転生先が殺し合いを約束された帝国の第三王子だった件 作:冷やかし中華
塔。入口。石は古いのに、中だけが新しい。金属と、油の匂いがする。
中央に籠が据えてある。一人入ればいっぱい、くらいの大きさだ。
三方向に柱が一本ずつ立っていて、それぞれに鍵穴と、その横にレバーがある。壁の金属板は共通語で書かれていた。全員読める。助かる。
三本の鍵を三か所へ。それぞれ一名が挿して、回して、保持する。
その間、昇降籠が作動。保持者は搭乗不可。一回に一名。
上に合格札が一枚。籠は戻る。次。
札は三枚。無記名。日没時の所持者が合格。
「……」
ガロが読む。もう一回読む。
「は?」
もう一回。
「はあ!?」
声が塔の中で反響した。
「鍵持ってる奴、乗れねえのかよ!」
「三人必要で、一人しか行けない?」
ネイが数を確かめる。
「最低四人」
ミナの計算が一番早い。
「一人で三本集めても」
トアが鍋を抱えたまま続ける。試験の条件を、作る手順のように数えている。
「一人じゃ動かせない。鍵は三か所だ」
「人を残さないと通れない。潰しすぎたら、自分も上がれない」
バルドが結論だけ置いた。
殺す。潰す。縛る。やりすぎたら、最後、自分も動けない。
ネテロは最初から、そこまでは言っていない。言う必要がなかった。
「一人だけ合格」
クロロが金属板へ指を当てる。読み上げるのではなく、確かめる手つきだった。
「できるね」
「どうやって」
ネイが食いつく。抜け道があるなら、自分が先に見つけたい顔だ。
「同じ人が三回乗ればいいだけだよ」
「あ」
「三枚持ってても」
クロロが指を一本立てる。
「人は一人」
「……あのじじい」
ガロの声が低くなった。多分、褒めていない。
「鍵」
バルドが手を出した。隠し合う時間は終わったと、全員に言わせないまま決めている。
「出そう」
セドが一本、ミナが一本、バルドが一本。
やっぱり、持っていた。三人とも、三日間、一度も場所を言わなかった。
三本が並ぶ。初めて本物が揃った。でも、揃っただけでは誰も合格しない。
◆
「誰が行く」
バルドが全員へ聞く。
「俺」
ガロが即。やっぱり。
「一枚取って」
「うん」
「戻る」
「当たり前だろ」
ミナが条件の方から入る。
「保証は?」
「約束する」
「それは約束」
「保証じゃねえのか?」
「違う」
「何が違う!」
ミナが言葉を選び直した。この人は、相手が分かる形まで落として言う。
「破れる」
「破らねえ!」
「そう言ってるだけ」
「俺は破らねえ!」
「分かってる」
俺が言った。ガロがこっちを見る。
「何?」
「戻ると思う」
「何で」
聞いたのはミナだった。俺の根拠を確かめに来ている。
「ガロだから」
「仲間だから?」
ネイが横から茶々を入れる。
「違う」
考える。仲間だからではない。そこを間違えると、この男を見誤る。
「一度決めたことを、変えない人だから」
「うん」
クロロが頷いた。こちらを見ないまま頷く。
「戻るよ」
「お前まで」
ガロが照れを怒りで隠す。
「何で分かる」
「何をするか、いつも先に分かるから」
「褒めてる?」
「多分」
「その多分やめろ!」
セドが笑う。
昨日、クロロが言った。便利。予測。信用。
善人だから、ではない。何をするか分かる。それだけで、人は鍵を回せる。
セド、ミナ、バルドの三人が鍵を挿す。回す。重い。音がする。三つ揃う。
籠が開いた。ガロが入る。
「一枚だけだぞ」
「分かってる!」
「戻れ」
俺も言う。言わなくても戻る。それでも言った。
「分かってる!」
扉が閉じる。上へ動く。音が小さくなっていく。
全員が待つ。鍵を回している三人は手を離せない。一分。二分。長い。
