【機動戦士ガンダム】七色の新星ガルマ・ザビ 作:おかかと梅干
「見つけたぞ、木馬め」
黄海から大陸へと向かう上空。ザンジバル級戦艦のブリッジで、ランバ・ラルはついに標的を捉えた。
地球の大気は熱に揺らぎ、遠くを往く木馬の姿を歪ませる。視認できるギリギリの距離だ。
「このまま10秒前進。その後、メガ粒子砲を3連射だ」
10秒後、明瞭になった木馬の独特な艦影に向けて、ザンジバルのメガ粒子砲が放たれた。激しい光条が空を貫く。木馬もすぐさま応戦の砲撃を撃ち返してきたが、双方ともに命中弾は無い。
「転進。方位120、あの雲に入れ。そのまま離脱する」
ラルの矢継ぎ早の指示に、航海士が不審げに尋ねた。
「離脱ですか?」
「ここは連邦の基地も近い。今日は挨拶だけだ。青い巨星が追ってきたとな」
ザンジバルは厚い雲海へと滑り込み、木馬の目からその姿を隠すと、そのまま戦場を離脱した。
ランバ・ラルは、この乗艦の艦首を青く塗装していた。
ガルマ大佐から借り受けた最新鋭の戦艦だ。着任早々、艦首を真っ青に塗れと命じたラルに対し、整備兵たちは「そこまで自己主張したいのか」という顔を隠さなかったが、ラルは本当の理由を明かすわけにはいかなかった。
真の目的は、アルテイシアに自分を発見してもらうためだ。
北米での戦いの際、ラルは彼女と顔を合わせ、自らの名を名乗った。アルテイシアも「ランバ・ラル」と「青い巨星」の名を認識したはずだ。ならば、不自然に青く塗られた艦を見つければ、彼女はその意図に気づいてくれる。
──ランバ・ラルが貴女を迎えに来た、と。
ラル隊は中国大陸に入ってからも、本格的な攻撃は仕掛けなかった。常に一定の距離を保ち、遠距離からメガ粒子砲を数発放っては離脱する。それを辛抱強く繰り返す。
木馬の側からすれば、不可解な行動に映っただろう。連邦の勢力圏が近いから攻撃を躊躇しているのか、それとも罠か、あるいは本隊の援軍を待っているのか。様々な予測を立てていたに違いない。
だが、彼らが正解にたどり着くことはあり得ない。正解を知り得るのはアルテイシアだけなのだから。不安だったのは、彼女がこちらの意図を艦長に伝える事だったが、進路の変わらない様子からそれは無いだろう。
ラルは機会を待ち続けた。部下たちもその奇妙な命令に黙って従った。当然、ダイクンの遺児の存在は隠し続けねばならないため、本当の意図はクランプにすら伝えていない。にも関わらず、隊員たちは疑問の声を上げることもなく、ただラルの指示通りに動く。長年、共に死線をかいくぐり培ってきた信頼の賜物だった。
やがて木馬は高度を下げ、地形の起伏に隠れるように進み始めた。しつこく追従するザンジバルの目を晦ますためだろう。空を直進するよりも大幅に速度は落ちるが、彼らは交戦を避ける安全策を選んだようだ。
シルクロードの軌跡を辿るように、広大な草原と険しい山岳を抜け、一行は果てしない砂漠地帯へと足を踏み入れる。
「攻めるなら頃合いか」
ラルは低く呟いた。この辺りは連邦の勢力圏を外れ、ジオンの偵察基地がごく稀に点在するだけの中立地帯だ。
「……その前にできれば食料の補充をしたいところだが」
木馬が隠密行動を選んで進行速度が落ちたためを、追尾するザンジバル側も予定以上の食料を消費してしまっていた。ラルは進路を変え、近くにあるジオンの小規模な基地へとザンジバルを向けた。この砂漠において、滑走路を備えた拠点はそこしかなかった。
だが、駐機した飛行場でザンジバルを待っていたのは、猛烈な砂嵐だった。
重く巨大な戦艦すら押し流さんとする、容赦のない暴風。壁となって視界を完全に遮断する黄色い砂。嵐は己の力を誇示するように艦を取り囲み、装甲を激しく削り取っていく。艦体に蓄積された静電気がバチバチと窓の向こうで放電し、室内に不気味な閃光を叩き込む。
この小さな監視基地には、戦艦を格納できるドックは存在しない。嵐が過ぎ去るのを、野晒しのままで耐えるしかなかった。
