【機動戦士ガンダム】七色の新星ガルマ・ザビ 作:おかかと梅干
ランバ・ラル隊はアジアへと向かった。木馬を討ち、アルテイシアを無事に確保するという、重大な任務をその背に負って。
ガルマは彼らに、過剰とも言える十分な装備を用意し、送り出した。ザンジバル級戦艦に、新型のグフを6機。
過酷な環境での任務になることは明らかだった。現在、アジア圏にジオンの拠点はほとんど存在しない。武器弾薬の補給など、到底望めない地だ。だが豊富な積載量を誇るザンジバル級であれば、そのまま戦闘へと突入できる。艦内である程度の修理や整備も可能だ。あとは、青い巨星たちの活躍を祈るほかなかった。
ランバ・ラルはガルマに任務達成を約束し、シャアにはアルテイシアの安全を誓った。
キャリフォルニア基地には、ジオン公国軍の多彩な技術者たちが集結していた。険しい山岳、広大な草原、足場の悪い湿地、闇深い森林、豊かな海、そして破壊された都市。
北米大陸が持つ多種多様な自然環境は、MSの実戦データを収集し、研究開発を進める上で、地球上で最も適した土地だったからだ。
そして何よりも、この地をガルマ・ザビが統治しているという事実が大きかった。
本来、北米方面軍司令という地位であれば、いくらでも私利私欲による利権を貪ることができたはずだ。だがガルマはそれらに一切の興味を示さなかった。現地の政権や自治体と密に交流を持ってはいるが、それはあくまで安定した統治を行うための政治的手段に過ぎない。すり寄ってくる者も後を絶たなかったが、ガルマはいつも笑みを浮かべて気づかないふりをしていた。
豊富な資源と、何より安定した統治。それは軍事企業にとって、願ってもない最高の開発環境だった。本国からはジオニック社をはじめとする企業がこぞって優秀な技術者を送り込み、次々と開発施設を開設していく。北米という地は、ガルマが治めていてこそ、ジオンの新たな「MSの産屋」として機能しているのだった。
本国から送り込まれた技術者たちはいま、昼夜を忘れて稼働していた。鹵獲した連邦軍のMSを徹底的に分析するためだ。
戦車に手をはやしたような奇妙なMS。おそらくは『V作戦』と呼ばれる連邦の計画において、最初期に開発された機体だと思われる。だが、その機体構造、武装、材質のどれをとっても、ジオンの培ってきたものとは異なる未知の技術の塊だった。
何より、機体のブラックボックスに残されていた『V作戦』のデータ。それらはたとえ不完全な断片であっても、連邦のMS開発の根底を白日に晒す、極めて貴重な手がかりだった。
何重にも強固にかけられた暗号防壁こそが、この計画の重要性を物語っている。ジオンの技術者たちは、持てる技術と人材を総動員して解析に当たった。もっとも、中には半ば「趣味」として熱中し、寝食を忘れて没頭した挙げ句、基地の通常運営に支障をきたす者まで現れる始末だったが。
しかし、彼らの異常な熱意によって、データは着実に紐解かれつつあった。
ペガサス級強襲揚陸艦、SCV-70『ホワイトベース』
RX-75『ガンタンク』
RX-77『ガンキャノン』
そして──RX-78『ガンダム』
用途の異なる複数のMSと、それらを運用する専用母艦による「独立戦闘ユニット」の開発と配備。これこそが、連邦軍が推し進める『V作戦』の根幹であるようだった。詳細な性能までは未だ闇の中だが、連邦のMS開発がすでに軌道に乗り、実戦データの収集段階に移行しているのは確実だった。
開戦から10ヶ月。ジオンが何年もの歳月を費やして準備し、ようやく実用化したMSという兵器体系を、連邦は一年と経たずに実戦投入のレベルまでこぎつけている。その事実が、解析室に重苦しい沈黙を落としていた。
「実際に戦った者の見解としては、あれは我が方のMSよりも強い」
「あまり大きな声で言うな、シャア。兵たちが聞いている」
騒然とするハンガーを並んで歩きながら、ガルマとシャアは、突きつけられた『V作戦』の脅威について評価を交わしていた。
ザクをはじめとするMSはジオンの誇りであり、その兵器としての先進性と優位性こそが、この戦争遂行の根幹だったはずだ。それが、いま大きく揺らぎつつある。
