【機動戦士ガンダム】七色の新星ガルマ・ザビ 作:おかかと梅干
「……あれは、一体なんなんだ?」
ガルマの問いに、答えられる者はいなかった。
ザンジバルの作戦室には、戦闘を終えたばかりの者たちが集まっている。しかし、生還を祝う空気などどこにも無かった。
ガルマは疲労の色を隠せず、椅子に深くもたれかかった。
「ザク部隊で無事だったのは、アポリーとロベルトだけか……」
隣り合わせに座る二人は、いまだに青ざめた顔を引きずっている。どちらの顔色がより悪いか、互いに力なく笑いあうのが精一杯の強がりだった。
その重苦しい沈黙の中で、シャアだけはいつもと変わらない様子でアイスコーヒーを口にしている。一方、ニムバスは腕を組み、いつものしかめ面を浮かべて一点を睨みつけていた。
「ニムバス中尉」
ガルマが顔を上げる。
「さすがに、もう教えてくれるだろう」
ニムバスは黙っている。
「連邦のブルー……あの機体は何だ?」
返事はない。ガルマは居心地悪そうに座り直した。
「イフリートにも搭載されているのだろう? クルスト博士が研究していたものが」
ニムバスは静かに目を閉じ、しばらく沈黙した後、ようやく重い口を開いた。
「機密事項です」
「……分かっている」
ガルマは深くため息を漏らした。
「だが、私たちはもうあれを見た。あの蒼い死神のようなモビルスーツを。このまま正体も分からずに戦い続ければ、任務を達成するどころか、全員死ぬぞ」
シャアがアイスコーヒーを一口飲み、引き継ぐように言葉を重ねた。
「連邦のブルーと同じ動きができる機体……君のイフリートも同じなのだろう?」
グラスの氷を、ストローでくるくると回しながら話を続ける。
「乗ってみて分かったよ。イフリートは良い機体だ。だが、あのような獣じみた戦いのできるモビルスーツではない」
シャアは仮面の下の視線を、ニムバスへとじっと向けた。
「私には、あの機体がパイロットの技量だけで動いていたとは思えない。何かが……パイロットの領域を超えて、機体を駆動させていた」
ニムバスは静かに目をつむり、沈黙を続けた。やがて、覚悟を決めたように目を開く。
「私のイフリートと、あのブルーには……『EXAMシステム』が搭載されています」
「EXAM?」
ニムバスは一度目を伏せた。
「ニュータイプを殺すためのシステムです」
その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が静かに変わった。
「ニュータイプを……?」
「はい」
ニムバスは低く硬い声で語り始めた。
「ジオン・ダイクンは、人類が宇宙へ進出することで新たな段階へ進化すると説きました。その中で語られたのが、ニュータイプです」
「人間同士が、互いを誤解なく理解できるようになる……という話だな」
ガルマが自分の認識を口にする。だが、それは彼にとっても思想や概念に過ぎなかった。実際にそれを証明できる人間など、存在するはずがないと信じていたからだ。
「EXAMシステムを開発したクルスト博士は、もともとフラナガン博士のもとでニュータイプを研究していました」
「ニュータイプの研究が、兵器の開発と何の関係がある?」
「フラナガン機関で行われていた研究は、哲学や思想としてのニュータイプではありません」
ニムバスの視線が、過去を追うように遠くなる。
「生物としてのニュータイプです」
ガルマが眉を上げた。
「本当に進化した人類を、見つけたとでも言うのか?」
「少なくとも、博士はそう考えるに足る存在を見つけました」
ニムバスは、どこか懐かしそうに目を細める。
「マリオン・ウェルチ。まだ14歳の少女です」
彼女には、他人の感情や思考を感じ取り、その人間が何を考えているのかを理解する能力があった。顔を合わせる必要すらない。壁の向こうであっても、その精神の共鳴は変わらなかった。
ただし、それは一方通行だった。
マリオンには相手が理解できても、相手の側からマリオンの内面を理解できるわけではない。
「彼女は、ニュータイプという概念の一端を、初めて現実の存在として示した人間だったんです」
ニムバスの言葉に、ガルマは考え込む。
「では、フラナガン機関は、その能力を研究していたと?」
「彼らはマリオンの力を『ニュータイプ能力』と呼んでいました」
