なんか気づいたら一万字超えちゃってて……。
物語のボリュームがあるからこそどうしようもない事なのか。
はたまた私の文章圧縮能力が低いのか。
……うん、多分後者ですよね。悲しいや。
あれから僕達は、随分と長い間旅をした。
行先を定め、風景を眺め、人々と交流し、手掛かりを探した。
行けども行けども見えてくるのは新しい景色。果てなんてないのかと思った時期もあったが、歩くうちにそこに辿り着く。
とある人生で海岸を同じ方向に歩き続け、途方もない時間をかけて目印を付けた場所に戻ってくることができた。
輪郭を理解したので次は内側を埋めるために今も旅を続けているのだが、時間がかかる上に日々情勢も動くのでこちらはあまり現実的じゃなかったのだろう。……ま、それでも楽しかったからいいんだけど。
そしてそんな長い旅路の中で、僕達は様々な人と出会った。
占いで全てを見通し、初対面で僕達の正体を見抜いた女王。
君の話を信じ、僕に教養を叩きこんでくれた女将軍。
君に恋しながら君の恋を肯定する、僕に琵琶の弾き方を教えてくれた歌人。
どんな状況でも諦めてはならないことを教えてくれた不屈の女傑。
ノリノリになった君と組んで頂を目指した、笑顔を絶やさない花魁。
沢山の人と出会い、たくさんのことを話した。
正直未来のことを話すことを僕達は躊躇っていたが、女王曰く結末が変わらなければ問題ない、とのことらしい。
他にも自らを現人神と自称する胡散臭い神職や、巨大な妖と戦う自称不死身の益荒男等々。別の意味で記憶に残る人とも出会っているのだが今回は省略。
とにかく彼ら彼女らの存在は、広げたつもりだった僕の世界をさらに押し広げてくれた。
あの人々に出会えたことを、僕は幸運に思う。
そして、だからこそ引っかかる。
なぜあの女王が僕にだけ個別で頼みごとをしてきたのか。
そして、なぜあの胡散臭い神職が僕にだけ覚悟を問うてきたか。
真偽はともかく、二人に共通するのは未来視ができること。それは詰まる所、未来の僕に関係があることなのだろう。
この時の僕はそう考え、その際の会話の内容を記憶にとどめておくことにした。
だからなのだろうか。
その本当の意味を知ることになるのは、随分と先の話だった。
遂に訪れた、コラボライブ当日。
「…………」
そしてここはツクヨミ、主要街から離れたとある森の中。
人も建物もない自然溢れるそんな場所を、一人の女性が歩いていた。
そのアバターはほとんど着飾られておらず、和服に鬼面をつけているシンプルな様相。そんな状態で彼女は歩みを進めているのだが、その心中を表現するかのような早歩きだった。
(あかん、ここどこや)
そう、何を隠そう道に迷っていたのだ。
なにせここは初めて訪れた場所、もとい世界。
ただでさえ方向音痴気味な彼女。元々は決めていた目的地に向かっていたはずなのだが、気づけばこんな外れに来てしまっていた。
進めども進めども、見えてくるのは人工物とは程遠い景色。厳密に言うとツクヨミなのでそれ自体も人工物ではあるのだが、そんな細かいことを気にする余裕もない。
(時間はある、とはいえどうしたものか……)
何か手掛かりはないかと、ズンズン進んでいく。
むしろ目的地から離れていっていることにも気づかない彼女だったが、ふと違和感を感じ取って立ち止まる。
(これは……?)
人気がなく、物音一つない森の中。
先程まで間違いなくそうだったのだが、ほんのわずかにだが弦楽器の音色が聞こえてきたのだ。
彼女は即座に判断を下し、耳を澄ませる。そして方向を割り出すと、その方向に向かって小走りで移動を開始した。
音が聞こえるということは、その先には音を出す存在がいるはず。
音色からして演奏しているのは人間だ。ならここがどこなのか、そして目的地にはどうすれば行けるのか、それらを教えてくれるかもしれない。
「……ここは」
そう考えつつ歩き続けること数分。
いきなり視界が開け、少し開けた空間に出る。
そこは森の中にぽっかりと空いた空間のように見え、中心には少し大きめの池がある。周囲を蛍らしき発光体が飛ぶことで淡く輝いており、幻想的な光景を映し出していた。
そしてその池のほとり、そこで彼女に背を向けて座っている人物を視界にとらえる。
「――――――――」
どうやら演奏に集中しているらしく、彼女に気づく様子はない。
正座をした人間……背丈的に子供だろうか?
