【機動戦士ガンダム】七色の新星ガルマ・ザビ 作:おかかと梅干
軍務に専念できればガルマの負担は半分にはなるだろう。だがザビ家の名前の持つ価値がそれを許さない。
ニューヤークにて懇親パーティーが開かれた。表向きはジオン公国の主催だが、実態は現地政権からの強い要望によるものであった。
ガルマの様子を自分たちの目で確かめたかったのだ。政治家たちの間では一時「ガルマ・ザビ死亡」の噂が真しやかに出回ったほどだ。気の早い者は、すでに喪服を用意していたと聞く。
イセリナを通して情報を得られるヨーゼフ・エッシェンバッハは、現地政権の中心となって活動している。エッシェンバッハ本人の政治的素養もさることながら、彼が持つザビ家とのパイプは、ジオン占領下において何よりも貴重だった。
ガルマとしても、政治家や有力者たちとのパイプは常に繋げておきたい。限られた時間の中で多数の人間を相手にするには、こうしたパーティーは都合が良かった。話を長引かせようとする者がいても、社交辞令と共に切り上げて次の相手へと赴くことができる。
何より、イセリナに会える。
ガルマとの繋がりを維持したいエッシェンバッハが、娘を連れてこないわけがないのだ。
必要最低限の装飾に留められたダンスホールで、ガルマは人々の間を回り歩いた。政治家、経営者、組織の理事、その後継者。あるいは、その夫人や令嬢たち。みなそれぞれ、目的と思惑を持って集まっている。名前と肩書、顔を一致させるだけでも一苦労だった。
頭を使うことは苦手ではないし、社交性もある。だが、この時間はあまり楽しめるものではなかった。ガルマの本当の目的は、この後に控えているのだから。
義務と責任を果たしたあとは、もう誰に後ろ指を指される筋合いもないだろう。
ガルマとイセリナは人目をはばかり、静かにテラスへと出た。
この場所は暗黙の了解として、二人だけの空間であることが周囲にも認識されていた。
「久しぶりだな、イセリナ」
「お元気になられたようで嬉しいですわ、ガルマ様」
二人が顔を合わせるのは、あの目覚めの日以来だった。あれ以来ガルマはいくつもの凄惨な戦いをくぐり抜けている。イセリナがその軍事行動のすべてを知ることは、もちろんできなかった。だが断片的に漏れ伝えられる情報はある。すべてを把握できないからこそ、彼女は不安の日々を送っていたのだ。
二人は引き寄せ合うように抱き合い、耳元で言葉を囁き合う。互いの頬に交互にキスを交わした。
その時、近くの茂みの中から、微かに人の気配がした。
厳重な警備を敷いているこの邸宅で、外からの侵入者は考えにくい。
ガルマが視線を鋭くし、そちらへ目をやると、案の定エッシェンバッハの姿があった。暗がりの中で身を伏せている。
気づけと言いたいのか、それとも娘のことが心配でなりふり構っていられないのか。彼としても、政治家という立場と、一人の父親という立場の間で激しく揺れているのだろう。今はどうやら、完全に父親の顔をしていた。
目は口ほどに物を言う、とはよく言ったものだ。
彼の視線は、暗がりの中で雄弁に不満を訴えかけている。赤く光っていないだけまだいい。
背を向けていても、その刺すような視線が声になって聞こえるかのようだった。
まさか、ニュータイプ能力に目覚めたわけではあるまいか。……いや、ただのストレスとノイローゼの類だろう。
ガルマは心の中で苦笑した。
「お父上が、何か言いたそうにこちらを見ているな」
「お気づきで?」
イセリナが困ったように微笑む。
「ああ。少々、視線が雄弁すぎてね。いい機会だから少し、お父上と話をしてくるよ」
寂しそうに眉を下げるイセリナに、安心させるような笑みを残し、ガルマは薄暗い茂みへと向かって歩き出した。
気まずさを隠すように、よそよそしくエッシェンバッハが立ち上がる。
「やあ、奇遇ですな。ガルマ殿」
仕立ての良い高級スーツに、不釣り合いに付いた小枝や葉を払いながら、エッシェンバッハは平静を装って応じた。
「少しお話をよろしいでしょうか、お父上」