クルストは、マリオンの能力を軍事的に利用しようとした。マリオンが他者を理解するために使う、通常とは異なる感覚──その現象を解析し、再現する。
「彼らは、マリオンの感覚を何らかの形で機械に取り込めないかと考えました」
ガルマは落ち着きなく、前髪を一房つまみいじる。
「ニュータイプの能力を、兵器として再現しようとしたのか」
だが、研究は思うようには進まなかった。
「マリオンはかいがいしく、クルストに協力していました。彼女も自分の力が人のためになるのは嬉しかったのでしょう」
彼女は自分の感覚を、誤解なく伝えようとした。
宇宙が蒼く見えるあの感覚を。その中で人と触れ合うあの感覚を。触れ合ったときの、遮る物のない透明な感覚を。
しかし、彼女から伝えるには、結局は言葉に頼るしかないのだ。より誤解なく伝えるために──マリオンは、クルストの心を読んでみせた。
その時だった。クルストは気付いてしまった。
自分が隠していた醜いもの。誰にも知られたくなかった自分の内面を。それを、14歳の少女がすべて理解しているという事実に。
彼女にとっては、ただ「分かった」だけだったのかもしれない。しかし、クルストにとっては違った。
「……自分の心を、覗かれた」
シャアがポツリと呟く。
ニムバスは静かに頷いた。
「クルストは、ニュータイプという存在そのものを恐れるようになりました」
人間同士が理解し合う。かつてダイクンが語った理想。だが、クルストが実際に体験したのは、その逆の恐怖だった。
自分だけが理解され、自分は相手を理解できない。それは「理解」ではなく、一方的に「暴かれること」に近かった。
「彼の考えは歪んでいきました」
ニムバスの声が一段と低くなる。
「もし、ニュータイプが増えれば普通の人間はどうなるのか、と。ニュータイプだけが人間の内面を理解できるのなら、やがて彼らは普通の人間を必要としなくなるのではないか。理解される側にしかなれないオールドタイプは、ニュータイプに支配されるのではないか……と」
「クルストは、ニュータイプを人類の進化とは考えなくなった」
「……敵と見なしたわけか」
ガルマが硬い声でつぶやく。
「そうです」
そして、研究の目的も変わった。ニュータイプの能力を利用する、それだけではない。ニュータイプより強い力を作る。それこそが、クルストの新たな目標になった。
マリオンの他者を理解する感覚を解析し、システムに再現させる。そして、その情報をパイロットの脳へ返す。
「相手の考えを理解できれば、戦場でも有利になる……そういうことか」
シャアの言葉に頷き、ニムバスは続ける。
「ですが、クルスト博士にはそれだけでは不足でした。人間の限界。機械の限界。その両方を超えなければ、ニュータイプには届かない。だからEXAMは、パイロットを単に補助するだけのシステムではなくなったのです」
EXAMは戦場の殺意や恐怖を感じ取り、パイロットへ過剰なまでのフィードバックを流し込む。機体を限界まで動かすために、パイロットには限界を超えた肉体的・精神的負担を要求する。
その結果、EXAMは兵士の命すら削りながら、通常では不可能な機動を強制的に引き出す、呪われたシステムへと変貌していった。
「そして、ニュータイプを殺す力を持った兵器になった……」
ガルマは黙っていた。シャアも、何も言わない。アポリーとロベルトは話のスケールについていけないかのように、お互いの顔を見合わせるのが精一杯だった。
「ニュータイプを殺す力を得たEXAMは、ニュータイプを探しています」
ニムバスの言葉は、EXAMシステムが意思を持つ生物のように扱っていた。
「EXAMはマリオンと同じ感応波を使い、戦場を把握します」
「感応波?」
その言葉に、シャアが不思議そうな顔をする。
「ニュータイプが他者を理解するときに発している、特殊な脳波……そう考えられています。研究者によって呼び方が違いますが、EXAMにはマリオンから得られたその波がコピーされ、組み込まれているのです」
「つまり、EXAMもニュータイプと同じ感応波を出しているのか?」
「そうです」
ガルマは目を見開き、つぶやく。
「ではEXAM同士は、互いをニュータイプとして認識するのか」
「EXAMはニュータイプを認識した時に最も強く反応します。ニュータイプを殺すために、モビルスーツを死神へと変えていく」