その容姿からは想像できないほど手慣れた様子で、手に持つ琵琶を弾いている。
その曲が何なのか、彼女は知らない。
しかしなぜかそれを聞いている間、彼女はここに来た理由を実行することはしなかった。
「…………ふぅ」
恐らく数分、されども数分。
彼女の普段を知る人間ほど驚く時間を、気づけば視聴することに費やした。
そしてついに演奏が終わり、奏者は一息つく。
しばらくの間池を見つめていたのだが、そこでようやく背後の存在に気づき、ゆっくりと彼女の方に振り返る。
「……驚いた、まさかこんな所に人が来るなんて」
「…………」
「そうだな。……取り合えず、感想を聞いてもいい?」
「……え?」
実は久々に弾いててさ、率直な意見が聞きたいんだ。
そう言いながら奏者――声色的に少年は、微笑みながら問いかける。
それを聞いた彼女は先程までの演奏を思い返し、特に考えることなく答えを返す。
「大分錆びついてますね」
「うぐ」
「たまに音外れていましたし」
「あう」
「あれ本当はもっとテンポ速い曲だったんじゃありません?」
「うげっ」
「――あとは……あ、すみませんすみません!」
「だ、大丈夫……。相変わらず容赦ないなぁ」
「え?」
「いや、なんでもないよ。正面から答えてくれてありがとう」
率直な意見。そういわれたので素直に話したのだが、少年には致命傷だったみたいだ。
言葉の刃を受け、地にひれ伏す少年。表情こそ狐面を付けているのでわからないが、雰囲気からして演技ではなさそうだ。そして初対面の相手に思わずやってしまったことに気づいた彼女は慌てて謝るが、少年はそれを素直に受け止めつつ立ち上がる。
「さて……こんばんは。見たところ初心者さんのようだけど、迷子かな?」
「……わかるんですか?」
「動きでわかるよ。……なんて言えたら恰好良かったんだけど、ここに来る理由がなさすぎるからってのが本当の所」
そう言いながら画面を操作する少年。
そしてマップらしきものを開き、彼女にも見えるよう広げる。どうやらそれはツクヨミ全体、もとい中心にある本島の分布を示すもののようだ。
「この本島は全部構築されてはいるんだけど、主要街以外は全然でね。行き来することはできるんだけど徒歩でしか行けない上、自然物しか生成されていないんだ」
島全体を示すマップ、その左側にある明るい街並みを丸で囲む少年。
そして印が置かれている場所を見ると、中央どころか反対側に片足突っ込んでいるくらいの場所に存在していた。どうやらこれが現在地らしい。
「とは言え迷い人は偶にいるから、ヤチヨが定期的に見回りをして案内してくれる。まぁ、今回は時期が悪かったね」
「時期?」
「そう、なにせ今日はかぐやいろPちゃんねるとのコラボライブの日だ。さすがにそっちの準備にかかりきりなんじゃないかな?」
コラボライブ、その言葉を聞いて彼女はハッとする。
そうだ、何のために少年と接触したのか。そのことを思い出し、慌てて時間を確認する。
「……よし、まだ大丈夫」
「お、その様子はライブ参加者だったのかい?」
「えぇ。早めに来たのはいいのですが、その……道に迷ってしまいまして……」
「まだ開場時間まで余裕はある。今から行けば、ここからでも十分間に合うよ」
どこに行きたい?