その言葉に、エッシェンバッハの眉根がピクリと跳ね上がる。
失敗した。さすがに気が緩みすぎている。二人称を混同した。
ガルマは内心で冷や汗をかき、即座に気を引き締め直した。浮かれた気持ちのまま話して良い関係ではない。
ガルマは一瞬で「ザビ家の将帥」としての冷静な笑みで、言葉を継いだ。
「失礼しました、エッシェンバッハ氏。あちらで少し話しましょう」
ガーデンチェアへと促す。
ガルマの態度の変化に、エッシェンバッハも表情を改めた。
彼はガルマとイセリナを交互に見つめた後、その後に従った。
仄かな明かりの下で、向かい合わせに席に着く。
「何か、お困り事はありませんか?」
エッシェンバッハは完全に表情を改めた。親馬鹿としての顔は厳重にしまい込まれたようだ。
「ガルマ閣下のお陰様をもちまして」
被征服民の政治家としての態度を選んだようだ。彼はうやうやしく頭を下げた。
ガルマは少し困った顔で話を続ける。
「私は今この地を治める責任者です。ですが、あなた方を力で踏みにじるだけの征服者になるつもりはありません」
「ご立派なお考えです。ガルマ殿もいずれはジオン公国すべてを治める立場になられる身。私たちとしても、非常に心強い」
「私も、皆さんのお力添えには深く感謝しています。戦争中ではありますが、このニューヤークが平穏を保っているのは、皆さんが反ジオン勢力を抑え込んでいるからだと承知しております。それが武装組織であっても」
エッシェンバッハは内心の動揺をおくびにも出さず、平然と言葉を返す。
「この地でジオンに反抗を試みる者などおりませんよ。確かに今は悲しい戦時下です。ですが、この街では飢えて死ぬ者はいない。経済も回っている。不便ではありますが、それは駐留されているジオン兵の皆さんも同じでしょう。我々もその苦労を分かち合いましょう」
──ジオンが圧倒的な武力を保持している間は
言外に込められた冷ややかな意味は、ガルマにも伝わってきた。
ガルマは表情をさらに引き締める。
「私は連邦と地球の皆さんと、平和に手を取り合いたいと本気で思っているのです」
「講和が成れば、それも叶いましょう」
エッシェンバッハは目を細め、感情を排した平坦な声で答えた。
「我々ももちろん、勝つつもりで戦っています。ですが、このまま武力で勝って、本当に良いのだろうかと考えているのです」
「面白いことをおっしゃる」
エッシェンバッハの声に、苛立ちの成分が混ざり始めた。政治家同士の現実的打算なら耐えられる。だが目の前の若者が語る青臭い夢物語には、付き合いきれないという拒絶だった。
「それならば早く戦争を終わらせていただきたいものですな。手を取り合うのは、それからでも遅くはない」
「あなたとて、連邦の宇宙移民政策が、その実は棄民政策であったことはご承知のはずだ」
「それは知っています。あなたがた宇宙市民が、どんな生活を送っているのかも」
エッシェンバッハが、掌をテーブルに叩きつけるような勢いで身を乗り出した。
「だが我々とて生きていかねばなりません。自分たちの幸せを求める権利は、地球の人間にもあるはずです」
「あなた方の権利を侵すつもりはない。ただ我々宇宙市民にも、人間としてあるべき権利を与えてほしいだけだ」
「その権利を勝ち取る手段が、この凄惨な戦争とは。ザビ家の皆さんは、少々過激が過ぎる」
今さら、開戦の正当性を議論することに何の意味があるのか。エッシェンバッハの言葉の刃が、鋭くガルマを突き刺す。
「我々が犯してしまった過ちは謝罪のしようがない。それは確かです。ですが、我々ジオンの人間すべてが、あのような蛮行を望んでいたとは思わないでほしい」
エッシェンバッハは、少し憐れむように目元を歪ませた。
「幸い、私はあなたという人間の本質を知っている。だが、多くの連邦市民が知っているジオンとは、コロニーを破壊し地球に落とした悪魔の姿なのです」
エッシェンバッハは、再び表情を静かなものへと戻した。諭すような重みを持って、言葉を続ける。
「あなたがた宇宙市民が連邦を憎むように、我々地球の人間もまた、ジオンを激しく憎んでいるのですよ」
