【機動戦士ガンダム】七色の新星ガルマ・ザビ 作:おかかと梅干
「EXAM!」
蒼い影は月光を受け、亡霊のように立ち上がりイフリート改に向きなおる。
ニムバスの咆哮を正面から受け止めると、睨みつけるように、バイザーに隠された双眸を血の赤へと発光させた。
「連邦に魂を売った、偽りのブルーがッ!」
蒼い影「ブルー」は狂気的な駆動音を響かせ、生き物が息を吐くように、機体各所のスリットから白い排熱を放出する。
イフリート改は猛然とブルーへと迫り、右手のヒート・サーベルを叩きつける。ブルーはビーム・サーベルで受け止め、同時に胸部有線ミサイルを至近距離から射出した。イフリート改が即座に左手のサーベルの腹で受け止めるが、両者の直近で激しい爆炎と爆風が吹き荒れる。その衝撃を利用するように、二機は同時に後方へと跳ぶ。
着地はイフリート改がわずかに早い。大推力スラスターを爆発させ、地を滑るように距離を詰める。ブルーが着地したその刹那、すれ違いざまに灼熱の刃を薙ぎ払う。
だが、ブルーは頭部と胸部のバルカンをヒート・サーベルの刀身へ向けて斉射した。不規則な着弾の衝撃で、イフリート改の刃の軌道がわずかに逸れる。ほんの一瞬の乱れ。怪物相手には大きな隙だった。ブルーは関節をよじり、大振りの刃を紙一重でかわしてみせる。
蒼い機体同士が、互いのサーベルで切結び、至近距離で火花を散らし睨み合う。
次の瞬間、互いが右へと回り込むように地を駆けた。イフリート改が左腕のグレネード・ランチャーを連射すれば、ブルーはすぐさま100ミリマシンガンを抜き放ち応射する。マシンガンの甲高い連射音が夜の森に響くたび、空中でグレネード弾が撃ち落とされ、止まらぬ弾丸がイフリート改の装甲を高速でかすめ火花を散らす。
「あれが、モビルスーツの動きか!?」
攻撃の隙を伺うシャアの口から、驚愕の呟きが漏れた。自らのMS操縦技術は他の追随を許さないという自負がある。だが、目の前で繰り広げられる戦闘は、もはやMSの範疇を超えていた。互いに武器と殺意を限界までぶつけ合い、金属の軋みは獣の唸り声を思わせる。もし機体に口があれば、互いの装甲を噛み千切り合っているのではないか。そう錯覚させるほどの狂気。
「あまり、気は進まないが……」
気圧されて手をこまねいていては「赤い彗星」の名が廃る。
赤く染め上げられたシャアのイフリートが、手にしたショットガンを放った。完璧な不意打ちのはず。だがブルーは獣じみたステップで散弾をかわし、着地を待たずにマシンガンの銃口をシャアへと向けた。
シャアもまた、機体を左右に激しく機動させながらショットガンを応射する。激しい銃撃戦。だが、互いに致命傷は与えられない。時折、弾丸が互いの装甲を掠めて火花を散らすのみだ。
シャアは激しい銃撃の中で、冷や汗とともに気がついた。
──あいつは、私を見ていない
ブルーの不吉に光る赤い瞳は、シャアを捉えていなかった。激しい撃ち合いの最中でさえ、その標的はただ一機、ニムバスの蒼いイフリート改から微塵もブレていない。息を整えるような激しい排熱を繰り返しながら、ただ一途な殺意で獲物を睨みつけている。
ガルマは銃弾の一発も撃てないまま、動けなかった。敵味方が縦横に動き回る中で下手に撃てば仲間に当たる。いや、そもそもどちらにも当てることができるとは思えない。
僚機のザクもそうだ。白いMSガンダムとはまた違う異常な機体の姿に、魂を抜かれたように動きを止めていた。
「これが、クルスト博士の研究成果か……」
モニター越しにその光景を見ていたガルマは、姉キシリアの言葉を思い出していた。あのシステムが連邦で量産されれば、ジオンに勝ち目はない。だからこそ、ここで処理せねばならない。
ガルマは自分がここにいる意味を思い出すと、僚機に指示を飛ばす。
「ザク隊、ブルーを囲むぞ! 包囲して奴の機動力を削げ!」
蒼い二機が再び近接で切り結ぶ隙を突き、ザク部隊が包囲へと動く。蒼いMS達の加速に比べれば、ザクの動きはあまりにも緩慢だった。
ザクの1機が移動しながらバズーカの引き金を引いた、その瞬間だった。ブルーはイフリート改と刃を交えたまま、見向きもせずに左手のマシンガンをザクへ向けた。凄まじい連射。放たれたバズーカの砲弾が銃撃によって空中で爆発し、その爆風でザクの左腕が吹き飛ぶ。吸い込まれるような精密射撃がザクの頭部、胸部へと着弾し、装甲を一瞬で蜂の巣へと変えて粉砕した。
「片手間に、我が軍のザクを……!」
