日が昇る度に浜辺を訪れ、君と一緒に遊んだ。
君の話す言葉は少ししか聞き取れなかったが、言葉に籠る想いを感じ取ることはできた。
そのどれもが楽しそうで、そのどれもが眩しかった。
そんなある日、僕は聞いてしまったんだ。
なんでここに来たの?……って。
そこで僕は初めて、君がずっと隠していた感情に触れた気がした。
途中で溢れだしたのだろう。
君は涙を流しながら、普段は僕を気にしてゆっくり話していたことを忘れ、思いのままに話していた。
そこで何とか聞き取れたのは、『いろは』という人に会いたいこと。
もと光る竹に乗っていこうとしたら大きな石にぶつかり、壊れてしまったこと。
そしてその結果、はるか昔であるここに来てしまったこと。
正直な所、ここで僕が理解できたことはかなり少なかった。
ただそれでも何とかしなきゃと思ったのは、泣いている君を見るのがとても悲しかったからだ。
だからそれを聞いた僕はすぐに立ち上がり、手伝うよと口にした。
壊れたのなら直せばいいし、僕じゃ無理でも村の皆ならできるかもしれない。
一人では移動が難しいのなら、僕が運んで一緒に行けばいい。
それにどうやら、『やちよ』という友達がこの時代にいるかもしれないとのことだ。それならその方向性でも希望はあるはず。
直す。話す。一緒に探す。
そう言って差し出した僕の掌に、君は嬉しそうに笑って乗ってくれた。
それだけでも、僕は嬉しかった。
不思議な始まりだったが、これからたくさんの出来事を一緒に過ごせると思っていた。
唐突に訪れる、最期の日が来るまでは。
「――さて、と」
ツクヨミからログアウトし、ベッドから起き上がる。
周片には大量の書物が本棚に収納されており、部屋のほとんどを占拠していて足の踏み場があまりない。
その間を抜け、着替え用に確保した空間で身支度を整えていく。
「ふあぁ~~……ねむ」
部屋を出てリビングに向かい、冷蔵庫の中にあるエナドリを取り出して一気に飲み干す。
眠気で朧気になりつつある意識を覚醒させ、準備を整えた状態で時計を見た。
「今日のミニライブ、確か握手券付きだっけ?……となると、後処理込みで一時間といった所かな」
今日、彼女は初めてあの二人と話すことになる。
そんな超重大イベントだ、彼女の意識はかかりっきりになるだろう。
だからこそ、この時間帯は遠慮なく動くことができる。まあ流石に態々今の僕を見ているわけがないのだが、そこは念のためということで。
「……それにしても、まさかこんなに早く話すことになってしまうとは」
いやぁ、正直驚いた。
この時期には過度の接触をしない予定だったのだが、まさかその初日にぶつかることになろうとは。
それもあってあの自己紹介の後、軽く話しただけで僕はその場を離れていた。
ミニライブの時間も近かったし、万が一にも邪魔はしたくなかったしね。
「いってきます」
他に誰もいない家、その玄関。
無駄に広い家のリビングにそう声をかけ、扉を開けて外に出る。
「あっつ……何時までも慣れないな、これ」
街中に歩みを進めつつ、その熱気に思わず顔をしかめてしまう。
夏が始まったこともあり、夜でもぬるい空気が肌にまとわりついてくる。
そんな状態でもフードをかぶって顔を隠さなきゃいけないのだから、地球温暖化まじふぁっきゅーといった感想だ。
「カウントダウンは約二ヶ月。……今までに比べたら短いけど、人生一濃密な日々になりそうだ」
瞳に円状の光を走らせながら。
今宵も痕跡を探して街を彷徨い、今宵も悪巧みに勤しむことにしよう。
「なーんて言ってれば、なんかあると思ったんだけど」
そんなものは漫画やアニメの中の話だけであり、現実は今日も非常なのであった……まる。
「今日も今日とて収穫無し。ワンチャン偵察役でも来てないかと思ったんだけどなぁ……」
そう呟きつつ階段を上がり、スマホをつけてニュースを確認する。……うん、やっぱりトップニュースだ。