上で音が止まり、少しして戻ってきた。籠が開く。
ガロが立っている。手に一枚。薄い金属の札だった。
「一枚しか取れねえようになってたぞ!」
「書いてあったでしょう。壁の板に」
ミナが壁の金属板を指す。書いてあることを読まないで騒ぐのが、この人は一番嫌いらしい。
「読め!」
「読んだ!」
戻った。本当に。一枚持って。
◆
その瞬間、布が落ちた。
長い袋。ドルク。中身は棒ではなかった。
索。細い。重りが二つ付いている。
腕が振られる。速い。重りがガロの手首へ巻きついた。
「っ!」
引く。札を持つ手が伸びる。もう一本が足に絡んだ。
ガロは倒れない。でも、動けない。
俺が一歩、出る。
「来んな!」
ガロが怒鳴った。止まる。
ドルクに殺す気はない。首を狙わない。手。足。札。そこだけ取りに行く。
ガロが引く。力で引く。索が張る。ドルクが体を落とす。ガロが動かない。いや、動けない。
そのまま引き合えば、長さを持っているドルクが有利だ。
「くそ!」
ガロがもう一回引く。同じことが起きる。
俺の手が動く。止める。
ビスケ。石。思い出す。できるから、やる。あれで何を言われたか。
「他人の試験まで
ガロを見る。まだ札を離していない。
「……」
ガロが止まった。引くのをやめる。
ドルクの目が少し変わる。
ガロが一歩、前へ出た。索が緩む。もう一歩。引かれる方へ、自分から入っていく。
ドルクの間合いが潰れた。重りが使えない。
ガロが肩をぶつける。ドルクの背が壁に当たる。手。索が緩む。
ガロが足を抜き、手首を外した。札は握ったままだ。拳を上げる。
ドルクが手を上げた。
「終わり」
「……」
「取れなかった」
索を巻き取る手つきが、始める時と同じ速さだった。
「それだけだ」
ガロの息が荒い。勝ったのに、勝った顔をするところまで息が足りていない。
「二度やんな」
「機会があれば」
「やるのかよ!」
ドルクが布袋を戻す。普通の顔だ。恨みも、悔しさも、出さない。
こいつも怖い。
「カイ」
ガロが振り向く。
「何」
「動いたろ」
「少し」
「来るなって言った」
「来なかった」
「……」
「自分でやったね」
ガロが札を見る。少し笑った。
「当たり前だ」
第二試験。石。次は自分で。言った。本当にやった。
◆
「次」
ミナが促す。でも今度は、誰もすぐには手を挙げない。
一枚。本物。見えた。取れる。奪える。守る必要がある。
そして、一枚持った人間は。
「戻る理由」
誰も言わないことを、トアが鍋の底を掻きながら口に出した。
「何?」
ネイが聞き返す。
「上で札取ったら」
悪意のない目でガロを見る。実際に戻った人間を前に置いて、話を進める気らしい。
「戻ってくる理由、なくなるよな。日没まで上にいればいい」
そう。籠は戻る仕組みだ。でも、乗った人間が札を持って上に残ることはできる。日没まで、そのまま待てばいい。
「戻るって約束させる。弱いのは分かってる」
バルドが言う。守らせる手がないことは、昨日もう自分で認めている。
「約束だけ?」
ミナが同じところを突く。
「まだ言うのか!」
ガロが噛みつく。自分の一回を疑われたと思ったらしい。
「あなたは戻った」
「戻るって言ったから戻ったんだよ!」
「だから、あなたの約束には、今は実績がある」
ガロが止まった。
昨日まではなかった。
今日、一回戻った。
それだけで、同じ言葉の重さが変わる。
「じゃあ」
クロロが籠の中を覗き込む。壊れた仕組みを直す人の目つきだった。
「戻る理由がある人を乗せればいい」
「誰?」
ミナが聞く。
「オレ」
ネイが笑った。
「自分で言うのかよ」
「うん」
「理由は?」
