目が覚めたら、身体が動かせなくなっていた。
最初は熱く、次に痛く、次第に重くなっていった。
朦朧とした意識の中で、もうずいぶんと会えていないと思った。会いたいとも思った。
でも、体は動きそうになかった。
起きれる時間は日に日に短くなっていき。
ふと気づいた時、僕は一人になっていた。
せめて、謝らなくちゃ。
一緒に行けなくてごめんって、言わなくちゃ。
そんなことを思いながら、力を振り絞ってほぼ無意識で浜辺を歩く。
いつの間にか倒れて気絶し、目が覚めたら少しずつ進む。
どのくらいたったのだろうか。
かすかな声が聞こえ、閉じていた眼をうっすら開くと、そこに君はいた。
……あぁ、やっちゃったなぁ。
なんで泣かせちゃったんだろう。そんなつもりはなかったんだけどなぁ。
僕の状態を見た君は何かしようとしている。
けど直感で駄目だと思った、その先で余計に傷ついてしまうと思った。
だから僕は残った力で伝えたんだ。歌ってよ、って。
その想いが通じたのか、君は精一杯歌ってくれた。
初めて聞いた時から夢中になっていたそれが、その時の僕には特別綺麗で優しい歌に聞こえていたんだ。
せめて、君の願いが叶いますように。
これからたくさん、笑えますように。
そう考えた後、意識が深いところまで沈んで行く。
歌声は、どんどん聞こえなくなっていき――――
寝床から跳ね上がるように起き上がり。
頬を流れる涙の感覚を僕は確かに感じ取っていた。
『この前からライバー始めてて、今度○○でライブするよ! おじさんも見に来てね!』
「……え~~」
ヤチヨカップ開催から約1週間。
色々考えていた僕の思惑を全て叩き潰すように、遠慮なしに送られてきたメッセージが眼前に表示されていた。
「いやまぁ、流石に行きますけども」
接触は控えたいとは言ったけども、流石に向こうからの場合はどうしようもねえべ。
そう考えつつ、指定された場所に向かう。
メインストリートから離れ、わき道を進む。
すると徐々に歌声が聞こえてきて、視界の先に件の少女――かぐやの姿が映った。
「……本当に」
楽しそうに歌っている、素直にそう思った。
観客は数人。中に見知った人物もいるが、それ以外はこの歌声に引き寄せられたのだろう。
かぐやの歌声には言葉にできない魅力がある。
聞いているだけで明るくなり、前を向こうという気分になってくる。
……始めたばかりでこれか、とんでもないな。
そう思いつつ歩みを進める。
するとちょうどラスサビだったようで、観客集団の所に辿り着いたと同時に曲が終わった。
周囲の人達に合わせ、感嘆の気持ちを込めて拍手を送る。
「ありがとー!」
「君、たしかヤチヨライブで啖呵切ってた子だよね? 歌うまいじゃん!」
「すっごく可愛い……推します!」
「最高~! こりゃ伸びるっすよ~!」
「おぉ、すごい人気ですね。これでは近づけそうに……ない……?」
「…………」
感想だけでも伝えようと観客との会話が終わるのを待とうとした所、不意にかぐやのサポートをしていた狐の着ぐるみと視線が合う。
明らかに動揺している。
これ絶対になんで僕がここにいるのというか、僕が来ることを想定していない感じだ。
さて。自分で言うのもなんだが、僕のツクヨミにおける交友関係は結構狭い。
その中で今の服装を知っている人物となると……。
「あぁ、もしやいろ「チガイマス」……なるほど」
……うん、どうやらあの子も大変そうだ。
「失礼、人違いのようでしたな。所であなたの名前は?」
「……イロP、です」
「かしこまりました、イロP殿。私の名は「DO・KEKATAさんですよね」……よくご存じで」
「えぇ、まぁ」
ガッツリ変わっているわけではないが、ちゃんと対策はしているようで。
どうでもいい茶番を挟みつつ隣に移動し、二人でかぐやが話す様子を眺める。
彼女は一人一人としっかり話しており、今回来た聴衆はもれなく虜になったことだろう。
「あの、DO・KEKATAさんはなぜここに?」
「かぐや殿にご招待いただきまして。いやはや、間に合ってよかったよかった」
「はい??」
イロP――もとい彩葉からの問いに素直に答えたところ、驚きの反応が見て取れる。
まぁそりゃそうだ。
まさかあの少ない時間で、フレンド登録していたとは思うまい。
何なら僕だってそんな馬鹿なと思っているくらいだ。
「え、あの、なんで?」
「かぐや殿の勢いに押されたというのもありますが、主な点ですとやはり「あ、やっぱおじさん来てたんだね!」……っと」
「ちょ、またおじさんって!?」
「え、いいじゃんいいじゃん! ねぇ?」
どうやら交流が終わり、客集は既に解散したらしく。
かぐやがこちらに合流し、僕に話しかけてくる。
もはや固定化されてしまった僕の呼び名に彩葉が戸惑うが、彼女は意に返さずにこちらに呼びかける。
その先を理解したので僕はもたれていた背中を放し、両手を広げながら言葉を返すことにした。
「いいですとも! なぜならかぐや殿は我が同志、遠慮の必要等ございません」
「同志って……なんの?」
「「我ら、ハピエン至上主義同盟!!」」
「あー……」