少年の問いかけに対し、彼女は入手したチケットに記載されている場所を告げる。
「そこなら……よし、ついてきて。案内するよ」
「いいんですか?」
「構わないさ。こうして会えたのも何かの縁、ってね」
歩き出した少年の後ろに彼女が続く。
森の中を迷いなく進み続ける少年を背後から見つめていたのだが、歩き始めてすぐに少年が口を開く。
「それにしても、まさか現地組だったなんてね」
「現地組?」
「そう。そのチケットは現地……ライブ会場の観客エリアに入れるタイプなんだ」
知ってるかい? 今回のライブ、ツクヨミ史上最大倍率だったらしいよ。
少年の言葉を聞き、彼女は改めて入手したチケットを見る。
……正直な所、そんな貴重なものだとは思わなかった。
あの子に無理やり渡されたうえ、今日はたまたま都合がよかった。だから行ってみよう、そんな安易な気持ちで今回来ていたのだから。
「そんなに期待されとったんか、これ……」
「?」
「あっ、いや。なんでも――」
「すごいよね、かぐやいろPちゃんねるの二人」
思わず呟いた内容を聞き、少年が彼女の方を見る。
そこで言葉の内容を思い出した彼女は急いで誤魔化そうとするが、少年はそれを遮る。
「活動開始からわずか一ヶ月。その期間でここまで来た、まさに超新星だ」
「君くらいの子も聞いているんです?」
「子?……あぁ、そこも知らないのか」
ポンと手を打ち、歩く速度を抑える少年。
やがて彼女と横並びになった彼は、両手を夜空に向けて口を開いた。
「ここはツクヨミ。誰もが表現者になれ、誰もが自由に創作できる夢の空間だ」
「はぁ」
そして話されたのは、ツクヨミの説明。
これ自体はチュートリアルや最初の説明でも言われていた内容だ。だからこそ彼女も眉をひそめたが、続いて放たれた言葉を聞いたことでそれは驚愕へと変わる。
「これはツクヨミに限った話じゃないんだけど、こういう世界では自分自身も好きに表現できる」
「……つまり?」
「つまり目の前にいる僕の容姿も自由に創作できる表現の一つ、ということさ」
「え?」
状況が呑み込めず、思わずといった様子の彼女。
それを見た少年を自らを指差し、そして問いかける。
「君は今、僕を少年……つまり年下の男性だと思っているよね?」
「え、はい」
「でも現実の僕は君より年上かもしれないし、同い年かもしれないし、年下かもしれない。そして僕は男かもしれないし、女かもしれないってことさ」
「…………」
最近は声も簡単に変えれるからね。
そう言いながら少年はけらけら笑う。それを彼女はただ混乱した状態で聞いていた。
なにせ彼女は一度もこの類の世界に触れたことがない。それに近しいものを以前に身内がやっていたのを見ていただけであり、このようなことが起こり得ることを、こうして言われるまで考えたこともなかったのだ。
「勿論、見たままが正解かもしれないよ?」
「それはないな」
「あら残念」
いきなり見た目相応の笑顔で改めて自分を指差す少年。
しかし今までの会話の内容からすでにそれが嘘であると彼女は判断。ぶっきらぼうに返すと少年はあっさりと先程までの雰囲気に戻った。
「話を戻そう。彼女達は凄い人気者だよ、ツクヨミ中の神々がそれはもう虜になっている」
「そう言うってことは、あんたも?」
「こう見えて古参だったりします。あの二人については、結構知っていると自負しているよ」
「ふーん……」
その言葉を聞いた彼女は、歩きながら口に手を当てて考え込む。
彼女が今日ここに来た理由のもう一つ。本当ならもっと確実な人物から聞く予定ではあったが、第三者からの情報もできるなら欲しいところだ。
とは言え隣を歩く少年とは文字通り初対面。下手に聞き出すことで、勘繰られやしないか。そうそう探られることはないと思っているのだが、それでも警戒するに越したことはないわけで――――
「はいストップ」
「え?」
「危ないよ、そのままじゃぶつかる」
「……あ」
どうしたものかと考え込んだ矢先、突如手を握られて動きを止める。
少年の言葉に顔を上げて正面を見ると、横に伸びた主枝がちょうど彼女の眼前にあった。
このまま気づかず進んでいた場合、間違いなく彼女の額と衝突していたことだろう。そのことに気づいた彼女は枝をくぐって歩みを再開しつつ、少年にお礼を言うために話しかける。
「すみません。つい……」
「操作は慣れないと難しいよね。……そうだ、ちょっと待って」
「?」
「はいこれ」
そう言いながら少年は画面を操作する。
すると彼女の眼前に画面が表示され、そこには見慣れない名称が書かれていた。
「追従機能。ざっくり言えば、操作しなくても僕と同じ方向に進める機能だ。これならぶつかる心配はないだろう?」
「え? いや、でも……」
「目的地まではもう少しかかる。せっかくなんだし、もっと話したいんだ」
どうかな?