今日のミニライブで発表された、彼女が主催するイベント、【ヤチヨカップ】。
ツクヨミの全ライバーを対象に一ヶ月間での新規登録者数を競い、頂点に輝いたチャンネルはなんと、ヤチヨとコラボライブができるという特権が与えられるのだ。
コラボ配信は今までもあったが、基本歌やライブはソロでしか行わなかったこともあり、かなり注目されることになるだろう。
果たして誰が一位になるのか、その結果は誰にも知ることのない……なんてこともなく。
「普通に考えりゃ
流石にこの結果を僕は知らない。
とは言え、既に輝く夜は始まっているのだ。
彼女が注目されるのは時間の問題であり、その波はすぐに広がることだろう。現状あまり接点がないのだから、ここが重要な分岐点になるのは容易に想像できる。
……さて、どう動いたものか。
時間が来てしまった以上、ここからはスマコンの補助無しで探すべきだ。
ただしこれだとまだ確信を持てていない以上、ただでさえ低い可能性がさらに低くなるだろう。
そんな中で続行するのは、正直無駄骨感が否めない。
肉体的にも無理をすることになるので、ここはやはり一度帰った方がいいのかもしれないが……。
「ん?」
そんなことを考えているとスマホが震え、新着メッセージが届いたことを知らせてくる。
『始まった?』
「……ま、そりゃそうか」
ツクヨミ関連をほぼ知らないとはいえ、あの流れ星はさすがに煌めきすぎだ。
あれを見たとしたら、勘付くのもおかしな話ではない。
『うん』
『ここからはいつ客人が来てもおかしくないから気を付けて』
『オッケー』
『ちょうどいいし、明日一度顔見せな』
『わかった』
「……そうだ、一日だって無駄になんかできない」
両頬を軽く叩き、意識を切り替える。
「うし、再開といきますか」
既に物語は始まっているのだ。
どんなに可能性が低くても、打てる手はすべて打つべきだろう。
「異常なし」
そう、たとえどんなに可能性が低くても。
「ここも無し」
そう、例えどんなに――――。
「変わらず、平和」
例え――可能性――低く――――。
えぇ、なんでこんな所に……?
……ん、なんだ?
あの~、生きてますか~……?
あれ、僕なにやってたんだっけ?
……あ、そうだ。
結局朝まで探したけど結果は振るわず、限界迎えて移動前に仮眠取ろうと思ったんだっけ。
もしも~し?
てことはあれか。
誰か起こそうとしてるのか、これ。
……やっべ、確か僕が寝たのって人目が付かないような路地裏の隅っこだったはず。
警察とかだったらちょっとまずいかもしれない。
「あーよく寝た。起こしてくれてありが――――」
「あ、起きた」
目を覚まし、なんとか外見に沿った口調で話しながら相手を確認するために身を起こす。
そして視線の先に映る少女――彩葉の姿を確認し、予想外な展開に驚きつつも急いで彼女用の口調に繕い直して言葉を紡ぐ。
「――やぁ。おはよう、竹取姫」
「…………」
わぁ、すっごい怪しそうな顔。
「どうしたのさ、まるで不審者を見たかのような目で僕を見て」
「そのままだよ。さっきまでの子供口調からグラデーションで怪しくなっていく様子を見たらこうなるって」
「それもそうか」
大きく伸びをし、立ち上がって周囲を見渡す。
しかしなんでここに……あぁ、一応高校からの帰り道の途中ではあるんだっけ。
とは言え路地裏は路地裏、安全安心とはいいがたい場所なことに変わりはないわけで。
「駄目じゃないか、竹取姫。ここは人目の少ない路地裏だ、女の子が一人で通るもんじゃない」
「子供が一人で寝ている場所でもないと思うけど?」
「そりゃまたそうだ」
体をほぐし終わり、そういえばとスマホを起動して時間を確認する。
するとどうやら現在は正午手前をといった時間帯らしい。
あれ、じゃあなんで彼女がここに?
そういうことをする子ではないはずだけど……あぁ、時期的に終業式か。
その道中で近道でもしようと路地裏に入り、更に偶々そこで寝ている僕を見つけた、と。どういう確率?