ノリを合わせ、かぐやと対になるポーズをとってビシッとキメる。
先日の自己紹介の際、どうやらこの部分が結構刺さったらしい。
彼女もまたハッピーエンドを求めている一人らしく、少々違うものの大まかな方向性は同じということで、なんやかんや意気投合していたのだ。
そして彼女がハッピーエンドを目指していることを、彩葉も知っていたらしい。
理解したくはないが納得はしたようで、深いため息をついてうなだれていた。
「ま、それはさておき。聴きましたよかぐや殿、
「本当!? よかった!?」
「えぇ、本当です。聞き覚えのない曲でしたが、もしやオリジナルで?」
「うん、彩葉に作って「わーわーわー!?」ムグッ」
「なんと、イロP殿が!」
……そうか、彩葉がこの曲を。
必死にかぐやの口を塞いでいる様子からして、それは間違いないだろう。
なら、僕がとるべき行動は決まりだ。
彩葉の前に立ち、しゃがむことで視線を合わせながら言葉を伝えるために口を開く。
「いや、イロP殿も御美事ですよ。互いの魅力を存分に引き出しあう、まさに相性抜群な一曲でした」
「やったー!」
「……ありがとう、ございます」
素直な気持ちで褒めたおかげか、かぐやはもちろんだが彩葉からも好感触な反応をもらえた。
そうそう、変に拗れると賞賛を素直に受け取りづらくなっちゃうんだよなー……。
こういう時は変に着飾らずまっすぐ伝えるのが一番いい。
それをこれまでの経験から知っていたのだが、どうやら正解だったようだ。
「あ、そうだ! おじさん、この間やってたやつ教えてよ!」
「この間?」
「うん! あの花火ブワーッてしたり、文字をバーンッて出したり、水をシュババーッてしたりするやつ!」
「……あぁ、あの演出ですか」
なるほど、あれなら確かに今回のような規模のライブでも十分演出に使える。
様々なライバーがいる昨今、ちゃんとこういった箇所からも攻めるの実に有効的だ。
……こういうところはしっかりしているんだよなぁ。
無鉄砲に突進しているように見せて、実はちゃっかり戦略を立てている。
どちらも本性だからこそ、このギャップを知っても魅力的に感じてしまうのだろう。
「いいでしょう。この素晴らしき門出を祝して、このDO・KEKATA! 日頃から贔屓にしている店を紹介させていただきます!」
「おっしゃー!」
「あ。おそらく操作するのはイロP殿になりますので、便利なショトカ設定もついでに教えますね」
「怖い……この短期間で一番癖ある人と仲良くなっちゃってる……コワイ……」
わかる。
やっておいてなんだけど、正直僕も怖い。
「いやはや、とてつもない。日に日に人は増え、最早道を埋め尽くす勢いだ」
あれから一週間が経ち。
今日も今日とて行われているかぐやの路上ライブなのだが、聴衆の数は比較にならない規模だ。
「あっという間の三段跳び。姿は見えないものの、これはこれで」
瞳を閉じ、屋根の上で彼女の歌を聞く。
そんな中ふと見知った気配を感じ取り、そちらを見ずに口を開く。
「やはり気になりますか?」
「…………」
「大丈夫、あの子達は必ず届きます。まぁそんなこと、あなたが一番わかっているのでしょうけど」
「……そのしゃべり方なんだな」
「あなたが来たということは、大丈夫だということなのでしょうねぇ。しかし舞台の幕が下りるまで、私は私であるゆえに」
「……そっか」
歌姫の姿は見えず、ただ響くは歌声のみ。
そこからライブが終わるまで、会話が再開することはなく。
鳴り響く歓声と拍手を、僕達は静かに聞いていた。
なんとか舞台の手はずが整った。
……というよりは、ほぼ丸投げできた。
そっちに関しては彼からの連絡を待ちつつ、定期的に意見のすり合わせをやっていけばよさそうだ。
後必要な準備の中で、現状できることは三つ。
まず理の理解。これはまあまあ。
あいつらの協力もあり、徐々にだが感覚を掴めるようになってきた。
なんでも本来は200年程の研鑽が必要らしいのだが、下地がすでに出来上がっていたらしい。長い間探し続けていたあの日々が、どうやら無駄ではなかったみたいだ。
見守りに関しては、非常に順調。
むしろなぜ対立するのかと言える程に笑顔に満ちていて、どこにもそんな気配はない。現状維持こそが最適解だと自信を持って言えるくらいだ。
……が、順調なのはここまで。
考えなければならないのは最後の一つ。
最後に必要となる、器と道具の準備だ。
まず道具は問題ない。というか今は何もできない。
前者の準備を終え、且つ例の日付近でようやく用意できるか判明することだ。
仮説では可能なのだが、確実にするには今は待つしかない。
問題はもう一つ、器の準備。
話を聞く限り、なんとなくの形は見えている。が、明確なイメージをすることができていないのだ。
それは技術云々の問題というのもあるのだろうが、僕自身が彼女とそこまで繋がることができないからというのもある。
詰まる所、僕だけでは解決することができないというわけで。
……だからこそ、あいつの力が必要になる。
狙うタイミングは、ツクヨミができた後。
何とかそれまでの間に、あいつとだけ連絡できる方法を仕込んでおく必要がありそうだ。