その時の感情をまるで自分が抱いていたかのような、異様に鮮明な夢だった。
だが僕はその中にいる人を誰一人として知らない。
……まずそれ以前にこの時の僕は、寝た時に見る景色を『夢』と呼ぶなんてことを知らなかったはずだ。
まるで目が覚めた瞬間に、忘れていたことを思い出したかのようで。
まるで誰かの生涯を、そのまま体験したかのようだった。
輝きの出会い。
失意の最期。
他人の出来事とは、到底思えなかった。
とは言え、その日以降に新たな夢を見ることはなく。
生きるための日々を過ごしながらも、それでも夢の輝きを忘れることはできなかった。
今まで勤しんでいた狩猟から離れ、漁労の為にわざと遠出をするようになった。
皆から不安がられたが、夢の知識のおかげで多少マシに動くことができていたから許されるようになった。
そんな夢を見てから、随分と長い時間が経ったある日。
最早日課となりつつあった散策を浜辺でしていた時、ふとそれは目に留まった。
それはここにいるのは珍しいがそこまで美味しくなく、食料としては物足りない存在。
だがそんなことはどうでもよく、僕の目はくぎ付けになった。
向こうも僕に気が付いたようでこちらを見たが、その眼には疑問が浮かんでいたことだろう。
記憶がはじける。
僕じゃないはずの記憶が、これでもかと騒めいている。
そしてあの日見た夢の中にいた子供が大声で呼ぶように。
意味を知らないはずで、聞いたこともないはずの単語を口にした。
これこそが、最初の罪。
何もできなかった僕が抱える、初めての後悔だ。
手を貸すよ
……あれ、私何してたんだっけ?
今日の夏期講習が終わって、帰りにかぐやと合流して。
確か部屋が狭くなっちゃったから、新しい部屋を借りようって話になってたんじゃなかったっけ?
……なに、お前
今重要なことはそこじゃないだろう? 安静にできる場所に早く運ぶべきだ
……で、そこから記憶が曖昧だ。
なんとなく、今歩いているのはわかる。
でもほとんど力が出ず、両方から支えられてなんとか歩けている状態なのだろう。
彩葉、大丈夫……?
恐らくだけど、ただの風邪だ。無理せずゆっくりすれば元気になるよ
片方はかぐや。……じゃあもう一人は?
芦花? それとも真実?
……それにしては、下から支えられてるような?
で、結局誰? 私達のこと知ってるの?
そうだな……今回はどっちかというと、彩葉の友人A?
……なに言ってんの?
だよねぇ
……駄目だ、頭がボーっとする。
頭を横に向ける気力も沸かず、隣から聞こえている声がかぐやであることがかろうじてわかるくらいだ。
大丈夫だよ。彩葉は強い、そう簡単に死ぬわけがないさ
……うん
でもどうしてだろう。
なぜか私は、その両方に身を任せようと思っていた。
『今週もヤチヨカップ特集! 四位までは公式を要チェキ。君の推しはいるかぁ?』
ヤチヨカップも折り返し、後半戦。
毎週行われるニュースにおいて、今回も順位が公開されている。
……と言っても、ほぼ固定化されてるんだけど。
『ではトップ3! 三位、癒し系アイドル《湯雲ぬくみ》! 二位、ハイスペエルフ《テレリリ・ティートテート》!』
この二名は己の個性を生かし、根強いファンから支持されている。
そんな中ここまで新規登録者を増やしているのだから驚きだ。
『そして下馬評通り、独走状態だ! 一位、《ブラックオニキス》!』
「……ま、そうなりますよね」
とは言え、首位にはドえらい差をつけられているんだけど。
こればっかりはしょうがない、如何せん相手が悪すぎるってものだ。
「はてさて、あの二人はここからどう巻き返すのか」
未だ圏外とは言え、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで登録者数を伸ばしているかぐや達。
後一つ、所謂バズ要素を掴むことができれば一気に可能性が広がるのだが……。
「まさか……いえ、これは慢心ですね」
ここ最近、彩葉の調子は良くなっていると思っていた。
以前は目も当てられない食生活だったのが、かぐやのおかげで劇的に改善していた。
これで肉体的な健康度は増したのだが、それでもあの過密スケジュール。さすがに耐えきれなくなってしまったのだろう。
「ここぞという時まであの子と直接会う予定はなかったのに……まさかこんな所で使うとは」
あの時、僕は家に戻る途中だった。
その時に見てしまったのだ、蹲る彩葉に寄り添うかぐやの姿を。
どうするか考えるよりも早く、気づけば僕は声をかけていた。
至極当然なのだが、彼女にはかなり警戒された。
何とか彩葉の友人ということでごり押したのだが、それでも半信半疑だったはず。それでも僕の手を借りることを決めたのは、偏に彩葉が心配だったからだ。
本音を言えば看病も手伝いたい所だが、そこまで手を貸すことを彼女が許すはずもなく。
