い。
「昨日」
「何?」
「三人で行くって言ったよな」
「君が」
「お前も、そうしたいって言った!」
「うん」
「じゃあ」
荷物を担ぐ。
「探すぞ」
「……」
「三人で行くんだろ」
ガロはまだそこに立っている。見えない三人目を、当たり前みたいに数えている。
俺はセドを見ていた、つもりだった。速い。冷静。建物を読む。人を読む。今は、という言葉まで拾った。
でも、一番近くにいた人間が何を選ぶか、読めなかった。
風。石畳。足跡は、もうない。
三日目の昼には。中央の塔へ。三枚の札あり。
九人が同じ言葉を持っている。紙は三組で持ち寄った。升は全員の前で埋めた。でも、あの形を音にしたのは一人だけだった。
疑う理由はない。昨日は、そう思った。
三日目の朝。第一組は、もう三人ではなかった。
◆
「探すぞ」
ガロがもう一度言う。同じ言葉を繰り返すのは、迷いではなく、押しているのだと思う。
「三人で行くんだろ」
俺は外を見る。足跡は北。石畳の途中で消えている。
鍵が必要。セドが必要。碑文を読める人が必要。それと。
「……」
「何だよ」
「多分」
「何が?」
「今は」
言葉を探す。昨日は見つからなかったものに、今は名前が付いている。
「腹立ってる」
ガロが止まった。
「は?」
「昨日聞いたでしょ」
約束を破られたら腹立つだろ。お前、腹立たないの。
「……お前」
「何」
「遅えよ!」
「そう?」
昨日の時点では、確かに分かっていなかった。
「昨日言え!」
「昨日は、これが何なのか分からなかった」
「今分かったのかよ!」
「少し」
「おっさんみてえなこと言うな!」
走る。ガロの口が少し上がっている。何で嬉しそうなんだ。
北。古い石畳。足跡はない。
でも、セドが昨日、何を見ていたか。壁。目地。削り方。後から直した場所。その辺、全部。
「カイ」
ガロが急に止まった。
「ここ」
「何?」
「昨日」
壁を指す。指し方が、昨日セドがやったのと同じ角度だった。
「おっさんが言ってたやつだ」
近づく。石の色が少し違う。目地が新しい。
「後から直したとこは、こうなってるって」
言っていた。
場所ではない。見方だ。この三日で、ガロは人の目を一つ借りた。
「覚えてたの?」
「何だよその言い方」
「別に」
「俺だって覚えるわ!」
壁の脇に細い隙間があった。蔦が枯れている。手が入る。引くと土が落ちて、奥が暗い。通路だ。
「……あった」
「ほら!」
「ガロが見つけたね」
「俺が見つけた!」
二回言った。嬉しそうだ。
保守路。多分、昔は水を流していた。石が湿っている。苔。匂い。冷たい。天井が低い。
「狭え」
「君が大きい」
「壁が狭い!」
進む。足跡がある。一人。新しい。セド。間違いない。
走らない。暗いし、滑る。
十分ほどで抜けた。内周の北側。塔が近い。その下の古い排水口。石の上に、座っている人がいた。
セドだ。
◆
「おっさん!」
ガロが早い。セドが顔を上げる。驚いた顔を一つもしない。
「おはよう」
「おはようじゃねえ!」
「朝だから」
「そういう話じゃねえ!」
セドが立つ。荷物は横に置いてある。鍵は上着の内側にあった。
ガロがその胸を見る。
「持ってんのか」
「持ってる」
「返せ!」
「何に?」
組という言葉を、ガロだけが重く使う。
「第一組に!」
「第一組って、誰?」
「俺とカイとお前だろ!」
「今も?」
「お前が抜けたんだろうが!」
セドが黙る。否定の余地を探している黙り方ではない。
「抜けた」
「認めた!」
「うん」
「裏切っただろ!」
セドの首が傾いた。
「何を?」
ガロが止まる。
「……何をって」
「三日間一緒にいるって」
セドが言葉を返す。詰めるのではなく、置くだけだ。
「俺、言った?」
「そういう問題じゃねえ!」
そう。多分、そこだ。
「ルールでは」
俺が言う。二人が見る。
「裏切ってない」
「カイ!」
「会長は組を変えていいって言った」
「ほら」
「ほらじゃねえ!」
「でも」
続ける。ここで終わらせるつもりはない。
「俺も腹立ってる」
セドが今度はこちらを見た。興味を持った顔だった。
「何で?」
「分からない」
「おい!」
ガロが怒鳴る。
「そこは分かれよ!」
「多分」
考えながら話す。言いながら形になるものがある。
「昨日、一緒に寝て」
火。食料。ガロがうるさかった。セドが笑っていた。
「鍵を預けて」
「うん」
「今日も一緒にいるんだと思ってた」
「約束してないのに、腹が立つのか?」
「うん」
「それで腹が立つ?」
「多分」
セドの目が細くなる。
「変だね」
「人に言われたくない」
「それもそうか」
「納得すんな!」
ガロが二人の間で吠える。
でも、セドはさっきより少し笑っていなかった。
「何で出た」
