とあるお嬢様は、小さい頃から英才教育を受けていた。
ピアノにヴァイオリン。書道に茶道、馬術にその他諸々。
他の子供と比べると尋常ではないほどのハードスケジュールであったが、彼女はそれらを難なくこなしていった。
だが、本人にとって苦でもなかったし、それぞれの習い事にやりがいも見つけていた。
学校でも成績優秀、運動神経抜群。
才色兼備という言葉をそのまま体現したような少女だった。
周囲にはたくさんの友人がおり、何不自由のない生活を送っていた。
――そう。
彼女は、何もかもが順風満帆だった。
不満はなかった。
だけどある日、彼女は目覚めた。
ギター、ひいてはメタルという存在に。
—-
「ふむ、ここがらいぶはうすというものですか…」
彼女は初めて訪れたライブハウスに、興味深そうに視線を巡らせていた。
薄暗い店内。
壁に貼られた大量のライブ告知。
所狭しと置かれていた。
「本日は、どのような音楽に出会えるのでしょう……!」
紫苑は今日、このライブハウスで行われるライブを見に来ていた。
「……あれ?」
そんな紫苑を見つけた少女が一人。
「皇さん…であってるよね?」
「……はい?」
声のした方を振り向く。
そこには、同じ学校の制服を着た1人の少女が立っていた。
「あ、やっぱり皇さんだ!」
「あなたは伊地知さんであっているかしら?」
「知ってるの?」
「ええ。同じ学校ですもの」
「そっか!」
伊地知虹夏は、ほっとしたように笑う。その隣には、もう一人。何やらミステリアスな雰囲気の少女がいた。
「……」
無言で紫苑を見つめている。
「あなたは山田さん?」
「そう!山田リョウ。私と同じバンドのメンバーだよ」
「どうも」
「お二人は、こちらのライブをご覧になるのですか?」
「ううん。私たちはバンドの練習で来たんだ」
「まあ、バンドを?」
「うん。今、ギタリストを探しててさ」
「……!」
紫苑の目が輝いた。
「ギタリストを?」
「うん」
「……」
紫苑はゆっくりと自分の足元に目を落とした。
そして、再び虹夏を見る。
紫苑は胸元に手を添え、にこりと微笑む。
「私で宜しければ、ぜひ参加させていただけないでしょうか?」
「えっ?」
「ギターでしたら、お力になれるかと」
あまりにも自然な申し出だった。
虹夏は一瞬、隣のリョウを見る。
彼女はというと――
「いいんじゃない?」
「リョウ、決めるの早くない!?」
虹夏は困ったように頭を抱える。
「うーん……」
しかし、ギタリストを探しているのも事実。
それに、同じ学校の生徒なら色々とやりやすい部分もあるだろう。
「じゃあ……今度、音合わせしてみる?」
「まあ!」
紫苑の顔がぱっと明るくなった。
———
「へ?」
「ホントにごめん!! 紫苑さんのやりたい音楽と、私たちのやりたい音楽が違うんだ。きっと他のバンドの方が紫苑さんのためにもなるよ」
その言葉を聞いた時、紫苑は心底悲しそうな表情を浮かべた。
「…………」
実のところ、彼女にとってこの二人はとても良い物件そのものだったのだ。
同じ学校。感じの良い性格。
何より、二人とも上手い。
「……メタルは、お嫌いですの?」
「嫌いっていうか……」
虹夏は言葉を濁す。
「私たちがやりたいのは、もうちょっと普通のロックというか……」
「そう……ですか……」
紫苑の肩が、目に見えて落ちる。
「……せっかく、素敵な方々と出会えたと思いましたのに」
「そ、そんなに落ち込まないで!」
「わたくしは……」
紫苑は悲しげに俯く。
「このお二人となら、一生音楽を続けていけると思っていましたわ……」
「重い重い!!」
虹夏が思わずツッコむ。
「まだ一回しか合わせてないから!」
「でも、リョウさんはメタルにもご理解がありますし……」
「うん」
「虹歌さんも、とても素敵な方ですし……」
「え、私も?」
「はい」
紫苑は真剣な表情で頷く。
「でも、分かりましたわ。お二人の邪魔をするのも私のポリシーに反しますし。あなたたち二人の成功を心から願い申し上げますわ」
そう言って、紫苑は優雅に微笑んだ。
「紫苑さん……」
虹夏は少し申し訳ない気持ちになる。
「本当にごめんね」
「いえ。お気になさらず」
紫苑は首を横に振る。
「音楽の方向性が違うのであれば、仕方のないことですもの」
「うん……」
「それに」
紫苑はギターケースを手に取る。
「お二人なら、きっと素敵なバンドになりますわ」
「……ありがとう」
「こちらこそ、本日は素敵な時間をありがとうございました」
最後まで笑顔を崩さない紫苑。その姿を見て、虹夏はどこか寂しい気分になった。
「……リョウ」
「なに?」
「なんでそんなに名残惜しそうなの?」
「ギターのお下がりとかもらえるとおもったのに……!」
「おい山田ァ!!」
紫苑はそんな二人を見て、くすりと笑う。
「それでは、失礼いたしますわ」
そう言って、彼女は二人に背を向けた。
数歩進んだところで――
「……」
足を止める。
「……やはり」
小さく呟いた。
「惜しいですわね……」
その呟きだけは、先ほどまでの優雅な笑顔とは裏腹に、本気で悔しそうだった。