【機動戦士ガンダム】七色の新星ガルマ・ザビ 作:おかかと梅干
EXAMとの戦いの後、ガルマは機甲部隊を呼び寄せた。
ギャロップを中心に数機のマゼラアタックを配備し、残骸となった研究所の周囲を固める。砲口が向いているのは内ではなく外だ。連邦が事態を察知し、救出部隊を派遣してくる可能性を考慮したのだ。
同時に、航空部隊と陸上部隊を動員し、五大湖周辺の徹底的な調査を開始した。他に連邦の秘密基地が存在している可能性は捨てきれない。北米でこれほどの事態が何度も起こっては、北米方面軍司令官としての沽券に関わる。
「しばらくは、人と物流の監視を強めねばならんな」
臨検や身体検査の強化は、当然、現地住民の心象を著しく損ねるだろう。だが今は我慢してもらうほかなかった。せめて兵たちが嫌がらせを行ったり、不当な手数料を巻き上げたりせぬよう、軍律の引き締めだけは徹底せねばならない。
ガルマは執務室の椅子に深く身体を埋め頭を抱えた。寝不足が続いたせいもあるだろうが頭が重い。
「……もっと、住民の心を掴んでいれば良かったのだろうか」
呟きが静かな部屋に虚しく響く。
もし住民がジオンに好意を持ち協力的であったなら、秘密研究所の存在を、事前に情報提供してくれていたのだろうか。
もっと兵がいれば、もっと人がいれば……。だが何をするにも人員は常に不足していた。
兵器の開発自体は日進月歩で変化している。地球環境に特化した新兵器、モビルアーマーの開発と生産も進んでいた。
だが、それを操る「人間」はどうだ。
戦前から鍛え上げてきた熟練のパイロットたちは、激戦の中で確実に数を減らしている。今回のEXAMを巡る一連の戦いでは、ニムバス中尉を含め5人もの貴重なパイロットを失ってしまった。斥候隊を含めればさらに4人。
戦場での経験と高い操縦技術を持った兵の損耗こそが、この戦争におけるジオン最大の頭痛の種であった。
一部では現地住民や他サイドからの志願兵も採用し始めてはいるが、その忠誠心は完全に信用が置けるものではない。
「EXAMシステムか……」
あのシステムがもし手に入れば、ろくな訓練を受けていない新兵でもまともに戦えるようになるのだろうか。最新鋭のモビルスーツを与えれば、あの白いガンダムさえ打倒できるかもしれない。量産化に成功すれば、パイロットの補充問題の大半は解決する。もし、あのEXAMを──
パンっ!
小気味いい、痛烈な音が執務室に響いた。
ガルマが自分の両手で、強く頬を挟み込んでいた。もともと血色の薄い白い頬に、鮮烈な赤い手形が浮かび上がる。
「……寝不足だな」
自嘲気味に息を吐く。安易な問題解決の誘惑に囚われ、妄想を膨らませてしまった。己の弱さが酷く恥ずかしい。
ガルマは思考を振り切るように電子端末を開くと、目まぐるしく指を動かし始めた。
破壊されたインフラの把握、復旧の優先順位の策定、生産量と物流の差異の調整、市民の生活拠点および活動範囲の把握……。
やらなくてはならない現実の公務は山積みだ。妄想に費やす時間などない。
この後、少し寝よう……。
***
数日後。フラナガン機関と諜報部からなる調査チームが、本国より送り込まれてきた。
EXAMに関して流出した情報の量と質、その伝播範囲、関係者の洗い出し、そしてEXAMシステムに連結された連邦側の技術、それらを徹底的に調べ上げるための専門チームだ。
彼らの任務には「不都合な真実の隠蔽」が含まれていることを、ガルマは察していた。
今回派遣された諜報部は、正規の軍籍を騙りながらも、実際はキシリア・ザビの息がかかった「キシリア機関」の秘密部隊だ。キシリアがギレンとの政争を有利に進めるために結成し、私兵のように飼い慣らしている組織だ。
調査チームの一員、フラナガン博士は回収されたEXAMシステムの残骸を前に、最初は顔を青くし、次に興奮を瞳に宿し、最後に肩を落とした。開発者であるクルスト博士が連邦へ亡命した後、フラナガン機関ではEXAMの再開発が完全に頓挫していた。連邦軍はクルストの寝返りがあったとはいえ、短期間で量産化までやってのけたのだ。
その技術的敗北が、博士には耐え難いようだった。
結果として、全てのEXAMは破壊された。
残されたのはモビルスーツの戦闘記録と、イフリート改を修理した際に残されたシステムデータのみ。無駄ではないだろうが、肝心のEXAMシステムが消失した今、どれだけの価値があるか分からない。
「今回の戦闘記録一式は、私どもの方で回収させて頂きます。ザビ家の方に申し上げるのは誠に心苦しいのですが、この件に関しては皆様とも、どうかご内密に」
「捕虜も連れて行く気か?」
「遺体を含め、こちらで全て処理いたします。尋問記録の回収及び尋問官との面談をさせて頂きます。今後この件で司令のお手を煩わせるつもりはございません。ご協力をお願いいたします」