確実に一人で運べる距離まで移動した後、そこで後を任せて離れたのが先日あった出来事だ。
「あれから数日。おそらくもう大丈夫だとは思うのですが……」
あれから今日までの間、配信に彩葉の姿はなく。
ただの風邪だとは思っているのだが、流石にそろそろ心配が勝りつつあるのが本音ではある。
せめてできることと言えばこちら側で手伝うことだが、如何せん僕はライバー活動をほぼやっていない。
定期的に面白かった試合を自分用にアーカイブとして残しつつ解説を入れているくらいで、登録者数なんてとっくの昔に抜かれている。
……うん、正直手助けできることはなにもなさそうだ。
「こればかりは、これからの活躍に乞うご期待。……っと、これで良し」
ニュースを見ながら設定していたのだが、ようやくポイントを振り終わることができた。
事前に考えていた表と見比べ、間違いないことを確認する。
「SETSUNA用ビルド、これにて完成」
KASSENにおいて主要モードはSENGOKUなのだが、1vs1ができるモードもある。
名を【SETSUNA】。目の前の相手だけに集中すればいいこともあり、人によってはこちらの方を好んでやる人もいる位には人気だ。
実は件の日より少し前に、かぐやを狙うガチ恋ファンを彩葉がSETSUNAで一掃するというイベントがあった。
それを見て新たなインスピレーションを得ており、とあるビルドで遊んでみたいと思ったのだ。
それにこちらなら負けてもポイントが減るのは自分だけ。試したいが尖りすぎて迷惑をかけてしまうことから避けていたビルドを、こちらでなら思う存分試せるわけで。
そんなわけで僕にとって実験場となりつつあるSETSUNAモードを起動し、マッチングを開始する。
現在居るランクは上位帯と呼ばれる区分だ。
ここなら十分な実力を持つ相手がたくさんいる。早速感覚を試していくことにしよう。
「ちょ、はやっ」
【2-1 WINNER:DO・KEKATA】
「たわば!?」
【2-0 WINNER:DO・KEKATA】
「待って待って待って!」
【2-1 WINNER:DO・KEKATA】
「てめぇ道化キャラどこいった!?」
【2-1 WINNER:DO・KEKATA】
【2-1 WINNER:DO・KEKATA】
【2-0 WINNER:DO・KEKATA】
【2-0 WINNER:DO・KEKATA】
【2-0 WINNER:DO・KEKATA】
【2-0 WINNER:DO・KEKATA】
「う~ん、絶好調」
最初こそラウンドを落としていたが、後半はストレート勝ちできるようになってきた。
いくつか調整案は浮かぶものの、一番尖っているこの状態はかなり面白い。もう少し試したいな。
そう思いつつ、再度マッチングを開始。
すぐさま相手が見つかり、次のフィールドに移動したのだが……。
「よろしくお願いいたし……おや」
「あれ、ケカタじゃん。やっほ~」
正面に立つ相手は僕の名前を呼び、手を振ってくる。
意外な所で出会ったものだと思い、挨拶を続けながら言葉を返す。
「やぁ、乃依殿。以前のイベントでは御美事な試合を見せていただきました」
彼の名前は駒沢乃依。今絶賛独走中のブラックオニキスのメンバーの一人だ。
和メイド服を着た白虎耳尻尾の鬼娘とかいう属性の塊のような容姿をしており、実はメンバー三人の中で男女合算したファン人数は一番多いとか。
なお彼と呼称しているように乃依は男性であり、アバターも男性である。
それでこの可憐な見た目なのだから、ツクヨミの世界というのは奥が深い。
「意外、君ってSETSUNAやるんだ?」
「たまにですがね。SENGOKUこそ私の主戦場ですが、これはこれでいと面白く」
そう話しつつ、互いに得物を構える。
彼が持つのは円刃。
展開することで弓としても使える、遠近一体の仕込み武器。
それに対し僕が持つのは日本刀。
刀身が少し黒ずんでいることを除けば、いたって普通の片刃剣。
「それでもうここに来たんだね、やるじゃん。……でも、十連勝はあげれないかなぁ?」
カウントが始まる。
普段ならいつもの自己紹介をするところだが、そこは既知の仲。
お試し中とはいえ相手は格上だ、どうせなら胸を借りるつもりでいくことにしよう。
「それはなんとご無体な。……それにしても、まさかこの台詞を乃依殿に言うことになるとは」
最後の方だけ呟きながら深呼吸し、無意識に籠っていた力を抜く。
なにせ相手は実績あるプロゲーマー、完璧に決めてようやく五分といったところだ。
とにかく序盤が踏ん張りどころになるだろう。変に緊張して操作をミスるわけにはいかない。
……で、それはそれとして先程からずっとやっていた、とある始まりの台詞がある。
これを彼に言えるのは妙な因果を感じて面白いのだが、これワンチャン配信してたらやばいか?