ミナが理由を確かめる。約束の代わりになるものを探している。
クロロが八人を順に見る。自分以外を、ゆっくり。
「最後の一人」
一拍。
「誰になるか、見たいから」
目が少し明るくなっていた。冗談ではない。本当に見たい。それだけ、みたいな顔だ。
「それ」
ミナが言葉を選び直す。自分の尺度のどこへ入れるか迷っている。
「保証?」
「違うよ」
クロロは訂正だけする。
「理由」
短い。ミナが黙った。
保証ではない。でも、人が動く理由は、約束より読める時がある。
「俺は嫌だ」
ネイが手を横に振る。
「何で」
「お前が何考えてるか、本当に分かんねえ」
「そう?」
「そうだよ」
「じゃあ、乗せない?」
ネイが止まる。
「俺が鍵持ってねえ」
「うん」
それだけ。ネイが口を閉じた。
クロロは勝とうとしていない。多分。
鍵を持つ三人を見る。セド。ミナ。バルド。その三人が決める。今はそういう盤面だ。
「俺は」
セドが鍵を持ち直す。
「いい」
バルドが考える。考える時間を取るのは、この人の癖だ。
「私も、反対はない」
私。初めて聞いた。三日目に一人称が変わった。
ミナが最後にクロロを見る。
「戻るのね」
「見たいから」
「約束は?」
「しない」
「しろよ!」
ガロが横から口を出す。約束していない相手を、約束の形へ引き込もうとする。
クロロが笑った。
「戻るよ」
「今したじゃねえか!」
「そうだね」
少し年相応に見えた。というか、子供みたいに見えた。
◆
三本が回る。クロロが籠に入る。
「一枚だけ」
「うん」
「戻る」
「うん」
「最後を見る」
「うん」
「……」
ミナが言葉を止めた。
「多い?」
「確認」
「そう」
扉が閉じる。上へ行く。静かになる。
「戻ると思う?」
ガロが俺を見た。
「思う」
「何で」
「見たいって言ったから」
「それだけ?」
「それだけ」
「お前」
ガロが長く考える。自分の中にある言葉と、合うものを探しているらしい。
「俺とこいつ、理由変わんねえじゃん」
「何が?」
「決めたこと」
そう。少し違う。でも、近い。
ガロは約束したから戻る。クロロは見たいものがあるから戻る。
どっちも、理由が外から見える。だから鍵を回せる。
音が戻る。籠が開く。クロロが一枚持っていた。
「ただいま」
「軽いな!」
「戻ったでしょう?」
「戻ったけど!」
クロロが札を陽に向ける。面白そうな顔だった。
「本当に、一回で一枚しか取れないんだね」
「だから最初から書いてあったろ!」
「確認」
ミナが眉を上げた。
「私の真似?」
「少し」
それからセドを見る。
「それ、俺」
三人。変なところが似てきた。三日で、口の形まで移る。
◆
残り一枚。空気が変わる。
今まで三本の鍵を持っていたのは、セド、ミナ、バルドの三人だった。
でも、次だ。鍵を持ったら乗れない。最後の一回。
「俺、持つ」
ガロが手を出した。損な役を取るのが早い。早いだけで、計算はしていない。
「もう札あるし」
バルドが鍵を見る。少し迷って、渡した。
「頼む」
「おう」
「オレも」
クロロがミナの方へ手を出す。ミナは鍵を握ったまま動かなかった。
「……」
「嫌なら、持ってていいよ」
「そうすると、私が乗れなくなるでしょう」
「うん」
「分かって言ってる?」
「うん」
ミナが長く息を吐いた。それから渡す。
「落とさないで」
「分かった」
これで、ガロが一本。クロロが一本。あと一つ。
セドが鍵を持っている。全員が見る。
「誰か」
俺が言う。誰も手を出さない。
昨日、鍵は欲しかった。取る。隠す。奪う。価値が高かった。
今は、誰も欲しくない。同じ物で、意味が反対になる。盤面が一つ変わるだけで、ここまで変わる。
「俺が持つ」