「……まぁいいか。とりあえず、ここは危ないから移動するよ」
「あ、ちょっと」
そう言いながら彩葉の手を掴み、引っ張ってこの場から移動する。
「帰る途中なんでしょ? 道はこっちでいいかい?」
「え? あぁ、うん……」
とりあえず表通りを目指して歩くことにしよう。
彩葉もちゃんとついてきてくれるみたいなので手を放し、並んで歩きながら話しかけることにする。
「それでどうしたのさ? 態々あそこにいた僕に話しかけるなんて」
「……ねぇ、どこまで知ってるの」
「どこまで?」
「最近変なことがたくさんあって、思い返せばその始まりは君だから」
「あ~、なるほど」
う~む、大分難しい質問が来てしまった。
確かにあの日話しかけたのは意図的だが、会ったのはほぼ偶然だ。
結果的にそれが始まりになってしまったせいで、彩葉は僕に事情を聞いてきたわけだな。
「何とも言えないな。台本は知ってるけど鑑賞したことはない、というのが答えになる」
「……?」
そう話しているうちに表通りに出る。
そのまま僕の目的地兼彩葉の家方向に向きを変え、歩き続けながら会話を続ける。
できれば伝わるように話したいところだが、全てを伝えるわけにはいかない。
どうにか教えたい範囲だけをわかりやすく教えれるよう、言葉を選びながら話すしかないのだ。
「例えばだけど、あの日から竹取姫の旅路に大きな影響を与える出来事が始まっているのは知っている。けど実際に何が起きて、どういう会話をしたのかは知らないんだ」
「……じゃあ、そこから昨日までの出来事は」
「出会った、ということしか知らないね。とは言え幕開けだ、衝撃の連続だったんじゃないかな?」
そう推察しながら問いかけつつ視線を向けると、彩葉は遠い目をしている。
当時のことを思い返しているのだろうが、まるで遠い日の出来事のようだ。
それほどまでに、かぐやとの日々は強烈だったのだろう。
今まで積み上げていた日常と貯金が粉砕されるほどに。
「積荷は強制的に下ろされ、手持ち無沙汰になった。この機会をどう捉えるかは、君次第だよ」
「どう、て言われたって……」
「積荷とは、言わば目的地までの道程を示す街灯。それは道を見やすくする代わりに、進む先を定めてしまうものだ。それを手放すということは決めていた道が見づらくなってしまうことだけど、見てこようとしなかった他の道が認識できるようになるということでもある」
「…………」
おっと、これだと少々伝わりづらいか?
如何せん口調を変える必要があるせいで、変な言い回しにせざるを得ない。
とは言えもう始めてしまったのだ、これはもう最後までやり通すしかない。
「まぁざっくり言うなら、自由になったと考えた方が楽しいしずっといいよ?……って話さ」
「自由、楽しい……」
今回伝えたいことは主にここなので、端的に伝える。
そう思って話したのだが、それを聞いた彩葉はどこか思うところがあるような表情で考え込んでいた。
まぁ言った通りの意味なのだが、これは正直な所しょうがない。
かぐやという特大の爆弾がいるから若干感覚が麻痺しているだろうけど、僕だって十分変な存在だ。
できればそのままの意味で受け取ってほしいのだけど、そうもいかないのだろう。
「ねぇ」
「なんだい?」
「君って何者?」
「見ての通り、ただの人間さ」
「実は月から来ていて、明日になったら急成長するとかは?」
「ないない。僕は正真正銘、地球生まれ地球育ちの日本人だよ」
彩葉からの問いかけに対し、顔を見ながらしっかりと答えていく。
その内容は若干曖昧なのだが、嘘を言っていないのも事実だ。
まず僕の事情を話す意味はないし、正直怪しまれていたってかまわない。
ただ僕の彼女に対する目的を果たすためには、僕はもうそういう
「そうだな……僕に一番近い存在は、友人Aとか?」
「友人A」
「そう」
そろそろ目的地が近づいてきているのもあり、これ以上進むとどちらかが回り道をすることになってしまう。
それは望む所ではないので立ち止まり、僕の役割に近い存在は何かと考えた所。
ちょうどいい立ち位置のキャラクターが思い浮かんだので、それを説明するために言葉を続ける。
「竹取姫はさ、恋愛要素があるゲームってしたことある?」
「……ないけど」