エッシェンバッハは、音も立てずに椅子を引き、立ち上がった。
「あなたがいかに清廉で、理想をお持ちでも、それはジオン公国ではなく、ガルマ・ザビという個人の資質です。私は一介の政治家として、あなた個人は信用しています。だからこそ、この地の統治の協力は惜しまない」
エッシェンバッハは、高い視点からガルマを見下ろした。
「ですがザビ家の血筋のもとに、娘を送り出すつもりはありません」
ガルマは息を呑み、大きく目を見開いた。
「再び、あのコロニー落としのような惨劇が起きれば、連邦政府も市民も、決してあなた方を許さない。この地の人々も、あなた方に銃を向けることを躊躇わなくなるでしょう」
エッシェンバッハはガルマに背を向けた。これだけは、まともに目を見て言えなかったのだろう。
「それは私も同じだということを、お忘れにならないでいただきたい」
エッシェンバッハは少し疲れた足取りで、夜のテラスを後にした。
残されたガルマは憔悴したように椅子に体を預けている。エッシェンバッハの背を目で追っていたイセリナが、そっと隣に寄り添った。
「お父様は、ガルマ様をお嫌いなわけではありませんわ」
イセリナはそっと、ガルマの強張った肩に柔らかな手を添える。
「わかっている……つもりだよ」
ガルマも自分の手を重ねた。
「イセリナ、私は本当に平和な世界を作りたいのだ」
イセリナは、包み込むように柔らかな微笑を浮かべた。
「よろしいじゃありませんか。今は、このニューヤークだけでも。父も、ガルマ様のお力を認めておいでですよ」
「今のジオンのままでは駄目なのだ。勝っても、負けても」
ジオンが勝てば、地球に植え付た憎しみは永遠に消えない。負ければ、ジオンは根絶やしにされるだろう。ジオンは、それほどまでに巨大な憎悪で、宇宙と地球を繋げてしまった。
ギレン総帥は、世界から憎まれることを前提でこの戦いを始めてしまった。戦争を仕掛ければ憎まれるのは道理だ。だが、その憎しみが大きすぎる。
「なら……ギレン総帥に勝ってください」
「私が、兄上に……?」
ガルマは、後ろに立つイセリナの顔を見上げた。イセリナの瞳には、微塵の揺らぎもなかった。
「クーデターを起こして、などと言っているのではありませんわ」
ガルマの肩に置かれた手に、少しだけ、確かな力が込められる。
「ジオンの兵士の皆さんは、ガルマ様を心から慕っています。地球の中にも、ガルマ様という存在をしっている人々がいます。もっと人気になって下さい」
「……人気?」
「ええ。地球にも、宇宙にも、もっと必要とされる人間になって下さい」
イセリナは、強く、そして気高い眼差しでガルマを見つめた。
「この戦争が長引けば長引くほど、世界にはガルマ様のような方が必要になります。どちらの陣営が勝とうとも、憎しみの連鎖を断ち切るための『架け橋』として」
必要とされる。
自分の力を誇示するのではなく、他者から求められる存在になる。
力で世界をねじ伏せるのではない。必要とされる存在に自分がなる。
──できるだろうか
ギレン総帥はその政治手腕と統率力をジオン公国から必要とされている。国民の多くが支持し、兵たちは狂信的に従っている。自分の比ではない。
ドズル兄さんも、キシリア姉さんも、それぞれのやり方で必要とされている。
だがイセリナは、兄たちではなく自分を必要としてくれている。
自分と自分がやろうとしている事を、必要としてくれている。
自分も、兄たちとは違う形で、世界に必要とされる存在になれるだろうか。
宇宙と地球を繋ぐ架け橋として。
それはギレン総帥のやり方とは違うものになるだろう。総帥の意に反する事もあるだろう。
ガルマはイセリナの視線を受け止めた。その視線は安易な励ましではない。
共に歩む未来を見ているような、不思議な気高さを秘めている。
ガルマは、誇りと決意をもって受け止めた。
──やろう。
それが宇宙市民と、地球市民の未来の架け橋であるなら。
二人が幸せに暮らせる世界を作るために。