ガルマは奥歯が痛むほどに噛みしめた。圧倒的な実力差への悔しさと、何より生物として「あそこに近づけば死ぬ」という、恐怖心の警告ををねじ伏せるために。
激突の余波で、蒼い二機が再び距離を取った。ブルーが滑らかな動作でマシンガンの弾倉を交換する。そのわずかな隙を、ニムバスが見逃すはずがなかった。
イフリート改が地を蹴り、猛烈なスピードで肉薄する。直線的な突撃ではない。左右へのフェイント、スラスターの瞬発的な明滅による加減速を織り交ぜる。
ブルーが反射的に放つマシンガンの高速弾を、ニムバスは機体を滑らせてかわし、避けきれない弾丸は、手にしたヒート・サーベルの腹で弾き、受け止める。肉薄するにつれて被弾の火花が増していく。だが、ニムバスはその猛火を耐え抜き、ついにブルーの背後を取った。
灼熱したヒート・サーベルを、死角から鋭く突き、そして薙ぐ。しかしブルーには死角がないのだろうか。上体をひねり、深く沈み込むことでその連撃をことごとく空を切らせた。
獣のような俊敏な回避だった。だが一瞬の硬直を「赤」のイフリートは見逃さない。
「あまり無視しないでもらおうか」
割り込んだシャアのイフリートが、灼熱するヒート・サーベルの一閃でブルーのマシンガンの銃身を切り落とす。さらに勢いのままに、ブルーの頭部を強烈に蹴り上げた。
体勢を崩した敵へ、間髪入れずに至近距離からショットガンを放つが、ブルーが咄嗟に掲げたシールドに阻まれる。重々しい衝撃音が響く。
硝煙が漂うシールドの端から、血のように赤い二つの瞳が、今度こそ明確にこちらを睨みつけた。
「やあ、赤い彗星だ。お見知りおきを」
その言葉に応じるように、ブルーが頭部バルカンを斉射した。シャアはイフリートの顔を寸前で反らし、至近の弾丸を紙一重でかわす。
「そう熱くなるな」
シャアは返す刀で左手のヒート・サーベルを叩きつけた。ブルーは辛うじて盾で受け止めるが、灼熱の刃が、連邦の肉厚なシールドを徐々に赤く溶かし始める。
そこへ、獣が唸るような駆動音とともにニムバスのイフリート改が割り込み、ヒート・サーベルを容赦なく振り下ろした。
防ぎきれないはずだ。だがブルーは、捨て身の体当たりを仕掛ける。二機の蒼が激しくもつれ合い、夜の泥土を転がった。
激しくぶつかり合う金属音のあと、膝をついたまま二機の蒼が睨み合う。ブルーが唸るような排熱を周囲に吹き出した。すさまじい高温の熱気が、周囲の大気を陽炎のように歪ませる。
突然バイザーの奥で、赤い瞳が不規則な明滅を繰り返した。頭部が何かに抗うように小刻みに揺れ動く。ブルーは頭を抱えるように立ち上がると、包囲網の背後をめがけて猛然と走り出した。
イフリート改が追撃しようとするが、直前の衝突の衝撃か、脚部が追従しない。排熱口からは止まることなく熱風を吐き出している。
ブルーの進路上には、ザクの包囲網があった。背部のスラスターを全開にして、立ち塞がるザクへと肉薄する。ビーム・サーベルを起動し、すれ違いざまの一閃でザクの胴体を一刀両断に切り捨てた。
同僚を失った恐怖を噛み殺し、ザクの1機がバズーカを狂ったように乱射する。だが、ブルーは爆風を跳躍で飛び越え、空中での振り向きざまに、頭部と胸部のバルカンを猛射した。
浴びせかけられる弾丸の雨に、ザクは身を守るように両腕で上半身を庇う。そこへ、ブルーの胸部から有線ミサイルが叩き込まれた。
激しい爆炎が夜の森を赤く染める。ブルーはその火柱を背に受けながら、ハミルトンの深い闇へと走り抜けていく。その姿は一筋の蒼い影となり、やがて完全なる宵闇へと溶け込んで消えた。
「全機、追うな!今は追撃を中止しろ!」
無線機からガルマの、悲痛だが冷静な制止の声が届く。
「これ以上の追撃は戦力が足りない。それよりも負傷兵の救助を優先するんだ」
シャアとニムバスというエースを並べ、9機ものMSで囲みながら、たった1機のモビルスーツを討ち取れなかった。他にも、これと同レベルの化け物が連邦にいるかもしれない。戦力を消耗した現状での深追いは愚策だ。ガルマは冷静にそう判断した。
だが、コックピットの中で、ガルマは己の両手を見つめていた。本当は、あの底知れないMSに、怯えていただけかもしれない。
「あれではまるで蒼い死神だ」
やがて、深い森の闇を引き裂くようにザンジバル級戦艦が降下してくる。ガルマたちは硝煙の立ち込める戦場から、物言わぬザクの残骸と、息のある負傷兵たちを静かに回収していった。