セドが言った。
ガロが振り向く。
「おっさん」
「何」
「いいのか」
「今持ってる」
「そうじゃなくて」
「分かってる」
セドが鍵を見た。
「渡したら、俺も乗れるかもしれない」
「誰か持てば」
「持つ人いる? みんな行きたいだろ」
誰も言わない。
ネイが目を逸らす。トアが息を吐く。ドルクは動かない。ミナは、自分がさっき渡した鍵を見ている。バルドは塔の上を見ていた。
全員、行きたい。だから、誰も持ちたくない。
「なら」
セドが鍵を柱の鍵穴へ近づける。
「俺が持つ」
「行きたくねえのかよ」
ガロが聞いた。聞いてしまってから、聞き方を間違えた顔をする。
セドが即答する。
「行きたい」
迷いが一つもなかった。石碑の前で遺跡と言った時と、同じ速さだった。
「じゃあ何で」
「持つ人がいないから」
それだけ。
誰も何も言わない。言えば、自分が持つことになる。
「後悔するぞ」
ガロの声が小さくなった。怒る相手でないことに、やっと気づいたらしい。
セドが少し考えた。
「するかも」
「……」
「少し」
ガロの顔が歪む。
「その『少し』ってやつ、ずるいぞ」
「便利だから」
初めて、セドが自分からその言葉を使った。昨日、クロロがガロを指して使った言葉だ。
「じゃあ」
ミナが場を戻す。情の話が長くなると、この人は決めごとの方へ引き戻す。
「誰が乗るの」
残るのは、カイ。ミナ。ドルク。バルド。ネイ。トア。六人。
全員が同じ、ではない。でも、札が欲しい。そこは同じだ。
◆
「俺」
ネイが先に言った。言ってから、言葉を足す。
「昨日は失敗した」
誰も何も言わない。
「今日は取らない。ちゃんと約束する」
ミナが見る。確かめる時の目だ。
「昨日も」
「何」
「約束を破った」
「石碑までって約束だろ。取れてない」
「取ろうとした」
「だから今度は」
「今度」
ミナが一言だけ切り取った。
「その言葉が、昨日より軽くなってる」
ネイが黙る。
昨日したことは消えない。今日、見えない荷物みたいにして持ってくる。
「私も行きたい」
バルドが言った。全員が見る。今までまとめる側だった人だ。
「若い頃」
第一石碑。古い墓。言っていた。
「あの墓の先へ、どうしても入れなかった」
「何で?」
トアが先を促す。人の事情を、鍋の火加減くらいの近さで聞く人だ。
「許可がなかった。ただの若者には出せない」
「ハンターなら?」
「取れる場所がある。資格があれば入れる」
バルドが笑った。笑うと年齢が少し下がる。
「地図を、最後まで描きたい」
ちゃんと理由がある。当然だ。ここまで来ている。
「俺も」
トアが片手を挙げる。挙げ方が、注文を取る時の形だった。
「食い物?」
「何で分かった」
ガロが先に当てた。
「お前ずっと飯作ってる」
「料理人だからな。毎日やってることだ」
「やっぱり」
「見たことない食材を、自分で取りに行きたい」
ガロが首を傾げる。知らない職種は、だいたい自分の知る言葉へ寄せて確かめる。
「食材ハンター?」
「まだ決めてない」
トアがこちらを見た。仲間、という顔だった。
「何だよ」
「別に」
俺と似ているところがある。決めていないまま、ここまで来た。
ミナは言わない。バルドは言った。トアも言った。ネイは昨日のことまで言われた。
ミナは言わない。人には保証と理由を求めるのに、自分のは出さない。
手を握っている。行きたい顔をしている。でも、言わない。
この人は三日間、一度も自分のことを言っていない。
ドルクは布袋を持ったままだ。選ばれなければ奪う、かもしれない。
全員、それぞれ理由がある。俺だけ特別、ではない。
◆
「カイ」
ガロが言った。早い。
「俺はカイ」