「そっか。その類のゲームにはさ、ヒロインの好感度や情報を教えてくれる友人がいるものなんだよ。そいつは主人公とおしゃべりしながら情報を整理させ、その時点で選べる行動を纏めてくれるお助けキャラ的な存在」
「はぁ」
「けれどその友人が物語の根幹にかかわることはないし、主人公との物語があるわけでもない。……君にとっての僕とは、そんな存在」
互いに向き合い、頭一つ分背が高い彩葉を見つめる。
ここまで来たのだから、せめてこれは伝えておくべきだろう。
僕の印象がやばい奴だけで終わってしまう可能性はあるが、その時はその時だ。
「僕の望みは、君がより良い状態で選択できるようになること。だから話は聞くし、疑問もできるだけ答える。ただ僕は決して行き先を示すことはしないし、答えを教えることもない。それは竹取姫が自分で導き出し、決めることだからね」
「……なにそれ。私がこれ以降話すのをやめたらどうすんのさ」
「それで構わないよ。話さない、ということを君が選んだのなら文句はないさ……っと」
そう話していると、スマホが震えるのを感じる。
どうやら先に着いているようだ。こちらももう向かった方がいいだろう。
「今日はここまでみたいだ」
「え?……あ」
「僕はこっち。それで、まだ聞きたいことはあるかい?」
「……じゃあ、これだけ」
自分の行き先を指差し、ここで分かれる事を告げる。
なんだかんだ怪しい僕にここまで会話を続けてくれているのだから、彩葉は優しい子だ。
とは言え、物語は始まったばかり。
まだあれを聞く段階ではないし、逆に彼女からは聞きたいことがまだあるだろう。
そう思った僕は最後に確認を取ると、彼女はしばし考え込む。
僕が今まで言ってきたことを思い返していたのか、数秒の後に静かに口を開いて問いを投げかける。
「あんた、かぐやの何?」
それを聞いた僕は、微笑みながら答える。
「僕はかぐやの親友でありたいと思っているよ」
――まぁ尤も、彼女は僕の事なんて知らないと思うけど。
脳内でそう言葉を締めくくりつつ、人混みに紛れて彩葉の前から姿を消した。
……あ~、疲れた。
話すだけなのに身体が凝って仕方がない。
この口調、絶対に彩葉の前でしか使わないようにしよう。
「お、来た」
「遅い、なにやってんの」
ごめんごめん、一晩中探した後に寝落ちしちゃってさ。謝るからそんな怖い目しないでよ。
「ボクは元からこんな目つきだ」
「お待たせいたしました、アメリカンとカフェラテになります」
あ、追加でミルクコーヒーとミックスサンド、後パンケーキにホイップ追加でお願いします!
……と、はいカフェラテ。
「ハハ、勘違いされてやんの」
「うるさい。……ほら」
「どうも。顔を合わせるのは久しぶりだね、赤子の君を拾ったのがついこの間の出来事みたいだ」
そりゃそうさ。
僕だってあっという間に感じているんだ。そっちからしたら猶の事でしょうよ。
「まぁね。……で、方針は決まったかい?」
あぁ、変わらない。
狙うは大体40日後。
コラボライブのタイミングで確実に客人は来る。そこで最終確認する想定で準備を進めるよ。
「…………で?」
で?
……あぁ。
大丈夫だって、もう世界にうんざりなんかしていないさ。
ようやく掴んだまともな道、二人には感謝してもしきれないくらいだよ。
「ボクは無駄だしやめとけ、って言っただけ。ほぼこいつでしょ」
「オレは実際にあった事を教えただけ。そこから今の理でできる方法を導き出したのは、間違いなく君の力だよ」
止めてくれたし、きっかけをくれた。……十分だ。
だからまぁ、見届けてくれよ。
ただの人間である僕が、最高のエンディングをこの手に掴む所を。
やぁ、二度目まして。
久しぶりだね。
……あれ、そうでもない?
あ、そっかそっか。
如何せん僕ここ最近死にそうな目にあっててさ、時間の感覚朧気になってんだよね。
要件だけど……まぁ、言わないでもわかるだろ?
熟成って聞こえはいいけどさ、一歩間違えた先にはあるのは腐敗なんだよ。
導き手と受け手、その両方が同じ結末を目指さなければ決してうまくいかない。
彼女に前を向かせるには、半端な存在では駄目みたいなんだ。
僕一人では何もかもが足りない。
手はあっても伝手がなく、技術があっても土台がない今の僕じゃ間に合わない。
だから頼む。
僕と一緒に、舞台を作ってくれないか?