「ガンタンクとやらのリバースエンジニアリングを、急がせねばならないな」
「ああ、技術者たちがやる気満々なのだけが救いさ」
「趣味で解析に没頭して業務を滞らせている連中は減給だがな」
ガルマのぼやきを余所に、ハンガー内では技術者、科学者、研究者たちが右往左往しながら激しい議論を戦わせていた。「これは何のパーツだ?」「ここなら使える!」「こっちの処理はジオンの方が上だ」「この部品はうちの班によこせ」「決裁取ってこい」
おもちゃを取り合う子供のようだ、とガルマは苦笑する。だがMSという最先端の巨大兵器に携わる者たちに共通するのは、結局のところ夢やロマンなのだろう。ジオンの技術的優位が揺らいでいることは、開発の最前線にいる彼らこそが最も痛感している。だからこそ、技術者としてのプライドが燃え上がっているのだ。より強く、より洗練されたモビルスーツを創り上げるために。
「フラナガン機関の技術とやらが、本当に役に立つものなら良いのだがな」
「姉上があれほど念を押されていたんだ。連邦にその研究成果が渡る前に、何としても研究所ごと壊滅させるさ」
「一体どんな研究なのか、少しは教えてもらいたいものだが」
二人が、ハンガーの片隅で腕を組む一人の男へ視線を向けた。男は眉間に深い皺を寄せ、冷徹な目で1機のMSを見上げている。わざわざフラナガン機関から持ち込まれたという機体だ。
全身は蒼く塗装され、両肩だけが血を思わせる鮮烈な赤に染め上げられている。『イフリート改』。ご丁寧に、専用の整備部隊まで引き連れての着任だった。
到着時の挨拶は、極めて簡素なものだった。
「ニムバス・シュターゼン中尉であります。キシリア閣下の勅命により参りました」
それだけだ。肝心の研究内容や機体の詳細を尋ねても、「軍事機密であります」の一点張りで、取り付く島もなかった。
「あの機体にも、その『研究成果』とやらが搭載されているようだな」
「ああ。頭部ユニットが通常機よりも異様に大型化している。MSの新型制御技術とは聞いている」
「イフリートか。格闘戦用としては、なかなか面白そうな機体だな」
「君も乗ってみるか? ここにもあるぞ」
「あるのか?」
「ベース機は、もともとこのキャリフォルニア基地で開発されたものだからな。機体性能は高いが、量産に不向きな構造だったため、生産数はわずかだ。部隊運用からは外され、今は武装や新技術のテストベッドとして使っているよ」
「赤く塗っておいてくれ」
「急がせよう。君のようなエースに使ってもらえれば、良質なデータが取れる」
「それにしても、ラル大尉がここにいなくて良かったな。あの蒼い機体を見たら、自分のものだと主張して譲らなかっただろう」
冗談を交わし、笑い合う二人の元へ、血相を変えた通信兵が駆け込んできた。五大湖方面を偵察中だった斥候部隊が、全滅したという。
「2個小隊が壊滅しただと?」
「MSらしき謎の機体に襲撃されたと」
「らしき、とはどういうことだ」
「それが…視認不能なほどの超高速で動く『蒼い影』に襲われた、と」
「青い影だと!」
それまで黙然と機体を見上げていたニムバスが、弾かれたように険しい表情で割り込んできた。
「ガルマ大佐、見つけました。裏切り者のクルスト博士は、そこにいます!」
ニムバスに急かされるようにして、強襲部隊は発進した。実際、猶予はなかった。連邦の秘密研究所は、これまでジオンの目を欺き、隠蔽されていたからこそ、その地で安寧と研究を継続できていたのだ。ひとたびジオンに位置を察知されたと知れば、彼らは即座に機材をまとめ、別の安全圏へと撤退してしまうだろう。そうなれば再び探し出すのは至難の業だ。その期間に研究が完成してしまうかもしれない。
強襲部隊を乗せたザンジバル級戦艦は、一路、五大湖を目指した。偵察隊が壊滅した座標から逆算し、敵研究所はエリー湖とオンタリオ湖に挟まれた『ハミルトン』周辺の田園地帯に潜伏していると断定された。
付近の工業都市は生産拠点として勢力圏に組み込んでいる。だが田園地帯という広大な土地そのものを監視するには人手が足りない。生産物の流通、集積を担う組織を支配する事はできた。だが土地の支配に対しては常に多くの人員を要求される。何よりジオン支配圏のエアポケットのような場所で、最新の研究を行っているとは想像もできなかった。だからこそクルストの亡命も可能だったのだろう。
