「ホントにありがとね、皇さん」
「いえいえ、こちらこそお礼を申し上げますわ。それと、宜しければ下の名前で呼んでいただいても?」
「う、うん。よろしく、紫苑さん」
「よろしく」
「ええ。よろしくお願い致しします。虹夏さん、リョウさん」
凛とした佇まい。綺麗に整えられた長い黒髪。言動や背筋、笑顔に気品を感じられる。そんな少女——
「おお、さすがお嬢様。良いギターをお持ちのようで」
紫苑の取り出した7弦ギターに山田リョウは目を輝かせた。
「お嬢様なのはリョウもでしょ。それって7弦?」
「ええ」
紫苑は手慣れたようにチューニングを済ませる。チューナーは使わず、音だけで合わせた。
だが、2人は気づいた。
7弦だけ、一音下げてチューニングしていることに。
「……」
「……」
2人は顔を見合わせる。
「紫苑さん」
「はい?」
「それ……何のチューニング?」
「ドロップAですわ」
「……」
「……そのエフェクターは?」
伊地知虹夏はおそるおそる指を指した。
「メタゾネですけど…」
「メタゾネって……略すの?」
紫苑は何を当たり前のことを、と言わんばかりの怪訝な顔を浮かべた。
ギュイーーン。低音から高音へと駆け上がる音。
高速トリル。ブリッジミュートにダウンピッキング。
お嬢様から繰り出されるとは思えないほどの歪みだった。
「えーっと、じゃあ合わせてみよっか」
「分かりました」
「了解」
———
一通りの曲合わせが完了。
虹夏の頭の中には疑問符が大量に浮かび上がった。
彼女の演奏は散々だった。
いや、正確には――上手すぎるくらい上手かった。
問題はそこではない。
曲調に合わないほどの高速ピッキング。
必要以上に重いブリッジミュート。
合間に挟まれる、妙に激しいフレーズ。
聞き手も疲れるほどの激しさだった。
(いや、なんで!?)
虹夏は何度も紫苑を見る。
(紫苑さん上手いには上手いんだけど……!)
むしろ、ギターだけを聞けば文句のつけようがない。
音も綺麗。リズムも正確。技術もある。
なのに。
(なんでこんな自分勝手な演奏なの!?)
「……」
「お疲れ様でした」
紫苑は満足そうに微笑んだ。
「とても楽しかったですわ。今度のライブが楽しみでしてよ」
「そ、そう……」
虹夏は引きつった笑顔を浮かべる。
「紫苑さん、ちょっと聞いていい?」
「はい。何でしょう?」
「……その」
虹夏は言葉を選んだ。
「私たち、邦ロックのバンドをやろうと思ってるんだけど……」
「ええ。心得ております」
「さっきの演奏……」
「はい」
「ちょっと激しすぎるよね?」
「…………」
紫苑が固まった。数秒後。
「……そう、でしょうか?」
「そうだよ!!」
「ですが、私はかなり抑えたつもりなのですが……」
「抑えてあれなの!?」
「ええ」
「ええじゃないよ!」
隣でリョウが頷く。彼女はかなり満足顔だ。
「私は好き」
「リョウはちょっと黙ってて!」
紫苑は少し困ったように眉を下げる。
「申し訳ありません。つい、好きな音楽の癖が……」
「いや、まあ、それはいいんだけど……いや、私だってアレンジは任せるって言ったし…」
虹夏は苦笑する。
そして、ちらりと紫苑の七弦ギターを見る。
(もしこの人とバンド組んだら……)
虹夏の脳裏に、七弦ギターから放たれる轟音が蘇る。そしてバンドの未来を想像する。
「…………」
虹夏は静かに決意した。
「紫苑さん」
「はい?」
「ごめん」
「……?」
「今回は、見送らせてください」
「…………はい?」
皇紫苑は、人生で初めて。
音楽性の違いというものを実感した。