説明を終え、少年は彼女をのぞき込む。それを見た彼女は、先程から感じる違和感にようやく気が付いた。
どうにも不思議なことに、眼前の少年への警戒心が薄れている。最初こそ取り繕っていた言葉遣いも素のそれに移り変わり始めており、疑いよりも先に信じてもいいという感情を抱いていた。
「……なぁ」
「どうしたの?」
「あんた、何者や?」
「何者、か……」
正面から疑問をぶつけると、少年は不思議そうに首をかしげる。
考えるわけではなく、心底不思議そうな雰囲気を出す少年に彼女は逆に困惑したが、その感情に整理をつける前に少年が口を開く。
「
少年は彼女の前に移動し、振り返って後ろ歩きをしながら両手を広げる。
「さっきも言ったとおり、現実の僕とツクヨミの僕はイコールじゃない。本当の僕が何歳で、性別がどちらなのか? ……そういったことは、ここじゃあまり重要な事じゃない」
どうとでもなるからね。
そう言いながら、少年は言葉を続ける。
「僕の目的は伝えた通りだ。道案内のついでに話が聞きたい、それだけだよ。理由も単純、僕は人の話を聞くのが好きだからさ」
「よう言うわ。そんな都合のいいお人好しなんか、早々おらへんよ」
「都合のいい、か……確かに。だけど
なにせここは
そう締めくくった少年を見て彼女は考え……ようとしたがそれを中断する。
結局の所、自分は新参者であることには違いない。言っている内容が気にかかるのも、目の前の少年の事が気になるのも。そのどれもがそう言うものだと、一先ずはそういうものだと理解した方が話が早いと考えたからだ。
「そんなもんなんかいな」
「そんなものさ。……とは言え不安なのもわかる。というわけで一つ提案だ」
「なんや?」
「僕の秘密を一つ教えよう。お互いにばらされたら困ることがあれば、安全の担保はできるんじゃないかな?」
少年の提案を聞き、頭の中で整合性を図る。
互いに秘密を握ることで、互いの秘密をばらさない。少年が言っているのはそういうことなのだろうが、まずはその真偽を確かめてからだ。
彼女はそう判断し、一先ず話を聞く方針にした。とりあえず少年の秘密を聞き出し、その内容を吟味してから考えればいいだろうと思っていたのだ。
「ええよ、とりあえず聞かせてみ」
「さっき、かぐやいろPちゃんねるの古参ファンって言ったじゃない? 実は二人がライバー活動する前からの知り合いで、たま~に遊ぶ仲だったり――――」
「ちょっと詳しく聞かせてもろてええか?」
「うわぁ、お顔が近い」
前言撤回、今すぐに詳細を聞こう。
彼女はそう判断し、少年に顔を近づけて問いただす。
「それだけは聞き捨てならんなぁ。彩……二人とは、どんな出会いで?」
「詳細は流石に言えないよ。まぁ一人は完全に偶然、もう一人は前からよく同じゲームで遊ぶ顔見知りだったんだ」
「ゲーム……KASSENいうやつか?」
「そう」
片や鬼面、片や狐面。直接触れることこそないが、それでも互いに瞳がしっかり見える距離で見合う二人。
とは言え少年は押され気味で後ずさりしながら説明しつつ、彼女はそれに追従しているので距離が離れることはない。
「よく会うだけでフレンドになるほどじゃなかったんだけどね。お姫様の襲来が切欠で、ちゃんと話すようになったのは最近の話さ」
「へぇ……あの子が」
「まぁ不安だったんじゃない? 色々な意味で」
「あぁ、なるほど」
確かに、怪しさという意味ではそうかもしれない。
先程までの会話を思い出し、思わず彼女は即答する。二人の様子を見る限り、あの子は随分と世話を焼いていた。そんな相手がこの少年と仲良くなっていると知った時、そういった行動をとってもおかしくないだろう。
そしてそう考えている隙を突き、少年は顔を離す。そして指をさし、改めて伝えるために口を開く。
「一応言っておくけど、これ本当に話しちゃダメな奴だからね?」
「理由は?」