「ナイアガラの滝の近くか。まさか滝の裏側に秘密基地を隠しているわけではあるまいが。観光に興味を持っていれば、もう少し早く見つけられたかもしれないな」
ガルマは少し不満げに作戦図を睨みつけた。自身の管轄区域である北米に、連邦軍の拠点がのうのうと居座っていた事実は、司令官としてのプライドが許さなかった。何より本国のキシリアへの面目も立たない。一刻も早く、跡形もなく破壊せねばならなかった。
夜陰に紛れ、ザンジバルはハミルトンの北東100キロの空港に着陸した。かつては国際空港だったようだが、今はその機能を失い放棄されている。
ここからならMSでも高速道路沿いに迅速に進軍できる上、ハミルトンへ近接する際は、森林地帯を遮蔽物として利用できる。仮に敵が南方へ逃走を図っても、そこはすでにジオンの勢力圏だ。川を使って東へ逃げようとも、水路には先んじて潜水艦隊を派遣し、完全に封鎖している。
「各機、システム起動!」
ガルマの号令とともに、MSの起動システムに火が入る。
先陣を切るのは、ニムバスの蒼き『イフリート改』。そしてその隣には、約束通り赤く染め上げられたシャアの『イフリート』。後方には、施設破壊用の重火器を装備したザクⅡJ型が6機。そして最後尾に、指揮官機であるガルマの『ザクⅡFS型』。
「整備兵たちの塗装の腕が上がったな」
シャアの無線から、満足げな声が漏れる。戦艦の狭い格納庫内という劣悪な環境のなか、整備兵たちはスプレーガンを握り続けていたのだ。その甲斐あって、闇夜の中でも自己主張を激しく放つ、まさに『赤い彗星』の乗機に相応しい姿に仕上がっていた。
シャアが滑らかな動きで機体の稼働チェックを行う。その隣で、ガルマもまた慎重にレバーを握り、計器類を確認していた。ガルマにとって、MSでの実戦は久々のことだ。現場の指揮はシャアに任せても良かったのだが、どうしてもフラナガン機関が拘る『イフリート改』の、そしてそのシステムの実力を自分の目で確かめておきたかったのだ。
「ガルマ、念を押すが君は後衛だ。突出するなよ」
「分かっているさ。包囲網の指揮はしっかり執る」
「大佐、参りましょう。薄汚い裏切り者が、また別のネズミ穴へ逃げ出す前に」
ニムバスが待ちきれぬとばかりに、ヒート・サーベルのグリップに手をかけ先を促す。
イフリート改を先頭に、計9機のMSが静まり返ったハミルトンの街道を進む。連邦軍の防衛施設も、警戒監視用のレーダーサイトも見当たらない。不気味なほどに平穏な道程だった。この先に本当に研究所など存在するのか、一瞬の疑念がガルマの脳裏をよぎる。
頭上からは、冷徹な月光が木々の長い影を地面に落としていた。MSの全高と変わらない程度の、まばらな針葉樹が広がる森。視界は決して悪くない。
「ザク部隊は散開しつつ、森を西側から迂回。シャアとニムバス中尉は、このまま街道を直進してくれ」
ガルマが全軍へ指示を飛ばし、ザクが指示に従い左右へ広がり始めた。その瞬間だった。
甲高い連続音が空気を割り、先頭を進んでいたザクの機体から猛烈な火花が何度も飛び散る。
各機が状況を確認しようとした瞬間、胸部装甲が吹き飛んだ。
「敵襲──!」
木々を飛び越え、質量を無視したような人型の影が、上空から襲いくる。
月光に照らされ光るその機体色は、まさしく『蒼い影』そのものだった。
蒼い影は、胸部を破壊されてバランスを崩したザクの懐へ一瞬で潜り込むと、容赦なくビーム・サーベルを突き立てた。すでに機能停止し沈黙していた機体への、無慈悲で完璧なとどめだった。
9機ものMS部隊を単機で相手にしながら、一切の躊躇なく、確実に1機ずつを屠らんとするその執念。モニター越しでさえ、ガルマは背筋が凍りつくような戦慄を覚えた。
「やはり完成していたかEXAMッ!」
咆哮が響き渡った。ニムバス・シュターゼンだ。それは殺意と、狂気の声だった。主の激情に呼応するかのように、蒼きイフリート改のジェネレーターが、重苦しい駆動の重低音を轟かせる。次の瞬間、機体のモノアイが、禍々しい血の赤へと染まる。