ガルマは不満をあらわに腕を組む。
死者まで出した作戦のその全てを回収し、何一つ残さぬとは。
「私は北米方面軍の司令官だ。知る権利はあると思うが?」
情報部員は細い目を更に細め、わずかに頭を下げて告げる。
「キシリア閣下は、司令の管理不足を咎めてはいらっしゃいません。ご安心下さい」
重要人物の亡命を許しておきながら、お互い様だから首を突っ込むなと言うことか。
ガルマは内心を表情には出さないように努めたが、どれだけ意味があったか。
「分かった。EXAMに関してはお前たちに協力しよう。ご苦労」
ガルマの言葉に、調査チームの責任者は慇懃に頭を下げた。
ハミルトン研究所の防衛に就けていた機甲部隊は、強制的に撤収させられた。今後は諜報部だけで研究所エリアを封鎖するという。用が済めば、忌まわしい実験場は跡形もなく解体され、歴史からも抹消されるに違いない。
「面倒事の根源が手を離れたと思えば、腹も立たないさ」
ガルマは機甲部隊に撤退の指示を出す。マゼラアタックが重く強固な履帯で堂々と進むその先には、何故か不思議な事に、フラナガンらが回収のために並べていた研究機材があった。
***
戦後処理を終えたガルマは、シャアを伴ってニューヤークへと向かった。
ハミルトンからさほど離れていないこの都市は、ジオン公国軍における北米の政治・経済の中心地であり、同時に重要な軍事拠点でもあった。
ニューヤーク基地内にある、ガルマの私室で二人はソファーに腰を落ち着け、ようやく張り詰めた糸を緩めていた。
「シャア、君は生物としての『ニュータイプ』をどう思う」
ガルマの問いに、シャアは手元に置かれたコーヒーカップにミルクを注ぎながら答える。
「にわかには、信じられんが」
組んでいた足をゆったりと組み直し、コーヒーをすする。
「フラナガンから聞いた話だが、戦場に投入された兵士の中に、特異なほど回避率や生存率が高い者が何人か発見されているらしい」
「なるほど。つまり君のことじゃないか、シャア」
ガルマは手にしたスプーンでシャアを指差し、少し茶化して笑いかけた。
「私のは、MSパイロットとしての経験と技術の積み重ねだよ」
シャアは唇の端を僅かに釣り上げるだけで、冗談を受け流した。
「だが、もしニュータイプの存在が実証され、今後その数を増やしていくのだとしたら、ジオン・ズム・ダイクンの唱えたニュータイプ論は、正しく未来を言い当てていたことになる」
「父を予言者扱いしないでくれ」
シャアの声音から、微かに不快感の匂いがする。
「ニュータイプ論は、宇宙で生きることを強制された者たちへ、生きるための夢や希望を示したに過ぎないさ」
「その希望の灯火があったからこそ、ジオンは国として一つにまとまることができた」
「そして、独立戦争という狂気へ国民を駆り立てる炎になった。国民は未だに、その炎の眩しさに目が眩んでいる」
「その炎に、絶えず薪をくべ続けているのもまた、ジオンの国民自身さ」
ガルマの表情に、昏い影が落ちた。
「殺し、殺され、憎しみ合うことで、もう誰も後に引けなくなっている……」
「君の兄上は、連邦を完全に解体するまで、この戦争を続けるつもりかな」
シャアはティースプーンでガルマを指差す。反射する光はナイフのように冷たい。
「……できるなら、やってしまうだろう。そのための緒戦のサイド攻撃であり、コロニー落としだ」
ガルマは、実の兄が主導したあの惨劇「ブリティッシュ作戦」の光景を沈鬱な面持ちで脳裏に浮かべた。
将兵の士気が最も高く、勝利を熱望し、大義という名の狂気に駆られているその一瞬に、ギレンは人類史上最悪の大量虐殺を命じた。熱に浮かされた兵たちは、その行為の意味を深く考えることもなく引き金を引いたのだ。
そして熱狂が冷め、自らの犯した罪の重さに気づいたときには、兵たちはもう引き返すための道を失っている。戦い続けて勝つ以外に、己の罪から逃れる方法がない。
それこそがギレンの狙いだったと、ガルマは分析していた。
「私も、この戦争に勝たなくてはならないことは痛いほど分かっているさ。負ければジオンは滅ぼされる」
「ああ、君たちザビ家だけではない。ジオン公国という国家そのものが解体され、スペースノイドの独立という夢は永久に閉ざされるだろう」
部屋を沈黙が満たす。だが二人の頭の中では、思考がうるさいほど反響している。
「私は兄上を……ギレン総帥を止めるべきなのか、シャア?」
シャアはピクリとも動かず、ただ静かに返した。
「止められると思うか?」
「……方法はあると思うか?」
「殺せるか?」
シャアの声は鋭さと、哀れみを含んでいたのかもしれない。
「私には……」
ガルマはそれ以上、言葉を紡ぐことができなかった。
ただ、力なく首を左右に振る。