「今を時めく超新星アイドルの影に僕が見えるの、どう思う?」
「あかんな」
「でしょ? かぐやはもちろんだけど、イロPだって大人気なんだ。真偽はともかく、そう自称する奴がいるだけでも迷惑になってしまう」
「……イロP、ねぇ」
彼女は少年の説明を聞いていたが、どこか引っかかるようにその名を呟く。
その様子を見た少年は一息つき、再び並んで歩きだす。
「今回優勝できたのは、二人だから出せた結果だよ?」
「どうやろか。そのかぐやって子が特に凄かったんちゃうん?」
「最初はそうだったのかもしれないね。とにかくかぐやが引っ張って、イロPは文字通りプロデューサー……つまりはサポート側だったし」
彼女の言葉を否定せず、少年は始まりの二人を説明する。
そもそも当初は狐の着ぐるみを着て姿を隠していたし、目立つつもりもなかったのだろう。……まぁ、件のKASSEN選手権でしっかりと土台ができていたのだがそこは省略。
「でもイロPも一ヶ月で随分と変わった。手を引っ張られるだけだった彼女は少しずつ自分で歩けるようになり、今じゃ共に歩いている」
「………」
「竹取合戦……優勝候補筆頭だったプロゲーマーとのコラボの時に吹っ切れたのかな。かぐやと一緒にヤチヨカップを優勝することを、どうしても譲りたくなかったんだろうね」
「そっか」
「すごかったよ。ただでさえ格上の相手に加え、逆転に続く逆転。どこかで心折れるかもしれないとすら思ったけど、本当に最後の一瞬まで諦めていなかった」
「――――――」
その時の光景を思い返すかのように、本当に楽しそうに話す少年。
そしてそれを、彼女はどこか眩しそうに目を細めて聞いていた。
「着いた着いた」
数分後。最初とは比べ物ない程活気づいた声がきこえ、目的地が近づいていることを察する。
そして森を抜けた先。よく見慣れた光景が見えたことでこの奇妙な邂逅も終わりに近づいていることを、互いに察していた。
「集合場所はこっち。あとここからは人に聞かれる可能性もあるし、あまりプライベート内容は控えた方がいいかな」
「わかりました。……なにわろてんの?」
「フフッ……いや、ごめんごめん。ちゃんと僕の話聞いてくれるんだな~、って思ってさ」
人目が出てきたこともあり、彼女は気を引き締め直す。
その返事を聞いた少年はおかしそうに微笑みつつ、急いで言葉を補足する。そのおかげだったのか、彼女はため息をついたものの、不機嫌というわけではなさそうだった。
「なぁ。なんでここまで話してくれたんです?」
「と言うと?」
「怪しい言いましたけど、それはお互い様でしたよね?」
人混みの中を進んでいく最中、彼女はふと気になったことを問いかける。
あそこまで疑い続けていたというのに、この少年は最後まで反発しなかった。なぜそうしたのか、ここに来てそれが気になったのだろう。
「……なんでだろうね。話しても大丈夫、そう思ったからだと思うよ」
そしてその問いに対し、少年はどこか遠くを見ながら静かに答える。
先程までの雰囲気は何だったのか、彼女はそう思う。見た目通りの素直さがあるかと思えば、こうして熟成された人間からしか出ない複雑さも垣間見せる。
目の前の人間がどういった存在なのか、なぜ自分はこうも素直に話しているのか。
慣れない環境のせいか先程から妙な選択肢を取っているように感じ、彼女はその理由を探そうとして――――
「と、ここまで来たらもう大丈夫だね」
その声が聞こえ、一気に思考が元に戻る。
「ほら、あれ見える? 時間が来たら、あそこから会場にアクセスできるようになるよ」
「……えぇ、案内してくれてありがとうございます」
「いいよ、僕も話せて楽しかったし。君は?」
「……まぁ、楽しかったですよ」
少年の指差す先を確認し、改めてチケットに記された場所と照らし合わせる。
問題ないことを確認した彼女は一息つき、改めて少年に感謝の意を伝える。それを聞いた少年は朗らかに微笑み、右手を差し出して口を開く。