「理由」
ミナが即座に理由を求める。推す側にも根拠を出させる。
「第一組だから」
「その第一組、もう壊れたでしょう?」
「壊れてねえ!」
ガロがセドを指す。
「おっさんが勝手に離れただけだ!」
「それを壊れたって」
「今戻ってる!」
「戻ってない」
「黙れ!」
それでも、ガロが俺を見る。
「三人で行くって言った」
「君が」
「お前も行きたいって言った」
「そう」
「だから」
それだけ。理屈が弱い。でも、ガロには十分だ。
「オレも」
クロロが続けた。順番を待っていたわけではなく、言う必要が出たから言った、という間だった。
「カイでいい」
「でいいって何だ!」
ガロが噛みつく。
「カイがいい」
「言い直すな!」
「何で?」
ミナが今度はクロロへ向く。
クロロが俺を見た。
「この人」
一拍。
「自分から行くって、一度も言わないから」
「それが理由?」
「半分」
「残り」
「選ばれたら、この人がどうするか見たい」
また、見る。それが本当に理由なんだ。多分。
「君」
俺が聞く。
「本当に見たいだけだね」
「うん」
即。笑う。少し若い。
俺より明らかに年下なのに、こういう時、人を見る。
「二人で決めるの?」
ミナがガロとクロロを見る。
クロロが首を振った。
「三人だよ」
セドを見る。三本目の鍵を持つ人だ。
セドが俺を見た。長い。少し考えている。
「カイくん」
言う。それで決まった。
「理由」
ミナが、また聞く。三日間、この問いだけは誰にも省かせていない。
セドが鍵を見た。
「最初」
「何?」
「鍵、預けてもらった」
俺が預けた。一番持ってなさそうだから、と言って。
「だから?」
「返すだけ」
ガロが分からない顔をする。
「何を」
「選ぶ方」
セドが笑った。
「今度は、こっちが預ける」
完全には分からない。でも、分かる。少し。
「俺は」
言う。六人を見る。いや、八人。全員を見る。
「行きたい」
自分で言う。ちゃんと。三日目の、この場面まで言わなかったことを。
「でも」
鍵を三本、順に見る。
「俺を行かせるかは」
一拍。
「俺だけで決めることじゃないと思う」
「決めた!」
ガロが早い。考える時間を一秒も使っていない。
「早い」
「もう決めた!」
「オレも」
クロロが続く。
「俺も」
セドが最後に言う。
三が揃う。嫌なくらい綺麗に。
ミナが目を閉じる。バルドが息を吐く。ネイが壁を蹴りそうになって、やめる。トアが腕を組む。ドルクの布袋が少し動いた。来るかもしれない。
でも、ガロが鍵を持つ。クロロが鍵を持つ。セドが鍵を持つ。
三人が回さなければ、籠は動かない。
選択が、もう物理だ。
◆
籠に入る。扉が閉じる。
外に六人。選ばれなかった人たち。そして三人、鍵を回す人。顔が見える。
上へ動く。少しずつ消えていく。
一人。暗い。上が明るい。着く。小さい部屋だった。
壁。三枚あった窪みのうち、二つが空になっていて、いちばん端に一枚だけ残っていた。
ガロ。クロロ。順番にここへ来た。同じ壁を見た。
最後の一枚。手を伸ばす。止まる。
取る、俺。これを取ったら、ミナ。バルド。ネイ。トア。ドルク。セド。受からない。多分、この試験はそれで終わる。
選ぶって、そういうことだ。
父上を思い出す。全部を見るから、選ばなければならない。
嫌な言葉だった。今も嫌いだ。
でも、俺が取らなければ誰も選ばれない、わけじゃない。
ガロ。クロロ。セド。三人が俺を選んだ。その選択を勝手に無かったことにする。それも、俺が決めることになる。
だから、取る。
札一枚。冷たい金属。握る。
戻る。籠が開く。
「遅え!」
ガロが待っていた。鍵から手を離していない。
「普通だと思う」