……ま、それはそれで面白いかもな。
「乃依殿」
「ん?」
「目を離してはいけませんよ?」
始まりの合図。
その音が響き終わるよりも早く、僕は彼女の眼前で武器を振りかぶっていた。
「――ッ、御美事!」
そのまま両断するつもりだったのだが、そこはさすがの腕前。
乃依は体を大きく仰け反らせ、ギリギリで回避に成功する。
そのままバク転しつつ距離を稼ごうとしてきたので、すぐさま追撃を選択。
弓に変形させる前に接近し、怒涛の連撃でその隙を与えない。
防御に専念することにしたのか、彼はそれを時に避け、時に受け流して対処していく。
さらに隙間をつくようにこちらの体勢を崩そうと足払いを仕掛けてきたが、それを僕はジャンプすることで回避。
そのまま得物を振り下ろすが受け止められ、鍔迫り合いという形で序盤の攻防は一段落する。
「いやはや、流石は乃依殿。今までのようにとはいきませんな!」
直近の相手でも、初見でこれを完璧に捌き切った相手はいなかった。
だからこそ乃依が相手でも多少なりとも効果があると思っていたのだが、流石に考えが甘かったようだ。
「こっわ~。……にしても君って、こういう戦い方もするんだ?」
「SETSUNAにおいて、私が魅せるべきお相手は一人だけ。なれば、こういう姿を見せるも一興!」
乃依に意外そうに言われ、僕はそう返しながら力を籠めて振り抜く。
しかしその方向は地面に流され、大きな衝撃と共に土煙を上げる。
一瞬彼の姿を見失うが、直後に前方から気配を感じて得物を胸部の前で構える。
それが間に合い、煙の中から放たれた蹴りを受け止めることに成功。しかし代償として大きく後方に飛ばされてしまい、結果的に距離を放されてしまう。
不味いと思ったのもつかの間。
煙を突き抜けて複数の矢が迫り、即座に反撃を諦めて対処に切り替える。
「でも~、もうバフも切れてるでしょ。そろそろきついんじゃない?」
「どう、でしょう……な!」
次々に迫る矢の軌道を見極め、手早く切り払う。
フェイントもかねていくつか外してくれるのなら楽だったのだが、そこは流石の乃依だ。
一発一発が正確に急所を狙っており、そのどれもが鈍足デバフがかけられた麻痺矢。一瞬でも対処を迷えば即座に致命傷になってしまう。
このままでは千日手。その果てに見えるは、時間切れによる僕の敗北。
「――来た」
……と、彼は今頃思っているのだろうけど。
こちとら道化だ。
盛り上がりに欠ける尻すぼみの構成なんざ、するわけないだろう!?
視界の端にある画面。
最後のゲージが溜まり切ったのを確認した瞬間、躊躇うことなくその全てを同時に起動する。
「これで終わり、かな!」
その際に視線がそれたのを見逃すことなく、乃依は矢を放つ。
それは吸い込まれるように僕の頭部に迫り――――
「ここからがクライマックス。派手に踊りますよ?」
――竹を連続で蹴って乃依の頭上に移動した僕は、武器を構えてそう告げた。
「ッ!」
回避は無理だと判断したのか、円刃に戻して受け止めの姿勢に入る乃依。
そこに黒い雷を纏い、刀身が漆黒に染まった得物を突き出す。
激しい衝撃が二人を包み、そこで彼は僕を見て驚きの表情を浮かべる。
それもそのはず、今の僕には全身に黒い刺青のようなものが浮かんでいる。
それが発生するスキルを知っているからこそ、今回の僕が組んだ構築に気が付いたようだ。
「最後の足掻きの十数秒! 乃依殿、ぜひ私の
「情熱的、だね……!」
今回のビルドは、最初と最後にピークが訪れる二点特化型。
開始と同時にバフスキルを複数同時に使うことで奇襲。それが失敗した場合は時間を稼ぎつつ準備をし、複数の条件下や体力消費などのデメリットを併せ持つスキルを同時に発動するといった構成だ。
メリットは速攻型のような爆発力をもう一度得られることと、最後に全力を尽くせること。
デメリットは中盤の弱さと、終盤は一撃もらうかバフの効果時間が切れた時点で敗北する事。
詰まる所、勝負はここで決まるってことだ!