「それはよかった。……言い忘れてたけど、僕はジョン。またどこかで会えたらよろしくね」
「あー……メープルです。ではまた」
今更となった名乗りを済ませ、握手をする。
数秒の後、少年は手を放して後方に軽く跳躍。距離を取ったことで終わりだと思っていた彼女だったが、少年がその場から動かずにこちらを見ていることが気になって声をかけるために口を開く。
「? ……あの」
「あの子の旅路は、これから少々ハードな展開になっていく」
「え?」
「それをどう受け止めるか、どう乗り越えていくのか。……どうかこのお話を、君も最後まで見届けてほしい」
「なにを――――」
意味を問いただそうとするが、二人の間を通行人が遮る。
通り過ぎ、再び視界が明瞭になった時。
そこには誰もおらず、舞い散る花弁だけが彼女の目に映っていた。
「さ~て……気合入れろよ、僕」
目を閉じる。
その先に映る光景。協力者によってあらかじめ共有してある視界をチラ見し、そこにいる三人の姿を確認して気持ちを切り替える。
「ようやくだ。念願の舞台、やりたいことやっちゃいなよ」
目を開き、部屋を出る。
「せめて今だけでも、思いっきり楽しんで」
扉を開け、夜の市街地に繰り出した。
「頑張れ、彩葉」
――さぁ、気張っていこうか。
「ん?」
「どしたの、彩葉?」
「なになに?」
「……いや、何か聞こえたような気がして」
そしてついにライブは始まり、輝かしい時間はあっという間に過ぎ去っていく。
それを見た者は皆、心に響くナニカを感じ取ったことだろう。
『あれ、ネット切れちゃった?』
『ライブ良いところだったのに~!?』
『なんだこれ。……月?』
「何…これ……?」
「なんだろう……?」
そしてあの言葉をきっかけに、来訪者は決意を固め。
物語はここから、遂に佳境を迎えることになる。
来訪者の目的。
今回の場合、それは主に二つある。
一つ目は、脱走した姫の記憶の修復。
状況観察の結果、彼女の記憶が一部破損していることが分かっていた。彼女が元々何をしていたのか、まずはそこを思い出してもらう必要があると判断。既に修復プログラムは完成し、舞台に向かうリョウサン型に全員所持させてある。あとは誰でもいいから直接的な接触ができれば、彼女はすべての記憶を取り戻すだろう。
二つ目は、現地調査。
姫はなぜ、脱走先にこの星を選んだのか。その理由を探るため、ここがどういう場所なのかを調べることにした。なにせ自分達は現地生命体にとっては完全なる部外者。まずはここの文化を知る必要があるため、今後のためにも本命との同時並行で進めるのが良いと判断された。
そしてその方針のもと、まずは彼女の器があるであろう地域周辺から調査を開始することになったのだ。
《―――――》
リョウサン型は街中に散らばり、迅速に情報を集める。
そしてそれを全体に共有できるよう纏め、次々に張り出していく。
主要な現地生命体の名称は?
――解:人間。
外観の違いの名称は?
――解:性別、もしくは年齢。
――補足:寿命という名の、活動限界時間の存在を確認。
我々への呼称は?
――解:無し。
――補足:姫は月から来たと人間に説明していることを確認。それに則った方が動きやすいと判断。
――結論:我々を一時的に【月人】という名称で定義する。
交流手段の有無は?
――解:言語あり。音声もしくは視認できる形で表示すれば交流可能。
――補足:一部我らの文化と近しい要素あり。
次々に情報が精査され、共有されていく。
そしてこのリョウサン型は人気の少ない路地裏に入り、念のため人間以外の生命体を確認しようとしていた。それと同時に送られてくる情報も確認しているのだが、その一部に違和感を覚える。
だがその正体に気づくよりも早く、更なる情報が共有されてきた。
こちらを視認できる者とできない者の差異は?