「うろたえるな。この程度の砂で艦が沈むわけではない!」
ラルはブリッジに声を張り上げ、部下たちを叱咤した。だが内心、最も狼狽えていたのはラル本人だった。嵐への恐怖ではない。任務の停滞を案じているのだ。緊急発進して高空へ退避することも頭をよぎったが、すでに間に合わない。自身の判断ミスと大自然の過酷さに苛立ちながら、ラルは気象情報図を睨みつけた。広範囲に及ぶ大嵐だ。止むまでにどれほどの時間を奪われるか。
「木馬も近くにいるというのに、動けぬとは……」
いや、とラルは考え直す。近くだからこそ好機か。木馬は低空飛行を続けている。この嵐に巻き込まれていれば、奴らとて移動は制限されているはずだ。もし機体に損傷を負っていれば、修理のためにどこかに着陸している可能性すらある。
やがて風が落ち着き、荒れ狂った砂の壁が去った。
ラルはザンジバルの姿を見て、ため息をついた。
「これは、基地司令に頭を下げねばならんかな」
ザンジバルは致命的な損傷こそ免れたものの、静電気を帯びた微細な砂が吸気口や開閉口の隙間にびっしりとこびりついていた。砂の侵入を防ぐハッチは閉じていたが、砂漠の粒子はどんな隙間でも見つけ出す。これを除去し、機関をメンテナンスするには基地の設備を使うしかなかった。
だが、この基地はラルたちとは全く所属の違う、マ・クベの部隊だ。あまり良い顔はされないだろう。
「人手が余っていると思うかね? 設備を使うのは構わんが、自分たちでやりたまえ」
案の定、基地司令はデスクから顔も上げず、面倒くさそうに吐き捨てた。
「お心遣いに感謝いたします。……重ねてお願いがあるのですが、水と食料の補給もお願いできぬでしょうか」
ラルが低姿勢で頼むと、司令官はあからさまに口を歪め、呆れたように言い放った。
「ランバ・ラル大尉、ここは砂漠だよ。監視が主任務の小さな辺境基地だ。そこに貴官らの多所帯に分け与えるほどの食糧があると思うかね?」
それは冷酷だが現実だった。ジオンと連邦の支配圏がうっすらと接するこの地域は、両軍とも大きな戦力は配置していない。ジオンもまばらな拠点を置いているだけで、人員も少なければ物資の割り当ても最低限だ。
「近くにソドンという街がある。そこで買い出しでもしたまえ」
司令室を出たラルは、ザンジバルの運用クルーにメンテナンスの指示を出した。慣れない土地の設備ということもあり、丸一日はかかる見込みだ。
「一日動けないのでしたら、私が食料調達に行ってまいりますわ」
ハモンが隣からそっと提案した。
「いや、いい機会だ。部下を全員連れて行こう。現地の飯くらい食わせてやるさ。留守番をさせるザンジバルのクルーには悪いがな」
今回の追撃部隊は、ランバ・ラルが責任者として艦長と戦闘部隊長を兼任している。戦闘部隊はいわばラルの子飼いである「ランバ・ラル隊」だが、ザンジバルの運用自体はガルマ大佐から借り受けた兵たちが行っていた。今回はその運用クルーを留守番に残す形になる。
「すまんな、土産くらいは買ってきてやる」
トラックの荷台に分乗したラルの部下たちが、留守番のクルーたちに手を振る。クルーたちは手持ちの工具を投げつける事で返事をした。
買い出しに向かったソドンの街は、計画的に建設された宇宙コロニーとは全く異なる歪な姿を晒していた。
舗装されていない道は砂と土が剥き出しで、申し訳程度に石畳が敷かれているだけだ。道幅の規格はバラバラで、不規則に曲がりくねっている。建物は石と日干し煉瓦の壁で造られ、補強のために木材の梁が不格好に通されていた。
「地球では、そのへんに落ちてる物だけでも街が出来ちまうんですね」
クランプが物珍しげに周囲を見回しながら、ラルに話しかける。
「それにしても人がだいぶ少ないな。こんな所で本当に食料が手に入るのか?」
メインストリートと思われる通りを走らせてみたが、歩いている住民の姿すらまばらだった。
「あの司令め、適当な事を言いおって……」