ガロが聞く。怒鳴らずに聞いたのは、今朝で初めてだった。
「鍵持ってるって、全員に知られたから」
即答だった。
「昨日まで」
セドが胸を軽く叩く。
「俺が持ってるって知られないことが、一番安全だった」
分かる。昨日の俺も、同じ計算でこの人を選んだ。
「今は違う。知られたら、持ってる意味が変わる」
「俺らが守れるだろ」
「だから」
セドが言い直す。
「カイくんとガロくんと一緒にいれば、鍵がそこにあるって分かる」
ガロが止まった。
「……」
「一人で動いた方が、鍵の場所は分かりにくい」
「それで黙って?」
「起こしたら止めるだろ。止められたら出られない」
「止める!」
「だから」
「だからじゃねえ!」
理屈が通っている。だから腹が立つ。そして、少し面白い。
昨日は分からなかった感覚が、今は分かる。理屈が正しいから、余計に。
「碑文」
聞く。ここは確かめておきたい。
セドが顔を上げる。
「何?」
「昼?」
「うん」
「中央の塔?」
「そう読んだ」
「札三枚?」
「そう」
一拍おいて、先に言われた。
「嘘はついてない」
「嘘って言ってない」
セドが俺を見る。
「疑ってる」
「確認してる」
「似てるね」
「違う」
「そう」
完全に確かめる方法は、ない。
ただ、バルドが字の系統と読む向きまでは知っていた。セドは今、同じ答えを出した。多分、正しい。
でも。昨日、バルドが同じ石碑の前にいた。字の系統。読む向き。そこまでは知っていた。その場で一言、聞けた。本当にそう読めますか。
聞かなかった。できなかったのではない。しなかった。それだけだ。
「塔」
セドが塔の方へ目をやる。
「もう行った?」
「下までは」
「何かあった?」
「後から付けた機械がある。扉の脇に、新しいのが」
石の色と合っていない。付けたのは最近だ。
「試験用?」
「多分」
「入った?」
「鍵が三本そろわないと動かないみたいだ」
そりゃそうだ。
「他の奴ら」
ガロが聞く。
「来るか?」
「来る」
セドの返事に迷いがない。
「何で分かる」
「昼に塔」
「お前が読んだんだろ!」
「そうだった」
ガロが頭を抱える。
「こいつ腹立つ!」
「知ってる」
「お前は笑うな!」
笑ってない。多分。
◆
塔へ向かう。三人。また並ぶ。
第一組では、ない。少なくとも、前と同じ意味では。
でも、三人で歩いている。変な感じだ。
中央塔の下に、もう三人いた。クロロ。ミナ。ドルク。
第二組。いや、今、その呼び方がどこまで意味を持つか。
「おはよう」
クロロの挨拶が、昨日と同じ高さだった。
「おはよう」
返す。
ドルクが俺を見た。見られているのに、見返しにくい目だ。
「昨夜」
「何?」
「起きてたな」
止まる。石が落ちた。あれだ。
「来た?」
「ああ」
「何しに」
「見に」
「何を」
ドルクがセドの方へ目を移した。
「鍵」
短い。
「縛るつもりだった?」
「できれば」
やっぱり。会長への質問が、そのまま行動になっている。
「やめたのは」
俺が聞く。
「俺が出たから?」
「面倒だった」
それだけ。布袋を肩へ掛け直す。
夜。石が落ちた。風。そう思うことにした。違った。
見た。でも、見てない。三回目だ。多いな。
◆
「セド」
ミナが先に名前を呼んだ。
「戻ったの?」
「戻ってねえ!」
ガロが代わりに答える。
「ここにはいる」
セドの返しが、また形を外す。
「そういうとこだぞ!」
クロロが笑って、俺を見た。
「何?」
「別に」
「セドが出ていくって、思ってた?」
聞く。クロロの目が少し動いた。
「出るかもしれない、とは思ってたよ」
「言わなかった」
「聞かれなかったから」
来た、と思った。でも、クロロが続ける。
「それに」
「何?」
「言ったら、君、止めたでしょう?」
「多分」
「じゃあ」
それだけ。悪びれない。でも、自慢もしない。
本当に見たかっただけかもしれない。セドが何をするか。俺が何をするか。
この子は、そういうところがある。
第三組が遅れて来た。バルド。ネイ。トア。九人がまた揃う。
「おっさん」
ネイがセドを見る。昨日押さえ込まれた腕を、まだ気にしている。
「逃げたんじゃなかったのか」
「移動した」
「同じだろ」
「違うと思う。抜けたのと、逃げたのは別だ」
「お前ら第一組、ほんとに面倒くせえな」
「お前に言われたくねえ!」
ガロが噛みつく。昨日の分がまだ残っている。
トアがあくびをした。鍋の匂いがしないのが珍しい。
「朝から元気だな」
「腹減ってんのか?」
「少し」
「飯あるぞ」
ガロが自分の袋を開ける。昨日、三日分だと言われたばかりだ。
「くれるの?」
「ちょっとなら」
何で仲いいんだ。
そういえば、さっきガロは朝のことを全部喋っていた。保守路。場所。入口。
誰に、何を、隠すか。考えたことが、多分、一度もない。