「いざ!」
「今更ですが、アキラ殿と雷殿はどうされたので?」
「今日の練習は終わり。何してるかは知らな~い」
「なるほど」
買ってきた飲み物を乃依に渡し、自分の分を飲む。
う~ん、相変わらず無味。
味覚の実装が待たれるところだが、実際の味は想像がつかないほどの極彩色だ。逆にここで飲む方が良いのかもしれないな。
「いやぁ、御美事でした! 初見なれば勝ち切れると思っていたのですが、しっかり温存していたとは……」
「まぁね~」
【0-2 WINNER:NOI KOMAZAWA】
先程の試合結果だが、結局体力を削りきれずに時間切れで自滅してしまった。
そしてこちらの構成を把握され、二本目はあっさり敗北。
結果から言えばストレート負けであり、上には上がいることを思い知らされる一戦だった。
それで一度構築を見直そうかと思っていた所、突然フレンド申請が届き。
メッセージにてお誘いを戴き、勝利の報酬として先程の限定ドリンクをおごることに。
大量のスクショを撮っていることから、これはやはり映えとやらを意識した飲み物なのだろう。
……さて、いい加減話を進めるか。
僕と乃依はSENGOKUで戦ったり、イベントだったりで、多少の接点はある。
とはいえ多少だ。
彼が僕にこうして会うこと自体妙な話であり、まぁ何かしらの目的があるのだろう。
そのため街中ではなく、人目の付きにくい屋根上を選んだわけで。
「それで乃依殿、何か私に御用で?」
「ん?……あぁ、ちょうどいいと思ってさ」
そう言いながら乃依は画面を操作し、とあるチャンネルを私に見せる。
「この子、知ってるでしょ?」
教えてよ。
そう言って彼は画面の中で歌って踊る少女――かぐやを指さした。
「無論かぐや殿のことは存じておりますが……なぜ私に?」
「路上ライブの頃からいる最古参でしょ?」
「……一応、最初以降は人目の付かない場所から見ていたはずですが」
「目いいんだよね~、俺って」
かぐやの路上ライブのスクショは確かにあるし、出回ってもいる。
ただその中に僕は基本いないし、仮に映っていたとしても建物の影とかのはずだ。
……下に恐ろしき視力、ブラックオニキス随一の狙撃手なだけはある。
「構いませんが……珍しいですね」
個人的にそういうイメージが薄かったこともあり、思わずそう話してしまう。
それを聞いた乃依はどこか詰まらなさそうに口をとがらせ、そっぽを向いて呟いた。
「だってさ……最近お熱なんだよ」
……ん?
あ?
え?
「アキラ殿?」
「そ」
あ~~。
なるほどね??
この後、乃依が満足するまで『かぐやイロPチャンネル』について教えることになった。
とは言え活動内容というよりは、かぐや自身について教えることが主な内容だ。
まぁ多分彼の思惑的にも、そっちの方が良かっただろうし。
……とはいえ件の彼が気にしているのは、彼女だけではないのだろう。
彼女の背後で伴奏と演出をしている狐の着ぐるみ。
この子もかなりの重要人物なのだが、流石にこの時点では言わないでおいたほうがよさそうだ。
【悲報】流石にキツい。
……とは言え、それもそのはず。
普段の仕事だけでも割と手一杯なうえ、見守りや交流も欠かせない。
加えて例のあれを作るとなると、もう削れるのは睡眠時間位なもので。
二重どころか三重生活を続けていくこと約半年。
彼女とのすり合わせも終盤に差し掛かり、ようやく完成の目途が立ち始めた。
……のだが、正直大分限界マジ無理な感じである。
よし、これが終わったら一度休もう。
ゆっくり時間を取り、今まで我慢させてきた分、できるだけ皆の要求に応えるようにしよう。
そう思いつつ家族の目を盗んで深夜に起き上がり、パソコンの前に座る。
いずれ来るその日のことを頭の片隅に置きながら。
今日も今日とて、机の上に置いてあるキーボードに向き合うことにした。