――解:【VR機器】と呼ばれる機械を装着している人間は視認可能。
――補足:調査の結果、拡張現実の認識範囲に我々が明確に含まれていることを確認。
――留意事項:こちら側を知る何者かが、技術提供を行った可能性大。
「やぁ」
その声が聞こえたと同時に、リョウサン型は地に伏せる。
何者かの奇襲を受けた。そう判断し即座に対応しようとしたが、そこで今が異常な状況であることに気がついてしまう。
「まずは第一条件、クリア」
声色から音声データと照合し、今の自分の背中に乗っているのが年齢の低い男性であることは推測できる。
だが問題はそこではない。
《ナゼ?》
「もう学習済みか。さすがに早いな」
もと光る竹による最適な器がなければ、こちら側で直接的な接触をすることは不可能。
当たり前すぎて調査事項に入ってなかったことを、この人間は覆して見せたのだ。
視認できる範囲を調整し、姿勢をそのままに後方を確認する。
そこには自分の背中に片手を当てて抑え込む様子が映っており、更に空いている片手を使って、自らの両眼に向かって指を近づけていた。
「……さて、どうなる」
その指は目に触れたところで停止し、やがて引き離される。
その先には薄い何かがついており、それが目を覆う形でつけられていたVR機器【スマコン】であることをリョウサン型は認識した。
そして外した後も目を閉じたまま、人間は背中から離れる。あまりにも異常な状況に対処するため、リョウサン型は記録を取りながらゆっくりと立ち上がって距離を取る。
――そして、その人間と目が合った。
「……ハ、ハハッ」
先程の場所からは離れている。
だがその人間は明確にこちらを視認した後、手を顔を覆って空を見上げる。
「ハハハハハハハハハハハッ!!」
笑う。嗤う。ワラう。
まるでしがらみから解放されたかのように。
まるで長年の悲願が成就したかのように。
感情というものを、自分たちも認識してはいる。
だが自分たちのそれとは比べ物にならない程膨大な、それでいて狂気的な量のそれを爆発させているように感じていた。
「ハハハ……すまない、いきなり不躾だった!」
ひとしきり笑った後、その人間は改めてこちらを見る。
「ようこそ地球へ! 歓迎するよ、月の皆様」
認識を変更すべきだ、そうリョウサン型は判断する。
目の前にいる人間は、我々が先程定めた理から外れた存在だということを。
「僕に君たちを害する意図はないし、邪魔するつもりもない。今日はただ、お願いをしに来たんだ」
敵意がないことを示すためか、人間は両手を広げてゆっくりと近づいてくる。
自分と同じ、もしくはやや低い程度の身長しかないのだが、そこから感じる存在感はまったくもって似つかわしくはない。
「そちらの上の方とお話ししたいんだけどさ、繋げてもらえない?」
やがて正面に立ち、ゆっくりと手を伸ばして。
今日も今日とて、奴らはいない。
……というより、基本的に地球に来ることはない存在だと考える方が普通なのだろう。
仕上げに必要なのは明確なイメージ。
そして、世界すらそう定義できるだけの自信だ。
正直な所、現状はどちらも足りていない。
奴らの存在を知覚できれば一気に話が進むのだが……現時点で見つけるのは、蜘蛛の糸よりも細い道筋と言わざるを得ない。
だが不安だろうと、可能性が低かろうと、効率が悪かろうと。
何もしないなんて選択肢を取るつもりは毛頭ない。
僅かにでも先に進める可能性があるのなら、その択を僕は選び続ける。
だから明日も明後日もその先も、この地道な探索を続けていくのだろう。
※誰やねん(前編)
基本的には原作でも出てきた偉人の方々。
それ以外の人物はそれぞれ理由があり、内一人は主人公が演じるキャラクターの元ネタになっています。つまりは元ネタの元ネタ。
※誰やねん(本編)
まぁそういうことですたい。
チケットはまぁ……そういうのに詳しいどこかの誰かが、彩葉の姿を見てもらうために取ってきたんだと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
助けてくれ、京都弁のトレースができない。
……というか、油断するとすぐ某ドブカスが表に出てきそうになっています。彩葉の時も危うかったのに、口調をきつくするとより顕著になってやばいです。
月人云々は独自設定の塊です。それっぽい要素とクロス先の要素が悪魔合体してあんな感じに。本編が終わったら改めて説明できればいいな。……できるかなぁ?