ラルたちはしばらく手分けして食料品店を探したが、砂漠の寂れた街ゆえ、まともな物資は集められなかった。部下たちの気分転換のつもりもあったが、これでは徒労感しか残らない。
どうにか見つけ出した一軒の食堂へ、一同は連れ立って入ることにした。
「オヤジ、メシを頼む」
先に入った兵たちが、店主に声をかける。危険はないはずの地域だが、周囲を鋭く警戒する兵士の習慣は崩さない。続いて、ラルとハモンが扉すらない入り口をくぐり、店へと足を踏み入れた。
薄暗い店内に入ると、カウンター席にマントを深く羽織った男が一人、背を向けて食事をしていた。硬そうなパンと水だけの、質素な食事だ。テーブル席は20脚ほど並んでいるが、他の客の姿はない。戦争の影響か、あるいは環境破壊のせいか、活気を失った街の静けさが店を満たしていた。
兵たちがテーブルの一角の汚れを拭き、席を用意する。ラルはどっしりと腰を下ろした。砂漠の熱気はそれだけで体力を消耗させる。
「オヤジ、水をくれ。とびきり旨い水を頼む」
ハモンが店主から手書きのメニューを受け取り、小さく息を漏らした。
「あら……本当に何もないのね」
「何でもかまわん、一番良いものを頼む。こいつらに腹いっぱい食わせてやってくれ」
「14人前、お願いね」
ハモンの言葉に、ラルが訝しげに顔を向けた。
「ハモン、わしらは13人だぞ」
「あの坊やの分も」
彼女の視線を追うと、先ほどのカウンター席の男が目に入った。暗い店内で見落としそうになったが、マントの隙間から覗く横顔はだいぶ若い。まだ少年の面影を残していた。
「ハモンに気に入られたな、少年」
ラルが快活に笑うと、周囲の兵たちからもニヤニヤとからかう声が飛ぶ。少年は戸惑いながら、明らかに迷惑そうな表情を浮かべて振り返った。
「あなた達の施しを受けるいわれはありません。僕は物乞いじゃない」
ラルは笑いながら少年の元へ歩み寄り、その肩をポンと叩いた。小柄だが、芯の通ったしっかりとした体つきをしている。
「気に入った。わしからも奢らせてくれ。それなら構わんだろ?」
年配の男に真っ直ぐ褒められた経験が薄いのか、少年は調子を狂わされたように、はにかみ小さく笑った。
その時、店の入り口で見張りに立っていた兵が、緊張した声を張り上げた。
「ランバ・ラル隊長、連邦の兵です!」
後ろ手に拘束され、店内に連れ込まれたのは、連邦軍の制服を身にまとった一人の女性だった。
その凛とした佇まいと顔立ちを見た瞬間、ランバ・ラルの全身が硬直した。
──アルテイシア様!
喉から飛び出そうになる衝撃を、ラルは必死に飲み込んだ。隣のハモンもラルの視線を見て、即座に状況を察する。
カウンターの少年も驚き声をもらす。
「セイラさん」
「アムロ……」
少年がガタッと席を立ち上がる。
知り合いか。二人ともこのまま捕らえるべきか。……いや、その前に話をせねばならん。
ラルの動揺を覆い隠すように、ハモンが滑らかな声で兵たちに命じた。
「その子の手を離してあげて。こんなか弱い娘が、本当に連邦の兵かしら?」
「娘、少し話を聴かせてもらおう」
ラルは声を低めた。部下たちの前でこれ以上の会話はできない。
「オヤジ、奥に部屋は空いているか?」
物々しい雰囲気に何か勘違いをしたのか、店主は苦い顔で首を振った。
「向かいの家が空き家ですよ」
「わしとハモンだけで良い。お前たちはここで飯を食っていろ」
ラルは部下たちを席に留めると、少年アムロの正面に立った。
「アムロとか言ったな。度胸は認めよう」
ラルの視線が落ちる。マントの下で、少年が必死の形相で銃のグリップに手をかけているのが見えた。その緊迫した空気を察し、セイラが毅然とした声でその場を収める。
「大丈夫よ、アムロ。この服のせいで連邦軍と勘違いされたみたい。誤解を解いてくるわ」
ラルとハモン、そしてセイラの三人は、向かいの薄暗い空き家へと入り、静かに扉を閉めた。ラルが念のために室内を探るが、確かに伏兵や人影はない。ハモンが窓の隙間から外を覗き、部下たちも含めて周囲に聞き耳を立てている者がいないことを確認した。