蒼い機体とイフリート。互いにEXAMを搭載した二機が、異常なまでに激しく殺し合った理由。ニュータイプを殺すために生まれたシステムは、その存在意義を果たすために。
「だから、EXAM同士は互いに殺し合う」
部屋に重苦しい沈黙が落ちた。
ガルマが疲れた顔で目を閉じた。
マリオン・ウェルチ。14歳の少女。
人は誰しも、他人に触れられたくないことを心に隠して生きている。14歳の少女には、それが理解できなかったのだろうか。善意のままに他者の心を暴くその力は、あまりにも無邪気で、それゆえに酷薄だ。
(もし、私と彼女だったらどうだろうか)
──イセリナ
ガルマは愛する人の、あの穏やかな微笑みを思い浮かべた。私たちは、どれだけ互いを分かり合えるようになるだろう。暴き合うのではなく、互いを思いやり、隠された傷ごと抱きしめ合える関係でありたい。それこそが、人間のあるべき姿ではないのか。
「その少女は、まだ研究に参加しているのか?」
「マリオンはEXAMが完成したその日、昏睡状態に陥りました」
「何があった?」
「原因はわかっていません。ただ……」
ニムバスは静かにつぶやく。
「マリオンの精神をコピーしたEXAMは、彼女自身にとって代わったのかもしれません」
シャアがポツリとこぼす。
「……皮肉なものだ」
「何がでしょう?」
「人間同士が誤解なく理解し合う。それが、ニュータイプという思想の始まりだった」
シャアはすっかり氷の溶けたグラスを見つめる。
「それを理解できなかった男が、ニュータイプの力だけを理解し兵器に変えた。そして最後には、ニュータイプを殺すために使った」
シャアは静かに続ける。
一瞬、見たことも無いはずの少女の顔が彼の脳裏をよぎった。
「クルストが恐れたのは、ニュータイプという概念そのものだったのか?」
シャアは仮面の下で目を細める。
「あるいは……自分の心を理解してしまった、少女そのものだったのかもしれないな」
だからクルストは彼女に呪いをかけた。EXAMとして自分を殺し合わせるために。
その問いに、答えを出せる者はいなかった。
◇◇◇
夜が明け、やがて太陽は中天をさす。
ガルマは作戦室の指揮卓を叩き、力強く告げる。
「これより、ハミルトンへ再攻撃を仕掛ける!」
ガルマとしては機体の修理の時間が欲しい。戦力の補充も行いたい。だがその時間をかける事は許されなかった。
──敵に逃げられる前に
これが大前提だからだ。
夜襲は避けた。ブルーが、EXAMが視覚に頼らず動きを探知しているのなら、闇はむしろ不利に働く。相手は白いMSガンダムに匹敵する化け物だ。考えうる条件は全て考慮した。
不安は残る。だがやるしかない。自分には出来ない事をやってのける部下たちがいる。彼らが力を発揮できる環境を作れば良い。それが英雄ではないガルマの戦い方だ。
ガルマ、シャア、アポリー、ロベルト、彼らの機体は幸いにも損傷はなかった。だがEXAMに対抗できる機体、イフリート改はひどく損傷していた。
装甲の破損は修理できた。戦いの激しさに比べ、被弾は極めて少なかったからだ。だが機体構造そのものは、応急処置でごまかせる範囲を超えた損傷を負っている。
限界を越えた機動を続け、ブルーと交戦していたのだ。関節は悲鳴をあげ、フレームは歪んでいる。ジェネレーターは無事だが、追いつかない排熱は内部を焦がし、電子機器の機能を低下させている。
フラナガン機関から派遣された整備兵達はよく働いた。命綱となるEXAMだけでも完璧に機能するよう、調整とメンテナンスを行った。この機体がもう保たないのは彼らが一番分かったであろう。だからこそ、パイロットが最後まで戦えるように手を尽くした。
ニムバスが操縦席へ乗り込む。機体を起動させると、座席の背後からジェネレーターの低い作動音が響く。
「……マリオン」
ニムバスの顔をモニターの光がうっすらと照らす。ハッチの向こうに広がる真昼の光とは対照的に、コックピット内は暗く、そして冷たい。
「必ず私がEXAMを破壊する」
ニムバスは操縦桿を強く握りしめる。
「お前を必ず解放する」
細い少女の手が、ニムバスの手に重なる。
「EXAMを破壊する──全てのEXAMを!」
少女は悲しそうに微笑みかける。少女の体は傷つき、引き裂かれていた。
「EXAMの騎士であるこの私が、必ずお前を助け出す!」
少女の傷からは血が流れている。その色はEXAMの瞳を染める、あの色だった。