「一分長え!」
「数えてたの?」
クロロが笑う。
「数えてた!」
「おかえり」
セドが言った。少し腹が立っている。まだ。でも。
「ただいま」
返す。
◆
三枚。ガロ。クロロ。俺。手にそれぞれ一枚。
残り六人。日はまだ少し高い。
「まだ終わってないだろ。日没まである」
ネイが言う。ドルクが布袋を握り直した。
「六人いる」
そう。六対三。数だけなら。
「六人で奪う?」
ミナが数を言葉にする。
ネイが頷く。数の話は、この子にとってはいつも味方の側にある。
「そうだよ」
「誰から」
「誰でも」
「取った札」
一拍。
「誰が持つの」
ネイが止まった。
「それは」
「六人で一枚取ったあと」
ミナが続ける。
「五人は、その一人から奪わない?」
誰も答えない。答えれば、自分が最後の一人を名乗ることになる。
バルドがゆっくり口を開く。
「決められるなら」
一度、間を置く。
「もう、最後の一人を決められている」
その通りだ。
六人は同じ、ではない。札が欲しい。そこだけ同じだ。誰が持つ。そこから違う。
俺たち三人は、今、札を守る。そこだけ同じだ。
人数が多いだけでは、組はできない。三日かけて、全員がそれを見た。
◆
ドルクが俺を見る。次にガロ。クロロ。索は出さない。
「やらないの?」
聞いてみる。やらない理由を持っている人は、だいたい言ってくれる。
「一回」
ガロの顎を指した。
「失敗した」
「俺なら?」
「面倒」
昨日。同じ言葉を使った。この人の「面倒」は、たぶん評価の言葉だ。
「褒めてる?」
「違う」
「そう」
残念。
セドが壁際に座った。札はない。でも、俺を選んだ。
今、奪う側に行かない。多分、そこにも理由がある。
選んだことを自分で壊すのは、難しい。人間はそういうものかもしれない。
◆
時間が進む。誰も動かない。
トアが残った食料を出した。
「食う?」
「食う」
ガロが早い。
「お前、飯のときだけ本当に早いな」
「腹減ってんだよ」
ミナが少し笑う。三日間で、初めて見た。
ネイが立つ。ドルクは壁に背を預けたままだ。その横にしゃがんだ。声は小さい。でも、塔の中は狭い。聞こえる。
「ドルク」
「何だ」
「二人なら取れる。一枚ずつで、一枚余る」
三枚。二人。一枚ずつ。一枚余る。揉めない。
理屈が通っている。昨日のネイより、ずっと。
ドルクは目を動かさない。
「取った後は」
「……」
「二人だ」
それだけ。でも、分かる。
今、三枚を三人が守っている。その三人はさっき、互いを選んだ。
取れば、守るのは二人になる。残りは七人。その中に、取られた二人がいる。日没まで、まだある。
そして、ネイとドルクは互いを選んでいない。公平に分けられても、守り切れない。
昨日、クロロが籤について言ったことと、同じ形だ。
ネイが口を開く。閉じる。座る。さっきと同じ場所だった。
バルドが座っている。膝に紙を広げていた。近づく。
地図だ。この砦。外周。中周。内周。九区画。全部書き込んである。
線が一本、増えていた。北。壁の脇。保守路。今朝、俺とガロが通った道だ。いつの間に。
「終わってないんですか」
バルドは顔を上げない。
「今日の分だ」
「明日は」
「また描く」
それだけ。鉛筆が止まらない。
俺は言葉を探す。見つからない。謝るのは違う。多分、一番違う。
「バルドさん」
「何だ」
「……いえ」
「うん」
顔を上げないまま、返事だけした。
ドルクが壁に背を預ける。クロロが九人を見ている。俺はその横へ立った。
「何」
聞く。
「最後」
「見えた?」
「うん」
「満足?」
クロロが考える。
「まだ」
「何で」
「日没まである」
「そういうとこだよ」
「何が?」