沈黙を破り、先に声をかけたのはアルテイシアだった。
「お久しぶりね、おじ様、ハモンさん」
ハモンが愛おしげに、深く頭を下げた。ラルはじれったさを隠せない様子で、一歩踏み出して声を絞り出す。
「アルテイシア様、このまま我々と共に来てください!」
「私に、ジオンの捕虜になれと?」
セイラは冷徹な目を向けた。だがラルは首を振る。
「キャスバル様もお待ちですぞ!」
「兄は……やっぱり生きていたのね」
セイラの瞳に、一瞬だけ揺らぎが走った。
「今は名前を変えておられます」
「赤い彗星、シャア・アズナブルね」
彼女は嬉しさと、それ以上の寂しさを混ぜ合わせた複雑な表情で呟いた。
「兄が無事なのが分かっただけで十分です。ランバ・ラル、ここは引いて下さい」
「なぜご一緒下さらないのです!」
ラルの悲痛な訴えに、セイラは静かに、だが拒絶を込めて顔を背けた。
「私はジオンの独裁は許せません。父の名前を汚しています。……それに、ザビ家への復讐にとりつかれた兄も、許せないのです」
ハモンが切なげに視線を落とし、静かに尋ねる。
「では、アルテイシア様は何をなさりたいのです?」
「私はホワイトベースのクルーの助けになりたいだけ。あの子たちを守りたいだけよ」
「ならば、艦ごと投降してください」
ハモンは必死に言葉を重ねた。
「私達が責任を持って、全員の安全を保証をいたします!」
「投降なんて、できるわけがないのは分かっているでしょう」
セイラの冷ややかな一言に、ラルは語気を強めて訴えた。
「キャスバル様は今、ジオンを内部から変えようとなさっているのです!」
「ジオンを? ザビ家に復讐することによって?」
「そうではありません! キャスバル様は、ガルマ様と固く手を結ばれているのです」
「ザビ家と兄さんが……?」
セイラは驚愕に目を見開いた。
「そんなこと……信じられるわけないわ」
「キャスバル様も、ガルマ様も、本気でジオンを変えようとされているのです。どうか、お近くで支えて差し上げてはくれませぬか!」
「行かないと言ったはずよ。私はホワイトベースに戻ります」
セイラは一歩も引かなかった。
「たとえ貴方様が戻られようと、我々とてホワイトベースを見逃すわけには参りませんぞ」
「なら、私ごとあの艦を沈める?」
挑むような彼女の視線に、ラルは歯噛みした。
「我々であれば、御身の安全を最優先に考えて戦えます。ですが、この先はそうは参りません。西に向かえば、キシリア派のマ・クベ中将の支配域です。あの方は手心を加えてなどくれませんぞ!」
「優しいわね、ランバ・ラル。そんな気持ちで戦って勝てると思って?」
セイラは毅然と言い放った。
「ホワイトベースを、あまり下に見るものではなくてよ」
「御身に何かあったらどうするのです! もしマ・クベに捕らえられれば、貴方様がどうなるか……!」
「なら、今ここで私を捕らえてご覧なさい。あなたにその覚悟があって?」
セイラの挑むような拒絶を前に、ラルは言葉を失った。拳を震わせ、歯を噛みしめる。
「キャスバル様は、貴方様がお戻りになるのをずっと待っておいでですぞ……」
「私は兄に、戦争から手を引いてもらいたいと思っています」
ランバ・ラルは静かに首を振る。
「それは今は出来ません。キャスバル様は、ジオンを変えるまで止まらないでしょう」
「残念ね」
「アルテイシア様は……まだ戦うのですか?」
ハモンが悲痛な面持ちで問いかけると、凛とした声で断言する。
「私は仲間を守りたいだけよ。兄ほど大それたことは言っていないわ」
セイラは振り返り、扉のノブに手をかけた。
「アムロは連れて行くわ。良いわね、おじ様」
ラルは何も答えられず、ただ拳を握りしめて立ち尽くした。
「話が出来て良かったわ。おじ様、ハモンさん」
セイラは最後に少しだけ、かつての少女のような笑みを浮かべた。
扉が開き、砂漠の乾いた光が室内に一瞬だけ差し込む。セイラ・マスは躊躇うことなく、アムロのもとへと向かった。