「別に」
今度は俺が言う。三日かけて、この言い方が移った。
◆
夕方。
塔の入口から日が斜めに差し込んで、床の埃が一粒ずつ光って見えた。
三日ここにいて、初めてちゃんと見た。
山の向こうへ、日が落ちた。
塔の中。急に。暗くなる。
誰も。動かなかった。
動く。意味。もう。ない。
決まった。会長が。来る前に。決まっていた。
足音。外。複数。試験官。そして、ネテロ。
「ほっほ」
九人を見る。数えているようには見えない。それでも、たぶん数えている。
「ちゃんと残っとるの」
誰も死んでいない。それを含む。多分。
「では」
手を出す。
「札」
ガロが一枚。クロロが一枚。俺が一枚。置く。三。
ネテロが札を見る。顔を見る。札をまた見る。
「百七番」
「おう」
「合格」
ガロが拳を握った。声は出さない。出したら長くなると分かっているらしい。
「三百四十一番」
「はい」
「合格」
短い。説明も、評価もない。
「三百四十二番」
「はい」
「合格」
クロロが少し笑う。それだけだった。
「結局」
ガロが納得しきらない顔で言う。
「三人じゃねえか!」
「三人おるのう」
「最初から三人って」
「合格できるのは三人、と言うた」
「同じだろ!」
「同じかの」
「最後までそれかよ!」
ほっほ、と笑う。それで終わり。説明なし。誰が正しかったかも言わない。
多分、そんなものは最初からない。
◆
ハンターになった、らしい。実感はまだない。
札は回収される。受験番号の確認。明日、手続きの説明。いろいろある。
でも、今、合格と言われた。それで十分だ。
クロロとガロが、同じ日にハンターになった。
この二人がこの先、何を
俺も。
◆
「で」
声が後ろから来た。振り返ると、ビスケが腕を組んでいる。
「何を
「まだ」
「でしょうね」
早い。聞く前から答えを持っていた。
「でも」
目がこちらを見る。
「何でも自分でやればいい、は?」
「前よりは」
「前よりは?」
「違うと思う」
「そう」
それだけ。褒めない。助かる。
「先生!」
ガロが走ってくる。試験が終わった途端、歩幅が子供に戻っている。
「誰が先生よ」
「石の時の!」
「知ってるわよ」
「俺」
札はもうない。それでも、空の手を握る。
「今度は自分でやった」
ビスケがガロを見る。頭。足。手首。索の跡。
「そう」
一拍。
「ならいいんじゃない」
「それだけ!?」
「何が欲しいのよ」
褒めてほしいとは言わない。顔には出る。
「いや」
「褒めてほしいの?」
「別に!」
「顔に書いてある」
「書いてねえ!」
元気だ。三日間、索で巻かれても削れていない。
クロロが少し離れたところで見ている。
ビスケが一度、そっちを見た。
「……あの子が」
「クロロ」
「そう」
「何」
「別に」
ビスケが今度は同じことを言う。それ以上、見ない。助かる。本当に。
「帰るまでに」
ビスケがこちらへ向き直る。
「一個くらい考えなさいよ」
「何を?」
「何を持って帰るか」
前、電話で言われた。姉さん。お土産。いらない。そう言った。
そのまま不要に変換する男は三流、と言われた。
「覚えてたの?」
「何が」
「顔」
「顔?」
一年ぶりでも、読まれる速さは変わらない。
「今、そういう顔した」
「先生」
「何」
「怖い」
「知ってる」
笑う。少し。
◆
三日。九人。鍵三本。札三枚。最後に三人。
綺麗に見える。でも、最初から決まっていた三人ではない。少なくとも、俺はそう思う。
誰かが誰かを選んだ。誰かが選ばなかった。その結果、三人になった。
俺も、その一人だった。
◆
何を
まだ分からない。
でも、全部を、自分で
多分、それだけは、前より少し分かった。